「クッ! 流石に強い!」
ラークスパーのディスプレイ上には、闇夜の中にぼんやりと施設の影が映し出されており、時折ブースターの甲高い音と同時に敵のプラズマライフルの光が辺 りを照らしている。そして、ディスプレイの端には残り時間を示すタイマーが三分を切っている事を示していた。
そう、今はアリーナバトルのまっ最中。それもこれに勝てばランク20位に手が届くといわれる大勝負だ。
「これがランク20位の壁か……確かに一筋縄ではいかないな」
俺の対戦相手はランク21位のランカーレイヴン『SAMSARA』
レイヴンを志す者を打ちのめすことに無上の喜びを感じ、その圧倒的な強さで過去何人もの挑戦者を退けてきたレイヴンだ。
強者を目指す者にとっては越えるべき壁とも言われており、コイツを倒すことによって一流レイヴンの仲間入りとも言われている。
その強さは確かなもので、SAMSARAのAC『アウィス・イグネア』は機体性能の良さもあってかなり手強い。
遠距離からは四連装ミサイルやプラズマライフルの斉射が襲いかかり、オーバードブーストで一気に間合いを詰めた後のブレードによる連続斬りは脅威の一言 だ。
未だ致命傷こそないものの、ラークスパーは少なからず機体にダメージを受けている。このままでは時間切れによるAP(アーマードポイント)差による判定 で負けてしまう。
『頑張った方だがこれまでだな。今までの奴等と同じくここで無様に消えるがいい!!』
「戯言を……!」
そう言ってプラズマライフルを撃ってくるアウィス・イグネア。俺はそれをぎりぎりで回避するが、着弾のプラズマフィールドによってAPが削られる。
幸い相手は積極的に攻撃してくるので、挽回のチャンスはある。しかし決め手が足りない。
こちらの兵装はマシンガンにミサイル、グレネードランチャーにブレードとバランスの良い構成だが、マシンガンとミサイルでは短時間のダメージ効率では負 けてしまうし、グレネードランチャーは悠長に構える隙など向こうが許すはずも無いので論外だ。唯一逆転の可能性があるのはブレードによる近接戦闘だが、 SAMSARAのブレード捌きには定評がある。
以前の海上施設での事もあって、ブレードによる戦闘は若干不安が残るがこれしか逆転の方法は無い。
だが、俺はつい最近手に入れてラークスパーに装備させているパーツの特性を思い出した。これならもしかすると……
「――――やってみるか。」
俺はそう決断すると施設の影から飛び出し、回避運動を組み込ませながらアウィス・イグネアに接近する。
『この俺に接近戦を挑むとは生意気な!』
SAMSARAはこちらの意図に気付いたのかその場でOBを展開させる。
『死ね!』
一撃必殺。
OBが生み出す爆発的な加速力を上乗せした、ブレードの斬撃がラークスパーのコア部分に到達する――――
「今だ!」
バシュンッ!
『何!?』
寸前、俺はエクステンションのバックブースターを起動させ、ブレードの斬撃を回避する。
バレーナ製補助ブースター[BEX-BB210]――起動させることで瞬時にその場から後退することができる新機軸の補助ブースターだ。
これは先日のミッションで報酬として貰った物で、その扱いやすさから装備していたのだが、多用するとエネルギー消費が馬鹿にならないのでなるべく使用は 控えていたのだ。だが、正直存在を忘れるほど使用を控えていたのは間抜け以外の何者でもないな……(汗
そしてバックブーストによって斬撃を回避されたアウィス・ネグアは、腕を振り切った状態で完全な死に体となっていた。
俺はアウィス・イグネア目掛けてラークスパーを踏み込ませ、左腕のレーザーブレードを振りかぶる!
『おのれええぇぇっ!!!』
だが敵もさるもので、腕を振り切った体勢のままからプラズマライフルをこちらに向け、零距離から放とうとする。
させるものかっ!
「でやあああぁぁぁっ!!」
『ぬおおおおぉぉぉぉっ!!』
ギャオオオオォォォォンッッ!!
俺がブレードを振りぬくのと同時にプラズマライフルが放たれ、辺りの空気が一瞬震える。
そして暫しの静寂の後――――倒れたのはアウィス・イグネアの方だった。
俺の振るったブレードはコアと脚部の接続部分を断ち切り、動力のバイパスを断たれたアウィス・イグネアは胴体を支えることが出来ずに倒れこんでしまっ た。
だがこちらも危ないところだった。
アウィス・イグネアの放ったプラズマ砲は、直撃こそしなかったもののプラスマの熱量によってラークスパーの左肩部と頭部を焼き切ってしまい、頭部カメラ は完全に使えなくなっている。
もう少しずれていれば、グレネードの弾倉部分に引火して大爆発を起こしてたかもしれない。
正に薄氷の勝利だった。
『Winner、ミルキーウェイ!!』
そして勝利を告げるアナウンスを耳にして、俺は固いシートにもたれかかり、ようやく一息をついたのだった。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十一話「交差するふたつの花」
「レイヴン、お疲れ様です」
「かっこよかったよ! お兄ちゃん!」
ハンガーにラークスパーを固定しタラップを降りると、ネルさんとアイちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
全く、この笑顔を見ると試合の疲れなんて吹き飛ぶな。
そんなことを考えながら二人の元へ向かい、アイちゃんが差し出してくれたタオルとドリンクを受け取る。
「ありがとう、アイちゃん」
「えへへ〜〜♪」
感謝の印として頭を撫でると、アイちゃんは物凄く喜んでくれる。最近アイちゃんはネルさんやハンガーの整備班と一緒にラークスパーの動作確認やプログラ ムのチェックをしてくれるので、感謝してもしきれないくらいだ。
ただ、そのことについてお礼を言うと、『妻として当たり前のことだよ!』と人の多いハンガー内でのたまったため、それ以降整備班の人達の視線が生暖かっ たのは勘弁してほしかった。
「しかし凄いものですね。ここまで無敗でランキングを駆け上がったレイヴンは他に類を見ません」
「そうなんですか?」
「唯一の例外は現在のナインブレイカー、『アレス』だけですね。それ以外のレイヴンはどこかしらで負けていますから」
「……まぁ、流石にアレスに挑むほど無謀ではないですけどね」
ナインブレイカー『アレス』――――そのあまりの強さゆえに勝利することにすら退屈しているという孤高の王者。
ネルさんの言葉が真実とすれば、俺は今正にあのナインブレイカーが歩んできた道を通っているということだ。
だが俺はアリーナのトップ等という地位には興味は無い。日々舞い込んでくる依頼をこなすのさえ精一杯だというのに、アリーナに通いつめて頂点を狙うなど とんでもないことだ。俺がアリーナに参加する理由は唯一つ、企業に対する己のプレゼンテーションである。
火星に数多くいるレイヴンの中でも、特に生存率が高いのは企業専属のレイヴンであるということは結構有名だ。子飼いの戦力としてレイヴンは正に打ってつ けであるため、企業は大事な戦力をすり減らさないために工場や研究施設にレイヴンを配置するので、下手に依頼を受けるより死ぬ確立がぐっと減るのだ。
しかしいくら自分を売り込もうとしても、それなりの成績を残さないといけないし、下位ランカーでは見向きもされない。企業専属になるにはランクをそれな りに上げないと相手も注目してくれないため、俺は前回の海上施設での依頼から自分の腕の確認の意味を含めてアリーナに頻繁に通っていたのだ。
もっとも、まさかここまで無敗で来れるものとは思わなかったが。
「しかしコイツもよく応えてくれてるよ」
俺はそう言ってハンガーに佇むラークスパーを見上げる。
ラークスパーは兵装こそ大幅に変わっているものの、フレーム自体は脚部はアリーナに登録した頃からほとんど変わっていない。
だけどいい加減限界が近いかもしれない。
兵装の見詰め直しが必要というのもあるが、フレーム自体にもかなり細かい傷が残ってる上に、ジェネレーターやラジエーターの能力も現状のままでは厳しい ものがある。
今のままでは、これから先増々厳しくなるであろう戦いについていけなくなるかもしれない。
「そろそろコイツにも新しいドレスが必要かな?」
「お兄ちゃん……そんな気障な台詞似合わないよ」
うん、言った自分でもそう思った。
しかし装備を変えようにも、フレームだけならともかく武器も変えるとなると結構な金額になる。
今のところ懐には若干の余裕はあるが、不安定な情勢も考えると余計な浪費は避けておきたい。
「とにかく、今は与えられた依頼を確実にこなすのが一番かな。企業によっては達成内容によって融通してくれることもあるみたいだし」
「それはまた随分気の長い話だな」
突如横から女性にしてはやや低い声が聞こえてくる。
振り向くとそこには、真紅の髪をたなびかせこちらを鋭い目つきで見つめているローズさんがいた。
よく見ると手には二つのドリンクを持っている。
「ローズさん……」
「ランキング21位おめでとう、ミルキー。これでお前も一流の仲間入りだな……これは餞別だ」
そう言うとローズさんは手に持っていたドリンクをこちらに投げ、俺はそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます。でも俺はまだまだ一流なんてもんじゃ……」
「だが周りはそうは思わない」
間髪いれずに俺の言葉を遮ると彼女は傍まで来て、俺と同じように同じようにラークスパーを見上げる。
「SAMSARAはレイヴンの中では指折りのランカーだ。企業に対する貢献度も高いうえに戦闘能力も高い。そんな相手を倒したんだ、今後お前には様々な依 頼が入るだろうな」
「それは……なんとなく分かります」
「そして同時に、今までより一層多くの人間に恨まれることになる……分かるな?」
「任務を遂行すれば依頼主からは感謝されるが、被害を被った相手側はこちらを恨む――これは俺だけに限らず他のレイヴンにも言える事じゃ?」
「まだ分かっていないようだな……上位ランカーはそれの度合いが半端じゃないんだ。偽の依頼や裏切り等は日常茶飯事。それによって命を落としたレイヴンも 少なくは無い」
裏切りが日常茶飯事? 一体上位はどんな伏魔殿なんだ。
俺はそれを聞いて頭の中で受ける依頼が全て偽物というシチュエーションを想像してみたが……駄目だ、想像も出来ない。
「聞いたぞ。お前さん、前の依頼でお付の者共々嵌められたんだってな?」
「お付の者って……あの二人が聞いたら怒りますよ。ええ、まぁなんとか無事でしたけど」
「お前は唯でさえ破竹の勢いでアリーナを駆け上がる有望株として目をつけられてたからな。そんな依頼が入るのも無理はない」
そんな注目はちっとも嬉しくない。しかしローズさんの言葉を聞くと、それも仕方ないのかと思ってしまう。
「木星蜥蜴との戦争中とはいえ、企業は自分の戦力の確保に余念が無い。そして当然敵対企業の動向にも目を光らせているから、自然と有力なレイヴンは目をつ けられる訳だ――――そんな情勢下で企業間をフラフラと渡り歩いてみろ。いつどちらに付くかもしれない不確定要素として真っ先に消されるぞ?」
その言葉を聞いて俺は目を見開いた。それは、俺が先程言ったこれからのプランの行き着く先そのものだったからだ。
俺が言葉の意味を理解したと分かると、突如ローズさんはこちらににじみ寄ってきた。
彼女の赤い髪が俺の鼻先をくすぐり、仄かに漂う香水の香りに俺の顔が上気するのが分かる。
そしてローズさんは俺の耳元に口を寄せると――――
「これは私からの忠告だ。これからは自分が守ると決めたものを全力で守り抜け。先程のような呑気な考えだと企業の狸共に食い潰されるのがオチだぞ」
そう囁くと同時に体を離し、こちらを意味深げな目で見やるとその場から去って行った。
俺は暫し呆然としていたが、あの人はあの人なりに俺のことを心配してくれたのだろうということは分かった。
「ローズさん! わざわざありがとうございました!」
俺が大声を出して礼を言うと、ローズさんは片手を僅かに上げてヒラヒラと振って返事を返した。
守ると決めたものを全力で守り抜け……か。
俺が守ると決めたもの――――すぐ傍にいるアイちゃんを見ると……なぜか彼女は脹れていた。
「え、えっと…………なにかな? アイちゃん」
「(ぼそっ)お兄ちゃんのうわきもの……」
ちょっと待って、それはどういう意味かなアイちゃん!?
カタカタカタカタ……
草木も眠る深夜、コンコード社のとある部屋にキーボードを叩く音が響き渡る。
小型の光学ディスプレイには、それぞれの企業の動向や有名なレイヴンのエンブレムとその戦闘記録を示したウィンドウが現れては消えていき、そして時たま 『極秘』と銘打った文章が凄まじい速度で流れていっている。
熱心にキーボードを叩くその女性の瞳は一片の情報も漏らさんと鋭くなっており、そのせいもあって後ろから忍び足で近づく不審な影に気が付くことができな かった。
ピトッ
「きゃっ!」
突然首筋に感じた冷たい感触に、小さく悲鳴を上げる女性――ネル・オールター。
驚いて後ろを振り返ると、彼女の先輩であり、あのローズハンターのオペレータであるサリー・クラフトが立っていた。
彼女の手には2本のドリンク――一本はアルコールの類のようだ――がある。先程の冷たい感触の正体はこれだろう。
「精がでるな、ネル」
「サリー先輩……驚かさないで下さいよ、もう」
ネルはサリーの差し出したアルコールの入っていない方のドリンクを受け取り、プルタブを開けると一気に煽る。どうやらよほど喉が渇いていたようで、暫し の間ドリンク缶を傾けたままそのままゴクゴクと飲み干していく。
「随分長いことやっていたようだな。何をやっているんだ?」
「はふぅ……えぇ、例の正体不明のACと襲撃を受けた施設と企業の関連、それと過去にいくつかの施設を襲撃したことのあるレイヴンのリストアップとそれの 動向調査にそれから――」
「あぁ、分かった分かった、もういい」
長くなりそうなネルの言葉をローズが遮る。放っておけば彼女は延々と仕事の内容を話しかねないと判断したからだ。
(全く、この子は私がレイヴンのオペレータと理解してるのか?)
内心そう呟くサリー。いかに同じ職場とはいえ、お互いがレイヴンをサポートするオペレータという立場だ。仕事の評価自体はそのレイヴンの成績にも左右さ れるため、同僚から聞き出した機密情報をサポートするレイヴンに流すという事も少なからずある。
(まぁ、私はそんな事をする気はさらさら無いがな)
そうしてクスリと僅かに微笑むサリー。ネルはそんな彼女を不思議そうに見つめている。
「今度のお前さんの相棒――随分と頑張っているようじゃないか」
サリーの言葉にピクリと僅かに反応するネル。同時に身を固くし、何かに身構えるようにサリーを見上げてくる。
「ウチ(コンコード)のお偉いさんも随分驚いていたぞ。それにアリーナのいい宣伝材料が増えたとも喜んでいる」
「ウチの悪い癖ですね、レイヴンは商品じゃありません。私達は彼らに宿木を与え、それの家賃を貰ってるに過ぎません」
「上手いこと言うじゃないか」
(やっぱりまた入れ込んでるんだな……)
サリーは今まで長い間ネルと付き合っているが、ネルはレイヴンのオペレータとしては失格だと思い込んでいる。
ネルは己の相棒となるレイヴンに感情移入しすぎるのだ。
普段は任務に忠実な優秀オペレータとして振舞っており、周囲には感情を見せない鉄仮面の女として振舞っているが、傍にいるサリーから見ればモロバレもい いところである。任務は着実にこなしてレイヴンを正確にサポートし、非番の日も返上して働いて依頼を斡旋し、さらには企業の動向も詳しく調べ上げてレイヴ ンの安全も図る等と正にオペレータの鏡的な存在だが、それはひとえに己の担当するレイヴンを死なせたくない一心から来ており、また自分自身が身近な人間 ――それがレイヴンといえど――の死を感じたくないという思いから来ているのだ。
(全く、そんなことだったらコンコードの仕事になど就かなければいいだろうに)
常々そう思うサリーだが、それを口にすることだけはしなかった。
何も訳有りの人間はレイヴンだけではない。このご時世、人には一つや二つ言えないことを持つ人間など腐るほどいる。ネルの家庭の事情については若干知っ てはいるが、サリー自身それについて問い質すつもりなど全く無いのだ。
そんなことを頭の片隅で考えていたサリーだが、突然ニヤッと形の整った唇を吊り上げた。それを見たネルは嫌な予感がし、何を言われるのかと身構える。
「しかしネル、あいつのオペになって随分と立つが未だに名前で呼ばないのだな」
(そっちの方面で攻めてきますか……)
サリーの言葉に半ば呆れるネル。彼女にはコンコードに入社した頃から世話になっているが、その整った容貌に似合わずこういった下世話な会話が大好きであ るという特徴がある。ネルはその点だけはどうしても見習うことが出来なかった。無論見習う必要など全く無いが。
「…………彼と私の間柄はあくまでレイヴンとオペレータです。そのような関係になるつもりはありません」
「そのわりには随分と世話を焼くじゃないか?」
「私は彼のオペレータですから」
あまりにも模範的過ぎる答えを返すネルだが、そんなものでサリーが満足するはずもない。
「ふむ……そういえば最近ヤツが保護している少女とは随分仲が良い様だな」
「(どこでそれを?)……ええ、まぁ。あの子は天才といっていいかもしれません。難解と言われるACの制御プログラムをあの年齢で理解できるというだけで 凄いことです」
「そんなことはどうでもいい。その少女とは普段どんなことを話しているんだ?」
「どんなことって……新しい制御用プログラムについてとかラークスパーのアセンブル構築についてとか」
「……ネル、お前そんな枯れた思考であの娘に太刀打できると思ってるのか?」
「は?」
「あの娘、確かアイとか言ったか? あの娘は曲者だぞ、彼女の目は正にハンターそのものだ。日頃の何気ない会話からライバルの癖や仕草を読み取って、本人 のそ知らぬところで出し抜く気が満々の目だな」
サリーの言葉に頭痛を感じてしまうネル。たかが十歳かそこらの子供にこの人は何を言っているのだろうか?
……確かに時々アイからねっとりとからみつくようなというか、射抜くような視線を感じるのは確かだが。あれか、私は十歳の娘に値踏みでもされているとい うのだろうか?
小さいながらも己を慕い共に精進していると思っていた少女が、実は自分を監視しているのかと疑心暗鬼になり、ウンウンと唸るネル。 サリーはそんなネルを見て満足したのか残ってたアルコールを飲み干すと、今度は打って変わって真面目な表情となった。
「さてと冗談はこれくらいにして……ネル、先程話した正体不明の赤いACについて何か分かったことはあるか?」
「え?……ああ、赤いACのことですか? 正直全く分からないというかお手上げですね。各シティにあるガレージの格納状況や履歴も調べてみましたが、その ようなACは全く記録にありません。似たACこそあっても、それほどの実力があるとは思えない者ばかりです」
ACの管理は厳重だ。その兵器としての特異性と強大さからACとACを構成するパーツは全てが綿密に管理され、市場に供給されている。各シティのガレー ジにもそれは徹底され、ACの出撃状況・格納状況も克明に記録されるので滅多な事ではAC一機がまるごと消える等ということは起こりえないのだ。
「ということは考えられることは……」
「企業が直接組織、あるいは個人にACを横流ししてるということでしょうね」
だが、企業が関わるとなれば話しは別。厳重に管理されるACとはいえパーツやACの売却は仲介業者のコンコードを介するため、企業から直接流出したパー ツは取り締まることはできない。おそらく正体不明のACはいずれかの企業からの支援を受けているのだろう。
「まぁあれだけ派手にやらかしているんだ。単独で行動しているとは考えにくいしな」
「ええ、それで襲撃された施設について調べてみたんですけど……」
そう言ってネルがデスクにあった端末を操作するとディスプレイ上に火星のマップが表示され、そこに点々と色のついたマーカーが示されている。
「これは?」
「襲撃された施設を企業ごとで分類したものです。赤がエムロード、青がジオ=マトリクスといった具合ですね。落とされたレイヴンの所属も企業別で分けてあ ります」
「見事にバラけてるな……」
「特定されたくないと言わんばかりにバラけてますよね」
ディスプレイ上のマーカーは色取り取りに散りばめられており、これだけを見ると無秩序に襲っているようにしか見えない。
「しかしこれでは相手がどこの勢力かは特定が難しい「そうでもありませんでしたよ」……なに?」
「確かにこれだけ見ると一見無秩序のように見えますが、ある企業だけは比較的少ない被害で済んでいるんです」
「どうやってそれを特定したんだ?」
「襲撃された施設で行われていた研究内容を拾い集めてそこから企業内での所属を割り出したんです。結構苦労したんですよ?」
「……気が遠くなるような作業だな」
「これもオペレータの務めですから」
私はそんな面倒くさい仕事はゴメンだなと内心呟きながら、ネルに先を促す。
ネルは暫しの間端末を操作すると、色別に散りばめられたマーカーの数が尽く姿を消し、青と灰のマーカーが残った。
「これが?」
「ハイ、比較的被害の少ないある企業です」
「絞られた企業は『ジオ=マトリクス』に『クリムゾン』か……ネル、比較的被害が少ないと言っているが、これだけを見るとそうは思えんぞ」
サリーの言うとおり、画面上には少なくなったとはいえまだ多くのマーカーが残っている。
全体から見れば些細な数ではあるが、それぞれの企業毎の割合から見るとあまり無視できない割合になる。
「……それが調べてみると、これらの施設は第一次の会戦でほとんどが使い物にならなくなったのがほとんどで、残りは業績の悪化で立ち行きが難しくなった所 や火星本社の意向に従わない所ばかりで、本社にとっては切られても痛くない施設ばかりなんです」
「つまりは無秩序な敵の襲撃と見せかけて、実態は敵対勢力の破壊工作だと」
「断定はできませんがおそらくは……それでも企業の後押しがあるとはいえたった数機のACであれだけの施設を破壊できるとは思えません」
「それにジオ=マトリクスとクリムゾンは友好的な間柄ではない。どちらかといえば敵対関係だ。それも考えるとイマイチ分からんな」
その後暫く部屋には沈黙が漂い、静寂が辺りを支配する。
はたしてこれは支配権を手にいれるための企業の暴走なのか。それとも意図があっての行動なのか、この時点では判断が付かない。
意図があったとしても、何故終わりの見えない戦争中のまっ最中に? そして支社とはいえ、何故同じ系列企業の施設を襲うのか?
二人にはそれがどうしても分からなかった。
「……これは慎重に調査をする必要があるな。ネル、よければそのデータを私にも寄越してくれ」
「分かりました。ただ、この資料はまだ纏めきれてないので、厳重なプロテクトをかけて明日にでも先輩の端末に送っておきます」
「頼む」
そう言い残すとサリーは足早に部屋から立ち去っていく。おそらく自分の部屋に戻って彼女なりに企業の動向について調べるのだろう。
――なんだかんだで、あの人は自分の仕事はきっちりやるものね。
ネルはそう内心呟くと再び端末に向き直り、資料を纏めていこうとすると、端末の隅にメールの着信を告げるランプが点灯していることに気付く。
「こんな時間にメール?」
時間は深夜の真っ只中。いかに夜の活動が多いレイヴンといえど、流石に不謹慎な時間である。訝しみながらもメールボックスを開いて確認すると、どうやら 依頼のメールのようだ。
ネルはその依頼内容を確認すると軽く眼を見開いた。すぐさま、自分の担当のレイヴン――ミルキーウェイに依頼内容を添付したメールを送ると、今度は先程 調べた企業の動向について目を通してみる。
「まさかこれを狙って? 違う、これじゃ逆に相手を絞り込ませるだけ。だとしたら狙いは別でこれとは無関係……?」
眉間に皺を寄せるも、これといった考えは浮かばない。そもそも情報が少なすぎると判断したネルは考えることを放棄すると、ラークスパーを預けているガ レージへと繋ぎ昼までに整備を終わらせるよう連絡する。
(とにかく今は目の前のことに集中しないと。企業の調査はあくまで補助的なもの、私は彼のオペレータなんだから)
ヴィルフール空港――そこはかつて木星蜥蜴が占拠していた施設だったが、俺達も参加した先の第二次火星会戦において再び火星人類の手で取り戻されてい る。激しい戦闘のせいで空港自体にもかなりの損害が出ていたようだが、今では重要な戦略拠点として機能するまでに回復しており、後は火星ー地球間での運行 を待つばかりという所まで至っていた。
今回の依頼はその空港に襲撃がかけられるという情報があったため、それの護衛のために来ている。
『火星ー地球間運行の拠点であるヴィルフール空港に対する襲撃が計画されているという情報がある。
空港には、数々の戦略物資を乗せた船と我が地球政府派遣の宇宙船が到着する予定だが、おそらくはそれを見越した作戦だろう。
空港を壊滅させて、着陸を阻止するのが目的と思われる。
敵の所属は不明だが、金で雇われた企業の手先と予想される。我々は火星の統治機関として、火星の秩序を乱す者に、然るべきペナルティを与えなければなら ない。
そこで空港の護衛を依頼する。同空港最大の要所である発着リフトを敵の攻撃から守ってほしい。我々からも警備隊を派遣するので、共同作戦という形で任務 に当たってもらいたい。敵勢力が出現しなくても、当然報奨金は払う。
十分すぎるほどの条件だろう。契約しない理由は何も無いはずだ』
相変わらず傲慢な態度の依頼文だが、今回ばかりはLCCの言い分にも納得してしまう。
ヴィルフール空港は多くの犠牲を払ってまで取り戻した大事な拠点だ。あの第二次火星会戦で失った仲間も多く、レイヴンも数多く死んでしまった。今ではこ の空港は各シティを繋ぐ貴重な移動拠点になっており、ここから運び出される物資は銃弾が飛び交う前線へと運ばれるため、その存在は火星人類にとっても正に 命綱といってもいい。加えて、これからここに向かってくる宇宙船団は実に1年半ぶりとなる地球からの補給だ。その補給物資の価値は、戦火の多い火星にとっ ては喉から手が出るほど貴重なものであることに間違いはない。
その宇宙船団の着陸を妨害する?
どこの企業か知らないがよくもこの戦時中にそんな馬鹿げた真似ができるものだ。
レイヴンとなってからは収入が格段に増えているため食うには困らないが、シティにいる多くがその日のパンを食えるかも分からない貧困民だ。彼らの生活の 実情を知ってる身としては、補給物資を行き渡らせるためにも空港の破壊は絶対に阻止しなければならない。
俺はラークスパーの装備から空港に余計な被害を出さないためにグレネードランチャーを取り外し、周辺警戒のためにレーダーを代わりに装備して空港の警備 に就いている。周辺にはLCCからの応援として逆間接MTの「デイウォーカー」が一小隊配置されている。
正直防衛戦力としては心許ないような気がするが、LCCは本当に空港を守る気があるのだろうか?
『それにしても空港の破壊なんて誰が考えたことなのやら』
『全くだ。企業のお偉いさんが考えることは理解できん』
無線からは時折MT部隊の隊員のものだろうか、そういった愚痴の声が聞こえてくる。
『地球からの補給が定期的に来るようになれば、俺達の生活もちったあマシになるだろうよ』
『まぁ襲撃といっても本当かどうかは定かじゃないようだしな。ガセ情報って可能性もある』
『到着予定時刻まであと30分か……確かに襲ってくるならとっくに襲ってきてもいいもんだな』
……なるほど、LCCも本気で空港が襲撃されるとは考えていないということか。
確かに常人ならばそんな事は思いもしないだろう。なにせこの空港を破壊するということは、企業にとっても自分の首を絞めることと同等の意味を持つから だ。しかし不確かな情報とはいえ空港が破壊されるのは問題だから、単機でも力を発揮するレイヴンを使うことにしたのだろう。
まぁMT部隊の誰かが言うようにこの様子だとガセ情報だったということになりそうだ。
そうして何も起こらないままそのまま20分が過ぎていった。
『……予定時刻まであと10分。どうやら取り越し苦労だったようだな、そろそろ引き上げるとするか』
だがMT部隊の隊長がそう告げた次の瞬間――――
ズドドドドオオォォーーーーン!!
周囲に複数の爆発が巻き起こり、数機のデイウォーカーが爆発に巻き込まれてやられてしまう。
これは遠距離ミサイルか!?
『な、なんだ! 何が起こった!』
『レーダーに感有り! 南西の方向に敵航空部隊が接近中、直ちに迎撃してください!』
MT部隊に動揺の声が上がると同時に、ネルさんが敵の接近を知らせてくれる。
レーダーに目をやると、確かに南西の方角から五機編隊の機影が確認できる。
俺はラークスパーを戦闘モードへ移行させると、敵航空部隊の元へと機体を向け迎撃の体制をとる。そして敵航空部隊が肉眼で確認できる距離まで迫ってき た。
「あの機影はレディバード……ってことは襲撃犯はジオ=マトリクスか?」
その特徴的なステルスの機影はジオ=マトリクス製のレディバードに間違いないだろう。
かの大企業がどうして空港の破壊を? 先の会戦でも積極的に参加したあの企業が――
『敵の狙いは宇宙船の発着リフトです。他の施設にも気を配りつつ、発着リフトを守ってください』
……とにかく今は空港を守ることを第一に考えよう。アレコレ考えるのはその後だ。
迎撃を開始したデイウォーカー達を尻目にミサイルポッドを立ち上げ、こちらに向かってくるレディバードを複数ロックする。
ロックオンマーカーが赤になると同時にミサイルを一斉発射。
12発のミサイルはそれぞれの獲物へと向かっていき、装甲の薄いエンジン部分に喰らい付いて薄暗くなり始めた赤色の空により赤い華を咲かせる。一機だけ ミサイルをすり抜けてバルカン砲で攻撃してくるのもいたが、落ち着いてマシンガンで攻撃し撃ち落した。
『東に敵航空部隊が接近。直ちに迎撃してください』
その報告で機体カメラを東方向に向けると、うっすらと映る複数の機影。
航空機による波状攻撃か……これは厳しいものになりそうだ。
襲撃が始まって5分は立っただろうか?
絶え間なく襲ってくるミサイルとバルカン砲をかわしつつレディバードを落としていき、撃破数が20を越えた時にネルさんから新たな機影が向かってくると の連絡が入った。
「またですか? 一体どれだけの航空戦力をこの空港に向かわせているんだ……」
『いえ違います、この大きさはどうやら爆撃機のようです』
「爆撃機だって!?」
『機種確認……エムロード製爆撃機「サンクチュアリ」です』
サンクチュアリだと? 俺はレーダーの光点を確認するとその方向に機体のカメラを向ける。
ディスプレイには数機のレディバードを護衛につけた、無骨で巨大な爆撃機の姿が映し出されている。一度間近で見たことがあるから間違いない。確かにあれ はサンクチュアリだ。
「エムロードとジオ=マトリクスの機体が協力するなんて何の冗談……!」
敵対企業同士の機体が協力することに疑問を覚えるがそれを一瞬で頭の隅に追いやり、爆撃機の侵入コースへラークスパーを進ませる。
しかしこちらを迎え撃とうと、護衛のレディバードが左右に展開してラークスパーを挟み込むように攻撃を仕掛けてくる。
死角となる左右上方向からミサイルとバルカンを撃ってくるため、俺は一旦ラークスパーを下がらせ、頭上を通過したレディバードを撃ち落そうとするが……
ズドドンッ!
「ぐっ!」
突如横から強い衝撃が走り、機体が大きく揺らぐ。そしていつのまにいたのか、頭上を通り過ぎるレディバード。
ディスプレイをよく見てみると、どうやらサンクチュアリの後ろにもう一機のレディバードが隠れていたようで、俺が左右に展開した敵機を落とそうとした所 で前に出てきて死角からミサイルで攻撃したらしい。
護衛の三機は先程までの攻撃部隊とは違いかなりの凄腕のようだ。
厄介な敵は最優先に落とすに限る。俺はミサイルポッドを立ち上げて旋回するレディバードをロックしようとするが――。
ドゴゴオォーーーン!
『レイヴン、発着リフトが攻撃されています。対象の護衛を最優先してください』
「くっ、戦闘機に構ってる余裕はないか」
どうやらサンクチュアリが発着リフトを爆撃し始めたらしい。
俺は優先目標を切り替えると、空高く舞うサンクチュアリを落とすべくブーストを前回にして飛び上がる。
地上からでは分からないが、サンクチュアリはかなりのスピードで飛行している。
恐らく地上からの攻撃を警戒しているのだろう。何回か爆撃を加えて高スピードでその場から離脱し再び爆撃を繰り返す、いわばヒットアンドアウェイをする つもりなのだろう。
しかし空港を破壊させるわけにはいかない。
ロックできる距離までに近づくとミサイルやマシンガンをその無骨な機体に叩き込むが、応えた様子もなくそのまま高スピードで空港から離れていった。流石 「空の戦車」と言われるだけあって中々の防御力だ。
だが全く効いていないというわけでもないだろう。
ぱっと見た所、僅かながら煙も噴き出している上に攻撃を加えていた際、何発かは間違いなく装甲を抜いていたはずだ。
次にこちらに向かってきた時が勝負――。そう考えながらブースタをカットして、地上へと落ちていくラークスパー。
この間に未だ残っているレディバードをマシンガンで撃ち落すが、敵も然るもので一機しか落とせなかった。
幸い、デイウォーカーの部隊が奮闘してくれているため、レディバードの方も迂闊に攻撃を仕掛けられないでいる。
輸送船団が来るまでもうあまり時間はない。俺はゆっくりと旋回しながらこちらに向かってくる爆撃機を睨みつけると目標との相対距離を測り、再びラークス パーを飛び上がらせた。
同じ高度まで昇った時には、サンクチュアリは正面に大きく映る距離まで迫っていた。
「これで……終わりだっ!!」
正面に迫ったサンクチュアリ目掛けて、左腕のブレードを振り下ろそうとしたその時――――突如背筋が凍りつくような悪寒が走る。
『上空に熱源反応!? レイヴン、回避をっ!!』
ネルさんの警告と俺がバックブースターを吹かして後退するのはほぼ同時だった。
そして次の瞬間、目の前に迫っていたサンクチュアリの頭上から青白い光条が通り過ぎ、一拍置いた後サンクチュアリは内部から大爆発を起こした。至近距離 まで近づいてたラークスパーにも爆発の炎は襲い掛かり、一気に機体温度が上昇していく。
ビィーーーッビィーーーッビィーーーッ!
「くううぅぅっ!」
爆発の衝撃と熱によるダメージで機体制御が上手くいかず、錐揉みするように落ちていくラークスパー。
シェイクするコックピットのなかで半ば意識を失いそうになるが、このまま落下すれば俺もラークスパーもただではすまない。
IFSコネクタを砕けんばかりに握り締め、ナノマシンを通じてラークスパーの姿勢を元に戻し、地上に到達する頃にはなんとか機体を安定させて着地するこ とができた。
周囲を見渡すと残っていたレディバードもあの光にやられたのか、その姿が確認できない。
「一体何が起こったんだ!?」
『レイヴン、上空から複数の機体が落下してきます。これは……ACの反応です!』
ネルさんの声と同時に、俺のレーダーにもその反応が現れた。
数は五機、ゆっくりと落下してくるその影はラークスパーを囲むように展開している。
その影が形を為す距離まで近づくと、衝撃を和らげるためにブースタを吹かしてゆっくりと着地する。そして全ての機体が地に付くと彼らはまるで品定めする かのように、カメラをこちらに向けてきた。
敵の機体構成は全て同じで、軽量の逆間接タイプに小型マシンガンとブレード、そして背中には二本の筒から成る巨大なプラズマキャノンを背負っている。お そらくサンクチュアリを落とした光条の正体はあれだろう。
また機体は全てダークブルーで統一されており、肩には全ての機体が同じエンブレムを付けている。
こいつらは一体何者だ?
『貴様が護衛のレイヴンか?』
突如スピーカーから男の声が響いてくる。この部隊の隊長だろうか。
「……そうだ、この空港の護衛任務に就いている」
『これは驚いた、こんな可愛らしいACに乗っているものだからどんな奴かと思っていたが、ただの小僧じゃないか』
『坊主、中々いい趣味をしているじゃないか』
依頼主は伏せてそう応えると、さっきとは別の機体から小馬鹿にするような声があがった。そして同時にスピーカーから嘲る様な笑いが聞こえてくる。く そ……癪に障るやつらだ。
『そこまでにしておけお前達。レイヴン、任務ご苦労だったな。後は私達に任せて下がるがいい』
「待て、その前にあんた達が何者か聞かせてもらう。任務を中途半端なまま終わらせることはできない」
『……お前が知る必要などない』
「それはどういうこと……っ!?」
なおも問い質そうとすると、それまで何の動きもなかった五機のACが一斉に右腕の小型マシンガンを向けてきた。
その一糸乱れぬ動きは洗練されており、彼らが優秀な部隊であることを窺わせる。
この状況で撃たれれば、ラークスパーは一瞬にしてスクラップと化してしまうだろう。
『言った筈だ。知る必要などない、とな』
「くっ……」
そのまま暫く睨み合いが続き、辺りには緊張と沈黙が漂う。
少しでも動けば撃たれてしまう――――正にそんな状況下だ。
しかしその緊張は突如通信に割り込んできた素っ頓狂な声によって破られてしまった。
『みっなさーーーーん! お勤めご苦労様でしたーーーー!!』
「ぐおっ!?」
コックピット内に何処の誰かも知れない女性の甲高い声が反響し、鼓膜を破らんばかりに刺激する。
一瞬意識が遠のきかけるが、こんな状態で気を失うわけにはいかない。俺は何とか持ちこたえると、コックピット内の音声出力を絞り、なんとか息を落ち着け た。
「い、今のは一体なんなんだ?」
『ようやく来たか……』
おそらく隊長機と思われるACの一機がやれやれといった感じで上空を見上げる。
俺もそれにつられて見上げると、空港の上空に複数の巨大な機影が浮かび上がっていた。
その数およそ5機。数はあまり多く無いが、どれも300メートルを越す大型の宇宙船だ。
そしてその中でも、一際目立った機影が船団の中央にいた。
全長はおよそ300メートルといった所だろうか、機体は目を引くような白亜のボディに所々赤が縁取られ、前方に突き出た2枚のブレードから従来の宇宙船 とは全く違った印象を受ける。その姿は周囲の無骨な宇宙船に囲まれているため、船自体の美しさも相俟ってより一層目を引いた。
『レイヴン、先程LCCから連絡がありました。どうやらそのAC部隊は輸送船団が送り出した護衛部隊のようです。彼らは寄航する空港が襲撃に合っていると 知って、先行して部隊を寄越したとのことです』
そして俺はそのフネにペイントされているエンブレムから目が話せなかった。
『レイヴン、どうしました? レイヴン……?』
おそらくフネそのものの物と思われる花びらをあしらった赤いエンブレムの横にある、製造会社を示す青いエンブレム。
忘れるはずも無い、あのエンブレムは……!
「ネル…ガル……!」
その言葉と同時に、突如数々の光景が脳裏をよぎる。
がらんどうな真っ白な部屋
俺を取り囲む多くの白衣の群れ
真っ赤に染まる手袋をはめた何人もの医者
培養液に浸る無数の『ヒトではない』モノ達
体中に取り付けられた無数のコード
これから何をされるのか、それが分からずひたすら恐怖する自分の姿。そして――――
メスを片手に無表情に俺を見やる父と母。
「かはっ……っ!」
その光景に頭痛と吐き気が同時に襲い、さらには視界すらもぼやけ思わずIFSコネクタから手を離してしまう。
くそっ、とっくに克服したと思ってたのに……!
『レイヴン、こちら管制塔。任務ご苦労だったな。なんでも輸送艦隊の艦長さんの一人が礼を述べたいって言ってるんだが……』
「……必要…無い。こちら…ミルキーウェイ、目標の達成を…確認。これより帰還する……」
空港の管制官の声に、若干掠れた声でそう言い返すと俺はラークスパーを反転させ、艦隊から――あの白亜のフネから逃げるように空港を後にした。
今はただ、あの子のいるホームへと帰って、ぐっすりと眠りたい――――。
『任務ご苦労だった、レイヴン。
おかげで彼らを火星に迎えることが出来た。これでようやく行動を起こせるというものだ。
これから火星を動かしていくのは我々だ』
依頼を終わらせた後、俺の端末にはLCCからそのようなメールが届いていた。
彼らというのは何を指しているのかは分からないが、それにネルガルが一枚噛んでいるのは間違いないだろう。
ネルガルがそう簡単に火星の地をあきらめるような事は無いと思っていたが、まさか地球連合やLCCと協力するとは思わなかった。
あの後俺はガレージに戻ってネルさんの事後報告もそこそこに、ホームに戻ると夕食もとらずにベッドへと沈み込んでしまった。
翌朝起きてみると、すぐ傍にはアイちゃんが俺の体を抱きしめて眠っておりその様子に一発で眠気が覚めて、なにかと慌てたがアイちゃんの目の周りが赤く腫 れ上がってるのを見ると合点がいった。
たぶん、俺が帰って早々何も言わずベッドに倒れこんでしまったのを心配してくれたのだろう。大抵依頼から帰った時はアイちゃんは起きて俺の帰りを待って くれていたし、時間が合えば一緒に食事も摂っていた。多分、いつもと違う俺の様子に困惑したのだと推測した。
「ごめんね……アイちゃん」
俺はアイちゃんの髪を軽く梳かした後、起こさないようにそっとベッドを抜け出し端末を起こしてメールをチェックしていた。
メールボックスにはネルさんからの事後報告のメールと、エネちゃんにシーカーのものもあった。ここ最近では二人にも頻繁に依頼が舞い込んでいるらしく、 今までのように三人一緒に依頼をこなすというのは少なくなってきている。
そして先程のLCCからの謝礼のメールとは別にもう一つLCCからのメールがあった。もっともこれは俺個人に対してではなく、火星全体へ向けたメッセー ジらしい。そしてその内容は過激なものだ。
『現在火星は木星蜥蜴、そして企業同士の争いによって治安は悪化の一途を辿っている。
環境を無視した地区開発、過剰な兵器開発競争。そして木星蜥蜴やディソーダによる破壊活動。
これらをこのまま放置すれば、人類は再び『大破壊』を招くことになりかねない。
我々は火星の正当なる統治機関として、無秩序な企業活動の統制と外敵の排除をする義務がある。
今後、我がLCCは火星の秩序維持を最優先とし、火星に存在するあらゆる企業を、完全に管理下に置く事を宣言する。
火星におけるあらゆる企業活動は、我々の統制に基づいて行われ、木星蜥蜴やディソーダーといった外敵の排除は我々の先導によって行われることになる。
以後、我々に敵対する行動をとる企業に対しては厳然とした対処をとる。
それは企業に与するレイヴンも同じことだ』
「これは……企業に対して武力行使をするって宣言するのと同じじゃないか!」
文自体は短いものだがその内容はかなりの衝撃を持っている。現にいくつものニュースサイトでは、このLCCの声明についてトップ記事で扱っており、様々 な議論を引き起こしていた。ほとんどの記事が『LCCの無謀』といった評価を下しているが、あのAC部隊と奇妙なフネを見る限りLCCも考え無しというわ けではないだろう。むしろ自信の程を伺わせる。
そしてネルガル……やつらもただLCCにくっついているというわけではないだろう。あのネルガル船籍のフネの動向についても今後は注意しなければならな い。
俺はイスに深く腰掛けると体を後ろに倒し、薄暗い天井を仰いだ。
「木星蜥蜴にディソーダー、地球政府による企業抗争への介入……まったく、この星はどうなってしまうんだ?」
火星は今正に、新たな騒乱の火を巻き起こそうとしていた。
TO BE CONTINUED