ココはどこだろう?
辺りは何も映さない漆黒の闇、右を見ても左を見ても誰もいない。
ふと自分の体に違和感を感じ掌を目の前に持ってくると、それはふっくらとした子供の手だった。
あぁこれは自分が5才位の時かなと、ぼんやりと考えていると突然前方の空間が歪み、二つの影を映し出す。
ゆらゆらと揺れる陽炎の中、うっすらと見えるのはまだ生きていた頃の父と母の姿。
『大丈夫、痛くないからね――』
『これはおまえのためなんだよ――』
暖かみのある笑顔で微笑む父と母。その笑顔からは一片の曇りない愛情が感じられた。
そう、確かに父と母は優しかった。
父は自分に非があった時は容赦無く怒ってとても怖かったけど、それ以外の時はいつも優しく頼りになる父親だった。
母はちょっと怒りっぽかったけど、よく俺に色々なお話を聞かせてくれたし、貧しい環境ながらも愛情の篭った手料理を振舞ってくれた。それが俺にはちょっ とした魔法に見えて、一時はコックを目指したほどだ。
父と母は共に研究者であまり家には居ることは多くなかったけど、それ以外はどこにでもある一つの家族だった。
『これが終わったらお前はとっても強い子になる――』
『そうすればもうお腹をすかせることもなくなるんだよ――』
それなのになぜだろう、その大好きな二人の姿が見えるというのにこんなに体が震えるのは――
二人は優しく微笑みながらもこちらに近づいているようで、徐々にその姿がハッキリと浮かび上がってくる。
『少し眠っていれば直に終わるからね――』
『何にも心配することはないんだからね――』
父と母が近づくと共に抑えきれなくなる恐怖をその身に感じ、逃げようとするが体が全く動かないことに気付く。
顔を下に向けると、いつの間にか幼い俺の体は手術台の上で四肢を固定されていた。
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!コワイ!コワイ!コワイ!コワイ!コワイ!コワイ!
俺はあまりの恐怖に目を瞑り、ただただ震えて時間が過ぎるのを待つことに徹しようとする。
『だから――』
『だから――』
だが耳元まで聞こえてきた父と母の優しい声につられ、恐る恐る目蓋を開きそこに映ったのは――――
『『安心しておやすみなさい』』
血塗れの白衣を身に纏い、メスを片手に微笑む両親の姿だった。
「うわああぁぁっーーーー!?」
ハアッ……ハアッ……ハアッ……ハアッ……ハアッ……
自分自身の息遣いが部屋を満たし、暫くするとようやく気を落ち着けることが出来た。
あまりの夢見の悪さに寝巻きとして着ているシャツは汗でびっしょりになっている。
「くそっ、あの依頼からずっとこの夢ばかりだ……!」
原因は分かっている。あの空港防衛の依頼で遭遇したネルガル船籍のフネに遇ったせいだろう。
おかげでここ一週間は、ずっとあの悪夢に苛まれている。
俺は傍にあったミネラルウォーターを飲んで喉を潤すと、ベッドから降りて端末の置いてあるデスクに歩み寄り引き出しを開いて、ある『モノ』を取り出し た。
「久方ぶりにコイツを着けてみるかな……」
これは10歳の誕生日の際に両親からプレゼントされたもので、俺がレイヴンになるまでずっと身に着けていたものだ。過去からの決別、あるいは新しい人生 の決意としてレイヴンとなった時からはずしてはいたが、今後ネルガルと事を構えることになるかもしれないことを考えると精神安定の意味も併せて身に着けた 方が賢明かな。
「これを着けてる時は悪い夢なんて見なかったしな」
まるで玩具から離れられない子供みたいだな。
そう軽く笑ってネックレスを身につける。その胸元には菱形の青いクリスタルが燦然と輝いていた。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十二話「敵対交差」
ジオサテライトシティ――企業によって整然と整備された景観の美しいコロニー都市。
しかしどんな所であっても人が集まる所には自然と影のような場所が出来るものだ。
大通りの横道にある薄暗い路地を少し奥に入って、いくつかの看板を目印にどんどんと奥に進んでいくと、突然けばけばしいネオンが目に飛び込んでくる。上 を見るとジオサテライトシティを包む外壁ではなく、むりやりに組まれたアーチ状の天井が作られているのが見て取れる。
そこは企業の目を掻い潜ってできたいわば闇市のような所で、表通りの堅苦しい店舗とは違い多種多様の店が軒を連ねていた。
屋台を出す者、珍しい金品を並べる者、果てには企業の横流し品やACのパーツを売る者まで居る始末だ。
当初は企業もシティの治安を乱されては困ると言って色々と口を出していたみたいだが、潰しても潰してもこのような場所が出てくる上に、半ば市場めいたも のが形成されて企業も迂闊に手を出せなくなったとの事らしい。
俺はそんな繁華街を迷い無く歩き、目的の場所へと歩を進める。
目的の場所は闇市の比較的手前にあるのでそう時間はかからなかった。周りに比べると比較的落ち着いた装飾の店構えだがその大きさは結構なものだ。そして 店の看板には『バー・デンジャーマイン』と書かれている。
その店のドアを開けると一斉に人のざわめきが耳に飛び込んできて一緒に熱気も押し寄せてくる。相変わらず繁盛しているようだ。 俺は目的の人物を見つけると小走りに近寄っていく。
「悪い、遅くなった」
「遅いぞミルキー! ビールが温くなっちまうじゃないか!」
「私達はそんなに待ってませんよ。お久しぶりです、アキトさん」
そう、そこは俺達の馴染みのレストランだ。
バーと言う割には食事のメニューも豊富なこの店は、美味い酒と食事を求めて連日大盛況。そこで俺はエネちゃんとシーカーの二人と久しぶりに食事を取るこ ととになったのだ。
ここ一ヶ月の間はそれぞれ個人的に任務をこなしてきたので、こうして食卓を囲むことは無かったが連絡を取り合ってみたところ二人とも時間が空いていると いうので、情報交換もかねてこうやって集まったわけだ。
「こうして三人で食事するのも随分と久しぶりだな」
「ここ最近は色んな所から依頼が入ってきて会う暇なんてありませんでしたからね」
そう溜息をついて話すエネちゃんの言葉には明らかに疲労が感じられた。
「……やっぱりLCC絡みかい?」
「というかほとんどそうですね」
「はっきりいって火星全土に向けられたあの宣言以降、どこもかしこもピリピリしてるな」
「そのせいで対木星蜥蜴、対ディソーダーの守備部隊が企業の攻略部隊に引き抜かれて、どこの戦線もかなり厳しくなってます」
LCCの火星統一宣言後、赤い大地は新たな騒乱の渦が巻き起こっていた。
シティにおいて、絶えず企業間同士のテロや暗殺が発生して治安は悪化の一途を辿り、シティ間の繋がりがいくつも途絶。
そしてそれに付随するかのように木星蜥蜴も攻勢に出て、いまや戦線は第一次火星会戦の時と同じくらいまでに後退しようとしていた。
「全く、同じ人間同士が潰しあってどうするんだか……」
「今までも企業を狙った依頼はいくつもありましたけど、ここ最近はそれの度合いがかなり酷くなってますよね」
「LCCを標的にするものはもちろん、中には敵対企業を先に潰してその戦力を吸収してLCCを迎え撃つなんて馬鹿な考えを持った企業もあるくらいだ」
「それってただ単にお互いが潰しあってるだけだよな?」
「そんなことに気付かないくらい状況はメチャクチャだ……正直上の連中は火星の状況を理解できてるのか小一時間問い詰めてみたい所だな」
そう言ってお互い溜息をつく俺達。
俺達はコンコード所属とはいえ、戦う場所は任意に選べるためまだ余裕は持てるが、企業直属の戦闘部隊には同情を禁じ得ない。
ついこの間までは木星蜥蜴やディソーダー退治に奔走していたのに、今度は敵対企業とはいえ同じ人間を撃てと言われるのだ。
直接銃口を向け合う現場の者としてはたまったものではないだろう。
「とにかくこの情勢下だ、俺達が生き残るためにも何か指針を決めた方がいいと思うんだけど」
「指針……ですか?」
「そう、明確な目標も無く色んな企業の依頼を受けていると不確定要素として企業から狙われるんじゃないかと思うんだ」
これは先日のローズさんの忠告……というかほとんど受け売りなのだが。
流石にこの混沌とした状況で、自分の立ち位置を決めていないのはかなりマズイ。
企業からしてみれば、敵として立ちはだかったレイヴンが急にこちらの味方をするなどといった事はあまりにも信用が置けないだろう。
ローズさんの言うとおり、下手をすれば偽の依頼を出されて消される可能性だってある。
「確かにそれは決めた方がいいかもな……」
「俺は暫くはLCCには近づかない方がいいと考えている。火星を統一するなんて吹いてはいるけど、やってることは結局火星の治安を悪化させているからな」
もちろん本心はLCCと行動を共にするネルガルに近づきたくないというのが本音だが。
「私も今のLCCにはうんざりしてます。せっかく木星蜥蜴を追い出せるくらいまで頑張ったのに、彼らがそれを台無しにしましたから」
「それ以前に、あのLCCが企業連合体に勝てるとは思えないけどな」
エネちゃんの言葉に同調するようにシーカーも同意する。
しかしその見方はまだ早計というものだろう。
「それがそうでもない。実はあの宣言の前にLCCの依頼を受けたんだけど――――」
俺は二人に以前受けた空港での出来事について語った。
正体不明のAC部隊、数多くの輸送艦、そして不可思議な形をした戦艦の事を――。
「なるほど、LCCの奴ら妙に強気だと思ったらそういう手札を用意していたのか」
「そうなると油断はできませんね……」
「でもLCCの出方が分からない現状じゃあ、俺達レイヴンは手の出しようが無いけどね」
「だったら身の安全を守るためにも、前みたいに三人で固まって行動した方がいいんじゃないでしょうか?」
「……確かに、以前の海上施設の件もあるし、そのほうがいいだろうな」
そう、結局海上施設で襲ってきたAC部隊については分からないままなのだ。
加えて、正体不明の赤いACについても依然何も分かっていない。ここ最近は全く姿を現していないというが不気味なことに変わりは無い。
「……いつになったら終わるんでしょうね、この戦争」
「終わると俺達の仕事が無くなるけどな」
「戦争で人を殺すよりアリーナで戦う方がマシでしょう?」
「まぁ……それもそうだけどなぁ」
二人は同じタイミングで溜息を吐き、その場が暫し沈黙する。
「ま、とにかく今は生き残ることに全力を尽くそう。そのためにもまずは腹を膨らませないとね」
「それもそうだな、お〜〜いオヤジ〜〜! 追加のメニュー頼む!」
「そういえば話に夢中であまり食べてませんでしたよ」
暗い話しは終わりとばかりに、食事をしながら談笑を開始する俺達。
最も話の内容自体は、同じレイヴンなため新しく発売されたパーツについてとか話題のランカー等、一般人とは程遠い内容ばかりだが同じレイヴン同士話しが 弾まないといったことはなかった。もっとも、エネちゃんが嬉しそうな顔で新しく買ったブレードの切れ味について、やれ切断面が美しいだの発振器がゴツイの が気に入らないだのと語るのはどうかと思ったが。
そしてそんな談笑の最中、俺の胸元にあるモノにエネちゃんが気付いたのか、興味津々といった具合に聞いてきた。
「……そういえばアキトさん、そのペンダントどうしたんですか?」
「あの娘にでもプレゼントされたのか?」
エネちゃんは半ば睨みつけるように、シーカーは何やらニヤニヤと面白そうにこちらを眺めている。
「あぁ、これは両親の形見なんだ。ちょっと色々あって身に着けるのは止めてたんだけどね」
「あ……ごめんなさい。なんか聞いちゃいけないこと聞いたみたいで」
申し訳なさそうに謝るエネちゃんだが、そんな事気にする必要は無いんだけどな。
「いや、別に気にしなくていいよ。それに両親のことは俺もそんなに良い感情は持っていなかったしね」
「それなのに形見を後生大事に持ってるのか。お前の両親はどんな人だったんだ?」
シーカーの言葉に、暫し考え込む。
脳裏に浮かぶのは穏やかな声で俺の名前を呼び、慈愛の眼差しで見つめる父と母。
その眼差しは確かに俺自身に向けられたものだった。
しかしそれと同時に浮かぶのは、血濡れの白衣を纏いメスを片手に持った両親の姿。
いずれも間違いなく俺を育てた両親である――――それ故に俺は答えた。
「実は俺もよく分かっていないんだ。……だからこのペンダントをつけてるのかもな」
一方その頃ナデシコでは――――
「はぁ、共同作戦ですか……?」
「そうよ、私達LCCは火星を侵略する木星蜥蜴に対抗するために、まずは先の宣言通り火星の混乱の元凶である企業連合体の暴挙を止めなければならないわ! そこで、あんたたちにはこれから行う侵攻作戦の手伝いをしてもらうわ!」
キャンキャンと過剰なまでな大声で叫ぶオカマ、もといムネタケ副提督。
ヴィルフール空港での輸送艦の荷降ろしが終わりナデシコの護衛任務が終わった途端、戦闘中にほとんど口出しをしなかったムネタケがナデシコブリッジの上 段に昇ると途端にそんなことを言い始めたのだ。
「そう申されましても、私達が上から言われたお仕事はあくまで輸送艦隊の護衛。無事火星に到着すれば、そこでナデシコはお役御免となっていたはずです が……」
「あら、あなた達のスキャパラレル計画の目的は火星に生き残ってる人々の救出でしょ? それはLCCの目的とも合致するはずよ」
「副提督、『スキャパラレル』ではなく『スキャパレリ』計画です」
プロスの指摘に途端にムネタケの顔が途端に真っ赤になる。
「そ、そんなことはどうでもいいでしょ! とにかくLCCの方針としては、これ以上企業の横暴を許すわけにはいかない の! あんた達だってわざわざ火星くんだりまで来たのは人命救助のためでしょ!?」
ムネタケはそう怒鳴り散らすとブリッジの下段にいるクルー達に眼を向けた。
プロスを相手にするより他のクルーを丸め込んだ方が容易いと考えたのだろう。
しかしそうは簡単にいくはずもなく……
「っていっても〜、企業を相手にするってことは用は人殺しの片棒を担ぐって事でしょう?」
「それとこれとは話しが違うと思いまーーす」
「どう考えてもナデシコがLCCに協力する意味が見出せません」
ミナト、メグミ、ルリの三人の駄目押しに詰まるムネタケ。
流石にオカマといえども女性の押しには弱いらしい。
そしていい感じに三人娘のコンボが決まったところでユリカが駄目押しを出す。
「えっと、私もLCCの考えは理解できますけど艦長としてナデシコクルーを無闇に危険に晒すことはできません。それにまずはネルガルのお仕事を終わらせな ければならないので、それはまた今度ということに」
ユリカの言葉にワナワナと震えるムネタケだが、突然震えが止まると人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「フ、フン! せっかく穏便にしてやろうと思ったけどそっちがその気ならこっちも考えがあるわ!」
どこが穏便なんだか……、とブリッジの全員が心の中で呟くがそんなことは露知らず、ムネタケは胸元から一枚の書類を取り出しプロスに手渡した。
「おや、なんですかなこれは?……………………ムネタケ副提督、あなたも人が悪いですねぇ」
「フン、それはお互い様でしょ?」
プロスの受け取った書類には『特務艦ナデシコは火星到着以後、LCCの要請に一度限り応えるべし』との旨が書かれてあった。それにはネルガル会長のサイ ンと判も押してある。
(先程の要請に私達が応えていれば、この書類の事は伏せてそのままずるずるとナデシコを扱き使うつもりだったんでしょうなぁ)
実はこの書類、地球政府直属のLCCと、それに協力するネルガルを筆頭とする地球企業の間で協定が交わされた際に作られたもので、ネルガルがしぶしぶ判 を押した代物だ。ナデシコは輸送艦隊の護衛任務に就いてはいたが、契約上の上ではナデシコは輸送艦隊に『くっついていた』だけなのである。
輸送艦隊に随行している中で、ネルガル以外はほとんどが企業の現地調査員で構成されており、その貢献度は微々たる物なのだ。ネルガルの力が無ければ、企 業はほとんどオマケとして扱われていただろう。そのため企業達の発言力は弱く、地球政府には火星入りした際にLCCに協力するよう強く念を押されているの だ。
つまりは――――
『火星までわざわざ連れてきてやったんだから、ちったあ協力せい!』
ということである。
しかしネルガルとしてはスキャパレリプロジェクトという大事な計画があるため、火星で長い時間拘束されるのは歓迎できる事ではないのだ。契約の際には LCCとネルガルの間でそれはもう激しい接戦が繰り広げられ、最終的にはネルガル、もといナデシコは一度だけLCCに協力することで決着をつけたのだ。
しかしプロスは、上からはこの書類については一切報告が無かったのはどういうわけだろう? と首を捻る。
(まさかあの方が報告を忘れるなんてことは無いでしょうし…………無いですよねぇ?)
同時刻、某企業の秘書室でとある会長秘書が可愛らしいくしゃみをしたのは全くの余談である。
「と・に・か・く! アンタ達にはこれから行う作戦に協力してもらうわ! 一回きりなんだから手ぇ抜くんじゃないわ よ!」
「「「ハア〜〜イ」」」
明らかにやる気の無い返事を返すミナトとメグミ、そしてユリカ。ルリに関しては無言と作業を続けていたが、僅かに眉を寄せた所を見ると不満なのは明らか だ。
とまぁそういうわけで、ナデシコとLCC、一回こっきりの共同作戦はこうして取り決められたのであった。
――――同時刻、某会議室
会議室と呼ぶには些か手狭なその部屋には三つの人影があった。
彼らの前には四隅の発生器によって生まれる空中モニターが浮かび上がっており、そのモニターには何処かの企業のものらしき施設の様子が映し出されてい た。そしそのモニターには、その施設の警備体制やガードMTの配置、トラップの有無等の詳細な情報を次々と映し出しており、併せて男のくぐもった声も流れ ていて、三人はそれを一言も話すことなくじっと聞きながらモニターを眺めている。
やがて全ての情報を流し終えたのか、宙に浮いていたモニターは何も映さなくなり、四隅の発生器が壁に収納されていく。
三人の内大柄な男の方――――ボイルは暫し考え込むと誰もいない空間に向かって呟いた。
「目標を達成したら後は好きにしていいんだな?」
『そうだ、だがこの作戦はもう一つの方の結果次第によっては制限時間がつくことを忘れるな』
ボイルの問いに、先ほど詳細を説明したくぐもった声が答える。
「しかしいくらなんでも慎重すぎるのでは?」
『我々が火星に到着して初めての任務なのだ、失敗は許されん』
続くもう片方の女性――――レミルの問いには、些か苛立ちが含まれた答えが返される。
しかしレミルは無表情にその言葉を受け入れ、淡々と返事を返した。
「了解しました。では私達はこれより行動に移します」
そう言ってボイルとレミルは狭苦しい会議室から退出し、部屋には沈黙が降りる。
そして部屋には一人の男――――フライトナーズ隊長、レオス・クラインだけが残った。
そのクラインに向かって突如厳しい言葉が投げられる。
『クライン、貴様こそこそと裏で何をやっている?」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが」
『とぼけるな。我等が何も知らないとでも思っているのか?』
「…………」
『空港に到着した僅か一時間の間に、貴様が何人もの部隊員をどこかへやったのは確認済みだ』
「ただの偵察活動です。我々は火星に着いたばかりですからね。周囲に木星蜥蜴が潜んでるとも限らないでしょう?」
『フン、どうだか……いいか、貴様等フライトナーズは我がLCCの下部組織なのだ。勝手な真似は許さんぞ』
そんな尊大な言葉を残して通信は終わり、部屋には沈黙だけが残る。
しかしクラインは先程の叱責にまるで応えた様子も無く、むしろ憮然とした態度で佇んでおり、暫し瞠目すると虚空に向かってポツリと呟いた。
「歪な体制にしがみ付く金の亡者が……今の内に精々粋がっているがいいさ」
『現在LCCの地上部隊が、テラナ山脈方面から我が社の衛星都市である「ザングチシティ」へ侵攻中との報告を受けた。
テラナ山脈方面から地上部隊を展開させるなら、大断層に掛かるグレートブリッジを必ず通過するはずだ。
橋上では戦力が集中するので、敵勢力を一網打尽にする絶好の機会だ。そこでレイヴンの力が必要となる。
グレートブリッジ上で敵勢力を迎撃、全滅させて敵の侵攻を阻止してほしい。我が社からも応援部隊としてMTをつける。
本作戦はLCCの声明に対する我が社の回答だ。必ず遂行してくれ』
俺、エネちゃん、シーカーの三人がこれからの行動指針を決め、最初に舞い込んできた依頼はそのようなものだった。
依頼文から察するに、LCCの声明に対する企業の答は単純明快だ。
つまり向こうが力尽くで来るのなら、こっちも力で応えるまでということである。
さて、その企業についてであるが、現在火星はエムロードとジオ=マトリクスの二台巨頭によってパワーバランスが築かれているといっても過言ではない。他 にもバレーナやネルガル等いくつかの企業が火星に点在してはいるが、どれも木星蜥蜴の攻撃によってLCCに対抗するような力は残されておらず、静観、もし くはLCCを受け入れることでそれらは落ち着くだろう。
そしてLCCが最初に採った選択は、まずエムロードから攻略するということらしい。
火星でのシェアではジオ=マトリクスの方に軍配があがるため、この決定は妥当といったところだ。
だが事はそう簡単にはいかないはずだ。
ジオ=マトリクスにリードを許しているとはいえ、エムロードは地球最大の企業体だ。火星においてもその影響力は絶大で、シティガードに配備されている MTやガードメカはほとんどがエムロード製である。安定した性能に整理された操作系、安価で生産ラインも安定しているため、ユーザーからの信頼はジオ=マ トリクスのそれを超えるほどだ。
さらに地球ナンバーワン企業の座に君臨して長いエムロードは、駆動系やAIなど技術の蓄積が重要なパーツに関しては一日の長がある。正面からまともに戦 おうとすればジオ=マトリクスといえどもただでは済まないのだ。
恐らくLCCはエムロードのそうした技術を狙って今回の侵攻を起こしたのかもしれない。
エムロードの生産ラインはそれだけで莫大な利益を生む上に、多大な戦力をも供給することができる。また、今回標的となった「ザングチシティ」はエムロー ドの統括する衛星都市であると共に、彼らの一大拠点であるザムダ軍事基地の防衛ラインの役割も持っている。
エムロードとしては、なんとしてもこの作戦を成功させなければならないだろう。
「……の割には防衛戦力が少ない気もするけど」
今俺がいる場所は、大断層上に架かるグレートブリッジの端っこの方である。
わざわざ橋上に防衛線を張らなくてもいいのにとも思ったが、このグレートブリッジはあまりにも巨大な上に、常に濃い霧がかかっているため両端に戦力を分 散させると大変危険なのだ。そのため、守りに徹しやすい片方に戦力を集中させ、敵の侵攻を阻止するつもりのようである。もちろん航空戦力を警戒して各所に 対空ミサイルを設置するのも忘れてはいない。
『片方だけとはいえ、これだけの防衛網をあのLCCが突破できるとは思えんな』
『最悪、エムロードはこのグレートブリッジを落とせばいいんですから条件としてはかなりこちらが有利ですね』
後方にいるシーカーとエネちゃんのそんな楽観的な言葉が通信から聞こえてくる。
橋上は広いとはいえ、数機のACが一度に通るのは難しいため、二人は後方で予備戦力として待機しているのだ。
しかし二人の言葉を否定するわけでは無いが、LCCのバックには地球政府、それにネルガルもついている。例のAC部隊もここで投入される可能性も考える と油断はできない。
未だにLCCの部隊が来る気配は無いので、俺はラークスパーの状態をチェックする。
ローズさんの忠告もあって、ラークスパーは基本的なシルエットこそ変わってはいないが、内部パーツや武装面、また頭部パーツも一新されている。頭部は安 価で無骨な[EHD-GARD]から、広域索敵のレーダー機能を備え航空機のような流線型の形状が特徴的な[ZHD-8008/S]に変更され、武装面で は主武装のマシンガン[EWG-MGSAW]を、最高級のライフル[EWG-RF-M35]に変更している。
新しい頭部パーツはレーダー機能が搭載されているので肩にレーダーを背負う必要が無くなり、索敵性能はそのままに火力をアップさせることに成功してお り、右手に握り締めるライフルも火力・精度共に以前のマシンガンよりもずっと扱いやすい代物になっている。
そして一通りのチェックを終えると、作戦司令部から橋上の向こうから侵攻してくる複数の影を捉えたとの報告が入る。
……どうやら来たようだ。
『ミルキー、後方の守りは任せとけ』
『アキトさん、気をつけてくださいね』
シーカーとエネちゃんの言葉に「行ってくる」と返事を返し、俺はラークスパーを通常モードから戦闘モードへと移行させる。
『システム起動。戦闘モードに移行します』
今までの無機質な合成音とは違い、よく通る女性の声でコンピュータがそう告げる。
戦闘モードに移行すると同時に、ブリッジに入り込まれる前に敵を殲滅するため俺はラークスパーを前進させた。
後方にはエムロードからの戦力として、戦闘MTのフレンダーが二機付いてきており、ガシャガシャと音を響かせながらラークスパーを追いかけてくる。
『前方に機影を確認、――――高速戦車「レイテ」に戦闘型MT「ディッパー」です』
ネルさんの報告と同時に、濃霧の向こうから現れたのはロケットランチャーを搭載した四脚型の奇妙な形をした戦車に、多脚型の銀色のMTだ。「レイテ」は 高速戦車と謳ってはいるが、ボール駆動式四脚であるその姿から、戦車というよりはむしろMTにしか見えない。
そんな二種の機動兵器が前後左右と細かく動き回りながらこちらに向かってきており、一定の距離になるとロケットランチャーやマシンガンを放ってくる。
無論それに大人しく当たってやる義理は無く、ブースターを吹かして回避してお返しとばかりにライフルを敵MTに向かって叩き込む。
後方から続くフレンダーも、ロケット砲や機銃でレイテとディッパーに攻撃を開始し、瞬く間にグレートブリッジは戦場と化した。
『くそっ、こっちもそう簡単に休ませちゃくれないか!』
『念のために武装をライフルに変えて良かったです……シーカーさん! そっちいきましたよ!』
同時にエムロード側が防衛する対岸では、LCC側の航空機による攻撃が始まっていた。
敵航空機のレディバードは橋上の端に設置されてある砲台ゲートや、対空ミサイル、補給車等を中心に攻撃を加えているようだ。
しかしその攻撃も、エネとシーカーの働きによってほとんどが阻止されている。
彼らの愛機であるピースフルウィッシュとブレイクスルーの動きは既にベテランのそれに入っており、散発的な攻撃は尽くが防がれ、迂闊な動きを見せれば即 座に撃ち落されてしまうほど彼らの攻撃は的確だった。
『これで四機! エネ、そっちはどうだ?』
ライフルでレディバードを撃ち落したシーカーは、傍らにいたピースフルウィッシュの方を向くが、そこに細身のACの姿は無かった。
『ええええぇぇぇーーーーいっ!』
ドガアアァァンッ!!
シーカーが怪訝に思っていったその時、突如上空で爆発が起き、爆炎の中から白とエメラルドグリーンで彩られたAC―ーピースフルウィッシュが飛び出して きて、見事なランディングで地面に着地する。
『エ、エネ? 何をしてたんだ……?』
『何って、もちろん戦闘機を落としてたに決まってるじゃないですか』
『…………わざわざ上空に昇ってブレードでか?』
『た、試し斬りしたかったんです!』
シーカーの脳裏に浮かぶのは昨晩の報告を兼ねた食事会。
その席で彼女は新しく購入したブレードの魅力について思う存分語っていた。その眼は今までにみたこともないくらい活き活きとしていて、彼女の話すいかに そのブレードがよく切れるかという話しを遮るのが躊躇されたほどだ。
シーカーは件のブレードを観察してみた。
ピースフルウィッシュの左腕に装備されているのは、細い腕では不釣合いに見えるほど巨大な発振器。それが三本束になって備え付けられており、一層特異さ を際立たせている。
[ZLS-T/100]――――その形状から「爪ブレード」と呼ばれる非常に強力なレーザーブレードだ。
噂ではこのブレードで切りつけられるとその部位は修理不可能になるとかならないとか……。
『いやいや、わざわざブレードで落とすよりライフルで落とした方が効率いいだろう!?』
『そ、そんなことより航空機の数が妙に少ないと思いませんか?』
『話しを逸らしたな……だが確かに侵攻部隊って割には戦力が少ないな』
現在のところ敵の戦力は航空機部隊に橋上を襲撃中のMT部隊のみだ。
後方に戦力が展開している様子も無く、確かにこれでは一つの拠点を落とすにしてはお粗末としかいいようがない。
『まさか、前みたいにACの襲撃が……?』
『可能性としては有りでしょうけど、ACを投入するのならとっくに投入してると思いますよ』
『確かにそうだな、企業が自ら露払いをするとは思えんし……』
元よりプライドの高い企業は、レイヴンに依頼を頼むのはよほど切羽詰った時か、公にしたくないような時が起こった時である。
今回のように大々的に宣言した上での侵攻作戦でレイヴンを使うとなれば、先にレイヴンを投入して敵戦力の露払いをさせ、仕上げに企業の私設軍がおいしい 所を持っていくというのがよくあるパターンである。
それを考えると既にACが投入されてもおかしくないが、今の所そのような気配は見えない。
『まだなにか隠し球でも持ってるっていうのか?』
『多分そうじゃないかと……』
そして二人の予想は的中していた。
「敵MTの動きは厄介だが、結局それと数だけだな」
レイテとディッパーは小型な上、速度もあることから戦闘開始時は苦戦したが、次第に動きにも慣れ今ではグレートブリッジの半分も侵入されずに撃退するこ とができている。たまに側面から航空機による攻撃で何機か抜かれることもあったがそれも全て後方のフレンダーや味方砲台ゲートによる砲撃で全て撃破されて いた。
しかし続くネルさんの報告によって、これがまだ前哨戦に過ぎないことを思い知らされる。
『レイヴン、北東から識別不明の機影がグレートブリッジに向かっています。注意してください』
「識別不明? ACじゃないんですか?」
『いえ、違います……これは、ACや戦闘機以上の速度です!』
その正体不明の機影はレーダーにも表示され、遂には肉眼でも確認できる距離まで迫ってきた。
敵機の数は三機、一機を戦闘にトライアングルのフォーメンションを組んで向かってくるのは、青いカラーリングが施された人型兵器だった。三機の違いは頭 部の色が赤・水・橙色と分かれているくらいで後はほとんど同じ構成らしい。
そして三機はこちらの姿を確認したらしく、上空でフライパスすると一直線にこちらに向かってきた。
「くっ!」
その素早い動きに危険を察知した俺は、ブースターを吹かして相手の射線から飛び退く。
直後、元居た場所を濃密な火線が通り過ぎ、後方に居たフレンダーがそれによって即座に戦闘不能にさせられた。
体勢を立て直してこちらもライフルで迎撃しようとしたが、その頃には既に三機とも射程の遥か遠方まで離脱している。
「なんて早さだ……」
あの速さはACのオーバードブースト並の速度が出ているんじゃないか?
『識別出ました。ネルガル重工所属の人間型MT「エステバリス」です。状況に応じてフレームを換装するというコンセプトで開発された最新鋭の機動兵器で、 敵機は空中戦に特化したフレームを装備しているものと思われます』
「ネルガルの兵器かっ!」
だったら尚更負けるわけにはいかない。
しかし相手は空戦主体の機動兵器、一筋縄ではいかないだろう。そのうえ三機のコンビネーションは抜群のようで、陣形を全く乱すことなく旋回している。ど うやら相手はかなりの腕利きのようだ。
対してこちらは己のAC一機のみ、この橋上では精々一機のACしかまともに動くことはできないだろうから後方の二人の援護は期待できない。フレンダーも 先程の攻撃で離脱したようで、つまりはラークスパーのみでここを支えなければならない。
「こいつはかなり厳しいな……」
「チッ、速攻で終わらせてやろうと思ったのによ」
『あのピンクのカラスちゃん、結構イイ動きしてるよね』
『まぁ流石にレイヴンを簡単に落とせるとは思わなかったけどね』
赤い頭部のエステバリスに乗る女性――――リョーコの声は、相手を一度の攻撃で仕留められなかったせいか、若干悔しげだ。
しかし彼女の眼は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いていた。
(あのAC……クラインほどじゃねえが中々の動きだ。作戦を聞いた時は大して期待してなかったけど、少しは楽しめそうじゃねえか!)
旋回を終え、再び攻撃ポジションにつく三機のエステバリス。
するとリョーコは今度は外さないとばかりにラピッドライフルを握り締め、橋上にいるラークスパー目掛けて急降下していった。
「ヤマダの馬鹿には悪いが、ここはあたし達だけで終わらせてやるぜ!」
『わお、リョーコってば燃えてるぅ〜〜!』
『熱くなりすぎて燃え尽きないようにね』
「うっせい! テメエら黙って付いて来い!!」
リョーコはそう言って、眼下の獲物に狙いを定めると、ラークスパー目掛けて正に猛禽の如く急降下していった。
――――同時刻、ナデシコ格納庫
「納得できんぞ! なんであいつらが攻撃に参加して俺様は待機なんだ!」
「仕方ねえだろう、エステを全機出してナデシコを無防備にするわけにゃいかねえだろうが」
ナデシコ格納庫では、留守番を言い渡されたヤマダと整備班長のウリバタケが取っ組み合いをしていた。
例の如く、ヤマダが無断でエステに乗ろうとしていたのをウリバタケが見つけ、それを阻止しようとしているのだ。
「放してくれ、博士! 火星の民が俺を待ってるんだぁ!」
「だから博士じゃねえっつってんだろ!」
ウリバタケはヤマダの腰をつかみそのまま持ち上げて、床の上にヤマダの体を叩きつけた。
ゴンッ
バックドロップが綺麗に決まり、固い床に頭をぶつけたヤマダはウリバタケの指示の元、ロープで柱に括り付けられてしまう。
「ったく、手間かけさせやがって……」
『ウリバタケさ〜ん、ヤマダさん大人しくなりましたか?』
「おー艦長か、たった今静かになった所だ。……しかしいいのか? LCCの軍事行動なんぞに協力しちまって」
『これくらいなら構いませんよ。寧ろこんな作戦で良かったと思ってますから』
ムネタケが強権を振りかざしてナデシコを運用していることは既にクルーのほとんどが知っていることのようだった。
なんでも当初はナデシコのグラビティブラストでグレートブリッジの反対側に展開する企業の部隊を薙ぎ払うつもりだったらしいが、そんなことをすればグ レートブリッジも無事では済まないため、当然その案は却下され、ディストーションブレードに装備されているミサイルもその威力を考えると迂闊に使えないた め、結局ナデシコがすることはLCC側の部隊の上空に展開して艦載機となるエステバリスを出すだけに留まった。
そもそも戦艦とはいえ、ナデシコは突撃艦ともいえる性質の艦だ。グラビティブラストも前方にしか発射できないため、今回の作戦のような支援じみた任務 は、最も苦手な部類といってもいい。
ナデシコの特性を考えず、今回のような小回りの任務に一回きりの依頼をしたムネタケは馬鹿以外の何者でもないだろう。
『私達のお仕事は副提督の言うとおり、あくまで支援ですからね。ナデシコが前に出る必要はありませんし、これからのことを考えると余計な戦力の浪費は避け るべきですから』
「全くだな、まぁこっちはヤマダが勝手に飛び出さないよう見張っておくから、艦長達はしっかりナデシコを動かしてくれや」
『ハイッ、もちろんです♪』
ユリカの満面の笑顔と返事に満足するとウリバタケはコミュニケを閉じ、ロープにくるまってわめくヤマダは放っておいて残った仕事へと取り掛かる。その 時、ふと格納庫の奥に設置されている三機のエステバリスが目に入った。
桃色の大柄なエステと、傍に長めのライフルとグレネード付きライフルを備えた二機の灰色のエステ。
ボイル、レミル、クラインが乗っていた改造エステ達だ。
エステバリスはネルガルの備品なので彼らに持っていかせることは出来なかったが、こうして主のいないエステを見ると物悲しい思いに囚われてしまうなとウ リバタケは感じていた。
「そういえばクラインの野郎、火星についたらすることがあるとか言ってたが…………何だったんだろうな」
――――グレートブリッジ、ザングチシティ方面ゲート砲台付近
『おいおいおい、あれやばくないか!?』
『アキトさん、今行きます!』
『馬鹿いうなエネ! あんな狭いところにACが二機も三機もいたら余計動きづらくなるだろ!』
彼らの視線の先には、三機の人型MTを相手に立ち回るラークスパーの姿があった。だがそのMTはかなりのスピードで動き回っており、狭い足場のせいも あってか、ラークスパーはかなり苦戦している。
エネはすぐに援護に駆けつけようとするが、シーカーの言葉で踏み止まざるを得なかった。
『だったらここからでも援護します! 距離は遠いけどミサイルならギリギリ届くはず……!』
『それしかないな。幸い増援はあの三機だけのようだし、決定打にはならなくとも嫌がらせにはなるはずだ』
そうと決まれば、二人はそれぞれミサイルポッドを立ち上げ、上空を飛び回るMTをロックしようとするが――――
『そこのレイヴン、司令部から緊急連絡が入った! 直ちにこの場から撤収して後方にある輸送機に乗り込んでくれ!』
『おい、ちょっと待てよ! この場はどうするんだ!?』
『そうです! このグレートブリッジは大事な防衛線なんでしょう!? まだ敵の増援が来るかもしれないのに離れることなんてできませんよ!』
『とにかく上層部からの命令だ! なんでもこの作戦は囮で本当の狙いは別のところにあるらしい! 時間が無いから急いでくれ!』
そのままブツリと通信を切られてしまい、あまりに横暴なその命令にエネは憤慨した。
(彼らは……ザングチシティに住む何万の住民の命がどうなってもいいと言うの!?)
『ちっ仕方ない。エネ、ここは言うとおりにするぞ』
『シーカーさん!』
『俺達はレイヴンなんだ! ここで勝手な真似をして依頼主の機嫌を損ねると後々ややこしいことになるんだぞ!』
『っ!…………分かりました』
エネは後ろ髪を引かれる様にその場を後にし、後方で離陸準備を終えた輸送機へと乗り込んだ。
輸送機内のハンガーにACを固定させると、急ぐようにして輸送機は離陸し、南東へと進路を向ける。
機体が安定すると、輸送機内に待機していた整備員達が一斉にACへと群がり、弾薬の補給や整備を手際よく始めだす。
その際、二人はACから出ることはせず、コックピット内で管制官が言っていた緊急の依頼内容を確認していた。
『至急タレント地下工場施設に向かってくれ。LCCの勢力に襲撃されている。
どうやらグレートブリッジの侵攻は囮でこちらがLCCの本命らしい。
表向きにはMT工場だが、実際はカモフラージュに過ぎない。地下の最奥部には我が社のACに関する技術情報が記録された情報端末がある。LCCはその情 報を掴み、情報強奪のために襲撃してきたようだ。最近バレーナがLCCと接触をとっているという情報もある。敵勢力をなんとしても排除してくれ。
なお工場は我が社専属のレイヴンが護衛している。現地で合流して、共同で敵を倒してくれ。
報酬は全額前金で払う。頼んだぞ。』
全額前金とは随分気前がいい。普段ならこういった依頼は罠の可能性もあるため受諾しないが、この状況下でレイヴンを罠にかける理由がないのでおそらく心 配は無いだろうと考える。
『むう、なんでわざわざそんな辺鄙な所に工場なんかつくるかな〜』
『人目のつくところに極秘の工場をつくってたら意味無いだろう……そんなにミルキーと離れるのが嫌か?』
エネがコックピット内で簡単な軽食を摂りながらそう呟くと、シーカーからそんなことを言われる。
『そ、それもありますけど! なんか企業の対応に釈然としないというかなんというか……結局企業が大事なのは商品を買ってくれるお客さんじゃなくて、商品 の方なのかなって……』
『商品あっての客ってことだろ? 流石に秘中の技術情報が外に漏れ出すのは、企業としては大ダメージだからな』
『シーカーさんの言うことも分かりますけど……』
『とにかく、あれだけの作戦を囮にするんだ。これから俺達がいく場所はさっきの所以上に激戦区になってるだろうさ。エネもいい加減レイヴン暦が長いんだか ら意識の切り替えくらいしっかりやっとけよ?』
『は〜い』
(ったく、これで俺以上の腕前だってんだからなぁ。)
エネの不貞腐れたような声に、シーカーは思わず内心溜息をついた。あまりにもレイヴンらしからぬ言動に考え方、そんな彼女もいまや名だたるブレード使い として巷では有名になりつつある。
人間離れした腕前とその容姿のギャップにシーカーは苦笑せざるを得なかった。
『こりゃヒデエな……』
二人が到着した頃には、既に工場施設は半壊状態だった。
極秘の施設だったせいもあってか、目に見える範囲ではあまり分からないが、少し近づくとそこかしこにMTの残骸や、ひしゃげた対空砲台らしきものが点在 しているため、それなりに警備体制は整っていたのだろう。
かなり強引に押し入ったのか、入り口と思わしきゲートは歪にひしゃげており、よく見るとそれは高出力の光学兵器によって為されたものだと分かる。まだ押 し入られてからそんなに時間はたっていないようで、かなりの熱量を帯びている。
『急ぎましょう、シーカーさん』
『ああ、そうだな』
ここまで強引な手口の侵入は見たことが無い。しかしそれは、裏を返せばそれほど腕に自信のある襲撃者でもあるということなのだろう。自然と二人の脚は早 まり、施設の奥へと進んでいく。
だが彼らを真っ先に迎えたのは侵入者ではなかった。
ドウンッ! ドウンッ!
『ちっ、施設のセキュリティが立ち上がってやがる』
暫く施設のの通路を進んでいき、待ち構えていたのは無人MT「ロータス」のショットガンの嵐だった。
このロータスは、同施設のガードロボのはずなのだが、どうやら無差別に施設に侵入した機影に攻撃するようプログラムされているようだ。オペレーター曰 く、防衛システムが制御不能に陥っているとのことらしいが、おそらく襲撃犯の仕業だろう。そう簡単に施設のセキュリティシステムが異常をきたすとは思えな い。
『目的地は施設のずっと奥です、ガードメカは無視して急ぎましょう!』
『それは分かってるが、こいつら鬱陶しすぎるぞ!』
ロータスの攻撃は一発一発の威力は低いが、それが何機も一斉に撃ってくると流石に無視はできない。
迂闊に背中を見せればゴッソリと装甲をもっていかれてしまうだろう。
現に今二人が隠れている施設の柱は、ロータスの散弾の嵐によってかなり削られている。
『それでも時間がありません、ここは一気に突破しましょう!』
『分かった、いちにのさんで突入するぞ! いち……にの……さん!』
敵の攻撃の間隔を大まかに測り、合図と同時に飛び出すとエネはブレード、シーカーはライフルでそれぞれロータスを血祭りに挙げる。
数は多いとはいえ、所詮はガードロボ。ライフル弾を数発撃ちこんだだけであっという間に破壊する。
そんな調子で敵を撃破していき、被害を最小限にしつつ施設の奥へと進んでいくと、突如通信が入る。
『味方のレイヴンか? 早く着てくれ! こ、こいつら只者じゃない!』
『その声は……カストルか?』
その声にシーカーは聞き覚えがあった。「空港奪還作戦」にも参加したあの双子のレイヴンの片割れだ。エムロード社の専属レイヴンになってたのかとシー カーは内心で呟く。
『その声はオーロラシーカーか!? と、とにかくなんでもいいから急いでくれ!』
余裕が全く感じられないカストルの口調からシーカーは眉を顰める。カストルはプライドは高いが、ランクに見合うだけの腕前を持ったランカーレイヴンだ。 それほどの奴が苦戦しているということは襲撃者は只者ではないと考える。
シーカーとエネはさらにACを加速させ、情報端末のある最奥部の部屋へと急ぐ。
『……フライトナーズ……もう、火星に……』
『なに……?』
カストルの呟いた言葉に一瞬何のことかと思案するが、それも次の瞬間通信機から聞こえる濁音と悲鳴によって掻き消されてしまう。
『ウワアアーーーーー!!』
『おい、どうした! カストル!!』
『目的地はこの部屋です!』
最奥部と思われる部屋のゲートを、先行していたエネが開ける。
そしてそこには、黒煙を噴くACと思われる残骸と、二機のACが存在していた。
一機はエネと同じ軽量二脚型ACで、背中には幅の広い刃を思わせる装置を積んでおり、右腕にはエネルギータイプのスナイパーライフルを装備している。そ の機体構成からおそらく後方支援型のACなのだろう。
もう一機のACは、軽量二脚とは反対の重厚感たっぷりの重量二脚型ACで、腕には大型のエネルギーマシンガンにエネと同じ三爪のレーザーブレードを装備 し、背中にはAC兵装中最高の威力を誇るプラズマカノン砲を背負っている。おそらくアレで施設のゲートをこじあけたのだろう。
『任務完了、なおレイヴンと思われる所属不明機を確認…………これを排除します』
二機のACの内、重量二脚の方が二人に気付いたようで、そう言いながらゆっくりとエネルギーマシンガンをこちらに向ける。
パイロットであろうその男の声には、こちらを嘲り、これから行う虐殺に心弾ませるかのような感情が伺えた。
そしてシーカーとエネはそんな奴を目の前に――――動けなかった。
室温が上がってるわけでもないのに汗が止まらず、向こうが武器を構えた直後にこちらも武器を構えなければならないのだが、見えないプレッシャーによって そんなことすら思いつかなくなっていた。レバーを握る手が僅かに震え、二人はそこから一歩も動けないでいる。
――――――殺される
二機のACから放たれる殺気を浴びながらら、二人は半ば死を覚悟した。
しかし、その緊張が突如破られる。
『作戦タイムオーバーだ、ボイル、レミル』
広域通信によってもたらされた男の言葉によって、目の前のAC達からのプレッシャーが瞬時に霧散する。
しかし、彼らが武器を下ろすその様子はいかにも不満そうだ。
『……了解』
『レイヴン、運がよかったな』
そう彼らは言い残すと、ブースターを吹かして機体を浮かせ、軽やかな機動で彼らが侵入してきた通路へと姿を消しす。
暫しの時が立ち、周辺に敵機の反応が消えたと同時に二人が感じたのは安堵感だった。
『ぶはあっ! な、なんだったんだ奴等? あの殺気はただごとじゃないぞ……』
『あはは……あたしもまだ手が震えてます』
『カストルのやつ……フライトナーズって言ってたよな、確か』
『聞いたことがあるようなないような……とりあえず生きてただけで良しとしましょう』
『情報端末、持って行かれちまったみたいだけどな』
『…………』
任務は失敗した。端末が持ち去られたことで、エムロードの技術情報はLCCに流出したことになる。これからはエムロードには苦しい戦いが続くことになる だろう。
だが、二人はそんなことは気にも留めず、ただ先程の二人のプレッシャーによって動けなかったことが悔しくてならなかった。
――――再びグレートブリッジ
「いい加減……きつく……なってきたぞっ!」
もう三十分は戦い続けているだろうか? 三機のエステバリスとの戦闘とブリッジを通過しようとする敵の迎撃で、既にミサイルは撃ちきってしまい、ライフ ルの残弾も心許なくなってきている。しかし敵の侵攻は止む気配がなく、護衛のフレンダーも全ていなくなったようでブリッジ上の戦力は俺の乗るラークスパー 一機のみとなっていた。
しかし忌々しいのはあの上空のエステバリス達だ。
ダダダダダダダッ!
「くっ」
水色と橙色のエステバリスから放たれるライフルを紙一重で避け、その場で急ターンして背後からライフル弾を撃ち込もうとするが――
ゴウッ!
直後、赤色のエステバリスがナイフを片手に猛スピードで突撃してきたので、慌ててブースターを吹かしてその場から跳躍、回避する。
こんな具合に三機のエステバリスは時間差を用いたコンビネーション攻撃を度々しかけてくるので、気が抜けないのだ。
そしてなによりも厄介なのが――――
「くそっ、ディストーションフィールドが実用化されていたなんて聞いてないぞ!」
そう、相手がディストーションフィールドを搭載していることだった。
木星蜥蜴の戦艦クラスが標準装備していたDFを、6メートルクラスの機動兵器が装備していることははっきりいって脅威の一言だ。
DFはある程度の負荷を与えれば貫けるとはいえ、目標は戦艦なんかよりもずっと小さく、そして素早い機動兵器だ。
継続して攻撃を与え続けるのは困難と言っていい。
「せめて一撃……一撃与えることができたら……!」
「んなろ〜、なんてしぶてえ奴だ!」
『リョーコ〜、こっちもそろそろやばいよぉ〜』
『残りエネルギー25%……帰りのお駄賃を考えるとそろそろ切り上げるべきね』
「ばっきゃろぉ! 相手はACとはいえたった一機なんだぞ!? このままおめおめと帰れるかってんだ!」
リョーコの頭には既に支援作戦のことなど片隅に追いやられていた。
元々乗り気ではない作戦だった上に、LCCの侵攻部隊はこちらの援護も空しく、尽くがグレートブリッジ上に立ちはだかる桃色のAC――ラークスパーに撃 破されてしまったのだ。正直LCCのことなど知ったことではないリョーコだが、ラークスパーの動きには感嘆せざるを得なかった。
三対一という数的有利にも関わらず、こちらの攻撃は尽くが回避され、必殺のコンビネーション攻撃も僅かな傷を負わせただけで致命傷には至らなかった。そ れどころかこちらの僅かな隙を見逃さず、ミサイルやライフルで攻撃を仕掛けてくるため、全く気が抜けない。
正直、DFが無ければとっくに落とされていただろうとリョーコは思っていた。
そしてそのことが、リョーコのプライドをいたく傷つけていたのだ。
(それに、なによりあのカラーリングが気に食わねえっ……!)
ラークスパーのカラーリングである桃色、その色はナデシコの格納庫に置いてある『彼』のエステバリスを連想させる。
だからかもしれない。目の前に立ちはだかる桃色の機影を、なんとしても倒さなければならないと思ったのは……。
「ヒカルっ! イズミっ! こいつで最後にするぞ、フォーメーション、サザンカ!」
『おっけ〜〜!』
『オチをつけさせてもらいます』
リョーコはIFSコネクタを砕けんばかりに握り締め、決着をつけるべくラークスパー目掛けて突撃した。
「相手も勝負に出たか!」
複雑に絡み合うような軌道を描きながら、フォーメーションを組んで向かってくる三機のエステバリス。
その動きだけで、いかに相手の技量が高いかが伺える。今までの整然とした飛び方とは違って、相手の動きがまるで予測できない。
それだけとっておきの攻撃ということなのだろう。
……だったらこっちも奥の手を使わせてもらう!
「ラークスパー、リミッター解除!」
システムを立ち上げると、搭載されたジェネレーターが唸りを上げて爆発的なエネルギーを生み出し、機体各所へと送り出す!
そしてそれと同時に溢れたエネルギーが間接部分から漏れ出して放電を発生させ、機体各所からいくつものスパークが発生させる。
これは、アイちゃんが新たにプログラムを組み直したことによって、リミッターの解除による過剰エネルギーが機体内で負荷をかけないために機体外へと放出 することにより起こっているのだが、それでも稼働時間が僅かに伸びただけに過ぎない。
「相手がACじゃないとはいえ三対一か……今度は上手くやってみせる!」
ブーストを全開にし、複雑な螺旋を描きながら向かってくるエステバリスに向かって突撃を敢行。
あの三機が相手では下手に後ろに下がると、逆に被弾しやすくなるというものだ。
そしてその選択は正しかったのか、俺が突撃するのと同時に水色と橙色のエステバリスからミサイルが放たれた。
僅かに放物線を描きながら向かってくるミサイルを潜り込んで回避し、素早くライフルを二機のエステバリスに向ける。
しかし相手もミサイルを回避されることは予測済みだったのか、その手に持っていたライフルをこちらに向け、盛大に弾をばら撒いた。
「うおおおぉぉぉっ!!」
だが俺はラークスパーの装甲の厚さを信じ、多少の被弾もお構いなしに、ブーストによる超スピードで前方に出ていた橙色のエステの懐に潜りこみ、至近距離 でライフルを発射する。
ガンッガンッガンッガンッガンッ!
僅かに残っていた5発の弾を全て叩き込む!
流石のディストーションフィールドも至近距離では効果を発揮できず、2発は弾かれたものの1発は僅かに逸れて、2発は脚部と頭部へと着弾した。
だが俺は仕留めきれていないと判断し、ライフルを投げ捨てレーザーブレードで止めを刺そうと腕を横に振りかぶる!
ギャウンッ!
「!?」
しかし直後、橙色のエステバリスはバーニアを吹かして宙返りを決め、横一文字に振ったブレードを紙一重で回避される。
そして突如開けた前方の視界には、目前まで迫り、ナイフをこちらに向かって投擲する赤いエステバリス!
「ちぃっ!」
咄嗟に右腕を前に突き出しコア部分をガードするが、ナイフはマニュピレータに衝突し角度を変えてラークスパーの右センサー部分へと突き刺さる。
「マズイ! 右モニターが死んだ!?」
『もらったあああぁぁぁーーーっ!』
そして機体の脇腹の部分に湾曲場で覆われた拳が突き刺さる――――
――直前、考えるよりも早く俺はラークスパーの右腕を振り下ろした。
エルボー気味に振り下ろした右腕は、コアに向けて腕を振るう赤いエステバリスの肘関節部分を砕き、コックピットを直撃することを阻止する。
そしてそれだけで終わらすつもりなど毛頭無い。
左腕のレーザーブレードを再び展開、赤いエステバリスはそれを確認すると、死角となる右側面に回り込もうとする。
このまま腕を横に振るだけでは回避される――――――だったら!
思案は一瞬、赤いエステバリスがもう片方の無事な腕でパンチを繰り出す様子をモニターの片隅で確認し、タイミングを合わせると、勢いをつけてラークス パーを独楽のように回転させた。
『なにいいぃぃっ!?』
下から掬い上げるように振るったブレードは、エステバリスの腕を根元から斬り飛ばし、戦闘能力を完全に消失させる。
だがラークスパーの方も無事では済まない。
無茶な機動を行ったせいで間接部分が悲鳴を挙げ、モニターにいくつものアラートウインドウが表示される。
全ての警告を無視し、とどめをさすべく再びブレードを振るうが、横から飛んできた他の二機がかっさらうかのように赤いエステバリスを再び空へと運んでい く。
「くそっ…………また倒しきれなかったか」
「チクショウっ! よくもやりやがったな!」
『リョーコ、大丈夫!?』
ヒカルの心配そうな声も耳に入らず、リョーコは歯軋りしている。
クラインとの決闘から訓練に訓練を重ねて磨き上げた必殺の一撃が回避され、リョーコは信じられない思いだった。
前衛のミサイルとライフルによる波状攻撃から、前衛のどちらかをブラインドにした接近戦への高速機動。そして投げナイフとフィールドアタックをも使った 二段、三段構えのフォーメーション攻撃だ。そんな対フライトナーズ用に練りに練った必殺の攻撃が、彼らよりも格下(と思われる)のレイヴンに通じなかった のだ。
そのことにリョーコは怒りと情けなさで一杯だった。
『リョーコさん、作戦中断です。直ちにナデシコへ帰還してください』
「おいっ艦長! そりゃ一体どういうことだ!?」
突然のユリカからの通信にリョーコは噛み付いた。
このまま負けっぱなしでは己のプライドが許さない。すぐにでもナデシコに取って返し、フレームを換装してもう一度戦おうと思っていた途端にこんな命令は 受け入られるはずもない。
『LCC司令部からの指示で、グレートブリッジの突破は断念するそうです。ですので私達がこれ以上ココに留まる理由はありません』
「馬鹿言えっ! 俺はまだやれる!」
『リョーコさん、その状態ではこれ以上の戦闘継続は不可能です。それに私はナデシコのクルーを死なせるわけにはいきません!』
改めて自信のエステバリスを見るとその惨状は酷いものだ。右腕は完全に無くなっており、左腕も間接部分がイカレて肘から先が動かなくなっているだけでな く、アサルトピットにも無視できないほどダメージが蓄積されている。
強がって自分はまだやれるなどと吼えたが、これではまともな戦闘などできるはずもない。
リョーコはしぶしぶとその命令を受け入れた。
「…………ちっ、分かったよ」
リョーコは機体をくるりとラークスパーの方へと向け、回線をオープンにすると叩きつけるかのように声を張り上げる。
「今度は負けねえからな! 覚悟しとけよ!」
「女の子がパイロットだったのか……」
まさか女性があれだけ荒々しい戦いをするとは思わなかったので、少しずつ小さくなっていく三機のエステバリスを眺めながら俺は暫し呆然としていた。
しかし去り際にあんな台詞を残していくなんて、随分と気持ちのいいパイロットだ。
相手の所属がネルガルというにも関わらず、彼女とはもう一度戦いたいという思いが僅かに芽生え、同時に俺はそんなに好戦的な性格だったろうかと首を傾げ るが、ラークスパーの惨状を見てそれは頭の片隅に追いやられてしまった。
長時間の戦闘と度重なる被弾、そして最後の急激な機動に加えてリミッター解除のツケが来たのか、新品同然に仕上げたラークスパーはボロボロだ。外部から は分からないが特に駆動系の損傷が酷く、ブースター周りも過度の使用によって装甲が溶けかかっている。
リミッター解除による消耗度合いは前から理解していたけど、俺が感じているのは別のことだ。
「新型のMTを相手に3対1とはいえ、リミッター解除を使っても倒しきれなかったか……」
依頼は達成し、多くの敵機を撃破こそしたが、三機のMTを相手にACを用いても一機も落とせなかったという事実は変わりない。
期待の新人レイヴンなどと持てはやされているが、最近の自分自身の戦いを顧みて、少し焦りを覚えている自分がいるのだ。
――――俺は本当に強くなっているのか?
そんな不安な思いに耽っていた俺は、ネルさんの作戦終了の報告によって現実に戻ると、後方にある輸送機へと歩を進める。
「今はただ……全力で前へ進むしかない」
そう自分自身に言い聞かせ、俺はグレートブリッジを後にした。
そんなテンカワ・アキトの疑問はそう遠くない内に分かることとなるだろう。
そしてその答えが彼にどのような道を示すかは、まだ誰にも分からない――――
TO BE CONTINUED