「くそ〜、ぱっと見た感じ負けるとは思えねえんだけどなぁ」
グレートブリッジでの作戦行動から3日。
ナデシコはその船体をヴィルフール空港の一角に収め、きたるべくスキャパレリプロジェクトのために補給と整備作業を行っていた。 当初は目的地に近いザングチシティに寄航するつもりであったが、直接所属する勢力ではないとは言え、流石に攻撃を仕掛けたばかりのシティに寄ることはい らぬ問題を起こしそうだということで、中立の立場であるヴィルフール空港に身を寄せている。
そんな中、エステバリス部隊の隊長であるスバル・リョーコは、先の戦闘で記録した映像を引っ張り出し、桃色のAC……ラークスパーとの戦闘記録を舐める ように見ていた。
「射撃精度、回避運動、戦闘機動……どれも彼らには遠く及ばないわね」
「でもでも〜、それって狭い橋上で戦ってたからでしょ? こんくらいが普通なんじゃないの?」
傍では、アマノ・ヒカルにマキ・イズミも、リョーコと一緒に記録映像を眺めている。
彼女達にしても、相手がACとはいえ、3対1で敗れたのがよほど悔しいらしい。普段のおちゃらけた部分もあるが、真面目に批評をしている。
「不可解なのは、最後のやり取りだな……見ろよこの数値。反応速度が通常のACの2倍近くになってるぜ。IFSを使ってもここまではいかねえぞ普通」
「映像を見る限りじゃ、直前にACの周りに放電現象が確認されてるわね。最後の最後になって使うということは奥の手という事かしら」
「てことは、そう長い時間使えないってことだよね」
あーでもない、こーでもないと、繰り返し映像を再生させながら議論し、ラークスパーの対処方法や、自分達のフォーメーションの再確認等、今度はどうすれ ばあのレイヴンを倒せるのか、徹底的に話し合う。
実は、彼女達がこのように戦った相手を分析するのはごく最近になってからである。
きっかけはやはりフライトナーズの影響であり、特にクラインとの模擬戦以降は、食事と睡眠時間以外、ほとんど訓練とミーティングで占められているほど だ。それだけフライトナーズの強さが際立っており、彼女達はそれに追いつかんと努力しているのだろう。
そしてそれは、もう一人のパイロットも例外ではない。
「うお〜い、もってきたぞ〜」
「おう、ご苦労だったなヤマダ」
「だーかーらー! 俺の名前はダイゴウジ・ガイだっつってんだろ!」
そう文句を言うヤマダの腕には、スナック菓子やドリンクの山があった。
どうやらジャンケンに負けてパシリにされたようで、ヤマダは渋々としながらもドリンクを配る。
「んで、何か進展はあったか?」
「まぁ、それなりにな」
「前回はどちらかというとバックアップに回っていたからね、今度戦う機会があれば負けはしないよ」
「って言っても、リョーコは途中で全力出してたけどね〜」
「うっせい! あん時は頭に血が昇ってたんだよ、今度はあんなヘマはしねえさ」
「リョーコよぉ、んなこと言うが、相手は火星に何十人もいるレイヴンだぞ? そう都合良く同じヤツと鉢合わせるとは思えねえんじゃねえか?」
「……まぁ、そうなんだけどな」
「いえいえ、意外と再戦の機会は早いと思いますよ?」
「「「「のわぁっ!?」」」」
後ろを見ると、いつの間に其処にいたのか、プロスペクターが音も無く佇んでいた。
部屋が若干暗くなっているせいか、眼鏡が妖しく光ってちょっと怖い。
「プ、プロスの旦那! いつの間に……」
「いやあー、あまりにも熱心に話し合ってたものですから、ちょっと気になりましてね」
はっはっはと朗らかに笑うプロス。
しかし、だからといって気配を消して後ろから近づくのは止めろよな、とリョーコは思う。
それはともかく、四人はプロスの言っていた台詞に反応する。
「それでプロスさん、再戦の機会が早いってどういうこと?」
「いやー、流石にナデシコ単艦で木星蜥蜴の勢力範囲内に行くのは少々心許ないので、ナーヴス・コンコードを通じてレイヴンにも同行を頼もうと思ってたとこ ろなんですよ」
ヒカルの問いにプロスはそう答える。
ナデシコが、目立った傷も無く無事に火星まで来れたのは、ナデシコ自体の性能もあるが、ほとんどはフライトナーズの尽力によるものだとプロスは考えてい るのである。無論、リョーコ達エステバリスライダーの活躍もあるが、この先他企業の妨害も考慮すると、彼女達の力だけでは不十分だと判断したのだ。
「それがどう再戦の機会に繋がるって言うんだ?」
「実はナーヴスに問い合わせてみたところ、ほとんどのレイヴンが出払っている状態でして、現状長期の依頼に対応できるレイヴンが」
そう言ってプロスは、端末のスクリーン状に映っている桃色のACを指差す。
「そのACに乗る「ミルキーウェイ」という方しかいないんだそうです」
「は? つまりはミソっかすってことか? ……もしかしてコイツってレイヴンの中じゃ弱い方なのか?」
そう言って、訝しげにスクリーン上のラークスパーに目をやるヤマダ。
内心、これで弱い方なのだとしたら、上位クラスのレイヴンは一体どれだけ強いのだろうと考える。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。彼は火星のレイヴンの中でも、比較的新しい方ですが、高い作戦遂行率と負け無しのアリーナの戦績を誇るベテランレ イヴンです」
「ほえぇ〜、でもでも、なんでそんな人が残ってるの?」
「どうやらその方は、企業の間に荒波を立てるのを嫌っておるようで、今の時勢のように対企業の作戦には出たがらないようなのです」
「……それってただ単に臆病なだけじゃねぇのか?」
悪びれもせずそう言い捨てるリョーコ。
自分を打ち負かしたレイヴンが、弱気な気性だと思うと、そういいたくなるのも無理はないかもしれない。
「手厳しいですね、リョーコさんは……まぁそれはとにかく、これからそのミルキーウェイさんと会いに行くのですが、護衛のためにエステバリスで、どなたか 同行をお願いできませんかな?」
「あれ? プロスさん、普通レイヴンって依頼のやり取りはメールでするもんじゃないの?」
ヒカルの疑問にプロスは眼鏡を光らせながら答える。
「いやー、何分私は契約者自身とお話しなければ、気が済まない性質ですからね〜」
(実はまだ彼には依頼の話すらいってないんですけどね)
内心でそう呟くプロス。
プロスがその手に持つ資料には、通常では手に入れることすらレイヴンの個人情報が記されていた。
そしてその中には、これから交渉するレイヴン、ミルキーウェイのもの――当然写真もある。
もちろんこれは、正規のルートで仕入れた情報ではなく、見つかればナーヴスから厳重な処罰が下される行為だ。しかしプロスはそう簡単に見つかるものでは ないと確信していた。
(まさか、テンカワ夫妻のお子さんがレイヴンになっているとは……いやはや道理で情報が入らないわけです。ルリさんとオモイカネの協力がなければ分からな いところでしたよ)
そう、プロスはナデシコのスーパーコンピューターとオペレーターの力を使い、機密情報をナーヴスから盗み出したのである。
本来ルリはこういった不正行為には手を貸さないものだが、実はルリも、リョーコ達を倒したレイヴンということで興味があったらしく、快く引き受けてくれ た。
「それはともかく、交渉にはどなたが同行してくださいますかな?」
「俺がいくぜ! 前回は結局出撃できなかったんだから、それでいいだおぶろぉぅっ!?」
勢いよくヤマダが名乗りあげるが、リョーコの鉄拳によって壁に吹っ飛ばされる。
拳を振りぬいた姿勢のままリョーコはプロスに向けて、ポツリと呟いた。
「オレが行く。あの野郎にはオレのエステをボコボコにされた借りがあるんだ、どんなツラしてるのかとくと拝んでやる」
そう呟くリョーコの口元は哂っていた。
自分を負かし、未だアリーナでも無敗というレイヴンとはどんな奴なのか――――今のリョーコの頭にはそれしかなかった。
それは正に強い者との逢瀬を心待ちにする獅子のようだ。
そしてリョーコのあまりの迫力に、若干頬がひきつるプロス。
(……何事もなければいいのですがなぁ)
多分、それは無理だろうなと、プロスはなんとなくだが予想できた。
(願わくば、テンカワさんとの交渉が上手くいきますように……)
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十三話「命の選択」
所変わってジオ・サテライトシティ。
外の世界は企業とLCC,そしてディソーダーに木星蜥蜴と、大きな混乱の真っ只中であるが、この企業直下の衛星都市は、表向きは至って平和と言えた。無 論、物価や株価の上昇、そして下がるどころか上がり続ける犯罪率の増加など、その影響はモロに出ている。
主要道路にはマシンガンを携行したガード部隊が連日警備しており、ビジネス街近辺には、テロを警戒して戦闘用MTすら出ている。
辺りにはピリピリとした張り詰めた空気が漂っており、今にも爆発しそうなほどだ。
それほど企業間の対立は根深く、また相容れないものなのだろう。
そんな息苦しささえ感じられる地区からかなり離れた、とある集合住宅群。
そのビル群の奥に、明らかに他の建物とは空気の違う高層ビルがあった。傍目からには分からないが、至る所に対空ユニットを多数備えており、数ブロック離 れた先には戦闘MTの搬出口や、ACのガレージが存在しており、また至る所に警備用の戦闘MTが存在するという厳重な警備体制が敷かれている。
実はそのビルの正体は、レイヴン専用のアパートメントビルなのである。
ナーヴス・コンコードにとって、レイヴンは貴重で大事な商品だ。今までセキュリティの甘い安アパートに住んでいた挙句、テロによって殺されたレイヴンも 少なくは無いため、ナーヴスに所属するほとんどのレイヴンは、こういった設備の整ったビルに住んでいる。またそのビルは、ナーヴス職員の住居や職場も兼ね ているので、他の建物に比べ、より一層警備が厳しいのである。
もっとも、全てのレイヴンを掌握するナーヴス・コンコードに喧嘩を売る組織など、未だかつてないが、シティの治安が悪くなる一方である昨今の事情を顧み ると、レイヴンと行動を共にする人間にとって、こういったセキュリティの整った住居というのは非常に安心できるのだ。
さて、その恩恵にあずかる人間がここに一人。
「なにか言うことはあるかな、お兄ちゃん?」
「申し訳ありませんでした」
状況を説明しよう。
目の前には仁王立ちする小学生くらいの少女、そしてみっともなく土下座するボサボサ茶髪の成人男性。言うまでも無く、アイちゃんとこの住居の主であるテ ンカワ・アキトである。
あまりにも情けないその構図に、知らない者が見たら色々と憶測を呼ぶこと請け合いだ。
「な・ん・で、そう軽々しくリミッターを解除するの! ただでさえACには色々と負荷が懸かるのに、その前の無茶も あってラークスパーはオーバーホール! 維持費だってばかにならないんだよ!」
「い、いや、だって相手はかなり手強かったんだよ! あのままだと間違いなく依頼が失敗しただろうし、そうなると報酬ももらえないでしょ!? どう考えて も不可抗力だって!」
「言い訳は聞きません!」
「ハイ、ゴメンナサイ」
小さな女の子に無碍もなく扱われ、アキトの心は情けなさで一杯だった。
そんなアキトの傍に、アイはゆっくり歩み寄ると、小さな腕をアキトの頭へと回し、ぎゅっと抱きしめる。
「……もうこれ以上心配かけさせないで、あたしを一人にしないでよ、お兄ちゃん」
「アイちゃん……」
アキトは顔を起こすと、今にも泣きそうになっているアイの顔を覗きこむ。
今までも危険な状態はいくつもあったが、最近になってそれが顕著になってきたから、アイはこれほどまでに心配しているのだろう。
加えて、火星の情勢が一般人レベルにも分かるほど危なくなっていることもある。
最近の彼女は依頼が無い時でも、アキトと一緒にいることが多くなってきており、アキトはそれを怪訝に思っていた。つまり、それほどまでにアイは、日頃不 安に思っているのだろう。
「心配かけてごめんね、アイちゃん。大丈夫、俺は絶対どこかにいったりしないから……」
アキトはそう耳元で囁いて、ぎゅっとアイを抱き返す。
アイはその囁きに、蕩けそうな笑顔を浮かべて再びアキトに抱きついた。
そして辺りには暫し、暖かくゆるやかな空気が流れるのだった。
「なーんか、兄を待つ妹の構図って言うより、優柔不断な彼氏を怒鳴りつける彼女って言った方が分かりやすくね?」
「くっ! 寝食を共にするっていうのは、これほどまでに差をつけるものなの!?」
「あの小娘、中々やりおるわ。叱咤したと思ったら一転して、優しく諭すとはな、男の扱い方の心得を分かっているじゃないか」
「レイヴン、流石にその年齢差はどうかと思います。世間体を考えるなら、もう少し年を重ねるのを待った方が……」
「いつの間にそこにいた貴様等」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるオーロラシーカーに、怒り心頭のエネ、興味深そうに事態を見守っていたローズハンターに、羨ましそうな表情を見せるネ ル・オールター。四人はリビングの入り口で、そんな表情を見せながら二人の事態を見守っていた。
「いつからって……『心配かけてごめんね、アイちゃん』って所からだな」
「声くらいかけろよ、お前等……」
「いやいや、流石にそんな野暮なことはできなくてな」
そう言って猫のように薄く笑うローズハンター。完全なからかいモードだ。
しかし、からかいもそこそこにすると、彼女はリビングのソファに身を沈め、傍のテーブルにつまみとワインを広げて酒盛りを始めだした。ここ最近では、ア キトとアイの住む部屋に仲間内で集まって、騒ぐ機会も多くなってきている。原因は、物騒になったシティ近辺の情勢もあるが、いつものレストランだとアイだ けが仲間外れになってしまうからというのが主な理由のようである。
さて、六人中四人がレイヴンとなれば、自ずと話の内容は物騒なものとなる。そして部屋にいる全員が何らかの形で戦場と関わりを持っているため、エネと シーカーが話した内容に、誰もが耳を傾けていた。二人は、最低限依頼主の情報を出さないよう固有名詞を避けつつ、地価工場施設で遭遇したレイヴンについて 語り、それにローズハンターが反応を示した。
「フライトナーズ? 知っているぞ、確か奴等は地球政府直属の治安維持部隊で、メンバー全員が元レイヴンということらしい」
「元レイヴンだとしても、あの殺気は只事じゃなかったですよぉ〜」
「そいつらの名前は聞いたのか?」
「そういえば広域通信で名前を呼んでいたな……あぁそうだ、確かボイルにレミルと――」
シーカーが呟いた名前を聞き、僅かに眉を顰めるローズハンター。
珍しい彼女の表情に驚きつつ、アキトはローズハンターに問い質す。
「知っているんですか?」
「数年前まで地球で活躍していた有名な双子レイヴンだ。ある日突然、地球の中央アリーナから姿を消していたが、フライトナーズに加わっていたのか……」
「あの二人って、そんなに強いんですか?」
「あまりアリーナには顔を出さないので、クラスは中堅止まりだが、その強さは二人とも上位クラスに匹敵するらしい。戦場での勇名もかなりなものだ。それに 頭であるレオス・クライン、こいつは過去に地球のアリーナで、ナインブレイカーとしても君臨した猛者だ。正直、正面からこいつらとぶつかったら、下手な連 中では勝ち目は無いだろうな」
ローズハンターの言葉にアキト、エネ、シーカーの三人は目を見開いて驚愕する。
ナインブレイカーといえば、レイヴンの誰もが憧れる最強の称号。そんな人物が敵部隊を率いているとなると、とても無視できる存在ではない。
「フライトナーズか……任務を受ける以上、これから何度も戦うことになるんだろうな」
アキトの言葉に、エネとシーカーは、これから起こり得るであろう苦難に頭を抱えた。
対AC戦の経験があるとはいえ、それはアリーナでの話しだ。幾多の戦場を経験したベテラン揃いの部隊が相手となると勝ち目は無いに等しい。
場の雰囲気が暗くなるのを感じて、アイとネルがそれを払拭するように違う話題を挙げ始めた。
そして話の種に、アキトが受諾した方の依頼の顛末が挙がると、すかさずローズハンターから厳しい指摘が飛ぶ。
「しかし情けないな、テンカワ。たかがMT三対に遅れを取るとはな」
「うぅっ、面目ありません」
「ですが、後であのMTを詳しく調べてみたのですが、中々侮れない性能を持っていますよ」
ネルは手持ちの端末を開くと、スクリーン上にエステバリスのCGとスペックを表示させ、それを説明していく。
それを聞いていた面々の表情は、次第に厳しいものとなっていた。
「そのサイズでそれだけの戦闘能力を持つとなると、確かに注意が必要だな」
「おまけに相手は中々の凄腕だったのに加えて防衛任務だったんです、むしろ作戦を遂行できただけでも僥倖かと」
「ううぅ、ローズさんにネルさん、フォローありがとうございます」
「でもねお兄ちゃん、それはしょうがないとしても、これはちょっといただけないよ」
アイが指し示すのは、端末のスクリーンに浮かぶ収支報告書。
先の依頼は確かにちゃんと遂行し、報酬も貰ったが、ラークスパーの損傷度と多大な弾薬費もあって、差し引きするとその実入りは微々たる物だ。おまけに オーバーホールしたことによって、その費用も馬鹿にならず、新しいパーツによるアセンブルの変更を行ったこともあって、残金がかなりピンチな状況になって いる。
「この調子だと、私達の生活費とACの維持費だけで、あと一週間しかぐらいしか持たないよ」
「アリーナの方も、この状況下で開催を自粛していますから、収入は依頼による報酬を当てにするしかありません」
「流石にこの状況じゃあ、依頼の選り好みはしてられないか……」
もとよりそこそこの腕利きであるアキトには、多くの依頼が舞い込んでいる。
しかし企業に目をつけられるのが嫌で、受ける依頼はディソーダー退治や木星蜥蜴の撃退など当たり障り無いものばかり。だがここ最近では、対企業の依頼ば かりが送られており、蟲退治の依頼はほとんどといっていいほど来なくなっていた。
これは、ナーヴス・コンコードが低ランク、または新人のレイヴンにそれらの依頼を回しているためだ。現在の火星では、ディソーダーや木星蜥蜴の散発的な 対応に、高ランクのレイヴンをあてがう余裕はほとんどないため、新人の育成も兼ねて、蟲退治の依頼を優先的に回している。
つまり、アキトはナーヴス・コンコードにベテランレイヴンとして、半ば認められているということである。
もっとも、それによって成功率が低く難易度の高い依頼を押し付けられるのは、勘弁して欲しいというのがアキトの心情ではあるが。
「いいかげん、依頼を選り好みするのは難しいんじゃないか?」
「そろそろどちらにつくか、ハッキリした方がいいかもしれないなぁ……」
さて、受けるにしてもどこの企業に手を貸すか、とぼんやりと考えていたところに、ネルの端末からコール音が鳴り響いた。
ネルが端末を開いて、暫し操作すると、少し訝しむような顔でアキトに告げる。
「レイヴン、そんなことを言ってる間に新しい依頼が来ました」
「……いやにタイミングがいいな。依頼主はどこですか?」
あまりにもタイムリーなその様子に、リビングに沈黙が下りる。
そしてネルは、若干言い辛そうな表情をするが、それも一瞬だった。
「えぇと……ネルガルです」
「……っ!? 却下だ却下!」
アキトは一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐに嫌悪の表情を変え、心底嫌そうな口調でそう口にする。
しかし、それにリビングにいる連中が異議を唱え始めた。
「お兄ちゃん! この期に及んでまだそんなこと言うの!?」
「テンカワさん! いくらなんでも頑固ですよ!」
「おいおいミルキー、その態度はレイヴンとしてどうかと思うぞ?」
「とにかく、ネルガルだけは絶対駄目だっ!」
なぜか女性陣の反論が、頑固親父に対する嫁や娘のそれと非常に似通っているのは気のせいだろうか?
しかしアキトはアイ、エネ、シーカーの意見にも耳を貸さず、駄目の一点張り。
それほどネルガルに関わるのが嫌なのか、アキトの全身から「断固拒否!」といったオーラが醸しだされている。
アイが視線でローズハンターに助けを求めると、やれやれといった感じでローズハンターはアキトを説得し始めた。
「ミルキー、お前がどうしてそこまでネルガルを目の敵にするかは知らんが、そういう個人的な感情で物事を決めるのは感心しないな」
「うっ……」
「ましてやお前には、扶養家族がいる身だぞ? そんなことを言っていたいけな少女を苦労させるのはどうかと思うがなぁ」
レイヴンの大先輩(そう言うと彼女はいい顔をしないが)とも言えるローズハンターにそう諭されて、強く反論できないアキト。
それにアイのことを考えると、確かに先立つものがない今の状況は非常によろしくない。
「お前のことだから、唯の我が侭というわけでもないだろうが……」
ネルの持つ端末をひょいと取り上げ、アキトに放る。
慌ててそれを受け取り、スクリーンを覗き込んでみると、ネルガルからの依頼内容が書かれていた。
『ネルガル火星支社の調査をお願いします。
調査を行う場所は、火星極冠に近い場所にあるオリュンポス周辺です。ただそこは木星蜥蜴の勢力圏内でもあるため、バッタやジョロ、ディソーダー等の蟲型 兵器の妨害を受ける恐れがあります。そこで、レイヴンには護衛として調査団に同行し、オリュンポス周辺の安全を確保してもらいます。敵戦力がどれほどのも のか不明な為、何が起こるか分かりません。調査団の安全を第一に考えて行動してください。 また、オリュンポスに向かう際、敵勢力範囲内に取り残された生存者の捜索も併せて行うため、依頼は長期間に渡ります。
火星の平和の為にも、どうか力を貸してください』
「お前に頼む依頼としては、随分大人しいものだと思うがな。別段どこかを襲えなどという物騒なものじゃないんだ、断る道理は無いと思うぞ」
確かに内容だけを見れば、ネルガル支社の調査に生存者の捜索といった、破壊活動とは無縁の任務だ。
LCCとの戦いを間近に控えた現状では、他企業の妨害の可能性もあまり高くないだろう。
懸念すべき事は、活動区域が木星蜥蜴の勢力範囲内であることと、ディソーダーが数多く存在する危険区域であるということだけだが、アキトは依頼内容のあ る一文に目を止める。
「敵勢力範囲内で生存者捜索を予定? この進路だと……もしかしたらユートピアコロニー跡にも行けるんじゃ!」
自分の生まれ故郷であるユートピアコロニーは、木星蜥蜴の勢力範囲の真っ只中にあるため、第一次火星会戦からずっと訪れたことは無かった。
「え!? それほんと、お兄ちゃん!?」
「いや、あくまでもその可能性があるかもしれないってだけだよ」
「あたしも行く!」
半ば予想したアイの声に、アキトは眉を顰める。
流石に死の危険が付きまとうレイヴンの任務に、アイを連れて行くわけにはいかないので、アキトはなんとか思い留まらせようとアイを説得する。
「それはできないよアイちゃん……ネルさん、ネルガルに依頼受諾のメールを送っておいてください」
「お兄ちゃん!」
「気持ちは分かるよ、アイちゃん。でも流石にそんな危険なところにアイちゃんを連れてはいけないんだ……帰ったらちゃんと詳しいことを話すから大人しくし ておくんだ」
「お願い! お兄ちゃんの言うことを聞くし、ちゃんと大人しくしてるから!!」
アキトの指示通り端末を操作するネルの後ろでは、アキトが必死にアイを説得している。
ちなみに外野はといえば、やれやれといった感じで肩をすくめてその様子を見守っていた。約一名が、嫉妬の炎を浮かべながら、物凄い目つきでそれを睨んで いるが。
そして暫し端末を操作していたネルの手がぴたりと止まり、おずおずといった様子でアキトに話しかけた。
「えっと、レイヴン、実は肝心の依頼の受諾についてなんですが……」
「どうかしたんですか?」
「連絡を入れたところ、依頼者が直接あなたと話をしたいと仰ってます」
「……………………は?」
数時間後、ジオ・サテライトシティ、コンコード社ビル応接室。
そこには5つの人影があった。
「はじめまして、私ネルガル重工の会計監査官を務めさせて頂いております、プロスペクターと申します」
「ミルキーウェイだ」
「レイヴンの渉外担当官、ネル・オールターです。プロスペクターさんのお噂はよく聞いております」
「はっはっは、私のようなオジサンをおだてても何もでませんよ?」
プロスペクターの朗らかな笑いを、アキトは胡散臭そうに眺めていた。
それもそうだろう。合流まで時間があるとはいえ、依頼の契約と同時に依頼主がレイヴンの元へ訪れるなんて、聞いたことがない。
唯でさえ目の敵にしているネルガルが相手なため、アキトは猜疑心一杯の目で彼らを睨みつけている。
「所で後ろの方は?」
「ああ、彼らはワタクシの護衛です。ここ最近どこも物騒ですから、こうして守ってもらってるわけです」
護衛の一人は、大柄で厳つい顔をした、いかにもな男性。そしてもう一人はサングラスで目を隠したショートカットの緑髪の女性だ。
女性は赤い色の変わったジャケットを着ており、その緑色の髪も相俟ってとにかく目を引いた。サングラスで目元を覆っているが、アキトは心なしか、その女 性に睨みつけられているような気がしていた。
「では、契約内容の確認を……」
「その前に一ついいですか?」
「ハイ、何でしょう?」
「何故わざわざ、こちらに出向いてまで話をしようと思ったんですか? コチラが作戦時に、そちらに出向いた時にでも十分でしょう」
「いやーよく言われるのですが、私は契約というものは、直接顔を合わせてこそ意味があると思っておりましてね」
「……そうですか」
ネルの問いをさらりと流して再び笑うプロスペクター。ネルはその笑顔から、相手の意図が読み取れず、若干困惑した表情を浮かべるが、このままだらだらと 会話を重ねても仕方が無いので、瞬時に頭を切り替えて依頼内容の細かい調整と確認を始めた。
作戦内容は、事前のメールでもあったように火星支社の調査、及び遭難者の探索と救出であるが、後者はあくまで副次的なもので、一番重要なのはオリュンポ スにある研究所の機密情報の回収との事だ。遭難者の捜索はあくまでオマケという彼らの姿勢に、所詮は企業かと内心呟くアキトだが、なんでも遭難者の捜索は 戦艦クルーの意思を反映したものだということだ。
合流する戦艦は、ネルガルが独自に開発・運用している民用戦艦と聞いているため、クルーはおそらくネルガルの社員も含まれているのだろうが、企業の意思 が世界を動かしているといっても過言ではないこの情勢下で、いまだに社員の意思を尊重する風潮があることに、内心驚きを隠せなかった。
作戦内容の確認を進めると同時にプロスの話を聞く内、徐々にではあるが、アキトは今回の依頼はネルガルの内情を知る良い機会ではないかと思い始めたその 時、プロスの言葉がアキトを現実に引き戻す。
「所で、あなたの経歴を見させて貰いましたが、いやぁ〜中々のものですな」
「それはどうも」
「所で『テンカワ』さんはユートピアコロニー出身だとか……」
「あぁ、それがどうかしまし……っ!?」
一瞬の内にソファから立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜いて、プロスペクターの額にポイントするアキト。
同時にプロスの後ろでも、護衛の強面の男性が懐から拳銃を抜いて、アキトに油断無く狙いを付けている。
ネルともう一人の女性の護衛は、一瞬何が起こったのか分からず呆然としていたが、緑髪の女性も慌てて拳銃を取り出してアキトに狙いを付ける。その様子を 目の片隅で確認していたアキトは、その女性の本職は護衛ではないだろうと当たりをつけるが、そんなことは思考の片隅に追いやり、拳銃を突きつけられている というのに、平然としているプロスペクターに向かって問いかけた。
「アンタ、何を知っている?」
「申し訳ありません。ネルガルとしましてはあなたの行方は、もう一人の方と併せて重要事項となっていましたので、こうして直接お伺いしたのです」
「それで俺をどうする気だ? 無理矢理ネルガルに連れ戻して、監禁でもするつもりか?」
内心やはりと思いつつも、更に問い詰める。
「いえ、誤解しないで下さい。私共にはそのようなつもりは全くありません。以前までのような強硬姿勢は、今の会長はとっておりませんし、するつもりもあり ません。ただ、私共はテンカワ夫妻の忘れ形見であるあなたを、純粋に保護したいからです」
「どうだか……ネルガルの言うことなんかアテになるもんか!」
「テンカワさんが、ネルガルを恨む理由は最もですが、なんとか我々と協力していただけないでしょうか?」
「……レイヴンは俺だけじゃないんだ、わざわざ不安要素を囲わずに他を当たったらどうなんだ」
「今手の空いているレイヴンで、あなた以上の腕を持つ方はおりません。ここはどうか一つお願いします」
そう答えて、頭を下げるプロスペクター。これにはアキトの方が驚いた。
巨大企業に身を置く人物は、ほとんどが相手を見下すような者ばかりだ。依頼のメールなどを見ればそれは一目瞭然で、音声メールとはいえあからさまな尊大 な態度と口調で話す様子は、傲慢という他無い。LCCやエムロードは特にそれが顕著で、特にLCCの依頼文に、アキトはいつもイライラさせられていた。
そのLCCに協力するネルガルの交渉約が、一介のレイヴンに頭を下げるという事態に、アキトは半ば困惑していた。
アキトの脳裏に映る、今まで関わってきていたネルガルの人間といえば、常に見下したような視線と、まるで実験動物を観察するかのような空虚な瞳を持ち、 こちらの意思など顧みず、意味不明な実験とシミュレータを強要する怖ろしい人間だった。
しかし、脳裏に映るネルガルの人間と、目の前の頭を下げるプロスペクターの姿を比べて、この人ならば信用できるかもしれないと考えた。
「…………条件が二つある」
「受けて頂けるので!?」
「ネルガルがその条件を受け入れてくれるんだったら、俺も依頼を受諾する。あなたは今までのネルガルの奴等とは違うみたいだしな」
「それで、その条件とは?」
「一つはこの依頼が終わったら、妙な干渉は絶対にしないこと。正直、またあんな監視を受けながら生活なんてしたくない」
「……分かりました、そのように手配します」
あくまで「了解」ではなく「手配」という所に、引っ掛かりを覚えるが、ここでごねても良い結果にならないことは見えているので、アキトは構わず話を続け る。
「もう一つは…………なんでネルガルが、俺をそれほどまでに重要視するのか教えて欲しい」
「ご存じないので?」
それは予想外だったのか、思わず聞き返すプロス。
「両親がネルガルの研究所で働いていたのは知っているし、かなり重要な研究に携わっていたというのは、なんとなくだけど聞いていた。他にも、小さい頃から IFS端末の機械やMTに搭乗させられていたこともあったけど、それだけで俺がネルガルにあれだけ目をつけられるとは到底思えない」
(それに、ストラングのあの言葉――――)
『この資料が事実なら、あの操作技術にも納得がいく』
脳裏に映し出されるのは、レイヴン試験を受ける前に、真夜中にストラングと交わしたあの言葉。
その資料にどんなことが書かれてあったのかは分からない。最初はIFS機器やMTの扱いについて慣れていることだけだと思っていたが、それだけでラン カーレイヴンが直接スカウトに来るはずが無い。
「……あんたは何か知っているのか?」
「いえ、残念ですが詳しいことは私も……」
その答えに、アキトは落胆の溜息をつく。
「ですが、私どもで応えられる範囲ならば、可能な限りお答えします。それでよろしいでしょうか?」
「……分かった、今はそれでいい」
プロスの言葉が本当か嘘かは、アキトには判断できなかった。船に乗り込んだ後にでも詳しく話を聞けばいいだろう。また、ユートピアコロニーやオリュンポ スの研究所を訪れば、何かしら情報があるかもしれない。
そう考えたアキトは、話を切り上げた。
「それでは、改めて依頼受諾のサインを――――」
「ちょおーーーーーっと、待ったーーーーー!」
応接室に少女特有の甲高い声が響いたかと思うと、バンッ!っと勢いよく扉が開き、そこには小さくツインテールをした茶髪の少女――言うまでも無くアイで ある、がきりっとした眼差しで一同を睨みつけていた。
「ア、アイちゃん!?」
「オジさん、それに加えてもう一つ条件を付け加えてもらうわ! 任務に際しては、同行者を加えることを許可すること!」
「は、はぁそれは構いませんが……テンカワさん、このお嬢さんは?」
突然の可愛らしい乱入者に、困惑を隠せないプロス。
アキトは頭を押さえながらも、プロスに当たり障りの無い説明をする。
「込み入った事情で、俺が世話をしている女の子です。それはともかく、アイちゃん! 一緒に行くことはできないってあれほど言ったじゃないか!」
「ラークスパーの新しい制御プログラムはまだ完成してないし、制御関係の問題が起こるとお兄ちゃんだけじゃ対処できないでしょ? あたしが一緒だとそんな 心配ないよ」
「うぐ……それはネルガルの整備班になんとかしてもらうよ。だからアイちゃんは大人しく留守番を――」
「ハードはともかく、ソフトウェアのチェックは私じゃないとできないよ。お兄ちゃんは不完全なソフトウェアのまま、ラークスパーを出させるつもりなの?」
アイの言葉に思わず考え込んでしまうアキト。
彼女の言わんとしている事は分かるが、それでもいつ何が起こるか分からない戦場に連れて行くのは絶対に阻止しなければならない。
アキトは心を鬼にして、アイにそう告げようとするが、アイの目元に浮かぶ雫を目にすると何も言えなくなってしまった。
「あたしだって……あたしだって故郷を見る権利はあるはずだよ」
(ここで泣くのは反則だよアイちゃんっ!)
どんなに崇高で正しい言葉を紡いだとしても、少女の涙の前ではそれも塵と化す。
周りを見れば、ネルだけでなく、プロスや護衛の女性もアイに同情的な視線を向けている。ここで拒否すれば、アキトは間違いなく悪者扱い決定だ。
しかし、実はアキトも内心、アイをユートピアコロニーに連れて行きたいと考えていた。ユートピアコロニーから逃げるようにシティへと転がり込み、今まで わがまま一つ言わなかったアイが、こうも強くお願いしているのだ。彼女のお願いを叶えたいのはアキトも同じ、よってアキトは遂にアイの要望を叶えることに した。
「…………ハァ、分かったよ、アイちゃん」
「やったーーー♪」
「プロスさん、そういうわけで、この子も一緒に連れて行きます」
「ハイ、かしこまりました」
そして今まで沈黙を保っていたネルも、控えめに腕を上げて、付け加えるように言う。
「あ、私も同行しますのでお願いします」
「え、なんでネルさんまで……?」
「誰があなたのサポートをすると思っているんですか? あなた専属のオペレーターとして、当然付いて行くに決まっています」
そう言って、なんとはなしにアイを見遣るネル。アイもその視線に相手の意思を感じ取ったのか、大きな瞳できっとネルを睨みつけた。
そしてその状況を微笑ましそうに眺めるプロスペクター。
「いやー、モテモテですなぁ、テンカワさん」
「ホントにそう思ってます?」
相変わらずハッハッハと笑うプロスペクター。その顔は本当に楽しそうだ。
アキトがその様子に溜息をついていると、トントンと肩を叩かれる。
「おい、アンタ」
「何ですか?」
今まで一言も言葉を発することの無かった緑髪の女性が、サングラスを若干ずらしながらアキトの顔を覗き込んでいる。
若干つり目で大きなその瞳からは、値踏みするような視線が伺えた。
「アンタ、本当にあの桃色のACのパイロットなのか?」
「そうでなければここにいないでしょう。何が言いたいんですか」
日頃年上の女性を相手にしているせいか、ついつい敬語で話してしまうアキト。
どこかで聞いたことがある声だなと内心思うが、ジッと顔を覗きこむ女性のせいで若干緊張し、思い出せないでいた。
「別になんでもないぜ」
女性はそう言うと、サングラスを掛け直して踵を返し、プロスペクターと共に部屋から姿を消したのだった。
緑髪の女性――スバル・リョーコは、先程対面した少年とも青年ともつかない男が、あのレイヴンだとは最初は思えなかった。作戦内容の確認をしている時 も、ずっと観察していたが、荒くれ者の代名詞ともいえるレイヴンにはとても見えず――
(こんなトボけた奴があの桃色のACを使うレイヴン? とても同一人物とは思えねぇな)
等と思い、期待はずれに落胆していた。
しかし、プロスと話している最中に突然拳銃を抜き、狙いをつけるアキトの形相と殺気に、一瞬リョーコは本当に先程の青年と同じ人物なのかと混乱した。慌 てて自分も拳銃を抜き、狙いをつけていたが、アキトが銃を下ろすまで、リョーコは冷や汗が止まらなかったほどだ。しかし同時に、リョーコはアキトのその秘 めざる力に、是非とも手合わせしたいとうずうずしていたのもまた事実である。
(プロスの旦那は『テンカワ』っつってたな……まっ、腕前は後でゆっくりと見せてもらうとするか)
自分でも気付かぬうちに、リョーコは不敵に笑っていた。
「というわけで、俺達は暫くネルガルの船と一緒に行動することになった」
コンコード社ガレージ内では、長期依頼の準備のため、ガレージの整備員がACの調整と指揮車両の準備で慌しく動いていた。
アキト達三人は既に準備を終え、後は輸送機に乗り込むだけとなっており、空いた時間を使って、エネ、シーカー、ローズハンターら三人と話しこんでいた。 特に三人の内、エネはよほど寂しいのか、アキトに付っきりで話している。
「うぅ、アキトさん、私も一緒に行きたいです〜」
「あのなエネ、契約もしてないのに行ける訳ないだろうが」
「エネちゃん、今までお互い長く会わない時なんてざらにあっただろう?」
アキトの言葉は最もだが、エネの懸念はそんなことではなく、アキトの後ろで勝ち誇っているアイと、僅かながら上機嫌のネルが原因だろう。唯でさえリード (?)を広げられているというのに、これ以上離されるのはマズイとエネは頭を悩ましていた。
一方、シーカーとローズハンターはそんなエネにあきれながらも、アキトやアイ、そしてネルと話しお互い無事でいるよう祈っていた。
もっとも、ローズハンターは土産を要求する等、図々しいことも言っていたが、彼女なりに心配なのだろう。
「まぁ長期の依頼っていっても、そんなに長くなることはないさ。多分長くても一週間くらいだと思う」
「お前のことだから大丈夫だとは思うが、無茶するんじゃないぞ」
「アキトさん、気をつけて下さいね」
輸送機の発進準備が完了し、あとは乗組員が搭乗するのを待つばかりとなった。
三人は別れを済ますと輸送機に乗り込み、暫くすると発射準備が完了する。格納庫の扉が開くと、ずんぐりとした機体が姿を現し、滑走路へと進むと、その巨 体を火星の空へと持ち上げ、輸送機はその翼をナデシコへと向けるのだった。
「あれがナデシコ……」
「随分綺麗な船ですね」
「でも、変な形〜」
好き勝手のたまう三人だが、アキトはその船の形に見覚えがあった。
(あぁ、そうか。空港を防衛した時に降りてきたあの船だ)
あの時はネルガルのロゴマークばかりに気をとられていたが、その特徴的なシルエットと純白と紅で縁取られた美しい色合いはそう忘れるものではなかったの だろう。
輸送機は、カタパルトと思われる場所へとその巨体を滑らせ、誘導員の指示のもと格納庫の中央に身を寄せると、ACを積んだトレーラーや指揮車という重い 荷物を降ろす。
アキト達も輸送機から降り、すぐ傍に集まっていた整備班と思わしき集団の元へと歩を進める。
先頭には、藍色の髪をたなびかせた目麗しい女性が佇んでおり、その白い制服から彼女こそが艦長と判断する。
「依頼を受けてきたレイヴン、ミルキーウェイです」
「彼の専属オペレーターを務めています、ネル・オールターです」
「あたしはアイ! よろしくね!」
三人が挨拶すると、集団の整備班と思われる集団から何故か歓声が上がる。
「おお! クールなお姉さんだ!」
「ミナトさんと同じお姉さん系でありながら、今までに無いタイプ!」
「元気な女の子ってのもイイっすね〜!」
「ルリルリとは正反対のタイプだな、だがそれがイイ!!」
アキトはその言葉を聞いて、アイとネルを絶対に格納庫には近づけないようにしようと強く心に誓う。
そんなことを考えていると、艦長と思わしき女性が前に出てきてニコリと微笑んだ。
「ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです、よろしくお願いします!」
「よろしく……」
(ミスマル・ユリカ? 何処かで聞き覚えがあるような……)
首を傾げるアキトだが、ふと艦長にじっと見つめられている事に気付く。
「ぶしつけですが、もしかして何処かでお会いしたことありますか?」
「いえ……気のせいじゃないですか?」
そう言いつつ、アキトもユリカもお互い釈然としないようで、しきりに頭を捻っていた。
思い出すようで思い出せないもどかしさをお互い抱えたまま、彼らはブリッジの方へと向かう。ブリッジのクルーにもレイヴンのことは聞き及んでいたのか、 アキト達が足を踏み入れると、各々が興味深そうにアキト達を観察し始めた。
思っていたよりも若いレイヴンと、傭兵といるには似つかわしくない一人の女性、そして一人の少女にみんな興味津々といった様子だ。
「レイヴン、ミルキーウェイです」
「彼の補佐を務めさせていただきます、ネル・オールターです」
「ソフトウェアのメンテナンスを担当するアイです」
三人が簡単な自己紹介を済ませると、早速クルーから質問の挙手が挙がる。
それをプロスペクターが早速指名する辺り、こういうのはいつものことなのか、と少し呆れてしまう。
「ミルキーウェイって本名なんですかぁ?」
「これはレイヴンネームです。本名は情報漏洩を防ぐために黙秘させてもらいます」
ミナトの質問に素っ気無く答えるアキト。
プロスペクターやゴートには本名を知られているものの、アキトは簡単に自分の情報を教える気はさらさら無かった。ざっと見た限り、アキトはこの船のク ルーには、少なくとも根っからの企業人や軍人はほとんどいないと判断している。聞けばナデシコクルーの大半は、『能力第一、性格二の次』というモットー で、プロスペクターが直接スカウトした人間だという。
そのせいか、艦内の雰囲気は戦艦とは思えぬほどゆるい。こんな環境では、ちょっとした情報でもすぐさま艦内に流布してしまうだろうとアキトは考えてい る。……事実、続く質問内容がどこかの女子高生のノリになってきていることを、アキトは実感した。
「ネルさんとは恋人同士なんですか〜?」
「………………彼と私の間柄はあくまでレイヴンとそのオペレーターです。誤解しないように」
だったらその間はなんなんだと、何人かからジーーっと見られるネル。
無表情を努めているが、見る人が見れば、彼女の顔に僅かながら朱が差していることに気が付いただろう。
「ミルキーさんと、その子との関係は? ……まさか実の子供?」
「ありえませんから」
「じゃあ、恋人?」
「変な冗談を言わないで下さい」
案の定、アイの関係も執拗に問い質された。
アイは嬉しそうにしていたが、変な噂を立てられては適わないので、そこだけはきっぱりと否定しておく。それでも、意味ありげな視線であまりにもしつこく 聞いてくるので、崩壊したコロニーから、命からがら逃げ出してきて、その際に一緒になった事を話すと、流石に踏み入ってはマスイと判断したのか、追及の手 は止み、質問会は終了した。
さて、それぞれの自己紹介はつつがなく終わり、いよいよ依頼された任務をこなす事になったのだが――
「それでは、進路をオリュンポス山に取ってください。そこにネルガルの研究施設があります」
「生存者の捜索を行うんじゃないんですか?」
「研究施設は、シェルターも兼ねておりますので、生存者がいるとなるとそこが一番可能性が高いと存じます、ハイ」
敵勢力圏内のコロニーは、ほぼ全滅しているだろうとのことで、ネルガルの施設に行くよう提案するプロス。
ネルガルの目的ははじめから火星に残した自社の研究資料を引き上げること。それは分かっていたが、これでは生存者の捜索など、しないも同然ではないか! アキトやアイがこの依頼を受けたのは、もしかしたらユートピアコロニーを見ることが出来るかもしれないからだ。そう簡単にそれを切り捨てられてはたまら ないと、アキトはこう切り出した。
「……できればユートピアコロニーの様子を見に行きたいんですが。もしかしたら生存者もいるかもしれません」
「それは許可できない、今現在君はこのナデシコの最大戦力だ。勝手な行動は慎んでもらおう」
しかしそれは当然拒否されてしまう。
当然だろう。ネルガルにとっては、既に全滅したも同然のコロニー。しかも今自分達がいる場所は敵の勢力範囲内だ。自らを危険に晒してまで助けに行こうな どとは誰も思わなかった。
それでもアキトはあきらめなかった。言外に、アキト自身の故郷であることも謳って、なんとか許可を得ようとするが尽く拒否されてしまう。しかし終いには ゴートに、レイヴン風情がでしゃばるなと釘を刺されてしまった。
もはやこれまでかと思ったその時、意外なところから救いの手が差し伸べられた。
「かまわん、行って来たまえ」
「提督!?」
今までずっと黙っていたフクベ提督がそう告げたため、プロスは慌ててしまう。
「私はお飾りの提督でしかないが、それでも実質的な権限は艦長よりも上のはずだね?」
「は、はあ」
「ならば、問題ない。私が責任を持つ」
「あ、ありがとうございます! 提督!」
思いがけないフクベの言葉に、アキトは会釈して感謝すると、そのままブリッジを出て格納庫へと走っていった。
「えっと、ユートピアコロニーって私の故郷でもあるんですけど、一緒に行って良いですか?」
アキトの走り去っていった方向を見ていたユリカはにこやかにそう尋ねたが……
「艦長が艦を離れてどうする!」
「しゅん……」
とゴートに一喝されて、うな垂れていた。
そして、うな垂れながらもユリカは先程のアキトの言葉がずっと頭の片隅で引っ掛かっていた。
(故郷がユートピアコロニー? ……まさかね)
「えへへ〜お兄ちゃんと一緒〜♪」
「まぁ予想はしてたけどね」
アキトが乗り込んだラークスパーには、やはりというかアイも一緒にいた。どうやら制御プログラムのチェック中だったようで、アキトがユートピアコロニー に行く旨を伝えると、アイは一緒に行くと言って、無理矢理コックピットに押し込んできたのだ。最も、アキトもアイをユートピアコロニーに連れていくことに 異論は無かったが。
ACのコックピットはかなり狭いので、アイがアキトに背を預けるで形でシートに収まっており、いつもより密着した状態でいるアイはかなりご機嫌だ。
そして十数分ほどラークスパーを走らせていると、赤い更地と多くのクレーター、そしていくつかの廃墟が目に付くようになった。モニターの地図と見比べて みると、そこはユートピアコロニーを示していた。
「帰って……きたんだ」
「ああ、間違いない。ここはユートピアコロニーだ……」
二人はラークスパーから降りると、辺りを見渡してみる。
「なんにもなくなっちゃってるね……」
「ある程度予想はしてたけどね……」
土を掬うと、土はサラサラと風に乗って落ち、掬った所からはナノマシンの虫が顔を出している。
アキトの脳裏に思い浮かぶのは、ユートピアコロニーでの生活――しかしそれも、あの日あの時、全ては灰塵へと消え去ってしまった。
「今でも時たま夢に見るよ、あのシェルターでの出来事は」
「お兄ちゃん……」
「俺がMTで退路へ押し進んだ時、落ち着いて周りを見渡せば、もっと良い結果になったんじゃないか……そのまま奥に留まってストラングの助けを待てば良 かったんじゃないか……ずっとそんなことを考えていた」
「そんな! お兄ちゃんは何も悪くないよ!」
沈むアキトの手を取ってぎゅっと握り、まくしたてるようにアイは喋った。
「お兄ちゃんは頑張ってるよ。お兄ちゃんがいなかったらアイはここにいなかった! お兄ちゃんがいたから、アイはこうしてお兄ちゃんと一緒にいられるんだ よ! ……だから、そんな風に……自分を…悪く…言わないでよぅ」
「アイちゃん……」
お互いが見つめあい、そこだけがまるで時に取り残されたかのような雰囲気になる。
傍から見れば、それは兄妹というより、恋人同士に見えたことだろう。しかし――――
ボコッ!!!!!!!
その空気を破るかのように、突如地面が陥没した。
「いたたたた……大丈夫かい、アイちゃん?」
「うにゅぅぅぅぅ……」
目を回すアイを抱き起こし、アキトは辺りを見回した。
そこは洞窟、というよりは地下室のような場所になっており、僅かながら人の手が加えられていることが見て取れる。
暫く辺りを伺っていると、突然奥の方からマントとフードをかぶった人物が姿を現し、アキトは腰に手をやって油断無く身構えた。
しかし、その人物は二人の前まで歩み寄ると、フードから覗かせる口元が皮肉気な笑みを浮かべた。
「ようこそ、招かれざるお客さん。何も無いところだけどコーヒーくらい出しましょうか」
「こんなに生き残りがいたのか……」
アキトは驚きの声を上げる。ほぼ絶望的と思われていた生き残りの人々がこんなにもいたのだ。
だが、ここに活気はほとんど無かった。
いつ来るとも知れないバッタやディソーダーの恐怖に震え、明日ともしれない恐怖に疲弊し、徐々に少なくなっていく食料や物資に不安を覚え、最早終わりし か見えない絶望の真っ只中に陥っていた。
「近辺のコロニーからの避難民も混じってるわ」
彼らの苦しみと恐怖はどれほどのものだったのだろう。避難民の誰もが光無き瞳を覗かせ、新しい来訪者の二人に見向きもしないほど疲れきっていた。
アイの顔は悲しみに歪み、次いで彼らを絶対に助けなければという決意の表情を顕にした。
「みんな、帰ろう! すぐ近くに私達の乗る船があるの。それに乗れば安全なところまで非難できるんだよ!」
「俺達はあなた達を救助に来たものです。これから母艦ナデシコに連絡を取るので、今しばらく待ってて――」
「乗らないわよ」
アキトの声を女性が阻む。
そのきっぱりとした口調に、一瞬二人は呆気にとられてしまう。
「な、なぜですか!?」
「敵の勢力化にある私達でも、なんとか情報は入ってきていてね。確かに戦艦一隻では木星蜥蜴から逃れることはできないでしょうけど、近場のシティにでも逃 げ込めばなんとか生き残れることが出来るでしょう」
「だったら……!」
「情報は入ってきてると言ったでしょう? この期に及んで、内輪揉めをする企業の保護下に入ったとしても、この先無事で済むとは到底思えないわ」
そう言うと、女性はマントとフードを取り払いその素顔を晒す。
切れ長の瞳に束ねた金髪、土埃で少々汚れてはいるが、妙齢の美女であった。
「それに、企業の方が私達を受け入れてくれるとは思えないわ。どこもかしこも敵ばかりという状態で、私達のような存在は正直邪魔にしかならない。受け入れ られて貰うとしても、精々が労働力として扱き使われるのが関の山ね」
その女性の言うとおり、今はLCCとの戦争でどのシティにも余裕が無い。平時なら兎も角、この情勢下でざっと百人近い避難民を受け入れるシティは存在し ないだろう。
「それに、たった戦艦一隻でこの区域から逃げらないわよ。いくら相転移エンジンやディストーションフィールドを持っていたとしても、木星蜥蜴もそれを持っ てるのよ。数で押されたら勝ち目は無いわ」
「あなた……一体誰なんです? 避難民の人にしてはナデシコに随分詳しいですけど」
「簡単なことよ、私はその相転移エンジンとディストーションフィールドを開発したイネス・フレサンジュよ。んで平たく言うと……」
「ネルガルの人?」
アキトの問いに頷くイネス。
そうは言うが、避難民の救助は依頼内容にもあったとおりなので、アキトはなんとかナデシコに乗るように説得し始めたその時――
ゴゴゴゴゴゴ!!!
何かが直上に現れ、シェルター内に腹から響くような音が響き渡った。
何事かと、アキトは地下から這い上がり、上空を見上げると――
「ミルキーさ〜ん、お迎えに来ました〜!」
上空にはナデシコが浮遊しており、艦長のユリカが能天気な声でアキト達を呼んでいた。
「いつの間に……」
「えっとお兄ちゃん、あたしが呼んだの。早くみんなを助けなきゃッて思ったから……」
そう言って縮こまるアイ。
アキトはその様子を苦笑して見ていたが、イネスはそれを複雑な面持で見ていた。
「つまりとっとと帰れと?」
「そういうことよ」
開口一番、避難民の代表としてナデシコにやってきたイネス・フレサンジュが言った台詞に、ナデシコクルーは意外を通り越して驚きの反応を示した。クルー 達としては、歓迎されるものと思い込んでいたのに、拒否されるとは夢にも思ってなかったのか、困惑が広がっている。しかし、そんな面々の中でただ一人だけ 違う反応を示す人物がいた。
「だったらこんな所はさっさとオサバラして、オリュンポスに向かいましょう」
「何を言うんですか! 副提督!」
「嫌と言っている連中を無理矢理連れて行く事はないでしょう? 下手すれば無用のトラブルを引き起こすかもしれないんだし、別に間違ったことは言ってない わよ」
副提督ムネタケ・サダアキである。
そのままLCCの連中と合流していればいいものを、フクベ・ジンと共にわざわざナデシコのメンバーとしてそのまま残っていたのだ。
しかしその実情は、LCCに合流しようとした二人を、現地入りした司令官が拒否したというのが本当のことであった。
どうやら火星会戦での指揮ぶりが響いたらしく、「これからの戦いに負け犬はいらないし縁起が悪い」と司令官が嫌悪感を示し、そのままナデシコの監視任務 を言い渡されたとのことらしい。
そんなムネタケを、イネスは嘲るように言った。
「流石は勇名高い第一次火星会戦の将校さんね。逃げる心得だけは、きっちりと分かっていらっしゃるわ」
「……何が言いたいのかしら」
「自分の胸に聞いてみれば?」
イネスとムネタケの間で激しい火花が散る。
フクベはどこか達観した表情を浮かべており、周りはハラハラとした面持ちで二人を見ていた。
そんな面々から離れて、一人アキトは驚きの表情を浮かべてフクベを見ていた。
(第一次火星会戦の将校だって……あの二人が!?)
ムネタケとフクベを見比べて先程のイネスの言葉を反芻し、無表情になるアキト。アイも驚きの表情を示している。アキトは暫くイネスとムネタケの応酬を見 ていたかと思うと、意を決してフクベに話しかけようとした。
一触即発な雰囲気にさらに新しい火種が起ころうとしたその時、ブリッジに突如緊張が走る!
「前方、チューリップより木星蜥蜴の艦隊出現!!!」
レーダーの反応に気づいたメグミが叫ぶように報告する。
ブリッジの全員が弾かれたように正面モニターに顔を移すと、そこには続々と戦艦やバッタを吐きだすチューリップの姿があった。
「グラビティブラスト発射用意!」
ユリカの素早い指示にルリが発射の照準を合わせた。
そしてルリから発射完了の合図が出ると――
「撃てぃ!!!!!!」
迷い無く指示が下される。
黒い奔流が正面に映る艦隊を薙ぎ払い、至る所で爆発が起こるが、爆煙が晴れるとユリカの表情は驚愕へと変わっていた。
「持ちこたえた!?」
「敵だってディストーションフィールドを装備しているのよ。お互い一撃必殺とは行かないようね。」
そして敵の戦艦は減るどころか、続々とチューリップから出現して来る。
ジョロ、バッタ、カトンボ級、ヤンマ級――――大小様々な艦と蟲型兵器が出現し、空を覆っていく。
「うそぉ、どうしてあんなに入ってるの!?」
小さなチューリップの口から、それに相当する大きさの戦艦が何隻も現れる様をみて、ミナトは驚きの声を隠せない。
「入ってるんじゃない。出てくるの! あれはこちらの世界とどこかの世界とを繋ぐゲートのようなものらしいわ。だから蜥蜴達はどこか遠い異世界から送り込 まれてくる。それこそ途切れることなく……」
イネスの言葉を待つまでもなく、敵の数は見境なく膨らんでいった。
その様子に、メグミは悲鳴を上げるかのように叫び報告していく。
「敵戦艦、なおも増大中!!!!」
「敵のフィールドも鉄壁ではない。続けて攻撃するんだ!」
「はい、グラビティラスト続けていきます!」
「……無理です。エネルギーが足りません。」
「え?」
ゴートの声に続くかのようにユリカは指示を下すが、ルリは無情に答える。
「ここは宇宙じゃない。真空度が低い地上では相転移エンジンの反応は悪すぎる。グラビティブラストを連射するほどのキャパシティーはないのよ……」
イネスの淡々とした説明に、ブリッジクルーは青褪めた。
そしてナデシコを襲う脅威は、まだこれだけではなかったのだ。
「え、そ、そんな! 左舷後方よりディソーダーの反応! 数は50…60…なおも増大中!!!」
「よりにもよってこんな時に!?」
メグミの報告にアキトは驚愕し、慌ててサブモニターに映るディソーダーを確認する。
そこでは大小様々な緑色の四足型ディソーダーと、所々に茶色の逆間接型ディソーダーを確認できた。
「あの数……どうやら近くにディソーダー達の巣があったようですね」
「多分、蜥蜴の連中の動きに触発されたんだろうな。でなきゃ一度にあれだけの数が出てくるとは思えない」
その後も続々と姿を現すディソーダー。その数はとうとう百以上に昇った。
その様子を見て、最早笑うしかないエステバリスのパイロット達。
「前門の虫さん、後門の虫さん……これじゃああたし達が出てもミンチだねぇ」
「青き衣を纏った少女でも待ってみるかい?」
「お前ら、そんな弱気なことでどうする! 俺様が熱血の力でやっつけてやぐるばっ!?」
「んなこと言ってる場合か! 艦長、どうするんだ!?」
ヒカルとイズミの言葉にヤマダが出撃しようとするが、その前に殴って止めユリカに指示を仰ぐリョーコ。
一人例外がいるが、流石にこれだけの数を前に出撃する気は無いらしい。
「フィ、フィールドを張りつつ後退……」
「待ってよ!」
ユリカの指令が下る前に、それをアイが遮った。
「今、ナデシコがフィールドを張っちゃったら避難民の人達を収容できないじゃない! それに今ココで後退しちゃったら、地下シェルターが戦場の真っ只中に 取り残されちゃうよ!!」
アイの言葉に唖然とするユリカ。
避難民を収容するには、正面と後ろにいる敵を倒さなければならない。
しかし、今の敵の数はナデシコが一度に相手に出来る数ではない。戦闘を開始した途端に落されるのがオチである。
いったんこの場から離れて体制を立て直し、各個撃破していくより他にない。
しかしそれでは、せっかくの火星の生き残り達を見捨てることになる。
私は…私はどうすればいいの!?
ナデシコクルーの命と避難民の命、若き艦長はそれを咄嗟に天秤で量ることができなかった。
「艦長! フィールドを張って後退だ!!」
「あの人達はずっとずっと待ってたんだよ! 誰も助けに来ない、誰も気付いてくれない! やっと…やっと助かる所なんだよ!」
「提督、これは艦長には厳しすぎる決断のようですな……」
「かまわん! 自動防御だ!」
「あたしはまだ死にたくないわ! とっとと逃げなさいよ!!」
「艦長命令がまだです……」
ゴートが、アイが、プロスが、フクベが、ムネタケが、そしてルリの言葉が次々とユリカに突き刺さり、考える能力を時間と共に奪っていく。みんながみん な、どうにも出来ない狭間で揺れ動き、艦長のユリカの決断を待っていた。
そして――――――悲しすぎる決断が下された。
「いやああああーーーーーーーーー!!!」
「アイちゃん!」
ナデシコのフィールドに押し潰され、木星蜥蜴のビームとグラビティブラストの嵐、そしてディソーダーの豪雨の如きラインビームが地下シェルターに降り注 いだ。これほどの攻撃では、シェルター内の避難民の命は絶望的だろう。
アイはその光景を目の当たりにすると、ショックで気を失ってしまった。アキトは倒れこむアイを支えると、敵の攻撃で盛大に揺れるブリッジの中で、ユリカ へと向き直った。
「艦長、今の内に離脱するんだ!」
「で、でもこれだけの数の敵から逃げられるわけが……」
「木星蜥蜴と野生のディソーダーは、詳細は不明ですが敵対関係にあります。こちらから下手に攻撃を仕掛けなければ、隙を突いて逃げ出せるはずです」
それを聞いたユリカは震えるような声で指示を出す。
アキトとネルの言うとおり、ディソーダーと木星蜥蜴は途中で攻撃目標を変更し、お互いがお互いを攻撃し始めたのだ。そのおかげで、ナデシコはかろうじて 敵の包囲網から抜け出すことが出来、逃げるようにしてその場から離れるのだった。
――――百人近い避難民の命を犠牲にして。
そして数時間後、ナデシコはユートピアコロニーを離れて安全圏まで後退。
その美しい船体にいくつもの傷跡を刻みながらも、火星極冠へと進路をとっていた。
しかし、一方的な敗戦によって艦内の人間は誰もが沈痛な面持ちを浮かべており、まるで葬式のように静まり返っている。
その中で特に酷かったのは、艦長のユリカとアイであった。
「あたしのせいだ、あたしがナデシコを呼んだからシェルターの人達が死んじゃったんだ、あたしがみんなを殺しちゃったんだ……」
「ううん、アイちゃんのせいじゃないわよ。艦長の私がナデシコを着陸なんてさせたからあんなことに――――」
「違うの! あたしのせいなの! あたしの……あたしの……!!」
洗面所で自責の念に駆られ、泣きじゃくるアイ。
アイの言っていることは、一面では確かにそのとおりなのだが、それはあくまで結果論でしかない。ユリカも半ばそれを分かっていたが、彼女自身も己の不甲 斐ない指揮のせいで避難民の人達を殺してしまったという思いで、頭がぐちゃぐちゃになっており、アイを気遣う余裕を持っていなかった。そのため、ユリカは 後まで来ていた人物に気付くことが出来なかった。
「艦長」
「え、え? ミルキーウェイさん?」
困惑するユリカを他所に、アキトは泣きじゃくるアイの傍まで近寄るとしゃがみこみ、ぎゅっとアイを抱き締めた。
「アイちゃん、アイちゃんは悪くないよ……ただちょっとあの人達は運がなかっただけなんだ」
「えぐっ…あうっ…でもっ! でもっ!!!」
「俺達が今ここにいるのも、他の人よりもほんの少し運がよかったからなんだ。だからアイちゃんが責任を感じることなんて無いんだよ」
「うえっ…あぐっ……うあああああ!!!!!!」
アキトの胸にしがみ付き、号泣するアイ。
アイにとって、人の死に直面することは二度目であるが、自らの過失による人の死は、10歳の少女にはあまりにも重過ぎた。
そのまま十分近く、アイはアキトの胸で泣き続けると、やがて泣き疲れたのかそのまま寝息を立てて眠ってしまった。
「あ、ありがとうございます。私じゃこの子を慰めることが出来なくて……」
一部始終のやり取りを見ていたユリカは、我に帰ると慌ててアキトに礼を言った。
「艦長失格ですよね、私……あたしのせいで避難民の人達を見殺しにしたばかりか、クルーを危険な目に合わせたり、こんな小さな女の子に責任を負わせるよう なことをさせちゃったりで――――」
「そんなこと言うもんじゃないぞ、ユリカ……」
「え…?」とユリカが顔を上げると、アキトが優しい眼差しでユリカを見つめていた。
そっとユリカの顔を撫でながら、呟くように話すアキト。
「あの泣き虫ユリカが戦艦の艦長になってるとは思わなかったよ……今まで随分がんばってきたんだな」
「もしかして……アキト? アキトなの!?」
「あぁ、そうだ」
ユリカの脳裏に幼少の頃の光景がフラッシュバックする。
暴走したショベルカーから一所懸命助けてくれた後姿、元気を付けるおまじないとしてキスをした時の赤くなった顔、空港で分かれる時寂しそうな顔で見送っ てくれた大好きだった男の子。
それらの光景が一気に浮かんできて、我慢していたユリカの涙腺は一気に崩壊した。
「アキト…アキト…! うわああああ〜〜〜〜ん!!!」
先程のアイと同じく、アキトに抱きついて泣きじゃくるユリカ。
そこには艦長の威厳や立場は無く、ただ一人の女性としての姿だった。
「ふう……流石に疲れた」
ユリカとアイをそれぞれベッドに寝かしつけ、アキトはやれやれと溜息をついた。
アイとは扶養家族対象者ということで同室にさせてもらっているのだが、艦長のユリカは部屋の場所が分からなかったので、仕方なくアイと同じベッドに寝か しつけている。ブリッジクルーの誰かにでも聞くという手もあったが、それをすれば間違いなく妙な噂が流れるため、その案は即座に却下した。
現在二人は、そう大きくないベッドで静かな寝息を立てながら、寄り添うように眠っている。
二人共その目は赤く泣きはらしているが、今はどこか安らかな表情を浮かべており、アキトを安心させた。
「ユリカの奴……ぬいぐるみでも抱いているつもりなのかな」
アイを抱え込むように眠るユリカの姿は確かにそう見えなくもない。
人のぬくもりというのは、やはり安心感を与えるのだろう。その寝顔はまるで子供のように安らかだ。
抱きかかえられているアイも同じような表情を浮かべており、ぎゅっとしがみつくようにユリカに寄り添っている。
おそらく、亡くなった母親の姿をユリカに重ねてるのかもしれない。
アキトはそんな二人の姿を見守りながら、静かに一夜を過ごすのだった。
TO BE CONTINUED