辛くも木星蜥蜴の追跡から逃れることができた戦艦ナデシコ。
 そのナデシコの一室では、奇妙な言い争いが起こっていた。

「ちょっと艦長、あなたは私に協力してくれるんじゃなかったの?」

「ごめんなさいイネスさん……でも私、あの子のお願いは断れないんです」

 ナデシコのそう広くない会議室には数人の人影があった。
 イネス、ユリカ、ルリのナデシコ面子と、アイ、アキト、ネルら三人のコンコードの面々だ。
 最も、言い争いといっても口を開いているのは主にイネスにアイぐらいで、他の面々はそれをやや呆れた顔で眺めているが。

「だったらあなたも一緒に出ればいいじゃない。なんでまた別枠として作るのかしら?」

「だってぇ、そっちは相転移エンジンについての説明でしょ? ナデシコにはACについて知らない人もたくさんいるんだから、いい機会なんだもん」

「それは相転移エンジンについても同じことよ」

「そっちはこれからいつでも説明できる機会があるでしょ? こっちは任務が終わったらナデシコと別れなくちゃいけないんだから私達に優先権があるわ」

 ふくれた顔でそう言うアイ。
 一体何について言い争っているか、『説明』という単語が出てくるたびに両者の熱がどんどん上がっているのが分かる。

「ふっ……ではこれからの私達は敵同士ということね。このナデシコ内で、どちらがよい子の皆を味方につけるか勝負といきましょう!」

「望むところだよ!」

 二人の間に火花が散り、心なしかバックには竜と虎のシルエットが浮かび上がっているように見える。

「あ、艦長は私が貰っていくわよ。そっちは人数が足りてるから大丈夫でしょ」

「……仕方ないね、どうぞ持っていっちゃって下さい(これ以上ライバル増やしたくないし)」

「ええっ! そんなひどいよアイちゃん!」

 慌てて助けを求めるユリカだが、時既に遅く襟をイネスに引っ掴まれて、さながらこれから絞められる家畜のごとくずるずると連れ去られていった。

「ふええぇぇ〜〜ん、アキトぉ〜〜〜〜!!」

 部屋の扉が閉まる直前、ユリカがアキトの名前を呼ぶがそれも意味を為さない。
 しかし、名前を呼ばれたほうとしてはちょっと洒落にならない事態へとなっていた。

「……なんでユリカお姉ちゃんがお兄ちゃんの名前知ってるの?」

 今までナデシコでは「ミルキーウェイ」というレイヴンとして振舞っているため、アキトの名前を知るのはプロスにゴート、そして護衛としてついてきていた リョーコだけのはずである。そのため、アイには何故ユリカがアキトの名前を知っているのか不審に感じたのだ。

「いや、実はアイツ俺の幼馴染で――――」

 そう言って事情を説明するアキトだが、徐々に目つきが鋭くなっていくアイを見るにつけ、声の張りが無くなっていく。

「それで、あまりにも落ち込んでたんで仕方なく……」

「レイヴン、個人情報の漏洩はあまり褒められたものではないのですが」

 ネルのとどめの一声で何も言えなくなるアキト。
 そしてアイはといえば、アキトの傍まで近づいて底が冷えるような声でボソッと呟いた。

「お兄ちゃん……またなんだね」

「ま、またって何がだい? アイちゃん……」

「問答無用! とにかくお兄ちゃんにも今からすることを手伝ってもらうよ!!」

「というか、一体これから何をするというのですか?」

 ネルの疑問の声にも耳を貸さず、アイは笑顔でアキトとネルにのたまった。

「もちろん、撮影に決まってるじゃない♪」







機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2

MARS INPUCT

第十四話「いつか鴉が歌う詩」








「3!」

「2!」

「1!」

「ドカーン!!!」

「「わーい♪」」

「なぜなにナデシコ!!」

「おーい、良い子のみんな集まれ!! ナデシコの秘密の時間だよ」


「集まれ……」

 まるで某教育番組のようなセットを背景に、うさぎのういぐるみを着たユリカと帽子に短パン姿のルリの姿に、ナデシコ艦内の至る所から歓声が上がる。ウリ バタケなどはその姿にインスピレーションでも得たのか、必死にスケッチを取っていたりする。

「こうかぁ〜〜!? こうかあぁ〜〜っ!!!」

 ……ウリバタケの目は若干血走っていて、見ていて少々危ない。
 傍にいる整備員もその姿に若干引き気味だ。

「皆はナデシコがどうやって動いているか知ってるかい」

「え〜〜、お姉さん僕知らないや。ねぇねぇ、どうやって飛んでいるの?」

「じゃあ、今日はナデシコを動かしている相転移エンジンについて説明しちゃいましょう。ハイこっち来て……」

「え、あ…待ってよルリちゃん、まだ私の台詞言ってない――」

 ユリカうさぎはカンペを見ながら必死についていくが、これが本格的な放送ならカットが入る場面である。

「相転移エンジンの仕組みを説明するにはまず相転移について理解する必要があります。相転移ってなにか知ってますか?」

「えっと……わかんないや。だって僕ウサギだし……」

 やる気なさげに説明するルリに、いささか緊張気味のユリカうさぎ。
 ルリはさっさと終わらせたいのか、ユリカを無視してずんずん説明を続けていく。
 しかし流石にこんな放送では、撮影者が満足するはずも無く――――

「カッーーート! ちょっとルリちゃん、そんな駆け足じゃナデシコの良い子のみんながついてこれるわけないでしょ。それに、顔をこっちに向けなさい。笑顔 はちゃんと見せなきゃダメよ、お姉さん」

「……バカ」

 顔を赤くしながら言うルリの台詞に、中継が繋がっていたせいか、どこから歓声が挙がる。
 イネスもルリの表情に少し萌えそうになるが、撮影を続けようとする。

「さ、さぁ、さっきのシーンの続きから行くわよ! グズグズしてると彼らが乱入してくるわ!」

「行く必要は無い!」

 が、それは乱入するゴート・ホーリによって阻まれてしまう。

「この馬鹿騒ぎの意味はなんだ? フレサンジュ。本艦は木星蜥蜴の攻撃でボロボロ、大気圏脱出もままならず、とてもパロディを出来る状況ではないと思う が?」

 全くの正論だが、心なしかナデシコの随所からブーイングが聞こえてくる。
 イネスはイネスで、ゴートの乱入が鬱陶しくて仕方が無いようだ。

「今はあなたの相手をしている暇は無いの! 邪魔しないでくださる」

「何を――」

 馬鹿げたことを、と言葉を続けようとしたゴートだが、突如部屋の電気が落ち、画面が暗転した。

「何事だ!」

「ほえっ、なになに何が起こったの!?」

「くっ! しまった!」

 混乱するゴートとユリカうさぎを尻目に、一人歯噛みするイネス。
 そんな彼らを他所に、唐突にそれは始まった!





『戦車、飛行機、そしてミサイルへと兵器の進化は留まることを知らない。
 しかし人を殺める兵器は、常に時代の最先端のテクノロジーを搭載し、人に恐怖を与えつつも同時に人を魅了していった』


 ソプラノボイスをバックに、画面ではどこぞのドキュメンタリー番組のように、旧世代の兵器や洗練された戦闘機を映したムービーが流れている。
 そして最後にプロモーション用のACの姿も映し出され、でんっと番組のタイトルが表示された。


『ナーヴスチャンネル』


「こ、これは一体……」

「くっ! そういう手で来るとはね!」

 呆然とするゴートを余所に、なにやらイネスは「テーマの選択を間違ったかしら」等と呟いている。

『今日は、今現在も地球と火星の両方において、最強の陸戦兵器といわれる最先端の機動兵器、アーマードコアについて紹介しよう!』

「このナレーション……もしかしてあのお嬢ちゃんか?」

 ウリバタケの疑問の声と同時に、画面の中はスタジオと思わしき場所を映し出し、そこにはスーツ姿のネルと、可愛らしくも丁寧に仕立てられた洋服を着こな すアイの姿があった。

「ナデシコのみなさんこんにちは、司会のネル・オールターです」

「解説役のアイです。よろしくお願いします♪」

「第一回目の放送となります、ナーヴスチャンネルの今回のテーマは、ズバリACです」

 スタジオバックにあるモニターに、ACのCGが映し出される。
 基本スペックや前後の姿を表示したり、その場で回転させたりと物凄く凝っている。
 ちなみにアキトは、撮影係と音響係かねているため、出演することは無かったりする。

「アーマードコア、通称ACは作業用ロボットのMTの技術に『コア思想』の規格を取り入れて作られた戦闘仕様のロボットの事だよ。
 コックピットを含む心臓部のコアを中心に、各部パーツを状況に応じて換装できるのが売りで、その汎用性の高さはここ百年で実証済みだね。
 対地・対空戦闘や野戦・制圧戦、他にも装備によっては情報収集なんかもこなせる正に最高の陸戦兵器だよ!
 まぁ、流石に空中での戦闘や海中での作戦行動はできないけどね」

「このナデシコに搭載されてるエステバリスとACとの違いってなんなんでしょうか?」

「まず大きさが全然違うね。
 エステバリスは全長6m、対してACはパーツによって違いが出るけど標準的な中量二脚型ACだと全長は10mにもなるの。ほとんど大人と子供の違いだ ね。
 動力源には、エステバリスだとエネルギー供給を外部に頼った重力波推進機関。ACはコア内部に核パルスジェネレーターを積んであるから、単純なマシンパ ワーはACに軍配が上がるね」

 ここでも比較として隣にエステバリスのCGを映し出している。
 どうでもいいが、どちらの色も桃色なのは単純に製作者の好みであろうか?

「それでは、エステバリスではACに勝てないんですか?」

「そんなことはないよ。今現在もACは最高の兵器だって言われてるけど、さっき言ったように空中戦や海での戦闘は苦手だからね。
 それにエステバリスは機体自体の装甲こそ薄いけど、ディストーションフィールドっていう一種のフィールドがあるからそう簡単には撃破されない。ACは素 の装甲が厚くて、オプションパーツを使うことで実弾防御・エネルギー防御を底上げすることができるけど、ディストーションフィールドほどは効果を実感でき ないから、防御面ではエステバリスの勝ちかな? それと重要なことがもう一つ」

「それは?」

「ACはこれ以上の発展性が望めないっていうのがあるの」

「それはどういうことなんでしょうか?」

「この百年でACの技術も随分進化して、ACの機体そのものを浮かせるフロートタイプの脚部や、あらゆる攻撃を遮断するエネルギーシールドなんかが発明さ れてきたけど、これらの新技術には共通する重要な問題点があるの。何か分かる?」

「いえ…………分かりません」

「それは互いのエネルギー消費が大きくて、ジェネレーターの性能・出力共に不足しているってことなの。
 実はジェネレーターだけは、百年前からあまり大きく変化していないんだよ」

「それはどうしてですか?」

「これは、コアシステムという画期的な汎用ロボットのための技術のせいでもあると言えるんだけど、汎用性・拡張性を考えると、開発できるパーツにはある程 度の『限界』ができてしまうの。そしてその限界の中で、例えば超強力なレーザー砲を作ったとしても、ACという規格に合致するものでなくちゃ取り付けるこ とができない。
 もし作ったとしても、そんなものを載せられるのは極一部だけだから、製作コストに対して儲けが少なくなってしまうでしょ?
 それにただでさえコア内部に納まり、且つ高出力の核融合動力だから、これ以上の出力アップは望めない。
 つまり、今の技術力ではこれ以上ACの進化はできないってことなんだよ」

 この後も、ACの用いる兵装や、駆動系等など機密に触れない程度に細かく丁寧に解説していくアイ。
 CGを交えた解説と、分かりやすい説明によって、着実にナデシコの視聴者をゲットしていくのだった。

「この水槽を例にとると一番上の水槽がビッグバン直後の宇宙。そしてまん中が現在の私達の宇宙……イネスさん何ですか?」

「ルリちゃん! もっとしっかりみっちりコンパクトに! でないと視聴者を向こうに全部持ってかれちゃうわよ!」

 一方なぜなにナデシコの方は、相転移の解説なんてやったら難しいことをやっているので、見ている人がどんどん減っていた。
 そうしてお互いがそのまま放送を続け――――

「兵器一つとっても、色々と複雑な事情や歴史があるんですね」

「さて、みんなはACについて少しは分かってくれたかな? とりあえず今回はこの辺で。それじゃ次回のナーヴスチャンネルをお楽しみに!」


「今日のなぜなにナデシコはここまで! それじゃぁみんな、バイバイ〜イ♪」

「バイバイ……」

 ほぼ同時に番組が終わった。
 そして気になるのは、視聴者の番組に対する反応である。

「……ルリちゃん、みんなの反応はどうなってるかしら?」

「集計結果でました。なぜなにナデシコ39%、ナーヴスチャンネル57%。話の内容の分かりやすさから、向こうのほうに分がありましたね」

「くっ! 今回は負けたけど、次はそうはいかないわよ!」










「それで、これからどうするっていうのよ」

「当初の予定通り、オリュンポスにあるネルガルの施設まで行きましょう。そこに行けば、ナデシコも本格的な修理ができるはずです」

 ムネタケの不機嫌そうな声に、プロスがそう答える。
 あれから、番組の放送とその後の騒動が一段落すると、ようやく今後の方針が話し合われた。
 最も、目的地こそ変わっていないが、今では研究所の『調査』に加えて、ナデシコの『修理』も含まれている。
 ブリッジの面々もそれには異論が無いようで、ナデシコはそのまま真っ直ぐオリュンポスの研究所へと向かっていった。

「それにしても、なんで蜥蜴とディソーダーって敵対してたんだ?」

「サツキミドリではそんなこと無かったよねぇ〜」

 方針が決まり、作戦行動に移ると基本的にパイロットはブリッジで戦闘待機ということになる。よって彼らはその時間の間、思うままにくっちゃべって暇を潰 すしかなかった。そこで話題に上ったのが、ディソーダーのことである。

「詳しいことは何も分かっておりません。現時点で判明していることといえば、どちらも似たような組織形態を持っているということしか……他にも彼らは、蜥 蜴と敵対するときもあれば、協力するときもあるということがあります」

「オイちょっと待て、てことはあの時下手したら両方がナデシコを襲ってきたかもしれないっつーことか!?」

 リョーコの追求に、そっと目を逸らすネル。どうやら図星だったらしい。

「と、とにかく、今は施設に急ぎましょう! いつまた蜥蜴たちが襲ってくるかもしれませんし!」

「大丈夫! その時はアキトが守ってくれますから!」

 誤魔化すようにネルが声を張り上げ、同時にユリカがのろけだした。
 先の感動の対面の後、ユリカは思う存分アキトに甘えまくったために、自然とアキトの名前や艦長であるユリカと幼馴染であることが露見してしまった。思わ ぬ情報漏れに慌てるアキトだが、時既に遅く、今ではナデシコの面々も、今ではレイヴンネームではなく本名の方を呼んでいる始末だ。
 この事には、アキトのマネージャーであるネルだけでなく、アイも頭を痛めていたのだった。ネルにとっては、レイヴンの個人情報の保護について、アイに とっては新しいライバルの出現ということについてだ。








 一方、そのアキトはといえば、アイと一緒に食堂でのんびりとお茶をしていた。

「美味しいですね、この紅茶」

「提督からの差し入れだよ、それ。頂いたポッドのなかに入っていたのさ」

 コック長のホウメイからそんなことを聞くと、アキトは若干顔を渋らせる。

「あら、あなたは提督のことがお嫌いなのかしら」

「ちょっとありましてね……」

 傍でオレンジジュースを飲んでいたイネスが、目ざとく尋ねてくるが、アキトは曖昧に返事をする。
 イネスはそんなアキトのそばに座ると、アキトの顔をまじまじと眺めて微笑んだ。

「フフッ、あなたの顔を見てると懐かしい気がするわ……」

「新手の告白かなにかですか?」

「そんなんじゃないわよ。っていうか私、あまり他人のことに興味が湧かないのよ……でもあなただけは他と違って随分と懐かしい感じがするわ」

 そう言って、アキトの顔を覗きこむイネス。傍から見ればキスをしようとしてるしか見えない。
 そしてアキトはと言えば、眼前に迫るイネスのドアップにこれ以上無く焦っていた。
 しかし、それを他の乙女が黙っているはずもなく――

「お兄ちゃん! それにおばちゃん、ちょっと近づき過ぎ!」

「お、おば……っ!?」

 三十路前の女性には致命的な一言がイネスの胸を貫いた。

「あのねお嬢ちゃん、人の会話に急に割り込むのはよくない事よ?」

「おばちゃんこそ、若いのがいいからってそんなに近づくと逆セクハラで訴えられちゃうよ」

 アイの更なる追い討ちに、流石に顔がひきつるイネス。
 そして、その様子をすぐ傍で見ているアキトは、顔を青くして事態を静かに見守っていた。
 流石にこんな状態で二人の間に割って入るのは、かなりの勇気がいるらしい。

 そのまま暫くの間、辺りに張り詰めた空気が漂っていたが、そんな中、ブリッジからの連絡がその空気を打ち破った。

『あの〜お取り込み中申し訳ないんですが〜〜』

「ど、どうしたんだユリカ!?」

 ナイスタイミング!とばかりに返事をするアキト。とにかく一刻も早くこの場から立ち去りたくて仕方が無いらしい。

『ちょっと大変なことが起こったの、イネスさんもアキトも至急ブリッジまで来て下さい!』

「分かった、すぐに行く!」

 アキトは返事を返すと同時にシュタッと立ち上がり、アイに行って来ると声をかけると、逃げるように食堂を後にした。
 その場に残っているのは、イネスとアイの二人だけ。

「ハァ……それじゃあ私も行きましょうか」

 やれやれといった具合にイネスも席を立ち、アイはさっさと行けとばかりに、ぷい、と顔を背けている。
 その様子にイネスは苦笑しながら、食堂を後にするが、思い出したように足を止めると、先程の遣り取りとは打って変わって、優しい声でアイに話しかけた。

「あ、そうそう、そのオレンジジュースあげるわ。一口も口付けてないから大丈夫よ。あなた、大好きでしょ?」

「いりません! ささと行ってください!!」

「ハイハイ」

 アイの怒声に、イネスは肩を竦めながらそそくさと食堂を後にした。

 しかしその場に一人残ったアイはと言えば、流石に喉が渇いたのか、少し迷いながらも結局オレンジジュースを手に取り、ストローを咥えて甘酸っぱい果汁を 喉に流し込んだのだった。
 そしてジュースを八割方飲み干すと、あれ、とアイの頭には僅かな疑問が沸きあがった。

「あのおばちゃん、なんで私がオレンジジュースが好きだって知ってるんだろ??」








 足早にブリッジへと急ぐイネスは、途中、壁に寄りかかっていたアキトの姿を見つけ、アキトと合流してブリッジへと向かった。イネスはわざわざ追いつくの を待ってくれていたアキトに苦笑していたが。

「先に行ってても良かったのに」

「いやぁ、流石に逃げるように食堂から出たのはマズイと思って……それに、二人とも同じ場所にいたのに、別々に入ってくるのってなんかおかしいじゃないで すか」

「なるほどね」

 狙ってやっているのか天然なのか、判断に迷うところだとイネスは思った。

 こうして彼を近くで見ると、この優しそうな青年が、幾戦もの戦場で活躍するレイヴンとは到底思えない。しかし、その立ち振る舞いは、いっぱしの兵士のよ うに洗練されてはいないが、傍にいて安心できるような雰囲気を醸しだしており、現にアキトは、いつでもイネスを守るような位置取りで通路を歩いている。
 それほどの力を身につけるのに、一体どれだけの戦場をを経験したのか聞きたかったイネスだが、それとは別に、イネスはアキトに尋ねてみたいことがあっ た。

「それにしても、アキト君よくこの艦に乗るつもりになったね。あなた確かユートピアコロニー出身でしょ」

「……どういう事ですか?」

「あら、君は知らずに乗っていたの? この艦の提督であるフクベ提督は――――」








 ――――ナデシコブリッジ

「反応は?」

「今、識別信号を確認しました。過去のデータに該当するものが一件あります。ジオ=マトリクス社製探査艦カクタスです」

「探査艦カクタスって……二十年以上も昔の船じゃないか!」

 ジュンの驚愕の声に、ブリッジの面々が正面モニターへと目を移す。
 ブリッジ正面のモニターには、寸胴な巨体を横たえる巨船の姿があった。

「確かカクタスは火星のテラフォーミングが確認される以前、火星探査の帰還中に、探査データを地球に転送後、行方不明になってましたよね?」

「それがどうしてこんな所に……」

 メグミの疑問に、ミナトが真っ当な質問をする。
 しかし、それに答えられる人間はここには存在しない。
 と、そこにブリッジの扉が開いて、アキトとイネスが到着する。

「遅いぞ! 今頃ノコノコと……」

「フクベ提督……」

 だが、アキトは詰め寄るゴートには目もくれず、フクベ提督の元へと歩み寄ると、真摯な瞳でフクベを射抜いた。

「なんだね?」

「以前から小耳に挟んでいたんですけど、フクベ提督が第一次火星会戦で指揮していたっていうのは本当ですか?」

「ああ」

「フクベ提督があの会戦でチューリップを落とした英雄だって誰だって知ってるわよ。おかしいわよ、アキト。」

 フクベはアキトからの視線をはずさず、まっすぐに答える。
 二人のただならぬ様子を見たユリカが思わず割って入るが、それも意味を為さなかった。

「ああ、知ってる。緒戦でチューリップを撃破した英雄。でもその時、チューリップの降下軌道が逸れて…そのために火星のコロニーが一つ消えた……」

 アキトの脳裏には、あの日の光景が鮮明に蘇っていた。

 真っ赤に燃え上がり、炎を纏いながら落ちてくるチューリップ。
 墜落の衝撃で、跡形も無く吹き飛ぶユートピアコロニー。
 苦難を強いられた長い地下シェルターでの生活。
 軍の助けも無いまま、多くの人の命がバッタの襲撃によって、その灯火を掻き消されてしまった。
 ストラングの助けが無ければ、アイも自分もここには立っていなかっただろう。

 アキトはあの時の己の不甲斐なさを思い返し、拳を固く握り締めて震えていた。

「……私が憎いかね」

 震えるアキトの様子を眺めていたフクベは、怒りで震えているのだと思い、そう口にする。

「当たり前だ! 今もあんたを殴り殺したくてうずうずしてる!!」

「ちょっと! レイヴン風情がナメた口聞くんじゃないわよ!」

「キノコ頭は黙ってろ!!」

「き、キノっ……!?」

 あまりの言葉に(他の面々はそう思っていないが)言葉を失うムネタケ。
 アキトはそんなムネタケを無視して更にフクベに詰め寄って行く。流石に無視できないと、ジュンとゴートが取り押さえようとするが、アキトはフクベの眼前 まで迫ると、拳を握り締めながらも振り上げることはせず、その場で腹から絞り出すような声で言葉を紡いだ。

「だけどな、俺にはもう守らなければならない子が……大切な存在があるんだ。だから、そんなあの子を 心配させるような事は絶対にしちゃいけないんだ」

 イネスからフクベ提督の所業を聞いた時は、烈火のごとく怒った。それこそ――――殺したいほどに。
 聞けば、あのムネタケも提督の下で指揮官として戦ったらしいが、先の避難民との遣り取りでの口ぶりから察するに、あまりいい指揮官ではなかったのかもし れない。そしてそんな人間を指揮していたのが目の前の男なのだ。つまりは、この男のせいでユートピアコロニーは滅んでしまったということだ。

 殴るだけでなく、この場で殺そうとも考えた。
 しかし目の前の男を殺せば、死んだ皆は帰ってくるのか? 否、だ。
 そして今自分には、家族として己を慕ってくれる女の子もいる。その子を一人放っておいてそんなことをしたら、またあの子は一人ぼっちになってしまう。そ んなことは絶対に許されない。
 数年ぶりに得た『家族』というものを、アキトが手放すことなどできるはずもなかった。

 ――だからアキトがフクベに言えるのは、こんなことぐらいしかなかった。

「逃げ出したアンタがなんでわざわざ火星に戻ってきたのかは知らない。だけどこれだけは言っておく!  自分から進んで死ぬような真似は絶対にするな! アンタは生きて生きて生き抜いて、惨めに生き続けて罪を償わなきゃいけないんだ!!」

「――――――覚えておこう」

 フクベの返事に、アキトは顔も見たくないと背を向けてその場を離れた。
 その場にいた他の面々は、思わぬアキトの行動に唖然としつつも、何事もなく終わったことにほっとしていたのだった。
 もっとも、規律に厳しいジュンやゴート、ムネタケらは憤慨して艦長のユリカに厳重な罰をするよう具申していたが、ユリカはその場で何かぶっとんだ妄想で もしているのか、その場で体をくねらすだけで終わってしまったのは言うまでも無い。








「それにしても、二十年以上も昔の船がなんで今更こんなものがここに?」

 とにかく話は目の前の巨船に移る。

「普通に遭難したんじゃないの?」

「カクタスが行方不明になったのは、第一次火星会戦が始まるずっと前のことだ。コロニーから離れているとはいえ、火星への移住の段階で気がつかないはずは 無い」
 ゴートの言葉に、ブリッジの一同は考え込むが、結論が出るはずも無い。
 カクタスが行方知れずになったのは、大深度戦争が終結し、徐々に人が地上に移住し始めたばかりのことである。
 当時の企業は、何の旨みも無い地上に早々に見切りをつけ、積極的に月や火星へと手を伸ばしていたこともあって、火星のテラフォーミング化を発見したカク タスの知名度は非常に高かった。それゆえ、何度も捜索隊が結成されてはいたが、結局破片一つ見つけることができず、行方不明として片付けられていた。

「それでは、ひなぎくを降下させてカクタス艦内の調査を行いましょう。生存者がいるかもしれませんし……」

「その必要はありません。それよりも火星極冠のオリュンポス山にあるネルガル研究所に向かいましょう。あそこなら相転移エンジンのスペアが手に入るかもし れません」

 目の前のオンボロ船より、まずはナデシコの修理。プロスがそう判断するのも至極当然のことだった。

「……どうします?提督」

「ネルガルの方針には従おう。エステバリス隊による先行偵察を出す。」








 ――――火星極冠付近・氷原地帯

 氷原を走るのはアキトの乗機であるラークスパーと、リョーコの乗る砲戦フレームだ。
 ナデシコを離れて行動するため、スタンドアローンが前提のACを用いるのは勿論だが、先程のアキトの行動を顧みると、レイヴン一人で行かせるのは信用で きないとムネタケが難癖をつけたため、リョーコが同伴を買って出たのだ。流石に偵察にゾロゾロと機動兵器を出すわけにも行かず、ナデシコの防衛のことも考 えると、ACエステバリスが一機ずつあれば、偵察には十分だろうということで許可された。
 ちなみに予備バッテリーを多く積むことができるということから、砲戦フレームが組まれているが、リョーコからは不評だった。

『しっかしオメエもよくやるよなぁ』

「なんのことだよ」

『提督のことだよ、いくらナデシコが民用戦艦だからって、提督にあそこまで啖呵切るなんて、そうそうできることじゃねえぞ』

 普通の戦艦だと、まず間違いなく厳罰ものだ。下手すれば銃殺刑もありえるかもしれない。

「別に俺は軍属じゃない、ただのレイヴンだ」

『だったら尚更だ。依頼主の意向は絶対遵守、お客さんのご機嫌を損ねちまったら、商売上がったりになるだろうが』

 これもリョーコの言うとおりで、依頼主に逆らうということは自分の首を絞めるのと同じことだ。
 そんなことをすれば、今後一切依頼が回ってこなくなることもあれば、依頼主からだけでなく、依頼を斡旋したナーヴスからも命を狙われる可能性だってあ る、極めて危険な行為である。
 アキトはあの時、そんなことは欠片も考えていなかったというのも否定できなかった。

「――――俺はただ、アイツがのうのうとしていることが気に入らなかっただけさ」

『へっ、そういうことにしてやるよ』

 対してリョーコの方は、そんな熱い心情を持つアキトに感心していたりもした。
 リョーコの中でアキトの評価は『スカしてるが腕の立つレイヴン』から、『強くて熱い情熱を持つ男』にランクアップされていた。
 もっともその更に上に、クラインの株価があるのは言うまでも無いが。

『しっかし、どうもこの砲戦フレームって気に入らねぇなぁ…ACは足が早くていいよなぁ〜〜』

「あの番組で言ってただろ? ACだって一長一短さ、地上はともかくそれ以外の場所だとほとんど活躍なんて――――ストップ!!

 突然足を止め、その場で周囲を警戒するアキト。

『な、なんだよ。どうしたんだ?』

「今一瞬、レーダーに反応があった。何かいる!」

『何かって……』

 リョーコもレーダーを確認するが、あいにく何の反応も無かった。
 気のせいじゃないかと言おうとした途端、アキトは何かを見つけたのか、ラークスパーの右手のライフルが火を吹き、地面にいくつもの穴を開ける!
 そしてそれと同時に地中から飛び出したのは、バッタとは違うシルエットをした木星蜥蜴の機体だった。
 その機体はアキトのライフル弾をかわすと、再び地上に潜り今度はリョーコの砲戦フレームへと狙いを定めた。

「くっ、そっちにいったぞ!!」

 アキトがそう言うものの、挙動の鈍い砲戦フレームでは素早く対処できるはずもなく、再び地中から躍り出た蜥蜴に組敷かれてしまう。

『これだから砲戦フレームって奴は……っておい!』

 眼前に映るのは、口のドリルを回転させながら迫って来る蜥蜴の顔。
 徐々に大きくなってくるドリルの回転音に、リョーコは恐怖を感じずにはいられなかった。

『い、いやだ、嘘だろ』

 ついにはドリルが砲戦フレームの装甲に食い込み、振動と共にじわじわと死の予感をリョーコ蝕み、思わず叫ぶリョーコ。

『バカ、止めろ!! ヤマダ、ヒカル、イズミ、クライン、……テンカ ワ!!!!

 その瞬間、横からエメラルドグリーンの光閃が蜥蜴を襲い、足を斬られると同時に、蜥蜴がリョーコの砲戦フレームからはがれた。
 ラークスパーのブレードによる斬撃だ。
 体勢を立て直そうとする蜥蜴だが、足をやられてしまったため思うように立つ事ができず、その隙をリョーコの放ったカノン砲の一撃が見事蜥蜴を貫き、仕留 めたのだった。

「大丈夫か!!」

『サ、サンキュー。助かったぜ……』

 安心して息をつくリョーコだが、先程思わず口走った台詞を思い出し、顔を真っ赤にする。
 オープン回線で会話していたため、間違いなくアキトにも聞かれたはずだ。そう考えると、リョーコは慌ててアキトに対し言い繕った。

『か、勘違いするなよ! 今のはその、あれだ…………援護してくれって意味なんだよ!!』

「え、俺は元からそのつもりで援護したんだけど」

 自爆ここに極めり。
 あまりのこっ恥ずかしさに、顔を赤くしながら顔を伏せるリョーコだが、幸いアキトは状況を理解していないようだ。

(アイツラがここにいなくて本っっ当によかった……!)

 脳裏では、酔っ払いのオヤジのような嫌らしい笑顔を浮かべる同僚の姿が浮かんでいた。

『そ、そんなことはともかく! とっとと偵察に行くぞ!!』

 リョーコは誤魔化すように大声を出すと、わけが分からないといった様子のアキトと共に偵察を続けるのだった。








「施設の周りにチューリップが五機……」

「こりゃ、鉄壁の守りですね」

 二人の持ち帰った情報には、施設をぐるりと囲むように配置された複数のチューリップがあることを示していた。
 流石にこれには、ブリッジクルーの面々も頭を悩まさずにはいられない。

「しかし、あそこを取り戻すのがいわば社員の義務でして。皆さんも社員待遇であることをお忘れなく」

 あまりに困難な事象を目前にしているにも関わらず、この期に及んで会社の利益を持ち出され、少しむっとするパイロット達。

「俺達にあそこを攻めろってか?」

「そう要求してはいけませんか?」

「別にやれって言われたらやるけど……」

「だけど、無謀以外の何物でもないな」

 ぽつりと呟いたアキトの言葉に、全員の注目が集まる。

「俺が参加した、第二次火星会戦……ヴィルフール空港奪還作戦でも、空港周辺には数機のチューリップがあったけど、それだってトップクラスのランカーを総 動員して、なんとか落すことができた。それも、多くの補給部隊やMT部隊の援護もあってようやくといった所だったんだ。チューリップ一機で手も足も出な かった俺達じゃあ、はっきりいってどうしようもないよ」

 何度か戦闘を経験したといっても、ナデシコの面々はフクベやムネタケを除いて、大きな会戦なぞ経験したことが無い。それに、いくつもの実戦を潜り抜けた アキトの言葉にそう言われてしまうと、プロスにも反論のしようがない。

 一旦修理のためにシティに戻ることもできるが、現在の不安定な情勢では、ドックに入ったところを他の勢力から襲われることもある。ナデシコはオーバーテ クノロジーの塊であるからそうなってもおかしくはない。どこからか増援戦力を呼び寄せる? 火星でのネルガルの戦力はナデシコ以外皆無と言ってもいいし、 調査の目的上他の企業の援助を受けることは容認できない。ならば新たにレイヴンを呼び寄せるという案も出たが、トップクラスのランカーを総動員することな ど不可能である上、可能であるとしてもどれだけの金額が必要なのか、プロスは考えただけでも恐ろしかった。

 様々な案が出されたが、修理も強行突破も不可能となり、万策尽きたかと思われたその時、ある人物が事態解決の提案をした。

「あれを使おう」

 その人物、フクベ提督が指さしたモノは、先ほど調査を後回しにした探査艦カクタスであった。








 ――――ナデシコ格納庫

「提督、考え直して頂けませんか! 私が行きます!!」

「カクタスを利用して、木星蜥蜴を引き寄せる作戦は確かに妙案だとは思いますが、何も提督自らが行かれなくとも……」

「なぁに、ただ調べに行くだけじゃ。それにあの船は君達では操縦できないだろう?」

 カクタスは二十年も昔の船なため、ナデシコ内で旧式の船を操作できる人物は限られている。年式から言って他に操縦できそうなのはムネタケ、ゴートくらい だろうが、ムネタケは指揮はともかく船の操縦などできるわけがないと言い捨て、ゴートは宇宙船の操縦経験こそあるもの、二十年も昔の船など乗ったことがな かった。
 他のナデシコの乗員は最新鋭のナデシコを操縦する訓練は受けていても、システムの違う旧式の船の操縦など出来ないだろう。それは操縦士のミナトやオペ レーターのルリも同様の事だ。

「提督、こちらは準備できましたよ」

「こっちもOKだぜ!」

 そしてクロッカスの調査では、フクベとイネスを護衛する目的でACとエステバリスを一機ずつ出すことになり、エステバリスのパイロットには再びリョーコ が指名させられた。

「うがーー! なんで俺様はまた待機なんだぁーーっ!!」

「だって、ヤマダくんってば、敵さん見つけたら護衛ほっぽり出して倒しに行きそうな勢いだもん」

 またまた出撃を控えさせられたヤマダが格納庫で暴れるが、ヒカルの言うとおりヤマダの性格では、まともに護衛任務などできないだろう。しかしいいかげん フラストレーションが溜まったのか、無理矢理にでも出撃しようとしたため、今では整備班によって縄で雁字搦めにさせられてしまっている。

「んんーー! んんむーーーー!!(こらーー! 離せーーーー!!)」

「まぁ、あたしらもここずっと待機状態だったから気持ちは分かるけどね」

 そうこうする内に出発の準備が完了し、アキト達はそれぞれの機体に乗り込み、フクベ、イネスの二人は二機の機動兵器に抱えられるようにして出発。無事、 二機共にナデシコから発進すると、整備員達はそれぞれの仕事へと戻っていく。そんな折、ウリバタケは目当ての人物画中々見つからずに右往左往していた。

「あれぇ、あの子一体どこいったんだ?」

「ほえ、ウリピーどうかしたの?」

「ん、いやな、アイって子が見つからねえんだ。さっきまでココの端末でACのプログラミングをしていたはずなんだがなぁ……」








 ――――カクタス艦内通路

 フクベ、イネス、リョーコ、そしてアキトの四人はクロッカスの艦内を調査していたが、四人とも艦内の様子に首を捻っていた。

「オイ、これ本当に二十年も昔の船なのかよ? とてもそんな風には見えねえんだが……」

「記録では確かにそうなっているわ。でもこの船内の様子を見る限りだと、精々半年って所ね……」

 艦内の通路は氷にびっしりと覆われてはいたが、ほとんど劣化の様子を感じさせてはいなかった。壁面は氷に埋まってはいるものの、塗装の剥げは見られない し、調べた部屋もほとんど荒れた様子も無かった。

「それじゃ何かね、この船は二十年という時間を過去から遡って来たとでもいうのか?」

「なんだそりゃ? タイムワープなんて、あのヤマダの奴が見てるゲキなんとかの世界だな」

 カッカッカと笑うリョーコだが、それとは逆にアキトは何かを考えている様子だ。

「確かこの船の傍には稼動していないチューリップがありましたよね? このカクタスはチューリップに吸い込まれてしまった、というのは考えられません か?」

「……なるほど、確かにチューリップは一種のゲートと考えられるから、そう考えるのが自然ね」

「ワープの次はタイムマシンかね。老人の頭では分からんわい」

「でもそうすると、科学的には面白い考察ができるよね!」

「そうね、チューリップから物質が現れる時その周囲で光子、重力子、π中間子といったボース粒子……つまりボソンの増大が検出されるんだけど――――」

 イネスがそこではた、と説明を止める。
 今の声はアナタ? …違う。それじゃあ提督――なわけないわね。それじゃあまさかアキト君? …これも違う。
 そこで全員が、一斉に声の挙がった方向へ首を向けると、そこにはお子様用の防護服を着たアイの姿があった。

「ってアイちゃん!! いつの間にここに!?」

「えへっ♪」

 小さなツインテールを左右にふらし、可愛く笑って誤魔化すアイ。
 しかし、ウリバタケら整備班はともかく、そんなことでアキトが誤魔化されるはずも無かった。

「駄目じゃないか! あれほど大人しくしてるように言ったのに!!」

「だあってぇ〜〜、お兄ちゃんまたこのおばちゃんと一緒にいるから、思わず乗り込んじゃった♪」

 イネスの顔が微妙に引きつるが、「子供の言うこと……子供の言うこと」と眉間に手をやりながら呟いて、精神の安定を図る。

「だ、だあってぇ〜〜…じゃないだろ! 全く……こんな所にまでついて来るなんて思ってもみなかった」

「まぁここまで来て追い返すのも危険だ、このまま連れて行ったほうが懸命だろう」

 フクベの言うとおり、調査の最中に艦内で偵察用バッタに襲撃されたこともあったので、子供一人だけを残すのは却って危険だろう。
 それに、そんなことをしても意外と行動派のアイのことだ。入り口で待っていろと言っても、彼女自身の好奇心を満たすために、嬉々として艦内を探索してし まう可能性が高い。そうするよりも、共に行動したほうがアイにとっても安全だろう。
 フクベはそうした考えで、連れて行くことを提案したが、アイにとってはよほど嬉しかった。

「わ〜い、ありがとうおじいちゃん♪」

「おじいちゃん、か……」

 アイの無邪気な言葉に、暖かさと後悔、そして申し訳なさといった、いくつもの感情をブレンドしたものが胸中を渦巻いた。
 孫娘のような年頃の少女におじいちゃんと言われたことによる感動。
 そんな少女の故郷を無くしてしまったという罪悪感。
 そしてこの少女と隣に立つ青年を残し、多くの命を見捨ててしまったことによる自責の念が、フクベを包んだ。

(惨めに生き続けて罪を償う……そういうことか)

 フクベは無邪気に抱きつくアイの手を握り返す。
 その手はとても小さく、繊維越しにもかかわらず仄かな暖かさを感じられた。
 そうだ、自分が軍人という職業を選んだのはこのためなのだ。

(この火星の地で骨を埋めようかとも思っておったが……この笑顔のためにももう少し生きてみるかな)








「ふむ、なんとかまだ動くようだな」

 始動キーを入れるとブリッジ全体に電源が入り、各管制システムが作動し始めた。
 フクベはオペレータシートに座ると、手早く操作し各部の自己診断をチェックする。軍属の船ではないというのにそのキーボード捌きはとても老人のものとは 思えない。
 しかし流石にたった一人でこれほど巨大な船を動かすのは無理なので、イネスとアイも協力して船のチェックを行っていく。アキトはもしもの時のために辺り を警戒している。

「これならなんとかなるかもしれないわね。とにかく、一度ナデシコに連絡を取って――――」

『レイヴン、緊急事態です!』

 船のチェックが一段落し、ナデシコに連絡を取ろうとした時、そのナデシコにいるオペレーターのネルから連絡が入った。
 慌てたようなその様子から、アキトはただ事ではないと感じた。

「どうしたんですか、ネルさん?」

『南東からACのものと思われる二つの熱源反応を確認しました。真っ直ぐナデシコに向かってくることから、企業の差し金と思われます。至急迎撃体制をとっ てください』

 その情報にアキトは眉を顰めた。
 今のナデシコの状態ではまともな迎撃行動などできないだろうし、ダメージの具合から考えてみても、高度をって上空に退避することもできない。それに仮に 高度をとったとしても、ここは敵地の真っ只中、途端に察知されて蜥蜴の艦隊に囲まれるのがオチだろう。それを考えると、襲撃者はナデシコが敵地で疲労する のを待っていたと考えられるかもしれない。
 とにかく敵ACに対しては、ラークスパーとエステバリス隊でなければ対処は不可能だ。

「でも、こんな所で戦闘なんて始めたらチューリップが動き出すんじゃ……」

「ならばそやつらは私が引き付けておこう」

 フクベの言葉にアキトの目が厳しくなる。
 一瞬フクベはここで死ぬ気なのでは、と考えるアキトだが、フクベの目に力強い光を見てその考えを払拭する。

「……信じていいんだな?」

「無論だ、こんな所で死ぬ気は無いよ」

 その言葉を信じ、アキト達はブリッジから退出し迎撃に向かう。
 アキト達を見送ると、フクベはカクタスを浮上させ、数少ない火器管制を立ち上げた。

「あの娘っ子のためにも、私はまだ死なんぞ……!!」








「アキト! すぐに戻ってくるからあんま無理するんじゃねーぞ!」

 エステバリス単独ではAC二機の対処は難しいため、リョーコはイネス達非戦闘員を乗せて、一旦ナデシコへと帰還した。
 アキトはエステバリスの離脱を確認すると、ラークスパーを敵反応の元へと向かわせる。
 現状アキトが行えることは時間稼ぎだ。流石にアキトも、二機のACを同時に相手をできるとは思っていない。今できることは、とにかく時間を稼いでエステ バリス隊の到着を待つことだけだ。

「ナデシコはそう離れていないから、そこまで時間はかからないはずだ……とにかく、ナデシコとカクタスを優先的に守らないと」

「お兄ちゃん、ラークスパーはオーバーホールが終わったばかりなんだからあまり無茶をしないようにね」

「ああ、分かってる――――って、アイちゃん!?」

 後ろを振り向くと、いつの間に乗り込んでいたのか、アイがシートにしがみつく様にそこにいた。

「どうしてこんな所に! 向こうのエステバリスに乗ったんじゃないのか!?」

「お兄ちゃんが心配だったんだもん! それにラークスパーのプログラムだってまだ完全に終わったわけじゃないんだよ!?」

「と、とにかくここは危険だ! 一旦ナデシコに戻って――」

『その時間は無いようです、レイヴン』

 レーダーを見れば、既に敵ACは目視できるほどの距離まで迫っていた。
 この距離ではアイを送り返して戻る間に、敵がナデシコに取り付いてしまうだろう。アキトは意を決する

「やるしかないってことか……アイちゃん、そこじゃ危険だ。前に回ってしっかりと体を縛るんだ」

「分かったよ、お兄ちゃん」

『敵ACを確認しました。一機はランカーAC、ツェーンゲボーテ、もう一機はデータが無い所属不明機です。十分注意してください』

「ツェーンゲボーテ……ってことは相手はストラングか!?」

 驚愕と共に焦りを覚えるアキト。まさか相手がトップクラスのランカーレイヴンだとは思いもよらず、作戦の困難さを予感する。
 敵AC――ツェーンゲボーテと正体不明機はラークスパーの立つ位置から少し離れたところに停止した。

 ツェーンゲボーテは重量二脚型ACで、高火力の大型バズーカに垂直発射型ミサイル、チェーンガンとかなりの火力を持つ重武装のACだ。試験の時はあまり 感じなかったが、いざこうして対峙してみると凄まじい威圧感だ。対してもう一機のACだが、こちらも負けず劣らずかなりの火力を持っている。真紅のカラー リングに包まれるボディは、ジオ=マトリクス製の中量級や軽量パーツで構成されており、手には小型マシンガンにブレードというシンプルな武器だが、両背中 に四連装のミサイルポッドを二つとエクステンションに連動型ミサイルポッドを装備するという極めて高い火力を有している。

(赤いカラーリングのAC……まさか例の懸賞首のヤツか?)

 赤いACの構成パーツや装備は、それぞれが高性能かつ高価なものばかりなので、新人レイヴンとは考えにくい。それにアキトは、赤いACからもストラング と同等、下手すればそれ以上のプレッシャーを感じていた。

『久しぶりだな』

「こうして会うのはレイヴン試験以来……ですね」

 突如送られてきたストラングからの通信を受け、アキトは背中に汗が流れるのを感じていた。音声のみだが、ストラングの口調からは強者の余裕が伺える。
 いくらアキト自身が有望なレイヴンといっても、トップクラスのランカーとの実力の差は比較できない。

『この短期間でよくここまで強くなったものだ』

「それはどうも」

『だが……このまま君を野放しにすると少々面倒なことになる』

「なに?」

 どういうことだ? 彼らはナデシコの破壊が目的ではないのか?
 このタイミングで仕掛けたからには、当然ナデシコが狙いだと考えていたアキトは、ストラングの物言いに疑問を覚えた。

「あの船の破壊も目的の一つだが、残念ながら一番の目的は――――――君だ

「!!」

 ストラングの言葉に隠しきれない殺気を感じ、アキトは咄嗟に機体を横に滑らせた。
 次の瞬間、元いた空間をいくつもの銃弾が通り過ぎる。見ると、傍にいた赤いACがいつの間にかマシンガンの銃口をこちらにむけていた。

『汝も律儀なことだ、余計な言葉など交わさず早急に始末をつければいいものを……』

「くっ! 貴様一体何者だ!」

『これから死ぬ者に語る名など無い』

 そういい捨てると、問答無用で攻撃を仕掛けてくる赤いAC。
 ブースターを吹かしてラークスパーを中心に円運動を行い、こちらの逃げ道を塞ぐ様にしてマシンガンを撃ち込んでくる。

『そういうことだ。君にはここで死んでもらう』

 同じようにして、ストラングは赤いACとは反対方向に回り込むと、右手に抱えるバズーカを向けてくる。
 マシンガンはともかく、バズーカの弾頭を受けるとラークスパーはただでは済まない。アキトは同乗するアイに気を配りつつ、肩に取り付けてあるバックブー スターを吹かして、その場からジグザグに後退する。

『逃がさぬ』

 背後からゾッとするほど低い声が聞こえてきて、後ろを振り向くと、いつの間にか赤いACが間合いを詰めており、左手にレーザーブレードを展開していた。
 狙いは――――コア背部のコックピット。

「っっつおおっ!!?」

 IFS端子を壊れんばかりに握り締め、半狂乱気味に機体を操作してボディを反らし、紙一重でブレードによる攻撃を回避。すぐさまバックブーストで距離を 離すが、アキトは驚嘆を隠し切れなかった。

(あの短時間で後ろに回り込んだ!? それにコックピットを躊躇無く攻撃しに来るなんて……!!)

『余所見をしている余裕があるのか?』

 声を聞いて反射的に左へステップ。
 しかし、凶悪なまでの速度で吐き出されるチェーンガンの弾丸を全て避けきることができず、右肩をやられてしまう。

「くそっ!」

 ツェーゲボーテと赤いACは、ラークスパーを中心にして衛星のように動き回り、常にアキトの視界外から攻撃を行っている。
 一対一ならともかく、二機のACを相手に所謂サテライト機動を行われては、アキトも成す術も無かった。

(一度距離を取らないと……!!)

 そう考えたアキトは、コントロールパネルを操作し、オーバードブーストを起動させる。
 直後、背部ブースターが立ち上がり、エネルギーの充填音が辺りに響き、次の瞬間爆発したようにラークスパーは加速し、その場から離脱する。

『逃がさぬと言っておるだろう』

 しかし即座に赤いACから、四連装ミサイルと連動して四つのミサイル――合計8つのミサイルが発射され、獲物に群がる蛇の如く横一直線に広がりながら 迫ってくる。
 度重なる回避運動でエネルギーゲインが少なく、オーバードブーストでも大きく距離を離す事ができずにいたため、アキトは振り返ってコアの迎撃機銃と手持 ちのライフルでミサイルに対処するより他無かった。
 迎撃機銃とライフルで4発までは落すことができ、一発は回避することができたが、残りの三発をまともに受けてしまう。

「うおおおぉぉぉっ!!」

「コア機銃と右腕部損傷! これ以上のダメージはマズイよお兄ちゃん!」


 コックピットは盛大に揺れながらも、アイは涙目になっているが怯えた様子を見せず、気丈にも被害状況を確認し報告する。
 アキトはアイに負担を強いていることを苦々しく思いながらも、冷静に機体を動かし、追撃してきた二機のACのバズーカとマシンガンの攻撃を回避する。し かしこのままでは撃破されるのも時間の問題だ。しかしその時、待ち望んでいた援軍がようやく到着した。

『待たせたなアキト! 直に援護するぜ!!』

 通信機から聞こえてきたのはリョーコの声。
 レーダーを確認すると、リョーコら三人娘の陸戦フレームとヤマダ機の空戦フレームが真っ直ぐこちらに向かっていた。
 その増援を有り難く思いながらも、アキトは四人に注意を呼び掛ける。

「気をつけろ! こいつ等只者じゃない!!」

『ハーーッハッハッハ! 心配無用! このダイゴウジ・ガイ様が華麗に決めてやるぜぇっ!!』

『アキト! 赤い奴はあたしらがやる! オメエは黒い奴をやれ!』

 ヤマダの叫びに少々心許ないものを覚えたアキトだが、リョーコの言うとおり赤いACを四人に任せるために、二機のACにミサイルを発射する。難なくミサ イルはかわされるが、これは二機を分断するためなので問題は無い。

『彼奴らは我が引き受けよう……汝は早々に片をつけよ』

『分かっているさ』

 向こうも新たな手勢に気付いたのか、赤いACはリョーコ達の方へと向かっていった。
 そしてアキトとストラングはお互い向き直り、改めて対峙した。

『一対一ならなんとかなると思っているようだが……君では私に勝てない』

「やってみなくちゃ分からないさ!!」

 アキトはそう吼えると、右手のライフルを素早く構えて、弾をばら撒くように撃ちまくった。
 その間に、左右にフェイントをかけながらツエーンゲボーテに向かっていき、間合いをつめるとブレードを振りかぶる。
 しかし、ストラングは重量級ACに似合わない軽やかなステップでそれを回避した。

『君は確かに優秀なレイヴンだ。経験を積めばトップランカーとして活躍するのも夢では無いだろう』

「だからどうした!」

 即座にその場から飛び上がり、ツエーンゲボーテから発射されたバズーカの弾頭を回避すると、空中で姿勢を建て直し、再び近接攻撃を仕掛けるべく上空から ライフルを交えたトップアタックを仕掛ける。
 二次元機動から突然変化した三次元機動での攻撃。上空からの奇襲に、アキトはストラングに一泡吹かせられると考えていたが――――

『だが、悲しいかな今の君には力が無い』

 ツエーンゲボーテは一歩踏み込むことでラークスパーとの立ち位置を変え、振りかぶったブレードは空しく空を切った。
 ライフルこそ命中したものの、本命の一撃が外れたことによってラークスパーには致命的な隙が出来てしまう。
 アキトは咄嗟に振り向いて、ツエーンゲボーテを捉えようとするが、既にそこに黒いACの姿は無かった。

『咄嗟の判断力が無い』

 左後方から盛大な衝撃。
 その度合いからバズーカによる攻撃と判断する。損傷を確認すると左腕部は全壊、ブレードの仕様は不可能。
 即座にバックブースターを吹かし、その勢いを使って右回り回転。ストラングのいる位置を予測してライフルを撃つが、弾は何もいない空間をすり抜けていっ た。

『予測射撃も甘い』

 今度は右後方から衝撃! 先程とは違いそれは小さめだが、ACの駆動部には致命的なダメージだったらしく、アラートウインドウが表示される。今度はその 場で反転せず、大きくその場から後退して距離を取る。
 視界にツエーンゲボーテの姿を捉えて、ライフルを撃つが、厚い装甲に阻まれて決定的なダメージを与えられない。
 すると、今度はツエーンゲボーテから垂直発射のミサイルと連動ミサイルが発射され、上空と正面から一斉に襲い掛かってくるが、咄嗟に対処が思い浮かば ず、僅かに足が止まる。

『加えて相手の行動パターンにすぐに適応できない』

 ストラングの言葉に勝手に反応したのかは分からないが、気付けばアキトはラークスパーを正面に押し出していた。
 正面からのミサイル全てをかわす事はできず二発ほど受けてしまうが、一番装甲の厚いコア正面で受け止めたため、深刻なダメージは無し。加えて垂直ミサイ ルも、結果的に前に進んだことで全てを振り切ることができた。

 正面にはツエーンゲボーテの姿。前もってミサイルポッドを立ち上げておいたのでロックオンは短時間で済んだ。
 ストラングは何を思ったかその場で左腕を振りかぶっていたが、この距離でブレードが当たるはずも無い。アキトはロックオンマーカーの数が6つを数えた所 で、発射トリガーを引こうとしたが――――

『だから同じ攻撃を二度も受けてしまう』

 突如目の前に、眩いばかりの閃光が起こり衝撃と共にロックオンマーカーを外してしまう。
 一瞬何が起こったのか理解できなかったアキトだが、ツエーンゲボーテの左腕に装着してある兵装を見て納得した。
 ZLS-400/SL――破壊力の大きいエネルギー光波を発射して攻撃する中距離対応型ブレードだ。おそらく、ストラングの言葉から察するに、その前の 右後方からの攻撃もあれで行ったのだろう。

 その時、アキトはアイからの被害報告が無いことに気付き、慌ててアイを見遣ると、彼女は額から血を流して酷くぐったりとしていた。
 その様子を見て真っ青になるアキトだが、どうやら額は軽く切っただけのようで、伸びているのはおそらく度重なる急激な機動によるせいだろう。流石に10 歳の少女が機動兵器に乗るのは無理があったようだ。ともかくアイが気絶しているため、アキトは急いで被害を確認するが、確認を終えると同時に愕然とした。
 被害は右腕部の破損とコア下部のコネクター断絶。右腕部はともかく、コア下部つまりは脚部とのコネクター断絶が意味することは――――行動不能だ。

「そんな……馬鹿な」

 ブレードが全くつかえないことと、ライフルの照準が危ういことを除けば、まだラークスパーは戦闘の続行が可能だった。それなのに、ストラングはピンポイ ントでコネクターを破壊し、ラークスパーを行動不能に陥れた。

(これが……トップクラスランカーの実力と言うのかっ……!)

 そして腑に落ちないことがある。いくらトップクラスのランカーレイヴンとはいえ、あまりにも事の運びがスムーズすぎる。それに戦闘の最中に彼の言ってい たことは、まるで自分の戦い方を前もって知っていたかのような口ぶりだ。

「どうして――」

『どうして自分の戦い方がしられているのか……か?』

 ストラングは油断無くバズーカを構えながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

『私が今まで受けた任務の成功率は100%……一度たりとも失敗を許したことは無い』

 淡々と話すその様子から、アキトは薄ら寒さを覚えた。瀕死の敵を目の前にして、彼からは何の感情も感じ取れない。

『しかしそれは、ただ単に実力だけで任務を遂行してきたからではない。戦う相手を入念に調べ上げ、行動パターンを熟知し、これ以上無いコンディションで望 み、勝利してきた。その積み重ねの先に今の私があるのだ』

「つまりは俺のことも織り込み済みだったってわけか……!」

『その通りだ。あの第二次火星会戦での敵巨大兵器との戦闘……あの時点で君の大まかなパターンは把握していた』

「そんな前から……!?」

『あの時の君の働きは見事だったが、ローズハンターや多くのレイヴンが前もって敵の行動パターンを曝け出したくれたというのに、あそこまで損害を受けると は思っても見なかったぞ』

「っ……!!」

 思い当たることはあった。
 ヴァッハフントやローズハンター、そして犠牲となった多くのレイヴン達によって、あの巨大兵器の攻撃オプションを全て把握できたはずなのに、頭に血が 昇って突っ込んでいったせいで、無様に敵の攻撃を受け、危うくやられる寸前まで追い込まれたことがあったのだ。あの時エネやシーカーの援護が無ければ、ア キトはこの場に存在していなかっただろう。

『あの時点で君の力そのものは問題無いと考えていたが、以降の君の活躍は目を見張るものがあった』

 アリーナでの活躍を言っているのだろうか? それともまさか、あの水上施設での事か? 
 アキトはストラングに問い質そうとするが、バズーカの銃口を眼前に突き出されて、言葉に詰まってしまう。

『お喋りが過ぎたな……どうやら向こうもそろそろ決着がつきそうだ』

 サブモニターを見ると、リョーコ達の奮戦する姿を確認できたが、ほとんどがボロボロの状態で、今にも落ちそうなほど消耗している。

『くそっ何なんだこの野郎! 攻撃がちっとも当たりゃしねえっ!!』

『逆にこっちは当たりまくり……ってきゃあ!!』

『……三途の川の向こう側が見えてきたかもね』

『馬鹿いうんじゃねえっ! 熱血の魂さえあれば、こんな奴すぐにでも……ってのわあっ!?』

 赤いACは4機のエステバリスから攻撃を受けてるにも関わらず、まるで踊るようにACを動かし、ライフルやミサイルによる攻撃を尽く回避していってい る。そして隙を見つけてはマシンガンやブレード、ミサイルを駆使して逆にエステバリスを翻弄しているほどだ。
 援護に向かいたい気持ちに駆られるが、ラークスパーは一歩も動くことができない。
 そして眼前にいるストラングの言葉はより一層低いものとなって、容赦なくアキトに降り注ぐ。

『当初は君も私達の元へと招き入れるつもりだったが――――君の力は危険だ。その力が開花する前に君には消えてもらう』

 その言葉を聞いた瞬間、最後の抵抗とばかりに、まだ動く右腕のライフルを持ち上げるが、即座にバズーカによって腕がもぎ取られ正に達磨の状態となるラー クスパー。そしてそんな姿のラークスパーに突き付けられる巨大なバズーカの銃口。

『さらばだ』

 ここで終わるのか?
 まだ何も終わっていないのに?
 両親のことも、ネルガルのこともまだ何も聞いていない。
 そしてここで死ぬということは――――――共にいるアイちゃんも死ぬということか?





 ――死なせない。

 ――――死なせない! 絶対に!!

 ――――――またこの子を泣かせたりするものか!!!!

「うおおおおおっっっ!!」

 ラークスパーは動くことができない。しかしアキトは無心にIFS端末を握り締め、必死に己が相棒を動かそうとしていた。
 そしてそれと同時に、アキトの胸にかけてあった青いクリスタルが虹色の光を放ち、コックピットを照らしていたが、アキトはそんなことに気付いていなかっ た。

『これは……?』

 しかしストラングは、突如光を放ち始めていたラークスパーを怪訝そうに眺めていた。今までに見たことも無い現象に目を奪われていたストラングだが、自分 の為すべきことを思い出し、戸惑い無くトリガーを引こうとしたその時――――

 ドゴオオーーーーーンッッ!!

 突如辺りを爆炎が襲い、ストラングはたたらを踏んでしまう。
 その間にも、周囲には断続的に爆発が起こり、辺りはすっかり砂塵に包まれてしまった。

『今のうちだ! 早くナデシコに避難しろ!』

『可能な限り援護します! 早く!!』

 ラークスパーとエステバリス隊の通信機に入ったのはカクタスにいるフクベ提督とナデシコのユリカの声だ。この砂塵はカクタスからの砲撃とナデシコのミサ イルによるものだった。動いている目標を当てるならともかく動いてさえいなければ、ラークスパーが近くにいるので命中させることはできないが、目標付近で 着弾させることは容易かった。
 しかしオープン回線だったために、ストラングもその通信を聞いていたが、彼は慌てることは無かった。

(いくら辺りを砂塵で覆おうともこの距離では外しようが無い)

 ストラングは落ち着いてラークスパーのいる方向を振り向くと、改めてトリガーを引こうとしたが。

 ギャオオーーーーンッ!

『くっ!?』

 今度は先程の実弾による爆発とは違い、膨大なエネルギーの着弾によるプラズマフィールドが至近距離で起こり、ツエーンゲボーテの電子機器を一瞬ではある が盛大に狂わせた。

 そしてその一瞬の間に契機は訪れる。

『うぅおりゃーーーーーっっ!!』

 上空からヤマダの空戦フレームがラークスパーを掴み、味方の接近を感知したアキトがすぐさまコアの接続部分をパージ。頭部とコアのみになったラークス パーをかっさらうようにして運び、他のエステバリス隊の援護を受けて持ち去っていった。

『……逃がしたか』








 ――――ナデシコブリッジ

「ミサイル全弾撃ちつくしました」

「ユリカ、エステバリス隊とACの収容を確認したよ!」

「敵艦隊、左舷より接近!」

「提督! 急いで戻ってください!」

『流石にそれは無理だろう。こうなっては私はここに残るほかあるまい』

 ナデシコブリッジでは突如現れた木星蜥蜴の対応におおわらわだった。
 ただでさえ、不利な状況に合った機動兵器部隊の状況から、一転してナデシコのピンチ。ブリッジの誰もが対処に苦慮しながらも、生き残るために誰もが必死 に動いていた。

『ナデシコ、前方のチューリップに飛び込むんだ! このままではACと木星蜥蜴の攻撃を受けるぞ! 私は可能な限り援護する!』

「でもチューリップに入ったらカクタスのように……」

「そうとは限らないわよ? ナデシコにはカクタスにないものを備えているわ」

「え?」

 ジュンの疑念を否定したのはフクベに同行していたイネスだった。

「ディストーションフィールド……相転移エンジンと同じオーバーテクノロジーならあるいは……」

「ミナトさん! 大急ぎでチューリップへの進入路を計算してください!」

 イネスの呟きを耳にしたユリカは決断したように告げるが、その命令に異議を唱えたのはプロスだった。

「艦長! このまま研究施設を目前に何の抗戦もせず、みすみすナデシコを破壊しようというのですか!?」

「私が艦長として為さねばならないことは、一人でもクルーの安全を図ることです! それに提督の意思を無駄にはできません!!」

「あなたはネルガルとの契約に違反しようとなされています! 我々の指名はネルガルの研究施設を取り戻すことなのですぞ!!」

 この期に及んで、施設にこだわるプロスに、ユリカは厳しい一言を投げかける。

「あなたはご自分が選んだ提督を信用出来ないのですか!!!」

「そ、それは……」

 そうこうする内に事態は加速度的に進行する。
 後ろから木星蜥蜴の艦隊が近づいてくるなか、ナデシコはカクタスの指示通りチューリップに向かっていき、カクタスはその後ろをナデシコの盾になるように ついて来ていた。
 そして、とうとうナデシコがチューリップに進入した。

「チューリップに進入します」

「いいのかなぁ〜本当に入っちゃって……」

「速度そのまま、エネルギー出力はフィールドの安定を最優先にして」

「了解」

 ルリの報告にミナトが不安げに言い、ユリカの表情もどことなく陰りが差している。しかしユリカは、艦長が不安そうな表情をしていては士気に関わると思 い、凛とした姿勢でチューリップの虚空の入り口を見つめていた。

「カクタス、チューリップの手前で反転」

「敵と戦うつもりか!?」

   ルリの報告にゴートが驚愕の声を挙げる。
 同時にナデシコとチューリップを包囲するように展開していた木星蜥蜴が一斉に攻撃を開始し、カクタスは数少ない対空火器を起動させるが、数に押され、カ クタスは徐々に砲撃に包まれていった。
 その時、格納庫から戻ってきたアキトがブリッジに姿を現した。

「アキト!!」

「ユリカ、提督はどうした!?」

「提督は……カクタスに残って私たちを逃がそうと……」

 アキトは最後まで聞かず、ブリッジ正面にあるウインドウの前まで来ると、怒りに満ちた表情で叫んだ。

「アンタは一体何をやってるんだっ!!!」

 その声にブリッジのメンバーが思わず首を竦めるが、アキトは気にもしないように言葉を続けた。

「言ったはずだ! アンタは惨めに生き続けて罪を償わなくちゃいけないって! それなのになんでそんな馬鹿な真似をする!!」

「提督! ナデシコには、いえ未熟な私には提督が必要なのです! 私達にはこれからどう道を進んでゆけばいいかわからないのです! そのためにも提督は生 きていてほしいんです!!」

 アキトの言葉に続いて、ユリカも必死に説得する。
 己の無力をまざまざと見せ付けられ、艦も傷つき、目標も見失いかけた彼女達にはそれを支える存在が必要だったのだ。

『私には君に教えることはなにもない。私はただ自分の大切なものの為にこうするのだから』

「なんだよ、それは!!!」

 はぐらかされたと感じたアキトが怒りの声を露にするが、それに対し、フクベはにやりと笑って言葉を続けた。

『本当に大切なことは無闇に人に教えないものだよ。それに私は死ぬつもりは無い!』

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

 フクベの突然の言葉に目を丸くするブリッジクルーの面々。
 それを見たフクベはしてやったりといった表情で口の片端を吊り上げた。

『先程も言ったように、私がこうするのは自分の大切なものの為だ! 私は私のわがままを貫くためにこうしているに過ぎん!!』

「提督……」

 感極まったようにユリカは涙ぐみ、他のブリッジクルーも思い思いの気持ちでフクベの台詞を聞いていた。
 唯一人、アキトは厳しい目つきでフクベを睨んでいたが、フクベの目の奥にある光を認めると、やがてポツリと呟いた。

「提督……無事に生き残ってくださいよ」

『無論だ、君も妹を大切にするんだぞ』

 そしてそのフクベの言葉を最後に、ウインドウは通信不良に阻まれて砂嵐を映すだけとなった。
 暫しブリッジに沈痛な空気が流れるが、ユリカは瞼に残った涙を拭うと、大きな息を掃き出して一言だけ指示した。

「これから何が起こるかわかりません。皆さん、対ショック準備をして有事に備えてください」








 ――――ナデシコ医務室

「う、ここは……?」

「よかった、気付いたんだねアイちゃん」

「お兄ちゃん?」

 ストラングとの戦闘で今まで意識を失っていたアイは、目覚めてばかりで状況が理解できていなかった。

「ここはナデシコの医務室だよ、アイちゃんはいままでずっと気を失っていたんだ」

「あの後、何がどうなったの……?」

 アキトは沈痛な面持ちで事情を説明した。
 ナデシコとカクタスの援護で機動兵器のパイロット達は全員無事なこと。そのすぐ後に、木星蜥蜴の艦隊に囲まれたこと。そしてそれから逃れるために、フク ベ提督の犠牲でナデシコは逃げることができたことを……。
 それを聞いた時、アイは悲しみで今にも涙がこぼれそうだった。

「そんな……フクベのおじいちゃんにはもう会えないの?」

「そんなことはないさ! 提督は俺達と別れる間際こう言っていた。『私は死ぬつもりはないっ!』ってね」

「で、でも艦隊の集中攻撃を受けたんでしょ? だったら船はバラバラになって、おじいちゃんはもう……」

 こらえきれずに泣きじゃくるアイ。しかしアキトはそんなアイを優しく抱きしめると、諭すように言葉を紡いだ。

「信じよう、アイちゃん」

「ひぐっ…………信じる?」

「そう、俺たちだって何度も危険な目に会ってきた。だけど絶対にあきらめなかったから、今の俺達がここにあるんだ。提督だってそうさ、あの人だって自分は 絶対に生き残るんだってあれほど自信満々に言ってたんだ。……だからきっと無事だよ」

「うん……うん!……」

 肯定の意を示すようにしてアキトを抱き返すアイ。
 アキトは泣きながらもしっかりと答えるアイを見て新たに決意する。
 ――強くなろう。
 ストラングの言うとおり、自分は今だ未熟な鴉だ。だけども同時に言っていた。俺はまだまだ強くなれる。
 この子を守るためにも、この子に心配をかけさせないためにも、俺は精神と体を鍛えよう。
 そして、また必ず火星に戻るんだ。
 今度こそ、何も失わないためにも――――!





 そんな彼らを尻目に、イネスは自分自身の体をギュッと抱きしめていた。まるで、己の存在を確かめるかのように……





TO BE CONTINUED







あとがき

 子供の笑顔は何者にも勝ります(挨拶)こんにちはハマシオンです。
 さて、今回ストラング教官にボッロボロに負けたアキト君ですが、主人公は負けてこそ強くなるものだと思っています。
 ちと立ち直りが早い気もしますが、彼はこれから強くなっていくことでしょう。

 まぁ不特定多数の女性には永遠に勝てないでしょうが(ぉ

 あ、ちなみにカクタスっていうのは完全なオリジナルです。クロッカスがいないんで、代役の船をAC世界から引っ張ってきたんですけど、そんな名前の船は ないのであしからず。まぁきちんと意味はあるんですがねw


0:15 青き衣を纏った少女……ってナウシカか!? さりげないネタが笑えました
 なんか蟲の大群って聞くと王蟲を思い浮かべちゃったんで、入れちゃいましたw

0:26 ナインボール・セラフとかも、火星にありましたよね・・・ ニヤリw
 あ、あれ? セラフって火星だったっけ…!?

18:59 面白いです!続きも頑張ってください!(アイちゃんの精神年齢何歳なんだろう?(笑)
 甘える時は年相応、浮気が発覚した時には+10年ほど精神年齢がUPします(ぉ

19:08 ゲームだとフライトナーズよりトップランカーの連中の方が遥かに強いんだけどね(笑)
19:13 特にアリーナ上位2名にはミサイル必須ですし。(銃と剣だけだと無理でした。中量の場合)
 流石にゲーム通りの強さを忠実にするわけにはいきませんからね^^;
 それこそフライトナーズのみなさんは本当に装甲が紙でしたからねぇ(しみじみ)

6:17 イネスさん合流ってことは、最終回でアイちゃんは過去の火星に?
8:33 アキトはこのままナデシコと一緒に行動するんですか? エネとシーカー達と一緒に?
 お話しの通り、アキト達は暫しナデシコ組と行動します。
 今後の展開としては、前みたいに火星組み、地球組みに分かれてのお話しですかな。
 アイちゃんとイネスさんの今後については黙秘権を行使します!

 それでは次回をお楽しみに!




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