光が一切入らない漆黒の部屋。
その部屋は無数のコードとモニター機器が覆い尽くし、それなりに広い部屋ながらも妙な圧迫感を感じさせている。
また部屋を照らすのは、それらモニターや機器からもれる光だけで、より一層暗雲とした空気を助長させていた。
そしてその部屋に男性と思われる影が二つ――――
「報告は受けたよ、ストラング」
片方はモニターの前に設置してある椅子に座りながら、直立不動で立っているもう一人の男――ストラングに語りかけた。
「目的のレイヴン、ネルガルの戦艦共に取り逃がすとは、君らしくない失態だな」
「…………」
内容自体は叱責すべきものなのだが、男の淡々と紡がれる言葉には非難めいた感情が些かも感じることはできない。
ストラングは神妙な表情でそれを聞きながらも、視線をもう一人の男に一時も離すことなく向けていた。
「まあいい、彼らの優先順位はそう高くない。それにチューリップに飛び込んだことも考えると生還する可能性はそう高くないだろう」
作戦は紛れもなく失敗したというのに、目の前の男はあまりにもそれを軽視しすぎている。
仮にも任務遂行率100%を誇っていたストラングは、自身が失敗したというのに、それらの対処が余りにもおざなりである彼の言動にやや納得のいかないも のを感じ、珍しく反抗めいた言葉を口にした。
「あの戦艦には僅かな時間とはいえ君も乗っていたのだろう。それにしては随分と薄情なものだな、クライン」
目の前の男――レオス・クラインは、やや非難めいたストラングの言葉に対して苦笑を返すだけだった。
「確かに、あの戦艦に乗っていた時間は大変有意義なものだったさ。しかし、だからといって我々の計画に立ちふさがるかもしれない者達を放置するわけにはい かない」
その割には余りにもあの戦艦に対しておざなりな対処じゃないのか?
ストラングは内心そう思ったが、それは口には出さず、代わりに一つの疑問を提起した。
「そんなものか……ああ、そうだ一つだけ聞いていいか? クライン」
「なんだね?」
「私があのレイヴン――ミルキーウェイを落そうとした直前、強力なレーザーによる攻撃によって邪魔されたことは聞いただろう」
「ああ、それがどうかしたかね?」
一旦言葉を区切り、クラインの反応を見るが、彼の表情には何の反応も見られない。
あるのは続きを促すような視線と、その奥にある全てが吸い込まれそうな漆黒の瞳だけだ。
「ナデシコの兵装にはレーザー砲なんぞ搭載されていないし、艦載機のエステバリスについても同様だ。ならばあの攻撃は誰によるものなのか疑問が残る」
「木星蜥蜴によるものではないのか? 確かカトンボ級にはレーザー砲が積まれていたはずだが」
「あの時点では、木星蜥蜴の戦艦たちはこちらの射程に入っていなかった。それにあの攻撃はカトンボのものとは違っていた」
脳裏に浮かぶのは強力な蒼い光条。
あれだけの威力のレーザーをまともに受ければツェーンゲボーデも唯では済まなかっただろう。
「一瞬垣間見えたあの蒼い光に、着弾時に広がる強力なプラズマフィールド……私の眼に狂いが無ければ、あれはKARASAWA=MkUによる攻撃に他なら ない」
「ふむ……」
興味深そうに相槌を打つクライン。
ストラングはそんなクラインの様子に注意しながらも言葉を続けた。
「あれはこの太陽系内でも、片手で足りるほどしかない希有な武器だ。私が知る限りでは、この火星にはたったの三つしかない」
『KARASAWA=MkU』は、ACの兵装の中でも史上最高とまで謳われる代物だ。
腕部兵装としてはあまりにも巨大なその存在感と、誰もが見惚れるような流線形のフォルム。そして既存のレーザーライフルとしては桁外れな威力には、対峙 した誰もが恐怖を覚えるだろう。
そのスペック上、数多くのレイヴンがその圧倒的な兵装を求めたが、銃口に使われる偏向レンズが今ではほとんど製造不可能であり、大深度戦争や火星入植等 の数多くの戦いで多くの実物が失われてしまったのだ。
しかし、ストラングが聞こうとしていることはそんなことではなかった。
「一つはアリーナのトップにいるアレス、もう一つは行方不明のデスマスク。そして最後の一つは――――――クライン、君だ」
ストラングの言葉と同時に圧倒的な殺気が部屋を支配する。
いかに目の前の男が自分よりも遙かな高みにいる存在だとしても、自分を道化にしたことだけは絶対に許さない。ストラングは返答次第では唯では済まさない つもりだ。
しかし当のクラインといえば、ストラングの叩きつけるような殺気もどこ吹く風といった様子で、全く表情を変えることはなく、答えを返した。
「私が君の任務遂行の妨害をした……と?」
「そうはいってない。しかしクライン、君は何か知っているのではないか?」
幾分か殺気を抑え、確認するように聞くストラング。
しかし、やはりクラインの答えは否定の意を示すものだ。
「いや、私は何も知らない。それ以前に私が君の邪魔をして、何か私にメリットがあると思うのか?」
「……無いな」
「そういうことだ。……しかし、邪魔をした者の正体が何も分かっていないというのは少々厄介だな」
そう言って、何かを含んだ視線を寄越すクライン。
ストラングはその意味を瞬時に理解すると、最後の確認の意味もかねてクラインに聞いた。
「私に妨害者の正体を探れと?」
「君もやられっぱなしでは腹の虫が治まらんだろう」
話はそれで終わりと、クラインはこちらに背を向け、モニターに向き合った。
ストラングはそんなクラインの様子に釈然としないものを感じながらも、先の遣り取りからクラインは妨害者ではないだろうと感じ、その場は大人しく引き下 がった。
もっとも、心の奥底には未だ疑念が残ってはいたが――――
ストラングが部屋を出て、クラインはしばらくの間モニターに映る火星の情勢を伝える映像を眺めていたが、唐突に手元の機器を操作してモニターの映像を切 り替える。
そこには地面に蹲りながら虹色の光を放ち続けるラークスパーの姿が映し出されていた。
クラインはそれを感慨深げに眺めながら、ポツリと呟いた。
「本当の計画はこれから始まる…………さて、これが吉とでるか凶とでるか」
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十五話「残された者たち」
「アキトさん達の乗った船が行方不明!?」
エネの叫ぶような声が灯りの落とされた部屋に僅かに響き、それにローズハンターは静かに頷いた。
アキト達と行動を別にして既に二週間、エネとシーカーの二人は幾分かの困難に陥りつつも、着実に企業の依頼をこなしていた。
しかしLCCとフライトナーズの力は依然猛威を振るっており、エムロード、ジオ=マトリクス共に無視できないほどの打撃を受けている。
特にエムロードは先日、同企業最大の軍事施設であり防衛の要でもあるザムダ軍事基地に襲撃を受け、此処最近ではあちこちのレイヴンに協力を呼びかけてい る様子だ。
幸い敵勢力自体は撃退できたようだが、LCC勢の優勢を見る限りこのままではそう長くはもたないだろう。
現に、レイヴンの中でもエムロードに見切りをつけるものがチラホラと出てきているようだ。
二人がローズハンターに呼び出されたのは、そんな最中のことであった。
「前もって通告していた依頼期限を過ぎてもネルガル側から何の反応も無かったので、ナーヴスが独自に調査していた結果、ユートピアコロニー跡でネルガルの ものと思われる船の破片が複数発見された」
「ってことは、そのネルガルの船は既に……」
「分からん。ネルガルが行動を起こしていた区域は木星蜥蜴の勢力範囲内の奥深くだったから、それ以上の調査は行えなかったが、作戦日時にオリュンポス方面 で多数の熱源反応があったことが確認されている。おそらく、木星蜥蜴とナデシコのものだろう」
その言葉に愕然とするエネとシーカー。
ローズハンターの言葉が事実だとすると、ネルガルの船は一隻だけだったはずであるから、必然的に多数の木星蜥蜴の船とやりあったことになる。
しかし、いくらそのネルガルの船が最新鋭の戦艦だとしても所詮は一隻。複数の戦艦に囲まれてしまえば、いくら最新鋭だろうと適うはずもない。
木星蜥蜴の物量差をよく知るシーカーは、アキト達の生存は絶望的だと考えた。
しかし、エネの瞳は決してあきらめていなかった。
「…………つまり、アキトさん達はまだ生きてる可能性もあるわけですよね?」
「エネ、気持ちは分かるが、状況を見る限りナデシコが無事だとは到底思えないぞ」
「それでも! まだ希望はあります!!」
力強くそう言うエネに気圧されるシーカー。
反してローズハンターは、ほぅ、と感心したような声を漏らしていた。
そしてエネは、用も済んだとばかりに身を翻し、その場から去ろうとする。
「お、おいどこに行くんだ、エネ」
「シミュレーターで特訓してきます!」
呆然とするシーカーを尻目にして早足で部屋を出るエネ。
シーカーは困惑したような瞳でローズハンターを見やるが、彼女は肩を竦めるだけだ。
「内心不安で仕方ないんだろう。その不安を特訓という形で発散させようとしているんだろうが……あの状態ではこの先不安だな」
そう言ってローズハンターはチラ、とシーカーに目を向けるが、既にシーカーはアキトの不在とエネの不安定さに頭を抱えている真っ最中なため、その視線の 意味に気づく余裕も無かった。
「これから本当に俺達だけでやっていけるのか?」
シーカーの不安そうな声が空しく部屋に響くが、ローズはそれに答えず、ただ肩をすくめるだけだった。
『設定目標クリア、シミュレーションモードを終了します』
「あーーーもう!! ちっともスコアが伸びやしない!!」
ナーヴス直営のガレージに置いてあるシミュレーターでそうぼやくエネ。
シミュレーション内容は、2機のベーシックACを相手にした対AC戦闘で、エネはブレードを駆使した戦い方によって三分弱という中々のタイムを叩き出し ていた。
しかしスコアの内容は凄惨たるものだ。
普段のエネは、敵の攻撃を回避しながら確実にブレードを叩き込むという戦い方をしているが、今は精神状態がよろしくないのか、がむしゃらに突っ込んでは ブレードを振り回していたため、タイムは良いがいくつもの命中弾を受けて、思うようにスコアが伸びなかった。
「こんな状態でアキトさん抜きでやっていけるのかなぁ……」
薄暗いシミュレーションルームの中でぼんやりと上を向きながらぽつりと呟くエネ。
しかし彼女自身は気づいていないが、シミュレーション上のベーシックACとはいえ、たった一機で二機のACを相手、それもほとんど接近戦のみで倒すとい うのは並大抵の腕前ではない。彼女が比べているアキトやその他のランカー達のスコアは、ブレードをほとんど使わず銃撃戦によって為し得たものだ。それも考 えると、エネの腕前はかなりのものになっていると考えていいだろう。
そうやって暫しぼんやりとしていたエネだが、突然密閉空間に鳴り響いたコール音に気づくと、思考を現実に戻す。
そして手持ちの端末を操作すると、そこには一件のメールが来ていた。
「依頼……?」
こんな時に……とも思いながらメールを開き、内容を確認するエネ。
しかし、その依頼内容は彼女があまり好まないような物騒なものだった。
『海底基地強襲』――――エムロード
『アドイニア海中に建造されているLCC所有施設「リーブル海底基地」を襲撃してくれ。
当海は火星共有の財産であり、独自の施設を建造することは協定で禁じられているが、LCCは公共事業の名の下に海底の開発を独占して推し進めている。こ の施設の用途は不明だが、化学物質を積んだコンテナが多数搬入されているという情報も入手している。放っておくわけにはいかん。
海底施設に潜入して、破壊活動をしてほしい。施設内のあらゆる物をできるだけ多く破壊して、施設の機能を奪ってくれ。
LCCに対して遠慮する必要は無い。破壊の限りを尽くしてくれ』
依頼内容を見て眉をしかめるエネ。
普段は基地や施設の防衛、無人兵器の排除などの依頼をこなしている彼女からすれば、内容は野蛮極まりないものだ。
普段のエネなら即刻断っていただろうが、今のエネにとっては少々事情が違った。
(私の戦闘スタイルはブレードによる高速機動戦、今まで受けてきたような防衛戦や長期戦とは相性が悪い。今まではアキトさんの援護があったからそれでも良 かったけど、これからは一人でやっていかなくちゃいけないんだ。潜入工作ならピースフルウィッシュでも十分いけるかも…………)
オーロラシーカーもエネを十分に助けているのだが、その事を忘れているあたり彼女のアキトに対する信頼ぶりは異様といえるだろう。
暫く考え込んでいたエネだが、何かを決意したように端末を操作し、依頼の『受諾』をしたのだった。
「あたし一人だって……できるんだから!!」
数時間後――――『リーブル海底基地』
エムロード所属の潜水艦により基地の侵入を果たし、間も無くエネは作戦を開始しようとしていた。
恐らくエムロードは侵入のタイミングを計っていたのか、LCCからの抵抗はほとんど見られず、ほとんど障害も無く侵入することが出来た。
しかし、流石に基地内部ではそう簡単にはいかないだろう。
ざっと見る限り、この海底基地での役割は前線に秘密裏に物資を送る補給基地といったものだと思われる。そこいらに食料や弾薬等が積載されたコンテナが並 べられており、いくつもの潜水艦ドッグや物資搬入用のクレーンといったものが設置されていれば、嫌でもLCCの考えが分かるというものだ。これほどの規模 だと、恐らく基地内部の抵抗は激しいものとなるだろう。
しかし周囲を見渡してみると、前線に物資を送ったばかりなのか、ドッグには潜入用に用いたエムロードの潜水艦以外に姿が見えず、閑散としたものである。 正直エネとしては、拍子抜けだ。
(まぁでも、そのほうがやりやすくていいか)
そう内心呟くと、エネはピースフルウィッシュを移動させ、正面ゲートの入り口へ向かう。
ACをまるごと数機載せられるほどの大型エレベーターを用い、更に地下へと進んでいくが、降下中に僅かにレーダーに複数の反応があった。流石にすんなり とはいかせてくれないらしい。
「私はランカーレイヴンのエネよ! ちゃちなガードロボなんかで止められると思わないことね!」
こんな所で止まるわけにはいかない。エネはまるで自分を叱咤するかのように吼えると、扉を開いて颯爽と躍り出たのだった。
「ちょっと……アテが…外れた……かな」
十数分後、そこにはピースフルウィッシュのボロボロの姿があった。
ただでさえ軽量級の薄い装甲板はあちこちがひび割れ、いくつもの弾痕や腐食が見て取れる。各部位には火花も上がり、間接部にもダメージが及んでいるのは 明白だ。
なぜこれほどまでにピースフルウィッシュはダメージを受けているのか。それは思ってた以上に敵ガードロボの抵抗が激しかったのもあるが、エネがいつもの 戦いをすることができなかったというのもある。
その原因には彼女の精神状態が悪いのもあるが、基地内部の通路によってピースフルウィッシュの機動性が著しく制限されてしまっていたということが挙げら れる。
リーブル海底基地は原則的に補給施設であり、ACなどの大型兵器の運用は考慮されていない。防衛用として戦闘MTを配備しているため、最低限の広さは確 保してはいるが、ACが動き回るにはこの施設は狭すぎるのだ。
また、狭く長い通路に敵MTが配備していたため、思うように回避運動が取れず、いくつもの直撃弾を被ってしまっていた。
しかもそれだけではない。
「あの毒ガスは反則だよね……」
この基地にはあろうことか酸性の毒ガスまでもが保管してあり、ガスが保管されてあったシリンダーを破壊するとたちまち部屋中にガスが充満し、装甲板を溶 かしだしたのだ。これには流石に慌て、急いでシリンダーを保管してあった部屋を脱出したが、この時装甲だけでなく間接部分にも無視できないほどのダメージ を与えてしまった。
その後も水場に高圧電流を流したトラップや、レーダー妨害を起こす微粒子を満載したコンテナ、果てには衝撃を感知した瞬間大きな爆発を起こす物騒な積荷 等、気の抜けない時間が続いていた。
『目標の達成を確認。それくらいでいいでしょう、引き返してください』
だからエネは、オペレーターのその言葉を聞いたとき内心ホッとした。
ここまで来る途中の障害はほとんど排除してきたため、後は敵のいない通路を帰ってくるだけで終わりのはずだ。
「残弾は……ハンドガンが6発、ミサイル30発、左腕ブレードは問題無しか」
少々ハンドガンは使いすぎた感はあるが、そもそも彼女の真価はブレードによる近接戦闘だ、許容範囲だろう。
問題はピースフルウィシュ自体のダメージの方で、こちらは先程も述べたようにかなりボロボロだ。エネはACの耐久値を示す数値を見ると眉を顰め、ため息 をついた。
「こんなにボロボロじゃ、アキトさんに合わす顔がないなぁ……」
半ば勢いで受けた依頼だったが、やはり少々急ぎすぎたらしい。
全くらしくない、とエネは思う。
普段のエネなら依頼内容から予想される戦闘行動を予測してある程度装備の変更などしたりするが、今回は全くそのようなことをせずアリーナ戦で使用する兵 装そのままで出撃してしまった。アキトなりシーカーなりが傍にいれば、注意を促してくれることもあっただろうが、単独行動をとっていたのでそれも無い。
「戻ったら少し頭を冷やそうかな」
そういえばシーカーさんも随分と心配してたっけ。
そんなことを考えると、脳裏にオーロラシーカーの心配そうな顔を思い浮かべ、エネは帰ったら彼に謝ろうと決意した。
そうして侵入した時に用いたエレベータに乗り込みようやく一息ついた時、レーダー上に赤い光点が一つだけ浮かび上がっているのに気付いた。
位置はエレベーター上部の扉の真正面だ。
(補給に行ってた部隊が帰ってきたのかな?)
そう考えて、エネは油断無くハンドガンを構える。
残弾数は少ないため、撃ちきったら即刻近寄って斬り捨てる、そう頭の中で戦術を組み立てた。
そしてエレベーターが停止し扉が開けば、そこには一つの巨大な影――――蒼いカラーリングが施された中量二脚ACの姿があった。
「蒼いAC……まさかフライトナーズ!?」
油断無くハンドガンとブレードを構えるエネ。
相手方のAC――フライトナーズ機と思われるそれはこちらを確認するとゆっくりと振り向き、右手に持つライフルをこちらに向ける。
『こちらアサルトドッグ、侵入者を確認。レイヴンと思われます』
『フン、エムロードの回し者か…処分しろ』
(この声はあの時の……!!)
オープン回線で聞こえてきた女性の声に僅かに体が硬直するエネ。
声の主はエムロード研究施設深部で会った女性――――レミルのものだ。
『了解……逃がさんぞレイヴン!』
しかし脅える暇など向こうは与えてくれず、そう言うとライフルをこちらに向けて放ってきた。
咄嗟に端末を操り機体を右に倒して初弾を回避すると、続く2発・3発目をブースト移動で回避する。相手は中量二脚でこちらは軽量二脚、スピードだけなら ピースフルウィッシュの方が断然上である。
しかしこの戦いはエネの方がかなりの不利であった。
こちらは度重なる戦闘で武器・弾薬が少なく、機体ダメージも大きいため、長時間の戦闘はかなり厳しいものがある。対して向こうはこの基地に到着したばか りなのか機体にダメージは見られず、恐らく武器の残弾も十分なものだろう。加えて任務後の疲労もあって、このままではピースフルウィッシュにいくつもの風 穴が空くのは時間の問題だ。
「こ――――っのお!!」
敵AC――アサルトドッグの放ったロケット弾を紙一重で回避し、リロードタイムを見込して一気に接近する。
攻めなければ勝つこともできないし、この狭いドッグ内では流れ弾が潜水艦に当たらないとも限らない。エネは得意の接近戦によるブレード攻撃で一気に終ら すつもりだった。
しかし流石はフライトナーズといったところか、アサルトドッグはエネの意図に気付くと、瞬時に機体を後ろに跳躍させた。
だがエネも易々と逃がすつもりは無い。
「逃がしませんっ!!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
素早く右手を掲げ、ハンドガンの残弾を全てアサルトドッグに叩き込む!
ハンドガンの強大な反動は、アサルトドッグの動きを空中で僅かに封じることに成功する。
そしてエネにとってはその僅かな時間で十分だった。
跳躍一閃――――雷光の如き素早さで振るった三爪のレーザーブレードは、アサルトドッグのコア目掛けて振り払われた――――
『バ、バカなっ!?』
「っっ!?」
がしかし、ブレードがコアに到達する直前、腕の軌跡が僅かにぶれ、アサルトドッグの突き出していた左腕とコアの前面を僅かに浅く斬った程度に留まってし まう。
そしてアサルトドッグはその隙を見逃さず、ライフルでエネを牽制し、更なる追撃を弾幕で阻止させる。
「く――――こっっっのぉっ!!」
ブレード攻撃による技後硬直の直後にもかかわらず、直撃弾をいくつか受けつつもエネはそれをジグザグに動きながら後ろに下がることで回避する。
そうして二機は、戦闘開始時と同じような位置取りで再び対峙した。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
しかし状態は芳しくない。
先程の応酬でハンドガンは全弾撃ちつくし、ダメージも無視できないレベルまで蓄積されている。
アラートウインドウがいくつも表示され、エネはそれを見るたび汗が流れるのを止められなかった。
どうやってこの状況を打破するか、エネはそれを頭の中で必死に考えていた。
『貴様…………』
しかしそんな睨み合いの最中、アサルトドッグから通信が入り、嘲る様な声で告げる。
『さてはまだ直接人を殺したことが無いな?』
「えっ…………?」
『ククク、これは傑作だ。人に死を運ぶといわれるレイヴンが、一度も手を下したことが無いとはな』
アサルトドッグの言っていることは厳密に言うと間違いである。
エネはこれまでの依頼でいくつものMTや戦闘機、更にはACを撃破している。その中には当然、有人機も数多く含まれていた。
しかしそれは、エネが敵パイロットの事を意図的に考えないようにしていたからに他ならない。
またアキトやシーカーと行動を共にすることで、いわゆる精神安定のような役割を果たしており、エネの心の負担を軽くしていたというのもある。
人を殺したと言う事実から目を背け、任務をこなしていた。
人の死から目を背け、ただひたすらに前へ進み続けていた。
私が殺してるのは『人』じゃない、こちらを殺そうとする『敵』なんだ。
自らの行いを誤魔化して罪の意識から逃れなければいけなかった。
そう考えないと――――――――罪の意識という重圧に押し潰されてしまうから。
これはいわゆる戦場での自己暗示だ。
戦場で相手を躊躇無く殺せなければ、こっちが逆に殺されてしまう。
しかし先程の応酬の最中で偶然敵パイロットの声を聞き、エネは無意識に殺すことを躊躇ってしまった。
そしてアサルトドッグの間違った指摘によって、エネは戦場での自己暗示が解けてしまい、我に返ってしまったのだ。
『貴様の技量は中々のものだが、最早その機体では満足に動くことも出来まい』
戦場での暗示が解け、固まっているピースフルウィッシュにロケット砲を向けるアサルトドッグ。
しかしエネはその動きに対応するでもなく、ただ恐怖の表情を貼り付けるだけだ。
『満足に腕を揮えぬまま、そのまま死ぬがいい!!』
(死ぬ――? 私が死ぬ――――? このまま何も出来ずに、死ぬ――――――――?)
アサルトドッグの言葉に反応したのか、エネの瞳に僅かな光が戻る。
そしてその瞳には、既に眼の前の蒼いACしか映っていない。
エネが操縦桿に手を掛ける。
アサルトドッグの肩からロケット砲弾が発射。
ブーストを吹かして機体を加速――しかし砲弾は直前。
同時に機体を操作し左に傾斜。
ロケット砲弾はコアの右側面を抉りながら、右腕の付け根に着弾。
爆発の衝撃でコックピットに盛大な衝撃。
右腕部破損、しかし元よりハンドガンは空、問題無し。
流れるような操作でオーバードブーストを起動。
一瞬後背部ハッチが展開、エネルギーの充填開始。
慌ててアサルトドッグが後退すると同時にライフルを構えようとするが――――
ドウンッ!!!
「あああああっ!!!!」
背部ブースターから発生した膨大なエネルギーは、ピースフルウィッシュを一瞬にして押し出し、同時にエネは目の前のACに向かって無意識に左腕を突き出 した。
オーバードブーストの加速とピースフルウィッシュの神速の如き突きにより、左腕のレーザーブレードはアサルトドッグのコア中央部を容易く貫いた。
そしてその加速を保ったまま、二機のACは辺りの施設を薙倒していく。
そのままドッグの壁面にまで到達すると、盛大な音を立てながらもようやく停止した。
そしてエネはピースフルウィッシュを操作してゆっくりと左腕を引き抜き、今しがた自分が倒したACの残骸を見下ろした。
アサルトドッグのコア中央部には、大きく穿つ楕円形の穴。
それはコアの背部まで及んでおり、それだけで先程の攻撃がどれだけの威力を持っていたかが伺える。
この様子では、パイロットは自分に何が起こったかすら分からず一瞬にして蒸発してしまっただろう。
「――――っつあ!! かっは――あ――――」
今しがた自分が為した事を反芻し、脳裏に刻みながらエネは込み上げるナニカに息を詰まらせた。
私が…殺したんだよね……。
そう考えると、エネは自分の手に真っ赤な血がこびり付いてるような気がして薄ら寒くなる。
アキト達と一緒にいた時はこんな気持ちにはならなかった。
『死の恐怖から這い上がり、感情を爆発させたか……面白い……貴様、覚えておくぞ』
そんな声が耳に飛び込んできたが、エネの霞のかかった頭にはただ単に敵が引いてくれたとしか認識できなかった。
今は唯、エネは己の身体を抱き締めて、己の為してきたことを振り返っていた。
蜂の巣になって爆散する装甲車。
ブレードで刺し貫かれたMT。
ミサイルの爆発の炎に包まれ落ちてゆく戦闘機。
皆、己自身が今までやってきたことだ。
それなのに自分は死んでいった彼らに対して、一度でも振り返ることがあっただろうか?
否だ。自分はあまりにも人の死に対して無神経すぎた。
それが例え、戦場の狂気に身を任せた結果だとしても、自分は間違いなく人を殺したのだ。
戦争だから仕方ない? 殺さなければこっちが殺されていた?
全くそのとおりだ。戦場という人の狂気が渦巻く場で『人の命は地球より重い』などという馬鹿な考えは通用しない。
しかしその狂気に甘んじて、自らの業を許すことなど自分には到底できそうにない。
――――ならば忘れずにいよう
自分が撃ち殺した相手のことを。
自分が串刺しにした相手のことを。
そしてこれからも殺すであろう大勢の人間のことを。
死者は何も語らない、語れない。
だから自分が覚えているしかないのだ。
それが――――戦場で生き残った人間の責務なんだ。
(二人がいたら、私は気付くことすらできなかった)
エネは臥せていた顔を上げ、赤くなった瞳を前へと向ける。
今の彼女の表情には、あどけなさと同時に今までには無かった凛とした趣きが顔を覗かせていた。
「アキトさん……私頑張りますから」
今少女は戦士になったのだ。
「エネの奴……あの以来から随分前向きになったな」
――――数日後のナーヴスの格納庫。
オーロラーシーカーの目線の先には、コックピットハッチを開き黙々と自分のACをチェックするエネの姿があった。
例の海底基地での一件から、エネの行動は明らかに変わっている。
以前までは接近戦での技量に物を言わせ、無闇に突っ込んで行く事が多かったが、最近では僚機であるシーカーの動きに併せて攻撃を仕掛けるなど冷静な対処 をするようになり、随分と任務をスムーズにこなせる様になっている。
「彼女なりに自分を律する術を見つけたんだろう。まだ見てると危なっかしい所はあるが、前に比べると随分マシになったな」
ローズハンターもエネの変化をそのようの述べながら受け入れている。
「で、お前さんは何を悩んでいるんだ?」
しかしシーカーの表情はあまり優れていない。
寧ろ以前よりもその顔色は悪くなっているようにも感じる。
「自分でも……よく分かりません」
確かにエネの変化は喜ぶべきものだ。
自分が何も言わなくてもエネは作戦を手際良くこなしていく様になったし、エネのおかげで危機を脱した場面も多々あった。
おかげで二人には多くの依頼が回ってくるようになったし、企業の評価も上々だ。レイヴンとしては順風満帆と言ってもいいだろう。
しかし自分はどうだ?
アキトがいなくなってからこっち、自分のやることといえばエネのサポートがほとんどで、一人で任務をこなしたことなど一度としてない。加えて自分の技量 不足が目だって、エネの足を引っ張ったことなど一度や二度じゃない。
俺は本当にエネの役に立っているのか?
自分の心に不安という暗雲が漂っているような気がしてそう自問自答するシーカーだが、考えているだけで答えなぞ出るはずも無い。
そうやってうんうんと唸るシーカーに、ローズは一つの案を提示した。
「ならば一度一人で依頼を受けてみればいいだろう」
その提案を聞き、シーカーは暫く考え込んでいたが、手持ちにある端末を引っ張り出すとそれを操作して依頼のリストを眺め始めた。
どうやら、本気で一人でやるつもりのようだ。
依頼リストを見ると今ある依頼は一つだけで、それも緊急のものらしい。
内容は『本社ビル屋上警護』――――依頼主はジオ=マトリクス。
『緊急事態です。当社の中枢都市であるジオシティに対し、LCCの攻撃部隊が進撃していることが確認されました。
目標は当社の火星本社ビルの制圧だと思われます。
地上、海上からの襲撃に対しては万全な防衛体制を敷きましたが、対空防衛に割く戦力が不足しており、レイヴンの協力を必要としています。
本社ビル屋上に待機し、敵勢力を確認次第速やかに迎撃してください。
こちらからも弾薬補給用のヘリを用意します。有効に利用してください。
何としても、LCCの暴挙を食い止めなくてはなりません。それではよろしくお願いします』
依頼内容を見るとかなり切羽詰っているらしい。
弾薬補給の件を見る限り、長期戦も考えられる内容だ。普段ならこのような任務は二人がかりで取り組むのが常なのだが――――
「どうする? いつもと同じように二人で行くのか?」
試すような視線でシーカーを見遣るローズ。
しかし今のシーカーの頭の中には、この己を蝕むような心のもやを消すことで頭が一杯のようだ。ローズの視線にもまるで気が付いていない。
そして意を決したかのように表を上げると……。
「いえ――――俺一人でやってみます」
そう宣言してシーカーは己の愛機に乗り込むのだった。
――――ジオ=マトリクス火星本社ビル
中枢都市、『ジオシティ』の中央部に聳え立つその超巨大建造物は、火星ジオ社の象徴であり、見るものを圧倒させると同時に畏怖という感情を沸き起こさせ るほど威圧的な威容を見せている。
周囲をぐるりと囲むように建てられているその他の建造群は、全てがジオ社系列のものであり、本社ビルを護るようにしていくつもの対地・対空砲火を設置さ れていた。またジオシティは孤島の上に立っているため、海上には無数の護衛艦や空母、さらには潜水艦までも配備してあり鉄壁の布陣を誇っている。
そのような蟻の子一匹通さないような護りに囲まれた中央ビルの屋上に、オーロラシーカーの愛機「ブレイクスルー」の姿があった。
「大した眺めだ……しかしこれだけの代物を建てるんだったら普通航空戦力を優先的に回しそうなもんだけどなぁ」
シーカーの眼前には煌びやかな都市群が一面に広がっており、彼を圧倒していた。
しかし同時に自分が立っている場所がどれほどの高さにあるのかも自覚させ、内心少し怖くなっていたりする。
このジオシティは、シーカーらが住んでいるジオサテライトシティの西側の島に位置し、海上の孤島という独特な位置条件から海上戦力が豊富に配備されてい る。しかし通商妨害を警戒するのは分かるが、だからといって航空戦力を疎かにする辺り、やはりそこは軍隊ではなく企業といった所なのだろう。
そんなことを考えているうちに、レーダーにいくつもの影が映り、専属のオペレーターからも連絡が入る。
『航空機部隊が接近中! やはりきたようです』
「こちらも肉眼で確認……結構いるな」
ざっと見た感じ10機といった所だろうか?
機種はエムロード製のファイヤーワーク。今となっては型遅れもいい所だが、これだけの数を相手にするとなると話は別だ。
いくらACといえども、四方八方からマシンガンとミサイルの雨を受ければひとたまりも無い。
シーカーは戦闘モードを立ち上げるとライフルを構え、戦闘機の群れを睨みつけた。
「オーロラシーカー、ブレイクスルーいくぞっ!!」
シーカーの言葉が偶然にも合図となったのか、ファイヤーワークが一斉にミサイルを放ってくる。
10機×2発、合計20発ものミサイルが己に向かってくる様は、ルーキーが見れば恐怖で顔が引き攣ること請け合いだろう。
しかしここにいるのはランクと年齢は低くとも、幾多もの戦場を経験したベテランレイヴンだ。
落ち着いて肩の迎撃ミサイルを起動させ、コアの迎撃機銃と併せて数発のミサイルを撃ち落す。
そして同時に逆間接脚部のジャンプ力を生かしてその場から跳躍、残りのミサイルを回避すると目の前まで迫ったファイヤーワークにライフルを撃ちこみ、1 機を撃墜。
落下する前にブースターを小刻みに動かしながら旋回すると、射程内に収まったファイヤーワークに目掛けてライフルを一斉射する。
それで更に2機落すことに成功するが、残りは暫く飛んでいたかと思うと唐突に散開し、四方から攻撃を開始した。
こうなると厄介なもので、高速で動く戦闘機は、いくら優秀な索敵能力を持つACでも中々捉えることは出来ない。
ブレイクスルーの機動性の高さのおかげでなんとか捉えて対抗できてはいるが、やはり1機だけでは背中が心許ない。
(これならエネと一緒にやった方がよかったかもな)
そう内心呟くが、今此処に彼女はいない。
この場は己の実力で乗り切るしかないのだ。
「はあああぁぁーーーっ!!」
再びブレイクスルーを跳躍させると、今度は背中のミサイルポッドを立ち上げ、遠くで旋回する3機の戦闘機をカーソル内に収める。
ミサイルマーカーが飛び回る戦闘機を補足し、マルチロックオン完了。
トリガーを引くと合計8発のミサイルは白煙をたなびかせながら、それぞれの目標へと喰らいついた。
そうしてライフルとミサイルを駆使し、全ての戦闘機の撃破することが出来た。
しかし安心したのも束の間、オペレーターから更なる報告が舞い込んで来る。
『第二派、来ます!』
「なっ……まだ来るのかっ!?」
レーダーを確認すると、今度は合計15機近い光点が四方から向かってきているのが分かる。
流石に二度も続けて、同じように固まってくることはないようだ。
「こいつは……厳しい戦いになりそうだな」
「これで――――ラストぉっ!!」
ズガガンッ!
最後に残ったファイヤーワークをライフルで撃ち落し、ブレイクスルーの動きを止める。
「……これで終わりか?」
レーダーを確認するが、敵を示す光点は全て消えており、オペレーターからも増援の気配はないとのことだ。
その言葉を聞き、シーカーはようやくといった感じで息を吐いた。
(なんとか終らせたか……)
正直自分を誉めてやりたい所だった。
飛来した戦闘機の総数は20を越え、それが絶え間なくミサイルやバルカン砲の雨を降らせていたのだ。
今までの戦闘経験から上手くそれらを回避し、致命傷こそ負わなかったものの、ブレイクスルーはボロボロもいいところだ。
ミサイルは底を付き、ライフルの残弾数も心許なくなっていたので、あと1回増援が来ていれば防ぎきれなかっただろう。
ともかく、シーカーはオペレーターに任務完了の報告を済ませようとした。
「任務完了、これより帰還す――」
『待ってください、南東より反応あり……これは、輸送機?』
レーダーを確認すると、確かにその方角から輸送機らしき反応が向かってきている。
しかし数は1つだけで、後続が来る気配も無い。
だがシーカーはその状況から、嫌な予感がしてならなった。
『これは……輸送機内に熱源反応! 機種、識別信号不明、未確認型ACです!』
オペレーターの報告に愕然とするシーカー。
正直今の条件下でACの相手をするのは無謀にも等しい。
オペレーターに撤退の要請を送ろうとして、通信回線を開くが――――
『機体照合……フン、弱小のランカーレイヴンか』
突然飛び込んできた男の声に、恐怖で身を固くする。
脳裏に映るのは、あの研究施設でこちらに銃口を向けた重量形ACの姿。
あの時叩きつけられた殺気はそうそう忘れられるものではなく、今思い出しても震えが来るほどだ。
奴が来るのか?
もしあの時の男――ボイルが来るのなら自分に勝ち目は無い。
『まあいい、俺達に楯突く者は誰であろうと生かして返さん……各機に告ぐ! あのACを逃がすな!』
各機というあの男――ボイルの言葉を聞いて訝しげに上を見上げるシーカー。
その上空には、夜空に溶け込むようにして二機の逆間接型ACが降下してきていた。
あの時の重量級ACの姿は無いものの、その光景は十分に絶望をもたらすものだった。
「フライトナーズのACが……二機……!!」
フライトナーズは現役のレイヴンを多く集めたエリート集団だ。
その実力は、勢力で劣るLCCが二つの巨大企業を相手に優勢に戦っていることを顧みてもよく分かる。
そんな連中がボロボロの自分を相手に、2機でかかってくるとは思いもしなかった。
「冗談……!!」
流石にこの状況下で戦う等とは考えない。
シーカーは待機していた補給用ヘリに近づき、弾薬を補給しようとするが――――
ズガーーーンッ!!
上空から光学兵器と思われる火線に晒され、あっという間に爆散、補給は絶たれてしまった。
しかしシーカーはあきらめるなどということはせず、生き残るためにに頭をフル回転させる。
(相手はあのフライトナーズ、今の俺じゃあ2機同時に相手なんて不可能だ! だが奴の口ぶりからじゃ到底逃がしてくれそうに無い)
ならば、とシーカーは上空から降りてくる2機のACを睨みつける。
(2機は無理でも1機ならなんとかなるはずだ! そして倒したら隙を見てここから離脱する!)
幸い駆動関係には大きなダメージは無い。
エレベーターを使って逃げるのは難しいかもしれないが、ここから飛び降りることはできるはずだ。
その場合は任務の放棄とみなされるが、死ぬよりはマシだ。
そう考えると、シーカーは未だ上空に漂っている2機のうち片方をライフルで狙い撃ちにした。
しかし流石フライトナーズと言ったところか、小刻みにブーストを吹かしてライフル弾を全て回避し、そのまま屋上に降り立った。
改めて敵ACを見てみる。
フレームはジオ=マトリクス系列のパーツを中心に組んだ高機動タイプのACで、兵装は小型パルスライフル『ZWG-XP/400』に高出力レーザーブ レード、背中には広域レーダーに多弾型ミサイルと中々の装備だ。
2機のACには見る限り差異は無いため、全く同等のスペックと考えていいだろう。
とにかく先手必勝、シーカーは手前にいるAC目掛けてライフルを叩き込む。
しかし弾が当たる直前、蒼いACの姿が掻き消えるかのようにモニターから姿を消した。
「何っ!?」
一瞬何が起こったのか、理解できずにいたシーカーだが、反射的にブースターを吹かしてその場から下がる。
直後、元いた場所に複数のエネルギー光弾が炸裂し、辺りに光を撒き散らした。
射線は上空――――上を見上げれば先程自分が攻撃した相手が、いつの間にやら再び空高く舞い上がっていた。
敵は逆間接特有の強力なジャンプ力を利用し、高高度から攻撃を繰り出したのだ。シーカーが乗るブレイクスルーも逆間接型のACなため、その特性をよく理 解していたため先程の攻撃を回避できた。
「しかしこいつら……バッタじゃあるまいしピョンピョン跳ね回りやがって!」
だがそう何度も攻撃を回避しきれるはずも無い。
2機のACはその軽量な機体を巧みに操り、シーカーの言うようにまるでバッタが跳び回るかのようにして狭いフロアを動き回ってブレイクスルーを狙い撃ち にしていた。
敵の持つパルスライフルは連射力が低いため、回避しきれないというわけでは無い上、何故か敵の狙いが甘いこともあって未だ生き残ってはいるが、既に何発 も直撃を受けてブレイクスルーの装甲板には、あちこちに焦げ後や溶解しかかっている部分が目についていた。
(マズイマズイマズイ! このままじゃ死ぬ死ぬ死ぬっっ……!!)
必死で状況を打破するためにブレイクスルーを操りながら頭をフル回転させる。
(ライフル残り15発? 全部叩き込んでも1機も倒せんわ! ミサイル……弾が無えよ!)
再びパルスガンが直撃し、破損状況を知らせるウインドウが表示されるが、今のシーカーにはそんなことを確認する余裕は無い。
無心でブレイクスルーを動かし、策を練る。
(ブレードも俺の腕じゃ返り討ち。残りは肩のブツだがってそれは迎撃ミサイルだ! …………って待てよ!?)
迎撃ミサイルの残弾を確認し、ほとんど使われていないことを確認すると、ニヤリと――若干引きつり気味に笑みを浮かべる。
(このままやられるのを待ってても仕方ない……分は悪いが賭けに出る!!)
「中々に持ちこたえるが所詮は弱小レイヴンか」
そう言ってコックピットの男はモニターに映るACを嘲笑った。
その男はフライトナーズのトレードマークたる蒼いジャケットを身に纏い、彼の被るヘルメットには鎖を食い千切るドーベルマンのエンブレムが描かれてい る。
その男のコードネームは『ハンタードッグ−1』――――現在シーカーが相手にしているフライトナーズの一員だ。
彼は地球生まれのレイヴンで、若いながらも今まで数多くのMTやAC……レイヴンを屠ってきた実力派である。
地球で活躍していた頃に地球政府にスカウトされてフライトナーズに入隊し、火星に来てからも着実に成果を残しており、彼のヘルメットには今まで倒してき たレイヴンの数だけマークが張られてある。所謂撃墜マークという奴である。
「そらそら、逃げろ逃げろ!」
しかしハンタードッグ−1は敵を殺す際、弱った相手をいたぶるといった悪癖を度々曝け出し、無駄に機体の消耗度を上げているため、フライトナーズの中で も問題児扱いされている。
その悪癖は、今相手にしているブレイクスルーにも発揮しており、逃げるブレイクスルーの姿を見ては狭いコックピット内でゲラゲラと笑い声を上げている。
しかし流石に遊びが過ぎたのか、もう1機のAC――――僚機の『ハンタードッグ−2』から苦言が言い渡される。
『遊びすぎだぞHD−1。いいかげん敵ACに止めを刺せ』
(ちっ……煩い奴だ、ついでにお前も殺してやろうか?)
内心で物騒な事を呟きながらも、実際にはそろそろこの戦闘に飽きが来ていたため、ブレイクスルーに止めを刺すべく幾度目かの跳躍を開始した。一定の高さ にまで昇ると、眼下を見下ろし獲物に狙いをつけようとするが、そこに敵の姿は無かった。
「あ? 奴はどこいった――」
『HD−1! 後ろだ!』
僚機の声を聞いて後ろを振り向くと、正面のモニターには茶色い物体が迫っている様子が映っている。
そして、それが一体何なのか理解する前に……ハンタードッグ−1は閃光に包まれた。
いくら2機のACを相手にしていたとはいえ、シーカーもただ逃げ回っていただけではない。
どんなタイミングで跳躍するのか、跳躍した際どの程度まで上昇して攻撃を加えるか等、相手の行動パターンを頭の中で組み立て、冷静に相手の隙を伺ってい たのだ。
その結果、2機のうちの片方は射撃の精度が甘く、一定のパターンで位置を変えながら跳躍をしていることを見抜くことができた。
そしてタイミングを見計らって相手が跳躍した一瞬の隙に真下に潜りこみ、こちらを見下ろす僅かな時間の間にこちらも跳躍し、相手の後ろを取ったのだ。
「よくも好き勝手やってくれたよなあっ!?」
時間差の跳躍により、敵ACはブレイクスルーの目の前を落下し始めるという絶好の位置にある。
相手もこちらに気付いたのか旋回するが、このチャンスを逃すはずも無い。
シーカーは、ブレイクスルーの左腕で右肩にある迎撃ミサイル装置を無理矢理引っぺがした。
マニュアルに無い行動により、アラートウインドウが表示されるが丁重に無視し、そのまま敵ACに向けてソレを放り出す。
未使用のミサイルを満載したソレが敵ACの目の前にまで迫ると、右腕のライフルで狙いをつけ――――
「こいつはお礼だっ!!」
トリガーを引き、弾が装置のど真ん中を撃ち抜くと、直後巨大な爆発と光が辺りの闇と静寂を打ち破った。
間近にいたために、ブレイクスルーにも強烈な衝撃が襲うが、シーカーは歯を食いしばりながらそれに耐え、目標の確認を優先した。
長いような長くないような時間が立ち、煙を突き破ってボロボロになった敵ACが力無く落ちてゆくのを眼下に確認する。
しかしまだ生きてるようで、僅かに残ったブースターを吹かし、姿勢を安定させようとしている。
「うおおおっっ!!!」
しかしそのまま見逃すつもりなどシーカーには毛頭無い。
そのままブレイクスルーを落下、加速させて敵AC目掛けて左腕を掲げると――――
斬っ!!
落下の運動エネルギーを用いた強烈な一撃により、ACの装甲を容易く斬り裂き、直後にACは爆散した。
そしてそのまま滑るようにして床を転がり、シーカーはその場から逃走を図る。
今までの攻撃により駆動系は限界に近いため、高高度からのダイブによる逃走は不可能だ。幸いこの爆発によって一種のめくらましを為しているため、この隙 を使って此処に来た時のエレベーターを呼び出し、この場から離脱する。
シーカーはそうプランを練ると、エレベーター目掛けてブレイクスルーを動かした。
バシュンッ!
「何……? どうわぁっ!!」
だがあと一歩という所で脚部関節にパルス弾が命中し、駆動系を完全に破壊。
ブレイクスルーはその場で転倒し、一歩も動くことができなくなってしまった。
「く、くそっ……動け! 動くんだブレイクスルー!!」
『まさかこの状況下でHD−1を倒すとは思わなかったぞ』
必死にブレイクスルーを動かしていると、静かな、それでいて凍てつくような声がコックピットに飛び込んでくる。
モニターに映るのはもう1機の蒼いAC。あの爆発の最中でも、こちらの姿はしっかりと捉えていたらしい。そうでなければこうも早く行動に移す事はできな い。
『だがこれで終わりだ…………死ね』
そう言って、右腕のパルスライフルをブレイクスルーのコアに狙いを定めるハンタードッグ−2。
シーカーはそれを呆然としながら見つめていた。
これで終わりなのか……?
こんな所で俺は終るのか……?
何も抵抗せず、受け入れるがままに死を迎えるのか……?
脚部は…駄目だ、全く動かない。他はどうだ?
ミサイルは既に空……しかしライフルはまだ残弾がある、ブレードも使用可能。
――――――――なんだ、まだ戦えるじゃないか。
動かないのは足だけだ。まだコイツには腕もあればブースターも生きている。
その上武器もあるんだから、十分コイツは戦える。
そうだ、俺は生き残るんだ。
こんな糞っタレな戦争を生き残って、ナインブレイカーになって……可愛い嫁さんを貰うんだ!!
そんなことを考えるシーカーの脳裏には、何故かエネの笑顔が浮かんでいた。
「俺は絶対に……生き残るんだあぁーーーーー!!!」
そう吼えて、ブレイクスルーの持つライフルを敵ACに向ける。
そしてハンタードッグ−2のパルスライフルと、ブレイクスルーのライフルが火を吹く前に――
ヴヴヴヴヴッッッ!!!
絹を裂くような射撃音が辺りに響き、同時にブレイクスルーのモニターには、蒼いボディが瞬く間に蜂の巣にされて横に崩れていくハンタードッグの様子が 映っていた。
「……へ?」
目の前で起こった出来事に一瞬呆けるシーカー。
完全に停止したACを眺めながら暫く呆然としていると、突如回線に荒々しいダミ声が飛び込んできた。
『けっ、アリーナじゃあるめえし、弱った相手に声を掛けるなんざ素人のやることなんだよ』
その声を聞き、慌ててレーダーを確認すると、ちょうどエレベーターの上に青い光点――友軍機のマークを確認できた。
そしてその方向を見てみれば、そこにいたのは――――
『お〜〜いシーカーちゃんよぅ、まだ生きてるかい?』
「ヴァ、ヴァッハフント!?」
そう、あの『ルーキー殺し』のランカーレイヴン、ヴァッハフントの乗るルーキーブレイカーの姿があった。
よく見ればルーキーブレイカーの両腕マシンガンの銃口からは、先程の銃撃の名残と思われる白煙が立ち上っている。
「お前! どうしてここに……!」
『いやなに、まだおしめも取れねえようなひよっこがテメエの分も弁えずに、勇んで出ていったっていうから、見物に来たのよ』
相変わらずヴァッハフントの言葉はいちいち癇に障る。
内心でそう思いながらも、強くは言い出せないシーカー。ヴァッハフントの言っていることはある意味本当のことである上、なおかつ自分の命を助けてもらっ たのだ。
『そんでもって此処に来てみれば、ヘボACを前にチワワみたく震えているじゃねえか! 全く大した腕前だよなぁ!』
「くっ……」
嘲りの言葉を正面から受け、ぐぅの音も出ないシーカー。
確かに自分はあの時恐怖した。死ぬことに恐怖し、生きられないことに恐怖し、彼女の顔を見れないことに恐怖した。
その恐怖から逃れるためにも、ボロボロのブレイクスルーを動かして抵抗しようとしたが、冷静にあの状況を顧みると、ヴァッハフントの助けが無ければ、間 違いなく自分の生は終わりを迎えていただろう。
そうして力無く項垂れているシーカーを暫く笑っていたヴァッハフントだが、突然声を挙げるのを止め、聞こえないくらい小さな声で呟いた。
『まぁしかし……フライトナーズの連中を相手に生き残った上に、1機だけでも倒すとは大したもんだ』
「……何?」
『それはともかく、奴さんはどうするつもりかな?』
思わぬ賞賛の言葉を耳にし、驚愕するシーカーだが、ヴァッハフントの言葉を聞き、未だ上空にいる輸送機へと目を向けた。
しかし輸送機はその場で旋回を続けるだけで、一向に変化が見られない。
『ふん、思ってたよりは中々腕は立つようだな……今回は素直に引き下がるとして、次は俺が直接やるとしようか』
ボイルはそう言い残し、輸送機はその場からゆっくりと離脱していった。
輸送機が視界から消えるのを確認すると、シーカーは深い溜息を吐き、ヴァッハフントは肩の力を抜いて安心したように小さく息を吐いた。
(やれやれ、行ったか。なんにしてもフライトナーズの副隊長を相手にしなくてよかったぜ)
ヴァッハフントはそう内心でつぶやくと、チラと傍にいるブレイクスルーを見遣る。
そして此処に駆けつける前に展開した依頼人との会話を思い出した。
『オーロラシーカーを援護しろ? しかもなるべく介入はしないようにたぁ、どういう事だ』
『今のアイツには下手な情けは返って枷にしかならん。それに一人で巣立てぬようでは、これからの戦いでは生き残れん』
『……前々から思ってたが、お前さんやけにあの連中に肩入れするじゃねえか』
『………………面白いとは思わんか?』
『あ?』
『本来レイヴンというのは孤独なものだ。ACという圧倒的な力を行使して全てを破壊し、人の恐怖と恨み妬みというものを一身に背負って生き、そして誰にも 知られずにボロ布のように朽ちて死んでいく……自由な傭兵といえば聞こえはいいがレイヴンなんてそんなものだ』
『まぁ……確かにな』
『しかし奴等を見てみろ。企業に使い潰されながらもお互いが協力しながら着実に実力をつけ、今では誰もが知るランカーレイヴンだ。
正直、エネとシーカーの二人がここまで伸びる等とは誰も思っていなかったはずだ』
『……何が言いたいんだ、ローズハンター』
『私は彼らの可能性を見極めてみたい。
彼らが今までのような単なる鴉で終るのか、未来を切り拓く渡り鳥となるのか…………お前も見てみたいとは思わんか?』
(確かに、コイツラは今までのレイヴンとはどこか違う)
少し離れたところにある黒ずんだ残骸を一瞥するヴァッハフント。
肩の部分を見ると僅かにフライトナーズのエンブレムが確認できる。
つまりは先程倒したもう一機を含めると、シーカーは2機のフライトナーズのACを相手にして、1機を自力で倒したという事になる。
それを考えると、ほんの数ヶ月前までアリーナランキングの底辺を彷徨っていたとは思えないほどの上達振りだ。
ローズハンターが気に掛けるのも頷けるというものである。
(へっ、どこまでやれるのかは知らねぇが、あの『薔薇の戦士』にあそこまで謂わしめたんだ。精々気張ることだな)
とりあえずはさっさとコイツを引っ連れて、酒でもかっくらうとするか。
ヴァッハフントはそう考えると、シーカーの悪態をBGMに索引ワイヤーでボロボロのブレイクスルーを引っ張っていき、ジオ=マトリクス本社ビルを後にし ていった。
そしてこの作戦以降、二人の新人レイヴンの名は企業やアリーナ問わず広く知られるようになり、特殊部隊フライトナーズに対抗できる数少ないレイヴンとし て重宝されるようになる。
これによってエネとシーカーは、蜥蜴戦争・火星企業紛争の中心に否が応にも巻き込まれていった。
TO BE CONTINUED