ナデシコで一番忙しい部署はどこなのか?
そんな疑問に答えるとすれば複数の答えが返ってくるだろう。
整備班……確かに機動兵器やエンジン周りの整備等、複雑かつ面倒な仕事を山ほど抱えており、平時でも定期的にメンテナンスを行うため、かなり忙しいだろ う。
ブリッジ……戦闘時には文字通り戦場の如く慌しいが、それ以外は割りとヒマだったりする。
会計課……戦艦を動かすにはとにかくお金が懸かるうえ、作戦行動中以外でも備品や物資のチェックは欠かせないため、意外と忙しいらしい。
とまぁ、部署によって仕事の際はあれど、基本的にはどこもそれなりに忙しく、一概にどこが一番とは言いにくいだろう。
しかし、ナデシコの万人に尋ねるとほぼ決まってこのような答えが返ってくる。
「飯時の食堂は戦場だ」
ナデシコの誇る食堂では腕利きのコック、リュウ・ホウメイがクルーのために、そんじょそこらのレストランでは到底太刀打できないような食事を日替わりで 振舞うため、食堂はいつも盛況だ。
しかし200名を超えるクルーに対し、正規のコックはホウメイたった一人。
ホウメイ・ガールズと呼ばれるサポートの女の子達がいるが、彼女達はあくまでサポート……ただのウェイトレスに過ぎない。
簡単な調理補佐を行ってはいるが、それでもたった一人で一日三食、計600食余りの食事を作ることが出来るホウメイは正に超人といわざるを得ないだろ う。
そしてその食堂の一時の休みである午後3時……既に食堂で食事をとる人間などいない時間に、一人の少女がテーブルに座っていた。
「この香り高いデミグラスソース……そして僅かに感じられるこの甘味は、タマネギを極限まで炒めた証だね」
その少女――アイの目の前まであげられたスプーンには、湯気を立てながら光り輝く茶色のソースが光り輝いていた。
その光沢すら感じさせるモノに喉を鳴らして口に運び、至極といえる味わいを噛み締めながら堪能する。
そして彼女は目と舌の両方を楽しませるモノを作った匠のシェフをビシッ! と指し――――
「それに具材の数々に加えられたこの鮮やかな意匠! ご飯とソースの色や味を殺さず、かつこんな遊び心を加えるとは……あなた只者じゃないですね!?」
「ただの火星丼にそこまで言われるもんかねぇ……あとスプーンを人様に向けるんじゃないよ」
そのシェフ――――ナデシココック長のホウメイを盛大に呆れさせるのだった。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十七話「悲しき救出作戦」
小さな手でどんぶりとスプーンをしっかり握り締め、もきゅもきゅと火星丼を食べるアイ。
そして彼女の隣には無表情ながらも黙々とチキンライスを食べ、みるみるうちに山盛りのライスを減らしていく。
女の子とはいっても成長期。ナデシコのお子様’sは食も仕事もできるのだ。
「「ご馳走様」」
ドンッ!と音を立てて同時にどんぶりと器を置く二人。
お行儀よく食事をしていた二人だが、口の周りにソースやらケチャップやらが付いたままの所を見ると、思わず笑みがこぼれる。
二人の食事を見守っていたコック長のホウメイは、ティッシュを差し出して二人の口を拭う。
二人は口周りが汚れていることに気付き、恥ずかしながらもそれを受け入れた。
「うぅ……ありがとうホウメイさん」
「お世話をかけます……」
「なぁに、おチビちゃん達は大人に混じって大人顔負けの仕事をしてるんだ。これくらいどうってことないよ」
ハッハッハと笑いながら、そう言うホウメイ。
実際、10歳前後という年齢にも関わらずルリはオペレーター、アイは整備員の一人としてよく働いており、それはナデシコの誰もが認知していることだ。
中には小さな女の子に働かせるなんてという声も無くは無かったが、本人達が意欲的に働いているためその意思を尊重し、クルー全体で二人をさりげなくサ ポートするに留まっている。
「そういえば、今日はパイロットの連中が全然見えないけどどうしたんだい?」
「あぁ、お兄ちゃん達は作戦会議とかでブリッジの方に行ってます」
「ヤマダさんとリョーコさんは訓練が潰れたとか言ってぼやいてましたけど」
「はははっ、あいつららしいねぇ」
いつもならパイロットは、この時間になると訓練で疲れた体を引き摺って貪り食うように食事を取るものだが、流石に作戦会議をほっぽり出すことはできない らしい。
「しかし、こんな辺鄙な所まで来て何をやるんだろうねぇ?」
「……さあ? 結局私達は上の言う通りに働くだけですから」
三人が食堂の窓に目を向けると、そこは見る者全てを凍りつかせるような、吹雪の光景が広がっていた。
「さて、今回のナデシコの任務は、ココ……ホワイトランドに逃亡した誘拐犯を追跡することよ」
ナデシコのメインブリッジでは艦内のメインクルーが全て集まり、床下にあるスクリーンパネルを開いてブリーフィングを開いていた。
率先して仕切っているのは、新しくナデシコ提督に就任したムネタケ・サダアキだ。
しかし前提督のフクベ・ジン提督の腰巾着で根っからの連合軍主義者、かつ典型的な嫌味ったらしいオカマ言葉等々嫌われる要素満載な彼がクルーに歓迎され るはずもなく、ブリッジに集まっているメンバーは皆、作戦に気乗りではなかった。
だが流石に無視するわけにはいかず、艦長のユリカがムネタケに質問をする。
「えーっと、提督……そういうのは警察のお仕事なんじゃあ……」
「お馬鹿、唯の誘拐犯なわけないでしょう!」
そう怒鳴ると、ムネタケはスクリーンにもう一つのウインドウを表示させる。
それには、シティのとある施設が攻撃され、炎上している映像が映し出されていた。
「犯人は試験運用中だったACを強奪して、近くにいた施設の上役を誘拐したのよ。逃亡の際、シティガードも出撃したけどあっさり返り討ち。死傷者も多数出 ているわ」
「はぁ、しかしそういった事件は普通レイヴンに依頼するものじゃぁ……」
ジュンが困惑したような顔でそう意見する。
確かに彼の言うとおり、こういった事件は企業やシティの監督局が、レイヴンなり施設軍なりを使って内々に処理をするはずだ。
普通ならば、内部の恥を外に漏らしたりすることはまず無いと言っていいだろう。
「地球育ちのレイヴンの腕なんざ高が知れてるわよ。それに犯人の逃げ込んだ場所が問題でねぇ」
さらにスクリーンにウインドウが映し出されると、今度はそこにナデシコクルーにとっても見慣れた物が映し出されている。
「これは……チューリップ?」
「そ、ここ一帯は木星蜥蜴の勢力化で、下手な戦力を送り込んだ所でシティガードやAC一機無勢じゃ全滅するのがオチってわけ」
ムネタケの言葉に合わせて、スクリーン上のチューリップ周囲に多くの敵影が現れる。
ブリッジの面々はそれを見ると揃って嫌そうな顔をした。
スクリーン上に映っている敵の数は、流石に火星でやりあった時ほど大規模ではないが、ナデシコ単艦で相手をするのは間違いなく骨になりそうな規模だった からだ。
「つまり私達は貧乏くじを引かされたと……」
プロスペクターが、ムネタケを除く全員の心の声を代弁する。
企業もシティも、そして地球連合軍さえもこの作戦を遂行するのを嫌がったのだろうということは、容易に想像がついたのだ。
しかしムネタケもそのような反応は予想の範疇だったのか、厭味ったらしくのたまった。
「あーーら、言っとくけどこれは地球政府直々の依頼なのよ? それにナデシコもいまや地球連合軍所属という立派な軍属! 命令違反は許されないわよ」
「お言葉ですが提督、私は艦長としてクルーの命を無闇に危険に晒すことは断固拒否します」
悦に入った口調で軍命を振りかざすムネタケは、突如投げかけられた言葉にギョッとして、その声の主へと振り向く。
そこには凛とした声でそう言い返すユリカの姿があった。
普段のおちゃらけた様子など微塵も感じさせず、射抜くような視線でムネタケを見据えるユリカ。
「…………それは政府の命令に背くと取っていいのかしら?」
「提督の判断によります」
しばし二人の睨み合いが続き、ブリッジの誰もが固唾を飲んで見守っていたが、やがてムネタケの方がユリカの視線に負け、言い捨てるように言葉を続けた。
「……フン、安心しなさい。私だってまだ死にたくないしね。幸いこの辺りの木星蜥蜴はそれほど活発に活動しているわけじゃないわ。チューリップも小型の奴 が一つだけだし、下手に騒ぎさえしなければ安全に勢力圏を通過できるわ」
「ナデシコが選ばれたのはそういう理由ですか」
同様にミーテイングに参加していたネルが納得の声を洩らす。
周囲がどういうことだ、といった視線を寄越していることに気付くと、ネルはこれは個人的な見解ですが、と前置きした上で説明し始めた。
シティガードやACのキャリアーによる移動は、隠密行動に向いているとは言い難い。
ガードが動けば必然的に大部隊となって敵に察知されやすくなり、地球にあるACキャリアーは騒音の激しい旧式のジャイロタイプのものがほとんどである。
その点ナデシコは、最新鋭の戦艦ということもあってレーダー対策は万全な上、搭載できる機動兵器も結構な数になるため、単機でACを行かせるよりもずっ と効率的だ。
また作戦目的も要人の保護ということもあるため、目標を確保した後に設備の整ったナデシコで保護することを考えると、ナデシコを行かせるのもある種納得 のいくものである。
ネルがそう説明を終えると、ブリッジの面々はなるほどといった表情で頷いていた。
しかし、その旨の説明をいざ始めようとしていたムネタケは面白くあるはずもなく……
「というわけで、この作戦は絶対に成功させるのよ! いいわね!」
いつも通りの罵声で無理矢理ミーティングを終わらせたのだった。
「さてさて、パイロットの私達は暇になったわけだけど〜」
ミーテイングが終わり、目的地に到着するまでパイロットは現状維持。
そんなこんなでナデシコ三人娘+野郎二人は待機室で暇を持て余していた。
しかし以前ならばともかく、良くも悪くも最強の存在であるレオス・クラインという存在に触れたリョーコ達がそのまま安穏と過ごすわけもなく……
「まぁこんな時だからできることもある」
「シミュレーションで特訓、かい?」
もとよりアカツキもそのつもりだったのか、リョーコにそう薄く笑いながら尋ねる。
そして当然リョーコの答えは『是』である。
「おうよ! それによく考えてみれば、アキトの奴とはまだ一回も戦ってないからな」
「そういえば彼が乗ってそれなりに経つけど、まだ手合わせしたことも無かったわね」
ナデシコに乗ったと思ったら自己紹介もそこそこに蜥蜴に囲まれ、それを脱したらと思ったら基地の偵察に輸送船の調査、そしてACの襲撃に地球への転移と 目まぐるしく回っていたため、落ち着いて会話することさえ無かったのだ。
「おっしゃ! そういうことなら早速特訓だアキト!…………ってアキトの奴はどこいった?」
ヤマダがそういきり立つが、パイロットの控え室にアキトの姿が無いことに気付く。
そのヤマダの問いに、ヒカルはそういえばと指を頬にあてると、思い出したように口にした。
「アキトくんなら、ブリッジから出る時に艦長に掴まってたよ〜〜」
「で、こんな所に連れてきて何の用なんだ、ユリカ」
「むぅ〜〜! アキトは用が無ければ私とお話ししてくれないの!?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
そして当の本人であるアキトはといえば、ミーティングが終わると艦長のユリカに腕を引かれて食堂の傍までズルズルと引きずられ、何故か一緒にジュースを 飲んで駄弁っていた。
しかしユリカにとっては、ようやく訪れた意中の人との大切なお話なのだ。
「だってアキトったら、火星の時からずっとお話ししてくれないんだもん……」
「む……まぁあの後なんだかんだで慌しかったからな」
事態が色々と慌ただしかったという事もあるが、パイロットも艦長という役所は特に忙しいため時間が取りにくいのだ。
こうやって二人で落ち着いて話すことができる時間というのもそう取れるものではないため、ユリカは捲くし立てるように話しかける。
「それはそうと! アキトのお父さんとお母さんは元気にしてる?」
その問いを聞いた瞬間、アキトの脳裏に白衣姿の両親の姿が浮かび上がる。一瞬眉を盛大に顰めそうになるが、ユリカの手前なんとかそれを抑え込む。
そしてユリカは純粋に別れた後のアキトの様子を聞きたかっただけだが、アキトの答えはユリカにとって想像もできないものだった。
「そっか、お前は知らないんだっけ。俺の両親は死んだよ。お前と別れる際の見送りに行った帰りに、研究所が爆発してな……」
言葉の意味を理解し、口を噤むユリカ。
思いがけないアキトの答えに続く言葉が見つからず、ユリカは顔を伏せたまま消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にするしかなかった。
「そんな…………ゴメン、私聞いちゃいけないこと聞いちゃって」
「いや、お前が気にするなって」
アキトの優しい声色に顔を上げるユリカ。彼女の瞳には、優しく微笑みながら笑いかけるアキトの顔が映っている。
こうしてほぼ密着しながら顔を向け合うシチュエーションは、まるで恋人のようでは無いか?
さっきまで気の重たくなるような話をしていたというのに、この切り替えの早さは流石はユリカといった所か。
「父さんや母さんのことは仕方なかったんだ……確かにそれは悲しいことだけど、こうして俺達が会えたことを素直に喜ぼう」
「アキト……」
穏やかにそう話すアキトに心から蕩けそうになるユリカ。
瞳は潤み顔は紅潮し、頬には仄かな赤みが差し、その顔には言いようも無い艶が浮かび上がっていた。
そんなユリカの様子に、アキトの顔も赤くなり、今まで見たことも無いユリカの様子にたじたじとなってしまう。
そして次第にその場の雰囲気に流され、ユリカが目蓋を閉じ唇をそっと突き出すと、アキトもそれに応えるようにゆっくりと顔を近づけ、二人の距離が縮まり ――――……
「あーーーっ! こんな所にいた、お兄ちゃん!!」
「「っ!!?」」
咄嗟に我に帰り、即座にユリカから身を離すアキト。
それに対し、邪魔が入ったことでユリカは盛大に顔を顰め、いかにも不満な様子だ。
そしてその邪魔をした張本人のアイは、そんなユリカの様子を気にすることなく眼中に無いといわんばかりにアキトの元へと歩み寄ると、ニッコリと邪気の無 い笑みを浮かべた。
「ア、アイちゃん!? どうしたの?」
「シミュレーションでの特訓をやるからって、リョーコお姉ちゃん達が探してるよ。私もエステバリスでのお兄ちゃんのデータが欲しかったから手伝うことに なって、探してたんだ」
「そっか、じゃあすぐ行くよ。……あ、ユリカ、それじゃあまたな。艦長の仕事頑張れよ」
「え……あの、アキト!? 私、もう少しお話を!!」
言うが早いかアキトはアイの手を取ると、そそくさと足早にその場を離れていった。
その様子はまるで、妻に浮気現場を見られた夫のそれと似たようなものを感じさせるものである。もちろんこの場合、妻が誰に当てはまるか言うまでも無いだ ろう。
「わ、私、小学生の子供に負けた……?」
そしてその場に一人残されたユリカは一連の出来事に呆然とし、そう呟いてただそこに立ち尽くすしかなかった。
「くす、これ以上ライバルを増やしてなるものですか」
「何か言った? アイちゃん」
「べっつに〜♪」
げに怖ろしきは少女の手腕也……
既にアキトは、無意識の内にアイに捉えられているのかもしれない。
そう、まるで蜘蛛の巣に絡め採られたチョウの如く――――
そして数分後、ナデシコのシミュレーションルームにはパイロットの全員が揃っていた。
「さて、アキトも来た所で改めて自己紹介しとくか」
「そういえば、お互い顔合わせすらしてなかったわね」
くどい様だがナデシコのパイロットは、未だアキトとまともに自己紹介もしていないのだ。
散々戦闘中に会話をしているというのに、奇妙なものである。
それはともかく、パイロット達は思い思いに自己紹介をしていく。
「俺はスバル・リョーコ、暫定的だがエステ部隊の隊長をやっている」
「何言ってやがる! 隊長はこのオレ、ダイゴウジ・ガイ様に決まってやがぷおろっ!?」
「ハイハイ、冗談はほどほどにねヤマダ君。あ、彼の本当の名前はヤマダ・ジロウって言うから。で、僕は前回も紹介したけど一応名乗っておこうか、アカツ キ・ナガレさ、よろしくね」
「オイ! 俺様の名前はダイゴウジ……」
「あたしはアマノ・ヒカルで〜す。よろしくね、アキトくん♪」
「マキ・イズミ……夜露死苦ね」
こうしてみると、随分個性的なパイロット達だなぁ、等とアキトは自分の事を棚に上げてそう心の中で思った。
それはともかく、他の面子は紹介が終ったため、アキトも自己紹介をする。
「ナーヴス所属のレイヴン、ミルキーウェイ……っていうかみんな、一応俺はレイヴンだから本名の方は控えて欲しいんだけど」
「な〜〜に今更言ってやがんだよ!」
「そうそう、もうこのナデシコじゃレイヴンネームを呼ぶ人なんてほとんどいないじゃ〜ん」
そう、既にこのナデシコの中ではレイヴンネームなどあって無いようなものだった。
ブリッジクルーは言うに及ばず食堂や整備班の人間にも本名で呼ばれる始末。これではレイヴン本人の個人情報秘匿も意味を為さない。
「いや、そうは言ってもな〜……」
「あのね、アキト君。ここじゃレイヴンネームなんていうのは、ヤマダ君の魂の名前と同等の意味なんだよ?」
アカツキの言葉にぴた、と動きを止め暫し熟考するアキト。
そしてヤマダの方を見て小さく頷くと……
「うん、遠慮なく本名で呼んでくれ」
「どういう意味だよそりゃ!!」
どうもこうもそういう意味である。
流石のアキトもヤマダと同じ扱いは嫌だったのだろう。
それに本名が知られているのにレイヴンネームで呼ばれるのは、それは信頼されていないということと同等かもしれない。
「それはともかく、特訓って言ってもどういう風にやるんだ?」
「まずは全員の戦闘力の把握だ。特にアキトとロンゲの実力は俺達もまだよく分かってないからな」
新入りのアカツキは言うに及ばず、エステバリスに乗って日の浅いアキトについても他のパイロット達はまだよく分かっていないため、妥当な所だろう。
「つーわけでアキト! まずお前は俺達全員と一人ずつ戦ってもらうぜ!」
「ちょ……ってことは五連戦!?」
流石にそれは予想してなかったらしく、冷や汗を流すアキト。
ただでさえ神経を使う対人戦シミュレーションを、連続で五回はかなり厳しい。
アキトは間に休憩を挟むなり、違う人がシミュレーションを行うなど休む時間をいれて欲しいと懇願したが……
「後が支えてるからドンドン行くよ〜♪」
などとヒカルに言われ、あれよあれよと言う間にシミュレーション筐体に押し込められてしまった。
そして彼女も嬉々として筐体に乗り込み、さっさとシミュレーションを開始するのだった。
「……なんだか彼女達珍しく随分やる気だね?」
「あいつら三人は、以前アキトと火星で三人がかりで戦って負けてるからな〜。それのリターンマッチのつもりなんだろ」
「納得」
「ふっふっふ、AC相手ならともかく、エステちゃんじゃあ負けないよ〜〜」
「うーん、まだエステにはそんなに慣れてないから、できればお手柔らかにお願いしたいんだけどなぁ……」
手をわきわきさせ、嬉しそうな表情をしながらシステムを起動させるヒカル。
対するアキトはといえば若干困惑しながらも、慣れた手つきでシステムを起動させていた。彼も暇を見つけてはこの筐体で特訓しているのだ。口では弱気なこ とを言っているが、彼自身負けるつもりなど毛頭無かったりする。
「ふっふっふ〜、さて、準備はいいかなアキトくん!?」
「あんまよくないですけど、いいですよ〜」
やる気な下げな声で返事をするアキトだが、既に彼の目は戦闘時のそれと同じく鋭い目つきで画面を睨みつけていた。
機種はアキト、ヒカル共にラピッドライフルとナイフを装備した通常のエステバリスだ。今回のシミュレーションの目的ははあくまで全員の実力を見るためな ので、アキトの搭乗する改造エステは使用禁止になっている。
ステージ条件は重力下での空中戦闘、1ラウンド5分の一本勝負。そして両者が準備を終え――――戦闘開始!
『Fight!!』
「いっくよ〜〜!」
言うが早いかヒカルは腰溜めに構えてラピッドライフルを連射し、アキトの目の前に弾幕を形成する。
アキトは開始直後に突進して、一気にカタをつけようとしたが、出鼻を挫かれる形になってしまう。
「あはは〜♪ アキト君の戦闘パターンは記録ディスクで大体分かってるんだよ〜」
「ちょっと、それ酷くない!?」
そう口にしながらもライフル弾をしっかりと避けるアキト。彼にとってはエステ単機での弾幕などどうということはなかったりする。
アキトはエステを高速で左右に揺らしながら弾を回避し、的確にライフルを撃ち返していた。
ヒカルもただ闇雲に撃っているわけではなく、有効射程をしっかりと把握した上で戦闘機動を行いながら攻撃しているのだが、そのほとんどが回避されるか、 フィールドで弾かれている。
先手を取ったにもかかわらず、次第にヒカルはアキトに押され始めていた。
「も〜〜っ! なんで当たんないのぉ〜っ!?」
距離を維持したままの銃撃戦、同等の機体スペックに全く同じ武器、そしてこちらの先制攻撃という条件下でなぜこちらが負けるのか?
ヒカルは若干混乱しつつもライフルを撃つが、そう長い間弾が続くわけも無く、銃身が甲高い音を出すと銃口から火が消えた。
「弾切れっ!?」
即座にマガジンを切り離し新しいのと交換するが、弾幕が途切れた隙をアキトが見逃すはずも無い。
「今だっ!」
バーニアの出力を全開にして懐を詰めるアキト。
それに気付いたヒカルは、リロードが間に合わないことを即座に判断するとライフルを投棄。ナイフを取り出し眼前に構え、迎撃の体制をとった。
アキトもライフルを2,3発撃ってフィールドを減衰させると、近接戦闘の邪魔になるライフルを投棄し、格闘戦へと移行する。
目前に迫った桃色のエステに対し、ヒカルはフィールドを纏った反対の手を突き出して応戦。しかしそれは簡単に往なされ、逆に腕を掴まれると、桃色のエス テは腕を覆い被さる様に組み敷こうとする。
しかしヒカルはそれを半ば予測していた。
自身の格闘スキルがあまり高くないことを知っていたヒカルは、組み敷かれた事を判断すると、即座に腕をパージ。
体勢が前のめりに崩れたアキトのエステのコックピット目掛けて、ナイフを振り下ろした。
(獲った!)
ヒカルが感じたそれは確信とも言えるもので、相手が普通の相手ならば決着が付いていただろう。
そう、相手が『普通の相手』であれば……
ガシャアアンッッ!!
振り下ろしたナイフがエステのコアに当たる寸前、左側から盛大な衝撃が走る!
ヒカルが左面のモニターを見てみると、そこにはエステの踵がでっかく映し出されていた。
そう、アキトはヒカルが腕をパージしたと判断した瞬間、崩れた姿勢をさらに回転させ、ヒカルの死角から蹴りを放ったのだ。
この上ない変則的なものだが、似たような技を当てはめるとすると――――
「ど、胴回し蹴り〜〜っ!?」
――が当てはまるだろう。
その胴回し蹴りを受け、横によろめいたヒカルスエステ。僅かな間動きを止めるが、すぐさま起き上がると体勢を立て直す。
しかしモニターには桃色のエステの姿は無く
ガツン――――
背後から甲高い音が上がるのを耳にし……それが銃口だと理解すると。
チュドーーーーン!
爆発音と共に盛大にコックピットが揺れ、モニターには『GAME OVER』の字が浮かび上がったのだった。
「うぅ……負けちゃった」
「何やってんだよヒカル! アキトはエステの搭乗時間10時間足らずなんだぞ!」
「そんなこと言われても〜〜……」
「彼、IFSの経験値がかなり高いようね」
リョーコがヒカルに怒鳴り込む傍ら、イズミはアキトの腕前に心底感嘆していた。
終盤の格闘戦の手際も見事だが、特にイズミが注目したのは開始直後の射撃戦だ。
アキトの動きは高速に動くことに加え、上下左右に動くだけでなくスピードに緩急をつけて飛び回っていたため、ヒカル機のロックオンカーソルは思うように アキト機を捉えることが出来なかったのだ。
そのような技法はイズミだけでなくヒカルやリョーコも出来ることだが、それを長時間、しかもそれに加えて常時相手を補足し続けた上に的確に攻撃を加えて いるということは、ベテランのパイロットでも難しいものだ。
派手な動きや目立った技術はないが、基本に忠実を高い精度で行うということは、下手なテクニックより難しい。
「フフフ……燃えてきたわ」
イズミはそう呟くと筐体に乗り込んた。
二戦目は重力下での荒野ステージで、機体はお互いが陸戦フレームのウェポンフリー(自由兵装)。
倒壊したビルなど障害物の多い荒野ステージでは、兵装の選択も然ることながら、立ち回りも重要になってくる。
両者、兵装を選択し終え――――戦闘開始!
『Fight!』
開始直後、イズミはまずレーダーでアキトのエステの大まかな位置を確認すると、障害物を縫うようにして後方に移動……その際にあるモノを進路上にばら撒 いておく。
そして倒壊した高いビルに登ると、陸戦フレーム専用のレールガンを構え、スコープ内に桃色のエステを捉え……発砲した。
アキトはといえば、初めて目にした荒野のステージに戸惑いはしたが、接近して敵を倒すスタイルは変わらないため、レーダー上に映るイズミ機目掛けて高速 で地上を疾走していたが――――
ズドーーン!!
「うわっ!?」
突如横にあったせり出した壁が爆発! フィールドが大きく減衰させられた。
たたらを踏み、一歩後ろに下がると同時に――――
ガンッガンッ!
地面を穿つ二つの銃弾! それがエステからの狙撃と判断したアキトは即座に傍のビルへと身を隠す。
一瞬遅れてビルの壁面に連続して銃撃が見舞われ、辺りに大量の砂埃が舞った。
(このルートは駄目だ……なら回りこむっ!)
そう判断するとアキトはビルの反対側から飛び出すと、ルートを変えてイズミ機の元へと向かうが――――
ズドドーーーンッ!!
またもや壁が突如爆発し、フィールドを減衰させると同時にアキトの視界を煙が覆ってしまう。
そして更に続く遠方からの精密射撃!
ガンッガンッ! ガンッガンッ! ガンッガンッ!
なんとか狙撃を回避し、再びビルの物陰に隠れるアキト。しかしアキトはまだ一発も撃っていないのだ。
このままでは時間制限によって、ダメージを多く受けているこちらが負けてしまう。
「くそっ……全然近寄れない!」
「このまま決めさせてもらうわよ」
そう呟くイズミも内心では非常に焦っていた。
本来なら最初の狙撃で駆動系を撃ち抜き、二回目の狙撃で相手を行動不能にするつもりだったのだ。
しかしアキトはそれを偶然も重なりながら二度も回避し、フィールドこそ減衰させたものの未だ一発のクリーンヒットも決めていない。
射撃の腕に自身を持っていたイズミとしては、かなり悔しがっていた。
そしてアキトはと言えば遠方からの攻撃をやり過ごすうち、イズミの戦法に当たりをつけていた。
(最初と二回目の爆発の正体は恐らくエステの吸着地雷……それをありったけ持ってルート上の至る所にばら撒いたんだな)
迂闊に近寄れば地雷でズドン。慎重に地雷を処理したりやり過ごそうとすれば狙撃でズトン。
典型的ながら、見事なまでの徹底した遠距離戦法だ。
だが手の打ちようはある。
アキトはエステの持つ火器をチェックし、イズミ機の位置を確認すると絶好の射撃ポイントを見つけ、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして火器を立ち上げ、滑るようにビルから踊りだすとイズミのいる半ば倒壊したビルへとその火器を向ける。
「出てき…………げ」
イズミはスコープ内に捉えた桃色のエステの姿を見ると、即座に狙撃モードを解除しビルから飛び降り、逃げ出した。
何故なら向こうは、凶悪な威力と存在感を誇る陸戦フレーム用のグレネードとミサイル・ランチャーをこちらに向けていたからだ。
ロックオンもそこそこに、アキトはビルに狙いをつけると――――
ズドドドドドドドドーーーンッ!
銃口を向けるや否や、一斉に放たれたミサイルと榴弾。辺りに響く轟音と共に飛翔する無数の弾は、ビルに着弾すると盛大な爆発と共に灰塵と化し、そのビル から半径数百メートルは大量の瓦礫と砂塵で埋め尽くされてしまった。
そして倒壊していくビルを横目に、瓦礫の影には身を潜めるイズミの乗る水色のエステの姿がある。
「くっ、無茶苦茶もいい所だね!!」
「それはどうも」
その声にギョッとして、声のする方向に振り返ってみれば、いつの間にか手を伸ばせば届きそうな位置に桃色のエステバリスの姿があった。
グレネードとミサイル・ランチャーは投棄したらしく、手にはライフルとナイフしか持っていなかったが、この距離になると十分だ。
応戦するためにレールガンを向けるイズミだが、至近距離でそのような長物が使えるはずも無く、レールガンをナイフで弾き飛ばされた後にライフルを向けら れると――――
「あ……」
ダララララララッ!! チュドドーーーーン!
ラピッドライフルの連射であえなくイズミも『GAME OVER』となった。
「どうしてこちらの位置が分かったんだい?」
「狙撃をするんだったら、いつまでも同じ場所にいるのは厳禁ですよ。地雷を使った遠距離戦闘はいいアイデアだと思いますけど、開始直後にそんなに地雷を設 置できるはずがありませんから、二つの地雷設置ポイントとイズミさんの狙撃位置を考えて退避ポイントをいくつか絞り込めたんですよ……まさか初っ端から当 たりだとは思えませんでしたけど」
「実力だけでなく、運もあるってことかい……完敗だね」
「ええい、てめえらだらしねえっ! 次は俺が相手だ!」
未だ呆然としていたイズミを押しのけ、今度はリョーコが筐体の中へと乗り込むとシステムを立ち上げようとする。
「流石に三連戦はキツイんだけど……」
「うるせえっ! つべこべ言わず、とっとと始めるぞ!」
アキトの願いも空しく届かず、再びシミュレーションを開始する。
三戦目、リョーコとのバトルステージは宇宙空間……無重力化での自由戦闘で、フレームは勿論0G戦フレーム(標準武装)。
CGの宇宙空間には一切の障害物が無く、そこでは己の力量のみが試されるステージだ。
互いが離れた位置に配置され――――戦闘開始!
『Fight!』
「いくぜオラアッ!!」
「ちょっ、いきなり!?」
アキトの十八番である先制の突貫攻撃を、逆にリョーコの方が仕掛けてくる。
牽制がてらにラピッドライフルを乱射しながらフィールドを纏って突進してくる様は、機体の色も相俟ってまさに飢えた赤い獅子。
距離を瞬時に詰めて即座に格闘戦へと移行する直前、ライフルを腰にマウントしてナイフを取り出し機体を沈めると、全身のバネを使うようにして飛び掛って きた。
赤色のエステは目前まで迫ると、首をかっ裂くようにナイフを横に薙ぐが、桃色のエステはそれを後ろにスウェーすることで回避。
しかし、続いて右の飛び膝蹴りから蹴撃へと続くニ連続蹴りへと技を繋げると、さらに片方のバーニアを吹かして左のハイキックが襲い掛かる。
一、二撃目こそ受け止めることが出来たが、最後のハイキックを往なすことができずまともに頭部へと受け、横に吹っ飛ぶアキト機。
「まだまだ行くぞーーっ!!」
「くっ……!」
しかしリョーコは更に追撃を続け、流れるような拳のラッシュを桃色のエステへと叩き込んでいく!
正拳、肘撃ち、裏拳に留まらず、フックにボディブローにストレート。更にはキックボクシングさながらのローキックも混ぜるなど、総合格闘技もびっくりの 近接戦闘技術だ。
対して熾烈なラッシュを受けているアキトはと言えば、亀のように縮こまりながらなんとか攻撃を捌いているのが精一杯だ。
ACの搭乗経験から戦闘技術は高いとはいえ、接近戦などはブレードによる競り合いが精々でしかない。そのため、このような拳を使った殴り合いはアキトの 最も苦手とするところなのだ。
とはいえ、アキトもこのまま黙ってやられるつもりは毛頭無い。
「くっ……このままやられてたまるか!」
アキトは正面から迫った拳をなんとか受け止めると、握ったまま僅かに横に回りこみ、リョーコ機の赤いエステのボディを蹴ってその反動で距離をとる。
反撃開始とばかりにラピッドライフで狙いをつけるが――――
「逃がすかよっ!」
リョーコは腰に備え付けてあるマガジンを取り外すと、アキト機に向かってそれを投擲した。
ライフルの弾とマガジンが交差し命中すると、閃光を伴った爆発が起こる。
アキトはその光に一瞬視界を奪われて、射線が大きくぶれてしまう。そしてリョーコはその一瞬の隙をつくと再び間合いを詰め、今度は拳に強力なフィールド を纏わせる。
「これでぇーーーっ終わりだああぁーーーーっ!!」
リョーコの絶叫にも似た声と同時に、桃色のエステのコア目掛けて突き進む拳。
アキトは視力が回復すると同時にその拳に気付き、致命的な距離までに迫ったそれをなんとかして阻もうと必死に機体を操作する。
そして互いの機動兵器が今にも衝突しそうになったその時――――!!
ビイーーーーッ! ビイーーーーッ! ビイーーーーッ!
艦内に鳴り響く警報と共に、シミュレーターは強制的に終了してしまった。
「目的場所までは安全じゃなかったのか!」
「なんでも艦長がグラビティブラストを撃ったことで、ナデシコの存在に気付かれたようです」
「ちょっと! 何をやっているのよ艦長!!」
「ふえ〜〜ん、だってだって〜〜!」
安全圏と思われた区域を飛行していたため、ナデシコ艦内のほとんどの人間は揃って慌てて動き出していた。そして慌しく戦闘配備に就く最中、ブリッジでそ んな会話がされたとかされていないとか……。
一方、あと少しというところでシミュレーションを中断させられたリョーコは怒り寸前と言った所だ。
「ちっくしょ! いい所で邪魔が入りやがって!」
「あはは〜、もう少しで決まりそうだったもんねぇ〜」
ヒカルが言うように、アキトとリョーコの戦闘は終盤はほぼリョーコの独壇場で、加えて中断する直前は決着がつく間際とも言えた。
そのため、リョーコの怒りも半端なものではなく、いつもつるんでいるヒカルとイズミも、中々話しかけられないほど荒れている。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
そしてもう一人の当事者であるアキトは、未だ慣れないエステバリス用の薄いパイロットスーツを身につけ、アイに連れられて格納庫の脇に置いてある改造エ ステバリスへと乗り込んでいた。
IFSを通じてシステムを立ち上げる際、感覚が以前のACのソレと似たようなものであることに気付いたアキトは、傍でニコニコ笑っているアイに気付く と、もしかしてと思って尋ねてみた。
「まさかアイちゃんがエステの調整をやってくれたの?」
「えへへ……ウルバタケさんに手伝ってもらいながらだけどね」
「すげーぞこのお嬢ちゃん。俺が教えたことをきっちり守りながら、お前さんに合わせた調整を的確にこなしていくんだからな」
アイにエステバリスの整備について教えを請われた時、ウリバタケはあまりいい顔をしなかった。
それも当然で、成人にも満たない女の子に機械の仕事をさせるなど普通の人には考えもつかないし、なにより機動兵器の整備は豊富な知識がないと危険な上、 それに搭乗するパイロットの生死にも関わってくる重要な仕事だ。
しかしアイの熱意は本物で、彼女にはACのソフトウェア関連の知識があるということで、エステのプログラムを中心に仕事を手伝ってもらったが、ウリバタ ケは当初、たった10歳の女の子が何をできるのかと高をくくっていた。
だが時が経つと、その成果を見せてもらうとそんな考えは吹き飛んでしまった。
元々完成度の高いエステの戦闘プログラムが、更に洗練されており、随所にACの流れを汲んだ部分も見受けられ、心底感心したのだ。
もっとも「そんな面倒なことしないで素直にACの修理が終るのを待った方がよくね?」等と考えもしたが、それを言うと暫くの間経験豊富なパイロットが一 人減ってしまう上、なによりせっかく作ったプログラムがもったいない。
とにかくアキトにはその心遣いが心底有難かった。
システムを立ち上げ、IFSがリンクしたことを確認すると、エステの腕を持ち上げて何度か動作確認をする。
(凄い……今までエステに感じた違和感がほとんどない。各部スラスター出力、腕部運動性能に照準補正速度……うわ、反動抑制のパラメータもいじってあ る!)
あまりも自分に合わせられた設定に感心しきりなアキト。これなら今まで以上にエステを自在に動かすことが出来るだろう。
「本当に有難うアイちゃん……じゃあ行って来るよ!」
「気をつけて行ってね、お兄ちゃん!」
アイの声援を真摯に受け止め、エステをカタパルトへと進ませると、アキトは吹雪の戦場へと身を投じていった。
『おっ、来たね色男君』
アカツキのからかいの声に若干眉を顰めながらも、目の前の戦場に集中するアキト。
戦艦こそいないが、ジョロやバッタがひっきりなしに飛んでいる。
氷原の谷間を縫って巡航するナデシコは側面と後方から攻撃を受けてはいないが、その分上方と正面からの敵の攻撃は熾烈で、ナデシコは防御にフィールドを 回すので精一杯だ。この吹雪と狭い峡谷の中ではミサイルもグラビティブラストも満足に使えないだろう。
「茶化すな、アカツキ……ルリちゃん、状況はどうなってる?」
『敵の数はそう大したことありませんが、この混乱で犯人のACの機影をロストしました。おそらく戦闘に紛れて潜伏場所を変えたと思われます』
ここホワイトランド周辺は常に吹雪いている上に、入り組んだ峡谷が木の根の如く張り巡っており、まるで天然の迷路のようになっている。狭い峡谷の中で戦 闘なぞ起こると、小さな反応を見失ってしまうのも無理は無い。
幸いロストしてからそう時間は経っていないようで、すぐに追いかければ間に合うかもしれないとのこと。
しかしこのままナデシコを放っておくのも、アキトには戸惑われるが……。
『おいアキト! オメエが先行して敵ACを見つけてこい!』
「え、いいのか!?」
『この中で一番火力が高いエステに乗っているのはお前だろ! それに相手は実験機とはいえ、新型のACだ! ACの事はレイヴンのお前が一番よく知ってる はずだ!』
『蜥蜴ちゃん達はあたし達に任せておいて、早くお仕事終わらせて来てね〜』
『まだうちらとのシミュ戦を満足にやってないからね』
彼女達の言うことも最もだ。
ナデシコのパイロットはいずれも一流の腕を持つもの達ばかりだが、ACの事についてはレイヴンであるアキトが一番の適任だろう。
それに彼らがいれば、ナデシコもそう簡単に落ちることはあるまいと判断する。
「……分かった、任せてくれ!」
『アキトーーー! 敵を見つけたら一番に俺様に知らせろよぉーーっ! ゲキガンソードの錆にしてやるぜ!』
『こちらが片付いたら僕らも直にそっちに向かう。一人で片付けようなんて思わないようにね』
ヤマダとアカツキのそんな声に苦笑しながら、最後に反応のあったポイントへとエステを飛翔させる。
そしてエステを加速させる中、アカツキから投げられた言葉に僅かながらの険があったことに、アキトは少なからぬ疑問を抱いていた。
「熱源反応……? 見つけたっ!」
猛吹雪の中細い氷山の谷間を暫く飛んでいると、レーダーに赤い光点が映る。
バッタより大きく、カトンボなどの戦艦よりも小さいこの大きさは、ACのもので間違いないだろう。
「それにしても……早い!」
だがその移動速度は、この極寒の氷山という環境の中でACとしては桁違いの早さだ。恐らく軽量二脚よりもずっと早いに違いない。
しかしそれでも、僅かにエステバリスの方が早いのか、少しずつながら目標に近づいていく。
そして数分後、ついにモニターの視界に敵ACの姿を捉えることに成功した。
「あれは……フロートタイプACか!」
成る程、唯一海上を自由に行動できるフロート脚部なら確かにあの速さは納得がいく…………だがあの姿は何だ?
浮遊する脚……というにはあまりに先鋭的、かつ悪魔的なそのシルエットに、上半身と腕部はフレームがむき出しの軽量パーツ。
その細い体にこれでもかと詰め込まれた数々の装備……今まで火星でも見たことの無いそれは、恐らく市場にも出回っていない実験パーツだろう。
しかし、あれほどの軽量機にあそこまで兵装を無理矢理詰につめ込むとは、搭乗者の事をほとんど考えてないのではないか?
アキトはそう心中で考えた。
「……いや、今はともかく人質をどうにかして助けないと」
見た限り人質が外に出されている様子はない。恐らくコックピットに共に乗り込んでいるか、もしくは他の場所に軟禁されているのだろう。後者ならともか く、前者だとかなり厄介なことになる。
そう考えながらも、アキトはとにかく敵ACの動きを止めるため、脚部へラピッドライフルを撃ち込んだ。
『!!?』
突然の攻撃に驚いたのか、二三度蛇行するAC。
しかしあまりダメージを受けた様子は無く、その上即座にこちらの位置を掴んだのか、見事なターンを決めてこちらに向き直る。
改めて敵ACの姿を見てみると、やはり異形と言う言葉がぴったり当てはまるようだ。
機動力以外、全てをかなぐり捨てたような先鋭的なフォルムの脚部に、恐らくジオ=マトリクスのものであろう軽量コアに頭部と腕部。
背中には見慣れないミサイルポッドに、バレル部分が見えないが恐らくチェーンガンであろう砲身。そして手には、これまた先鋭的なフォルムの、黒光りした レーザーライフルが握られている。
はっきり言って既存のフロートタイプとは到底思えないような重武装だ。
「こちらはネルガル所属、戦艦ナデシコのレイヴン「ミルキーウェイ」だ……犯人に告げる。直ちに武装解除して人質を解放しろ」
慣れない口調で敵ACに向けてそう呼びかけるアキト。そして同時に、通信で現在位置の座標をナデシコへと送る。
後は増援が来るまで相手を足止めするだけだ。
いつもならこのような回りくどいことはしないが、今回の作戦の目的は人質の救出が最優先だ。
しかし、相手はテロリスト。そう簡単に太刀打できる相手では無いだろうと考えたアキトだが、敵ACから以外な反応が返ってきた。
『オマエモ………レイ……ヴン……?』
「!?……そうだ、同業のよしみだ。既にこの位置も味方に知らせている。死にたくなければ早く人質を解放して投降しろ!」
言葉から察するに相手もレイヴンなのだろう。
穏便に済ませればそれに越したことは無いと、相手の言葉に違和感を覚えながら投降を促すアキト。
だが――――
『トウコウ……ツカ…マル…………アソコ、モドル? ………………イヤダ…アイツ……イッショニ…カエル……!!』
ジャキッ!
「くっ!?」
うわ言の様に呟く敵ACから突如向けられる銃口。
アキトは空恐ろしいものを感じ、即座にその場から離れると――――
ギャオンッ!!
先程までいた空間を蒼い光が貫き、背後の氷山の一部に当たると一瞬で融解させた。
「今の光は……まさか『KARASAWA』!?」
アキトが知る由も無いが、敵ACの持つレーザーライフルはアキトの言う名銃KARASAWAとは違い、それの廉価版ともいうべき新型の右腕部兵装で形式 番号を[ZWG-XC/01]――後の世に、そのフォルムと威力から通称カラサワならぬ「カルサワ」と言われるものだった。
当然威力はオリジナルには到底及びつかないものだが、アキトにそんな事が分かるわけもなく、最大限の脅威としてそれを認識する。
(真正面からじゃ駄目だ、周りこまないと!)
しかし周りは剥き出しの氷山だらけで、思うように回り込むことが出来ず、攻め込めないアキト。
そうこうする内に、敵ACが背中のミサイルポッドを立ち上げる。
ドシュシュシュシュシュシュッ!!
「なっ! 六連発!? ――――ええいっ!!」
結構な大きさのミサイルが真っ直ぐエステへと飛翔していく。
幸い素直な弾道なため、切り返しで避けることに成功するが――
ズドドドォーーーーーン!!
氷山に命中すると盛大な爆発を起こし、あたり一面が氷の欠片と水飛沫で覆われてしまう。
一角とはいえ、氷山を粉々にすることを考えるととんでもない威力である。
だがそのおかげで、アキトは飛沫に紛れて敵ACの懐へと潜りこむことに成功する。
改めてエステのコックピットからACを見上げると、その大きさが顕著に現れる。フロートタイプは若干小ぶりとはいえ、それでもエステよりも一回りは大き いのだ。
(だけど、此処まで接近できれば……!)
ナイフを抜き、コアと脚部のハードポイントに狙いを定めると、ナイフにフィールドを纏わせると一気に振り抜く――――
ギャイイイイインンッ!!
寸前、目の前に巨大な光の壁が生まれ、ナイフは呆気なく弾かれてしまう。
咄嗟のことでアキトは反応できず、そのまま光の壁……エネルギーフィールド越しに殴られ、吹き飛ばされた。
「ガハッ……!!」
一瞬意識が飛ぶがなんとか持ち直し、機体を制御して再びACへと視線を向ける。
その敵ACの左腕には、蒼く輝く光の盾が顕在していた。
「エネルギー……シールド!?」
敵ACが展開しているエネルギーシールドは、同じカテゴリーの中でも最高の代物と言われる[ZES-99/MIRROR]。
確かにあのシールドならば、フィールドを纏ったナイフをも弾き飛ばすことは可能だろう。しかしそれが余計にアキトの疑念を駆り立てた。
(唯でさえ消費エネルギーの高いフロートタイプに、エネルギーシールドなんて……このACを組んだ奴は何を考えているんだ!?)
ACの機動力はブースターだけで決まるものではない。
搭載しているジェネレーターの出力と、機体の消費エネルギーとの差がそのまま全体のエネルギーキャパシティーとなり、機動力が決定するのだ。つまり、機 体の消費エネルギーが低ければ低いほど、キャパシティーは大きくなり、長時間ブーストを稼動させることができるのである。
しかし敵ACはどうであろう。
到底高出力のジェネレーターなど乗せられそうも無い軽量ボディに、フレームに負担の掛け易い軽量ボディ。
そしてそれぞれのカテゴリーでも特に消費負担が高いと言われるフロート脚部にエネルギーシールド。
これに加えて重武装を加えているのだ。並のアセンブルではまともに動くことすらままならない。いやそれ以前に、過剰積載(オーバーウェイト)になってる 可能性もある。
(相手はただのレイヴンじゃない……まさか強化人間か!?)
強化人間――――己の体に様々な機器やナノマシンを埋め込みその身をサイボーグと化し、ACに搭乗することによって飛躍的に機体能力を向上させる禁断の 技術。
彼らは高性能のレーダーを自前で済ませるだけでなく、ジェネレーターやブースターの出力増加、果てはレーザーブレードの威力さえも向上させるという、正 にレイヴンにとっての改造人間と言われるべき存在である。
目の前の敵ACのパイロットは、おそらく強化人間なのだろう。でなければああまで理不尽な兵装に納得行くはずが無い。
「くそっ、厄介なことになったな……」
ただのレイヴンならエステ単機でも、容易にとはいかないが足止めくらいはできたはずだ。
しかし相手が強化人間となると、その戦闘力はとても侮れるものではない。
アキトはこの任務の困難を痛感し、どのようにして目の前のACを足止めするか必死に頭をフル回転させる。
「ここでいくら暴れても無駄だぞ! ACだって、そういつまでも使えるわけじゃないんだ! 頼むから投降してくれ!」
『トウコウ……スレバ、オレ…ハ…………ショブン…サレルッ!!』
(処分? …………こいつ、何を言っている!?)
尋常ではないパイロットの様子に、困惑するアキト。
ブリーフィングでの情報では、相手は実験機を奪い、場当り的に大使を攫った誘拐犯としか聞かされていない。
しかしその相手は、ACの腕前や能力も高い強化人間ときている。加えて、パイロットの言動や振る舞いに奇妙な点も多く、唯の誘拐犯では納得できない。
しかし考える時間など向こうは与えてくれるはずもなかった。
『アソコ……モドル…イヤダ!! ……オマエ…ジャマ…………キエロ…キエロ……キエロキエロキエロキエ ロキエロキエロ!!!!』
激昂……いや、恐怖からくる怒りだろうか?
通信越しからでも感じる激しい感情の渦に、攻撃を躊躇うアキト。
しかし相手はそんなアキトの事などお構いなしに、右手に握るレーザーライフルやチェーンガンを狂ったように乱射しはじめる。
光弾・実弾は周囲に聳え立つ氷山や岩壁にぶつかり、爆音と氷塊、そして岩石を撒き散らしながら辺りを水飛沫と水蒸気によって覆い隠してしまう。終いには 落石した岩や氷に反応してライフルを撃つ始末。これでは動くこともままならない。
アキトはエステを傍の岩陰に隠れさせて、所構わず飛び回る光弾をやり過ごしながら、どうするか考え込んでいた。
「くそっ、これじゃ迂闊に接近できない……!」
おまけにこの状態では、敵ACに逃げられてしまう可能性もある。
今は正気を失い、飢えた獣の如く、動くものに反応しているが、いずれ正気を取り戻せばその限りではない。
どのようにして相手を足止めするか考え、機体状態と装備をチェックする内、エステの腰に備え付けてあるあるものが目に付いた。
(……そうだ、これがあればあの時の!)
瞬時に作戦プランを頭の中で組み立て準備を終えると、岩陰から僅かに頭を出して敵ACの様子を窺う。
どうやら頭も冷えたようで、レーザーライフルの銃口をせわしなく動かし、周囲を油断無く警戒している。
辺りには、ようやく静寂も戻ってきており、今飛び出せば間違いなく瞬時にレーザーの攻撃を受けてしまうだろう。
だが時間が無い上に、このまま待てば敵ACが逃げるのは必須。アキトは身を沈めて、足元に合った氷の欠片を握ると、あらぬ方向へそれを投擲する。
カツンッ
『…!!』
レーザーライフルの銃口が音のした方へと向いたのを確認すると同時に、アキトはエステを岩陰から飛び出させる。
しかし相手も流石で、レーダー反応を感知した瞬間、即座にライフルの銃口をエステへと向ける。
まだ距離はある――――ラピッドライフルでは決定打は与えられない上にシールドで弾かれてしまう。
レーザーの弾速は一瞬。ディストーションフィールドに守られているとはいえ、あの威力では間違いなくフィールドは破られるだろう。
ならば相手の狙いを外してしまえばいい。
岩陰から飛び出すと同時に、腰にあるラピッドライフルのマガジンを前方に放り投げ、相手の注意を引く。
だが澱みなく動くライフルの銃身は、真っ直ぐこちらへ向けられようとしている。流石にブラフに引っかかる相手ではないようだ。
ならば、こちらが動くしかない。
敵ACのレーザーライフルの銃口がエステを捉え、エステの握るラピッドライフルが火を吹き、弾がマガジンに命中するのは、全く同じタイミングだった。
閃光!
『ガアアアアアアッッ!!??』
全ての感覚器官を強化された強化人間にとって、目の前で突如起こった光の奔流は致命的だった。
至近距離での爆発と閃光によってモニターは焼きつき、パイロットの眼球とリンクした電子照準マーカーは、パイロットが目をやられたことでその機能を喪失 してしまった。
そう、その戦法は先のシミュレーションで、アキトがリョーコにやられたそれと全く同じものだった。
「であーーーっ!!」
爆発の瞬間、正面を腕でガードすることで閃光を免れたエステは、そのまま突っ込むとラピッドライフルで脚部フロートの一部を撃ち抜き、次に拳にフールド を纏わせると即座に接近して敵ACの右腕間接を粉砕した。
フロートタイプは他の脚部に比べると脆く安定性に欠けるため、その機能をまともに発揮することができず、煙を吹きながらフラフラと揺れて氷原へと墜落。 右腕も破壊され、レーザーライフルを握ることすら出来ず、敵ACは上半身だけしか動かない状態になってしまう。
しかしアキトは油断せず背後に回りこむと、コックピットにあたる部分にライフルの銃口をあてる。
こうすれば、背部のミサイルポッドやチェーンガンの攻撃を受けることは無い。
「答えろ! 人質は一体どこへやった!!」
「アイツ…ハ…………オレノ…トモダチ……コキョウ…ヘ……カエシ…タ」
「友達……? 何を言っている?」
誘拐されたのは施設の上役ではなかったのか?
それと誘拐犯が友人関係にあるという言葉といい、先の戦闘での発言といい、事前に受けた説明と事象があまりにも違いすぎる。
アキトは不審に思いながらも銃口を逸らすことはせず、とにかく人質の居場所を聞き出そうとする。
「いいから人質の居場所を答えるんだ!」
『レイ…ヴン…………キヲツ…ケ……オマエ…モ』
そう言って、敵ACはこちらをゆっくりと振り向き、まるで救いを求めるように手を伸ばすと――――
ズガンッ!!
「……え?」
突如敵ACのコアに巨大な穴が穿たれ、一瞬機体が痙攣したかと思うと、ゆっくりと腕を下ろすと力無くその身体を沈めていく。
そして遅れて響く甲高い銃声音。
アキトはレーダー範囲ぎりぎりに映る機影を見つけ、その機体――――エステバリスのカラーリングを確認すると烈火の如く怒った。
「何故撃った、アカツキ!! まだコイツからは人質の居場所を聞いて無いんだぞ!」
『ご安心を、人質は他の場所でちゃんと見つけたよ。それに、君に怒られる筋合いはないんじゃないかな? そのテロリストは油断した君に攻撃を加える寸前 だったんだから』
「俺には救いを求めてるように見えたけどな……大体、コイツは本当にテロリストなのか?」
モニターに映る、飄々としたアカツキの様子に苛立ち、同時にそんな彼に疑念を持つアキト。
アカツキは作戦が始まる前からなにか知っているような素振りを見せており、それが余計に疑念を加速させていた。
しかしそんなアキトの冷たい視線を受けてもアカツキは肩を竦めるだけだ。
『さあ、そんなことは知らないよ。兵士は上から受けた命令を忠実にこなすだけだからね。レイヴンだって、そうだろう?』
「くっ…………!」
これ以上聞いても無駄だと感じ、通信を切るアキト。
そして、すぐ傍で横たわる骸となったACを覗き込む。殆どの部位において使われた新型ACパーツは原型は見られるもののボロボロだ。データは採ってある だろうが、この分だとこのパーツが市場に出回るのは随分と後のことになるだろう。一介のレイヴンとして、それは少々残念なことに思われたが、それよりも気 になるのはパイロットのことだ。
アキトはもう返事を返すことの出来ないパイロットに向けてポツリと呟いた。
「お前に……一体なにがあったんだ? そして……何を求めていたんだ…………?」
力なく横たわるACを前に、それ以降沈黙するアキト。
それは、周囲の木星蜥蜴を殲滅し終えたナデシコがその場に迎えが来るまで、ずっと続いたのだった。
その後、テロリストの乗ったACと人質を無事保護し、ナデシコはそのまま研究施設に最寄のシティへと向かっていった。
アキトはと言えば、保護した人質の姿を目にすると、この作戦の意図を朧気ながら理解していた。
人質とは白熊――――だが、唯の白熊ではなく、身体の至る所にチューブや補助機械を取り付けた、実験用の白熊だった。
恐らくあのテロリストも、研究所にあの白熊と共に生きていたのだろう…………人体実験の被験者として。
いくら強化人間とは言っても、ああも正気の失ったパイロットがそう何人もいるわけがない。恐らく無理な強化と過剰な投薬によって精神を壊されたことでま ともな思考能力を奪われ、ずっと研究施設で無茶な実験を施されていたのだろう。
そしてある日偶然脱出のチャンスを得ることができ、実験中のACを強奪して同じく同じ被験者仲間の白熊を連れ、脱走した。
だが、新型パーツをいくつも搭載した貴重なACに、被験者達をそう簡単に逃亡を許すわけがない。
正気を失ってるとはいえ、敵対組織にACなり被験者なりを捕まえられたとすれば、その被害は計り知れないことになる。
新型パーツに使われる最新鋭技術の漏洩に、非人道的実験を施したことによる社会的制裁。
いずれも企業にとっては無視できないほどの大きな痛手だ。だからこそ精鋭のナデシコに依頼を回し秘密裏に『処分』させたのだろう。
アキトはそう考えていたが、おおよその予測は当たっているだろう。
恐らくアカツキは、脱走を許すことで生じる企業の痛手をいち早く抑えたかったのだろう。確かあの研究施設もネルガル子会社の一部に所属していたはずだ。
相変わらずの企業の振る舞いを苦々しく思いながらも、アキトは死んでしまった例のパイロットに哀憐の念を禁じえなかった。
「あいつも……企業に食い潰された被害者の一人だったんだろうな」
もしかすると明日は我が身かもしれない。
そんな物騒な事を考えながら、アキトは眠りへと堕ちていった。
TO BE CONTINUED