「えっと〜〜、ビーチパラソルに浮き輪に水中メガネ……あっ日焼け止めオイルもいるよね♪」
時は深夜のナデシコ格納庫。
その片隅に、夜遅い時間には些か不釣合いな幼い声が、辺りに響いている。
声の主を見てみると彼女の周りには、戦艦のナデシコには相応しくないビーチパラソルやサンダル、果ては浮き輪やシュノーケルまである。
「ふっふっふ……この時をどれほど待ち焦がれたことか!!」
そして声の主の少女……アイはそれら海水浴グッズをあれこれと花柄のスーツケースに押し込みながら不適に笑っている。
戦艦格納庫の片隅で暗闇の中、年端も逝かない少女が笑っているということもあって、ぶっちゃけるとかなり気味が悪い。
「今度の行き先は南海に浮かぶ孤島! 照りつける太陽! 光り輝く海! そして砂浜で戯れる恋人達!!!」
アイの脳裏には、砂浜の水辺で水をかけあいながら笑う、アキトと自身の姿が克明に映っていた。
水と戯れながらも逃げるアイとそれを追いかけるアキト。
二人とも笑い声をあげながら水辺を走り、アイは砂に足をとられながらも楽しそうにアキトと戯れる。
そしてアキトがアイに追いつくと、彼はその小さな身体を抱き上げる。
二人の視線が絡み合い、それが熱を帯びていき、アイの瞳が潤んでいく。
そして二人の唇が次第に距離を縮めていき――――
「なーーんちゃって! なーーんてことになっちゃったりしてっ!!」
きゃーきゃーとぶんぶん腕を振りながら顔を赤くするアイ。
しかし突如騒ぐのを止めると、今度は可愛く握りこぶしを作りながら腕を振り上げ、宣言するかのようにのたまった。
「今度こそ……今度こそお兄ちゃんと深い関係になるんだからっっ!!」
そう、それはまさしく乙女の決意。
鈍感でニブチンで朴念仁な兄を落す為なら手段は厭わない。
加えてここ最近、アキトの周りにはなんやかんやで女性が多く集まっているのだ。
(これ以上悪い虫がつく前に決着をつけるっ!!)
アイは決意を新たに黙々と荷造りを始める。
「お? アイの嬢ちゃん、なにやってんだ?」
そんな彼女の元に、整備班主任のウリバタケがやってきた。
飯でも食っていたのだろうか。楊枝を口に咥えながら腹をさすっている。
「あ、ウリバタケさん。見て分からないの? 今度のバカンスの準備だよ」
しかしアイはウリバタケの方を全く顧みず、黙々と荷造りを行っている。
だが、そんなアイに投げかけられた言葉は予想だにしないものだった。
「バカンス? 何言ってるんだ、今度行く所は激戦真っ只中の北方の僻地じゃねえか」
「…………へ?」
一瞬その言葉を理解できず、ポカンとするアイ。
しかしウリバタケに首根っこを掴まれ、ずるずると引き摺られているのを理解すると、慌てたように声を荒げる。
「えっえっ!? なんでなんで!? 次のお話しは海のバカンスじゃなかったの!?!?」
「ホレホレ、エステはともかくACの組み立てがまだ終ってないんだ。嬢ちゃんがいないと作業が進まないんだからチャッチャと済ませてくれよな」
本気で訳が分からないといった様子のアイと、アイの言葉を完全に無視するウリバタケ。
ずるずると引き摺られていくその様子はドナドナそのものである。
アイは、次第に遠くなるバカンスグッズの詰まった荷物に手を伸ばすが、その手は空しく空を切るだけに留まった。
「なんで!? なんで!? 一体どうしてなのよーーー!!」
そして後に格納庫に残ったのは、空しい少女の叫び声だけだった。
なお、水着シーンやお色気シーンというのは、大層労力を使うものなのだということを付け加えておく。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十八話「気が付けばお約束(男女的な意味で)」
「クルスク工業地帯……ホワイトランド随一の工業地域。特に陸戦兵器の開発、生産が主ね」
地上においては北方に位置するホワイトランド上空を静かに航行するナデシコ。
そのブリッジでは、連合軍から下された次なる作戦についてのブリーフィングが行われていた。
「今回私達ナデシコに与えられた任務は……コレよ」
ムネタケの言葉と共に、スクリーン上には無数のバッタと今まで見たこともない巨大兵器が映し出される。
「木星蜥蜴はこのクルスク工業地帯の占拠。加えて連中は、他の戦線では一度も使ったことがない新型兵器を配備したの。連合ではナナフシと呼んでいるわ」
「あ、ホントだ。節が七つある」
淡々と説明するムネタケの言葉に、ヒカルは呑気な声を上げる。
しかしその視線は常にスクリーン上に注がれており、冷静にナナフシを評価していることが分かる。
「この新兵器の破壊が次の任務ですね、提督?」
「早い話がそういうこと」
「しかしこの巨体……これだけの大きさだと動くこともままならないんじゃ……?」
「連合軍も同じ事を考えていたようだけどね。一度目は航空機による爆撃を行おうとしたみたいだけど、訳も分からずアッサリ撃破」
ムネタケがそう言うと、今度は今まで行われた作戦の戦歴が次々と表示される。
それらが示す結果はどれも散々たるものだ。
「二度目は航空支援を含めた陸戦部隊を送り込むも、これまた返り討ち。上層部はこれ以上貴重な戦力を失うわけにはいかないから、私達ナデシコにお鉢が回ってきたってわけ」
「なんとまぁ不経済な」
電卓を片手にプロスが唸る。
自分の所属する会社の損害でもないというのに、損失をを計算するのは最早会計士の性といったものだろうか。
「そこでナデシコの出番。グラビティブラストで決まり!」
前置きも何もなく、ピースサインと共にユリカがそうぶちまける。
しかしそれだけでブリッジ全員の人間が理解できるはずもなく、ジュンがそれを補足するように告げる。
「そうか、遠距離射撃だね?」
「うん!」
「安全策……かなぁ」
エリナがどことなく不満そうな表情でポツリと呟く。
どうやら彼女は見かけどおりに派手なのがお好みのようだ。
そして作戦の骨子が決まると、時間調整やら侵入経路やらなんやらの肉付けを行っていき、作戦を組み上げていく。
その横で、パイロット達もナナフシを観察しながらあれやこれやと駄弁っている。
「しかしこんだけ的がデケエのに、なんで連合軍はアッサリやられちまったんだろうなぁ?」
「いや、的の大きさとは関係ないんじゃない?」
「偵察衛星からの映像を見る限りじゃ、デカイ大砲に見えるけど……」
「何か特殊な弾頭でも使っているのでしょうか?」
ヤマダとアカツキがそんな会話を交わし、アキトの呟きにネルがそう返す。
見る限りでは確かにその巨体の全長のほとんどは砲身が占めており、否が応にも存在感を強調している。
「詳しいことは分からないわ。偵察部隊が報告する前に尽くやられている上に、連合軍はクルスクが占領されて以来、付近を避けて航行させてるから」
頼んでもいないのに、そんな事を言うムネタケ。
「ぶっちゃけて言うと敵の規模も何もかもわからない、と?」
「……ぶっちゃけて言うと、工場を占拠されて以来、敵の本格的な戦力がどれほどになっているのか検討もつかないのよ」
流石の状況に唖然とするブリッジメンバー。作戦会議をしていたユリカでさえ、口を開けて唖然としている。
まさか敵の能力はともかく、規模すら把握していないとは思ってもいなかったようだ。
「敵の能力も分からない状態で仕掛けるのはどうかと思いますが……」
「しょうがないでしょ〜、唯でさえ地上の拠点が少ない上に、陸戦隊の装備や戦闘用MTの予備部品が不足気味になってるんだから」
クルスクは復興している地上では最大規模を誇る軍事工場だ。
戦車等の陸戦兵器はもとより、地上戦力の主力となるMTやその部品、果てはACのパーツまで製造している。
その工場が敵に押えられたということは、致命的と言えるだろう。
その結果前線では補給部品は滞るため壊れた兵器は修理することすら出来ず、摩耗する部品すら取り換えることができないので稼働率は低下する一方。そして整備状態の悪い機体で出撃なんてするものだからマトモに機体を動かせるはずもなく、貴重なパイロット共々天に召されてしまうという悪循環に陥っている。
そんな状況を打破するためには、あのナナフシを倒さなければならない。しかし今までの戦況を顧みると、それを成すには多大な犠牲を強いられる事は必須。
ならば、やられても懐の痛まない連中にやってもらおう。軍の上層部はそう考えて、ナデシコに命令を下したのだ。
しかしそんな事を伝えて士気を下げるのは得策ではないため、ムネタケは無理矢理話を纏め。
「とにかく! アンタ達はアタシのためにもしっかり働きなさいよ!!」
結局前回と同じように士気を下げるような言葉を吐き捨て、微妙な空気でブリーフィングを締めるのだった。
――――作戦開始二時間前、ナデシコ格納庫
「ようやくラークスパーが使えるようになったか」
「苦労したぜ〜、何せパーツ毎にメーカーが違うから、予備も含めて部品をかき集めるのに相当難儀したぜ」
「コイツは他のACに比べても、メーカーのバラつきが少ないんですけどね」
ブリーフィング終了後、アキトの姿は格納庫にあった。
整備班長のウリバタケからついにラークスパーの修理が完了し、いつでも戦闘に出せると連絡があったからだ。
あの火星での戦いから体感で約数週間ぶり、実際の時間では半年以上も経っており、ピカピカに磨き上げられた桃色のボディを見上げるのも、やけに感慨深いものである。
「……ところで、アイちゃんは一体どうしたんですか?」
アキトの視線の先には膝を抱えて蹲るアイの姿があった。
しかもなにやら陰鬱とした空気を纏いながらブツブツと呟いており、彼女の周りには瘴気めいたものが漂っている。
そのあまりの不気味さに、整備員達もアイに近づけないでいる。
「さぁ? なんかバカンスがどうのこうのと、わけの分からん言ってたが」
ウリバタケの言葉に益々分らないと首を捻るアキト。
もっとも、その理由は誰であろうと分かろうはずもない。
それはともかくとして、このままでは機体の説明が受けられないため、アキトはアイの傍まで歩み寄り肩を叩く。
「おーい、アイちゃ〜ん?」
「うぅぅ……せっかくの水着がぁ……計画がぁ」
……どうやらまだコッチの世界に戻ってきてないらしい。
仕方ないとばかりにアイの元に歩み寄ると、ポンポンと頭を叩いてアイの気を引き戻す。
「はっ! お、お兄ちゃん!? いつの間にそこに……」
「さっきからずっといたよ……ところでいい加減新しいラークスパーについて説明してほしいんだけど……」
「わ、分かったよ…………オホン」
アイはアキトの言葉で立ち直ってバカンスの事を頭の隅に追いやり、調子を取り戻すとACの機体状況について説明し始めた。
「フレーム自体の構成はほとんどいじってないけど、内装は大幅に変更したの。具体的にはジェネレータは『HOY-B999』にラジエータは『RPS-MER/A3』に換装してるよ」
現在のラークスパーはフレームにコア、そして腕部脚部こそ用いるパーツは変わっていないが、内装系を完全にリニューアルしているため、最早別物と言っても過言ではない。
心臓部ともいえるジェネレータ『HOY-B999』は現存する物では最高の代物であり、冷却装置であるラジエータ『RPS-MER/A3』も高い冷却能力の割には低消費・低負荷を満たす高性能パーツだ。
これらと効率的なブースターを組み合わせることで、例えフレームが同じだとしても、ACの駆動性能は大きく変化するのだ。
「ジェネレータの出力・容量共に大幅に増加しているから、今まで以上のパワーを出せるようになってるよ」
「凄いな……どれも火星じゃ手に入らないような高性能パーツじゃないか」
「……そのおかげで重量が増えて、グレネードランチャーは載せられなくなっちゃったけどね」
そう言って溜息を吐くアイ。
流石に性能アップと重量を抑えることの両立はできなかったらしい。
元よりラークスパーの積載重量はオーバーウェイトぎりぎりだったため、ただでさえ重量負荷の高いグレネードランチャーの搭載は見送るしかなかった。だが、ACの象徴とも言われるグレネードランチャーはその重量に見合う成果を今まで幾度も示してきただけあって、アイにとっても苦渋の決断だったらしい。格納庫の片隅には降ろされたグレネードランチャーが綺麗に折りたたまれて保管されている。
「いいんじゃねえか? どっちみちラークスパーの脚部じゃグレネード撃つときゃいちいち構えなきゃならねえんだろ。だったらミサイルなりレーダーなり積んだほうがいいと思うがな」
「まぁ、確かにそうなんですけどね」
中量ニ脚であるラークスパーでは重キャノン系の兵装は運用が難しいのは周知の事実だ。
ウリバタケにとっては、汎用性の高いACにわざわざ枷となる重い武器を載せ、その強みを無くす必要も無いということなのだろう。
「それに、今後のミッションによっては予備の武器はあるにこしたことがないからね。備えあれば憂いなしって言うし」
アイの視線の先には大小様々なコンテナが置かれてあり、コンテナに刻印されているメーカーから、それはAC用のパーツだということが分かる。
暗くてよく見えないがコンテナには兵装関係が多いらしく、うっすらと『ZW』や『EW』といった文字が見える。
しかしアキトは、アイの言葉に疑問を覚えた。
「予備の武器って……アイちゃん、内装パーツを変えただけでも結構な金額になってるはずだけど残金は大丈夫なのかい?」
「ぎく」
わざわざ擬音をつけて身を固めるアイ。
表情を見ると、僅かに冷や汗を流していることから、かなりの金額を使い込んだのではないかと予想される。
若干目を細めながらアイに詰め寄るアキト。
「……参考までに残金はいくらになってるんだい?」
笑顔なのに妙な迫力を感じてしまうアキトに後ずさるアイ。
そして格納庫の端まで追い詰められると、明後日の方を向いて達観したような表情をすると。
「お兄ちゃん……今私達はこのナデシコで衣食住は保証されてるんだから、何も気にする必要はないんだよ?」
などとのたまった。
ちなみにその回答に対するアキト返答は、ほっぺをぎにゅうううぅぅっと引っ張ることだった。
「予定作戦ポイントまで1500」
「最終セイフティ解除」
作戦開始時刻直前、ナデシコは間もなくナナフシをその射程に収めようとしていた。
クルスクに連なる山々を盾にし、射線を確保と同時にチャージしていたグラビティブラストを掃射、目標に命中と同時に離脱という作戦は、誰の目にも上手くいくものと思われていた。
しかし唯一人、アキトだけが浮かない顔をしながらブリッジで何事か考え込んでいる。
「うーん……」
「レイヴン、何か気になることでも?」
「あぁネルさん……いやね、あのデカブツの正体がどうしても気になって」
攻撃目標はもうすぐだというのに、呑気にブリッジで会話するアキトとネル。ちなみにアイは格納庫で待機状態である。
何故彼らが戦闘待機もせずブリッジにいるかというと、ひとえにアキトがレイヴンだからということだ。
今回の作戦は基本的に遠距離砲撃による目標の殲滅である。
ということは機動兵器による敵の迎撃の必要性はそれほど必要としないため、もしもの事があったとしても、汎用兵器のACは使う必要が無く、現在戦闘待機をしているナデシコ所属のエステバリス隊で十分と判断されたのである。
またそれ以上に、高い依頼料の必要となるレイヴンを無理に使う必要が無いという判断もあるのだろう。
この辺り、プロスペクターの会計士根性が表れていると言える。
「まぁ……相手の正体が何も分からないというのは些か不安ですね」
「それもそうですけど、連合軍が敵の攻撃手段すら報告できずにやられてことが気になってるんですよ」
「確かに、送り込まれた部隊はどれも精強揃いの部隊ですが……」
「それもありますけど、それほどの部隊が連絡一つできずに全滅させられるというのが理解できなくて……」
最初にナナフシ撃破に送り込まれた部隊は、爆撃機と戦闘機で構成された飛行大隊。
情報によると、彼らは攻撃を開始する直前になって突如通信が途絶えたとある。
いくら地球での連合軍の勢いが弱いとはいえ、航空部隊が一つも通信を寄越さずに全滅するなど考えられるものではない。これは第二次攻撃の陸戦隊にも同等のことが言える。
「杞憂だといいんだけどな……」
アキトの不安を他所に、ナデシコは間も無くナナフシをグラビティ・ブラストの射程内に捉えようとしていた。
船体は山を挟んで陰に隠れているため、敵から攻撃される心配も無い。
主砲の一撃で目標を倒せる容易な作戦――――ナデシコのほとんどがそう考えていたが……。
「グラビティ・ブラスト発射準備完了。」
「よぉ〜し、いくよぉ〜」
ユリカが発射の号令を下そうとした時、それは起こった。
「敵弾発射」
「へ?」
ギャオオオオオオンンンッ!!
ナナフシから放たれた膨大なエネルギーの塊は、山肌を抉り取りながらナデシコのディストーションフィールドを貫通し、空へと消えていった。
一瞬、何事もない空気がブリッジを支配する。
「……何か当たった?」
誰かがそう呟いた瞬間、左舷のディストーションブレードが爆発を起こした。
衝撃によって盛大に揺れながら、ナデシコの船体が大きく左に傾いていく。
各所から被害報告が舞い込み、ブリッジが慌しくなる。
「ディストーションフィールド完全に消失!」
舞い込む被害報告に、メグミがせっぱ詰まって叫ぶ。
その間にもメグミの手が休まることが無い。
「被害は18ブロックに及んでいます」
ルリは相変わらず、淡々とした言葉で報告をする。
しかし手の甲のIFSはいつも以上に強く輝き、必死にナデシコの制御を行おうとしていることが分かる。
「左舷相転移エンジン停止!」
舵をきりながら報告するミナトの声にも、少々焦りが入っている。
そうしている間にも、ぐんぐんとナデシコは山肌に近づいていき、正面スクリーンには青々とした木々が迫ってくる。
「駄目! 墜落するわ!」
「補助エンジン全開」
「総員! 衝撃に備えてくださーーいっ!!」
ユリカが艦内マイクを握り締めたままそう叫んだ直後、ナデシコの美しい白亜の船体は、轟音と地響き、そして土煙をあげながら山肌へと突き刺さった。
「ウリバタケさん、状況はどうなっていますか?」
『駄目だあーーっ! 左舷の相転移エンジンは完全にイカレてやがる! 右舷も本格的な修理をしねえと使えそうも無え!』
「核パルスエンジンだけで何とかなりませんか?」
『馬鹿いっちゃいけねえっ! 左舷のディストーションブレードは完全にオシャカなんだ! フィールドを張ることなんてできねえし、戦闘行動なんて以ての外だぞ!』
「……分かりました。整備班の皆さんはエンジンの修理に全力を注いでください」
ユリカの言葉と同時に辺りから溜息が漏れる。ブリッジにはパイロットを含めたブリッジ要因が全員集まっていた。
メインスクリーンにはナデシコの被った被害状況と、辺りの情勢を示す地図が映し出されている。
そしてナデシコを示すマーカーは幾つもの赤いパラメータで構成されており、周辺には敵の軍勢を示す赤いマーカーで占められている。
「状況は極めてマズイですね」
「旗艦のナデシコはエンジン大破で航行不能。周囲は木星蜥蜴の軍勢、さらに加えると……」
いつの間にかブリッジに上がってきていたイネスが、手元のコンソールを操作すると、スクリーンには巨大なナナフシの姿が映し出される。さらにその横には、何かの充填率を示すパラーメータがカラフルに示されている。
その様子に、誰もがナナフシへ緊張を含んだ視線をぶつける。
疑問を口にしたのは腕組みをしたままのリョーコだ。
「結局アレの正体ってなんなんだ?」
「結論から言うと、超長距離の精密射撃を可能とした重力波レールガンよ。しかし用いられてる弾丸はなんとマイクロ・ブラックホール」
「ブラックホールって……宇宙に浮かぶアレ?」
ミナトの不思議そうな声に「そう」と頷くイネス。
宇宙に浮かぶモノが地上にあると言われても、ピンとこないのか幾人かが首を傾げる。
しかしイネスはそんなことに気にも留めず、どんどんと説明を続けていく。
「あのブラックホールのマイクロサイズよ。といっても、砲弾くらいの大きさはあるけどね。
ナナフシはそれを中で生成して、重力波レールガンで撃ち出したの。ディストーション・フィールドが効かないのも当たり前よ。ブラックホールの重力は、グラビティブラストの比じゃないわ。高速で飛ぶ砲弾をダンボール紙で防ぐようなものよ。
幸いにもというか、マイクロ・ブラックホールの生成に時間がかかるから、第二波がすぐに来るってことはないわね。
次弾発射までにかかる時間、つまりブラックホール生成時間は約12時間。初弾を受けたのが17時だから明朝5時がタイムリミットね。それまでにナナフシを破壊、もしくは停止させられなければ、今度は容赦ない一撃がくるわ。まともに被弾した場合、その威力は……」
「あーーっもういいですっ! ハイッありがとうございましたぁーーっ!!」
これ以上は士気に関わると悟ったのか。又はこれ以上説明を続けさせるのはマズイと思ったのか、ユリカが大声でイネスの説明を遮った。しかし彼女はまだ説明し足り無いのか、若干不満げな表情をしている。
「さっきのウリバタケさんの会話からすると、修理は間に合いそうも無い…………となると空からはどうでしょう?」
「残念だけど、ナナフシの周辺は濃密な防空火網が形成されているわ……まさに文字通り、鉄壁のね」
ネルの提案に、ムネタケは難色を示す。
「敵はクルスクのプラントを稼動させて、陸戦兵器や戦闘MTを大量に作り上げているわ。おまけに周辺の対空火器は全て奴等の制圧下。迂闊に飛ぼうものなら、グレネードやレーザー砲台で撃ち落されるのがオチね」
そう言って表示されたスクリーンパネルに、敵勢力の詳細が表示され、見知った兵器群にアキトが嫌そうに顔をしかめた。
対AC用砲台としても名高いグレネード砲台「バルドー」に、拠点防衛用の拡散ビーム砲「テレーズ」。他にも高精度の高射砲を多数配置しているようだ。戦闘MTには汎用型の「シャフター」は勿論、高性能機の「フレンダー」も数多く配備されている。
配備兵器がエムロード寄りなのは、地球での彼らの影響力によるものだろう。
とにかく、対空網は隙間すら無いほどの濃密さで、空からの攻撃は困難といえるだろう。
それ以前に空からの攻撃と言っても、ナデシコは浮上すら不可能であり、空戦フレームには対地兵器を搭載することはできるが、ナナフシを撃破するには火力不足と言える。また、それはACにとっても同じことで、戦闘モードでの長時間の飛行は困難だ。
では一体どのようにしてあのデカブツを撃破するのかというと――――
「空もダメ、正面からの攻撃もダメ……という訳で今回の作戦は機動兵器を用いた少数精鋭による目標の破壊工作だ。あらゆる妨害を排除しナナフシを破壊して貰うぞ」
結局「いつものように」エステバリスを中心とした機動兵器部隊による攻撃で解決することとなった。
しかし、今回の作戦の肝となるのは、いつものシルエットの美しい陸戦フレームや空戦フレームではなく、無骨な砲戦フレームだ。
性能はともかく、見た目も悪く鈍重な砲戦フレームは余り人気が無く、特に機動戦闘を得意とするリョーコは嫌そうな顔をしている。
「作戦開始は1時間後だ。砲戦をニ機、陸戦を三機……そしてAC一機のフォーメーションでいく」
イネス特製のホワイトボードに、目標のナナフシと攻撃地点までの侵攻ルート。予想される敵勢力の出現ポイントなど事細かに記されている。
「特にレイヴン……お前のACは、この中で一番耐久力が高いんだ。料金分はきっちりと働くんだぞ」
「言われなくても分かってますよ」
ナデシコの危機に、流石に兵器を遊ばせておく余裕は無いのか、全機出撃の総力戦となっている。
レイヴンという存在を余り快く思っていないゴートはいい顔をしていないが、元から無表情な男なため、パイロットの面々……アキトはそれに気付くことは無かった。
それはともかく、ACであるラークスパーの存在はこの作戦において非常に重要なポジションにある。
エステバリスよりも分厚い装甲に高い火力。機動性にこそエステバリスに一歩譲るが、その火力・戦闘能力は兵装によっては砲戦フレームすら凌駕するのだ。
目標のナナフシは、ナデシコよりも巨体であり、強力なディストーションフィールドを装備してあることが考えられるため、ラークスパーの力は必要不可欠となってくる。
母艦のナデシコが落ちれば雛鳥達は帰る場所を失い、孤立無援の中で無人兵器達に押し潰されるだけだ。
この作戦に失敗は許されないのである。
「エステのチームだが、陸戦フレームはスバル・アマノ・マキの三人。アカツキ・ヤマダは砲戦フレームにて出撃するものとする」
そう言ってブリーフィングを終らせようとするゴートだが、それにヤマダが待ったをかける。
「ちょーーッと待て!! なんで俺が砲戦フレームなんだよっ!」
「オメエが陸戦フレームだと危なっかしんだよ!」
確かにヤマダが陸戦フレームに乗ると、味方を放って敵に突っ込んで行きそうではある。
だからといって砲戦フレームでも不安はあるが……。
「バカヤロー!! いくら俺でもそれぐらい弁えてるわい! いいから俺を陸戦フレームにしろ!」
「もう決まったことだ」
ヤマダの反論は予想していたのか、冷静にそういい捨てるゴート。
しかし、ヤマダはそれでも抗議を止めなかった。
「うがーーーっ! 納得いかねーーーっ!!」
「まぁ落ち着けって、ガイ。どっちみち今回の作戦は、共同でナナフシを倒すことなんだ。中央突破とか突撃なんていう派手なシチュエーションは来ないんだぞ」
「ぬ、ぬぅ……」
アキトの言葉に、答えに詰まるヤマダだが、やはりまだ不満顔のようだ。
リョーコと同じく近接戦闘を好むヤマダとしては、砲戦フレームはよほど肌に合わないのだろう。
しかしここで腐ってもらっては、作戦自体に悪影響を与えかねないため、アキトは憤慨するヤマダに歩み寄ると、彼の肩を抱き、宥めるように耳打ちしはじめた。
「それに砲戦フレームは確かに脚が遅いけど、その分装甲が厚いんだ。味方の前に出て敵の攻撃を真正面から受け止める……なんてのもカッコイイんじゃないか?」
他にも「大鑑巨砲主義」とか「鉄の防御」等といった言葉で、ヤマダを惑わすアキト。対するヤマダも、ふんふんと相槌を打っている。
その様子にアカツキは引き気味だが、三人娘達はデジャビュでもあるのか、首を捻っており、ヒカルに至っては「なぁ〜んかどこかで見た光景だねぇ」等と言っている。
そうこうする内に説得が完了したのか、アキトが一歩離れると、ヤマダは喜色満面な顔で叫び声を上げた。
「よっしゃぁ! 味方を守る役目はこのダイゴウジ・ガイ様にまぁ〜かせておけぇ〜〜っ!!」
そう言ってワーッハッハッハと声を立てながら自分のエステの元へと歩み寄っていった。
「……なんか傍から見てると、洗脳みたいだったけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ。アレは単純な男にしか通用しないから」
「いや、聞きたいのはそういうことじゃなくってね……」
アカツキが冷や汗を流しているのを横に、アキトはさっさと自分の機体の元へと去っていった。
後ろを振り向けば、女性パイロット三人組も、やれやれといった感じでそれぞれの機体へと乗り込んでいる。
そして格納庫に、一人ポツンと残されたアカツキ。
「……なんかボクの扱いが軽くないかい?」
そう言って、一人いじけるアカツキだったが、整備と修理で走り回るウリバタケに急かされて、転がるようにしてエステに乗り込んだ。
そして一方、己のACへと向かったアキトは、アイによる新しいラークスパーの説明を受けていた。
「詳しい話は聞いたよお兄ちゃん! ラークスパーの準備も作戦に合わせてバッチリ整ってるよ!」
そう言って指を「ビシッ!」と指し示すアイ。
その先には、今すぐにでも戦闘ができる状態に整備されたラークスパーの姿がある。
しかしその機体に搭載された兵装に気付くと、アキトは目を丸くした。
「こ、この武器は……」
肩のジョイントには、いつもの八連装ミサイルポッドに生体レーダー。左腕にはブレードも装備しており、殆ど変わらないが、右腕にはいつものライフルとは変り、圧倒的存在感を放つ兵装が取り付けられていた。
腕部グレネードランチャー[EWG-HC-GN210]
装弾数こそ少ないが、その威力は[KARASAWA-MK2]をも越える最強の腕部兵装だ。
「こんなものまで購入してたんだ……」
「相手はナデシコよりおっきい砲台なんでしょ? だったらこれ以上の武器は無いと思うよ!」
確かに、巨大なナナフシに対しては、圧倒的破壊力を持つグレネードのほうが効果的だ。
動きの素早い敵には効果は薄いが、相手は殆ど動くことの無い巨大な固定砲台。腕部にマウントしてあるため、いちいち発射姿勢を取る必要も無いので、今回の作戦においてはライフルやマシンガンなどよりもよほど頼りになるだろう。
「あと、今回の作戦は固定目標の早期破壊って聞いたから、グレネードの砲弾は榴弾じゃなくて徹甲弾に変更しておいたよ」
アイの説明に、アキトは確かにその方が効率がいいだろうと思い頷いた。
ACのグレネードは、基本的に炸薬が目一杯詰め込まれた榴弾を主に用いて、爆風や破片を撒き散らすことで絶大な制圧力を行使するのが目的である。
センサーや非装甲の稼動部が多い小型MTやACを相手にするのにはそれでも十分だが、今回の目標であるナナフシは巨大な固定砲台だ。
事前のブリーフィングで見る限りは、装甲もその巨体差に比例して相当なものと予想できるため、対物攻撃力の高い徹甲弾を用いるのは自然なことだろう。
「ただ、総火力はそんなに高くないんだから、無駄撃ちは厳禁だよ」
「確かに……ミサイルポッドを含めても68発しかないんだよね」
惜しむらくはその装弾数で、グレネードランチャーは僅か20発しか無いことだ。
肩のミサイルは数は48発と、ある程度揃ってはいるが、作戦を遂行するには少々心許なく感じるだろう。唯一の救いは、左腕にレーザーブレードが装備してある事だろうか。
「流石にこれ以上武器を積んじゃうと、オーバーウェイトになっちゃうから……」
「現状はこれが一番ってわけか」
重量二脚やタンクなどの重量脚部が無い状態では、今が精一杯のアセンブルなのだろう。
しかし、アキトにとって、アイが手掛けた目の前のACは、なによりの励みになった。
このラークスパーは、アイがその小さな身体で、頑張って整備してくれたのだ。期待に応えないわけにはいかない。
「大丈夫。アイちゃんが頑張ってコイツを整備してくれたんだから、きっと作戦は上手くいくさ」
「……お兄ちゃん、何度も言ってるけど無茶だけはしないでね」
「そりゃ進んで無茶はしないさ。でも、ナデシコが危険な時は、アイちゃんだって危ないんだから、そうならないためにも、このラークスパーで頑張るよ」
その言葉を聞いて、頬を赤く染めるアイ。
「おーーいっ、アキトーーッ! そろそろ行くぞーーーっ!!」
「分かった! 今行くっ!!」
リョーコの呼びかけにアキトは返事すると、ヘルメットをかぶり、タラップを昇ってラークスパーへと乗り込んだ。
その後、俄かに格納庫が慌しくなり、それぞれの発進準備が整うと、砲戦フレームのエステが先行して飛び出し、続いて陸戦フレームのチームがナデシコを飛び出した。そして最後に、アキトの乗るラークスパーがカタパルトへと向かう。
アイはその様子を眺めながら、アキトにどんな言葉をかけようが迷ったが、彼に心配かけないような、そして今の率直な気持ちを素直に表すべく、ラークスパーの背中に向かって、大きな声を投げかけた。
「なるべく修理費は少なくなるようにしてねーーーっ!」
気のせいかそう叫んだ後、ラークスパーが大きく傾いたかのようにアイは思えた。
「えっちらほっちら行軍か……こんな経験は久しぶりだな」
「あん? アキト、おめえ従軍の経験でもあるのか?」
「火星の任務でちょっとね」
「けっ! 自慢かよ!」
「ほらほらリョーコ、いくらアキトくんが経験豊富なベテランだからってねたまな〜い」
「妬まない、ねたまない………………ネタも無い」
「ねぇ、君達……今は作戦行動中だってこと分かってるよね?」
作戦中だというのに、軽口を叩きあいながら進軍する六つの機影。通常の通信だと傍受される恐れがあるため、ケーブルを使った接触通信を用いているあたり、隠密行動というのは理解できているようだが、この気楽さはナデシコならではだろうか。
五機のエステバリスと一機のACがフォーメーションを組み、防御力・戦闘能力の高いACが先頭に立ったフォーメーションも、おかげで子供を引率した遠足にしか見えない。加えて、長時間の行軍のため、食料や弾薬を満載したバックパックを背負っているため、尚更そのように見えてしまう。
山を越え、谷を越え、崖をウインチで昇ったりと汎用性の高いエステバリスは何の支障も無く行軍している。
聳え立つ崖は、オプション装備のワイヤーウインチを用いることで解決し、流れの速い河川は専用のゴムボートを使うことで渡りきり、所々にあった地雷原も、脚部の装甲の厚い砲戦フレームが前に出ることで、難無く突破した。本体重量が軽いからこそ、豊富なオプションを扱えるエステバリスならではの行動である。
一方、アキトの乗るAC、ラークスパーといえば――――
「全く……! ACにっ……!! 隠密行動なんてっ……! させるなよなっ!!」
機体自体に目立った損傷は無いが、所々に焦げ目を受けており、パイロットのアキトも盛大にへばっていた。
そもそもACにはウインチや、川下り用のボート等無く、地雷原もセンサーでいちいち探知しながら時間をかけて渡ったのだ。エステバリスのサポートが無ければもっと時間をとられていた事であろう。
加えてラークスパーには、機体の至る所にエステバリス用のバッテリーパックを備え付けている。
単独運用が前提のACとは違い、エステバリスは長時間の行動が難しいため、こうしてエステバリスの予備バッテリーまで背負っているのだ。しかしラークスパーはただでさえ積載重量を切り詰めているため、バッテリーパックの重量によって完全なオーバーウェイトになっている。
戦闘モードでブーストを使えばもっと楽に移動できるが、今回の作戦は少数精鋭の隠密行動だ。敵のセンサーや索敵を避けるためにも、大きな熱量や音を伴う行動は避けなければならない。
つまり、ブーストを使った移動・ジャンプは厳禁ということだ。
おかげでアキトは、通常モードで動き難いラークスパーを、それこそ赤子をあやす様な繊細な操作で動かす破目になっている。崖では細かいジャンプ操作を誤って、危うく転落しそうになったり、河では急流によって下流まで流されそうになる所だった。地雷原では疲労で集中力が切れていたため、誤って一つだけ地雷を踏んでしまったが、目立った損傷は見当たらなかったのが幸いだった。
もしそれらの様子を、火星のオーロラシーカーあたりに見せれば、爆笑すること間違いなしだろう。
そして数時間の行軍を経て夜になると、彼らは河原でキャンプを張ると、決戦前の休憩を取っている。
「しっかし、ナナフシまではまだ遠いのか?」
「ルリルリのサポートによると、あと10kmって所かな?」
「じゃあタイムリミットまでには間に合いそうだな」
毛布にくるまり、焚き火を囲んで彼らは夜を明かすエステバリスチーム。
途中、ナデシコのサポートを受けてナナフシの位置を確認し、侵攻ルートを煮詰めていく。
ちなみに連絡を行った時、ブリッジのメンバーの尽くがコスプレ紛いの事をしていたのに、リョーコ達はともかく、アキトは軽く殺意を覚えたが。
「……ユリカ、なんだいその格好?」
「武将だよぉっ! ナデシコはすることがないけど気分だけでも司令官っぽくないと! ネルさんも似合ってるよ、その水兵服!」
「元は兵隊の服だと聞いたので選んだのですが、結構恥ずかしいですねこの服……」
「そりゃセーラー服だからねえ。ルリルリは何も着ないなんて残念ねぇ……あ、アイちゃんもその陣羽織似合ってるわよぉ♪」
「えへへー、ありがとミナトさん♪ それにしても、ピンクの陣羽織なんて珍しいですよねー。ルリっちは着ないの?」
「絶対に着ません(きっぱり)」
閑話休題。
リョーコ達が明日の作戦について話し合っている間、次第に辺りには食欲をそそる香りが漂っていた。
その匂いに釣られる様に、パイロットの面々の腹の虫が次第に鳴りはじめ、一人の男の背中を見遣るようになった。
そして暫くすると――――
「おーーい、メシができたぞーー!」
そのアキトの声に、待ってましたとばかりに全員の顔に笑みが浮かんだ。
順番に器に盛られたシチューにライスが暖かな湯気を立て、瞬く間に彼らの腹へと納まっていく。
「いやはや……君が夕食を作るなんていうから不安だったけど、中々どうして……」
「ハフッハフッ!……ムハッムハッ!!」
「ヤマダッ! テメエ、少しは落ち着いて食え!」
「フッ、中々やるわね」
「美味しいーっ! アキトくんってばコックさんでも食べていけるんじゃない?」
お客の上々の反応に気を良くしたアキトは、差し出される器にどんどんおかわりを足していき、瞬く間に糧食のシチューは底をついてしまった。おかげでアキトは食事にほとんどありつくことができず、予備の戦闘糧食で腹を満たすことになったが、それでも自分の作った料理が手放しに誉められたのがよほど嬉しかったのか、何も言うことは無かった。
明け方前には作戦を終わらせなければならないが、時間も考えると敵目標を倒す機会は一度きりしかない。そのため、夜はそのまま仮眠を交代でとり、数時間の休息をとることになった。
「しっかし、オメエ……傭兵に料理にベビーシッターをこなすなんてどこの超人だよ」
「……それ、アイちゃんに言ったら怒るよ?」
最初の見張り組みはリョーコとアキトだ。後のヒカル・イズミ組みや、ヤマダ・アカツキ組でもよかったのだが、食事の片付けとリョーコの希望もあって、二人で見張りをすることとなった。
リョーコはリョーコで、アキトに対して今まであまり会話を交えたことがないことや、前回の模擬戦等で色々と含む所があったため、なんとなくアキトに対しては少し小馬鹿にするような言葉を投げかけてしまう。
「それはともかく、どこで料理なんて覚えたんだよ。 コックでもやってたのか?」
「料理は別に必要だったからやってただけさ。両親がテロで死んで自分で食わなきゃいけなかったしね」
「あ……わ、わりい」
「もう随分昔のことだから気にしなくていいよ」
アキトのその言葉に、思わず返答に詰まって謝ってしまうリョーコ。
しかしアキトはそれを気にした様子もなく、焚き火に薪を汲みながら淡々と話を続けていく。
「火星は不毛の地帯でね……ナノマシンのおかげでなんとか作物は育つんだけど、野菜なんかほとんど食えたものじゃなかったんだ」
アキトは今もその時の事を鮮明に覚えている。
情勢が厳しいとはいえ、安全なシティの中に多くの飲食店が軒を連ねている今とは違い、昔の開拓期の火星は娯楽も少なく、生活の厳しかった頃は食事は何よりの楽しみだった。そんな中、数少ないコックが作る料理の数々は、住民達にとって正に至極。それこそ涎を垂らすほどだ。
アキトがまだ小学校に通い始める前の頃、研究者だった両親のコネによって有名なレストランへと食事に行った時、そこで食べた数々の料理の味は生涯忘れられないものとなった。
「小ぶりで味も弱く、瑞々しさなんて欠片も感じない野菜がコックの手にかかると、たちまち美味い料理に変貌するんだ。そんなコックが、子供の俺にとってはまるで魔法使いみたいに思えたんだ」
「……それで、コックになろうと?」
そうリョーコが尋ねると軽く笑って肯定し、「大層な事はできなかったけどね」と付け加える。
一時は本気でコックを目指していたアキトだが、研究所務めの両親がそれを決して許さず、それ以降アキトに対する態度が激しいものとなっていった。
そして、あの狂気の行い――――
だが研究所で起こったテロによってアキトは両親を失い、一人火星で生きることとなる。
治安はそこそこ安定したとはいえ、子供一人が生きていけるはずも無く、孤児院に預けられることになったが、おかげで小さい頃からの夢を目指すことができ、レストランの皿洗いやプラントでの食物栽培に関わったりと、厳しいながらもそれなりに充実した生活だった。
「だけど、その夢もあの戦争で中途半端に終ってしまった」
――――第一次火星会戦
それはアキトとアイが出会い、同時にレイヴンとしての扉が目の前に開かれた出来事だった。
ユートピアコロニーの住民はアキトとアイを除いて全て殺され、後に残ったのは途方も無い絶望と悲しみ……そして僅かな光明。
そしてその光明に飛び込み、今ではレイヴンという昔では考えもしなかった事をやっている。
しかし人々の喝采を浴びるアリーナや、数々のミッションをこなしても、アキトの心は晴れることは無く、未だ暗雲が漂ったままだ。
「……あの時俺は何もできなかったから、あの子のお母さんを死なせてしまった。アイちゃんと一緒に暮らしてるのは、放っておけなかったっていうのもあるけど、罪滅ぼしもあるかもしれない」
「……別にオメエのせいじゃねえだろう」
アキトの消沈した言葉に思わずそう言葉をかけるリョーコ。
リョーコにとって、アキトは小生意気でちょっと腕の立つレイヴンに過ぎない。しかしパイロットとしての実力は中々のもので、性格もそこまで捻くれてはいない……というよりもかなり素直だ。実力・性格共に申し分ないとしてリョーコはアキトの事を少なからず認めていたのだ。それがこんな弱々しい表情を見せて、リョーコは些か戸惑っていた
そしてそれっきりアキトは黙ってしまい、辺りに沈黙が下る。
「コックを目指してたはずなのに、ひとりで生きて、レイヴンになって……俺はいったい何をやってるんだろう……最近そんなことを考えちゃうんだよなぁ」
アイと共に生きることを選択したのは、幼い彼女を一人にすることができなかったという良心の呵責があったからだ。その事に後悔は無い。
しかし、ふと現実を振り返ってみて自分がいつの間にか傭兵をやっていることに疑問を感じなくなっている事に気づき、愕然とした。
自分がレイヴンとなった理由はなんだったのか――――平穏な生活を得るため? アイのため? 両親の死の真相を知るため?
様々な理由と思惑が交錯し、今では我武者羅に任務をこなしていく内にふと思うのだ――――――――ジブンハナニヲヤッテイルンダロウ?
だがアキトの悩みは、リョーコにとって許せるものではなかった。
「……ふざけんじゃねえぞ」
そう言ってリョーコはアキトの元へ詰め寄ると、襟元を掴み鋭い眼をアキトに向ける。 「そんだけの実力があるのに、何情けねえ事ほざいてんだよっ! 火星でオメエと会った時のあの迫力はどうしたんだよっ!!」
グレートブリッジで初めて戦い、接戦のうちに決着をつけられず悔しい思いをした。
初めて面を合わせて弱そうな奴だ感じたが、直後見せた殺気は間違いなく戦士の其れであり、その二面性に興味を持った。
金に汚いはずのレイヴンの癖に、放っておけないからと言ってエステバリスでナデシコを守った。
そんなアキトに、リョーコは戸惑いを持たずにはいられなかった。地球生まれのリョーコにとって、レイヴンというのは戦場を渡り歩き死を振り撒く傭兵というイメージが強く残っている。
そのため、リョーコの持つレイヴン像とは印象の全く違うアキトに対して興味を、そしてその実力にライバル心を持ったのだ。
(こいつと一緒なら、あの高みに追いつけるかもしれない)
僅か数ヶ月という短い時間ながら、リョーコ達にその圧倒的な力を見せつけたあのレイヴン――――レオス・クライン。
あの化け物に追いつくためには、一人だけでは駄目なのだ。戦うことしか能のない自分には、お互いが力を認め合い、磨きあげ切磋琢磨するライバルが必要なのだ。
そして特訓と称して、シミュレーションで彼と手合わせを行い、その力を試してみた。
結果は予想以上で、手合わせ前に腐れ縁の友人との連戦をこなしていたにもかかわらず、思った以上の力を見せつけてくれた。予想外の出来事で決着をつけることは叶わなかったが、それでも銃を突き付けあったその時間はこの上なく充実したものだった。
だというのに、今目の前にいるコイツの情けない様は何だ?
自分はこんな奴と共に手を取り合い、ぶつけ合い、あの途方もなく高い壁を砕き、更なる高みに昇ろうというのか?
…………断じて否だ。
「あたしには戦うことしかねえんだ……なのにライバルのオメエがそんな弱気なことを言うんじゃねえよっ……!」
「リョーコちゃん……」
「オメエがそんな腑抜けた状態だと、俺が満足できねえんだよ!」
リョーコはそう吐き捨てるとどかっとその場に座り込み、ふぅ〜っふぅ〜っと荒い息をつく。
一方のアキトは思わぬリョーコの言葉に目を丸くし、口を噤んでしまった。
しかし暫しの沈黙が続く中、初めに声を出したのはアキトの方だった。
「ゴメン……なんか愚痴になっちゃったみたいで」
「ばっ……馬鹿言ってんじゃねえっ! オメエの後姿が余りにも情けないから一言言っただけだ!」
そう言ってリョーコは先程まで自分が口に出した台詞を頭の中で反芻して、些か赤面していた。
そしてアキトはそんな様子に気づく様子もなく――
「でも、それはわざわざ俺のために言ってくれたんだろ? だから、有難う」
「……ッッ!!」
そんな言葉を投げかけて、仄かに赤かったリョーコの頬をトマトのように真っ赤に染めた。また、リョーコ自身も自分の体温が上がったことを自覚していた。
しかしその様子は、幸いにしてこの暗闇の中なため、アキトからは伺えることはできなかったようだ。未だアキトはニコニコと呑気な笑顔を見せている。
「あ〜〜……なんか気が抜けた、俺はもう寝るぞ」
「あ、おやすみ。スバルさん」
リョーコは顔色の変化を誤魔化すようにそう言って寝袋にくるまろうとするが、アキトの言葉に眉を顰め。
「お前のその言葉、やけに余所余所しいんだよ……リョーコでいいぜ」
そうアキトに向かって言うと、それっきり黙ってしまう。
その言葉に目を丸くして驚いたアキトだが、それの意味することがようやく自分を仲間と認められたことだと気付き。
「……うん、分かった。おやすみ、リョーコちゃん」
そう言い返して、アキトも小さな焚き火を囲んで夜の番を続けるのだった。
「って……敵さんもそう簡単に近づかせてはくれないか!!」
アキトとリョーコの会話が一段落し、リョーコが眠りにつこうとしたその時、二人は暗闇の中から多数の駆動音を耳にした。
同時に二人は不穏な空気を感じ取り、眠っている面々を叩き起すと戦闘準備に取り掛かる。何故かアカツキは速攻で飛び起きて、たまにこちらを盗み見てはニヤニヤしていたが気にしないことにする。
同時に川を挟んだ対岸から駆動音の正体が姿を現した。
高速移動型MTディッパーに車両型戦車レイテ、そして今となっては旧式となった戦車ヤグアル[。
いずれもエムロード製の質実剛健な陸戦兵器で、正面火力に特化した構成だ。
「木星蜥蜴が乗っ取った兵器達か!」
「くそっ、エムロードの奴らむやみやたらに量産しやがって!」
「ちょっとぉ〜〜! 数が多すぎるよう〜〜」
「一機一機は大したことないけど、流石にこの数はマズイわね……」
既に河をはさんで銃火が飛び交い、いくつもの爆発と閃光が辺りを真昼のように照らしている。
ここまでの騒ぎとなっては隠密行動は不可能であり、加えてこのままここで足止めをさせられると、周囲から敵の増援が押し寄せてくるだろう。
同時にナデシコのバックアップ組からは、ナナフシの活動が活性化の兆しを見せているとの報告もあった。
リーダーのアカツキはその報告を受け、すぐさまナナフシの元へ向かうことを決める。
「諸君、全部倒す必要はないんだ。ナナフシを止めるためには僕達三人がこの包囲網を突破しなければならないから、君達は援護の後適当にあしらってくれれば――」
「おのれぇっ! このダイゴウジ・ガイ様がテメエラ雑魚メカなんぞにやられてたまるかぁっ!!」
だがアカツキの言葉は、絶え間ない敵の砲撃に激昂したヤマダが前に飛び出し砲戦フレームの象徴である120ミリカノン砲を敵のMT部隊へと銃口を向けることで遮られた。
「ってちょっと待ちたまえヤマダ君! その弾はナナフシ用のっ……!!」
だがアカツキの静止の声も届かず、ヤマダは照準をMT達へとロックオンするとニヤリと男臭い笑みを浮かべ、本能の赴くままにトリガーを引いた。
「大・艦・巨砲主義万歳ーーーーーっ!!」
ヤマダの叫び声と同時にカノン砲の先端からマズルフラッシュが煌めき、轟音と共に榴弾の直撃を受けたMTが弾け飛ぶ。
しかし砲撃はそれだけで終わることはなく、続けて榴弾が敵部隊へと撃ち込まれ、レイテが、ディッパーが、戦車が瞬く間に炎に包まれる。
そして数分間の間、ヤマダの嬌声とカノン砲の発射音が辺りを支配し、それが止んだ時には既に敵MTと戦車共々スクラップと化していた。
「ふははははぁっ、見たかキョアック星人っ! これがゲキガンガーの力だああっ!!」
「何がゲキガンガーだこの大馬鹿野郎がっ!!」
ドゴッ! と重い音を響かせてヤマダの砲戦フレームの頭を殴るリョーコ機。
重装甲を誇る砲戦フレームとはいえ、頭部は通常のフレームとなんら変わりがないため、ヤマダ機のアサルトピット内には結構な衝撃が行き渡っていた。
「な、なにをするっ……」
「なにをするじゃねえっ! ナナフシ用の120ミリ砲弾をバカスカ使いやがってどうするんだよ!!」
今回の作戦ではナナフシの撃破が最優先なため、高威力の120ミリ砲弾を極力使わないようブリーフィングで言い渡されていた。
勿論その場にはヤマダもいたのだが、並みいる敵を前に熱血魂を抑えられなかったらしい。全ての弾丸を撃ちつくしてはいないようだが、既に120ミリ砲の残弾は心許ないものとなっている。
「どうする、アカツキ?」
「どうするったってねぇ、このまま先へ進むしかないんじゃない?」
スクリーンの片隅にある残り時間の表示を見てみると、そう多くは残っていない。ここでまごついていてはナナフシのマイクロブラックホールによってナデシコが落とされてしまう。
だが結局の所、六人揃ってこのままナナフシの元へと向かうことに決まった。
あらかじめ戦闘が起こることは予測していたため、バッテリーの予備は十分だ。流石にこのままバッテリーを背負ったまま進軍するのは厳しく、また先の戦闘で消耗が激しかったため、この場で交換作業を行うこととなった。
エネルギー消耗の心配のないラークスパーが率先して交換作業を行っている中、周囲の警戒にあたっていたアカツキがレーダーに反応があったことに気づく。
それなりの数の多さからアカツキはそれを敵MT部隊の第二陣だと予想した。
「フム、早速来たか。諸君、早く交換作業を終わらせるんだ……ってなんだいこれは? ……生体反応?」
何故こんな僻地でそんな反応が出るのか分からず、困惑するアカツキ。
木星蜥蜴の襲撃から逃れた軍の生き残りか、それとも逃げ遅れた一般市民なのかと思案したがその姿を認識した時、アカツキだけでなく交換作業中だったアキトやリョーコらも信じられないといった表情で驚愕した。
「おいおい、冗談だろ?」
「な、何で地球にディソーダーが……」
そう、相手は戦闘MTや戦車などではなく、火星のみで存在を認められていたはずの生体生物兵器ディソーダーだった。
エメラルドグリーンの生物然とした体色を、暗闇の中で僅かに煌めかせながらゆっくりとこちらに向かって進んでくるディソーダー達。
そして河にさしかかるほどの距離まで迫ると、おなじみのラインビームを一斉射しはじめた。
遮蔽物の少ない川原ではまともに身を隠すことができず、幾条かのビームがACやエステバリス各機に命中し、装甲を焦がす。
アキトはラークスパーを正面に移動させ、立塞がるようにして身を守ると、河の水面に向かってレーザーブレードを振るい、水飛沫を巻き起こした。
そして巻き上がった飛沫が蒸気のカーテンとなり、ラインビームの威力を大幅に減衰させた。元より威力の低いラインビームなため、これによって一時的ながら敵の火線から身を守ることができる。
「ナイスだっ、テンカワ!」
その間にリョーコ達は交換作業を即座に終わらせ、エステを起動させると戦闘態勢へと移行する。
「それで、これからどうするっ!?」
「ここで時間を割いてる暇は無い! 奴らは無視してこのままナナフシへ向かおう! リョーコちゃん達はサポートを頼む!!」
「おいっ! 俺はどうするんだ!?」
「壁にでもなってろっ!!」
ほとんど弾を使い果たしたヤマダ機は確かにそれしか役割が残っていないが、あんまりな言葉に劇画調で唖然とするヤマダ。
そうこうしている内に蒸気のカーテンが薄くなり、再びラインビームが照射され始めた。
「俺が突破口を開く! みんなはそこから真っ直ぐナナフシへと向かってくれ!」
「ふざけんなっ! そんな得物を持って何ほざいてやがる!」
だがその作戦にリョーコが反発した。
「火力の高いACが残ってちゃ意味ないだろっ! ここは俺達に任せて野郎共はとっととナナフシを落としてきやがれっ!!」
確かに、火力の低い陸戦フレームがナナフシへと向かっても意味は無い。
ここはリョーコの言うように足止めを三人に任せて、砲戦フレームとACはナナフシへと向かったほうが得策だろう。
それに、戦闘前にあれだけ発破をかけられたのだ。ここで彼女の期待に応えなければ男が廃るというものだ。
「……分かった。三人とも無茶はしないでくれよ!」
「へっ、誰に言ってやがる!」
「ちゃ〜んと敵さん落としてきてねぇ」
「帰ったら抹茶セットでも奢ってもらおうかねぇ」
そうして各々の方針が決まると、アキトはもう一度レーザーブレードの刀身で水面を薙ぎ払い、飛沫をあげる。
そしてラインビームの攻撃が止むのを見計らって、各機は一斉に飛び出した。
アキトのラークスパーがオーバードブーストで蒸気のカーテンを突破すると手近なディソーダーを斬り伏せ、敵の注意を引き付ける。そして、それに続くようにしてアカツキとヤマダの砲戦フレームが移動を開始した。
さらに二・三匹のディソーダーをブレードで切り倒したアキトは、ある程度の距離まで二機が離れるのを見計らい、ラインビームの射程外まで移動したのを確認すると、ブースタを全開にして二機の元へと戻って行った。
非常に緩慢な動きではあるが、それを追いかけようとするディソーダー達。
しかし、今度は後方から銃弾の嵐が浴びせられ、さらに数匹のディソーダーが蜂の巣となる。
一匹のディソーダーが銃撃の方向へとカメラを向けるが、途端に赤い拳に真上から叩き潰され、その場で蹲るように沈黙した。
リョーコは叩き潰したディソーダーには目もくれず、眼前で蠢く蟲達を一瞥すると――――
「さあ、かかってきな害虫ども! このオレが思う存分相手してやるぜ!」
あたかも血に飢えた獅子のようにそう吠えると、ヒカルとイズミ機らと共に、ライフル片手に引っ提げて蟲の大群へと躍り出していった。
荒れ果てた無人の道路を疾走する三機の機動兵器。
道路の横には紺碧の湖が広がり、岸から飛び出た要塞化された中州には砲身だけで数キロはあるかという巨大な砲台――――ナナフシが鎮座していた。
そしてそのナナフシの動力炉とも言うべき胴体部の側面では、七色の光がまるで脈動するように渦巻き、今にも何かを吐き出しそうな勢いだ。
しかし、ソレが吐き出されることはすなわちナデシコの撃沈。加えて地上でマイクロ・ブラックホールが蒸発すれば膨大な放射能と熱量が辺り一帯を襲い、クルスクは焦土と化すだろう。
そうなれば放射能で汚染されたクルスクには戦略的価値も無くなり、同時に前線にも多大な損失を招くことになってしまう。
「急げ! もう予測時間まで残り少ないぞ!!」
だからというわけではないが、アキト達三人は全速でエステをACを走らせ、ナナフシの元へ徐々に距離を縮めていた。
エステとACでは最大速度が僅かにACの方に分があるため、ラークスパーは先行して待ち構えるバッタやディソーダー達を、ブレードで斬り捨てながらナナフシまでの道を切り開いていく。
砲戦フレームには接近戦用の兵装が皆無なため、先行したACが切り開いた道を追いかける形になっており、進むことしかできないことに歯痒さを感じるアカツキだったが、消耗を避けるためにはそれが一番なため、今はアキトとラークスパーを信じてナナフシを目指すしかなかった。
「予定ポイント到達!」
そして立塞がる蟲達を蹴散らし、ついに予定された射撃ポイントへと到達する。
場所はナナフシの真横に位置し、動力部が肉眼でもハッキリと分かるほどの距離だ。
ラークスパーは右腕のグレネードランチャーを、アカツキとヤマダは120ミリカノンとミサイルポッドのハッチを開き、ナナフシに狙いをつける。
「全機、全弾発射!!」
アカツキのその言葉と同時に銃口が次々と火を吹き、轟音と共にナナフシに命中する。
榴弾が弾けると同時に爆炎と衝撃がナナフシを襲い、カノン砲弾が抉るようにして動力部に突き刺さると激しい火花を起こし、ミサイルは白煙を引きながら炸裂する。
そしてどれだけの間トリガーを引いただろうか。弾薬がそろそろ底を突こうかというその時、ナナフシ側面の円を描く光の渦が急速に薄れていき、ついには黒煙を上げて一切の音を発しなくなった。
「……終わったのか?」
おそるおそるといった感じで様子を窺うヤマダ。
彼のエステはディソーダーとの戦闘でとっくに残弾が尽きているため、残る攻撃手段は体当たりくらいしか残っていない。なのでこれで終わって欲しいなぁ等と心中呟いていた。
一方の余力のあるアキトとアカツキは、油断なく砲身をナナフシへと向けたままナナフシを睨みつけている。
目視では動かなくなっているが、それがイコール敵の沈黙というわけではないのだ。しかしそれは杞憂だったようで、暫しの沈黙の後ナデシコから通信が入ってくる。
『エネルギー反応低下…………消失。ナナフシの沈黙を確認しました』
『ミッションコンプリートですね』
その言葉で、今まで保ってきた緊張の糸が切れ、安堵の溜息を吐くパイロット達。
しかし安心しているのも束の間、警告音と共に後方からレーザーの嵐が襲ってくる。
慌てて物陰に隠れて攻撃をやり過ごし敵影を確認すると、ディソーダーの群れがこちらに向かってくる様子が見て取れた。
しかしその攻撃は散発的なもので、ナナフシの沈黙によって木星蜥蜴達の姿も見えなくなっているため、然したる脅威には見られない。
「おい、残ったディソーダー共はどうするんだよ」
「流石に放っておくわけにはいかないな……」
だからといって重要な工業地区にこのままディソーダーを放っておくわけにもいかない。
アキト達は遮蔽物を利用しながら残った弾薬でディソーダー達を攻撃し始めた。組織的な攻撃を行わず、目標にむかうだけしか能の無いディソーダーは次々と落されていく。
加えて暫くすると、反対側からリョーコ達も応援に駆けつけ、これ幸いと挟撃の形へと持ち込んで一気に殲滅にかかるが――――
「おいおい、全然数が減る様子がねえぞ」
弾を撃ち切って文字通り役立たず(とは言っても近寄ってきたディソーダーに対して砲身で追っ払ったりはしている)となったヤマダがレーダーの反応を見てそう呟いた。
確かに倒しても倒しても一向に数が減る様子が無い。しかし、こちらが囲んで攻撃を加えているため、どこからか増援が送られてきているといった様子ではないようだ。
「どこかに巣でもあるのか?」
他に考えられるのはそれくらいなため、アキトはナデシコにその旨を報告し、どのように対処するべきか訪ねた。
すると思ったより早く反応が返ってくる。
『どうやら当りっぽいです。付近の工場の一つに、多数の生体反応と巨大な熱源反応を確認しました』
『恐らく其処からディソーダーは湧き出してるようです。直ちに現場に向かい、可能であれば施設を破壊してください』
言ってることは尤もだが、大がかりな作戦の後ということもあって弾薬がかなり心許ないことになっている。
近接兵器を持っているのが、リョーコら陸戦フレームの三機とラークスパーのみであり、砲戦フレームのアカツキも流石に残弾が尽きかけている。ヤマダに至っては語るまでもないだろう。
とにかく、スピードが命ということで、アキトは目前のディソーダーの群れに最後の一発であるグレネードを叩きこんで敵を一掃すると、ナデシコから送られてきたポイントへ向けて移動する。
リョーコ達もそれへ続き、アカツキ・ヤマダが彼らを守るようにしてそれに付いていく。
しかし目標ポイントに到達してもそこには目ぼしいものは何も無く、ただ広々とした空間が広がっているだけだったが、その奥に機動兵器一機が通れるほどの空間が開いていた。
「ここから奴らが来ているらしいな……」
反応からすると、どうやら目標の場所は地下にあるようだ。通路の狭さもあって一機ずつ慎重に進んでいく。
そして目指す場所が近いことをレーダーで確認し、目標地点手前で期待を止めてそっと部屋の中を観察してみると、そこは工場というよりも何かの実験施設のようであった。
半円形の部屋の中央には、台座らしきものとその上に複数のマニュピレータを生やした機械群が鎮座しており、今まさに一匹のディソーダーを生み出そうとしているばかりだった。
そしてその周囲にはその台座を守るように複数のディソーダーが蠢いている。
「うっわ……虫ちゃんが山盛り〜〜」
「気色悪いことこの上ねえな……」
その数はかなりの数に上り、何匹かは押し返されてひっくり返ってるほどだ。
流石にこの中に飛び込むほどの余力はこちらに無い。幸い相手はまだこちらに気づいていないため、リョーコら三人の陸戦エステは装備してあった吸着地雷を取り出し、それをディソーダーの群れのど真ん中へと放り込んだ。
直後、複数の爆発音が部屋中に響き、十数匹のディソーダーがその爆発に巻き込まれた。
すかさず、部屋に飛び込むとナイフやブレードを用いて瞬く間に生き残ったディソーダーを殲滅し、部屋を確保する。
そして部屋の中に動くディソーダーがいないことを確認すると、改めて目標の物体を観察してみた。
「これは……ディソーダーの発生装置?」
アキトは、ディソーダーらは製作機械もしくは卵のようなものから産まれているものだと考えていた。
しかし目の前にあるのはそのような有機的、機械的なものではなく、『現象』としてそこにあるようなものだと肌で感じられた。
上の機械群から伸びるパイプやマニュピレータは、下の台座とは完全に別物で、後から取り付けられたもののようだ。
その台座にしても表面が幾何学的な模様でビッシリと埋まっており、装置というよりも何らかの遺跡のようにも見える。
とにかく、このままディソーダーを産み出す装置を放っておくわけにもいかず、ブレードとナイフで切り刻み、原形をとどめる程度に破壊する。
そして目標の破壊をナデシコに報告すると、今度はその発生装置の部屋を徹底的に調べてこいとのお達しを受けた。
恐らくその遺跡らしき装置にイネス辺りが興味を持ったのだろう。流石に連続での作戦行動で疲労も限界に近いが、この部屋が気になるのはアキトとしても同様なので、ラークスパーから降りると弾を撃ち尽くしたアカツキらと共に周囲の捜索を開始する。ちなみにリョーコ達は生き残った敵に備えて周囲を警戒中だ。
そして暫くの間、辺りを探索していると、なんとここには人のいた形跡が見受けられた。
「こんな所に人がいたってのか?」
「破棄されてから結構時間は経ってるようだけどねぇ」
そこは広い空間の片隅に、とってつけられたような小さな子部屋だった。
しかしそこにはいくつものコードが散らばっており、一つだけではあるが個人用の端末も備え付けてある。
調べてみると、どうやらその端末は一世代前のIFS認証システムを用いているようで、アカツキはそれを見ると、持主は火星の出身ではないかと口にした。
確かに、わざわざ端末をIFS仕様にする必要があるのは、ナノマシンの普及が進んでいた火星くらいのものだろう。
となると、このディソーダー達と装置を持ち込んできたのはこの端末の主なのだろうか?
「……端末をナデシコに持ち帰ってみよう」
ディソーダーの正体について何かがつかめるかもしれない。
アキトはそんな希望を持って、装置の残骸と一緒にその端末をナデシコへと持ち帰った。
数時間後、エンジンの応急処置が完了し、ナデシコは最寄りの都市のバルバスシティへと向かっていた。
流石に相転移エンジンを艦内の整備員だけで修理することは不可能なため、大掛かりな修復を施さなければならない。
キノコ頭の提督は作戦を遂行できたことに上機嫌だが、プロスペクターの方は電卓で弾き出した膨大な修理費に頭を痛めており、ブリッジ上段はなんとも対照的な空気に包まれていた。
「それで、あの端末からはなにか情報は得られたんですか?」
最も、アキトが今一番気になっていることはクルスクで手に入れた例の端末だ。
火星の害虫であるディソーダーについて、何か対策が出来るかも知れないということで、ルリに預けたきり気になって仕方がなかった。
「ただでさえ、キツイ任務の後に追加の仕事までやらされたんだ。あってくれないと困るぜ」
それはキツイ作戦を連続でやらされた他のパイロットも同様のようだ。特にアカツキ辺りはいつもの軽薄な笑みに何処か鋭さが加わっており、やけに不気味だ。
「はぁ、まぁ情報はあったといえばあったんですが――」
そう言って、言葉を濁しながらルリを横目で見るプロスペクター。
ルリはその視線を受けて小さなウインドウを出すと、片手間で終わらせた解析結果を淡々と報告する。
「解析の結果ですが、どうやら部屋の主はあそこを引き払った後、ある場所へと向かったようで、その位置座標を何とか拾い上げることができました」
おぉ〜っという声が辺りに広がり、ルリの頬が僅かに赤く染まった。
しかし情報を入手できたというのに、隣に立つプロスペクターの顔は随分と浮かない顔をしている。
そのプロスの様子から嫌な予感がしたが、アキトはルリに解析した座標について尋ねた。
「それで、その場所は?」
「ネオ・アイザックから海を隔てたはるか南にある絶海の孤島――――――――ロスト・フィールドと呼ばれる所です」
TO BE CONTINUED