うっすらと滲み出た額の汗をTシャツの袖で拭い、夕日を眺める。
 力一杯、意気揚々と自己主張していた太陽は、今は沈みかけている。
 店閉まいモード。ホタルノヒカリ。閉店。
 名残惜しそうにして、そう簡単には沈まない。
 俺はジュースの自販機の横のベンチに腰を下ろした。
 鞄を脇に置き、両手・両足を広げ全体重をベンチに預ける。
 あー、疲れた――。
 


 何分かボーッとしていたら、次第に疲労が感じなくなった。
 肉体の疲労は未だそこに居座って悲鳴を訴えているが、頭の回転はさっきに比べりゃマシだ。
 すると、携帯が鳴った。
 ――ビートルズの「ツイスト・アンド・シャウト」。16和音が派手に歌う。
 ――カモン、カモン、カモン、カモン、ベイビー、ナウ。
 何故、流行の曲はすぐに着うたフルが出回るのに、ビートルズの着うたはないのだろう。
 探しても、探しても、何所のサイトにもなかった。
 結局は自分で作るしかないという結論に達し、その知識を覚えるのも面倒なんで、着メロで我慢している。
 電話ではなく、メールだった。

 ”もうぼちぼち終わるから、待っててちょ。”

 送信主は杉小路。
 あいつ、また剣道部に遊びに行ってるのか。
 あ〜〜、だりー。
 ポケットから飴玉を取り出し、包装紙を剥いて口に放り込む。
 


 夕日が強く照り、影が伸びる。
 ほら、おれさまはもうすぐいなくなっちゃうよ。
 黄色い鬣のライオンがそう言って涙を誘ってる気がした。
 だからどうした。
 明日になれば、また拝めるじゃねぇか。
 清村は溶けて小さくなった飴玉を噛み砕いた。
 


 室江高校に編入してきて1週間。
 ここでの新しい友人といった者は、未だ特にいない。
 同級生は皆、受験や就職で忙しいのだ。
 中には受験も就職も関係ないどころか、卒業さえ怪しい輩も居る。
 そんな連中は大抵が、頭の悪そうな顔でへらへら笑っている。
 そんなのと付き合うのはごめんだった。
 みんな、自分の事にしか興味ない素振りを見せている。
 その実、腹の中では何を考えているかわからない。
 何か考えているのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。
 俺の事も、少しは興味があるようで、実際は半ばどうでもいいのだろう。
 皆が俺の事をどう思っていようと、俺もそんな事はどうでもいい。
 推薦枠目当てで転校してきたずる賢いハイエナ。
 事情を知った奴がそう思っても、俺は何も言い返せない。
 


 杉小路は、こっちに編入してからも相変わらずだ。
 周りに溶け込むのが上手いし、味方をつくるのが早い。
 人は勝ち組と負け組の2種類しかいないなんて、くだらん戯言だと思うが……。
 ……多分、杉小路は他人の苦労をよそにひょいと勝ち組の方に滑り込むのだろう。
 ……俺は、どっちだろうか。
 そもそも勝ち負けなんて誰が決めるのか。
 勝てば幸福、負ければ不幸。それが人生において絶対なのか?
 答えはNOだ。
 だが少なくとも、勝敗の差で天国にも地獄にも転がり得る世界がある。
 ビジネスの世界と、スポーツの世界だ。



 そう、スポーツとは、記録を、結果を残さなければ――。
 ――勝たなければ上には進めないのだ。





KIYOSUGI×BLADE 第8話「ベンチとコーヒー」
髭猫 作 





「……返事がないなぁ」

 杉小路は携帯を覗き込んで呟いた。
 メール問い合わせをしても、何も届いていなかった。

「先輩ー、誰からですか〜?」

 ダンが尋ねる。

「ああ、清村だよ、清村。帰りはいつも一緒なんだ。多分、外で待ってると思う」

 ぼくがクルマ運転しないと帰れないからね、という台詞を杉小路は外には出さなかった。
 漫画の設定は小説でも通用するのだ。
 ぼくは読者からのあらゆるツッコミを右から左へ受け流す。
 ぼくは今日も仮免のまま軽を運転して――しかも高速を使って――帰る!!



 2人の会話を、密かに耳をダンボにして訊いている子がいた。
 背後に黒い炎をメラメラと燃やしながら。
 そして、その子は部室を後にした。こんな台詞を残して。

「――ちょっとトイレに行ってきます」






「先輩、退屈そうですね。隣、いいですか?」

 清村はうなだれた顔を上げた。
 すると、目の前に仁王立ちしていたのは――。

「……ああ、何か用かタバコ女」
「……(ムカッ)。私は剣道部1年・宮崎 都です。」

 今度私をタバコ女とか呼んだら――。
 ミヤミヤは青筋を立てて黒い炎を更に勢い良く燃やした。






「あっれー? ダンくん、ミヤミヤはー?」

 キリノが面を取り、ダンに尋ねる。

「トイレ行ったよー」
「ふーん」

 珍しい。ミヤミヤ、体調悪いのかな?
 あ、もしかしてあの日なのかな?

「……頑張れミヤミヤ」

 キリノは1人勝手に想像して納得し、タオルを手に取った。






「あっはははははははははは、あ〜〜おっかし〜〜」

 ミヤミヤは大爆笑していた。

「おい、宮崎。小節変わったらリアクション変わり過ぎ」

 清村が力なくツッコミを入れる。

「ごっ、ごめんなさい……。ふふっ。でも先輩、本当に煙草嫌いなんですね〜」
「うっ、うっせーな!! しょうがないだろ!! 身体が受け付けないんだからよ!!」

 ミヤミヤは目尻に涙すら浮かべていた。

「180cmの長身、両耳にピアス、髪染めて、学校指定のネクタイを無視して――」
「シャツを第3ボタンまで開けてるけど、タバコ吸えません。死にます」
「ぷっ。あっははははは、なんかマンガみたいね、先輩って」
「うっせーな!! ああ、もう!!」
「おまけに、お菓子やデザート大好き。甘党なんでしょ? ふふ」
「悪ぃかよ。クレープやシュークリームの美味い店は誰よりも詳しいぞ」
「じゃ、今度案内してもらいましょうかね〜」

 気がつけば、2人はすっかり自然に会話出来るようになっていた。
 しかも、お互い猫を被っていない素の状態で。
 お互い元ヤン同士でウマも合った(?)結果だろう。

「兎に角、私が今日煙草を吸ってたのはくれぐれも口外厳禁の方向で」
「――ったく、わかったよ。つーか元々言う気なんてなかったしな」
「じゃ、それでお願いします♪」
「けどな、もしお前が嫌がらせで俺の前でタバコ吸う事があったら――」
「あー、大丈夫ですよ先輩。普段は吸ってませんし。今日はたまたまですよ、たまたま」
「本当かよ……」

 煙草に関しては、まるで人が変わったように恐怖を露にする清村。
 可愛い。そして何より面白い。
 さとりんに次ぐパシリを見つけた感覚に近い喜び。
 ま、相手は先輩なので実際パシリは出来ないが。
 秘密厳守も約束されたし、ミヤミヤは今、ご機嫌であった。






「ミヤミヤ、何所行っちゃったんだろうねぇー」

 キリノとダンは道場を出、ジュースの自販機へと足を運んだ。

「あ、あそこのベンチにミヤミヤいたー」

 近づこうと駆け出し、2人は固まった。
 赤紫に染まりゆく校舎の下、ミヤミヤは――
 ――清村と一緒だったのだから。



「……楽しそう」

 それは誰の目にも明らかだった。
 まるで何年もの付き合いかのように自然にこぼれる笑み。

「あ、ちょっと……!!」

 キリノが制する前に、ダンは飛び出していた。

「俺はミヤミヤを信じる」



「ミヤミヤ〜」
「あ、ダンくん」

 途端に少し大人しくなるミヤミヤ。

「遅いぞミヤミヤ〜。もう練習終わっちゃったよ〜」

 その表情は、いつものダンだった。






「遅えぞてめえ」

 すっかり日が暮れた校庭。
 清村の静かな怒声が杉小路に向けられる。

「ほいほい、お待たせ」

 杉小路は特に悪びれた様子もなく、適当に返事をする。

「さっさと帰ろーぜ。帰りまた高速混むだろ」

 清村の機嫌が良い。と思う。
 杉小路はそれを敏感に察知したが、あえて口には出さなかった。




……TO BE CONTINUDE





 あとがき


 どうも、髭猫です。

 作中に出てくるビートルズの着うた、マジ話ですw
 どこのサイトにもありませんw
 皆様も試してみて下さいw
 検索しても出てきませんのでw

 あと、清村がビートルズ好きなのもマジですw
 コミックスのプロフィール上ではそうなってますw

 ミヤミヤと清村。
 多分ここから発展して、今後、清村を剣道部と絡めていくと思います。
 ちなみにミヤミヤのフラグはこれで立っていませんw彼女はダンくん命ですからw

 今回も、6話と同様、タイトルをBUMP OF CHICKENの曲名から拝借しましたw
 6話で誰もツッコミがなかったので、また今後もあれこれ使いますw


 次回。
 タマちゃんのお父さんの話を考えています。
 読んで下さってありがとうございました。次回もまた読んで下されば幸いです。






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