物怪草子

巻ノ参

Presented by INAZUMA

 暫くの間部屋の中で功刀はベッドに横になり、東条は再び雑誌を読みながらぼんやりと過ごしていた。部屋の中は東条の音楽プレーヤーが静かに幻想的な音楽を奏でている。功刀の今の気分としては荒々しいメタルをBGMに流したいところだったが、あいにく彼の物では無いのでそのまま放って置いた。

「魔術師、か」

 功刀は自分が魔術師になるべきなのかどうか決めあぐねていた。確かに自分に術が使えるようになるという九鬼の提案は魅力的だ。がしかし、何の条件もなしに彼が無条件でそんな提案をするとは俄かには信じられなかった。魔術の基本は等価交換。そんな台詞をどこかで聞いた覚えが功刀にはあったが、それは強ち的外れではないのだろうと彼は思っている。だから功刀には九鬼が自分に対して無条件にそんな提案をするとは考えられなかった。

 そう功刀が考えていると部屋の中にチャイムの音が響く。

「ああ、俺が行く」

 遅かったな。そう思いながら功刀を制して東条はその応対に向かう。彼が部屋のドアを開けると外の廊下には和服を着たお団子頭の女性が立っていた。どういう訳か顔立ちは至って普通の日本人の物なのに肌は異常なほど白く、また髪も血のように赤い。

「おう紅葉。どうだい、そっちは」

「うん、特に異常はなし。普通の浄化魔術と簡単な投薬治療で何とかなったわ」

 休日のかなり日が昇った時間帯だからなのか、廊下には他に誰も居ないので東条はそこで立ったまま女性と親しげに話し始めた。

「ところでどう、そっちは」

「ああ、こっちも見た感じでは問題は無さそうだ」

 そこまで言った後、総一がありったけの無茶苦茶をしてくれたがね、と言った。

「相変わらずねえ」

 そう言って彼女―紅葉と呼ばれた女性はくすくすと笑う。美人と形容するのに相応しい顔が優しそうに綻ぶ。

「まあな。けど厄介だよ。総一の奴、勝手に五行輪の存在を教えあがった」

 はあ、と息を吐くと東条はそう続ける。

「え…『アレ』の存在を?」

「ああ。あの男、一体何を考えているのやら…」

 今までの無茶苦茶っぷりを考えれば彼―九鬼のこの程度の暴挙は十分予想出来てはいたことだが、女性は深々とため息をついた。

「まあ、ね。さ、たぶん大丈夫だと思うけど一応検査しなくちゃ」

 そう言うと、彼女は東条の断りもなしに部屋の中へと入っていった。





「はいはーい。診察の時間ですよー」

 ベルの音がして東条がその応対に向かったかと思うと、しばらくして妙な女性が部屋の中に入ってきた、と功刀は感じた。最近は黒以外の髪の毛の日本人はさすがに珍しくは無いが、まっかっかな髪の毛に異様なほど真っ白な肌、白い和服という格好は功刀のセンスにおいてはちょっと―いや、むしろかなり変だ。そしてその奇妙な女性は勝手に ベッドに横たわっていた功刀の体をポンポン触り始めた。

「お、おい。何を勝手に…」

 九鬼が言った言葉の意味を考えながらベッドに寝転んでいた功刀であったが、突然現れた女性に体にぺたぺた触られてさすがに声を上げた。

「ほらほら、騒がない騒がない。…ううん、瘴気が体の中に溜まっている雰囲気は無いわね。けど、体をだいぶ酷使しているみたい。ある程度体を痛めるのは別にかまわないけど『過ぎたるは及ばざるが如し』よ?それと他には……!」

 途中まで魔術を使った診察をしたとき、不意に彼女の手が止まった。何がどうした。そう功刀が問おうとした時、女性は彼女の口からぽつり、ぽつりと言葉を出していた。いや、言葉が勝手に零れ出していた、と言うべきか。

「え…あ……あ…貴方…ま、まさか…」

 何をこの女は驚いているんだ?要領を得ない言葉しか紡ぎ出さない女性の言葉が男の頭の中で疑問を生み出す。そしてその疑問は女性のその次の言葉によって解かされた。

「まさか、自分の命を削り続けて戦ってきたの!?」

 ―何を驚いているんだ?一呼吸おいて女性の言葉の意味を理解した功刀は女性の驚きに疑問を抱いた。家族を殺された人間が復讐を誓うのは当然ではないのか?そう信じきっていた功刀にとって女性のリアクションは彼の理解の範疇を超えていた。

「やはり…そうだったか」

 東条は顔を雑誌のほうに向けながらそう呟いた。いつからか功刀の顔を見ていた彼の目は何処か恐ろしくもあった。

 霊力というものは無限に存在する物ではない。人の寿命と人のイノチが一分一秒当たりに生み出す霊力とを換算すれば、人間の命が保有―とでも表現すべきなのだろうか?―している霊力はおのずと導き出される。そして普段イノチから湧き出している以上の霊力を無理をして取り出せば―その分人の生きていられる時間は短くなっていく。そう、霊力とはまた同時に生命力とも言えるのだ。

「功刀、ひとつ聞きたい。お前は…長く生きたいのか?」

「いや」

 功刀は東条の問いにきっぱりと答える。そう言った彼の目を見た東条は、ああ、やはりこいつはこんなにも暗い目をした人間なんだな、と感じた。

「ならば…この戦いが終わったあとお前はどうしたい?」

「……」

 そんな事は、東条に聞かれるまで功刀は考えたことすらなかった。

「…この問いの答え、もしもこの戦いが終わるまでに出せるのなら五行輪を…お前をバケモノマジュツシにするための道具を渡してやろう」

「…本当か?」

「ああ。だが…あの道具もまた時限爆弾つきだ。それと…気をつけろ。もしも爆弾が爆発したら…お前は死よりも恐ろしい目にあう…死よりも恐ろしい目…に…?」

 東条の言葉の最後は、なぜか疑問文だった。

「…どーかしたの?」

「いや、何でもない」

 しかしそう言ったまま東条は何かを考え込み始めた。

「ところで…お前は何者なんだ?まだ自己紹介を受けていないと思ったんだが」

 ふと思い出したように、功刀は女性にそう問いかける。最も東条との関係はある程度予測できてはいたが。

「え、私?…あ、よく考えてみれば確かに私自己紹介してなかったかも。私の名前は東条紅葉。苗字の通りヒデの奥さんでーす」

「…………」

 ほんの少し前までの部屋の空気とは打って変わって明るく、そして拍子抜けのする女性、いや、東条の妻、紅葉の自己紹介に功刀は何も言わずにただ頭を抱えた。口は出さなかったが、なんか変なのが出てきたなあ…と思った。 と、突然功刀は腹の底から何か奇妙な物が沸いてくるのを感じた。

「ん、どうかしたの?」

「いや…別に」

「そう?何だか少し顔色が悪いみたいだけど…」

「…だから平気だ」

「あ、そう…?」

 紅葉はそうは言ったもののどこか釈然としないものを感じているのか不安そうな顔つきで功刀の顔をちらちらと見ていた。

「……」

「ああ、大丈夫だ。だからそれ以上心配してくれる必要は無い」

 功刀はそう言うとベッドから起き上がり、重い足取りで洗面所のほうへと歩いていった。いったいその足取りのどこが大丈夫なものか、と東条も紅葉も思った。

「ううん、やっぱり大丈夫そうじゃないけどなあ」

「ま、他人からのお節介を良しとしない人間もいるって事だ」

 口元に指をやりながら功刀の姿を心配そうに見る紅葉の呟きに、どこからか重そうなアタッシュケースを取り出すと東条はそのケースを開けながら言った。そしてその中から一丁の拳銃を取り出して分解し始めた。その黒いポリマー製フレーム―拳銃のグリップおよびそこと一体化したスライドの下部全体―を持つ銃の名はH&K USP―Universale Selbstladepistole―。東条の愛銃の一つである。

「ん…」

 ところがどうしたのか、ばらばらにした拳銃を放置したまま東条はアタッシュケースの中をしばらくあさり、そして何かに気づいたのかピクリと手を止めた。

「どうかしたの?」

「USP用のレイルアダプタを忘れた…たぶん車の中だ。今から取ってくる」

「はいはーい」

 相変わらずどこか間が抜けたようにも聞こえる口調で紅葉は答える。しかしその裏で、二人は洗面所にいる功刀には聞こえないように念話テレパスで会話の合間に全く別の会話をしていた。





「はあ…はあ…」

 紅葉という名前の女性の持つ独特な空気に当てられたのか、功刀は洗面所でバチャバチャと何度も顔を洗っていた。あういうタイプの女性はどうも苦手だ。鏡に映った自分の惨めな姿を見ながら功刀は蚊のような小さな声で呟く。復讐の道を歩むものにはあんなに明るい女性の持つ空気は肌に合わないのかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。

「ふ…馬鹿馬鹿しい。何が復讐者には明るい女性は似合わない、だ」

 しかしどこかで感じたような気もするんだよな…自嘲気味に功刀が呟いたすぐ後にそう思っていると、バタリと部屋の扉が開いて閉じる音とコツコツというノックの音がし、洗面所の扉の向こう側から先ほどの女性の声が聞こえてきた。なら今出て行ったのは東条か…と功刀は思い、そして今部屋の中にはあの女性と自分の二人しかいない事に気付いた。洗面所の中を重いような軽いような空気が渦を巻く。

「本当に…大丈夫?」

「ああ。こっちは構わない」

 タオルでごしごしと顔を拭き、普段通りの自分に頭を切り替えると鬱陶しそうにそう言いながら洗面所のドアを開ける。ドアの取っ手がどこか冷たいな、と彼が思っているどういう訳か、ドアを開けると功刀の背に冷たいものが走っていった。いや、悪寒とかそういう類のものではない。確かに部屋全体の温度があっという間に低下していたのだ。

「ふふ、ちょっと驚かせちゃった?」

 その冷気の中央では相変わらずどこか抜けた口調で紅葉が立っていた。彼女の足元のカーペットにはうっすらと霜が降りている。

「けどやっぱりひどい有り様ねえ…私の正体を気付くか気付かないぐらいにまでレイラインを傷付けて。そんなんでよく妖怪と戦ってこられたわねえ? まあ常人よりははるかに多いほうだけど」

 口元に指をやりながら紅葉は言った。そしてその台詞で遅まきながら功刀は自分が感じた不快感、しいては紅葉の正体を悟った。

「そういう訳、か。貴様もまた妖怪バケモノの一体か!」

「ま、貴方の感覚ではそうなるわね。確かに私は妖怪、雪女よ?」

 やはり紅葉は笑いながら敵意をむき出しにする功刀にそう言った。しかし、彼女の目はやはりこれっぽっちも笑ってはいなかった。その時、功刀はほとんど反射的に「雷光」を構えていた。そうか、これですべてが納得できた。自分が覚えた不快感、あれは妖怪と対峙した時に感じるものだった。 ただ最も普段はすぐに怒りとアドレナリンがもたらす高揚感によってかき消されてしまうのでここまで長い間、はっきりと感じたことは無かったが。

「どういう訳だ、雪女。なぜ貴様のような妖怪が人間の、しかも妖怪ハンターの側についている!」

 にわかに殺気立った功刀は語気を荒くして紅葉に問いかける。そんな功刀を見て紅葉は彼を「かわいそうな人」と思った。 最強でありまた最凶の妖怪…それは人間だ。何かの機会にかつて九鬼が言った―いや、あれを言ったのはヒデだったか?―言葉を思い出した。

「別に深い思惑だとか実はスパイだったとか、そういう意図は一切無いわよ。単に私は今も昔もヒデに惚れてるだけ。それに厳密に言えば、ヒデもクッキーも妖怪ハンターではないわよ。 昔倒しそこねた邪魅を倒すため―とそれなりに報酬が入るから今回はわざわざここまで出張ってきただけ」

「……」

 紅葉はそうは言ったものの、功刀は到底信じられない、といった顔で短刀を構えたままだった。ここは障壁を展開すべきだろうか。 一瞬紅葉はそう思ったがそれが原因で相手を刺激しかねないとも思ったので、丸腰のまま相手と対峙する現状を維持した。

「そもそも妖怪ってものはそれそのまま邪悪であるとは限らないのよ?邪魅やその眷属のようにそれそのものの存在が悪であるものはごくごくほんの一部。そのくらいは貴方でも理解できるでしょう?」

「……」

 彼女―紅葉の言うことは確かに一理ある。そう功刀は思ったがやはり自分の心の中で彼女の理論に納得することは出来なかった。邪魅との一件で彼に植え付けられた「妖怪」というものへの不信感はかなり根が深かった。

「まあとにかく、少なくとも私は妖怪だけど人間に対して一切敵意は無い。そのことだけは理解しておいてね」

「……」

 小刀を構えてその場に固まったままの功刀を置き去りにして、紅葉は廊下から部屋のほうへと戻っていった。彼女が今まで立っていた足元のカーペットは霜が溶けたからなのかしっとりとぬれていた。

「…果たして俺はあの女を…信頼していいのか?」

 しばらくたって金縛りが解けた功刀はゆっくりと背後を向くと、鏡に映った自分自身にそう問いかけた。それはあの女次第さ。鏡の中の彼は功刀にそう言ったような気がした。





「……」

「……」

 ずっと洗面所にいるのはおかしかったので功刀は部屋に戻ったが、同じ部屋に妖怪が居る、ということを意識してしまうとただでさえ無口な功刀はベッドに座ったままこれ以上ないほど黙り込んでいた。 一方の紅葉は功刀のことなど気にもせずに何かの本を熟読している。

「ん?何かあったのか?」

 そうこうしている内に銃のパーツを片手に持った東条が部屋に戻ってきたが、部屋の中に入るや否やその中に漂う奇妙な空気に気づいたのか椅子に座りながら功刀に声を掛けた。

「質問をしたいのはむしろ俺のほうだ。なんでこんなすぐそばに妖怪を置いておくんだ」

 やっぱりその話か。どこか陰のある表情をした功刀が口を開いた時、自分が部屋を出た後の展開が自分の予想通りになっていたことを悟った。 彼が部屋を出る前に紅葉と念話テレパスでこっそり話していた内容、それは紅葉が功刀に自分が妖怪であることを告白するというものだった。 下手に隠していたら功刀にかえって不信感を植え付けかねないし、それに功刀の持つ妖怪への不信感を量るという彼が聞いたら怒りそうな意味もあった。 まあその結果は東条の予想した通りあまり芳しくはないものだったが。けれども彼の頭で考えた限りではこれが最良の結果だった。

「はは。なぜここに妖怪が居るか、か。確かにお前が妖怪のことを毛嫌いするのは解らなくもないが、俺は今までこいつが経験してきた境遇や性格、それに考え方を知っているから、何とでも反論できる。 ただ少なくともこれだけは確実に言える。 人はその心次第で妖怪バケモノにもなり得るし、またその逆…一定レベル以上の知性を持った妖怪だって人となんら変わらない存在にもなるってことだ。 これは今までの経験からほぼ確実に間違いのないことだと思っている」

「……」

 東条の諭すような言葉を功刀は黙って聞いていた。しかし同時に東条は、最も自分が諭したところでこいつが考えを変えるのは難しいだろうが、とも思ってた。 人間は赤の他人の言葉で自分のトラウマや何もを振り切って納得できるような存在ではない。これは東条の持論でもあり、そして九鬼もまた同じような意見の持ち主である。

「ま、こいつに関しては一切ヒトに対して害をなす事はしない。それは俺が誓おう。それにもしこいつがヒトに敵意を持っているのなら…まず俺がベッドの中で凍死体になっているさ」

 そう言って東条は少しばかり卑猥さの混じった笑い声を上げ、自分の夫が何を言っているのかを悟った紅葉は顔を赤らめる。しかし功刀は一緒に笑うことなく口元を歪めた。

「ん…ところで紅葉。さっさとこいつの『再接続』、やった方がいいんじゃないのか」

 一通り笑い声を上げた後、東条はふと何かを思い出したように紅葉に確かめるように言った。その声は笑い声を上げる前とは全然調子が違う低いものだった。

「おい、功刀。うつ伏せになってベッドに横になれ。それとそのシャツも脱いでな」

「……」

 理由の説明なしに突然命令されて功刀は反射的に嫌な顔をした。しかし東条の目には功刀に一切不平を言わせない迫力があったため、渋々それに従った。

「で、いったい俺に何をしてくれるんだい?」

「安心しろ。今までお前がやってきたムチャの副作用の一つを元に戻すだけだ。ああ、もちろん痛みや苦痛は一切ないからな」

「……」

 比較的信頼の置ける人物だ、と評価していた東条からあいまいな答えしか返されなかったので憮然とした思いを胸に抱きながらベッドの上に横たわっていると、ひんやりとした細い指が彼の背中に触れた。 あの女―紅葉の指だということはすぐにわかった。先程は服越しに触られたからかあまり彼女の体温を意識することはなかったが、こうやって直接肌と肌を触れ合うと彼女の人間ではない点をさらに意識させられる。

「一番、二番はよし……三番は…だめね」

 紅葉は功刀の背骨に沿ってゆっくりと指を這わせてゆき、そして時々その指を止めてはトン、と軽く背骨を上から叩いたりする。 そして軽く叩かれる度に、あんなに妖怪への敵意と憎悪を抱いていたはずの功刀はどういうわけか心地よさを感じていた。功刀自身、なぜこれほどまでにこのマッサージから安らぎを得るのかが理解できなかった。

「八番だめ…九番もだめ……で、十番はよし、と。はい、これで全部OKよ」

 そのマッサージはものの五分もかからずに終わり、紅葉のやや冷たい指は功刀の背中から離れた。功刀はベッドから起き上がりながらどこか自分の体が軽くなっていることに気づく。

「どうだ、功刀。何か見えるか?」

 椅子に座って相変わらずオートマチックをいじりながら―どうやら安全錠の前に何かを取り付けているようだった―東条は功刀に声を掛けた。何気なくそちらを向いた功刀は次の刹那、自分自身の目を疑った。 東条の身体から何かが―あえて陳腐な表現をするのならばオーラのようなものが―湧き出していたように見えたのだから。

「やっと『視えた』か。普通は一般人でもある程度こっち側、つまり魔術師や妖怪がいる世界に足を突っ込んでいると魔力―専門的には霊力って言うんだが―が見えるようになる。ところが、だ。 お前さん、どうやら今までいろいろと無茶をしてきたみたいだから全身の術式関連のライン―まあ言ってみれば魔力を感知する神経みたいなものだな―はそういう方面には疎いかなり。だから紅葉がそれを修復しなおした、 ってわけだ」

「はあ…」

 東条が作業する手を休めて説明をしてくれたのは嬉しかったが、魔術に関する知識など皆無に等しい功刀にとってそれはちんぷんかんぷんな代物だった。

「まあ、大掛かりな魔術を使うときには術者は一時的に自分の体内から発生する霊力―いや、魔力を溜め込む必要がある。その時には今とは比較にならないほどの『気配』が見えるだろうから戦うときの手助けにはなるだろう」

「ううむ…」

 功刀は東条の説明を聞きながら自分の右手を見たり腕を回していたりしていた。東条の説明を聞いても結局功刀は納得のゆく答えを得ることはなかった。しかし自分の身体が以前よりもどこか軽いことは感じてた。

「さーて、こっちの準備も終わったからお前の武器の選定と行くか」

 突然そう言うと東条は壁に立てかけてあった重そうなジュラルミンのケースをテーブルの上に置き、開ける。興味本意でその中身を見た功刀は我が目を疑った。銃、銃、銃。ジュラルミンケースの中にはこれでもかというまでに拳銃が押し込められていたからだ。 金属とプラスチックの塊で構成された拳銃がここまで詰め込まれていたら一体どのくらいの重さになるのか功刀には想像も付かない。 ふと視線を移してみるとそこには呆れ顔でベッドの上に倒れこむ紅葉の姿があった。

「マガジンの共用、そして一発あたりの威力ということを考えるとここは.45口径のガバメントがベターだろう。俺は好きじゃあないんだが」

 ぶつぶつとなにやら呟きながら東条はいくつかの拳銃を取り出す。その殆どは少し前に九鬼が見せた拳銃と大体同じデザインのものだ。いや、残りも銃身の長さが違うだけで同じ種類の銃なのかもしれない。

「M1911A1、通称ガバメントだ。使用弾は.45ACP、装弾数は7ないし8プラス1発。コルト社のものがオリジナルだが、‘80年代にパテントが失効して以来星の数ほど種類―というかコピーが存在する。その中で俺が一押しするのが…こいつだ」

 ポカーン、という擬音が似合いそうな様子の功刀を無視して東条は一人勝手にしゃべり始め、そして並べられた数挺のガバメントの中から黒いソレを取り出す。その銃のスライド部分にKimberというロゴが刻まれていたので功刀はそれが九鬼の持っていたものと殆ど同じ物であることに気付いた。

ロサンゼルス市警LAPD特殊火器戦術部隊SWATもご愛用、キンバーのCustomTLEU。パラ・オーディナンスやSTIなんかのダブルカラァムマガジンのモデルと比べれば7発ってのは少ないほうだが日本人の手のサイズと一発当たりの威力とを考えればシングルカラァムが無難だと俺は思う。一応…ん、どうした?」

「あ、あのなあ。…ここは本当にニッポンか?」

「ああ、そういうことか」

 真っ青な顔をしてピクピクと小刻みに震えていた功刀がやっとの思いで口から出した言葉を聞くと、それから一拍子遅れて東条は何故この男が奇妙な反応をしているのかを理解した。つまり勘違いをしているのだ。

「ははは、安心しろ。確かにこいつは拳銃そっくりだが中身も材質も似て非なるものだ。かつてナチス・ドイツが魔術師と人外のみで構成された武装兵団専用にと開発した携行武器、その名が霊力収束兵器。 そしてこいつはその改良版、つまり解りやすく言えば魔術を使って開発した拳銃の模造品だな。だから形状こそは拳銃そのものだが実質的にはSFのビーム兵器に近い。エネルギーは電力に替わって魔術師の霊力で、バッテリーの役割をするのが…」

 そう言って東条は引き金の脇にあるボタンを押す。シャッ、と軽快な音を立てて黒い縦長な長方形の形状をしたガバメントのマガジンが銃のグリップ部分から滑り出す。側面にはいくつか穴が開いており、そこから真鍮製の円筒が見える。 おそらく模擬弾丸だろうか?

「このマガジンだ」

「また凝ってるねえ」

「そうそう。そういうところが無ければいい旦那さんなんだけどねえ…いろんなところとの折衝も上手だし」

「うっさい」

 紅葉の言葉で東条はふて腐れたかのような表情をしてそう言い返した。


あとがき

 えー、どうも、INAZUMAです。
 なんとかがんばって第参話のロールアウトに成功しました。
 しっかし今回もまた説明と伏線ばっかですね(汗)。銃器分は一部ギャグにしているので抑え目ですが。あと今回でやっとメインキャラが揃いました。
 ところで初めのころの設定ではギャグキャラだったはずの九鬼はなんであんな真面目で無口な知的キャラになってしまったのだろうか?
 ではまた。おそらく次回も銃器バカ、東条の暴走は止まりません。

改訂版あとがき

 えー、すんません。一月近く更新をしなかった上にただ以前作ったストーリーに手を加えただけという散々な有り様で。こっちも資料をあさって矛盾点を洗い出したりキーボードの調子がおかしくなったりといろいろあって思うように進まなっくて…
 その結果銃器分が薄まったりと以前よりもイメージに近くはなりましたが。
 ではまた。




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