物怪草子
巻ノ陸
功刀と九鬼の二人が射撃訓練を行っていた頃、東条と紅葉は少し高級感のあるイタリア料理のレストランでのんきに早めの夕食を楽しんでいた。
「ううん、このカルボナーラは美味い。ブルーチーズをうまく使っているからかな?」「へえ、私にも少し頂戴。ぺペロンチーノあげるから」
「わかった。で……お前はどう思う?邪魅や百々目鬼のことを」
ひょいっとカルボナーラの皿を差し出しながら東条は紅葉に小声で尋ねる。
「ううん……どうって聞かれてもねえ、まだわたしにはなーんにも解ってないんだし」
「まあそうだ。けど、なにかと奇妙なのは確かだよなあ」
「うん」
指で顎をすっとこすりながら呟いた東条の言葉に、紅葉はフォークを持った手を伸ばしながらこくこくと首を縦に振って頷く。その子供っぽい動作はとても既 婚者のようには見えない。そんな動作を見ながら東条は口元を手で隠して頬を緩ませた。
「ん……美味しい。確かにこのカルボナーラは美味しいわね」
「だな」
そう言って東条と紅葉は再び食事を再開する。そのほんわかとした雰囲気はとてもこれから戦いに赴く人間のようには見えなかった。
「さて……と。全員夕食も済ませたな」
時間にすると大体十時を過ぎた頃、東条と紅葉が食事を済ませてホテルに戻ると既に九鬼と功刀は食事を終えていたらしくロビーで二人を待っていた。 何を食べたのか、と東条は聞こうとしたが今まで自分達が食べていた物を考えるとそれはやめることにした。何しろ今日の食事は東条の財布にも半端ならぬダ メージを与えていたので、きっと食事のことに話題を振ったら結果として自分達の食事を自慢したように聞こえてしまうのだろうから。
「じゃあすまないがこいつ用に何か長物を渡してくれないか。とりあえず初心者……いや、ド素人にも扱えるような奴を。個人的にはレミントンとかがい いんじゃないかと思うんだが」
そう言って九鬼はエレベーターの方へと歩いていく。すぐに東条と紅葉もその方へと歩いていき、それに数歩遅れて功刀がその後について行く。 そしてすぐにやって来た地下駐車場行きのエレベーターに四人は乗り込んだ。
「ド素人でも扱える長物……ねえ。そりゃカラシニコフ系統しか無いんじゃないのか?あのシリーズには12ゲージのサイガもあるし。どうせお前のことだから ザコ相手にバリバリ乱射させて掃討させる、って使い方なんだろ?」
「ああ、そういえばそっちがあったな。――まあオレは.45ACPしか使わないからライフルの弾薬には拘らんし、それはそれでいいか」
「だな。アレはM16なんかよりも
エレベーターに乗るや否や二人が始めた会話を聞き、功刀は解説をするのでも制止させるのでもなんでもいいからどうにかしてくれ、と顔で訴えながら 紅葉の方を向いた。しかしそれを見た紅葉は頭を横に振る。こうなったらまず秀行を止めることなど不可能、と同じく顔で答えながら。 エレベーターが地価駐車場のある階についた頃には二人の会話はより専門的なものへと変化し、功刀と紅葉の二人はドアが開くのと同時にエレベーターの中から 逃げるように飛び出していった。
「で、ここに何の用があるんだ?学校まで車で行くって訳かい」
功刀は自分の前をとことこと歩く紅葉に尋ねる。本心を言えば九鬼に聞きたいのだが相変わらず二人は銃器談義に花を咲かせているのでこればかりはどうしよ うもない。
「ま、ね。それと使い捨てじゃあない転移陣は今は車にしか無いから」
「転移陣?」
なんだそりゃ、やっぱり魔術の道具か?と続けながら功刀は横から紅葉の顔を覗き込みつつ聞く。
「額面の通り非生物をワープさせる魔方陣のこと。
「まあ、あんな形をしたものは他はなかなか見当たらないからねえ。それこそチェロか何かのケースしかないか?」
「ま、そ。けどこんな夜中に何やら大きなハコを持った怪しげーな男二人が歩いていたら……」
「警察沙汰……では済まないな」
功刀は殺気をぷんぷん放った九鬼と東条が夜道を――なぜか薄ら笑いを浮かべながら――歩いている光景を想像し、すぐにそんなこと考えるんじゃあな かった、と思いながら顔を青くした。
「そゆこと。だから車で移動して、現場に到着したら転移陣から武器を取り出して出動って流れなの。こうすれば行き返りに運悪く検問に引っかかっても 銃を持っていることはばれないでしょ」
「なるほどねえ……うん?けど確か俺が目を覚ましたとき東条はライフルを持ってたぞ?」
「多分クリーニングか何かでもしてたんじゃない?あ、これがうちの車よ」
紅葉がそう言って指差したのは紺色に塗られた至って普通のミニバンだった。さしずめ迷彩かオリーブ色に塗装されたSUVように物々しい雰囲気を放 つ車だろう、と予想していた功刀はその 予想外の平凡さにびっくりしていた。
「思ってたよりも普通の車じゃないか、って顔してるな。確かに見た目はありふれたミニバンだが魔術的に可能な限り強化した結果、M1ガーランド用の
突然背後で声がし、驚きながら功刀がばっと後ろを振り向くとそこにはどこか嬉しそうな顔で講釈を始めた東条が立っていた。
「そもそも国内外を問わず車を盾にした銃撃戦ってのはフィクションでは時々あるが、おっそろしく車高が低くない限り相手からは足が丸見えなんだから 車を盾にするのは愚の骨頂としか言いようが無い。そしてそれに気付かない敵のほうも超大馬鹿者だ。まったく……」
「はいはい、銃に関するウンチクはその程度で良いから、早く準備をしましょ。いろいろしなきゃいけないんだから」
さすがに出陣前に銃関連のウンチクを喋られては困ると考えたのかそれともただ単に時間が惜しかったのかは定かではないが、紅葉は掌でパンパンと音 を出して東条の言葉を制する。
「おっと、そうだそうだ」
そう言って東条はミニバンの荷台の鍵を開けて中にあった段ボール箱の中をしばらくの間がさごそと漁ると、やがて中からローラースケートで使うよう なエルボパッドとニーパッドを取り出した。 なぜこんな物を?とそれを渡された功刀が思っていると「付けてないととっさに伏せたときとか怪我するだろ」と東条が言った。 確かにそれもそうだな、と思って功刀はパッドをつけ、それから紅葉に促されてミニバンの中に乗る。ミニバンの中もまたわりと普通だった。
「よし、じゃあ行くぞ。今更だが忘れ物とかは無いな」
紅葉が助手席に座り、九鬼が功刀の隣に座ったのを確認すると運転席に座った東条が全員に声をかける。 紅葉がこくこくと頷き、功刀がゆっくりと首を縦に振ったのを確認すると、東条は車のアクセルをぐっと踏み込む。その間九鬼はずっとぼんやりと外を見てい た。まるで何か見えない物が見えているかのように。
「さて……」
ミニバンがホテルの地下駐車場から出て暫く経ち、運転にさほどの支障がなくなった頃東条はふと口を開いた。
「で、お前はどうするんだ?」
「どうするって……何をさ」
功刀は東条のした質問を質問で聞き返す。
「持っていく銃さ。セミオートのショットガンにするか、それともAKにするか」
「そっちが勝手に決めてくれて構わん。俺は銃については門外漢だからな」
「そうか……しかしAKにしろなんにしろやたらと種類があるんだが」
「……というと?」
何気なく功刀がそう返事をしたとき、自分の夫の目が怪しくきらりと輝いた事に助手席に座っていた紅葉は気付いた。しかし紅葉がアクションを起こす 前に東条の口は もう動き始めていた。
「まず元祖AKこと7.62mm×39弾を使うAK47、これは本国ロシアでは今では作られてはいなかったかな。
次にその改良型のAKM、使う弾薬は同じだが製造方法にプレス成型を取り入れたり
「すまん……ちょっと待ってくれ。頭が痛くなってきた」
「それは困るなあ。自分の使う銃ならせめてこの程度は暗記しておいて欲しいんだがねえ」
「おいおい、一体どこの軍隊に銃についてどうでもよい知識を教え込む教官が居るんだ」
流石に聞いていて呆れたのかそこで苦笑いを浮かべた九鬼が口を挟む。確かに銃の発射準備や分解整備の方法を教える教官は数あれど、銃のバリエー ションなどのように戦闘には直接役に立たないことを教える教官などまず居ないだろう。 そう九鬼は指摘すると、東条はふーむ、と唸るとそのまま黙り込んだ。とりあえずマニアックな講義が続かなかったことに功刀はほっとしていたが、この後何か またろくでもないことが起きそうな予感を頭の隅で感じていた。
「逆に怖いのよね……秀行がこう黙り込んでる時って」
そして夫婦として彼と長い時間を付き合っている紅葉は窓の外を見ながら誰にも聞かれないように小さな声でぼそっと呟いた。
しばらく経って東条の運転するミニバンは学校からそう遠くは無いところにあるコインパーキングに停車した。さほど広くは無い校舎の中とはいえ追い かけっこに数時間かかるのはざらなので、路上駐車などをしたら罰金を取られかねないからだと言う。 夜の散歩やランニングをやっている地域住民に注意を払いながら九鬼は人払いの結界と内部の光景を偽装する結界――要するに先ほど神社で使ったものとほぼ同 種の魔術――を展開し、 それから車の中に積み込まれていたいくつもの大きな段ボール箱を地面に下ろした東条がミニバンの荷台に描かれた独特な形状の魔法陣に片手をつきながらぶつ ぶつと何かを呟く。その直後に魔方陣が光ったかと功刀が思うと荷台に一丁のライフル銃、東条愛用のH&K社のG36が出現した。
「さて……次はお前の銃だ。まあ初心者だから若干反動の少ないあっちでいいか。少し時間がかかるが、まあ我慢してくれ」
功刀の顔を見て東条はそう言うと再び魔方陣に向かい合って何かを呟き始め、そして暫くしてまたもや魔方陣が発光したかと思うとそこには一丁の黒い
「ブルガリアのアーセナル社製AK74、正式名称はAR-M1ライフルだ。まあ名前とほんの一部細かい点が違うだけで実質的にはAK74Mとなんら 変わらん」
「へえ、少し重いがまあこんな物か」
東条の手でマガジンを取り付けられたライフルを功刀は両手で持つとそう言った。彼自身が言う通りその銃――AKからは独特の重さが功刀の掌へと伝 わっていた。
「一応AK74は
「は?」
「何、アフリカの少年兵とて簡単にやっていることだ。テロリストに拉致されて即席の兵士に仕立て上げられた十代前半の少年少女に出来ることがお前に 出来ないとは思えないんだが」
「……鬼」
「はぁ……これまた相変わらず予想通り、ね」
「だな」
鬼のような形相で東条を睨む功刀と飄々とした雰囲気で功刀の鋭い視線をさばいている自分の夫を交互に見ると、頭を抱えて紅葉は呟き、頬を緩ませながら九 鬼はそう言った。
「さあ、さっさとやれい!」
「無茶言うなっ!」
「ははは、しかし残念な事にAKは十に満たないパーツで構成されているのだ。さあ功刀誠、男の意地と尊厳と誇りとついでにお前の存在価値をかけて やってみろ!」
他に誰も居ないし見られないのをいいことに東条は指先を天に向け、そしてどういう訳かその場にびしぃっ、と音を立ててもおかしくなさそうな雰囲気 が生まれる。そしてその後ろでは何処の熱血アニメよ……とぼやく紅葉と我関せず、といった感じの九鬼がぼけーっと立っていた。
「たかが銃一挺の分解にそんなものを賭けてたまるか!」
「ふ……人は一度だけ何もかも捨て去って何かに賭けてみたくなるものなのだよ」
「その理論でも『一度だけ』だろ。それに俺は銃の解体ごときで人生に一度賭けるチャンスを使いたかあない」
「……二人ともハイテンションね」
「ああ、そうだな」
九鬼は声を濁らせてどこかの狂った司令官の声真似で返答をする。しかしそんな一般人には(彼女を一般人とするのはここはおいておいて)微妙なネタ には気付かなかったのかそれともただ無視しただけなのか、ふと首をかしげると再び九鬼に声をかけた。
「けどクッキー、功刀さんってAK撃てるの?」
「俺はあいつがAKを撃っている姿を見たことは無い」
「……じゃ、撃った事無いに等しいじゃん。ヒデ!チーム分け変更よ!私とクッキーでチームアルファ!ヒデは初心者二人を引き連れてブラボーチーム! それと功刀さんはピストルを使って前衛担当!これで決定!反論は許しません!」
「な!おい!ちょ……がはっ!」
突然紅葉が声を張り上げたかと功刀が思うと、紅葉はチーム配分をかってに再編成して異議を唱えようとする東条を何処からか出現させた氷の 塊でぶん殴り、そして功刀ににっこりと微笑みながら「これで何にも問題ないわよね」と問いかけた。もちろん血糊がべったりと付いた氷の塊を持ったままで。
「も、紅葉さん……流石にこれは死にませんか?」
「う、うう……だ、大丈夫だ。この程度はしょっちゅうだから」
血液の付着した巨大な氷の塊と路上に倒れた東条を見て功刀は顔を青くしていたが、当の本人はそう言ってゆっくりと立ち上がると頭を片手で抑えなが ら何や らぶつぶつと呟いた。するとそのとたんに頭部の傷が治っていく。其れを見ながら黙々と準備をしていた九鬼は功刀に、な。魔術師ってのはバケモノじみている だろ?と同意を求めるかのように言った。
「ちっ……」
「ん、何だその残念そうな顔は」
「いーえ別に。とにかく今日はアンタが功刀と佐野さんを一人で引率しなさい。解ったわね」
さりげなく視線をそらして舌を打った自分の表情を指摘する東条におもいっきりの笑顔で応えると、紅葉は確認するかのように指をひょいっと立てなが らそう言った。
「はいはい。痴話喧嘩で出来た傷を治す為に霊力を使いたくは無いからね」
「な、え、い、今のどこが痴話喧嘩よ!」
「今お前が顔を真っ赤にしているところ」
ほのかに頬を赤くしながら大声を出した紅葉に相変わらず茶化すような口調で東条は言い返し、そう言われた紅葉は本当に顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっとこらあ!」
「ほいほい、二人ともいつまでも夫婦漫才をやってないで少しは準備をしたらどうだ」
いい加減にしろ、と続けながら九鬼は戦闘直前とは思えない二人の漫才を制する。渋々といった感じではあったが二人とも九鬼の言葉に従った のか東条は段ボール箱の中をあさり始め、そしてその中から功刀には見覚えのあるものから見覚えの無い物までとにかく大量の装備を取り出した。
「まずこれがエルボーパッドにニーパッド、まあこいつらはローラースケートをやるとき使うのとそうは変わらん。次にゴーグルとグローブ、それに簡単
だが対魔術加工を施した
東条の取り出した装備を受け取ったとき、功刀はその予想外の重さに驚いていた。おそらく重さの原因はボディアーマー―俗な言い方をすれば 防弾チョッキだろうか。これでさらに4kg前後もある銃を持たなければならなかったのか、と思うと流石に功刀は紅葉の決定をありがたく思った。
「なあ、しかし流石にこんなものをつける必要はあるのか?」
功刀は渡された装備をさっと一通り見るとオリーブ色をした覆面を顎で示しながら言った。ここがアフガンかどこかのような乾燥地帯ならばま だこういったものが必要だろうが言うまでも無くここはそんな砂塵の酷い場所ではない。なぜこんなものを渡されたのか功刀にはわからなかった。
「いや、さっきも言ったがこいつにはこれには魔術の影響をある程度緩和する効果がある。一応こっちもフォローはするがお前を守りきれない 事も十分考えられるから付けておいてくれ。それとあと、ここは全寮制の学校だ。一応学校の上層部には話を通しているんだが、もしかしたら、な?」
東条もまた自分用と思しきT.H.というロゴが入った同じような装備を段ボール箱から取り出して身に着け始める。
「おいおい、俺達は強盗か何かかよ」
「事情を知らない生徒や教員から見ればある意味もっとたちの悪いものに見えるだろうな。もちろんそれが何かはあえて言わんが」
「最もんなものに誤解されたくはねえけどな……」
「ああ、同感だ。まあともかく見つかった時に顔を覚えられないようにという意味もあるって事だ」
そういった時には東条はもう既にフェイスマスク以外の装備を装着し終えていた。大小のポケットが複数取り付けられた
「ん、そういえば昨日はそんな重装備はしちゃいなかったような気がしたんだが?」
「ああ、やっぱり何かあると嫌だからな。昨日は九鬼とチームを組んでいたからまあ何かあっても大抵は何とかなったが、今日はひよっこ二人を引き連れ てだから最低限の防御をしておいたほうがいいというわけだ」
そう言いながら東条は半透明のプラスチックで出来たG36のマガジンやライト、アーミーナイフに奇妙な缶をポケットに入れていく。
「悪かったな、俺がひよっこで」
「いや、そうでもない。強い奴と行動を共にし過ぎるとどうも自分の勘が鈍るような気がしててね。少しばかり年を食ったからなのかもしれないが、ちと危機感 を覚えていたからむしろ丁度いい」
「ふうん……じゃあ午前中、今日は私と行動するとかいってたのも、私がものすごーく弱いって事を暗にからかってたりするんだ?」
東条が例の拳銃が大量に詰まったジュラルミンのケースを開けつつそう言ったとき、東条と功刀の二人は――九鬼もそれに含まれていたかどうかは少なくとも 功刀にはわからなかった――ゾクリと氷よりも冷たい何かを背中に感じた。
「い、いや別にそういうわけじゃあない。ただ短に俺はお前のことが心配だっただけであって……」
成人男性を殴り殺せそうな凶器をどこからともなく取り出せるアンタのどこが「ものすごーく弱い」んだ、と功刀は思いながら再び始まった夫婦漫才だか寸劇 だかを眺めていた。
「なあ、この二人って大抵こんな感じなのか?」
寸劇を見ているうちにふとそんなことが気になって功刀は腰の帯に大量の拳銃用マガジンを差した、傍から見れば敵対する組織の幹部に特攻を仕掛けようとす るキケンな人間にも見えなくも無い九鬼に尋ねる。
「まあ大抵、というほどではないがしばしばかな。まあ何はどうあれ二人の相性と仲の良さの証拠だな」
「……なるほどな」
功刀がそう頷いた後、自分以外の誰にもわからぬように九鬼は複雑な笑みを頬に浮かべる。あいつは幸せ者だ、一切の柵無しに己の命を賭けて守ることの出来 る物があるということは。素直に彼はそう思いながら。
「おーい、惚気るのもいい加減にしてそろそろ現実に戻ってこーい」
しばらくの間再び二人の寸劇を楽しんだ後、九鬼は自分の手を打ちながらそう呼びかける。とたんに惚気モードから通常モードに戻った二人は顔を赤く しながら作業を再開する。とはいっても魔術による後方支援がメインの紅葉はもう準備することなど無いので先ほどからずっと東条が召喚したAKをしげしげと 見ながらいじっているのだが。
「おい功刀」
「何だ?」
「お前用の拳銃――USPに予備のマガジンだ。俺のとガバメントとはマグの互換性が無いからこっちを使え。あとマガジンは同じのを俺も持っていくか ら全部弾が切れたら言ってくれ」
そう言って彼はホルスターに入った黒い一丁の拳銃とマガジンが入っているのだという迷彩柄のポーチを功刀に渡す。九鬼の使っていたものとはデザインがか なり違うようにも功刀には見えたが、必要最低限の動作方法は同じだ、と東条に言われたのでその言葉を信じてホルスターをズボンに取り付ける。
「あと銃は出来るだけ両手で持っていろ。慣れていないだろうからホルスターに入れておくと即応性に欠けるし、それにちょっとしたショックでマガジンが抜け ることもある。けどマガジンの尻をちゃんと左手で押さえていれば……」
「まあ、確かに抜け落ちることは無いな」
「そういうこった 。ライフルならそれなりにしっかりと固定されているんだが、拳銃はグリップ脇のボタンやレバーの操作で簡単に抜け落ちるから、まあとにかく注意してくれ」
それから四人はその駐車場で談笑したり銃の使い方を教わったりしながら時間を過ごした。何でも全寮制の学校ゆえに下手に早い時間に行くと発見される危険 性があるから、だそうだ。みなが寝静まった頃に出来るだけ早く行く、という難しいタイミングを要求されているものらしい。
「オーケー、時間だ。じゃあみんな準備はいいな。よし――作戦、開始だ」
腕時計を見ながら自分の発した問いかけに全員がこくりと頷いたのを確認して、東条は静かにそう宣言した。
そしてその瞬間、今宵もまたバケモノ同士の戦端が開かれる。
後書き
えー、どうも、INAZUMAです。
なんとかがんばって第陸話のロールアウトに成功しました。
で……すんません!予定ではもっと話が進むはずなのに書いているうちに「あれ、ここおかしくね?」と思う場所が出てきたのでそこを修正したら全然話が進
まなくて、なおかつグダグダでダラダラでどーでもいいことてんこ盛りな非常につまらない回になってしまいました。
次回はきっとようやくアクション満載の回になる筈ですからどうかそれで許してください!
おまけ:銃器解説
第三回:AK74
世界各地の紛争地帯における空前絶後の旧ソ連製大ベストセラー銃、AKシリーズの一つ。
従来のAK47およびAKMの使う7.62mm×39弾ではなく5.45mm×39弾を使用するが、ベトナム戦争を経て当時の西側(NATO)の 正式採用ライフルの使用弾が7.62mm×51弾から高速小口径弾の5.56mm×45弾に変更されたことを受けてそれに対抗するためだという。ただしそ の点が災いして(?)か紛争地帯ではAK47やAKMほどの人気は無い様子。
1974年に採用されて以来旧ソ連およびロシア連邦の主力歩兵用火器として使用され、またAKシリーズの例に漏れず多くの共産党国家でコピー・ラ イセンス生産された。現在でもロシアではイズマッシュ(Izhmash)社が改良モデルのAK-74Mを製造している他、これまたAKシリーズの例に漏れ ず少なくない国で(AK関連の権利を現在保有するイズマッシュには無許可で)製造が行われており、ブルガリアのアーセナル(Arsenal)社製のものも その一つ。ちなみにアーセナル社を含めてAKのコピー製造を行っている企業は権利上の問題からか「これはAKではなくAKを参考に開発した独自モデルのラ イフル」と主張しているそうだが、実際にはどこをどう見てもAKそのもの。
余談だがかつて世間を騒がせたオウム真理教が密造しようとしたのがこのAK74だという。幸いな事に製造ノウハウが不足していたために当局に押収 されたものは性能は勿論耐久性も低かったらしいが、それでも十分な殺傷能力は持っており量産化されていたら相当な脅威となっていただろう。
参考文献
「カラシニコフ」「カラシニコフU」 松本 仁一著 朝日新聞社
る。