前書き
この作品は東方Projectとペルソナシリーズのクロスオーバーです。オリジナル主人公の他、キャラの性格などが若干不自然に思われたり、戦闘が異なったりするかもしれませんのでご了承ください。
OP→『色は匂えど 散りぬるを』
主な登場キャラ設定
1
名前:綾崎優也
能力:仮面を付け替える程度の能力
備考:2011年4月にとある都市の田舎町に引っ越してきた高校1年生の少年。八雲紫と廃れた博麗神社で出会い、彼女によって幻想郷に招かれる。ペルソナという力を得て、幻想郷にて起きる不可解な異変に立ち向かう。アルカナは愚者。召喚レベルは55。
2、
名前:レミリア・スカーレット
能力:運命を操る程度の能力
備考:紅魔館の現主。フランドールのためを思い、噂の外来人である優也を紅魔館に呼ぶ。純粋な妹への愛情からか、それとも個人的な興味からなのか。アルカナは運命。コミュニティは運命。
3、
名前:フランドール・スカーレット
能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力
備考:レミリアの実の妹。紅霧異変以降は幽閉から軟禁へと緩和されたが、外の世界のことを知らなかった。優也と会うことで紅魔館の外に出ることができた。年齢とは逆に精神的には容姿相応の幼い。アルカナは星。コミュニティは星。
4、
名前:パチュリー・ノーレッジ
能力:魔法を操る程度の能力
備考:紅魔館にある巨大図書館の持ち主。普段から外には出ず、そこにこもって魔道書を読み込むなどして、魔法の研究を行っている。非常に高い実力を持ち、精霊魔法を得意としているが、持病である喘息のために長時間戦えないというハンデを抱えている。そのために魔道書を盗みに来る魔理沙との戦闘になってもなかなか勝利を収めることができないでいる。アルカナは女教皇。コミュニティはなし。
5、
名前:紅美鈴
能力:気を操る程度の能力
備考:紅魔館の門番。日頃は仕事の途中で居眠りをしてしまうが、実力的には非常に高いものを持っている。しかし彼女の特性を弾幕ごっこではなかなか活かせないために、あまり勝率は高くない。優也との模擬戦では、得意の格闘戦にて勝利して見せた。アルカナは剛毅。コミュニティはなし。
6、
名前:十六夜咲夜
能力:時間を操る程度の能力
備考:紅魔館に住む唯一の人間。自身は過去の記憶を持っていないが、あまり気にしている様子はなく、主であるレミリアに対しては絶対の忠誠を誓っている。アルカナは星。コミュニティは世界。
7、
名前:小悪魔
能力:なし
備考:パチュリーの使い魔である悪魔。どこかの魔界から呼び寄せられたと思われるが、主であるパチュリーには素直に従っている。実力は明らかではないが、魔界の魔法を操るとのこと。アルカナは悪魔。コミュニティはなし。
―5月8日 紅魔館―
意識が戻される感覚。
目の前には先ほどと変わらずに紅魔館のメイドである十六夜咲夜の姿があった。しかし周りにあるのは先ほどまでの寺子屋ではなく、一面が真っ赤に染め上げられた、はっきり行って目に悪い洋館――紅魔館だった。
何故自分がここにいるのか。まだ一歩も足を踏み出していないというのにと理解が追いつかない状況に優也は頭を悩ませる。
巨大な門が目の前にあり、そこには箒を持ったチャイナ服を着た女性が掃除をしているのが見える。彼女もこちらに気付いたようでこの洋館の人間である咲夜の帰りを喜ぶ。
人間の姿をしているが彼女からは咲夜とは違う香りがする。それは人間ではないというもの。この世界に来て妖怪など人外という存在であっても人間と同じような姿をしているのを何度も見ているのでもう驚くこともしない。
それにこれだけ大きな洋館で、さらに門の前にいるということは、彼女は門番なのだろう。
「あ、咲夜さん。おかえりなさい! ええっと、そちらの方が――」
「珍しいわね美鈴、あなたが起きているだなんて。こちらはお嬢様のお客様――綾崎優也様よ」
「ひ、酷いですよーっ! そんな風に言わなくても……あ、失礼しました。私、この紅魔館の門番をしています、紅美鈴と申します」
「ああ、よろしく」
明るい表情で向かい入れる女性。咲夜の隣に立つ優也に視線を向け、尋ねる。
尋ねられた咲夜であるが、最初に出てきたのはとんでもない言葉だった。それを聞いた美鈴という女性は慌てふためく。
どうやら図星らしく、彼女は門番でありながら今起きているのも珍しいといわれるくらいに仕事をサボっているようだ。だがこのように日常は平和そのものである幻想郷においていつも神経をとがらせていてもしょうがないのであるのは確かである。
何とか落ち着いた彼女が自己紹介してきた。彼女の名前は紅美鈴というらしい。服装からしてもそうであるが、名前も中国のようだ。
返事を返す優也。どうやら彼女からも歓迎されているというのが感じられる。
門がゆっくりと開いていき、咲夜が先頭になって中に入っていく。その後を追うようにして中に入っていく。
すると突然紅魔館のほうから爆発するような音が聞こえ、それと同時に煙が上がっているのが見える。いきなり火事だろうかと思ったが、目の前を歩いていた咲夜が頭を抱えているのを見て、どうやらそんなことよりももっと厄介なことが起きたというのが分かった。
「火事……でもないのか?」
「また来たのね……“白黒魔法使い”」
「魔法使い? まさか、魔理沙のことか?」
「え、えぇ。もうご存知なのですね」
一体何が起きたのかと尋ねる。
すると苛立ちのこもった口調で咲夜は“白黒魔法使い”と呟く。魔法使いで思いつくのは二人だ。しかしその白黒ということからはただ一人――霧雨魔理沙が思い出された。
そういえばアリスといた時に紅魔館などということを言っていた。まさか今の爆発は彼女の仕業なのだろうか。
咲夜としては優也が魔理沙と知り合いだったということに少し意外だという表情を浮かべる。好んで異変に頭を突っ込みたくなる魔理沙の性格をある程度把握しているために、おそらく人助けの一つとしてかかわりを持ったのだろうと思う。
取り敢えず中の様子を見たいと申しわけなさそうに言う咲夜。
確かに今は自分を相手にするよりも自分の使えている洋館の方を気にした方がいいと思い、優也も付いて行くと言う。
彼女がどれほどこの紅魔間を大切にしているのかが伝わってくる。
一言――ありがとうございます、と呟き二人は紅魔館の中へと走った。
―5月8日 紅魔館―
中に入るとやはり一面赤一色だった。目が痛くなると思った優也、その思考を読み取ったのかどうか、申し訳ありませんと小さく謝罪してきた咲夜。
しかしこれがあるからこそ紅魔館と呼ばれるのだろう。いちいちそれにけちをつけるつもりなどないので気にするなと言っておく。
長く見えた廊下であったが意外に思うほどあっさりと一つの大きな扉の前に辿り着いた。何か仕掛けでもあるのだろうかと思いながら咲く夜がその扉を開いたので視線をその奥へと向ける。
それと同時に何か閃光がこちらに向かって飛んできた。
紅い紅蓮の光――灼熱の炎だ。
咲夜は突然現れたその光に動くことができない。ここからかばいに走ったとしても彼女を巻き込んでしまう。
間に合うかと表情を険しくしながらもすぐさま集中力を高める。そして一体のペルソナをイメージし、叫んだ。
「……“ジャックランタン”!」
火炎属性の魔法に対して無効という特性を持っている“ジャックランタン”を召還し二人の前に立たせる。強烈な炎が迫ったが“ジャックランタン”が壁になってくれたおかげで二人にはダメージはなかった。
あれだけの攻撃であったにもかかわらず無傷でいることに驚いている咲夜。目の前に浮いている使い魔のような存在を見て、後ろにいる優也が何かをしたのだろうと理解する。
鴉天狗たちの作っている新聞の中でこの紅魔館にも投げ入れられる物で“文文。新聞”というものがあり、その中にあったペルソナ使いという神魔を使役する外来人がいるということを知っていた。
今回彼女の主である“レミリア・スカーレット”が優也のことをここに呼び出したのはそれが一つの理由だった。
もう一つは咲夜自身も聞かされていない。しかし主の命に従うのが従者の務め。例えなんであれ、それに絶対服従するつもりでいた。
扉の奥は図書館のように大量の書物がずらりと並んでいた。
紅魔館に住んでいる一人、七曜の魔女と呼ばれる女性――パチュリー・ノーレッジの所有物だ。その図書館の奥はすさまじいことに煙を立てて棚から無数の書物が雪崩のように崩れ落ちてきたのが見える。それに巻き込まれた赤い髪の少女が一瞬だけ見えた。哀れと思いながらどうしようもないので咲夜と共にそこに足を踏み入れ、辺りを見渡す。すると上の方で色鮮やかな光が見えた――弾幕の撃ち合いが起こっていたのだ。
ひとりは箒にまたがり縦横無尽に動き回りながらスペルを宣言している少女――霧雨魔理沙と、彼女に対して佇むようにして空中に立っている薄紫色の寝巻きのような服を着ている女性――パチュリー・ノーレッジは魔道書のようなものを片手に少しだけ苛立ちを顔に見せながらスペルを詠唱していた。
部屋の中だというのに炎が走り、轟雷が瞬き、風が暴れ、水が吹き出し蹂躙していく。しかしそれのいずれをも魔理沙は回避していく。だが完璧には回避し切れないものもあったようで、そのドレスローブが少しだけ焦げているのが見える。
二人が叫んでいるのが聞こえる。
「今日こそは止めてみせる! いい加減魔道書を勝手に持っていくのはやめてもらいたいわね!」
「いいじゃねえかよ、これだけあるんだから一冊や二冊くらいけちけちするなよ」
「その言葉、何度聞いたかしらね! そう言って何冊も持って行っては返そうとしない……そんな奴に貸すような魔道書はないわ、帰りなさい!」
「おおっと、それはできないお願いなんだぜ。欲しい物は貰っていく、貸す気がないなら弾幕ごっこで決めるんだぜ」
「くっ! そうやって自分の有利な方向に持っていこうと――」
「それなら行くぜ? 魔符「スターダストレヴァリエ」!」
「するなあああぁ! 月&木符「サテライトヒマワリ」!」
二人はそれぞれスペルを宣言して弾幕を放つ。
金色の星型の弾幕を放つ魔理沙と、それに対抗して迎撃のための弾幕を張るパチュリーの弾幕は黄色と緑色の名前の通り向日葵を構成する色の弾幕だ。
それぞれの弾幕は相殺しあい、爆発する。
その度に室内というのに爆風が暴れ、さらに書物に被害が被る。それと同時に何度も少女の悲鳴が聞こえて来る。そろそろ助けた方がいいのではないかと優也は思い始めていた。
咲夜はいつものことですとすまし顔だ。
激しい弾幕の打ち合いは引き分けのようだ。
それぞれが放っていた弾幕が時間切れで消滅する。新たなスペルカードを構える二人。空気が変わる。普通のスペルではないのが普通に分かる。
そして二人は唱える、それぞれがもつ最強のスペルカードを――。
「弾幕はパワーだぜ! 恋符「マスタースパーク」!」
「堕ちなさい……火水木金土符「賢者の石」!」
強烈な砲撃と巨大な魔弾がぶつかり合う。
それがぶつかり合うその間には当然莫大な魔力というものが溢れる。
交じり合うそれらは一つの爆弾のようなものだ。それがこんなところではじけ飛ぶ、つまり爆発したりしたらこの紅魔館がどうなるのか、この場にいた誰もが分かっていた。
マズイという表情を浮かべる二人。
しかし一度撃ち出してしまったそれを止めることはできない。あの爆弾の存在自体、根源たる物を破壊するしか解決することはできない。
優也の力でもそんなことをするのを可能にするペルソナはいない。咲夜の力でもあれだけの力をひとりの人間でしかないためにどうすることもできない。
爆発する――そう思った時、この図書館内にまた一つ人影が現れた。
その人影は細く白い腕を伸ばし、爆弾と化した魔力の固まりに向けて手を翳した。
一体何をしたいのか、優也には理解できない。
しかしただその人影は翳した手を何かを握り潰すかのようにした。
その瞬間最初からそこに魔力の固まり、爆弾がなかったかのように消滅したのだ。音もなく、まるで霧のように霧散した。唖然とした表情でそれを見つめる優也。珍しく感情を表にしている。
だが他の三人は落ち着き払った表情でその人影の方向を見る。ゆっくりと足音を立てながらその人影が姿を現した。優也の瞳に映ったのは一人の少女だ。だが彼女が人間ではないというのが、彼女の背中から見える木の枝のようなものに宝石のようなキラキラと輝く固体があることからはっきりしていた。
白いシャツに赤い上着とスカート姿。金色の髪はサイドテールに結われ、頭には帽子を被っている。
そんな少女もこの紅魔館の住人だろうか。そう思っていると隣にいた咲夜が言う。
「い、妹様っ!」
彼女の名前ではないだろう。つまり彼女がレミリア・スカーレットの妹ということだろうと思う。そうなると彼女は吸血鬼ということだろう。幼い容姿をしていながら彼女から感じられる圧倒的な力。優也など、足元にも及ばないくらいだ。
「た、助かったんだぜ、フラン」
「今回はお礼を言わせてもらうわ、ありがとう」
いつの間にか下に降りてきていた二人がそれぞれフランという少女に対してお礼を言う。お礼を言われた本人である彼女は小さく笑みを浮かべる。
すると突然風が巻き起こる。魔理沙が再び箒にまたがり上に飛んでいたのだ。その手には一冊の魔道書のようなものが握られている。それを見て慌てているパチュリー、どうやらいつの間にかそれを手にしていたようだ。
プロの泥棒顔負けの早さだ。慌てて追いかけようと飛行魔法を行使しようとした派中りであるが突然膝を折り、手を床についてしまう。
激しく咳き込むパチュリーに慌てて咲夜が、そして本の中からもぞもぞとは出でてきた赤い髪の少女が飛び出す。
それを見て複雑そうな表情を見せた魔理沙であるが、窓ガラスを蹴り破って外へと飛び出していった。もう普通に泥棒としか見えない。
それよりも咳き込んでいるパチュリーが気になる。視線を向けると咲夜に背中をさすられ、赤い髪の少女に何かと水を手渡されている。それを呑むとしばらくして激しい席は止まる。まだ息が荒いが、先ほどのような危険性はないようだと判断する。
立ち上がっていたパチュリーは支えながら近くに倒れていた椅子を直し、座り込む。頭を抱えているのはまたしてもやられたということと咳き込んだことからの行動だろう。
「悪いわね、二人とも……取り敢えずこの状況を何とかしないといけないわね。悪いけど小悪魔、少したったら片づけをお願いね」
「分かりました、パチュリー様。今はゆっくり休んでいてください」
「そうさせてもらうわ……ちょっと無理しすぎたから……」
心配そうに見ている小悪魔という少女。彼女も頭からとがった耳が見えたり、背中には黒い羽が生えているなど吸血鬼とは違う存在だと分かる。悪魔と付いているので子どもの悪魔なのだと分かる。
するとパチュリーは優也の姿に気付く。
「あらあなたは確か噂の外来人。ここに来てるって事はレミィの指示なのね」
「はい、お嬢様がお会いしたいと申して降りましたのでお連れしました」
「なるほど……申し送れたわね、パチュリー・ノーレッジよ。一応魔女よ」
「知ってるだろうけど、綾崎優也だ。ところで……さっきのようなやり取りって本当に日常的なものなのか?」
「ええそうよ、来るたびに図書館を荒らして、魔道書を掻っ攫っていく。それでいて返そうともしないんだから、まったく……」
「苦労してるんだな……」
どうやら彼女も優也のことを知っているようだ。
隣に立っていた咲夜が連れてきた理由を述べるとパチュリーも納得した表情を見せる。どこか視線が興味深そうな物を見ているようなものだ。
遅れてパチュリーは自己紹介をする。魔法使いではなく、彼女は魔女。魔道を修めた魔法使いのことだ。それだけ彼女の実力は高いのだ。
優也もそれに続いて自己紹介する。何故知っているのかは聞かずとも分かる。射命丸の“文文。新聞”だろう。
自己紹介も簡単に終わる。
取り敢えず先ほどのことを尋ねてみる。
日常的に行われているらしい二人のやり取り。ほとんど魔道書を取りに来た魔理沙を撃退するパチュリーという構造が出来上がっているとのことだ。
彼女によって盗られた魔道書は数知れず。パチュリーだけではなくそういえばとアリスもそんな被害を受けていることを思い出す。
すると大分落ち着いたようでパチュリーの方から声をかけるまでに回復していた。
「ところで質問なんだけど、あなたの持っている力――ペルソナに酷く興味があるんだけど、教えてくれないかしら?」
「っ? 知ってどうするんだよ」
「私は魔女、知らない知識を知りたがるのは当然でしょう? それに人の身で神魔や英雄を使役するだなんて、普通ならありえないことよ?」
「……まあ、別に構いはしないけど。俺の力を知ってもしょうがないと思うけどな、実力的にはあんたの方が強い」
「褒められるのは久しぶりね。少し嬉しいわ」
どうやら新聞に目を通し興味を持ったようだ。
新聞の取材の時にいくらか話したのであるがやはり実際にこの目で見てみたいという思いもあるのだろう。
知識として彼女の頭の仲には数々の神や悪魔、さらには英雄の名前やらその功績などが刻まれている。
それの分霊とはいえ、記憶は引き継いでいる。そんな存在と話しが出切るのならまた面白いと思っていた。
「ねぇねぇ、あなたはだあれ?」
上着の裾を引っ張られ、下から声が聞こえた。いつの間にかそこに来ていた妹様と呼ばれる少女だ。確か名前はフランだっただろうか。
「私はフランドール・スカーレット、あなたは何て言うの?」
「俺は綾崎優也。お前も吸血鬼、なのか?」
「そうだけど、やっぱり外来人には怖いものなのかな?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな……俺の持っている吸血鬼のイメージとまったく違うから」
「ふーん……そうなんだ。で、優也はお姉様のお客さんなんだよね」
「ええ、そうですよ妹様。そろそろお嬢様のお部屋にお通ししようと思っているところですが、何かございますか?」
「ううん、なんでもないよ……ごめんね」
フランとは彼女の名前の愛称だった。本当の名前はフランドール・スカーレット。この洋館に住むレミリア・スカーレットの妹だという。当然彼女も吸血鬼、しかし優也の知識とイメージである吸血鬼にはまったくあてはまらない。
もっとこう、男爵のようなイメージを持っていたためにまさか幼女の姿だとは思いもしなかったのだ。こうなると彼女の姉というレミリアの容姿もいよいよ予想できなくなる。彼女の姉だということもあり、彼女よりも背丈は高いのだろうかと予想する。
吸血鬼とは酷くプライドの高い種族だと聞く、あまり無礼な言動は慎むべきだろう。
目の前にいるフランドールも見た目は幼女であろうが、生きてきた年数は優也の何倍にもあたるのだ。
そんな風に考えていた優也に何か聞きたそうに話しかけてくるフランドール。彼女の問いに対して咲夜が答える。
そろそろ時間は夕方を越して夜になりそうだった。
つまりこれからは妖怪たちの時間。当然夜の存在である吸血鬼もこの時間帯が人間でいう朝として行動を始める。
フランドールが現れたのも時間が来たためであろう。
何か言いたげな表情を浮かべていたフランドールであるがなんでもないと言い、背中を向けてその場を後にする。
少しだけ彼女のことが気になった。
だが横から咲夜の案内するという言葉を聞いてそれを一旦記憶の奥へと押しやる。
パチュリーからの要望をレミリアとの顔合わせが終わったらすると約束する。
咲夜に連れられて優也は紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの待つ部屋へと向かうことにした。
―5月8日 紅魔館―
咲夜に連れられてやって来たのは、とある一室だった。
途中歩いている合間に見た他の部屋とさほど変わらない扉が目の前に現れた。数回ノックをし、中から声が聞こえてくるのを待つ。
「いいわよ」
中から入室の許可が下りる。声色は少しだけ幼さが感じられる。
しかしこれから会うのは吸血鬼、どんな姿をしていようと、人間を遥かに超えた力を有しているのだ、気を緩めるわけには行かず、引き締めるように顔を数回叩く。
それを見ていた咲夜、どうやら待っていてくれたようだ。
扉が押し開けられる。ゆっくりと視界が開けてくる。
そこは他の部屋よりも広々としており、巨大なベッドに丸テーブル、その周りには椅子が並べられており、様々な置物も置かれているなど高級感が漂う。
そして玉座のようなものの上に座っている一人の少女がいた。やや薄い青色の髪に、薄いピンク色の服を着ている。その背中にはフランドールとは違い、蝙蝠のような羽が一対見える。彼女が纏っているのは圧倒的なまでの力だった。思わず気圧されそうになるも何とか耐える。
そんな優也の様子を見ていた彼女はその小さな口を耳まで裂けるくらいに笑みを浮かべる。表情には出していないがジンワリと汗が額に出る。
ゆっくりと立ち上がった彼女がこちらに向かって歩いてくる。少しばかり離れたところで止まり、彼女の方から話しかけてきた。
「よく来てくれたわね。私がこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」
「ご丁寧に……綾崎優也だ……ってもう知ってるか」
「まあ、ね。天狗の新聞であなたを知って、ちょっと興味を持ったのよ」
小さいが主として堂々した立ち振る舞いをする。それだけの気品もあるように見える。
一応優也も自己紹介をする。とはいえ紅魔館では射命丸の新聞を取っているようなので当然知っているだろうと思う。知ったからこそ彼女が言うように、興味をもたれたのだから。
彼女はゆっくりとセットされている丸テーブルの方に歩いていく。
そこにはいつの間にかティーカップとお茶請けのクッキーの入った入れ物が置かれていた。さらに待っているようにそこにはティーポットを持った咲夜が立っている。
まるで瞬間移動したかのように、それも最初からそこに置かれていたかのようにそれらが存在していた。
一体何が起きたのかと唖然としている優也に対して小さく笑みを浮かべ、レミリアがこちらに来るように催促する。
椅子に腰掛け咲夜の入れてくれた紅茶を一口飲んでみる。思わず言葉を口から零してしまった――おいしいと。
「フフッ、そう言ってくださると入れた甲斐があります」
「咲夜の入れてくれる紅茶に勝る物はないわ」
「そのお言葉、痛み入ります」
レミリアもおいしそうにその紅茶を口に運ぶ。その言葉を聞けるだけで従者である彼女は幸せなのだろう。
お茶を出してくれるのは嬉しい。だが今回そのために優也を紅魔館に呼んだわけではないだろう。一体何の用があって呼んだのだろうか、優也は空になったティーカップを置き皿に置いてそう尋ねた。
その瞬間レミリアの部屋の仲の雰囲気が一瞬にして緊張感のあるものへと変わる。優雅な笑みを浮かべていた目の前にいるレミリアも、小さく笑みを浮かべていた咲夜もその笑みを消し、真剣な表情に変わっていた。
そしてゆっくりと話し始める。
「そうね、話をしてもらいたかったのは私じゃなくて……フランの方なのよ」
「フラン? ああ、あんたの妹だったな」
図書館であったあの少女のことだと思い出す。
レミリアの妹であり、紅魔館に住むもう一人の吸血鬼という存在。何故彼女の話し相手になる必要があるのだろうか。別段嫌だというわけではないのだが、こんな役割なら目の前にいるレミリアや咲夜、パチュリーやその使い魔である小悪魔、そして門番である美鈴だってできることだ。
それなのに優也にやらせるというのはどういう意味だろうか。何か意図があってのことだろうか。
「私もあの子のことを言えないんだけど、話し相手、友達が少ないのよね。時々魔理沙がパチェの魔道書を盗るついでにフランとも話をしてくれるんだけど毎回ってわけにもいかないのよね。だからいつもあの子、寂しそうにしているのよ」
「お前は話をしようとしないのか? 姉妹なんだろう?」
「まあね、確かにそうなんだけど……」
優也を紅魔館に呼んだ理由はどうやらフランの話し相手、言ってみれば遊び相手になって欲しいからということだった。
別に断る理由というのはないのだが、それくらいなら彼女たちにもできるだろうというのが優也としての本音だ。他の者と触れ合うというのも大切なことだが、それとはまた別の理由がありそうだと感じた。
直接的に聞くのもなんだったので遠まわしに聞いてみた。するとレミリアは少し言いにくそうな表情をしている。
彼女からそのことを聞くにはもう少し時間が掛かりそうだと思った。
しかし彼女からはフランドールのことを気にかけている、姉としての思いは感じること
―5月9日 紅魔館―
翌日目を覚ました優也は一通りの朝の準備を終え、朝食まで時間があるということもあり紅魔館の外に出ていた。
裏には庭があると聞いていたのでその方向に足を進めていた。
角を曲がるとそこには大きな花壇がいくつもあり、そこには季節の花が美しく咲き誇っていた。
花々からは力強い力が感じられる。どれもが生き生きとしており、しっかりと根を張り、花を空に向けている。
そんないくつもある花壇の内の一つに誰かがいた。
よく見ると緑色のチャイナ服を着ている紅魔館の門番である紅美鈴だった。鼻歌を歌いながら楽しそうに花壇の手入れをしている。手に持った如雨露から太陽の光を反射して煌めいている水が降り注ぐ。
水を与えられ、さらに美しく光り輝く花々たち。それを黙って見ていた優也。そんな優也の存在に気付いた美鈴が手入れをしている手を止めて声をかけてきた。
「あ、優也さん。おはようございます。散歩ですか?」
「おはよう。まあ、そんなところ」
元気に明るく挨拶してくる美鈴に対して優也も挨拶を返す。しゃがみ込み、近くにあった花を見つめる。近くで見るほどその美しさはさらに増して見える。
「ここにある花は全部美鈴が管理しているのか?」
「はい、そうですよ。私の能力って“気を操る程度の能力”なんですが、この花壇の下には丁度竜脈が通っていて……あ、竜脈っていうのは」
美鈴から竜脈について説明を受ける。
つまり彼女は自身の能力を使って竜脈を探し当て、うまくその上に来るように花壇を作ったらしい。竜脈からあふれ出る気の力というものが花々に更なる活力を与えるのだとか。
もともと武道に関係するものとして知っていた“気”という存在。
だが彼女がいうにはこのように生き物に対して力を与えてくれるすばらしい物なのだとか。確かに花たち自身の生命力以外にも別の力を感じる。それがきっと彼女が言う“気”というものの存在なのだろう。
一通りの花壇の手入れを終えたようで、丁度如雨露の中にあった水もなくなったようで既に雫が数滴落ちるだけだ。
色々な花が植えられているのを黙って歩きながら眺めていた優也。今までこのようにゆっくりと花を眺めるということがなかったために少しだけ新鮮な気分でいられた。
「あの、まだ少しお時間はありますか?」
何かをしようというのだろうか、美鈴が時間はあるかどうかを尋ねてきた。朝食まではまだ時間が早いだろう。それに今は朝だということもありレミリアとフランドールがこんな早くから起きることはまずない。そうなると朝食を摂るのは少しばかり普通の時間よりも遅い時間になる。
それを事前に咲夜から伝えられていたので時間は余るほどあった。
美鈴の尋ねてきたことに対して優也は首肯して答える。それを聞いて「よかった」と嬉しそうな表情を浮かべる美鈴。それで一体何をするつもりなのだろうかと思っていると広い庭があるということで彼女に案内されるようにその後を付いて行く。
そこは花壇などが会ったところよりも広く見える庭だった。
気分によってはここにパラソルを開いて、テーブルなどを出してお茶会などをすることもあるそうだ。
それにフランドールは参加するのかと尋ねると少しだけ言いにくそうな表情で首を横に振った。ここでもフランドールの行動の制限がでているようだ。話を聞いて分かったことはフランドールがこの紅魔館の屋敷内から外に出てはいないということだ。
それも昼は当然のこと夜もである。
夜の時間帯ならこの庭くらいなら出てもいいのではないかと思うのだが、相当警戒している様子も取れる。彼女の吸血鬼としての存在が危険なのだろうか。そうなるとレミリアはどうなるのだろうか。彼女も妹であるフランドールと同じ吸血鬼という存在であるのだから同じだと思う。
なら他に理由があるのだろうか。もしかするとあの時レミリアが言うのを戸惑ったことなのかもしれない。彼女からそれを口にできないのだとしたら美鈴から聞きだそうとしてもそれは叶わないだろう。
少しだけ二人の間の雰囲気が重くなるのを感じた。折角嬉しそうな表情を見せてくれていた美鈴も少しだけ表情が暗い。
優也自身から切り出したことだ。彼女の気分を害してしまったことに対しては申し訳なく思っていた。だから彼女の申し出を気がすむまで受けようと思った。
「新聞で知ったんですけど、優也さんは不思議な能力を持っているとか。紅魔館の門番として日々の鍛錬は欠かさずに行っているのですが、やはり相手がいないのとでは違いますから」
「それで、俺に相手をして欲しいと?」
「はい、そうです。優也さんがお客様だというのは承知の上です。もちろん怪我はさせるつもりはありませんよ?」
やはり優也と言って最初に出てくるのはペルソナという言葉のようだ。この世界にはその能力を行使するのがひとりしかいないために当然有名になるのは当然だった。
その能力がその人の存在を大きく決めるといっても過言ではないだろう。
特に妖怪はその能力によって存在が決まっているのも多い。例えば優也のことをこの世界に連れてきた妖怪――八雲紫だってスキマ妖怪、“境界を操る程度の能力”を持っている。彼女がスキマ妖怪でいられるのはその能力があるからであり、それがアイデンティティなのだ。
その能力が戦闘に特化しているのを知っているために鍛錬に付き合って欲しいということだった。優也としても今後何があってもいいように鍛えておいても損はないと判断し、美鈴のその頼みを承諾した。
二人は少しだけ距離をとる。
中国拳法を扱うのだろう彼女は拳を構え半身となる。得物を持たない優也は同じように拳を作り、構えを取る。美鈴のような型があるわけではなく、ただそこらの不良がとるような喧嘩のポーズだ。それはから彼女のような威圧感というものは生まれない。だが彼女には気の緩みという甘さはまったく見ることができない。
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
視線をぶつけ合い、睨み合う。
お互いに動きを観察し合う。
相手がどのように動くか、それに対してどのように動けばいいのかを。
それほど気温は高くなくとも二人の額には緊張からか少しだけ汗が滲んでいた。そして二人の汗が頬を伝い、顎から地面に落ち、弾けた時だった。
「っ!」
「ペルソナアァ!」
地面を抉るように飛び出した美鈴。それに対して足元から青白い光に包まれるようになる優也の背後から不可視の剣を持つ騎士甲冑を纏った少女が現れ、向かってきた美鈴に向かって飛び出す。
目の前に現れたペルソナという存在に対して恐れを抱くことなく握られた拳が真っ直ぐに剣を構える“アルトリア”に対して放たれる。
強烈な拳による突きを刀身で受け止める“アルトリア”。強烈な衝撃が刃を伝って彼女の体に走る。それが使用者である優也にも同様に流れる。一瞬の動きの停止を見逃さない美鈴はそのまま拳を、蹴りを放って優也に反撃のタイミングを掴ませない。
いくらか防御力が高いためにダメージは大きくないが、それでも少しずつ蓄積してくるダメージが体力を奪っていく。一旦体勢を立て直す必要がある、美鈴の放った拳を見切り、回避した“アルトリア”が手を翳すと美鈴の足元から強烈な風が発生した。
疾風属性の中級魔法“ガルーラ”が炸裂し、二人の間の距離を開ける。
優勢の流れに乗っていた美鈴であるが強引ともいえる戦術で一呼吸入れられ、しくじったというように少しだけ表情を鋭くする。
まだまだ戦闘は始まったばかりであるし、流れはまだ少しだけ美鈴の方に有利なものがある。そのためまだまだ焦りを感じる必要はなかった。問題は先ほどまで優也の隣に立っていた“アルトリア”の姿が消えたことだった。
いくつものペルソナという存在を操るということなので他のペルソナを召喚するつもりなのだろうと思いながら構えを崩さないでいる。
優也の体力はかなり削られていた。一撃一撃をいくら最小限のダメージに凌いでいてもあのラッシュは相当蓄積するダメージがあった。鋭く空気を切り裂いてくるような攻撃であるために簡単には回避することも、いなすこともできなかった。
このまま戦闘を続けてももう一度あのラッシュの嵐に巻き込まれ今度こそやられるのがオチだろう。そのために優也自身の能力を上げる必要があった。
「アルトリア」を戻して次に召喚するペルソナは“ハイピクシー”を選択する。機動力を向上させるために強化魔法である“スクカジャ”をかける。体が先ほどよりも軽くなったのが分かる。だがこの効果があるのは少しの間だ。その間に少しでも美鈴に対してダメージを与えて流れをこちらに引き戻さなければいけない。
さらにペルソナチェンジをする時に必ず足を止めなければならない。さらにまだ交代させるにも時間がかかるなど決して隙にはならないなどということにはならなかった。それを見逃すほど美鈴は甘くない。当然再び獣の如く距離を詰めてきた。
簡単に接近させるわけにはいかない。“ハイピクシー”に電撃属性の中級魔法である“ジオンガ”を放たせる。頭上から降りたつ雷光を回避する美鈴。だがその動きで十分時間が取れる。
少しだけまた距離を取ってペルソナチェンジを行う。“ジャックランタン”を召喚し、相手の機動力を弱体化させる補助系魔法である“スクンダ”をかける。進路変更をしようとしていた美鈴は突然自身の身体がまるで鉛のように重くなったのを感じ一瞬だけ戸惑いが表情に生まれる。
踏み出しが遅く、こちらに有利な展開が続く。
それを逃さずに再び優也は“ジャックランタン“に指示を飛ばし“アギラオ”を放たせる。強烈な炎が美鈴に襲いかかる。人間でも妖怪でも突然の炎に対しては反射行動が置き思わず目をつぶってしまうものだ。みりんも思わず身体を守るようにして防御を固める。それほど大きなダメージにはならないが攻撃に移る機会を得ることがなかなかに困難な状況が続いている。
接近できないのなら弾幕を張るしかない。
この幻想郷においてはスペルカードルールというものが存在している。人間と妖怪が等しく力をぶつけ合うことができるようにするために生み出されたものだ。その時に遣われるのが弾幕というものとスペルカードというものだった。
スペルカードルールにおいては相手を殺してはいけないという大前提があるために戦う者たちはその力を最低限まで抑えることが必要になる。いくら非殺傷だからといって本気になって放てばそれは力の消費無しで一撃必殺の武器になってしまうからだ。
美鈴はどちらかというと武道派であるために、弾幕を放つというような弾幕ごっこは苦手な方だった。しかし紅魔館を守るためにはやはり弾幕に慣れておかなければいけないということで一応スペルカードも所持しているがやはり苦手なものは苦手だった。少しでも向上しようとしているためか、最近は少しずつよくなっているように感じていたが、やはり弾幕ごっことなると一枚も二枚も上手である白黒魔法使いなどには歯が立たなかった。
だが今はそんな窮屈なルールに縛られる必要はなかった。
しかしそのスペルカードも今はただ攻撃手段の一つでしかない。遠距離からの攻撃を駆使して近接距離を得意とし、インファイターである美鈴に攻撃をさせない優也に対してダメージを与えるためには弾幕、スペルカードを使うしかない。
美鈴は一枚のカードを取り出しそれを宣言した。
「この世界の主な戦いに使われるもの、スペルカードは私にとっては数少ない遠距離攻撃なんですよ。華符「芳華絢爛」!」
花の如く咲き乱れる虹色の弾幕。それは花の雪崩の如く優也に向かって押し寄せる。
強化された機動力を駆使してもその攻撃は回避しきるのは不可能だ。なら少しでもダメージを最小限にとどめるべきだろうと思い、召喚している“ジャックランタン”の防御力強化魔法である“マハラクカジャ”をかけ、身体強化を図る。
それと同時に無数の弾幕が押し寄せる。身軽な身体であるがその固さは強化されているためにちょっとやそっとでは崩すことのできないものだ。
余計な着弾を避け、防御を固める。それを見て弾幕をばら撒きながら美鈴が再び接近を開始する。
「くっ! “アルトリア”、”デッドエンド“!」
「つあっ! これくらい、はあああぁ!」
上段から”アルトリア“が刃を振り下ろし強烈な斬撃を放つ。それを腕一本で受け止めた美鈴はそのまま動きが止まっている優也に対して強烈なボディーブローを叩き込んだ。
身体をくの字に曲げる優也。いくら防御力を強化しているとはいえ、妖怪の一撃は生易しい物ではない。胃の中をシェイクされたような不快感がこみ上げてくるような感じがし、強制的に息を吐き出させられたために呼吸がきつくなる。
後方に弾き飛ばされ、ガクリと膝を折ってしまう。それでも瞳の中の闘志の炎は消えることなくさらに燃え上がる。いつもは冷静な優也であるが、いつの間にからやる気に満ち溢れていた。
それを感じ取った美鈴もいつの間にか厳しい表情から一変させ楽しいというように笑みを浮かべていた。妖怪である彼女にとってやはりスペルカードによる弾幕ごっこという縛られたごっこ遊びよりも、このように力と力をぶつけ合う戦いの方が生にあっていると拳に力が入るのを感じつつ考えていた。
「”アルトリア“、”チャージ“!」
「強化魔法ですか? なら攻撃をさせないまでです!」
「ちっ! ……間に合うか? ”ジャックランタン“、”タルンダ“!」
再びあの重い攻撃の嵐を受ければ今度こそ立って入られないだろう。ぎりぎり間に合うかどうかのところで”ジャックランタン“を召喚し、攻撃力の弱体化魔法である”タルンダ“をかけることで美鈴の攻撃を軽くする。
突然体から力が抜けるのを感じた美鈴。厄介な魔法だと思いながらも数で押すことを選択する。一撃が入ると驟雨の如き拳の嵐が優也に打ち込まれる。
しかし一撃の威力は先ほどよりも格段に落ちている。それを感じ取っているのは拳を受けている優也と打ち込んでいる美鈴の二人だ。
――軽い……っが、このまま受け続ければいつかは倒れる。なんとか一撃を与えられれば。
――力が入らない! これだけ打ち込んでいるのに全然堪えない……このままじゃ反撃を喰らう可能性もある!
攻防の中二人はお互いに睨み合いながら戦闘を続ける。
そんな中で優也はわざと攻撃を受け大げさに後方へと飛ぶ。それを追うために地面を蹴った美鈴であるが、それと同時に召喚された”ジャックフロスト“の”ブフーラ“を受け、足を地面に縫い付けられる。
しまったと足を取られて膝を折ってしまう。その隙に優也は後退し、ペルソナをチェンジする。
再び召喚された”アルトリア“の”タルカジャ“によって自身の攻撃力を強化する。そして限界まで強化された状態でその手に納められている剣を握り締める。
「分かりませんね……冷静だと思っていた優也さんがここまで好戦的だったなんて」
「……俺が、好戦的? 馬鹿な。何かの間違い――」
「そんな表情しているのに嘘はいけませんね。そう言う私も楽しいですけど」
「……」
美鈴に指摘され、ありえないと反論する優也。
しかし美鈴に言われた通りに顔に触れてみると確かに口元は笑みを浮かべるようにつりあがっている。
ありえない――。
そんな考えが思考を支配する。自分の表情に感情が表れるだなんてありえないと内心戸惑いを抱く。
だが否定することもできない。何せ知らない高揚感というものが胸から溢れているのだから。何かおかしくなってしまったのだろうかとも思う。そんな優也の頭の中に「アルトリア」からの声が響く。戦いに集中してくださいと。
いけないと頭を振り、集中力を維持する。一瞬でも切れてしまうとペルソナの顕現が切れてしまう。そうなるともう一度召喚する必要があり、それにも集中力と若干の時間が必要だった。
「体力的にもこちらもきつくなってきましたので……届かせないのなら、届かせる攻撃を放つまで!」
「させるか……”アルトリア“、“ガルーラ”!」
「ふうううぅ……ハアッ!」
近づけさせまいとして逆巻く疾風が美鈴を襲う。身体に傷ができるがそれでも集中力をとぎらせない。スリットから覗く白い肌の足が太陽の光を浴びて輝く。地面を踏み抜いた瞬間、地面を何かが這うように力が走る。彼女が放ったのは能力を使っての気であった。
「行きますよ、気符「地龍天龍脚」!」
美鈴のスペル宣言と同時に地面から何かが出現し、優也の身体を突き抜けていく。まるで何かに噛み砕かれたような痛烈な痛みが身体を走る。空中に投げ出された優也に体勢を立て直す術はない。それを知っているために美鈴は地面を蹴って宙に上がる。
「空を飛ぶ術はないらしいですね……なら、決めさせてもらいますよ! 熾撃「大鵬墜撃拳」!」
トドメの拳が振り下ろされる。既に美鈴の枷になっていた弱体化魔法も効果を切らしていたために、その攻撃を受けた場合やられるのは目に見えていた。
だが簡単にやられるつもりはない。
優也は見開いていた瞳をキッと睨みつけるようにして美鈴に視線を投げ、集中力を高め、ペルソナを呼び出す。この一撃が通れば勝てる。
一か八かの賭けだった。
「それはこっちのセリフだ……“アルトリア”、“剛殺斬”!」
何とか身体を捻り美鈴と向かい合う。そして集中力を高め、二人の間にペルソナ、“アルトリア”を召喚する。ゆっくりと腰高に両手で握られた剣を構える。振り下ろされる美鈴の拳。カッと見開かれた瞬間、“アルトリア”も同時に剣を振り抜いていた。
迫る刃と拳。双方は風を切り裂かんとばかりの速さで一瞬にして僅かにあった距離を零にする。気を纏った美鈴の拳が“アルトリア”の刃を砕かんとする。逆に“アルトリア”はその剣で美鈴のことを切り裂かんとする。
ぶつかり合った瞬間、衝撃が二人の身体に襲い掛かった。空を飛べない優也は真っ逆さまに地上へと落ちていき、地面に激突すると同時に背中に走る衝撃に苦悶の声を漏らす。
意識が一瞬にして刈り取られる。
今自分がどんな体勢でいるのか。立っているのか、寝転んでいるのか。それすら分からない状態でいる。まるで五感が先ほどの衝撃で失ってしまったかのようだ。
向こうのほうからかすかに聞こえる声があった。
その声はかすかであるが優也の名前を叫んでいる。体は優也の意志とは逆に力を抜いていく。意識がゆっくりと霞んでいく。
ああ、負けたのか。その言葉が何故か胸にまるで石のようにドスリと落ちる。
悔しい。何故かその言葉が頭に浮かんだ。
今までそんな風に考えたこともなかったのに。いつも何とかなると思い、実際にそうなってきたからそんな風に思うことなどなかった。
しかし今回は完璧に美鈴に打ち負かされた。空が飛べないという致命的なものもあるが、そんなのことを理由にしているのであればただの負け犬だ。
純粋に彼女の力に優也の力が届かなかっただけのこと。
もしかするといつも優也の事を見ていた周りの友人たちも同じようなことを考えていたのかもしれない。自惚れるつもりはないが、ふとそんな風に思えた。
負けたことに悔しがり、届かなかったことに嫉妬し、それでもまた頑張ろうと思う。
今までそのようなことがなかったからか、そんな感情がむしろすがすがしかった。
目に入っていた太陽の光が何かに遮られる。慌てて駆け寄ってきた美鈴だった。悔しいが彼女の勝ちだ。そう思いながら優也は意識を失った。
―5月9日 紅魔館―
もう何度目なのだろうか。そうため息をつきたくなるような状況である。
ゆっくりと目を開けると最初に目に付いたのは真っ赤な血色の天井だった。今回は何故自分がベッドにいるのかをすぐに理解できた。
負けた。
その事実が起き上がった優也の胸に重くのしかかる。たかが模擬戦のようなものであったと思えればそれでいいのかもしれないが、今まで美鈴と戦っていた時に感じた高揚感というようなものを感じたことがなく、さらに敗北した時に感じた悔しいという思いがそう考えさせるのを拒んでいた。
時間はどれくらい経ったのだろうか。
起き上がろうとした瞬間にグゥーッという音がお腹の方から聞こえてきた。朝食を食べていなかったために空腹がひどいことになっていた。
ベッドから降りて顔を紅魔館の者たちに見せた方がいいのだろうが今床に足をつけても地べたに倒れ伏してしまう自信があった。
空腹と同時に身体にある疲労が抜け切っていなかった。
美鈴との模擬戦の前までいくらか戦闘も行っていたが、彼女ほどの実力者とはまだ手合わせをしていなかったので無意識の内に疲労がたまっていたのかもしれない。それに嵐のような攻撃を浴び続けたのだから当然かとも思う。
どうしようかと思っていると突然ドアがノックされた。
一体誰だろうかと思いながらも返事を返す。すると失礼しますという言葉とともに現れたのは紅魔館のメイド長である十六夜咲夜だった。
「ご気分の方はいかがでしょうか?」
「凄く疲れてるな……あと、朝食を取り損ねたから、腹が――」
そう言うや否や言葉よりも先に空腹の音が響く。
口元を隠しクスクスと笑う咲夜。ばつが悪そうに優也は視線を逸らす。
「美鈴についてですが、私の方で処理しておきましたのでお気になさらずに」
「……その発言、むしろ気になるんだが」
サラリとそう言った咲夜であるが、美鈴の身に何もなければいいがと思う優也。深くは聞かない方がいいと思い、尋ねるのはやめた。
咲夜は何度か優也が目を覚ますまでこの部屋に様子を見に来ていたようだ。時間は既に夜ということで相当な時間気を失っていたようだ。ダメージ量などを考えると妥当なのかもしれない。
朝食、昼食、夕食がすべて合わさってしまうがどうかと聞いてくる。
既にみんなはダイニングルームに集まり食事を摂っているとのことだ。
「悪いけど、そこまで肩を貸してくれないか?」
「お安い御用で」
これ以上我慢するのは無理だと判断し、彼女の肩を借りて食事を摂りに部屋を後にするのだった。
―5月9日 紅魔館―
ダイニングルームに行くとそこには長テーブルがあり、それで一度に何十人の者たちが一斉に食事ができるほどのものだった。そんなテーブルの中央付近に固まるようにして紅魔館に住んでいる者たちが咲夜の作った夕食を摂っていた。
ガチャリと扉が開けられ、そこから咲夜に肩を借りながら現れた優也にいっせいに視線が集まる。
「あ、優也さん。よかったー、ずっと目を覚まさなかったので心配しました。本当にすいません、あれだけ言っていたのについ調子に乗ってしまい……」
「本当……調子に乗りすぎよ、美鈴。久しぶりにルール無視の戦闘ができたからってあれはやりすぎよ。おかげで聞きたいことがあったのに予定が狂ったわ」
「うぅ……申し訳ありません、パチュリー様」
優也の姿を見て、慌てて立ち上がり、頭を下げる美鈴。戦闘を開始する前にやり過ぎないといっておきながら気絶させるまで白熱した戦いをしてしまったことを反省しているようだ。
だが優也としてはあそこまで戦いになったのは初めてのことだったのでむしろ感謝していた。だから気にすることはないと彼女のことを気遣うように言う。
ホッとした彼女であるが、近くに据わって食事をしているパチュリーにジト目で視線をぶつけられ、ぶつぶつと文句を向けられる。
パチュリーとは食事の後の午前中にペルソナについてもう少し話を聞きたいといわれていたので図書館で雑談をする予定だったのだが一日中気を失ってしまっていたのでそれが潰れてしまっていた。
申し訳なかったと頭を下げる優也。
小さくため息をつくパチュリー。そんな彼女の隣に座っていた使い魔である小悪魔が言うには、パチュリーもパチュリーなりに優也が気絶したと聞いて心配してくれたとのことだ。それをうっかり口にしてしまった小悪魔は後でオシオキだと言われて目を白黒させていた。
そんなやり取りを見て美鈴はさらに謝罪の言葉を続ける。これでは収拾がつかない。するとそれを黙って聞いていたレミリアがようやく口を開いた。
「それくらいにしなさい。美鈴も本人がもう気にしていないと言っているのだからそれ以上は彼に対して失礼よ? 悪いけど優也、明日はパチェの話に付き合ってあげくれないかしら? どうせ私たち、日中はほとんどベッドだから」
「それくらいは構わない……けど」
「ならいいでしょ? パチェもいい加減拗ねるのはよしなさいよ。どうせ優也にはしばらくいてもらうつもりなんだから」
「……仕方ないわね、それじゃあ優也。明日は今日予定していたこと、お願いするわよ?」
「……分かった」
少しだけ空気が重くなったのを感じ、紅魔館の主としてこの状況を何とかしなければいけないと思ったために動いた。
レミリアから優也はパチュリーに付き合ってくれと頼まれた。彼女からは親友のためだという思いが伝わってきた。気を失ってしまったのは優也自身の未熟さ所以のことだ。それを受け入れないことはありえなかった。
「分かった」と頷く。それに満足したのか小さく笑みを浮かべるレミリア。そのまま今度はパチュリーの方に視線を向ける。
からかうように言うレミリアに対して一瞬睨むような視線を向けたが、彼女のおかげで明日話が聞けるようになったことに変わりはないためにそれ以上することはしなかった。
夕食を食べ終わり、使ったナイフとフォーク、スプーンを並べ直し。「ごちそうさま」と一言呟いて椅子から降りる。
「小悪魔、行くわよ」
「あ、待ってくださいよ。パチュリー様あぁ!」
彼女たちのやり取りを見ていた小悪魔に「付いて来い」と言うパチュリー。弾かれるようにあわてて背中の羽を羽ばたかせてダイニングルームを出て行くパチュリーの後を追う。
部屋を出る再にこちらに対してぺこりとお辞儀をしていった。
扉が閉められ、ダイニングルームはまた静かな雰囲気に戻る。咲夜に促されるように優也は用意されていた椅子に座り、彼女の能力による物か、一瞬にして目の前にはできた手の夕食が現れた。
いただきますと一言言って食事を始める。
優也の前の席に座っているのはレミリアの妹であるフランドールだった。容姿とは逆に何百年も生きてきた吸血鬼だ。だが容姿相応に子どもっぽいところは抜け切っていないようで、料理を口に運んだ時に口元に付いたケチャップに気付いていない。
手元にあったおしぼりを手にとってフランドールの方に身を乗り出し、腕を伸ばす。何だろうかというようにきょとんとした表情を浮かべながら両手に持っているナイフとフォークを握ったままこちらを見つめてくるフランドール。
「少し動かないで」と一言言って口元についているケチャップをふき取る。
「あ、ありがとう」
小さく笑みを浮かべ、嬉しそうに言うフランドール。何故こんな子が館の外に出ることができないのだろうか。優也にはどうしても理解できなかった。
―5月9日 紅魔館―
夕食を終え、部屋に戻った優也はベッドに寝そべっていた。
時間はもう遅い。普段ならもう眠っていていい時間帯だった。
しかし逆に目は冴えてしまっており、まったく眠れない。食事をして体力を回復させるなどとどれだけ空腹だったのか。
今まで食事はただの栄養補給程度にしか考えていなかった。だがここまで食事に対して感謝することが来るとは想像もしていなかった。
あのまま食事を摂らなかったら今頃空腹による腹痛に悩まされていただろう。窓を開けている状態なので時々風が部屋の中に入ってくる。
月明かりが差し込み、やや薄暗く部屋の中を照らし出している照明となる。
この紅魔館に住む者たちは確かに人外としての存在が多くを占めている。だが咲夜という人間が存在しているなどお互いを憎み合っている様子は皆無である。
その中で一人だけ浮いた存在であるフランドール。表情などを見る限りは楽しそうにしているが彼女の話になると途端に紅魔館の者たちの空気が重くなる。特に何故彼女を外に出さないのかという些細な質問の時は。
言いたくないなど、それ相当な理由があるのかもしれない。
だから彼女たちの方から話してくれるまでは深くは詮索する気はなかった。そこまでデリカシーがないつもりはなかったからだ。
そんな風に考えていてもまったく時間は経たない。しばらくすれば疲れから眠気もくるかもしれないと思っていたのだがやはり一日中気を失っていたためと食事のおかげですっかり回復してしまっていたようだ。
横になっていても退屈なだけだ。
そう思いベッドから起き上がり、部屋の扉の方に向かう。ドアノブを捻り、部屋の外へと出ようとする。
すると突然正面から少しだけ明るい光が差し込んできた。紅魔館の中はすっかり暗くなっている。
だが光があるというのは誰かが歩いているということだ。
優也の目の前に現れたのはランタンを手にした咲夜だった。咲夜も突然横から優也が現れたので一瞬どきりとした様子を見せる。
「あら、こんな時間にどうしましたか?」
「眠れなくってな……夜だけど少しだけ紅魔館の中を歩こうかと思って」
「そうでしたか……なら少しだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
彼女の本格的な仕事が始まるのは決まってこの夜の時間帯だ。
それは当然彼女の主が夜の存在である吸血鬼であるからである。決まった時間にお茶とお菓子を出し、時折話をしたりする。その他はこのように館内の見回りをしたり、合間を見つけて能力を使い睡眠をとったりするなどというパターンらしい。
偶々出くわしてしまった二人。眠れないと自嘲する優也を見て、何かを思い出したように話を切り出す咲夜。
なんだろうかと取り敢えず聞いてみることにする。
「この時間、妹様はいつもつまらなさそうにしているんです。私たちも何かをして差し上げるべきなのですが……」
「そこで俺が? 話をするくらいなら別に構わないけど……」
「ああ見えて妹様は遊びというものについてほとんど何も知らないので、できれば何か教えていただければと思うのですが」
「子どもの遊び、ね……人間の子どもがすることを吸血鬼が好むかどうか」
「できれば、で構いません」
「……分かった。取り敢えずフランドールと会わないと……」
外にも出られないのだから完全に缶詰状態、悪く言って軟禁状態だ。
そんな状態なら当然つまらなさそうにするのも頷ける。だから彼女はフランドールと遊んでやって欲しいと優也に言ってきたのだ。
容姿が子供であるので何か遊びを教えて欲しいとのこと。一応寺子屋でのあるバイトの再に外の世界での遊びをいくつか知っていたのでそれを披露してあげるなどということもしていた。
寺子屋に来る子どもたちは珍しさゆえに興味を持ってくれたがフランドールは果たしてどうだろうかという疑問もあった。
申しわけなさそうに言う咲夜を見て自分も色々と迷惑をかけているみであるためにないがしろにすることはできない。
彼女の頼みに対して頷くことで受け入れを示す。ホッとした表情を見せ、「ありがとうございます」と頭を下げて感謝する。
咲夜からフランドールがいる場所を聞き、優也はその場所へと足を向けることにした。
部屋から続く廊下を真っ直ぐ歩き、その突き当りを曲がれば開かれた場所に出る。絵画などが色々と飾られており、下の方に続く階段が見え、玄関がある。
両方向にさらに続いている廊下の壁に背を預けるようにして座り込んでいるフランドールの姿を発見した。確かに彼女はつまらなさそうな表情を見せ、ただ黙って体育座りをして時間が経つのを待っているようだった。
優也のことを足音で気づいたのかこちらに視線を向けてきた。夜遅い時間だということで何故人間である彼が起きているのか、フランドールには分からないと言う様子だ。
「どうしたの?」
「眠れないんだよ。だから暇つぶしに歩いてたんだけど偶々フランドールのことを見つけてな」
「そうなんだ……」
「なあ、少し話をしないか?」
「お話し? いいよ」
そう提案するとパアッと花が咲いたような笑顔になるフランドール。表情は変わらないが、優也も思わず笑みを零したくなるものだった。
隣に座り込み、フランドールのように壁に背を預ける形を取る。
それから二人はいろいろなことを話す。
フランドールがゆうに五百歳近いということ。
優也が八雲紫によって幻想郷にやって来てしまったということ。
ようやく部屋の外に出られるようになったのがつい最近からだということ。
今は人里に家を構え、いつでも帰れるようにしているということ。
話をしながら適当に部屋の中にあった紙を数枚持って来ていたので淡々と折りながら一つの作品を作り上げる。
白い紙で折られた白い鶴だった。それを見て思わず目を輝かせながら簡単の言葉を漏らすフランドール。両掌に乗せ、まじまじとその白い鶴を見つめる。
どうやら彼女にも気に入ってもらえたようだ。
掌の上で小さく息を吹きかけると少しの間であるがバランスを保って空中を舞う。それを見て容姿相応に子どもらしく手を叩いてはしゃぐ。
「わたしも作ってみたい!」
興味を持ったフランドールは「自分でそれを作ってみたい」と言ってきた。「なら一緒に作ってみよう」と手本を示しながら作ることを提案した。
一つ一つ丁寧に説明していく。フランドールは隣でゆっくりと紙を折っていく様子に対して穴を開けるような視線を向けながらぺたぺたとお粗末な手つきで紙を折っていく。
「できたー……けど、ちょっとかっこ悪い……」
小さく悲しみの呟きを零すフランドール。彼女の手には完成した白い鶴が存在していた。だがその姿は形が悪く、優也の作った二つの鶴とは似ても似つかず、格好悪いものとなってしまった。
悔しそうに目じりに涙を溜めながら唸る。
はじめはこんなものだと慰めるように言う優也。悔しいためかまた新しい紙を床においてゆっくりと折り始める。
一枚、二枚、三枚――。
枚数を重ねていくたびにフランドールの作り出していく折り紙の鶴はしっかりとした形になっていく。何度も失敗しては悔しそうに唸り声を上げるフランドール。
だが投げ出すことなく何度も何度も挑戦する。
楽しい――。
フランドールの胸に溢れてくる感情というもの。今まで遊びというものを知らず、昨年閉じ込められていた部屋から無理やりに出た時に異変解決という面目上やって来ていた霊夢と魔理沙と弾幕ごっこという遊びをした。
彼女の扱うスペルカードはどれもが危険であるために“禁忌”という文字がある。
それにスペルカードを知ったのは当時においてもかなり日が浅かった。それに少しだけ気が触れていたフランドールにとってスペルカードルールというのはただのかせでしかなかった。
妖怪を、神を、吸血鬼を縛るだけのただの鎖でしかなかった。
戦うということは彼女にとって確かに楽しいものだ。だが相手が壊れてしまえばそれまで。彼女の持っている“ありとあらゆる物を破壊する程度の能力”を使ってしまえば用意に相手を壊すことができる。
もちろん意図して相手を壊すつもりはない。フランドールだって遊びが簡単に終わってしまうのはつまらないと知っているからだ。
それに自分は能力のせいで“壊す”ことしかできないのだと思いこんでいた。
だが今彼女の目の前で実際にやっていることは何かを“壊す”ことではなく“生み出す”ことだった。
自分のコンプレックスのようなものだったものが壊れていく気がした。
ようやく及第点の形になった。小さく息を吐き出し、一息入れるフランドール。辺りを見回してみると一面が真っ白い折鶴でいっぱいになっていた。
一つひとつ確かめてみるとどれもこれもどこか形が悪い失敗作だった。
だが並べてみるとほとんどそれは気にするほどのものではないように見える。
それに一面に広がる折鶴は雪野原のようにも見えた。季節が違いすぎるがほとんど見たこともないのでこんな感じなのだろうなと思いを馳せる。
「もういいのか?」
横から声が聞こえてきた。その砲口に視線を向けるとそこには重なり合った何枚もの紙を両手に抱えた優也が立っていた。
フランドールがあまりに夢中になってしまったので持ってきていた数枚の髪はあっという間になくなってしまったのだ。
だがフランドールが諦めない様子だったので部屋に一旦戻る途中でまた咲よと出くわし、「いらなくなった紙などがあったらもらえないだろうか」とお願いしたのだ。事情を聞いた咲夜は嬉しそうにどうぞと部屋に案内してくれ、何枚もの紙をくれたのだ。それも両手で抱えないと持っていけないほどの量を。
持って来た紙であるが何十回も、何百回も折られると当然なくなってくる。集中して作り続けるフランドールの姿を見て優也は唖然とさせられた。
普通なら何度かやれば当に飽きてしまうはずなのに、彼女は同じ作業を淡々と、それも高い集中力をとぎらせることなく続けていたのだ。
なくなりそうだったということで咲夜にもう一度紙を貰いに行って戻ってきたところだったのだ。
流石にあれだけの量を消費してしまったことを伝えると彼女も眼を丸くしていた。
だがその表情から嬉しいというフランドールに対する思いやりが感じられた。
「また咲夜から紙、貰ってきたんだけど。どうする?」
「うーん……まだ納得できないけど、最初よりはうまくできたから今はいいかな」
「それにしてもこれだけの数、よく作ったな。一体いくつあるんだ?」
「ええっとね……多分千羽はいると思うよ?」
「千羽か……丁度いいかもな」
「っ?」
手に抱えている髪を見せながら言う優也。数秒悩むような表情を見せたフランドールであるが、最後に作り上げた折鶴を見せ、満足したと言う。
最初に作ったあのよれよれの折鶴とは違い、しっかりと生きていると思わせるような形のものになっていた。
千羽も折ったと言うフランドール。それだけ作れば満足もするだろうと思う。それと同時にまた別のことを思いつく。
折角彼女が作った折鶴だ。そのままにしておくのも勿体無いし、丁度良く千羽もできた。それに紐を通して百羽ずつ、計十個の物を作り上げる。それを一つに纏め上げると完璧な千羽鶴の完成だった。
完成したそれを見せながら優也は千羽鶴のことを説明する。
「千羽鶴は一つだけ願いを叶えてくれるんだ。だからフランドールが何か叶えたいことがあるならお願いしてみるといい」
「お願い? 本当に叶うの?」
「何もせずにというわけじゃないだろうけど、な。まあ、願掛けみたいなものだ」
「そっか……でももし叶ってくれると嬉しいかな」
少しだけ寂しそうな表情を見せるフランドール。彼女が願うことというのは一体なんだろうか。
考えなくても分かる。この館の外に出たい、もっとよく外の世界を知りたいという願望だろう。
優也から手渡されたそれを両手で握り締めながら、俯き加減に呟いたフランドール。何とかしてやりたいというお節介が働きかける。
そっとフランドールの手首を掴むと彼女を引っ張りながら階段を下りていく。
紅魔館の門よりも外は駄目だろうが、館の外くらいは構わないだろう。それに時間はまだ夜であり、外も暗い。吸血鬼であるフランドールが外に出てもなんら差し支えない時間帯だった。
門を前にしてフランドールは戸惑いを見せる。
まさか外に出ることになるとは思わなかったのだ。彼女が本当に望んでいることはもっと広い外の世界を見てみたいということ。未だに屋敷の外の景色すら見たことがないために期待と不安でぐちゃぐちゃになっていた。
しかし待ってとも言えず、扉が開けられていく。
そして次の瞬間フランドールの瞳に映ったのは真っ暗な空にキラキラと光り輝く星たちと巨大なまでに存在感を示している月だった。あと一日経てば満月になるだろうその月が二人のことを見下ろしていた。
「うわぁーっ!」
四百九十五年という彼女の生きてきた記憶に箱のような壮大な景色というものは存在しない。そんな圧倒的なまでなけ死期が彼女の瞳に嵌りきらないほど延々と遠くまで続いているのが見て取れた。
凄い、凄い――。
フランドールはその景色を見て胸からこみ上げてくる興奮を抑えられないでいた。これが紅魔館の外の世界。
しかしこの景色も世界のただの一部でしかないのだからどれだけ自分がちっぽけな存在なのだろうかと突きつけられる。
だがそれすらもフランドールにとっては新鮮なものを与えてくれた。自分の知っている世界があまりに狭いことを知り、もっと知りたいと願った。
「もっと、もっと遠くに行きたいな……幻想郷を全部見てみたい、流石に外の世界は無理だろうから」
「俺には無理だろうけど、吸血鬼のお前なら可能だろう……きっとそれができた時がその願いが叶った時なんだろうな」
「うん……だからもっと自由になりたい。でも……無理なんだよね。わたしが危険だから」
フランドールはまだ見ぬ未来に希望を膨らませる。限られた寿命しか持たない人間である優也にはそれは不可能だろうが、長い時間生きられる吸血鬼である彼女であればきっと叶えられる夢であろうと思う。
しかし次の瞬間にフランドールは表情を曇らせる。言葉を紡ぐ声にも元気がない。
彼女が危険だというのはどういうことなのだろうか。吸血鬼だからだろうかとも考えるがそうなると他の妖怪だって同じような存在だ。フランドールと同じくらい危険な妖怪だって存在する。
「わたしが今まで外に出られなかった理由……それはわたし自身の持つ能力にあるの」
「お前の能力? この世界にはそういうものがあるんだったな」
「お姉様なら“運命を操る程度の能力”、パチュリーは“魔法を操る程度の能力”、美鈴は“気を操る程度の能力”、咲夜は“時間を操る程度の能力”。そしてわたしは……“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を持っているの」
声が出なかった。最初に抱いたのは警戒というものだった。目の前にいる少女に対して思わず身構えてしまいそうになった。
彼女の持つ能力があまりにも危険だったからだ。
“ありとあらゆるものを破壊する能力”――フランドール自身が言うに、それは物質的なものにのみ作用するものらしいが、それが概念的なものにまで作用することになったらとんでもないものになる。
さらにそれがふとしたところで発動してしまえばとんでもないことが起きる。
それを知ってようやく納得がいった。何故彼女が紅魔館の中に軟禁状態にされているのかの理由が。
僅かに優也の表情が強張ったのを見て取ったのだろう、フランドールは今にも泣きそうな笑みを浮かべる。分かっていたと無言で言ってきているのが伝わる。
理解しているのだ、この能力がある限りフランドールが危険な存在だというのが変わらないということを。
それでも彼女はギュッとその手にある千羽鶴を握り締める。まるで真っ暗闇にいた彼女が見た最後の希望の光に縋るかのように――。
後書き
はじめての方は、はじめまして。
いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
作者の泉海斗です。今回のお話から第2章である『紅月の嫉妬』が始まりました。舞台はお分かりのように紅魔館となっております。
相変わらず周りを賑わせている魔理沙。それを止めようと奮闘するパチュリー。珍しく起きていた美鈴。主命のメイドである咲夜さん。救世主フランちゃん。
一気に東方の原作キャラたちを登場させてみました。それぞれの性格や口調というのは変えないようにと思っているのですが……どうだったでしょうか?
若干の戦闘シーンが入っていますが、キャラクターがスペル名やスキルを叫ぶのか、それとも地の分でその辺りを表現していくのかは修正しつつの投稿をしている現在でも試行錯誤の段階です。
今回の戦闘においては美鈴に軍配が上がりました。レベル的にも初期段階として優也は高い方ですが、東方キャラの方が経験的なものもあるために実力はレベル以外の要素も入って強いです。とはいえ主人公が負けてばかりというわけにもいかないために、敗北を経験して強くなっていくようにしたいと思っています。
第2章においては少々オリジナル設定が入ってきます。特にフランドールの過去が一番多いかもしれません。
もともとこのお話は三つに分かれていましたが、それぞれが短かったので一つにまとめて長くしました。
メッセージを書いてくださった“がるがんだ様”、どうもありがとうございます。
今話も楽しんでいただけたのならば幸いです。また次回も読んでいただけると嬉しく思います。
最後になりますが今回読んでくださった読者のみなさまに最大限の感謝を。
それでは!!
コミュ構築
愚者→幻想郷の民
道化師→???
魔術師→霧雨魔理沙
女教皇→アリス・マーガトロイド
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→???
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→???
運命→レミリア・スカーレット
剛毅→???
刑死者→???
死神→???
節制→???
悪魔→射命丸文
塔→???
星→フランドール・スカーレット
月→???→
太陽→???→
審判→???→
世界→十六夜咲夜
永劫→???
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“運命”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“星”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“世界”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
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