Op.Bagration
2.
「おーいモシモシ、ルセット、生きてる?」
「……ああデフラ。……死んでた今まで」
デフラ・カー。優秀なライダーの一人で”03”のテストパイロットでもあったが、「ラビアンローズ」へのデラーズ・フリートによる襲撃の際、”03”で出撃、迎撃するも”03”の初期不良により撃破され瀕死の重傷を負い、何とか一命を取り留めたもののライダーとしての命脈は絶たれ、現在は現実のMSに習熟したエンジニアの一人としてルセットとペアを組んでいる。
「生還したのねw。どう、夕ご飯」
「んー……食欲ない……」
「疲労回復には睡眠+栄養補給よ。明後日からはGPの評価試験が始まるんだから」
「んー……そうね」
コミュニケータを確認するとアルビオンからのお誘いもあったが、今少し気まずかったので丁重にキャンセル。
トリントン・ベースの一般食堂へ。
食堂は沸きかえっていた。
ペガサス級の入港……となれば。
「ガンダムが載ってる!間違いない!」
ウラキも拳を握り締める。
「ちょっと、短絡じゃないのか。その根拠は」
キースはあまり興が乗らない様子。
「いーや間違いない!。ガンダムが載ってるハズだ!。お?」
「おほ!アナエレの女性技官じゃん!」
ガンダムより大分興味の関心らしい。と。
「あ、おい、コウ?」
少し呆けた様子の、その一人にウラキは駆け寄る。
「すみません!アナエレの社員の方ですよね?!」
ルセットは怪訝な顔をもたげて対した。
「……失礼ですが?」
「あ、申し遅れました!自分はトリントン所属のコウ・ウラキ少尉であります!」
「ウラキ?」
ルセットの瞳に輝きが兆す。
「ウラキ少尉……ふうん、アナタが、ね」
「え?」
その女性技官の反応は意想外なものだった。
「自分を?」
「ええ。よーく知ってるわよぉ♪もしかしたらアナタ自身よりも。あなた、面白いわね」
「え、はぁ?」
ルセットはつと、ウラキの耳もとに顔を寄せ。
「乗りたいんでしょ」
「?」
「ガンダム、に」
「!!」
「あなた次第よ。もしよかったらこのあとアルビオンまでいらっしゃい。それじゃ」
「え?!それってどういう……」
キースも混乱している。
「コウ!お前あんな美人と知り合いだったのか?いつの間に!」
「いや、知らない」
「え?」
呆然と立ち尽くす男二人をそのままに彼女らは歩き去る。
「……えーと、今のは?」
「さぁ?」
「『さぁ?』ってこたないでしょ」
「あ、そこ空いてるわよ」
座ったあとで。
「ちょっとメンドくさそうだったから。呪文で黙らせてやったの」
さらにワケワカメなコトを。
「じゅもん?」
「ガ・ン・ダ・ムって、ね。よく効くわねやっぱ、ま、ウソも言ってないし」
すました顔で。
「……ふーん」
判ったようなわからんような顔つきで、デフラ。
とりあえず食事を終え。
半信半疑、内心クビをヒネりつつも二人、連れ立ってアルビオンまで出向いてみると。
「コウ・ウラキ少尉殿と、失礼ですが」
「自分は、チャック・キース少尉です」
少し待たされたがそれでもすんなり乗艦を許可された。
外来者にとって軍艦の内部構造は正に鋼鉄の迷宮。案内の兵に従い艦内を移動する。
「どういうことなんだコレ」
声を低めてキースに。
「オレに訊くなよ」
そりゃそうだが、と思いつつ。
向こう、は知ってる、ってことか。でもなぜ。
ウラキ、ぶつぶつ。
右に折れ左に曲がり昇って降りてまた昇って。
5分ほど引き回され完全に方向感覚を喪失したころ。
「こちらです」
到着したらしい。
待っていたのは。
「改めまして。アナハイム・エレクトロニクスのルセット・オデビーです。よろしく」
案内の兵を帰したあと、彼女、食堂で遭遇したナゾの美女は、それでもていねいに名乗った。
「コウ・ウラキ少尉であります」
「同じく、チャック・キースであります」
軽く答礼。
「さて、と。じゃも少しつきあって」
言うなり歩きだした。
え、とアタマに疑問符をはりつけつつここまで来たからには黙って従う。
右に左に上って下りて。それでも何となく前へ、艦首方向に向かって移動しているのは判った。
ふいに開けた場所に出る。
艦首部、MSデッキだ。
「!!」
その光景に二人は声にならない嘆声を上げた。
内壁の両脇に少し傾けて繋止された4機のMS。
無論、ただの機体ではない。
双眼型の頭部カメラアイ。その額にピンと張り出たV字状のアンテナセンサ。
ガンダムだ。
−−RX78、ガンダム。その存在は現代の神話だ。
「1年戦争」で実際に戦線を支えたのが多数のGMとそれに倍する支援機たちであるなら、ガンダムを倒さんと次々に名乗りを挙げるジオンのMSエースを尽く退け討ち果たしてのけ、
『ガンダムがまたやった』
連邦軍将兵の精神的支柱として謂わば「戦う広告塔」とでも呼ぶべき役割を演じ友軍には大いなる戦意高揚を、「連邦の白い悪魔」として敵軍には悲嘆と絶望を与えた、その成果は比類無いものがある。
いかにも俊敏そうな、均整の取れたマッシヴなデザインの機体が左舷側に、2機。
その反対側の機体は、固太りの武士を思わせるボリュームのあるフォルム。
2タイプ正副のガンダム4機が打ち揃う景観は、正に圧巻。駆け出しの少尉二人は存分に気圧される。
ルセットは満足気にうなずき。
「仮称、GP−01。従来のガンダムのデザイン・コンセプトを継承したオールラウンダー。左がGP−02。火力支援機」
「……火力支援、ですか。ジオン残党の掃討にそんな大火力が必要な局面は想定出来ませんが」
ウラキはようやく口を開いた。
「大火力?」
いぶかしげに、キース。
「火力支援といいながらブラ下げてるのはバズーカ一振り。弾頭1発でこと足りるのさ」
「えーと、ってまさか……核弾頭!?」
「南極条約はジオン公国と連邦政府の間で取り交わされた文書。ジオン公国の解体と共に失効しているわ。何の問題もないわよ」
自分自身、それを信じていない事務的な、平板な口調で、ルセット。私たちは要求仕様に従っただけ、と言葉には出さずにつぶやく。
ウラキも黙った。軍人が、それも少尉風情がこれ以上何か口出し出来る話題ではない。
「とまあそれはひとまず置いといて」
少し不自然なまでに明るくにこやかに、ルセット。おいとくのか。
「こっち。あと一歩で終点」
そこにあったのは連邦標準規格の何の変哲もないコンテナだった。
外壁に”GP01”と殴り書きされている、以外には。
「シミュレーター?」
確かに、いきなり実機に乗せて貰えるほどアマイ話だとは思ってはいなかったが。
ルセットは否定も肯定もせずドアを開けると中を示し。
「どうぞ」
ウラキはアゴを引き、乗り込んだ。
薄明かりに照らされたシートの背が見える。
シミュレーターであるらしい。
座席に着いたがベルトはない。体感型ではないようだ。
「始めるわよ」
ルセットの声が響くと同時に眼前のメインモニタに光が宿った。
「これが、ガンダム、か」
口に出してみる。ふしぎと、心が落ち着いて来た。
あたりまえだが乗ってしまえば所詮1MSに過ぎない。レイアウトもGMと大差ない。ダムがGMのプロトであったことを考えれば、何より連邦のMSであることを考えれば当然なのだが。
失意や落胆、では無かった。むしろ別の、静かな興奮が奥底から湧き上がり最前のやみくもな歓喜に取って代わった。
やれる。この機体を操れる。俺はガンダムに乗れる。
まるでウラキの心情を詠み尽しているが如く。
「ザクを出すわ。撃破してみて」
トリントン演習場をモデルとしたような広大な赤茶けた荒野を並足で前進するGP−01の前方1kmほどの位置にふいにザク2Jが出現する。シミュレータなので空間操作は当然オペレータの意のままだ。
「え、なにいぃぃ?!」
その瞬間、仄かに芽生えつつあったウラキの、駆け出しだがそれでも連邦の1正規MSライダーだ、ガンダムがどうした乗りこなしてみせるさという自信と自負は木端微塵に吹き飛んだ。
作戦発動まで1時間を切った。
参加部隊の総てが配置に付き息を潜めゼロアワーを静かに待っている。
彼もまた、自らの配置に付くべく、正に移動を開始しようとしていたその時。
「少佐。ガトー少佐」
低めているが切迫した調子で呼びかける声があった。
「何か」
短い問い掛けに、現れた兵は電信を握りしめながら報告する。
「至急電です。これでは作戦は……もう……」
半泣きの兵の様子にいぶかしみながら。
「どうした。何があった」
電信を奪うように受け取り、素早く目を通す。
「なん、だと」
思わず呻き声が漏れる。
凶報だった。
出航直前に主務者が突然倒れ、結果人員の総入れ替えが発生。
潜伏させた人員も……。
その情報が、ようやく前線まで伝わったのだ。作戦発動直前の今この時に。
伝播速度は決して低くない。強襲を掛けんと展開した部隊への伝達と考えれば高速といっていい。少なくとも発動開始には間に合ったのだ。
そう、中止には間に合った。
ガトーは虚空を睨み据えた。
中止。延期。
在り得ない。この期に及んで。この機に臨んで。
しかし。
撤退の勇断を持てず宙に散った戦史上の作戦行動、数多の先例を鑑みるに、このままの強行は蛮勇でしかないそれは判り過ぎる程に自明だ。
ささやかだがしかし、決定的な内応の存在を前提とした今回の作戦立案においてそれが喪われたことの意味は余りにも、重く大きい。
奇襲は成功するかもしれない、するだろう。だが、完全な『強襲』となる。
実時間上では一瞬の思索だった。
ガトーは作戦指揮所の呼び出しを命じる。
作戦開始直前の作戦変更。
これもまた多くの古人が口を酸くして戒める最悪の愚行だったが、他に手段は無かった。
01が放ったビームライフルの射線はザクを貫通し、一撃で爆発四散させた。
もっともこれは、シミュレータ上での目標撃破の演出で実際のMSは爆発などしない。核融合炉を搭載したMSが撃破されるたびに核爆発など起こすような物騒なことでは戦術兵器に採用されるハズがないし、事実MSの炉はそういう間違いがないよう入念に製造されていて、活動停止はするが爆発するような事態は決して在り得ない。機体もまた不燃防燃構造のカタマリで、どこを切っても爆発燃焼する要素は存在しない。弾薬も化学変化発火式であるので、例え支援機でもこの条件は変わらない。
それはともかく。
「こ、この機体、、勝手に動く??!!」
ウラキは呆然。
「んふふ〜そのとーり」
満足のいく反応だったのだろう。心から楽しげなルセットの声。
「これは……その……」
うろたえ、うわずったウラキの声にはそれ以上の絶望がある。
MSの自動操縦。
MSの主戦場は、宇宙だ。
基本的にkm単位で計られる広漠な宇宙という戦場では、1秒間で地球を7.5週する光速ですら分が悪い。正にミリセカンドの領域が支配する戦場だ。1秒ですら冗長に過ぎる。
ミリ・セカンド。ナノセック。
電子計算機であれば何の苦もなく活動する領域だが、人間にとっては正に絶望的な世界だ。身体内の伝達速度のボトルネックの世界以上。
相手も、敵、も人間であるなら、それでも、いい。
が。
敵が自動機械だったら?。
自機も自動機械だったら。
そこに。自分の位置は、あるのか。
「AI、なのか、いやなんですか。オデビー技官」
「ルセット、でいいですわよ、ウラキ少尉殿。技官っていっても尉官待遇だしそちらが先任ですし」
それは、その。少し顔を赤らめるウラキに構わず、
「AI、じゃないの。本質的にも厳密にも。いうなれば、そう、脊髄反射、みたいなモノ、かしら」
言葉とは裏腹に寸分の敬意も見せずにルセット。
「脊髄反射……」
MSは、一言ではMSと言ってしまうが実態はビル一棟が複雑怪奇な加減速機動をしているようなモノだ。機体各部がある程度自機の動きを先読みして応力分散でもしなければ、少しムリな動きでもしようものなら全身複雑骨折であっさり自壊してしまう。
その、延長線ということか。ウラキは瞬時に自分なりの理解を得る。
「話すと、少し長くなるんだけど」
前置きして。
要するに、HI/LOWMIX戦略ってことで。
GMとGUNDAMの2極構成で全体ではコストダウンを図りたいみたいなの、連邦軍は。予算は有限だし。
当然、GUNDAMが指揮官機ってコトで。
でも、指揮官機って、指揮官先頭よりむしろ戦場管制でしょ?。
だからって、相手のエースにあっさり墜とされるようじゃハナシにならないワケで。
で、指揮官の負担をなるべく低減すべく、「MSのセミ・オート」ってコンセプトが今回採用されたのね。
でも最後に戦場を決するのはもちろん……。
もちろん、ウラキはその一言をも聞いてはいなかった。
目の前の戦場に没入していた。
あららと思いながら彼女は付き合い、黙ってそれを見守る。
MSの特性を直感的に理解ししかし理論的に操る。
人事考査などあてにはならないがモデルとデータベースはウソを付かない。加えて、余計な経験値は寧ろ阻害因子だとして抽出した。ヒットした一人が、トリントン駐在のこの少尉。
なるほど、データ通りになかなかの逸材みたいね。
悪くない。軽い勝利感をルセットは得る。
間の抜けた音が連続した。ありきたりだが、シャンパンの栓が抜けるような。
何の予備知識もない人間であればそう、判断しただろう。
が、彼は違った。
トリントン基地、早期管制戦術戦闘情報支援システムである彼は、これを低脅威度ながら敵性勢力による攻撃行動であると即断、自身の権限内で最大限の対応を行う。
センサが砲弾ラシキ複数の飛翔体を検知。
迎撃。
が。
間に合わなった。
のみならず無意味だった。
砲弾は寸分おかず自爆した。
濃密なミノフスキー粒子が基地を包んで。
高く低く。断続的に鳴り響く。
「て、敵襲?」
「抜き打ちじゃねえの?」
とのんきな会話を交わしていた歩哨が次の瞬間間断無い着弾にそれと意識する猶予もなく消散。
「くそ!動態観測レポートはこれか!」
今となっては全く残念以外の意味を持たない副官のわめき声に被せて
「第二波来ます!」
オペレーターの絶叫。
ミノ粉の上に紅蓮の炎が塗される。
実は、基地としての機能は、それほど低下してはいない。
基本的には、半、全没構造だからだ。
しかし。頭を抑えられているのは、もちろん痛い。
「高速移動熱源反応!。MS1個中隊と推計!」
「おごってくれるな。こちらは」
「定常スクランブル1のみです!」
悲鳴。
「だよなもちろん。即応はいけるか?」
「いけます!が」
「即応、出撃。司令はまだか」
「巡察中でした……連絡不能」
既出ではあるが、ビル一棟のMSははいそれではとわ動けない。正規なら30分、全部すっとばしてても起動まで5、10分は掛かる。致命的というか絶望的な時間だ。
その時間を稼ぐ為に即応は存在する。
即応、MS猟兵。
歩兵だ。
「出撃する」
小隊長が無感動に宣告する。
部下達も無言で応じる。
MSという巨人に生身で応戦する為に、人間としての何かを全員が放棄している。散文的には薬物使用。
「派手に、しかし正確に動け。火線を絶やすな。このまま抑え続けろ」
ドム・トローペン1個中隊。強大な戦力だがしかし、既出の通り、ほぼオーストラリア大陸全土を領有するトリントンという一大戦略拠点を制圧するということであればあまりにも、少ない。先制奇襲の利を以って極限された戦術的優越を確保しているに過ぎない。
それでも、半没構造を縦横に叩き、敵の頭を抑え続けていたドムトロの1機が、遂にがくりと動きを止めた。
「PAK!!」
瞬時に警告が挙がる。元は戦車兵が対戦車砲の存在を僚友に通告する叫びだった。
「猟兵か。連邦にも少しは骨があるな」
ベテランの一人が嘯く。
「だがもう遅い」ほくそえむ。ガトー少佐は。
しかし。と、ザメル。680mm口径の巨砲を搭載した支援MSを操るライダーは小さくごちる。少佐も存外、無理を言う。
680mm。 因みに史上名高いあの大日本帝國海軍、戦艦大和の主砲が460mm、だ。
「何だか騒がしいわねぇ」
と。
意識が、飛んだ。
くどい様だが、MSの起動には思った他手間が掛かる。
アナエレに潜伏したモールがそのリスクを回避する手筈であった。
しかし。今その手段は閉ざされた。であれば。
断念するのでなければ。モアベターを選択するしかない。
「な、なに、今の……」
言葉が続かなかった。
爆発、閃光。
それが見えている、大穴。
アルビオンの側壁に大穴が開いたということに気づくだけで随分な時間が掛かった。
「な、なにが……起きてるの……」
ふらり。その場で立ち上がろうとして後ろから突き倒された。
「ウラキ少尉?!」
「敵襲です!!」
「て、てきって……」
そのウラキが叩き伏せられる。もう何がなんだか。
いや。
知ってる。漸く現実の一端を捕まえた。
「アナベル……??!!」
相手も氷付く。まさか戦場の真っ只中でファーストネームで呼び止められるとは。
「……ニナ……の……か……」
押し出す様に、辛うじてそれだけを口にした。
ルセットはいきり立った。
「アナベル!あなた、何でここに?!。ニナは……!!」
ふっ。
息が詰まる。がほげほはほ。
「許せ」
短く捨て置いて、ガトー。
「待って、アナベル!ニナは……」が。
今度こそ絶句した。
ドムタイプのMSが2機、忽然と出現していた。
02を擱座機回収の要領で抱えこんだ。
「ガンダム2号機は戴いていく!!ジオン再興の為に!!!」
02のコクピットに仁王立ちするガトーが、吼える。
「アナベル!!あなた!!まだそんな戦争ゴッコを!!そんな妄想の為にニナは……!!」
知れず、頬に伝わせながら、ルセット絶叫。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m