Op.Bagration
4.
その後連邦軍情報部の調べにより、トリントン襲撃に始まるデラーズ・フリートを中核としたジオン残党による一斉蜂起、作戦名「星の屑」の概要は明らかになりつつあった。
作戦は、アナエレ社内に潜伏し通謀する者の内応による、GP−02及び核弾頭の略取から発起する予定にあった。
だがこれは初手から頓挫することになる。連邦にとり幸運な偶然により、作戦発動直前で発生したアナエレ主務者の交代に伴う人員入れ替えによりアルビオン艦内からの内応という前提が崩れ、GP−02は略奪されるものの核弾頭は無事であった。そしてアルビオンはそのままジャブローまで回航される。核という切り札を以って連邦を恫喝する予定にあったデラーズ・フリートは、掲げられた苛烈な宣戦布告とは裏腹にトリントン襲撃以降は積極的な活動を示さず、否、示せず現在も沈黙を保っている。
しかし「星の屑」の存在は連邦軍の心胆を十分に寒からしめた。
もしこの作戦が予定通り進行していたならば。GP−02が核弾頭と共に略奪されていたら。まず確実に相当規模の損害が、或いはジャブローそのものすらが攻撃されていた可能性すらがあった。
だが。とにもかくにも作戦は既に失敗したと言える。核の入手に挫折したデラーズ・フリートは、推定される保有正面戦力だけの評価であればさしたる脅威ではない。敵の手にあるGP−02もそれだけでは単なる重格闘MSの1機に過ぎない。
侮るまいと自戒しつつの冷静な分析の結果であっても尚導かれる揺ぎ無き優勢に、連邦軍が今後の見通しを常に変わらず楽観視したのは無理もない状況ではあった。
無論、それに組しない少数意見も当然存在した。シナプス大佐もその少数派だった。
「GP−02追討?貴官の手元にその戦力はないのではないか」
それより01まで奪われんようにな、ジャブローまでの回航に専心し給え。ああ無論02には然るべく対処する、しかしそれは貴官の任ではない。ま貴官の心情も理解出来ないものでもないがそれは機を待つことだ。
シナプスの具申は俗な解釈の下揶揄を絡めた正論で一蹴された。違う。私個人の名誉などどうでもいい。未だ事態は危機にあるのだそれが何故判らん。
シナプス等前線に身を置く一部の者は、デラーズ・フリートの沈黙を所謂”嵐の前の静けさ”と捉えていた。デラーズは未だ、旗下の戦力を統率している。もし、作戦が失敗したということであればそれを糊塗せんが為の(内部に向けてのだ)更なる行動に、或いは指揮官の指導力を見限った反動勢力による暴発、それら何れかの形で不安定要素が表出して然るべきだ。
だが、現在それは確認されてない。如何なる兆候も示さずデラーズ・フリートは悠然と沈黙を保っている。
次なる行動に向けて。
確かに我々は偶然にも緒戦で彼らの作戦には痛打を与えた。だが、彼らの保有戦力はほぼ無傷で現存している。
連邦の全軍と引き比べるならなるほど、それはささやかなものだろう。だが彼らはその手勢でトリントンを大破させてみせた。我々はそれを全く予測出来なかった。
そう、連邦の全軍を以ってすれば、デラーズ・フリートの掃滅などさほどのことではない、それは事実だがしかし、今連邦軍は広汎に展開しているではないか。そしてその戦力重心は宇宙にあり正直、地上は手薄だ。現段階での広く薄い連邦軍地上戦力配置は、各個撃破の好餌とすらいってよい。それが敵への誘出撃滅の構えであるというならばそれでよいが、実際には漫然と均等配置しているだけでその様な緊張は存在しない。
またデラーズ・フリートの攻撃目標が軍事拠点であるとは限らない。或いは彼らは地球圏の、地上の経済拠点を攻撃してくるやもしれない。軍はそれを守れるのか。否、不可能だ。
であるなら。トリントンから撤収する敵軍を可能な限りの戦力を投入して追撃、出血を強いるのは正に好機であったのだ。可能な限りの戦力投入とは無論、太平洋軍の全力を掛けて、である。
断じて、敵に行動の自由を許してはならなかったのだ。それをみすみす。
そして、デラーズ・フリートに対すべく公示された連邦軍の施策、それは観艦式の挙行であった。1年戦争以降絶えて久しい観艦式をかつてのジオン要衝旧ソロモン、原宇宙要塞コンペイトウで史上最大級の規模で開催し、その威を以ってデラーズ・フリートのみならずその支持母体を圧殺し、連邦による、軍による秩序を高らかに誇示顕現する。
上層部により公布された”戦争指導”に対し、現場組はそこにある認識の隔絶に名状し難い焦燥と徒労の感を覚えた。連邦軍がデラーズ・フリートを端から相手にせずまたそうした態度を示すことにより、連邦市民世論に向け直接働き掛けを行い醸成される空気で、スペースノイドの代言者を謳い政治勢力の一角を演出しているデラーズ・フリートをその支持基盤を含め、戦わずして改めて孤立化させまた無力化する。なるほど戦略としては極めてスマートかつ有効だろう。
だが、デラーズ・フリートは政治圧力団体でも思想集団でもない。現実の脅威であり無視出来ない規模の正面戦力を擁する武装集団なのだ。政治勢力然として振舞う敵を、敢えてその望むがままに表舞台に引き摺り上げその上で正面から撃破する。素晴らしい。だがその状況は真に連邦自らが望み選択したものであるのか。戦略的見地を重視する余りに陥穽に陥ってはいないのか。
否。観艦式の遂行は戦術的にも満足されている。デラーズ・フリートが政治勢力を自認する以上、観艦式の成功を座視することはそのまま政治的死を意味する。彼らはこれに対し必然的に何らかの行動を、つまり軍事的作戦行動で呼応せざるを得ない。或いは彼らの核はこの観艦式をこそ討つはずであったのかもしれない。しかし現在の彼らに如何ほどの力があるというのか。討伐軍を興すまでもなく、篭るには安全な暗礁宙域より自ら推計1個師団にも満たない戦力を吐き出し、挙句空しく散って行くことだけが彼らに唯一残されている可能行動だ、自ら星の屑と称した様に。
コーウェンのオモチャの出来を見てやるか。
今となっては誰が言い出したものか不明である。
その日、デブリの最後にルセットはペーパー1枚をひらめかせながら、何かのついでの様にコウに告げた。
「それとはい、正ライダー承認通知。おめでと」
言葉と裏腹にカケラの喜色も表さず手にした封筒を無造作に突き付ける。
「ああそうそう、来週の今頃は御前試合よ。がんばってねー」
さらにどうでもよさそうな口ぶりで付け加える。無意識に伸び掛けたコウの手が空中で止まる。
「御前試合、って?」
「だから、それの、01の正ライダーに、決まったのよ、コウ」
噛んで含めるようなルセットをさえぎりコウは。
「いやそうじゃなくて! まだまだ慣熟、各パーツの”アタリ”がようやく出始めたくらいの段階じゃないか! 御前試合って、高官立会いでの公式評価試験を?!そんなばかな!」
ルセットは不思議な薄笑いを浮かべ、コウを見据えた。
「鈍いわね、コウ」
「ルセット、さん?」
コウは戸惑う。
「まだ判らない?。偉いヒトは”ガンダム”を”潰したい”のよ」
吐き捨てる。
「ガンダムを、潰す?!」
コウには全く理解不能な言葉だった。
「まったく。お膝元のジャブローに回航されるなんて、ツイてないわよホント。何のためにトリントンに行ったんだか」
ルセット、ぶつぶつぶつぶつ。
「あの、ルセットさん。やっぱりよく判らないんですけど。誰がナンでガンダムを潰すって……」
では説明しよう、とでもいう様にルセットはぴっと人差し指を立て。
「その1。ガンダム潰しはコーウェン潰し。これはもちろん判るでしょ」
コウはしかしゆっくりと首を振った。
ルセットは慈母のような微笑みを浮かべコウの顔をしげしげと覗き込み口を開く。
「あのね、コウ。あなたが人畜無害な新品少尉で純粋真っ直ぐバカの1MSライダーだってことは私も良く知ってるわ。でもね、人生を少しでも有意義に過ごしてみたいなら例えば自分が所属してる組織について少しくらいは興味を持ってみても何も悪いことはないって、そう思いはしない?」
勝気な気性の人間にありがちな本人無自覚の罵倒芸だが少なくとも彼女のそれには既に慣れ親しんでいるコウは、ただ気弱げな笑いを漏らしただけだった。
ルセットは軽く息をつくと言葉を続ける。
「えーとこういうのは釈迦に説法だと思いたいんだけどそもそも軍隊がそんじょそこらの行政機関なんぞよりよっぽどガチンゴチンの官僚機構だってことは、判ってるわよね」
「まあ、そう言われるよね」
「そう言われる、じゃなくて事実そうなの。じゃ、官僚といったら何を思い浮かべる?」
コウは少し考え。
「何だろう。組織存続の自己目的化、とか」
「それは官僚機構に限定されない組織としての一般則ね。確かにそうした傾向も強いけど、官僚といったら派閥の形成とその組織内組織間での闘争、よ」
「派閥闘争なんて別にどこでも珍しくは……」
口にしながらコウは気付いた。
「……コーウェン中将は自身無所属のコーウェン派、か。そんな下らない理由で」
「そしてガンダムの成功は中将の実績になる。十分な理由よ。それが一つ」
「一つ?」
コウは怪訝な声で応じる。
「そう。そしてもう一つなんだけど、私もしょせん技術屋だからそのへんは断言できないんけど」
彼女は心底不機嫌そうに顔を歪めた。なまじ美人なだけあって正に鬼気迫る造形が浮かび上がる。
「ガンダムは”旨味”が無いのよ多分。だって工業製品なんて大量生産大量消費でなんぼ、でしょ、兵器だって同じことよ。それが数は出ないは回転は悪いはでリベートキックバックなんかの生臭話を別にしてもこのHI/LOWMIX戦略が巧く回って目出度く敵対勢力一掃に成功でもしてしまった日には待っているのは狡兎死して走狗煮らるの大軍縮、得するものは誰もナシ、でその他大勢としては全力で潰しに掛かるのが大正解よねほんとのところ、なんて思うんだけどどう、コウ?」
ルセットがぶちまけてみせたあけすけな”戦略的視座”にコウはしばし絶句した。
「連邦軍の、HI/LOWMIX構想って言ってたよね」
「コーウェン中将の、ね」
なるほど。そういうことなのか。
「いやあのコウ、そこは深く頷くとこじゃなくて。ほんとはもっと怒って、激怒していいのよ貴方」
少し焦れ気味に強い言葉を使うルセットに。
「なに。痴話ゲンカ?」
ひょいとデフラが顔を出す。
「ど、どこが痴話ゲンカよ! 評価試験についてのマジメな打ち合わせだってば!」
「評価試験? 急なハナシね」
「さっきアナウンスしたじゃない。来週の今日よ」
「あれそうだっけ」
コウを置き捨てそのまま女性二人は声高に言葉を交わしながら退室して行ってしまった。
同夜
「デフラ、知ってるのかな」
コウの胸に顔を埋めながらルセットはつぶやく。
「別にいいけど。軍民癒着の悪しき事例、になるのかね」
コウは言い軽く笑う。
ルセットはふいにしおらしい言葉を口にする。
「昼間はごめんね」
「何が?」
「いや、途中でほっぽりだしちゃって」
何をいまさら。コウは苦笑し。
「別にいいよ。でもその先は気にはなる」
「先って?」
「激怒すべき理由」
ああそう、それよ! とルセットは声を上げる。
「わたしね、客観データを添付した上で経歴的には実戦実績も無く経験も皆無だけどコウ・ウラキ少尉は最高のMSライダーだから是非GP−01の正ライダーとして改めて起用したい、って書いて申請したのね」
「光栄です」
「で、あっさり受理されちゃったのよ。どういう意味か判る?」
そうだな。コウは少し首をかしげ
「好意的に見れば、適材適所として軍の人事裁定能力が有効機能した、と」
「ホンキで言ってる?」
いや。
「1年戦争組の採用を逆提案してくるところだろうな、ふつーなら」
だよね。ルセットもうなずいた。
「……舐められたもんだ。僕も01も」
が、コウの顔に怒りの色はない。
「理由や思惑はあるんだろう。でも今はガンダムのシートを取れたことを素直に喜ぶことにするよ」
ルセットは不思議そうにコウを見る。
「いいの。それで」
コウは静かな笑いを刻み。
「見せてやる、さ」
言い切った。
その日のジャブローも暑かった。
記録的猛暑、というほどのことではない。3、40の線を行き来する気温も湿度100%の重くねっとりとした空気もここではふだんの光景だ。
緑色の瀑布の如く繁茂する熱帯雨林に覆われるアマゾンの支流の一つに、大自然の景観に思わず威圧されるような、人の手になるちっぽけな構造物が漂っている。
河川哨戒艇。昔ながらのFRP製に平底の船体。地元漁民の釣舟ほどのサイズだが、これで眼もあり牙もある立派な軍艦である。
ああそうだこれでもジャブロー勤務は天国だよ例え外回りでもな畜生。
絶え間なく噴きこぼれ額から流れ落ちる汗をそのままに、何を見るでなし覗き込んでいた双眼鏡を胸に降ろしながら艇長は腹の底で怒鳴った。いや実際にその通りだった。同期でも既に数名の戦死者が出ているだけに。
兵の肉眼を用いた監視、索敵。アイボールに優るセンサー無し。それは古来からの、信仰にも似た軍隊特有の通念の一つだ。無論そうした監視体制の完全なる自動、無人化は理論上では不可能ではない。しかし例えばこのジャブローの高温多湿な環境で信頼面での冗長性を備えた二重三重のバックアップを持つ無人監視システムを、しかも連邦最大規模の領域に張り巡らせ配備運用することは……控えめに言っても余り現実的ではない。世の常に変わらず軍の予算でも人件費はその項目の最大比率を占めるが、それでも人間を使ったほうが安くて確実なことは幾らでもある。
艇長。定時連絡です。通信兵が声を出す。
「こちらPRB−51。定時連絡。光学監視平常、聴音監視平常、現段階で如何なる脅威兆候も確認出来ず、オールクリアー、以上」
艇長はいかにも面倒くさげに言い送った。ジャブローに誰が攻めて来るんだってんだよまったく。
彼は間違っていた。
1年戦争末期でのジャブロー強襲以外でも戦争中盤では北米を発した爆撃団が昼夜を分かたず爆弾を降らせていたし、嫌がらせ以上のものではないが少し前だと沖合いからミサイルが打ち込まれることくらい珍しくはなかった。ジャブローの安全を磐石と断定出来るのは本当にここ最近でのことなのだ。
だった。
原隊に向け一方的に申告を終えた彼がマイクを通信兵に投げ返したときにそれは起きた。艇が発信を終えるタイミングを、異常なしを申告させることにより稼がれる安全な時間を待ち受けての行動開始だった。
視界は白く包まれ、艇の周囲に複数の水柱が立つ。断続的な機械音が艇を包む。
無論、彼には何が起こったのか理解する猶予はなかった。そのまま意識が途切れる。
水柱はウェットスーツ姿の兵だった。全員が素早く艇の上に這い登る。
「制圧完了」
一人が短く告げる。心動モニタを警戒し殺してはいない。
僅かな間を置き、水面が盛り上がった。
モニタブースでの密やかなさざめきに気付いた彼は、苦笑を浮かべながらその一角に足早に近づいた。判断はこちらで下す。だからどんな小さな情報も臆さず漏らさず確実に上げる様に。周知の事項だがどうして徹底は難しい。誤報に対し手厳しく叱責している、ということでもないのだが。
「どうした。何があった」
オペレータの一人に気さくに声を掛ける。
「いえそれが。グフ・タイプと行動しているガンダム、という目撃情報が複数上がって来ていまして。事実確認及び各隊への所属照会の途中なのですがどうも……」
「……ジャブロー周辺にグフを装備する部隊は過去にも現在にも存在しない。近い将来にも配備の予定はない」
主席情報参謀は彼女の声を低く硬い声で断ち切った。
高短音3回、低長音1回。
「全機緊急発進、緊急発進!!」
「敵機侵入。敵、ガンダム・タイプ1、グフ・タイプ2」
「ガンダム・タイプは先に略取されたGP−02と推定される。交戦時は留意されたし」
作戦司令室の大画面スクーリンの前に参集した高級将校達はなすすべもなくただ怒鳴りあい互いを罵り、統制の失われた発令をばら撒き現場を困惑させるだけだった。
「MS3機でジャブロー攻撃だと。何を考えてる、正気か?!」
「いや、そもそも奴らの目的は」
「演習場だ、演習場だけは死守するんだ!!」
一人の叫びに全員が気付いた。
「敵の、敵の移動経路は?!」
「推定進路は!!」
佐官クラスの将校に取り囲まれ一斉に怒鳴り散らされたオペレータ達は半ベソになりながらそれでも必死にコンソールの上で手を動かした。
推計結果が表示される。
全員が言葉を失う。描画された赤い矢印は演習場を、ギアナ高地を今正に貫き通さんと更に増速したところだ。
GP−02と随伴するグフ・フライトタイプ2機は密生するジャングルの隙を高速移動していた。皮肉だが連邦軍が啓開したものだろう。
「静かですね」
兵の一人が遂に言葉を漏らした。
「奇襲成功、でしょうか」
ガトーは私語をたしなめるでなく、諭すように応じた。
「奇襲、という言葉に囚われないことだ」
「どういう意味でしょうか」
興味をひかれた口調でもう一人が口を挟んだ。
「戦史に於いて、真の意味での奇襲の成功は希少なのだ。その多くは他方の錯誤に拠っている。パールハーバーを知っているか」
「奇襲成功の代表事例ですよね」
ふ、とガトーは小さく息を鳴らした。
「実態は強襲だった。IJNの艦載機部隊は米軍のレーダーに捕捉されていたのだ。しかし米軍はこれを友軍と誤認した」
「それは例えば、ガンダムであれば連邦軍である、と誤認するようにでしょうか」
ガトーはやや改まった口調で続けた。
「そうしたこともあるかもしれんがそれは蓋然性での話だ。少数戦力による急襲が必ずしも奇襲を意味するものではなく、敵の錯誤を期待することも危険だ。そういうことだ」
「不明機1、出現。同定。ジム・タイプ」
「出現?」
ジャブローの地下施設から出撃してきたのだろう。
「文字通り地から沸いたか。私が受ける」
ジム。正確にはその発展改良型であるジム・コマンドだった。
グフは左右に散開する。突出してきたGP−02に向けジムはずいぶんと遠い間合いから射撃してきた。戦闘正面に対し全身をシールドに押し込め右腕だけを突き出した、典型的な”へっぴり腰”スタイルだ。まず間違いなく、今日この時が彼ないし彼女の初陣なのであろう。
ガトーは己の戦意が殺がれるのを覚えた。日頃自戒しているのだがこういう敵を見るとどうしても哀れが先に立つ。悪夢とまで恐れられた彼だが別に鬼でも悪魔でもない、ここだけの話、彼”個人”が連邦軍に恨みを抱いたことは実は一度もない。
02のバルカンが短く閃き握りしめられ連射されているガンをそのままにジムの右手首をあっさりと射ち飛ばす。一口にバルカンと言っても60mm、昔の戦車主砲並の威力がある。ジムは目に見えて、哀れなくらいに動揺した。やけくそかシールドを02の方角に向かって投げ捨てるとバルカンを撃ち続けながら突撃してきた。
ガトーはそれを再び短いバルカンの応射で迎えた。メインカメラを射抜かれたジムはそのまま仰向けに倒れ伏し、もう再び動くことは無かった。MSは確かに機体各部に外部カメラを持ちそれを使った戦闘継続が理論上では、可能だ。だがそれは光学センサ、ではない。得られる映像はFCS、火器管制装置と連動しておらず、対敵距離が同時表示されるでもなくそも敵影がデジタイズされ強調表示されるのでもその上に兵装照準線が……要するに実質的には視界のみならず戦闘能力を喪失したに等しく、まあ並みの人間には無理だろう。或いは大小タレ流しで昏倒しているのかもしれないが。
実時間にして僅か1分足らず。わざわざ”錬度の差”を言い立てるのがむしろ恥ずかしいくらいに一方的な交戦だった。
ジャブロー本拠でこの有様か、敵ながら嘆かわしい。胸中、ガトーは独語する。これだ、これが連邦軍の実相だ。個々では余りに弱体な、正に烏合の衆。
「コンタクト」
「照合開始」
「照合確認」
「機能開放」
「開放確認」
「GP−02、攻撃準備承認」
「承認完了」
「ブレイク」
作業というより儀式だな。作業車との接続を解除しながら兵は思った。トリガー一つに御大層なことだと。
「核、ってのは面倒なもんですねえ」
「昔はもっと面倒だったみたいですよ。国家元首立会いのもとだったとか」
それはいいけどコウの足引っ張らないようにねと密かに付け加えながらルセットは軽くやり返す。
そして。ジャブロー全域に響き渡った戦闘警報が遠く小さく演習場にも届いたのは状況開始直後のことだった。
「何だ今のは」
「誤報だろ?」
だが。兵や下士官が周辺を慌しく駆け回り始めやがて間の抜けたアナウンスが流れる。
「……えーあー状況中止状況中止、只今の戦闘警報は誤報に有らず、敵性MS複数機によるジャブロー領内への侵攻を確認現在詳細を……え、GP−02?。敵、GP−02及びグフタイプ2機現在領内にて行動中。総員戦闘配置或いは安全に退避願います以上」
観覧席に鎮座していた特に将官クラスが一斉に立ち騒いでいた。阿鼻叫喚とはこのことだった。あちらこちらから軍人らしからぬ情けない悲鳴が上がるかと思えばそこかしこで将棋倒しが続出する。
「押さないで下さい退避が遅れます危険です押さないで!!」
通勤ラッシュに立ち向かう駅員さながら、誘導配置についた兵と下士官が場を管制すべく怒号するがどうにもならない。何だきさまワシは准将だぞなどという下らない衝突が至るところで続発し胸ぐらを掴まれあるいは殴り倒されている。
現場の警護には現在ジム系での最新鋭最上位機種であるジム・カスタム2コ小隊6機がその任に就いていた。一見、手薄なようだがジャブロー本体が常時MS2個中隊21機による警戒下にあることを思えば十分な、否、過剰ともいえる戦力配置だ。
で、何の発令もないのでまだ各機定位置で立哨、棒立ちの状態だった。
彼らを責めてはいけない、別に連邦軍に限らずこれが軍隊の現実だ。戦時下交戦中であるならともかく、平時に、まして緊急事態で各員へ独自行動の自由など許せば結果は収拾の付かない混乱のみである。
だが今回はどちらでも大差ないようだった。
少しして彼らに与えられた任務は演習場から500m接敵前進、阻止線の構築と迎撃、死守だった。死守、というのは軍で用いられる伝統的な修辞句で、おまえら全員そこで死んで来いの婉曲表現である。
死ねと言われて素直に死ぬ為に給料を貰っているので彼らは、隊長機のもとに集結すると自らの墓所に向け前進を開始したが2、3歩進んだところで再び命令を受けた。観閲官たちの避難経路を確保すべく各機が盾になれという。
「申し訳ありません、先の前進防御の命令は」
「撤回する。直ちに配置に就け」
「了解です」
やれやれと再配置に向け移動を再開したところにまた命令だった。盾は試験組に任せるからその前衛となって時間を稼げと言って来た。配置についての再確認の最中に警告が上がる。
「熱源反応出現3高速接近わああ!!」
警戒前進位置にいたその機はそのまま撃破された。
「散開!各個応戦!」
距離も時間も稼ぐことなく結局なし崩しの形でその場のMS全機が戦闘に突入する。
ばかな、そんなばかなことが。
地球と宇宙の対立構造醸成への積極的な関与と軍の発言権の確保そして。
遠大な構想も深謀も。目前で開始されたMS同士の近接戦闘には何の効力も発揮しない。
巨獣たちが互いに咆哮し激突し斬り合い射ち合うその下で傍らで。
踏まれ潰され引き裂かれるただの肉塊でしかない存在だった。
MSがどうこうという戦術状況はもはやどうでもよかった。
ゴップ大将以下100名近くの将官佐官のMIA。
実時間にして僅か数分、軍制としての連邦軍は崩壊したのだ。
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