Op.Bagration



 5.

 連邦軍史上では無論、戦史に照らしてもあまり例を見ない高級将官の大量喪失。
 1年戦争前哨戦での「ルウムの大敗」以来、連邦軍最悪の時となったこの日は1ライダー、コウにとっても厳しいものとなった。
 状況としてはおよそ最低最悪の初陣だった。バルカンを含め弾は全てペイント弾でサーベルすらも演習仕様で攻撃能力はなく、武器になるものといえば唯一シールドくらいだ。
 GP−02。彼は彼女から聞いていた。知り合いを通じて、ええ個人的に。見たわ、間違いない、彼よ。
 アナベル・ガトー。ソロモンの悪夢と呼ばれる漢。史上最強のMSライダー。
 そんな相手と戦えというのか、この条件で?!。

 グフF(・フライトタイプ)は、文字通りザクの発展型地上格闘戦機であるグフをベースに飛行能力を付与した機体である。MSの持つ標準的な空中機動能力が大幅に強化された機体であり、旧型ながらライダーの腕次第で現用機以上の戦闘力を発揮してみせる。
「何だ、こいつ?!」
 事実、突出していたせいもあるが初めて交戦したグフFの空中機動、そのトリッキーな動きに幻惑されたジム・カスタムは味方の支援を受ける間もなく撃破された。
 その奥。戦意を漲らせ散開する新型ジムが、5機。
 滑らかで敏捷、かつ各機の連携が取れた動きから錬度の高さと相応の戦闘力が伺える敵部隊に対し呼応してガトーの闘志も燃え立つ。突撃してきた最前の機に向けGP−02は空を蹴り這う様な高度で斬り込んで行く。
 ガンダムとジム。両者の違いは何か。火力?装甲?否、その差は運動性にある。つまりより間合いが深く、広いのがガンダムであり、その強さなのだ。
 この場でもその差は如何なく発揮された。突撃してきたジムは02の誘引に成功したと見るや、素早くバックステップに入る。が、当然ながらにその挙動はガトーも見越しているものだ。
 02が繰り出した剣戟はジム機の想定を僅かに上回るものだった。辛うじて回避には成功したもののバランスを失った機体は倒れ込んでいき、02はそこへ敢えて斬り込まず更に距離を詰め残り4機に対しての死角に回り込んだ。
 02に対しての射界を求めて左右に開こうとするジム隊に向けすかさずグフの射撃が流れる。牽制を受け崩れた1機目掛け眼前の機ともつれ合ったままに02は一息で詰め寄り一刀の下に斬り捨て、盾にしていた機にもバルカンを叩き込みざまガンを捨て斬りかかって来た機の方に向け押し倒し自身は更にその逆に向け低く踏み込み、斬る。
 絡み合って倒れ込む2機にはグフの火線が突き立ち02と残る1機が切り結ぶがここでも残酷なまでの運動性の差が出た。猛然と突きかかってきた剣先を02は真っ向から盾で受け逆に突き込み押し離し、相手が構え掛けた盾の隙にサーベルを捻じ込むとそのまま薙ぎ払った。
 5対3が一瞬で全滅かよ?!倒れ込むその機の背後からコウは01を押し出した。

 ぱちくり。
 目を覚まし脇を向いた彼女の視界に傍らで見守っていた彼の姿が入った。
「ルセットさん!」
「コウ!無事だったのねたた」
「あ、ムリしないで!。ヒビ入ってます」
 作業車のドアを叩く音に続けて開き半身を突き入れて来た兵は。
「まだ居たのか!ここも危険だ直ちにひながふ」
 兵の体が跳ね室内に倒れ込み同時に雪崩れ込んできた緑色の影が。
 断続音を聞いて彼女の意識は途切れた。
「それで。一体何だったの?いや戦いは」
 ルセットの問い掛けにコウは難しい表情を見せた。
「領内からは敵機の離脱が確認されて警戒態勢は解除されました、取り逃がしたみたいです。それが何というか、訳が判りませんまるで通り魔ですよ。ただ被害は甚大です、人的被害が、高官に多数の死傷者が出ています」
 ルセットはコウを見つめた。
「02と、ガトーと戦ったの?」
「戦ったというか。相手にされませんでした」
 シールドを構えながら突撃して行ったコウの01を02は無造作に回避しその脇を通り過ぎて行った。01が戦力外にあることを一瞬で見抜き、温情による見逃しとは異質な無視を決めた様な態度だとコウには見えた。
「警護部隊も壊滅して、僕も相手にされなくて、じゃあ高官襲撃が目的だったのかというとそれらしい攻撃はしていなかったんです、僕は見ませんでしたここだけにしておきますけど。そりゃあれだけ人が居てその隣でMSが近接戦闘すれば死体の山ですよ。でもそれは攻撃とは違いますよね。何というか、釈然としない。いや実際大変なことにはなってるみたいですけど」
「ところで、みんなは?」
「同じくスタンされてまとめて転がされてたみたいです。というか一番の重傷はルセットさんですよ」
「コウ」
 ルセットはベッドの上で身を起こし。
「あ」
 コウに向かって飛び込むように抱き付いてきた。
 彼は彼女の身体を抱き止めながら、すぐにその震えに気付く。
 突如、覚悟の間も与えられないままに前線に投げ入れられた衝撃、驚愕、そして恐怖、彼女の中に渦巻く感情が伝わって来る。兵士は訓練でそれを抑圧するが何の備えもない人間にとって、どれほど残酷な体験であることか。無理もない、当然だ、とコウは思う。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
 コウは腕に力を込め応えながら、ルセットの耳元で繰り返しささやく。短くない時間、そうして抱き合っていた。
 
「南米でつまらん騒ぎがあったようですな、閣下」
 モニタに写る、機能としては義眼に近い特徴的な形状の視力矯正具を顔に乗せた男が皮肉たっぷりの口調で言った。
「もぐら共が。命が惜しいものなら永遠に穴に居ればよいものを、な」
 言葉ほどの辛辣さを含ませず、准将の階級章を光らせる男は淡々と口にした。
「しかし。軍の威信はたっぷりと傷つけられたぞ。厄介なことだ」
「どうなされるおつもりですか。閣下」
「わしの一存ではどうにもならんが、コリニー提督は本格的に動かれるようだ」
 義眼の男は僅かな笑いを滲ませながら言う。
「好機、でしょうか」
 准将は言葉を選び、返す。
「機、ではあるのかもしれん」
 連邦軍は創設以来とも呼べる未曾有の混乱に襲われていた。前出の通り、軍は連邦市民共通の敵の存在、脅威を演出することにより存続を保って来た。衆愚なる言葉もあるが集団知もまた存在する。納税者に悟られることのないよう、細心周到に実施されていた。
 この”南米組”による主導体制が、宇宙で実際に”脅威”の現場に身を置き立ち向かいこれを殲滅すべき対象であるとの認識で戦略を構想している”艦隊組”への統制が失われた今、崩壊の危機にあった。
 ”艦隊組”はDFの早期撃滅はもちろん、ジオン残党勢力として最大規模にあるアクシズの殲滅をも視野に入れた独自の行動に向け、動き出そうとしていた。
 人類史上では類型的な軍閥単位での分裂分立。”艦隊組”ではこれを危機と受け止める者はいないようだった。悪しき宇宙種族さえ駆逐出来れば我々の役目は終る。次は火星を目指すなり外宇宙に向け雄飛するなり好きにすればよいのだと。正義の、或いは信念に基づいての断乎たる行動だった。
 アクシズ。公国時代にジオンが建設に着手した小惑星基地である。ソロモンやア・バオア・クーを地球圏に送り出す際の司令基地として機能していたが、1年戦争でのジオン敗戦以降はそこに駐留する勢力を指す言葉でもある。自ら航宙能力を持ち今この瞬間も地球圏に向け着実に距離を縮めつつあるその存在を明白に認識していた者は、軍にあっても一部の高官に限られていた。
「連中、ずいぶんと奇妙なことを言ってきたぞ」
 燃えるような赤毛の、一軍を率いる将帥としての風格を不相応な程見事にまとう外見はまだまだ少女の形容が似つかわしい彼女は、傍らに控える武官にペーパーを差し出した。
 失礼、と言い置き文面に眼を走らせた男は表情を固くする。
「ジャブローとの取決めなど無効だ、とは面白い。自軍の最高司令部をここまで蔑ろにする。なあユーリ、私は今まで正規軍を相手にしているつもりだったが、違ったようだな」
 テロリストと交渉せずを標榜する政府は、軍による窓口と関係調整を黙認していた。
 彼女は高らかに笑うと楽しげに、態度と真逆な苛烈な言葉を叩き出す。
「ああ、私は激怒した、そうだろう?今までに費やしたものは何であったかとここは素直に激発してみせるべきだ、年相応にな。そして哀れな小娘と従うアクシズの将兵は安寧の地より引きずり出され、わざわざ討たれに攻め寄せるのだ。どうだ、実に判り易い理想的な展開ではないか」
 武官は疑わしげな眼差しを向ける。
「お戯れ、ではないようで」
 少女総帥は顔を引き締めた。
「そう、私は本気だ。公国再興の大望、1将官に預け置くには重きに過ぎる。デラーズが運んでいる”赤軍反攻”、私の眼には順調な進展に見えるな、今回の件を含めてだ。この機を臨んで暗がりに篭っているようでは南米を笑えん。史家にも侮られよう」
「御意に」
 決断は下った。近侍が挿む口はない。
「ところで、回答は如何に」
 そうだな。一瞬の間を置き薄笑いと共に言葉を並べ示す。
「捨て置け、と言うも余りに幼稚か。歯軋りを堪えながら必死に虚勢を張る女御輿の様子でも書き送ってやるが良かろう。仔細任せる」
 我らが戴く戦巫女。その選択に誤りはない。想い深く男は頭を垂れる。

 アフリカ。地球統合、宇宙殖民、共に最期まで頑迷ともいえる抵抗を示し、今はまたジオン残党と結託し連邦に反旗を翻す遺恨の地である。
 コウは半ば呆れる思いでそのアフリカの澄み渡った空を見上げていた。正確にはそこに群舞する機体、UAV、無人偵察機の群れを。今視界内でだけでも10機以上の機影が確認出来る、その数1000や2000ではない、さらに地中海方面からも投入されているらしい。これはそれこそ物量任せの、広大なアフリカ大陸全土を目標とする情報的な絨毯爆撃だった。
「連邦にもこうした戦いが出来るのだな。いや、これが本来の姿か」
 背後からの声に振り返ると、そこにはコウと同じように感慨深げに空を仰ぐ女性士官の姿があった。
「ライラ中尉!」
 素早く右手をかざす。
「ああ、いい。堅苦しいのは嫌いだ、楽にしてくれ」
 彼女は軽く手を振り応じる。ライラ・ミラ・ライラ、階級は中尉。その腕を見込まれ今回のGP−02追討作戦に参加するライダーの一人だ。
 南アフリカ州、ケープタウン。アフリカ大陸の南端に当たるこの街に今彼らは駐留していた。
 シナプスは02追討部隊への編入を命じられアルビオンもまた部隊へ配属となったがその時点では空船だった。そこでGP−01正副2機の継続配備に加えジム・カスタム4機とこれも最新鋭の支援型MS、ジム・キャノン2の2機が搭載を認められたがウラキ少尉一人を除きシートは空のままだった。
 シナプスはウラキ少尉取調べの重要参考人として随行していたバニングに部隊編成の協力を持ち掛け、大尉はこれを快諾した。彼らは機材は出しても人は出し渋るジャブローに対し、将来性を認めた新兵、及び腕は確かだが難ありで向こうが持て余しているだろう人材をリストアップし部隊指揮官を通じてこれを提出した。
 まずバニング自身、そしてその私兵ともいえる”不死身の第四小隊”。重傷を負いアルビオンと共に移動していた、バニングが密かにその適性を評価していたチャック・キース少尉。女性ながら中尉にまで昇進しているライラ中尉。
 他にも何人かを候補としたが承認されたのは以上の面々だった。
 配置転換がそのままジムコマからカスタムへの機種転換に重なったライラは、時間があれば熱心にシミュレータに取り組んでいる。その彼女とこうして顔を合わせるのは初めてかもしれない。整った顔立ちに戦う者の剽悍さが色濃い、女戦士の名が相応しいルセットとはまた違った魅力の美女だなと思う。年も2、3上か。
「どう、01はいい機体?」
 その気安い口調に、は、とかしこまりかけ先の注意を思い出しこっちも合わせることに。
「ええ、最高です!前がザクJでしたしはは。興味がおありですか」
「興味はあるが羨ましくはないぞ、本当だ。今の機体をベストだと思えねば命はない」
 さらりと話されたがいきなり居合いで両断されたような重い言葉だった。
「……それは、そうかもしれません」
 ライラはそれを笑い飛ばした。
「だから堅くなるな。少尉もジムで14に当たれば判るさ」
 ジムでゲルググと……。或る意味背筋が凍るようなカップリング。
「それで、見事撃墜したのですか」
 でなければここに居るのは幽霊だ。
「まさか」
 ライラは肩を竦め。
「あの時はリーダーが私を庇って先に墜とされてね、それでもボールの火制範囲に逃げ込むのが精一杯だった。スコアとしては共同撃墜扱いしてくれたが嬉しくはなかったな。ま、いろいろ若かった」
 ボール。作業ポッドにキャノンを装備した1年戦争での急造兵器で単体での戦闘能力は低かったが、ジムを前衛とした支援火器部隊としては活躍した。現在では支援型MSに任を引き継ぎその総てが退役している。
 何でもないように話すライラを、コウは熱い視線で眺めていた。リーダーが敵機に、14に撃墜されて?!自機はジムで。自分だったらその時点でパニックだ。やみくもに逃げ出すか自暴自棄で突撃するか。それを、自機と今の自分の技量では敵機に劣ると冷静に即断すると同時に対抗戦術を立案そして実行、恐らく乱数加速を巧みに織り交ぜながら自軍のキル・ゾーンまでそれとなく敵機を誘引し撃墜を果たすとは。きっちりリーダーの仇もとってるじゃないか。
 これが、エースという人種か。
「その後くらいからジムコマに乗せられて……どうした、少尉」
「いえ、自分も、精進します、したいと!」
 ふ、とライラは笑みを、男には不可能な柔和で慈愛に満ちた、深い笑みを寄越した。コウは訳も判らず何故か顔が火照るのを覚える。
「熱心なのはいいがな、こんなときは思う存分羽を伸ばしておくのが一番だよ。恐らく明日には出撃だ。ベストに向け自身を調整するのもライダーの務めだからね。あぁ、少尉」
 今までは階級章と話していたらしい。
「はい、コウ・ウラキ少尉であります」
 コウは改めて背筋を伸ばし、ライラに向け敬礼を、心からの敬礼を捧げた。女ライダー、中尉と聞いてもの珍しさしか覚えていなかった自身を恥じながら。
「ガンダム・ドライバー、コウ・ウラキ少尉か。この先助けられることもあるだろうが宜しく頼む」
「もちろんです、いやこちらこそ色々指導願います!」
 にこやかに差し出された手をコウはがちがちに緊張しながら握り返した。
 少しして。
「見ーちゃったみーちゃった。ふーん、ホントはコウ、ああいうオネエサマ系がいいんだー」
 ついとコンテナの陰から出てきたルセットはびし!と人差し指を突きつけながら決め付ける。
「そりゃ私はこー見えて一つ下だし胸だって中尉に比べて薄いしぃ」
 コウ、わたた。
「いや違、てか誰もそんなこと言ってな、じょ、上官と話してただけで」
「じゃあなんで真っ赤になってたのよなんできょどってるのよー!」
「いやエース相手、恥ず、好ききらい違、あ」
 古人曰く、「李下に冠を正さず」と。
 わーんどちくしょーコウのばかぁーろくに聞かず駆け出す後をだから違うんだー少しは人の話を聞けー叫びながら、追う。ビジネスシーンでは完璧なまでに冷静沈着明晰なのにプライベートではけっこう直情なルセットさんなのだった。14までに就学を終え入社、それから僅か1年でプロジェクトリーダーまで昇進しガンダム開発計画に参画、18歳にして担当部長。ギフテッドとつきあうのは決してラクではない。
 同夜。連邦軍貸切の酒場で。
「だーらウラキよぉ、01も技官もってのはやりすぎなんじゃねぇのかー」
 ”第4”のベルナルド・モンシア中尉が酒に任せてコウに絡みまくる。コウは黙って一杯飲み干しグラスを置くと、
「なんなら今からでもやりますか、中尉。自分は構いませんよ」
 もう慣れっこで平然としたもの。
 け!とモンシアはそっぽを向く。
 ジムカスが4、ジムキャ2が2、そして、01のシートが、一つ。
 いや、俺はジムカスでいいからとの固辞を押し切って賛成多数でバニングは01を押し付けられ不承不承同意、ガンダムドライバーに決定。しかしもう一つの側、既定であるのに納得出来ない二名はコウに挑戦状を叩き付けた。
「まあ、こいつも一種の”ニュータイプ”ってことだろ」
 挑戦して見事に敗退したもう一人、アルファ・A・ベイト中尉が口を挟む。ああいやいや。
「ニュータイプ、つまり次世代の、な。ネイティブライダーとでも言うか。おまえら、パイロットの経験はないもんな」
 コウは、ベイトが言わんとする意図が何となく判る。
「つまり、俺たち魚乗り経由の1年戦争組は無意識に、機体は前に進むもんだって感覚が抜け切らねえんだ。宇宙ならそれでいいんだがここではな。いや宇宙でこそ360度自在に取り回せなきゃいけねぇんだが」
 対敵距離1000m、至近でのヘッド・オンからの01同士の戦闘演習を各自恨み無しの1本勝負。
 フルマニュアルで戦うベイト、モンシア各機にコウは圧勝して見せた。コウが育て上げた1号機は攻撃、防御、準備の3要素を良く理解し自身の機動パターンとして習熟させ、かつ現在の敵機姿勢からその運動可能性を読み取り操縦に違わない範囲で自機の機動に補正を掛けていく。ドライバーの意志を機体が読み、そうして機体が理解し実行する自機の動作の少し先をまたドライバーが指示する。
 操縦、というよりそれは正に機体との対話だった。もちろん話題は自機を取り巻く戦術状況、その理解と解決について。
 例えば、モンシアはいきなり格闘戦を目論んで突っ込んできたが1号機はそれを予備動作の初動で察知、逆撃を提案してきたのをコウは承認、モンシア機の機動線を掠める形で飛び込んだ1号機はそのまますれ違いざまに切り払い、勝負はその一瞬で終った。
 ベイトは逆に射撃戦に持ち込み垂直機動で牽制しながら連射を浴びせて来たがその5射目、目標のシールドがずれる、コクピットに射線が通るから撃ち返せ、今だと言われたコウはそのまま撃ち、撃破判定を得た。
 ほらみたことかとルセットが勝ち誇り快哉を叫んだのは言うまでもない。
 因みに、それでもAIではない、例えるなら人間の不随意筋の働きを眼球に投影しているようなもの、かな。人間だって”身体で覚える”機会はたくさんあるでしょ?、それと同じなのと説明を受けるしマニュアルも読み込んでみるがどうにも要領を得ないコウだった。それこそ自分も体を動かしながら01の身体に覚えさせるのが早い。
 それと、とコウは彼女からうつってしまった手つきでぴっと指を立て。
「技官の件は彼女の自由意志なのでこっちにネジ込まれても困ります。くどき落とせる機会があるのでしたら存分に」
 澄まして言ってのける。
 音を立ててモンシアは立ち上がったが。
「ちっくしょー面白くねー!ベイト!アフリカ女でも漁りに行こーぜ!」
「はは、完敗だな。アデル?」
「ご存知の通り自分は恐妻家なので」
 既婚で年のわりにいろいろ余裕のチャップ・アデル少尉はやんわりといなす。
 モンシアは何やら喚き散らしながら、今夜はなだめ役に回ったベイトを引き連れて夜のケープタウンのいずこかへと。
「コーウ、冷や汗モンだったぞ」
 空いた席にキースがやってきた。
「そうかな?酒の上だし、いつものことだろ?」
 キースは少しコウの顔を眺め。
「お前、変わったな、強くなったよ。それってガンダム・ドライバーの御利益なのか?」
 コウは思わず自分の手を見る。
「そお、かな。変わった?そうか?」
 一方少し離れのブースで。
「ーん、それはルセッちの思い過ごしじゃないかなー」
 下戸のデフラは舐めるようにビールを含みながら答える。
「でもでも、コウったらまっかっかになってたんだよー?」
 ぐびりとストレートを空けながらルセット。こっちは実はザル。
「やーでもライラ中尉評判いいよ、メカマンの間でも。士官風吹かせないでフランクなのにでも別に兵に媚びるでなし、どこか毅然としててイイってね」
 よせばいいのに整備中隊モーラ・バシット中尉がただの事実を告げるとルセットむくれるむくれる。
「そんなのただの八方美人じゃないの〜?!」
「うーん八方美人てのとはちと。そうねーなんというかヨユーよね中尉」
「あーそれ私も感じた」
 デフラ、うんうん。
「だからね、ルセ、多分中尉は人のオモチャ取り上げて喜ぶタイプじゃないよたぶん」
「おーもーちゃー?!」
「ああごめんごめ、らばーねらばー」
「そだよ!もうコウとは何回も寝てるんだから!」
「ああそう、何回もね」


「何回も寝てる?!」
 イッツハーモニー。
「うん、えーとじゃぶろーで」
 ひのふの、指折り始めるルセをデフラがドツく。そーじゃねぇ。
「いつから?!」
「えーと取調べ終ってお疲れ様ーって一緒にちょっと飲んで、気がついたらなんとなくふしだらな関係」
 あーもう。
「だったら!そのくらい!本人に直接事実関係確認せいっちゅうんじゃ!」
 あほらし。デフラもモーラもしらけた表情でシートに沈みこむ、がルセは少しマジな顔でうつむいている。
「どした」
 うー。
「なんか、うまいことごまかされそうで」
 ごまかすも何も始めから何もないだろにと思いながらも突っ込んでやりたくなった。
「そーいうときはごまかされてやんのよ」
 ルセ、目をぱちくり。
 いい、とデフラは言い置き。
「国家間の外交だろうが客とメーカーの間だろうが男女だろうが、他者と自分の関係なんて本質的にはみな同じなのよ、騙しだまされ互いにとって良好で有益な関係樹立に努力すりゃいいの。そうやって世界は回ってんのよ」
 おー。ルセ、短くぱちぱち。「そこまで判ってるのに何でフリーなの、デフラちん」
 ぶち。
「これか、この口が言うか」
「こひゃい、こひゃいよでふゅらめがましらお」
 ルセットの口をうにうに言わせながら彼女はそれに気付いた。
「ってあー!未成年のクセにこのコはいつのまに一人でボトル二本も空けて!」
「連邦軍は16から成人だよ」
「戦時時限法だし軍じゃないでしょアンタは!」
「今は準戦時だし軍属りゃよ、ほえ」
「いいから!ああウラキちょうどいいところに!」
 へ、自分スかと御不浄帰りで通り掛かったコウは足を止める。
「このコもうバースト寸前だから回収してやって、ああ今更そんな顔しなくていいから全部判ってんのホラ!」
 まくし立てられるとコウは小声でラジャと答礼しルセットを抱きかかえて消える。
 見送り。
「まーいいんじゃないのウラキ少尉。少し退屈しそうだけど」
 デフラが評すると。
「MSオタクとMSプロ。まあ順当な組み合わせかもね」
 モーラも概ね同意。
「でもイイ男、いませんねぇ」
「そうねー。ベイト中尉とかどう。モンシアは勘弁だけど」
「うーんライダーは。この年で未亡人はてのはちょっとー……」
「あぁ、そうよねー」
 そして、ここは外の喧騒と無縁の静謐な空間。
 シナプス、バニング、そしてライラの三人は他愛もない世間話を少し交わして過ごしたがやがて本題に入った。
「それにしても。今回のジャブロー襲撃は不可解です」
 ライラが切り出す。
「ああこれは、この場に留めておきたいのですが02と交戦したウラキ少尉の所感なんですが、あのとき敵は高官殺害を目的にしていなかったのではないかと。そうであるなら高官全員を含め全滅していたはずだと証言しています」
 バニングが同意する。もちろん、こんな発言がリークしたら大事になる。軍はこれをDFによる「卑劣な」高官襲撃事件と決め付け、メディアを通して徹底的に糾弾している。見よ、これこそがテロノイドの正体だ、幻惑されてはならない。
「始めから整理してみよう。トリントンに遡ってだ」
 シナプスが提案する。
「まず、02奪取についてだが。この強奪は失敗に終っている、と分析されている」
「ブラウン・メモですな」
 バニングが軽く頷く。
 トリントン襲撃事件の直後、何者かの密告があり警務隊が出動、アナエレへの強制捜査により被疑者若干名と幾つかの物証を確保した。通称ブラウン・メモはその中でも最も重要なドキュメントとして扱われている、「星の屑」作戦に関して詳細に記された相当量のペーパーである。
「02に核弾頭が搭載されるなどと。艦長、そのような機会はあったのですか」
「無い、と断言したいところだが。内応者が艦内に潜入していたとしたら、或いはあったのかもしれん」
 シナプスは微かに頷く。
「当時、アルビオン艦内には」
 シナプスは声を潜ませ。
「トリントンから受領した02が運用可能な弾頭が2発、積載されていた。今はジャブローにあるがな」
 バニングは吐息をつく。
 よろしいですか、とライラが声を上げる。
「私はその、ブラウン・メモをまだ目にする機会がないのですが」
「ああ、それを言うなら私もです。読んだのは分析レポートの方で」
「ブラウン・メモは信用出来る資料なのでしょうか」
 シナプスは一口、グラスで唇を湿らせた。
「……現在、概略に於いてDFの行動はメモに沿ったものだが」
 シナプスは慎重に言葉を選ぶ。
「中尉は、意見があるのだろうか」
 ライラは軽く額を押さえながら口を開く。
「02が核と共に奪取される計画であったと、それが真実であったのであれば、確かに『星の屑』は現時点で頓挫している、と判断できるでしょう。奪取した核をジャブロー攻撃に使用するプランも存在したというなら、先の襲撃はその延長上の行動とも解釈できます」
「しかしDFは襲撃を成功させながら、軍首脳殲滅の機会を見送っている、と」
 シナプスの言葉にライラは深く頷いてみせた。
「はい、矛盾しています」

「でね、あれから考えてみたの」
 コウの腕に抱かれながらルセットは続ける。
「なんで、助かったのかな、って」
「それは、軍からの攻撃材料を増やさないために、じゃなくて?」
 ルセットは首を振る。
「あれだけ高官を殺した後で?」
「あれだけ殺した後なら尚さら……」
 コウは言ってて自分の言葉に首を捻る。
「作業車は跡形も無く壊されてたんだよ?わざわざコマンド使って私たちを無力化して車外に放り出して、で作業車を念入りに破壊って。そんな手間掛けてあの奇襲成功の貴重な時間で。何かおかしくない??」
「開発の妨害……なら実機を優先的に潰すよな。僕も戦死してる」
「だからつまり。襲撃の本当の目的は」

 シナプスも、バニングも、ライラの言葉に息を呑んだ。
「……筋は通るな。恐ろしいことに」
 ややあってシナプスが同意した。バニングも強く頷く。
「しかし、どうしたもんですかね。もし仮にそうだとしても」
「具申しても無駄、無意味のみならず、うーむ。難しいな」
 シナプスも額を押さえながら唸る。
「いつ、どこで。当面危険なのはやはり観艦式か。いや、本当にそうなのか」
「はい、現状では有象無象の”でもしか”の一つに過ぎません、ですが」

「でも、何とかしないと!」
「でも、私たちに出来ることなんて何も、ううん、一つしかないわ」
 コウはルセットを見つめる。見つめ合う。
「02を、ガトーを止めること。ただそれだけ」





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