Op.Bagration
6.
同夜。GP−02追討作戦の一環である潜伏地点の確認は最終段階を迎えていた。
遂に忍耐の限界に達したのか、UAVの1機が撃墜された。事故ではなかった。撃墜状況はリアルタイムでモニタリングされていた。敵ながらこれはある意味賢明な判断だといえる。完全に沈黙を保っていても「時間の問題」の時間を少々稼げるだけで、結局情報的に丸裸にされてしまう結果が待つだけであり、もし最期まで抵抗を試みるのであれば敵に与える情報は少ない方がいい。
ここです、間違いない。UAV撃墜の情報を受けた分析官の一人が自信を持ってアフリカ中央部の一点をマーキングし他のスタッフも賛同した。キンバライド。それは大胆にも連邦軍拠点であった旧、キリマンジャロ基地の近在に位置する鉱山跡地であった。直ちに図面が取り寄せられ、その後追加されたであろう築陣による改装、内部構造の変化を推察しつつ更なる詳細情報を求め連邦の偵察行動は次の段階に移行する。
キンバライドの周辺に在空するUAVが集結させられ、敵拠点目掛け全周から突撃、強行偵察が敢行された。
これに対し基地側は明白な防御行動を示した。拠点の各所から出現するMSは襲来したUAVに対し整然とした対空防御行動を実施、その全機を瞬時に殲滅する。
しかし、多数のUAVを損耗しながら連邦はその僅かな時間で、拠点攻撃を立案する際に参考となる大量の有益な情報を取得していた。MSの出現位置、時間、出現した機数、対空迎撃を開始したキルゾーン設定範囲、そして何より徹底抗戦を表明してみせた敵指揮官の意志、その戦略方針の確認。
敵がUAVを殲滅するその作戦行動の模様は直上、高高度、成層圏の安全域に遊弋する早期警戒管制機”ディッシュ”のセンサー群により克明に記録され、そのまた上空、この作戦に投入され静止軌道からアフリカを見下ろす衛星に向け投げ上げられ、UAV各機が撃破される最後の瞬間まで送信する情報と共にジャブローの作戦司令室を経由し、”ミデア−E”と呼ばれるアルビオンらと共に現在ケープタウンに前進してきている移動作戦指揮所に届けられている。
「やはり攻城戦になるか」
今までのところ状況は彼、当作戦を指揮する少将の推定通り、というよりは立案通りの展開を示していた。アルビオン等のMS部隊に加え、彼は必要と見込んでいた砲撃支援部隊を指揮下に手配して来ている。情報的な包囲攻勢を実施し拠点に押し込めた敵を火力戦で殲滅する。凡庸かもしれないが物量を背景とした堅実な作戦指揮といえるだろう。
「05:00、キンバライドに向け全軍前進開始。予定時刻まで私も仮眠する」
そして同夜。ガトーは基地司令と静かな夜を過ごしていた。
二人は黙然と盃を傾けていたが、やがて司令が吐息のような言葉を発した。
「三年、ここまで持たせてきたものを。僅か数日で潰えようとは、な」
ノイエン・ビッター。階級は少将。ジオンアフリカ方面軍の内その意志を持つ者を選抜しこの地に潜伏、現地民と密接な協力関係を築くことで脆弱ながら兵站を確保し、このキンバライド一角でジオン残党軍の戦力維持を今日まで指揮して来た。
連邦軍の攻勢発起に当り彼はまずその作戦規模を見誤った。故に開始された偵察行動に対し彼は反射的に隠蔽を発令してしまった。展開していた部隊には撤収が命じられ、総ての行動が禁じられた。それがアフリカ全土を目標とした大規模作戦行動であったことが確認された時点では、しかしもはや手遅れだった。大量の無人偵察機を投入しての大規模偵察行動であるというなら可能な限り策源地より前進、迎撃することで内線を確保、基地周辺で運動戦を展開する余地を残すべきであったが、連邦の情報的包囲網は既にキンバライドに対し作戦行動の自由を許してはいなかった。
ビッターがその様に熟達した将官らしからず判断を鈍らせた要因の一つには間違いなく、ガトーという存在の重みがあった。
時間を稼ぐ、その事自体を目標とし、”ジオン再興”というあてどなき機会を待ちながら彼は3年という長い歳月を今日まで忍従してきた。そして今始めて、キンバライドには明確な、最終的な使命が下された。ガトーの宇宙帰還と、GP−02の打ち上げ、その完遂への全面的な支援の提供。
HLV、軍用打ち上げシャトルの準備は整い、いつでも離床可能な状態にあった。
だが。今作戦での連邦軍の包囲網は立体的に展開され、それはアフリカ上空の軌道上にまで及んでいた。確認されている戦艦1、巡洋艦3及び随伴するMS若干数という戦力構成は艦隊と呼ぶにはささやかだが、護衛も無く地上から打ち上げられるHLVを撃墜する阻止線としてであれば十分有効に機能し得た。そして5日前、軽巡2隻で編成されたHLVとの合流を任務としていた部隊はこの阻止線の排除を試みたが逆撃を受け、1隻を失い敗退していた。
デラーズは直ちに増援の派遣を確約していたが実際にはあまり現実的な話ではなかった。仮にDFが地球圏に向け更なる戦力展開を行った場合、連邦軍はこれにどんな反応を示すか。むざむざとアフリカ上空の制宙権を明け渡すような真似をするだろうか。在り得ない。デラーズが派遣した増援が、連邦軍の更なる戦力投入を呼び覚まし結果それが確実に撃破されるであろうことは明白だった。
援軍は、来ない。その最期に託された使命は果たされる手段を得ず、稼ぎ得る時間は無意味で、流される血はただ、空しい。永劫とも思える持久戦の果てに彼が辿り着いた地平だった。そして彼は誤断を犯した。
だが今、ビッターはどこか晴れやかな顔つきをしていた。
「潰える、とは穏やかならぬ言葉ですな、閣下」
ガトーは盃を乾すと不敵な笑いを刻む。
「私は、必ず還ってみせます」
「ああ、そうだ。そうだな」
ビッターは口を挟まなかった。その闘志が、若さが眩しく感じられるように、目を細め頷き示した。
最期に与えられた任を果たせず、ジオン再興をこの眼にすることもなく、志半ばで散って行く。それを未練であるかと問われれば、もちろん、そうだ。そうだが。
もう、このへんでよかろう。それが彼の偽らざるところだった。
明日から開始されるだろう連邦軍の攻囲に対し、可能な限り兵を損ねず、しかし敵には出来る限りの出血を強いる。例え無意味でも1分1秒の時間を稼ぎ、敵の神経を逆撫でるよう最大限努める。
ジオンという妄念に取り憑かれた亡霊の末路を、連邦軍に刻み込み派手に散ってやろうではないか。ビッターの覚悟は既に不動のものだった。
「約束しよう。必ず貴官を宇宙に届けると」
「バグラチオン成就に」
「バグラチオン成就に」
誓い、二人は軽くグラスを鳴らした。
狂信者、という言葉が思い浮かび、いや、それを言うなら殉教者かと思いなおす。
ジオン公国という亡き故国への忠勇、という言葉だけでは説明出来ない。それはジオンという名を冠した、単なる国家、組織以上の、彼ら各自がその胸に抱く、そのなにものかに己の総てを捧げて死に行く男達。
自分には理解出来ない、恐らく一生。だからこうして殺しあっているのだろう、いや、今は一方的な虐殺だが。
コウは暗い目付きで山を眺めた。キンバライドへの攻囲に入って二日目の午後。
後方、10km程距離を置いた安全圏に基地を文字通り包囲する形で展開した支援攻撃に特化した砲兵部隊は凄まじい火力を発揮し、その間断ない砲撃は僅か二日目でキンバライドの山容を遠目に肉眼でも確認出来るくらい確実に変化させてしまった。何しろ初日は、午前中は移動と部隊配置で終わり攻勢は午後からであったのが半日で携行砲弾を全弾射耗し尽くす程の仕事振りで、ミデアが輸送に忙しく往復する中、砲撃は尚、人員を交替しながら昼夜を分かたず切れ目無く継続された。それは正に本気で山一つ削り潰すかの勢いで、今この瞬間にも続いている。
そして砲撃の効果は弾着観測ではもちろん、音響探査での基地内部への損害も確認されていた。基地、といっても実態は廃坑であり、始めから強度上の不安を抱えているところに叩きつけられるこの無制限な砲撃が、内部にある意味期待通りの落盤や崩落の被害を発生させていた。モンシアなどは、このまま全部埋めちまえば葬儀の手間が省けてちょうどいいと言い放っている。
コウはそうした言葉に否定的だった。違う、彼らはそう易々と全滅させられる脆弱な存在ではない、このままで終るはずがない。
UAVへの迎撃以降、キンバライドは如何なる行動も起こさず沈黙を守っている。だがUAV迎撃という抵抗の意志を示した以上、一方的に生き埋めにされることを望み基地に篭城しているのではない事は明白だった。
日が傾き、連邦軍の多くがまた、明日かと思い始めた頃、総てが起こった。
「弾着確認?いや、弾着以外に大規模な爆発を確認!」
「キンバライド山腹にて爆発発生!MC反応検知!」
「アルビオン隊、交戦に入ります!」
ミデア−E機内の作戦情報室にオペレーター達の声が交錯する。
「砲撃中止。操作班には全員退避を指示」
立ち昇る爆煙の中に巨体の群れが、そこに赤い単眼が、ゆらめく。
「ついに出やがったか?!」
モンシアが叫ぶ。
「ベイト、モンシア、そのまま右翼を固めろ!アデル、キース、ザクはいいドムから潰せ!」
「隊長!02を!!」
「ウラキ、母艦から離れるな!」
バニングは怒鳴りつけ、それを見た。いかん!。
「違うアデル!目標は……!」
遅かった。ザメルの680mmが轟然と吼え、ミデア−Eを紙細工のように吹き散らす。原型のミデアはただの大型輸送機であり装甲など無きに等しい。作戦司令官以下指揮所の要員全員がこの瞬間にMIAとなる。
「敵通信量減少を確認。司令部撃破と認む」
「よし!」
ビッターは強く応じる。
そして、艦載機部隊が交戦に突入する中、アルビオン艦内CIC、戦闘指揮所(コンバット・インフォメーション・センター)ではまた別の異変を感知していた。
アルビオンは万が一のHLV強行打ち上げへの対応として、艦砲の照準をキンバライド上空に向けたまま攻囲の外周を微速で周回していた。
「司令部音信途絶!反応ありません!」
「喰われたか」
シナプスは苦りきった顔を見せた。敵の推定戦力構成からMS戦は必至だというのに大砲屋を据えるから、こうなる。
その時だった。
「艦長!高速熱源反応感知しました!」
シモン軍曹が違った種類の声を上げた。息を呑む。
「これは……。移動速度毎秒5500m、マッハ16です!距離95000、高度36000、方位、1−1−0、当戦域を指向し降下接近中!」
シモンの発した報告にシナプスは一瞬、硬直した。
そうきたか。小声で呻き、しかし次の瞬間には決然と発令する。
「操舵!針路任せる、敵艦の頭を抑えろ、合戦準備、対進砲撃戦!バニングをコールしろ、02との接触は絶対に阻止させるんだ!」
ザンジバル級。連邦軍のペガサス級に対抗してジオン公国により建造された、大気圏内外両用の巡洋艦である。大気圏離脱及び再突入能力と、大気圏内巡航能力を持つ。
そのザンジバル級、リリー・マルレーンのブリッジで。
「このシーマ様をタクシー代わりに地上まで呼びつけるとは。ハゲ親父も悪夢とやらも大したご身分だよまったく」
凄みのある、しかし少しくたびれた感じの美女が、言葉とは逆にむしろ楽しげに呟く。
「ま、ここは一つ貸し、というところだね。ガトーを呼びな」
旧型だが倍以上の敵機を相手にさすがのバニングもコールに応じる余裕がなかったが、無視していると業を煮やしたアルビオンは強引に戦術情報を割り込ませてきた。
それを確認したバニングは眼を剥く。回収部隊だと。
「ガラハウか!有り難い、ここは恩に着る」
連邦の阻止線を突破しここまで出向いた相手に、ガトーは素直な感謝を表した。
「挨拶は抜きだよ。チンタラやってたら宇宙に帰れなくなっちまうからね、減速なし、復行なし、このままワンパスワントライで行く。ここでしくじったらそれまでだ、覚悟はいいかい?」
ザンジバル級は本来、大気圏離脱の際にはブースターの装着による推力増強とカタパルトでの加速支援を必要とする。大気圏内航行も巡航速度はせいぜいがマッハ2前後。
「無用だ」
短く応じた言葉には揺ぎ無い自信が燃え立つ。
は、とシーマは声を上げ。
「そうかい、期待してるよ」
通信を切る。
「連邦軍です。針路上にうじゃうじゃいますぜ」
通信を終えたシーマに操艦のコッセル大尉が声を掛ける。
「ああ、たくさん居るようだねえ」
シーマは何でもないように言い捨て、手にした扇子をぴしりと閉じるとそれを古代戦の軍師の如く空に打ち振り強く短く、命じた。
「薙ぎ払え!!」
号令一下、軸線方向に持つ4門のメガ粒子砲を無照準で連射しながらリリー・マルレーンは戦場に乱入して来た。
「02はどこ、誰か確認した?」
「居ないぞ?!まだ隠れてやがるのか!いた、いたぞ!」
「ふざけるな!ジオンカラーだ!パターン認識させろ、居るぞ!!」
ジオンカラー。濃緑色に塗り上げられたGP−02が姿を現した。
そして同時に、空力加熱で超高温に燃え上がり周辺にプラズマ化した大気をまとう白熱した巨体が、暮れ落ちようとするアフリカの夕闇を斬り払いながら戦場上空を航過し。
全員が、呆然とそれを見送った。
いつのまにか、戦闘が中断している。
「やられたな」
シナプスは疲れ果てた声でそれだけ言葉にした。
ザンジバル級の前に出ようとしたアルビオンは一方的に叩かれた。人的損害こそなかったものの航海艦橋を破壊され、随分と惨めな姿を晒していた。
「ジーク、ジオン」
不意にMSの外部スピーカーから発せられた、鬨の声だった。
「ジーク、ジオン」
「ジーク、ジオン!」
「ジーク、ジオン!!」
瞬く間にキンバライドはジオンの凱歌で満たされた。そこにはビッターの声もあった。
白旗を振りながら自軍の勝利を讃える敵兵を前に、連邦軍の将兵は名状し難い敗北感に打ちのめされただ立ち尽くしていた。
大量の物資と一週間近くの時間を費やし、「高官襲撃事件」の首謀者であり実行犯にして戦争犯罪人でもあるアナベル・ガトーの捕縛ないし殺害を目標とする、ある意味その威信回復をも掛け進められていた連邦軍のこの作戦は、最終局面で敵が示した僅か数十秒の抵抗によりあっけなく瓦解した。
連邦軍に何の手落ちもなかった、とは言えない。推定敵戦力構成と導かれる戦術状況に鑑みて、作戦指揮官の選定はより慎重な実情に対処した人事であるべきであったし、阻止線の増強にもより注力すべきであった。なにより主戦場、キンバライド攻囲での制空権の掌握について何らの配慮の痕跡も見られないのは痛恨といえた。
だが、それらは結局瑣末な事項に過ぎない。
彼らの脳裏でザンジバル級の存在が亡失されていた、ということはないだろう。だが、その強行突入の可能性については、単独での大気圏離脱が不可能、という同級の特性に照らし意識の盲点にあったことは疑いない。なによりその不可能を可能ならしめた戦闘艦による宇宙大気間でのゴー・アラウンドという手法が、前代未聞であるばかりか必要とされる状況が連邦側では想起し得ず、実際にペガサス級を用いての検証試験はもちろん論文一つ書かれていなかったという、あらゆる意味で完全な奇襲となって天から舞い降りた。
奇襲ではあったが各人は的確に対処した。ザンジバルの強行突入に遭遇した阻止線指揮官はこれを直ちにジャブローへ伝達し、ジャブローも前線に向け情報を届けようとした。前述の通りこの時点でキンバライド攻囲軍司令部は壊滅しており次席指揮官への情報は遅延したのだが、それが無くともGP−02の脱出を阻止し得たかの判断は難しものがある。先に上げた制空権にしても、マッハ16で航過する戦闘艦に対し有効な迎撃行動が可能であったか。事前に入念な準備行動が許されていたとしても尚困難な作戦となろう、ましてや奇襲に遭遇したとあっては。
磐石に見えたGP−02包囲。ではその脱出を阻止する機会は無かったのか。
そんなことはない、もちろんある。簡単だ、攻囲ではなく強襲すべきだったのだ。それがジムでも鹵獲ザクでもよい、連隊でも師団でも、山のように掻き集め積み上げたMSと猟兵をキンバライドに注ぎ込んでやればそれでよかったのだ、如何にも連邦らしい力攻めを強行すれば。敵指揮官にはむしろそれをこそ待ち受けていた風情があり、迎撃され伏撃を受け部隊は大損害を蒙っただろう、損耗は8割を越えるかもしれない。だが、GP−02の撃破にも成功したはずだ。
時間が許すのであれば攻囲であっても何の問題もなく、そこに支障はなかった。脱出手段であるHLVを封じ、護衛部隊を撃退し、重囲にある敵には最早如何なる手段も存在し得なかった、そのはずだった。だが敵にはザンジバル級という機材と、シーマ・ガラハウという強靭な意志と大胆な用兵能力を併せ持つ優秀な指揮官が存在し、両者の融合からなる幸福な関係は連邦軍が予期不可能な戦力発揮を実現し、その虚を縦貫した。それは連邦軍の不幸だったのか。否、状況に絶望、屈することなくより以上の努力と熱意を持って粘り強く行動したDFにこそ幸運が、勝利の女神による祝福が舞い込み、己を過信した連邦軍を最後の瞬間、鮮やかに打ち砕いてみせたのだ。
地平の彼方に赤がゆらめく。アフリカの夕日が沈み行く。
大地もまた染まる。元より赤茶けた大地が、より赤く。
赤。俺たちがここで流した血だ、とコウは思った。それも無意味に。
俺たちは、勝った。
突如夕闇を輝きで切り裂きながら現れた巨大な流星はGP−02を飲み込むと、出現と同様にもう視界から消滅していた。
その後のキンバライド基地はウソの様に従順そのものだった。間違えようのない巨大な白旗をゆるやかに振りながら山を降る1機のドム・トローペンを先頭に、続くMSの列機、そして徒歩で続く縦隊。あたかも凱旋パレードの如く、彼らは昂然と、そして整然と行軍していた。
対して、投降を受け入れる連邦軍は惨めな程に悄然としていた。投降を申し出る敵少将に対し、ぼそぼそと答えるのが臨時に指揮権を継承した次席指揮官、准将であるのが何より象徴的だった。
勝者であるはずの連邦軍は、アナベル・ガトーの拘束ないし無力化及びGP−02の確保ないし撃破という所期の作戦目標の達成に失敗し、作戦指揮官を失い、指揮機を始めミデア2機、MS3機他若干の機材を損耗し、それに伴う少なくない兵をも損ねていた。
対し投降するキンバライド基地軍の損害は極めて軽微だった。特に砲撃による被害は結局絶無で、放棄された廃坑の殆どが崩落したものの物資と人員は築陣補強された壕内で耐え忍び、無事であったという。逆撃の際、先頭に立ったザメル、護衛についたドム・トローペン2機が撃破されたがいずれも”当たり所が良く”負傷した者はいたがライダーは全員が生残した。
ジオン兵の歓呼が、狂騒が、ジーク、ジオンの勝利の叫びがまだ耳の奥にこびりついていた。彼らはしばらくの時間、眼の前の連邦軍を完全に無視してガトーが飛び去った彼方の空に向け砲を打ち鳴らし、或いは天に向け腕を振り立てそしてスピーカーで何度でも叫んでいた。コウは問いたい。この作戦は何だったんだ、時間と物資と人命をアフリカ大陸に捧げただけの儀式にどんな意味があったんだと。
ここは人類発祥の地でもあるらしい。ぶざまな連邦軍を見て祖霊は笑っているだろうか、それとも未だに止まない同族相撃の光景に涙しているだろうか。
「ガトー、行かせちゃったね」
すいと横に並んだルセットがぽつりと言った。
コウはうなだれたまま彼女を見た。そして見上げた。
「……空から来るとはなー」
艦船史は苦手だった。ザンジバルの名は初めて耳にした。
「コウのせいじゃないよ」
慰めの言葉に力なく笑い返す。
「でも、01のシートを預かりながら、何も出来なかった」
「アルビオンの直衛だったじゃない。コウのせいじゃないってば」
「ありがとう」
軽くキスを交わす。
「でも、どうするのかな。宇宙まで追いかけるの?」
それは。コウは苦笑を漏らし。
「それこそ偉い人たちが考えるだろうけど、でもそうはならないと思うよ」
「どうして?」
「ルナ2にもグラナダにも艦隊は居る。上がってしまった以上、宇宙のことは宇宙で処理するんじゃないか、と思うけどな」
ルセットはコウにもたれかかった。
「だといいね」
まったくだ。
母艦を離れ前進守備位置へと独断で飛び出したコウはほんの一瞬、脱出に向け宙に舞うGP−02の姿をカメラに捉えた。
ジオンカラーに染め上げられ、シールドに鮮やかな真紅のジオン国章を刻み込まれたGP−02に「ガンダム」の面影は既に無かった。その機体はデラーズ・フリートが今こそ手にした力の象徴。連邦に仇為す為にその腹を食い破り産まれ出た凶獣。
どこに向かい、何を討たんとしているのか。
「どうなるんだろうね」
そう、コウも言ってみた。自分の、彼女との行く末に全く予想が付かなかった。
「まあここまで来れば一息つけるかね」
リリー・マルレーンは連邦軍の追撃を辛くも振り切り、「茨の園」に向けての単独航宙に入っていた。大気圏突入前に分離した僚艦はそれぞれが欺瞞航路を取り、囮となって旗艦への追撃を身を以って妨害している。
「ガトー少佐、ブリッジに入ります」
「許可する、はいんな」
現れたガトーはシーマに歩み寄ると礼儀正しく一礼し。
「ガラハウ中佐、この度は……」
が、口上を述べようとしたガトーを遮ってシーマは一方的にまくし立てた。
「おべんちゃらはどうでもいいんだよ、ガトー、お蔭様でアタシの可愛いリリーちゃんは真っ黒焦げだ。ちゃんと面倒は見て貰えるんだろうね?!」
部下の上げて来た被害報告レポートをずいと突きつける。
大気圏航行中、空力加熱によりマッハ3程度で既に船体表面は4、500度まで上昇する。それが今回、大気圏離脱に必要な初速を維持する為に強行した高速航行でリリー・マルレーン船体の表面温度は1000度を越える超高温に達した。黒焦げというか、焼け爛れ溶け落ちたという感じだろうか。
ガトーは表情を堅くし。
「無論だ。私の口から請け合いは出来んが、必ずや閣下が然るべく報いて下さるだろう」
やはり礼節無用の相手か、とその顔に浮き出る。シーマは素早く読み取り、ころりと態度を変えた。
「ああ、怒らせたならすまないねえ。ただアタシもいろいろ忙しいもんでね」
腕は立つんだろうが所詮生一本の職業軍人。お坊ちゃんだねとシーマは笑う。
「リリーが入渠するなら代艦が欲しいね、別にムサイで構わないからさ」
シーマの本職は「海賊」だ。
無論、海賊といって本当に航宙中の他船を襲うようなことはしない。そんなことを実施すればたちまち破産である。民航船だって航路は秘匿している。艦隊を率いて虚空を右往左往しその間推進剤と乗員の糧食を浪費し、幸運にも獲物に有り付けたとてそれで巡洋艦5隻からなる艦隊の作戦行動経費を捻出出来るものかどうかは誰にでも自明だろう。
そうではなく、戦力を以って恫喝しながら「襲わない」ことを約して保証金をせしめるのだ。逆に依頼を受けて、その敵対業者を脅かすこともする。本当に襲うのは連邦軍だ。当然、正面ではなく側面や背面、拠点間を流通する無人コンテナや輸送艦をちょろまかす。これは、儲かる。民間ですら秘匿というのに軍の航路をどうやって?そこは蛇の道は蛇、換金先が知っている。
そうやって、彼女は細腕一本で”一家”を喰わせているのだ。今回バグラチオンに一口噛んでいるのもあくまで「1ビジネス」に過ぎない。
ハゲもガトー坊やも好きにするがいいさ、せいぜい利用させて貰うよと思いながら一抹の不安があった。大きく貸しを作れたという想いと別に、見殺すべきだったかという迷いがある。ガトーを助けたことで、バグラチオンが巧く行きすぎてしまうのでは、そういう不安が。
まあそんなもの、アタシが引っくり返してあげるけどね。
「何が可笑しい」
本人を眼の前にシーマは思わず笑ってしまう。
「ああいや、今回は巧くいったもんだねぇ。地上で連邦の奴らがどんな馬鹿面してたか」
次はお前だよ、坊や。あんたはその時、どんな顔をするだろうね。
戦術的な要素を述べつつ率直にシーマを讃えるガトーを見ながら、また笑う。
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