Op.Bagration
10.
硬いベッドで横になると、構造材がムキ出しの天井が眼に入る。
「抗命、機材の不当運用並びに損壊。あれやこれやに功績を勘案して独房拘禁2日、だ。質問はあるか」
渋い顔で告げるバニングに、
「ありません、申し訳ありません」
コウはきっぱりと答礼した。
命令違反でも説教一つで済まされ或いは戦功次第で帳消しになるというのはあくまでフィクションで、現実はこんなもんだ。尤もこの忙しいときにライダー一人遊ばせておく余裕もないワケで。
ではあるにせよ。
「なにやってんだかなぁ」
これが軍隊、これが現実とどれだけ頭で理解していても言葉にして噛み締めてみると寂寞としたトホホ感が全開。
軍人を志したのではない。自覚もあるが純粋と表現するには幼稚な、MSへの原初的な憧憬から来る衝動を消化しきれないままここまで行き着いてしまっただけだ。ましてや戦争など。
否。後悔などはしていない。1MSライダーとして、軍人として、職責を全うする覚悟は既についている。好きこそ上手で適性への手応えもある。それに。
今、ここには彼女がいる。
護るべきものがあり、戦う。これ以上に必要なものはない。
コウは部屋をながめ、航宙艦らしく抜かりなく用意された装具でもくもくと筋トレを始めた。
だああああっつやっぱりおさまんねえええ!!!。
ハンガーの一画で怒号が轟く。
見て見ぬフリしたデッキクルーと纏めてこってり絞られたルセットだったが、指揮系統外でもあるしにも関わらず引き続き激務を願いたいポジションではあるしごにょごにょ。
こっちはんなこたどーでもよい些事でFBなワケだが。
つまりは精度の問題なのだ。試作され試験され制式化され現場に配備されている現用機を扱うのと同じ環境で、スパナとトーチでリンゴの皮むきをしろ、と。
GP−01からGP−01FBへの換装作業自体は遅滞なく終了した。
シミューレーションでも齟齬はない。
だが。
FBの機動限界である瞬間荷重42G(実証された人体への荷重限界が46G)にライダー以前に機体が抗甚するのか否か。
もちろん強度計算はし尽くした。あとは実際に翔ばしてみるだけ。それでも。せめて30G前後での確証は欲しい。
実際に動かしてみてばらばらになった機体を前に「やあ、まずったなあ」などとボヤきたくはない。
MSエンジニアになったその日から、どこの誰かは知らないけれどでもその彼ないし彼女の生死を預かることになった。それが今は。
彼の命は。敵の存在以前に私の掌の中にある。
間違いは許されない。
ネジ一つの締め忘れまでモデリング出来る場所が、あることを知っている。そして恐らく。
コンペイ島の周囲を漂うデブリを完全に除去することは物理的にも予算的にもあらゆる意味で不可能であった。であるので部分的な、「海峡」と呼ばれる安全領域の掃海がなされ、維持されている。
その海峡を今、最後の1艦が無事に航過した。
一人の将官が率いる規模としては空前絶後、今や500隻を越える大小艦艇を従える艦隊司令、グリーン・ワイアット大将は、しかし未だ一抹の懐疑を消しきれずにいる。
敵、の意図である。
純軍事的な敗北必至を自明として、精一杯のチキンレースを通じての最大限のプレゼンスを獲得した上で政治的な決着を夢想している、とでも?この期に及んで。
まあよい。ワイアットは軽くかぶりを振って決着した。それはコリニー閣下に預けることだ。自身は艦隊司令、前線指揮官として見敵必殺に勤めるまで、だ。
臨編、「コンペイトウ第1任務群」。所属する将官から一兵卒に至るまでその勝利を確信して疑いはなく、事実でもあった。
ソロモンか。
彼は我知らず独語していた。
閣下に一命を預け今日、生きて再び戻ろうとは。
敵そろもんヨリ進発セリ。
敢行された命懸けの強行偵察に紛れデブリの海に潜伏していた1機のザク・フリッパーが更に決死の情報発信をしてきた。
機、熟す。今はただ征くのみ。戦友が瞑る海へ。
それは忽然と防空圏内に出現した。
「反応!反応!!」
艦隊が現在なお、非常に危険な状態にあることは間違いない。
一番危険なのは無論、海峡通過中だった。この段階では艦載部隊は当然、コンペイトウ所属のMSまで根こそぎが動員され、濃密な直援、哨戒を展開した。そしてこの絶好の機会に於いては、敵に指一本触れることを許さなかった。悔し紛れか遥か遠方を偵察の機影がかすめ過ぎただけだった。
そして、艦隊が無事全艦海峡を脱し、その安堵を衝くかの如く、遂に仕掛けてきた。
今、艦隊は前後200km近い伸びきった艦列を横たえ、控え目に言って各個撃破の好餌であり、無力に並ぶスコアの列である。
だがそんなことは百も承知、艦隊は未だ1個師団、300機に迫るMSに直援されている。因みに現在の稼働全力は約10個師団。
しかしこの哨戒を抜かれたというのか。信じられん。しかもその機は。
「MAが単騎で出現した、だと?」
防空担当参謀は怪訝な声を発したが、慌ててまくしたてた。
「他にも居るはずだ、探せ!」
「了解です」
当該哨区のエリアリーダーが短く応答する。
仮称、”ビグロ・2”。グラナダ戦区で交戦が確認された機体だ。月面から突如出現し、瞬時にサラミス級2隻を喰らうとそのまま逃亡したという。熱紋から同定には成功したがデータは少ない。
こいつが「囮」であることは明白だ。では本隊はどこにいる。
やっかいなのはほぼ最短で艦隊後衛に喰らい付くMAの推定軌道だ。何れにせよ全力で叩き潰す必要がある。ジムキャ2の1個中隊が追加投入されキルゾーンを形成、迎撃に入る。が。
「だめです砲撃が効かない止まりません後退の許可をわああぁあ」
砲兵中隊は3機を失い、突破された。
あのビグ・ザムすら1機で潰したガンダム・タイプ。艦隊戦力、砲力でも後れを取ったことなし。MAなど我が連邦には不要だ。
理屈は全く御尤も。だがこの現状はどうだ。
「Iフィールドか?!くそ、質量系を持ってこい!近くにキャノンは居るか?!」
「MAにキャノンが当たりますか」
「哨戒中止!奴の進路に駒を集めろ!このままだと」
下手をすれば。いや確実に、後衛の2、3隻、コロンブスの数隻は軽く、喰われる。
まさか。
そうなのか。単なる見たままのMA単騎の特攻なのか。
旗艦「バーミンガム」CIC中央、艦隊防空管制センター。全員が息を呑んでそのデータを見つめる中。
あ。
誰かが間の抜けた声を発した。
「MA、変針、針路…」
「やはりか!!」
防空参謀の声が重なった。
「別動隊が居るぞ!索敵を密にしろ、絶対に浸透を許すな!」
そのとき偶然、極少数がそれに気付いた。
或いは振り返り、窓に駆け寄った。
見た、のではないかもしれない、それは気配であったのかもしれない。
例えるなら、死神とすれ違い背筋が凍るような感触であったのかも。
機体に僅かな制動を掛け、リリースボタンを押し込むと慣性の法則に従いここまで背負ってきたそれ、は「バーミンガム」に向け漂い流れて行った。
遠ざかるそれを、ガトーは正に心の目で、追う。
塗装は漆黒の防眩迷彩、如何なる熱も発しておらず、考えられる全てを吸収し、唯一、重力センサーでもあれば理論上は感知出来るがそれでも微小に過ぎる。
ガトーは何の迷いも見せず自機を操り、構えたライフルは小揺るぎもしない。
平静そのものの、しかし彼の内には猛り狂うような思いがあった。
こうしているだけで。
悪夢、とまで呼ばれた自身の激戦があり、
理想に身を捧げ散り去った多くの戦友の姿があり、
そして。
「見ているか。ソロモンよ、私は…帰ってきたぞ」
囁くように口にしながら、トリガーを引いた。
光だった。
あの地で、ソーラシステムに灼かれたジオン兵も同じ思いだったのかもしれません、という証言も残っている。
「何だ、今のは」
「バーミンガム」右舷後方、距離1km以内の至近であったとされる。
「被害報告はありませんが。現在確認中です」
「来た!来ました!!」
喜びを隠せない声が弾ける。
「標定十分です!余裕で行けます」
「寸分違わず時間通りか、流石だな」
「修正値算出終了、1.00958、0.00626」
「1.00958、0.00626、宜しい」
「最終修正」
「最終照準修正よし」
「確定」
「照準確定よし」
「出力確認」
「出力定格確認よし」
「砲撃準備、全て宜しい!」
担当士官が申告し、
「よろしい、発射!」
砲撃指揮官が号令した。
約6万基のメガ粒子砲発射器が自らを破壊しつつ勃起した直径約5kmの光束は一部アクシズの地表を溶解させながら虚空を奔り、連邦の艦隊を撃ち抜いた。
正式名称は別に存在したのだが誰もその名を用いず、「ソーラレイ2」の俗称で呼ばれていた戦略打撃兵器による一撃であった。
やあ年が明けてしまいましたね(挨拶)
そんなこんなで、お待ちの方はお待たせしました、出之です。
やー遂にやってしまいましたね、大型飛び道具登場です。
ま、本家と違ってコロニー1基使ったわけでもないので、
見てくれほどコストは掛ってません、たぶん。
こんだけ好き勝手やってる2次なのに細部を詰めてくと結構、惑います。
あーでもないこーでもない。
ホントはガトーさんとレズナーさんと連携させて、
もっと派手派手しい「絵」を描こうかと転がしてみていたんですが、
どーしても纏まんないのでご覧の通り、
「囮」・陽動/本隊・主務
相変わらずの何のヒネリもないことになりますたあっはっは… orz
何となく上下構成なので、
「下」もまあそれなり煮詰まってるので、
早ければ月内下旬にお届け出来るかと、、、したいと。
…というか(去)年内に片付けたかったんですけどね (鬱死
でわでわ、続きも宜しくです、
出之でしたー ノシ。
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