Op.Bagration
19話
機体は珍妙な火器を背負っていた。それは光学兵器よりも遅く、質量兵器より弱い。
電磁加速砲。通称、レールガン。
超重MA、機動要塞「ビグザム」の落し子だ。
重防御重火力、そして連邦の主兵装である光学兵器を無力化するI・フィールド。この機の開発は後の敵機を予見させた。
的確な迎撃を期して磨き抜かれた長槍。
その標的は今現れた。
これ以上にない強大な存在として。
構造はMAに近いがそれ程の剛性は持っていない。元来的な意味でウェポン・キャリアであり、そんな兵種は実在しないがいうなら空間自走砲、とでも呼ぼうか。MSが跨乗して運用する機動砲座「スキウレ」のコンセプトを更に進めた感じ、だろうか。
つまりジャルガのフル・スクラッチ機なのだが。
機体は最大出力を維持した定常加速を継続している。
「生きてるか!、メンテ」
ガレスの呼び掛けに。
「なんんとか……」
ジャルガは気丈に応じる。ヴァルよかマシ。
既に戦域に突入していた。
その前方。直交軌道で射界内に出現進入した敵機目掛け、側方航過に微修正しつつ行き掛けの駄賃とばかり、ガレスは無造作な射撃を浴びせる。
さすがに疲れた。
どうして、百戦錬磨と自称して羞じないエース・ライダーであるベルナルド・モンシア中尉にして一分の気も抜けない過酷な戦場だった。
艦隊護衛、敵機迎撃、友軍機支援、警戒。いつもの職場といえばそうなのだが艦隊特攻の直援ともなると空気が違う、敵の密度も。自機の安全確保は最低限というか後回しだ。
どれ程精強な戦力であろうと、継戦により不可逆的に増大蓄積される疲労という魔物は、対象を着実に侵食、弱体化させる。兵士一個人であるなら尚更当然だ。
なんだ。こんな”裏側”から敵機。
迎撃か回避か、或いは友軍に預けるか。
反応が、遅れた。
生死の表裏。あまりにも容易く移ろう戦場で自らめくり上げる。
敵は、早い。
自分で掴んだカードを彼は知っている。
だが今、既にそれを手放す手段が自身に無い事も判る。
”もし最期、それでも余裕があったら使ってみて”
”エンギでもねぇお守りだなヲイ”
コンソル外縁、応急工事されたボックスのボタンにG、の刻印。
このトランプ、エースかジョーカーか。
自らを頼めない者には死を。それもまた酷薄な戦場の真理だが今結果が出ている以上、頼むは他力しかない。
迷いなくモンシアはそれを、押す。
** ive con : run gp **
緊急回避措置を受命し起動したGPエミュレーションは機体を制御下に置く。
同時に戦況把握。
自機に向け接近する高速運動体を確認。
算定:回避不可能。
直接照準は却下、公算射撃による迎撃を決定。操縦操作に還元するとミクロン単位の精度で散布界を制御しつつ頭部バルカンが唸る。瞬時に全弾射耗。
迎撃撃破された弾体はしかし、微小な飛沫をなお軌道前方に投射。獲得していた運動量そのままに標的を叩く。
大気圏突入もかくやという衝撃、振動にモンシアは振り回される。
** yve con : end gp **
現在至近での脅威評価対象不在。
機体は制御をライダーに返す。
盾は全損機体は半壊、結局至近でショット・ガンを喰ったような大損害だがライダーにはキズ一つない。これで随分”マシ”な結果なのだろう。
アラートが明滅し始まったら終わっていた。
助かったぜ、デフラ。
安堵の吐息を漏らしながら。
もうここは俺たちの居場所じゃねぇのか。モンシアは戦慄を覚える。
アルビオン、CIC。
GP−02出現の報に騒然となるクルーに和する事無く、艦外映像の一点を凝視する視線。
地球方向。
瞬く光源。無論真空の宇宙で星は、瞬かない。
アルビオン操舵手、イワン・パサロフ大尉はスティック片手に自己権限内で、その一角にズームイン処理。
現れたのは虚空に群集する無数の反射光源。
これはソーラ・システムの展開か。
スキッパーズシートのシナプスもそれを目にする。
「この艦隊運動戦の最中に要塞砲だと……何を考えているルナ2」
艦長権限で割り込み更に詳細を追うシナプスの言葉が途切れる。
ソーラ・システムの警護位置にある艦艇群。
「通信。モーリス少尉、
発、アルビオン支隊シナプス、
本文、密集を解け、
宛、ルナ2所属各艦。
平でいい、判るまで繰り返せ」
低いが太く、シナプスは命じる。
「沈めデンドロ!!」
精密照準射撃中か。運動量ゼロ浮き砲台状の目標に向け好機とばかり、射界圏外から裂帛の気合と共にガレスは叩き込み、再襲撃軌道に向けブレイク。
ブレイク。
先の通り機体の剛性は低い。線形加速機動を維持したままに加えられた直交ベクトルで応力限界超過、機体はあっさりリミットオーバー。
文字通りにブレイク。
あちゃーだからMS乗りは……。
衝撃と共に薄れ行く意識でジャルガはボヤくがまぁこれも人生だ。
初速が遅い。
今なら撃てる、当たる。
撃つ。
外れる。
射撃終了と同時にブレイク。最後の瞬間干渉した外力をコウは直観で処理しつつ同時に右舷パージ。
誘爆はない。しかし停止から高機動遷移中に宙力重心をロストした機体はアンコン。
見逃すケリィではない。
ノイエ吶喊。03は自己判断でニュートラルマニューバ。
コウは眼前の敵機に向け全火力発揮。
それを無視してデンドロを止めに掛かるケリィだったが戦場でのインシデントが生起。先にガトーが一瞬だけ使ったモードがアクティヴだった。
ノイエは自機に対する脅威の飽和を感知。
緊急回避によるシザーズと共にフルオート迎撃モード起動。
実時間0.8秒。リミットキルでオーバーブーストを叩き出すデンドロは駆ける。
戦術局面、手持ちのMSについては積極かつ有効的に動かしていたバスク・オムの作戦構想については現在でも不明な点が多い。最も有力な説は、『1年戦争の象徴でもあるコロニー爆撃を、連邦勝利を確定したソロモン攻略戦に於いて決定的な破壊力を示したソーラ・システムによりDFと同時に砲撃焼却、阻止、勝利することで獲得されるプレゼンスへの期待』がその主軸にあったとされるが、それが具体的にどの様な経緯で結実したのかは更に不明瞭だ。
コウは02を、それだけを追う。
目標高速機動遷移中。交じる乱数加速。
だが戦術状況で用いるものではない。本来は航宙での軌道秘匿手段だ。
兄は弟のアルゴリズムを見切る。
撃つ、外れる。
02は全力加速。推定出力はオーバーブースト。
コウもオーバーブーストを維持。命数など知ったことか。
加速で勝つ。
距離が詰まる。
撃てる、だが残弾が無い。
一瞬だけ、リアクターが要る。
間に合うか。コウは問う。
クゥエル3機を相手に単騎で激烈な剣戟を交わしていたNT1は不意に、ブレイク。
距離を取りながら地球方面に向け加速機動。
彼方に向け連射を加えるがそれは、あらゆる意味で限界の涯にある。
がら空きの背後から1機のクゥエルが取り付く。
「離せ!判っているのか、あれは!!」
「無論だ」
アムロの問いに回答は明快だった。
「あれは」
1発の核弾頭。それが総ての始まりだった。
練り上げられた作戦の、その空白の1点が埋まらなかった。
1機でいい。
信頼出来るキャリアが、ランチャーが、どうしても、要る。
当初はゲルググが、ガトー専用機の改修が見込まれた。
だが足りない。
MAでも無理だ。柔軟性に欠ける。
その渦中、GP−02の存在は浮上した。
機密性の故か。
それは茨の園に流れ付いた。
戦術兵器であるMSの開発に注力する一方。
戦略兵器として。
その使用により戦局を決定すべく、産まれた。
地上より、ジャブローを撃砕すべく。
爆発威力、6000Tt。
光芒は総てを圧し、虚空を灼熱する。
『聞いているかダカールの諸君。私はデラーズ・フリート総司令、エギーユ・デラーズである。見ての通り、諸君らを護る力は、今、消失した。しかし我々には未だ力があり、それを行使する意思も存在する。民生施設からも確認出来ると思う、軌道爆撃が最終段階に入った』
シナプスの用兵と寸分変わらず、それらは自身を秘匿しつつ地球に忍び寄り、加速再開により赤外反応として自ら存在を暴露していた。
『目標を告げる。
一つ、ダカール!。
一つ、ニューヤーク!。
一つ、キャリフォルニア!。
一つ、トリントン!。
一つ、ペキン!。
一つ、マドラス!。
一つ、オデッサ!。
一つ、ベルファスト!。
コロニー2基はジャブローに落着する!。』
デラーズは一度言葉を切る。
『しかしながら我々は、これ以上の破壊と殺戮を欲してもいない。私は諸君らに二つの選択を示す。名誉ある降伏か、徹底抗戦か、その回答を請う。』
デラーズ手元に視線を送り、頷き、続ける。
『今から5分の猶予を与える。その超過は我々では無く物理学が支配する、この意味を諸君らが理解し、また信じる事を私は願う。賢明な、理性ある回答を我々は期待している』
連邦軍を、その前線を攻勢発起点である地球圏まで突き崩し、叩き落す。
攻勢作戦、「バグラチオン」はここに終結した。
そして支作戦たる、ジオン永年の悲願、地球連邦政府の降伏もここに成就した。
爆砕処理された弾体とコロニーは突入角度そのままに地球大気で燃焼。
微細なそれらは総て大気上層で燃え尽きるが、昼夜を分かたず流星群として地上を照らす。
無辜の市民は歓声で。
立場ある者は恐怖し、それを見上げた。
星の屑は成った。
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