Op.Bagration


 Sunrise

〜我々は作戦初期の段階より、核の保有と行使の意思あることを繰り返し、表明してきた。しかし彼らは其れを信じようとしなかった。無理もあるまい。彼らは我等が失敗したことを確信していたのだから。しかし、今少し慎重でありさえすれば、我々が一度たりとも、その奪取について言及してはいない事について、いささかなりと疑念を持てたと思う。そしてまた彼らは、GP−02が政治的存在として扱われることを危惧していたようだが、先に述べた通り、我々にとっては始終、彼の機材は純粋に軍事上での作戦戦術の単位に過ぎず、機材が最終的に作戦で果した戦略的打撃力も軍事的要請以上のものでは無かった。〜
 地球焦土作戦という可能性への問いについては、明白にこれを否定している。。
〜それは作戦の如何なる段階に於いても存在しなかった。もし、それが我々の目的であったなら、選択を与える事無く、一方的に地上全土を灰燼に帰すことは十分に可能だった。しかしそれは、我々の望む処では無かった。実際、我々に交戦継続の用意は無かったのだ。考えるがよい、つぶて一つ与えられず井戸の底で震える者と、それを見下ろす者の関係をだ。我々は当時敵に良識あるを信じ、それは叶えられた。その意味に於いて我と彼の間には最低限の信頼関係があったのだ。〜
<デラーズ・フリート その終わりの為の戦い:エギーユ・デラーズ>
 新政府により、安全保障問題担当名誉顧問に叙された彼は、世上においてはその重職を意識されること無く、趣味であった薔薇育成のマスターとしてその名を歴史に留めている。少なくない子種も遺し、現在もデラーズの姓は十分盛名である。

 地球連邦並びにその行政府機関の全面解体については、逸早く全会一致の結論を得ていた。
 地球連邦が保有していた総ての生命財産は、暫定地球統治委員会の管理する処となった。
 占領政策は苛烈を極めた。殊に前政府に巣食っていた不正と不公正は上下を問わず、これを徹底的に糾弾された。
 しかしそれは、委員会が悪逆非道の独裁者として地上に君臨する事を、同時に意味するものでも、また無かった。
 むしろ彼らは、自身が公正かつ寛容であることを意識して努力し、ともすれば独善に陥り勝ちな局面を都度、第三者的な良識に照らし修正していた。
 その顕著な事例が、戦争犯罪との取り組み方に見られる。
 当然にして彼らは事後法も持ち出さなかったし、正義や平和を声高に叫びもしなかった。
 デラーズ・フリートの作戦に協力したサイド3船籍の民間船が無警告で撃沈されていた。
 撃沈を命じた士官は厳罰に処された。
 撃沈を実施した兵は微罪に留めおかれた。
 そして、無許可で可能な限り救命回収に参加した部隊は、当時の政府に代わり、その行為を賞された。
 前時代、地球で戦われた2度の大戦。欧州と極東で、敗戦国に向け実施された、軍事史上でも歴史的にも卑劣かつ破廉恥な汚点。それを良き反面教師と掲げ己に陰なきよう精励したのは確かであるらしい。頻繁にニュルンベルク、トーキョーという言葉が否定的な響きで法廷を飛び交ったことが記録されている。

 火星、アルカディア平原。
 かつて構想されたテラ・フォーミングは完全に放棄され、月面開発計画に準じた機密構造の都市市街区の造成が昼夜突貫、急ピッチで進められている。
 その工事現場の一角、実質観光以上の意味はないだろうが現地視察の名目で現在、この地を非公式に訪問している財界団のその一家族の姿がある。ワーカ、と称される、汎用装脚装腕の作業機械。その整備場だ。
 大きいものなら全高10mに達する。巨人たちを世話するべく設けられた空間は贅沢なまでに広大だ。
「うちのパパの方が強いんだから!」
「なにいう!うちの父さんに決まってる!」
「じゃあ勝負だ!」
「わあー!」
「がんばれー!」
 子供のはしゃぎ声が表から届く。
 そして女房連は全く、女という生き物はどうしてこう話が無限大に続けられるものやら。
 それをいつもの様に二人、半ば呆れつつ差し向かいで黙々と杯を干す。

 玉座は空位のままだった。
 デラーズは端から何の興味も示さず。
 意外にも、カーンもまたそれを欲しようとはしなかった。
 ジオンの名も語られる機会が無い。
 否。
 請われてその座に就いた男こそがそれだった。
 キャスバル・レム・ダイクン。
 ジオン公国建国の父、ジオン・ズム・ダイクンの実子、遺児である。

 委員会はその役目を終え廃止された。
 そして臨時政府が発足する。
 だがそれは同時に準備政府である。
 行政府の空白に、民は一日たりとも生きられない。
 委員会に引き続き臨時政府が承認する、旧軍のロジスティク活動がそれを支えた。旧軍物資の放出、配給により地球の民は生かされていた。
 そして同時に、地上から、地球からの全人口移転も既定事項であった。
 ピープルドライブ。拡張工事が進められる宙港周辺に収容施設が建築され、臨時政府が慌しい実働準備に奔走する中、前委員会の策定実施に従い、地上民は住処を追われて行った。

 景気はどうです。
 作業着のまま胡坐をかく、目付きも柔和な整備士以外には見えない男が柔らかい声で尋ねる。
 エクソダス特需は未だ、堅調だ。
 問われた男は短く応える。
 ”生き馬の目を抜く”財界の前線で磨かれたものか。薄色のサングラスの奥に輝く眼光は鋭く、強靭な光を帯びている。
 今のが唯一の会話らしい会話だった。二人はまた静かに杯を重ねる。

 銀河連邦、とは寝耳に水というか唐突に過ぎた。
 だが、臨時政府が将来構想として発表した、太陽系近隣の恒星系、グリーゼ876への具体的な入植事業案が、その意図する処を示していた。
 太陽系から出立する移民団の編成、現地への搬送、入植の実施と後続受け入れ体制の整備、生産力の育成に太陽系からの資金の招聘、その回収、そして段階的な自治権付与と完全自立までの支援、そして独立。
 最後に、銀河連邦加盟に対しての条件認定とその意思の確認。
 なるほど、銀河連邦であるべきであった。
 そこには、人類の相互信頼と不和の回避。
 特に、独立に名義を借りた同族相撃の様な、不幸にして非効率極まりない事態は二度とあってはならない、そうはさせない、やらせはせん、という、非情なまでに確たる意思が存在していた。
 机上の空論と嗤うか。男は世界に問い掛けた。
「悉く総て、事の創まりは机上、否、人の意思にある。それを机上に終わらせるか、確実に形と為していくのか、これも同じくまた、人の意思に他ならない」
 決して雄弁ではなかった。訥々と男は説いた。
「私、キャスバル・レム・ダイクンはニュータイプである。そうなのだ、我々同士は判り合える。その事を諸君らに訴えることを、しかし私は欲しない。諸君らは判らないという。だから、私は語り掛けよう。諸君らが望む限り、理解を求める限り、その疑問に私は答えを与えたいと思う。それは法であり、また言葉なのだ」
 ベーシック・インカム。人の生存を約束する。
「そして私は、敢えてダイクンの名を捨てよう」
 相続の全面廃止。機会均等と富の再分配。
「私一個人、クワトロ・バジーナは約束する。諸君らが欲するのであれば、私はそれに応えたい。人類に幸福の標を掲げ、その先頭に立とうと」
 財源は意外に潤沢だった。
 一部、常設治安軍を残しての軍備の撤廃。
 かつて、戦闘機械1基と福祉とのトレード・オフが盛んに揶揄され、喧伝されていた、その理想の実現だった。
 因みに、新体制発足に至る経費については、セイラ・マスなる富豪が自弁したとウワサされたが、一ホスピスの館長に生涯を捧げた彼女は、笑ってこれに応えなかったという。
 そのホスピスは半官半民の施設で、特に戦争障害者、精神的外傷を負った者の療養に努めたという。実績も豊富で、今MSボールレディースで人気実力ナンバーワンのサエコ・ムラサメ選手も元はここの患者だった。
 そう、MSボールだ。
 読んで字の如し、戦闘機械であったMSを使った、ラグビーとフットボールとサッカーを掛け合わせた様なルールで競われる、今最も人気のモータースポーツだ。
 スタープレーヤーには当然、実戦経験者が多い。あのアムロ・レイもチームを率いて参加している。物凄くキツめのレギュレーションを受けながら、自身試合に臨むこともある。
 エンターテインメントを提供する一方、外宇宙探査等の開発事業も積極的に推進されている。深宇宙探査、大型巡航探査艦、ダイダロス級の2番艦、「イカロス」の艦長を務めるのは、前事変でデラーズ・フリートを震撼させた名指揮官、エイパー・シナプス。

 明るいハナシだけではない。暗殺の危機は常に存在した。
 が、情報局でも精鋭中の精鋭、内務班班長を務めるシーマ・ガラハウ部長、副班長で右腕のナカッハ・ナカト課長のチームにより、それは総て未然に回避された。
 そして秘密主義とは無縁の、公正公明な司法により、総ては白日の下に晒され、処理された。
 死刑は既にない。
 テロリストは繰り返し問われた。何故行ったのか、何を期待したのか。
 彼らにも言論の機会は設けられたが、その正義は主張すればする毎に色褪せ、民心を喪っていった。
 想像以上の長期政権の予感に本人はこれでは独裁と同じだと困惑し、在任期限を4年に限る法案も可決されたものの、この勢いでは再選は確実だ。妻、ハマーンの後援もあれば、一人気を吐くフォーラ以外、当分の間、互角の政敵は現れてくれそうにない。長女のミネバは既にタレントとしても有名で賢察な生長を示していることもあり、七光りに甘んじない、彼女自身の能力として早くも最年少二世議員の誕生は確実視されている。

 整備士は客の顔を眺め、ふと自身のたるんだ下腹を見下ろし、想う。
 あれほどに充実した時間が、あっただろうか。
 これからあるだろうか。
「少尉」
 客は突然呼び掛けた。
「いや、”少尉”は止めましょよ、少佐、あぁ男爵」
 ”少佐”は聞いていない。
「私にとて感情はある。判るか少尉」
 ”少尉”は小さく頷く。
「あの一発がどれだけの命を奪い、また世を変革するか。私が考えなかったと思うか。ああ、当時私は一ライダーだ、軍人として命令に忠実で、勝利に貢献する、それは当然至極だ、しかし。私は責任が持てなかった。あの代償にどれだけの将来を勝ち得るのか。無論、連邦打倒は我々の、スペースノイドを代表する悲願だった、しかしその手段として……」
 ”少尉”は”少佐”をぼんやりと見ながら、へぇ、けっこう酔うんだと不思議に。
 安心した。

「ガトー!!」
 コウは寸分の躊躇無く全パーツパージ。
 コア・ユニット、「ステイメン」で突撃する。
「来い、少尉!」
 GP−02、ガトーも真っ向から受けて立つ。
「ステイメン」は既にライダーの、コウの戦術戦闘が推計出来ない。カレントエントリーは当然マニュアル。
 既に敵同士ですらない。
 漢と漢の。
 互いに獲物はビームサーベル一振りのみ。
 機動性で優越するのは宇宙専用機であるステイメン。
 コウは自機にワルツを躍らせるような軌道を描きつつ02を周回、突き入れる。
 無論ガトーはその総てを受け止め、逆にカウンター。
 ステイメンの頭部アンテナセンサが切り飛ぶ。だがそれはコウの誘いだった。
 02の右手、3本の指が飛ぶ。
 ガトーはすかさず持ち代え。
 その隙をコウは瞬時に刺突。
 ガトーはそれを、既に不要の右腕で受け止めそのまま体捌き。突き入れる。
 もはや戦術はない。
 格闘反射の凄まじき交叉。
 闘志と闘志の叩き合い。
 いつからかコクピットに雑音が交じる。
 なんだこれは、神経攻撃か。
「コウ!!」
 明白な呼び掛けを、判別した。
「キース?」
 キースは絶叫する。声が枯れ掛けている。
「終わった、おわったんだ、コウ!!」
 おれたち負けたんだ……。小さく加える。
 ガトーの剣はコウのコクピット背面を。
 コウの剣はガトーのコクピット前面を。
 浅く抉り、止まっていた。
 手が出せずただ両機を見守る、敵味方を問わないMSの群集が二人を取り巻いていた。

「あなた、そろそろお時間よ」
 想い沈む二人を、その声が引き戻した。
 男爵は少しフラつく足で立つ。
 整備士夫婦はそれを玄関まで見送る。
「それじゃルセ、またねー」
「また来てね、ニナー」

 コウ・ウラキの名は戦史には記されていない。
 しかし、異例の”不殺のエース”として、そして何よりあの、”ソロモンの悪夢”と互角に戦った漢として、その名は伝説と化している。
 男二人は握手でなく、軽く拳を交わす。
「いずれ、戦場で」
「全くだ。宇宙人でも攻めて来るがいい」
 アナベル・パープルトン男爵が型通りに応じ。

 微笑みと共に二人は分かれる。それぞれの戦場へ。

 人は判り合える。
 語り、歩み寄ればいい。

                                        了

−−−

 謝辞

 完結しました。
 まずこの場をお貸し戴いたシルフェニア様。
 そして今、お読みになっている貴方。
 この物語はその為に生まれました。

 有難うございます。

 出之拝


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.