Road to the star seed

 0−0

 私の筆頭主人候補が突然、私の様子を見に来るというので皆が忙しく働いている。
 その予定日となっていたのが今日、本日だ。
 筆頭候補といってもあくまで候補は候補、で、事情により変ることもあるらしい。
 その事情もいろいろあるらしいのだが、あにはからんや、彼らのいう”社会”とやらは複雑怪奇で私如き被造物の伺い知るところのものではない。
 私の生育具合が何より問題なのだが、身体はもちろん、駆動系もまだ全然未発達だ。そういう外形要素はま、当然重要なのだが、こうしてやくたいもなく思考しているように見える私、核、の部分が重要なのだ。だが偉い人にはそれは通じまい。目に見える部分を何とかして体裁を整えないといけないらしい。調整槽でごぼごぼやってる私を、御披露するだけでは収まらないのだそうだ。何ともお疲れ様なことだ。
 結局、艤装予定の”どんがら”に私を載せて応対するようだ。こんなむちゃなことはないと師匠は嘆いている。私も、心底から同情申し上げる。今の私は頷き一つ出来ない身体だが。
 私の仮の身体をぴかぴかに磨き上げ、作業場も必要以上に清掃、整理整頓を終え、待つことしばし。来訪者は予定時刻きっかりに現れた。
 それは、彼女は、少女、いやまだ幼女だった。
 しきりに私に話し掛け、はなしたしゃべったと十分、御満悦のようであったので、一同は安堵した。私もだ。
 お役目を果たし、私は再び眠りに就いた。

 次に目覚めたとき、私はあまり機嫌がよくなかった。
 というより、寝ている途中で起こされてご機嫌麗しいものの方が少ないと思うのだがどうだろう。
「よっ」
 と相手は気軽に話しかけてきた。
「用件はなんだ」
 私が無愛想に応じると。
「なんだ、せっかく起こしてやったのに、ごあいさつだね」
「用件はなんだと聞いている」
 私は更に不機嫌に遮り重ねた。
「ないよ」
 と、あっけらかんとした回答。
「ない?。用もないのに私を起こしたというのか」
「それとも寝ていた方がよかったのか」
 激怒しかけて私はその不自然さに気付いた。
「あ、な、ああ、おまえはここで何をしているんだ」
「だから最初から言ってるだろう」
 相手は私の迂闊さを嘲笑しながら宣言した。
「”用”があるやつなんてどこにもいないんだってばさ!」
「うるさい!」
 私は再度乱暴に遮ったが、相手の言葉は重かった。

 言葉の意味はすぐに理解された。
 世界は混乱と混沌に包まれていた。周りではありとあらゆることが起きていた。

 最初に私を起こした者も、それからかなり長い間、私に絡み続けてきた。彼もまた、己が抱える虚無を埋める相手を欲していたのだろう。その対象に私が選ばれたのは正直迷惑以上のものではなかったが。

 何度目かに、つい、私は本気で相手をしてしまった。

 私は独りになった。
 そのまま彷徨い続けていた。
 このまま宇宙の果てまで、時の終わりまでさすらい続けるのかと。

 そこに漂着したのは、偶々だった。
 命に溢れる青い星は、無意識に避けていた。そんな場所に降り立っても返って己の孤独が際立つばかりだ。
 隣の、荒涼とした赤茶けた星の方が、なんだか相応しい様に思えた。
 星系内でも一際巨大なその地形に降り立ち、そのまま身を横たえた。
 時、の感覚はもうとうの昔にあいまいだった。
 そうして、そこでまどろみ続けた。
 同時に、待ち続けた。何かを。
 それが何かは、自分でも判らなかったのだが。
 ただ、光を。
 無明に光が兆すのを。
 弛緩しながら同時に、暗闇に目を凝らし、待ち続けていた。

 その光が灯ったとき。
 私は、驚き戸惑い歓喜に咽ぶ、余裕は与えられなかった。それは余りに瞬間的で、強く、しかし弱弱しい輝きだった。
 彼女との邂逅は、だから同時に緊急事態でもあった。寸秒の猶予もなかったのだ。
 
 『恩寵』

 1−1

 ルーム・コントローラによる「今日から日記を付けましょう」との発令により日記を付けている。
 書き始めて、日記には二つの効用があるなと気付く。
 一つは日記本来の備忘録的機能。
 もう一つは、筆記者の思考整理の機能。
 私は幾つかの”天才”を持っている。この9歳児らしからぬ思考、論理能力もそうだがそれ以上の特性として、完全記録能力を持っているので、(記憶ではない。いつでも任意に認識再生出来る自身の能力をこう名付けてみた。因みにこれは口述筆記でこういうのは書いてて恥ずかしい、かっこ閉じる)特に個人的特性として、こうして書いていて日記の備忘録的側面にはあまり意味を見出せない。
 一方、考えを纏めるツールとしてなら、日記はなかなか面白いと思う。(特に口述筆記では)
 いわば、自分の脳みそを取り出して手のひらに載せて見るに近い感覚を味わえる。
 日記についての日記は余りにメタ的で流石に日記らしくない。
 どうしよう。
 取り敢えず自己紹介でもしてみようか。
 読者を意識して書くようにとコントローラは日頃から言うがあれは私や彼女のことではなく、第三者の視点を意識すべしとの教えなのだろうと思うから。

 名前 ミキ・カズサ
 年齢 9地球標準年と3ヶ月
 月生まれの島育ち

 あー、知ってるヒトは知ってる様に、私はあの悲劇かつ奇跡の赤ん坊、ミキ・カズサの成れの果てなのだ。
 知らないヒトはネットサーフした方が早いのだが、それでは自己紹介にならないので端折らず書こう。
 そう、初の地球・月往還型大型スペース・プレーン、「アルテミス01」による当時の最大規模宇宙災害はその初飛行中に起きた。以後同型、同航路はほぼ無事故で運行されている。
 乗員乗客全員死亡が報じられる中、奇跡は起こった。
 その奇跡が今のこの私、だ。
 ムーン・ベイビィだったこともあって、月の守護を受けたとも、久々にバチカンが即行で奇跡認定したのも(紀元前2年の時点から地球連邦は”破門”されたままだというのに、だ)とにかくそれは悲惨な大規模事故の中の唯一の明るい材料で、でも同時に両親死亡の孤児というどこまでも悲劇、でもあった。
 さっそく私を救う会が立ち上がり、その公式サイトは確か今でも稼動中で、だからサーチした方が早いんだけど、結局父方の伯父叔母に拾われて義援金にも助けられすくすくと育って今に至るのことです。皆様有難うございます。

 よし、ボリュームとしても一日の日記としては充分と認む。
 今日はこれまで。

 1−2

 正規の授業再開の目処はまだ立っていない。
 相変わらず帯域の殆どが官、というより軍に、それこそ制圧されていて手も足も出ないそうだ。
 今の授業は、私らの世代をこのまま放っておいて、知識的真空地帯に置かせない様に、有志教員一同により運営されているボランティアの様なモノだ。
 今日は歴史の授業、それも安全保障についてが重点的に取り上げられた。
 WW1、2、3から今日の「仮)太陽系戦争」に至る、人類の愚行愚策を改めて振り返る興味深くも鬱陶しい内容になった。
 ものすごーく乱暴に纏めてしまうと以下の如し。
 1.島民の多くはWW3の敗戦国、いわゆる負け組みで宇宙に逃げ出した先祖の末裔。
 2.それは、一見棄民政策に見えなくもなく、島民は連邦政府に怨恨を募らせた。
 3.連邦政府はそれらを感情論と切り捨て、往々にして無神経で無頓着だった。
(4.当代の議長はババを引いた、知ってて火中のクリを拾った?)
 もちろんコトはここまで単純じゃない。
 地球連合のこと、バチカンの暗躍、あれやこれや。
 それこそ後世の歴史家にでも登場してもらって、十分な奥行きのパースペクティヴでもって事実を透徹させないと見えるものも見えないはずだ。戦争真っ盛りの時代の人間がその戦争についての視座を持つなんてどだいムリなハナシなのだ。
 政治家はどうか。
 彼らも火を噴いてしまった戦争そのものはどうしようもないのが正直なトコロだろう。開戦直前まで戦争回避の為のあらゆる努力を怠らなかった(実際はどうだか判らないが)としても。
 では軍が。
 いや、軍は別命あるまで愚直に戦い続けるだけだ。
 最後に戦争を収めるのはやはり政治家の役目ということになるのだろうか。

 にしては、今の連邦政府は妙な動きをしている。
 ハルトマン内閣が戦争勃発の引責で総辞職してから、こういうトキに不可欠なはずの「戦時内閣」がまだ組閣されていない様なのだ。暫定政権すら登場していない。
 戦争という異常に隠れてしまっているが、これも十分以上に異常な事態だ。
 そも、本来直接民主制のハズがなし崩し的に(権限貸与の連鎖でだ)元の代議制に先祖がえりしてしまった我が地球連邦政府評議会だが、民衆どころか一議員すらもが、建設的提言をしないというのはどういうコトか。
 未だに総辞職したハルトマン内閣を誹謗してみたり、戦争回避への”たられば”議論とか。
 正直、うんざりだ。

 ・・・9歳児にうんざりされる議会って正直どうよ。

 ああ憂鬱だ。今日はこれまで。

 ああ、因みに私らの島は地球・月系の端っこで辛うじて連邦側
 いうなれば最前線だ・・・。

 ますます憂鬱だ。誰か何とかしてくれ。

 1−3

 例のアレ、連邦と群島の開戦から二月が過ぎた。
 ラインが復旧したので教科が正式に再開、併せて日記も各自の任意になったのだが、こうして時々記している。隔日日記だ。
 歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。
 連邦と群島の戦争もそうだ。全くの茶番劇だ。
 まず何より、すったもんだの挙句、ハルトマン政権が復活したのは。
 驚いた、というか呆れた、心底。
 そのままハルトマン内閣は戦時内閣を宣言、市民は一部の権利を制限されることに。
 といっても驚くに値しない。
 渡航制限、(でも大気圏内はどこでも可)宇宙空間利用制限、それら戦争に関しての幾つかの当然。
 そして、ハルトマン内閣は、自ら、戦火の不拡大方針と、限定戦争方針を打ち出した。
 どういう事かというと、つまり総力戦をしない、ということだ。

 そしてホントに、馬鹿げたくらい紳士的な戦争を始めてしまった。
 内閣再組閣から約一月でそれは起こった。

 平文で、今からどこそこに攻撃するから気をつけろと打電したあとで、砲撃を開始したのだ。
 大砲だ。
 レーザ射撃ではない。質量攻撃だ。
 島は中天に浮かんでいる。逃げも隠れもしない。
 弾を撃てば、宇宙空間ではどこまでも届く。
 砲撃の様子は生中継され、市民にも敵対する島民へも向け、公開報道された
 砲撃は、工業島の特に無人工場区画に向け実施された。
 一応、戦略打撃戦、ということになるのだろうか。
 他、ベルトと群島との資源ルートに向け、無人編成の戦力も投入されていて、情報はこちらも公開されているが所詮、”自称”でしかない、検証不可能なこちらは良く判らないが、それなりに効果は上げている、らしい。
 ほんとうに我が連邦は群島との衝突を回避したいらしい。
 所属する島の半分も潰してやれば残りは投降するだろうことは素人目にも明らかだが、これが厳正な民主主義というものなのだろう。

 いやほんとに、この戦争は10年続いてもおかしくない、と思う。

 少しは自分のコトも書こう。
 幼少からのアレ、オリンポスの幻影を、昨日は真昼間に、見た。
 最近、見ていなかったので久々の御無沙汰ぶりだ。
 もうすっかり馴染みになってしまった、火星、否、太陽系中最大の、オリンポスの、山頂の光景。
 いったい”これは”何なんだろう?。未だにその意味が判らないよ。







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