Road to the star seed
4−1
軍からの発議による緊急連絡会議の席上だった。
中空にスクリーンが表れ、グラフと表が表示される。
先月の我が軍の損害、そして今月。
群島勢力の小惑星帯との資源調達路に向けた連邦の通商破壊艦隊。
艦載機は無人の使い捨てだが母艦は流石に使い捨てではなく、戦闘母艦の様な大型艦は実際に有人のものある。
艦載機の消耗はともかく、母艦の損害が顕著に増大していることが判る。
有人艦にはまだ損害は出ていないが、このまま戦力が減少し続けるのであれば、前線が後退し、有人艦もが脅威に晒される恐れが出てくる。
軍からは艦隊戦力の再編成が提案されるが、議長は別の一面を指摘する。
あたかも、まるで、一夜にして連邦側の兵器体系が旧式化したかにも思える級数的被害の拡大。
連絡武官はうなずいた。情報の収集も強化しているとのこと。
議長は珍しく逡巡を示した。
群島が、”機動兵器”の様な、一種革新的な、コペルニクス的な転回を戦術的に実現していた場合、こちら側での対策は、と。
ふと、軽やかなアラーム。
連絡武官は端末を操作し、最新情報、最前線での貴重な記録情報が到着したことを告げた。
先ほどの統計系統の情報が消去され、映像出力が始められた。
星空、宇宙空間だ。
そこに、小さな点が表れた。矢印が重なる。
加速している。約10G。
もう一つの小さな点。
同じく矢印、友軍の無人戦闘機。
二つの点が重なる。
「ミサイル?」
「いえ」
二つあった点が一つに。こちらの戦闘機のみが破壊された。
「ばかな、格闘戦だって?!双方同時に」
点が次いで記録者に迫る。
アップになったときに一時停止。
「これは・・・」
誰もが言葉を失っていた。
鋭角的な頭部に、ボディ、そしてボリュームたっぷりの四肢
それは、”人型”だった。
「何なんだこれは一体」
誰かが悲鳴の様な声を上げた。
因みに無関係だが”機動兵器”は人型とは似ても似つかないフォルムで、何より手足などはない。
巨大な推進剤タンクに姿勢制御モータ、強力な光学センサ、ただそれだけだ。
その直後、記録者も破壊され、一瞬ホワイトノイズを吐いて映像は終わった。
この映像をどう理解すべきか。
議長は軽く額に手をあてがう。
連邦側の一方的な損耗は、”今の”が原因であるのだろうか。
連絡武官は何も応えない、応えられなかった。
映像で示された状況に対し、現実的な対策が必要だろう。
だろうが、何をどうやって。
誰も何も応えられなかった。
議長の裁定が下った。現有戦力の一時撤収、詳細は後ほど。
連絡武官はようやく返答した。
4−2
その実態は、壊走そのものだった。
議長による撤収が指示されるまでに、連邦宇宙軍内宇宙艦隊はその戦力の実に約4割を損耗していた。
”3割全滅”の軍事一般則に照らせば、全滅以上の全滅であった。唯一、有人戦力に未だ損害を蒙っていないのが明るい材料だが、無人戦力でカバーしていた前線が崩壊し、後方の有人戦力が危機に晒されるのはもはや時間の問題となっていたのだった。もちろん、損耗は織り込み済みで戦力の補填は行われてはいた。要は損害に補充が追いつかなくなっていたのだ。
これが例えば総力戦体制であったならば、或いは。
という意見も当然出されたが、議長はあくまで限定戦争を望んだ。
いうなれば、”原価割れ”を起こすくらいなら砲撃を強化して強引に”時計の針”を進めるまで。
つまりはそういうことだった。
軍は撤収に入りながらも一つの疑念を抱きつつあった。
勝ち誇っているはずの群島勢力が、その動きを全く活性化させることなくいるのは何故か。
もちろん、嵐の前の静けさという可能性はある。
それにしても、準備行動としてその予兆はあるはずだ。
完全に動きを秘匿しているのか。
戦略砲撃が予想以上の効果を発揮しているのか。
或いは。
疑念は、突然の群島勢力代表部からの講和の申し出という形で裏付けられた。
いや突然と言っても開戦から既に10年と5ヶ月の時間は経ってはいるのだが、予備交渉等の事前活動なく突然に、という意味である。
その和平交渉は群島側に一度撤回されたが、クーデターでも起きたのだろう。代表部の人員が刷新され、群島側による再度の和平の申し入れがあり、両者は交渉のテーブルに着いた。
そして、細則は後ほどという体にして、まずは両者間での停戦についてが合意されたのだった。
体裁はともかく、実質的には連邦政府の粘り勝ちだった。
政治的事務レベルの折衝が展開する裏では、双方の軍、情報関係の者たちが活発な情報交換を行っていた。
結果、連邦軍は疑念の解答を得た。
”アレ”が、群島側の戦力ではなく、それどころか、”アレ”のせいで群島側は完全に物流のラインを断たれ、更に激化した戦略砲撃により完全に継戦能力を失い、一部の徹底抗戦を叫ぶ原理主義者を除き、国内も厭戦一色に染まり、もうどうにも身動きが取れなくなっていたということを。
さいごのパズルのピースがはまり、完成したのは大きな謎であった。
”アレ”は一体何なのか、という。
正体は何で、何を目的としているのか。
誰かが、”良い宇宙人”なのではないかと冗談交じりに言った。
確かに、”アレ”のせいで、分裂した人類は再び手を握りあえた、が。
そう単純なことで良いのか・・・。
儚い希望は、戦争を通じてさえなかった、民間への突然の被害という形で打ち砕かれた。
4−3
ともに無事、火星行きのチケットを手にした二人だったが、既述の如く約束通りの付き合いは出来なかった。
理由は、火星行きが決まって更に多忙になったコト。
地球、火星の間を約1月の航宙となるが、その間、乗客はただのペイロードとして搬送されるのでは無かった。
航宙のメンテナンス要員として、また火星の最新状況を学ぶ生徒として、そして学んだデータを基に伴にスタッフとしての役割を期待される研究者として、そしてそれらの役割を果たすべく、火星行きまでの時間はその準備として忙殺されることになっているのだった。
とてもロマンスなどやっているヒマはなく、正に1分1秒が惜しい日々が続き、気が付けば『マーズランナー05』は、地球から月を目指す軌道から月の周回軌道へ遷移しようとしているところだった。
「キャプテン、あれは・・・」
船長に向けた航法士の叫びは途中で悲鳴に変わった。
船内に警報が弾けた。クルーは全員、現在の作業を中断し直ちに気密服を着用する。
破壊音が何度か船体を貫き、しばらくして途絶える。完全に空気が抜け切ったらしい。
船殻がついに裂けた。裂け目の向こうに宇宙空間が覗く。そして。
破壊者の姿も。
「・・・人型・・・??」
いぶかしげな呟きが、回線上で交錯。
裂け目が拡がっていく。船体が完全に断裂する。
そしてまた。
それは、光の塊の様に見えた。光の粒子をまとい、曳きながら忽然と出現した。
そのままそれは、一体の人型に激突しハネ跳ばし、相手を粉々に粉砕した。
残るもう一体を投げ飛ばし、何かの可視光線、ビームを放ち、これも撃砕する。
「メイデイメイデイ、こちら『マーズランナー05』!!」
『マーズランナー05』遭難を受信した航宙保安局本部は、現場宙域を統括する第4管区航宙保安局で、オンステージされていた警備艦3隻の内、更に最も軌道要素が近いもの1隻を選び、直ちに現場宙域へ向かう軌道に乗せた。
その後『マーズランナー05』からの続報は無く、乗員乗客の安否が気遣われる中、現場に到着した警備艦からひとまず乗員乗客の無事を知らせる報告があった、が・・・。
どうも要領を得なかった。
乗客が火星クラスの修了生で、一人を除いて全員が速やかにスーツを着用して無事であったこと。
乗員も同じく。
しかし、対照的に『マーズランナー05』は大破しており、デブリ以上のものではないこと。
そして・・・。遭遇した、正体不明の”物体”。
一人が行方不明とのことなのだが。
人型、とは一体何のことであるのか。
遂に直送されてきた現場の画像を見て、その場に居合わせた本部スタッフは全員が絶句した。
それは、確かに人型だった。
身長、10メートル程、鋭角的な頭部を持ち、マッシヴなボディに均整のとれた四肢。
まるでアニメにでも出てきそうな、到底我々人間の手による造形とは思えない、一見不合理しかし流麗なフォルムを持つ、人型だった。
乗員乗客の証言も要領を得なかった。
”コレ”とは違うやはり”人型”に、二体の”人型”に襲われたのだという。
そして、その”襲撃”の直後に、今居る人型が現れたのだと。
今、未だに現に現場に居る”人型”が、動かぬ証拠である様にも思えた。
警備艦は、回線の全チャンネルを使って人型に話し掛けているが、未だ反応らしい反応はなかった。
「取り敢えずどうしましょう」
警備艦のブリッジでスキッパーが情けない顔をしてみせた。
ムリもない。
正に前代未聞の事態なのだ。
遭難現場で行方不明者一人、その代わりに”人型”一体。
何となく、直感ではその行方不明者と人型には相関関係がありそうだが、そんなものをココで持ち出すワケにもいかない。機械的に、行方不明者の捜索に全力を尽くすよう、指示する以外の方策は無かった。
4−4
目覚めるまで何を見ていたのだったか。
また、オリンポスの幻像を見ていた様な気もする。
いや、夢に見ていたことを幻像とは言わないか・・・。
そんな場合じゃ無かった。
私も急いでスーツに着替えなきゃ・・・アレ?。
ここは、どこ。
何かのコクピットに座っている様だった。
いや、座っているというより、リクライニング、ほとんど寝そべっている状態に近い。
コクピット内は、光源の判らない淡い照明に照らされ。
いや、これはコクピット全体が淡く発光しているのか。
などという詳細な情景描写より・・・。
そうよ!!。
「ここはどこで、ワタシはどうなったのよ!!」
声は反響することなく周りのカベに吸い込まれて消えた。
が、反応が表れた。
「わっきゃっ」
突然、宇宙空間に放り出された様な錯覚を覚えた。
それくらい見事な全周スクリーンの映像だった。
「ワタシのことば、判る?」
と、眼前の中空にスクリーンが開き。
”わたしのことば、わかる”
表示された。
「本当に判ってる?」
”ほんとうにわかってる”
ダメダこれは、判ってないようだ。
「動きは判る?こう、手を振って見せて」
そういい、実際に右手をコクピット内で小さく左右に動かしながら、違和感を覚えた。
手を、振る?。
完全記録がその光景を再生した。
環境適応により閉鎖系を構築しながらも、強烈な紫外線に焼かれていたあのとき。
助けて。
声にならない声に応じて表れた、その・・・。
眼前の情景と、かつて一度だけ記録された映像が、重なった。
「あなた、だったの・・・」
”そうです”
え。
”またあえるのを、まっていました”
わたしを、待っていた。
「ことば、わかる?」
”すこし”
「わたし、ぶじ、つたえる」
と、いきなり大音量の呼びかけが飛び込んで来た。
『・・・らっしゃるんですか、でしたら呼び掛けに応答して下さい、ミキ・カズサさん。中に』
”はなせる”
「私は無事です、現在”人型”に保護されています!」
警備艦側では、半分以上無駄と悟りつつも、おざなりに周辺宙域を哨戒する一方、ある種の確信を以って、全波長帯域での”人型”に対しての呼びかけを続けていた。
呼びかけにコールがあったのはそろそろどうかという約30分後だった。
4−5
「ミキ・カズサさん!無事なんですね」
無事というか何というか。
「無事です!」
次いで、どこかためらった口調の問いかけ。
「スーツは着用していますか?”そこ”から出られますか」
参った。
「スーツは着用していません。”ここ”から出られるかは判りません」
”いま、でる、よくない”
それは、判る。
「了解です。本部と交信します。回線は開いたままにしておいて下さい」
それは確約できません。
少しして。
「その”人型”には、航宙能力はあるのでしょうか」
判りません。
”ある”
「ある、そうです」
勢い込んで。
「その”人型”と意思の疎通が出来ているのですか?」
「限定的ですが、はい」
「その”人型”に、本艦を追随する様、伝えられますか?」
かなり異常な事態になってきた。
スペックも何も判らないのにムチャをいう。
相手も相当、混乱している様だが。
まあムリもないか。
「ついていく、できる?」
”できる”
「出来るそうです」
何だかバカらしくなってきた。
「では、並んで追随して下さい」
そういうと、警備艦は姿勢制御モータを噴射して回頭し、帰還コースに向かってエンジンを始動した。
”人型”も、苦も無くすっと警備艦の横に並び、警備艦に合わせて移動を開始する。
コクピット内には、何のGも、衝撃も感じなかった。
全く、外力が及んでいないかの様に。
そのまま約10時間ほどの航宙の後、警備艦と随伴する”人型”は、第四管区航宙保安局の母港に着床した。
後半の行程から、すっかり熟睡していたミキは、コクピットに響く柔らかいアラームで目覚めた。
そして、人型はサルベージ用大型エアロックに収納され、ミキの救助作業はその中で行われることになった。
といっても。
「そと、でる、あんぜん」
”はい”
で、皆の見守る前で、まるで手品の様に、”人型”の胸部からツルリ、と降り立っただけだったのだが。
全員があっけに取られた。
当然、ハッチでも開いてそこから出現すると思っていたものが、まるでトコロテンでも押し出す様に、ツルリ、否、にゅるり、と表れたのだから。
4−6
それからが一騒動だった。
”人外”の環境にいたミキに対し、防疫面での徹底した検査が行われたのだが。
「やめて止して私は正常ですだからナノマシンダメなんですってば人間じゃないの助けてナノマシンいや〜〜」
「先生」
「うむ、やはり常態ではないようだ」
人間向けに調整された診断用医療ナノマシンに対しての、体内の防疫活動による諸症状、頭痛、吐き気、排便、/排尿衝動、他各部の痛みでのたうちながら説明した身の上の、諸般の事情がようやく理解され、身元保証人の学者・刑事のコンビとも連絡が付き、ミキはようやく地獄の苦しみから解放された。
当然というか、未知の病原菌の様なものは発見されなかった、が。
代わりにとでもいうか、人間の手になるものと異なる”物質”が発見された。
それは、ナノマシンより更に微小で、いわば”粒子マシン”とでも呼ぶ他ない物体だった。
もちろん機能は判らない。というより単体では機能しようがないモノだった。
それが、無数に発見された。
人間の(”天使のも”)防疫構造が反応出来ないほどに微小なのだ。
徹底検査でも行なわなければ、発見不可能であったろう。その発見も偶然に近いものだったのだから。
とにかく、防疫上の観点からは、ミキ・カズサに問題は無かったことが証明された。
医師達に、良かれと思われながらナノマシンの投与を受け障害でズタボロになっていたミキは、一晩熟睡し疲労回復に努めると。
世界が、変わっていた。
「こんにちは、酷い目にあいましたね。気分はどうですか?」
営業マンの様な男はいった。
しかし、連邦宇宙軍の制服を身に着けた営業マンはいないだろう。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
疑念たっぷりに問いかけると。
「こちらこそ失礼しました。こういうものです」
名刺を差し出した。
連邦宇宙軍艦政本部技術研究2課 課長 エルロフ・ヒューマッハ 中尉
「これはご丁寧にありがとうございます。あの、それでご用件は」
男は苦笑した。
「今日は挨拶だけ・・・と行きたいところなんですが、すみません、私どももヒマではありませんので。単刀直入に行きましょう。ミキ・カズサ、貴方は自身が連邦の”機材”であることは、覚えていますね」
ぎょっとした。確かにダイレクトだ。
余程忙しいに違いないと思わず納得させられそうな程に。
「それは、一応」
男は、残念ですが、と続けた。
「ミキ・カズサさん。貴方を現刻を以って、再び連邦政府が所有する機材として徴用します。私の課がこれを所属とします。所有権並びに使用権も、以って私の課に帰属するとします。」
ミキは流石にあっけにとられた。
次いで、不愉快な顔付きで、衝動的にそっぽを向いた。
堪えられなかった。
男は、心底から残念そうな態度を崩さなかった。隠れサディスティックな匂いは、ない。
態度そのものの心情である様だった。
そこで初めて、軍人には珍しいタイプ、だと思った。
他に軍人の知り合いが居るワケではなかったが。
「人類の危機が、迫っています」
男は真顔で言った。
冗談ではない様だった。
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