Road to the star seed
5−1
戦争を勝利で終わらせたにも関わらず、政府と軍はその緊張を解かなかった。
政府は、否、人類は、新たな、未知の脅威に晒されているのだった。それを明白に認識しているのは、一部の高官に限られていたものの。
話せば判る、相手では無かった。
既に軍は戦端を開いていたのだ。一方的に叩かれるがままではあったが。
戦争が実際に終結して、しかし軍は動員を解除しなかった。
世間一般には、今回の戦争で発生したデブリの除去、スカイクリーナー作戦を続行する為の動員維持と説明され、それは事実の一部でもあった為に民衆は納得した。
安全確保までとの留保期間として、特に宇宙での基本での渡航は全面禁止となった。
しかし。
問題解決はその糸口すら見当も付かなかった。
重要な手がかりは、前、群島軍部の技術士官より提示がなされていた。
ベルト、小惑星帯で発見された、”人型”の遺跡、であった。
当時、群島勢力はこの発見に沸き立った。
この、所謂”オーパーツ”から可能な限りの技術を得、戦局に反映させん、と、である。
しかし、熱狂は長くは続かなかった。
曰く、原始人がコンピュータを手に入れた様なモノ、と彼は自嘲的に語った。
そういう意味では、連邦としても五十歩百歩だった。
むしろ、今回の”敵”の強大さに、関係者は絶望するばかりだった。
現在はまだ、被害は、例の火星定期便の件以外では、ベルト近辺に極限されていた。
その意図も不明だが、もし”敵”が、地球・月等の内惑星圏に対し本格的侵攻を開始した場合。
どうなるのか、どうするのか。
どうにも、ならない。
否、今、唯一の希望があった。
それが、それこそが。
多少、強引な手続きではあるが、強制的に連邦とこの事態収拾への協力を約束させた。
ミキ・カズサと正体不明の、今はまだ中立的な”人型”だった。
5−2
数時間連続の濃密なブリーフィングを経て、ミキは得心した様だった。
元々、理解力は人の数倍はあるのだ。すぐに事態の重大さを理解した様子だった。
「それで、私はどうすればいいのでしょうか」
頼りなげな口調だった。何が出来るというのか、という問いかけだった。
「それなんだが・・・あの、その、”人型”との意思疎通は、可能なのですか?」
やはり、そういうことですか・・・。
「限定的には、はい」
ヒューマッハは難しい顔をした。
「まずは、そう、”彼”と円滑なコミュニケーションを取れる様、努力して貰いたいのです」
ミキも難しい顔をした。
「努力は、ええ、しますけれども・・・因みに、”彼”は今、どこに」
ヒューマッハはパッと明るい顔になった。
「まだ、ここの港に係留されたままですよ。御案内しますか」
「ええ、直ぐに。時間が無いのでしょう?。コミュニケーションの後に、いろいろ依頼があるのでしょう?」
「はい、その通りです・・・その通りになります」
ミキが着替えて病院棟の外に出ると、ヒューマッハの隣に見知らぬ若者と、もう一人、見知った顔があった。
「火星行きは当分中止だね・・・」
一人は直正だった。
もう一人は?。
「彼が、今後貴方の身辺のお世話に当たります」
ヒューマッハが言うと、若者は几帳面に頭を垂れ、次いで敬礼して申告した。
「ウォルター・カミングス中尉と申します。以後、身辺のお世話をさせて戴きます。何なりと申しつけ下さい」
機材なればこそ扱いは丁重に、ですか。
ミキは内心呟きながら、表面はあくまでにこやかに頷いてみせた。
「え、ちょっと、どういう」
直正が要領を得ない顔で近寄ろうとすると。
カミングスはパチンと指を鳴らし、すると屈強な私服の男二人がどこからとなく現れ。
「御案内差し上げて」
騒ぐ直正を取り押さえ、そのままどこかへ行ってしまった。
「では、参りましょうか、ミス、カズサ」
ミキは少し硬い笑顔で。
「ミキ、でいいです」
カミングスは晴れやかに笑って。
「では、ミキさん」
二人は傍目からは恋人の様に連れ添って、港湾区画へと歩き始める。
5−3
サルベージ用大型エアロックの中に、”彼”はミキが運び出されたときと変わらず直立不動の姿勢でいた。
<おかえりなさい>
ミキは思わず辺りを見回した。
「聞こえました?!今の」
「何です?」
カミングスには聞こえなかったようだ。
ミキは、”彼”を見上げた。
<おかえりなさい>
間違い無かった。
「彼が、話掛けてきています」
「なんですって?!」
カミングスの平静な態度が崩れるのを見て、ミキはちょっとした快感を覚えた。
「その、頭の中に直接、ですか??」
カミングスを無視して、ミキは彼に向かって右手を小さくふってみせた。
「ただいま」
彼の、眼、だろうか。頭部でのその辺りの、センサーが淡く明滅した。
<心配していました>
「言葉を覚えたの?」
<はい、あれから一昼夜ありましたから、少しは>
少しどころではなかった。
始めのたどたどしさを話したての幼児とすれば、今の語学力はサード・スクールの生徒くらいはあるだろう。
「どうやったの?」
<聞き耳を立ててただけです>
「交信とか・・・?」
<そうです>
ミキは改めてカミングスに告げた。
「無線の交信等を聞いて、語学力を鍛錬したそうです。初期の彼の語学力をエントリ・スクールの幼児とすると、現在はざっと、サード・スクールの生徒並みの会話が可能かと思われます」
「え、ええ?!、ちょ、ちょっと待って下さい」
すっかりウロが来たカミングスは可愛そうなくらいだった。
コミュニケータでどこかと必死に連絡を取っている。
<会話は、出来ません>
「え?こうして話してるじゃない??」
<その通りです>
ミキは混乱する。
「え??つまり???」
<はい、私がこうして会話出来るのは、貴方、ミキ・カズサだけです」
ミキの混乱はまだ収まっていなかった。
「え?そうなの?」
<はい、主人のみに仕える様に、そうなっています>
むしろ混乱は酷くなるばかりで、カミングスを笑えない。
「主人?!ちょっと待って!今、主人って言った?!私が貴方の主人ですって?!」
彼、は厳かに宣告した。
<そうです。私と会話が出来るのは、私の主人だけなのです>
ですから、と彼は続けた。
<貴方は私の主人です。ミキ・カズサ>
そう言い放つと、ゆっくり巨体を屈ませて臣下の令をとる。
5−4
それからの数日間は、ひたすらデータ取りの作業への協力となった。
まず、宇宙空間での検査だったが、直ぐにスタッフは頭を抱えることになった。
宇宙での最高速移動試験で、彼の飛翔があっさりと”光速を超えた”からだった。
つまり、計測機器が役に立たないのだ。
いやそれ以前に、この試験に立ち会った技官達は興奮と混乱でどうにもならなくなり、一時試験は中止に。
結果、高真空での移動速度は光速以上ということにして、試験再開。
耐久試験と称してガンマ線レーザから核融合プラズマまでありとあらゆる人類が持てる兵器をぶつけてみたが傷一つ付かず、乗り込んでいるパイロットのミキからも、何の衝撃もなしと伝えられると、人々は驚嘆すると同時に深い絶望に捕らわれた。軍人の性癖から最悪想定をしてしまうと、”彼”を眼にした以上、正体不明の”敵”が、”彼”以上の性能を持たない理由はない、ということになるからだった。
よしんば、”敵”が”彼”と同等であっても、人類が総力を挙げても太刀打ちできない事実は変わらない。
そんな中、ちょっとした事件が起こった。
”彼”ではお互いに不都合だろうからと、”彼”が名乗りを上げた。
<自称、仮称、『アレフ』で宜しく願います>
いろいろ考えたがこれが一番シンプルで良い、とのことだった。
<元の名前を”思い出す”までの仮称です>
とのことだった。
ようやく名前が付いた彼だったが、未だに謎だらけな存在だった。
彼、いずこより到りて、いずこに行くものか。
どこの誰に創られ(自然生命とは流石に誰も認めなかった)、どこから来たのか・・・。
ミキとの奇縁は、まあ宜しい。
それ以前にはどこで何をしていたのか。
<判らない>
アレフは本当にそれらを”忘れて”しまっている様だった。
<そのうち、思い出すと思います>
そのうちっていつよ。
試験は続き、外形寸法にしては破格な、破格にすぎる彼の実態が徐々に明らかになりつつあった。
即ち
移動速度は既出通りに光速以上
出力は中型のブラックホールの吸引力(推定)
耐久力も既に見ての通り
センシング能力も、太陽系全部くらいは見通している様子(推定)但し歯がゆいことに、”敵”もそれに対抗する隠蔽能力を持っている様で、アレフ曰く、私に似た人型は”近辺”には居ない、との回答。
唯一、”攻撃力”の検査のみが控えられた。
何が起こるか、誰にも責任が取れないからだった。
結果、次に予定されていた大気圏内での検査はあまり意味がないとして見送られた。
何より、大気圏内で光速を超えられたらどうなるか。
これも、誰も責任が取れなかった。
そも、アレフはこれらの検査を
<意味がありません>
かなり非協力的だった。
ミキが宥めすかして検査を受けさせたのだった。
<貴方の為になるのであれば>
検査に限らず、アレフは終始、ミキとの関係以外には無関心だった。
否、無関心以上に、認識外といえた。
他の者が話し掛けた内容をミキが通訳しても。
<有難うございます>
<光栄です>
<感謝します>
文言とは裏腹に、完全に無視の態度、というより、全く認知も認識もしていない様子だった。
そうした作業に協力して人々の間に立ち交わるうち、”彼ら”と自分との距離が少しずつ離れていくのをミキは感じた。人々が恐れるのも無理は無い、それを理解しながらも。
そう、厳密に言えば、ミキは人間ではない。
アレフは、ミキの言葉にしか従わない。
人類が疑心暗鬼に陥っていくのも、ムリはない構図だった。
アレフを、人類の為に働かせるにはどうするか。
とにかく、ミキの機嫌を損なわない様に。
次第に、人々の態度が硬化していくのにミキは気付いていた。
表面上はどこまでも慇懃に、しかし。
人類と、人外の構図に気付かないミキでは無かった。
毎日多数のスタッフに囲まれながら、どうしようもない虚無感を感じていた。
5−5
アレフのデータ採りが一通り終わってしまうと、忙中閑あり、という状態になってしまった。
そのまま、連邦宇宙軍が宇宙に持つ実験場の居住区画の一室に、半ば軟禁状態で留め置かれたが当初はどうということもなかった。ネットは使えるし、月額約100万の給与は支給されるし、アレフとの会話も出来るし、ネット通販で取り寄せたドレスを意味も無く着飾って一人で苦笑してみたり、と、それなりに充実させた毎日を送っていたのだが流石にヒマになって来た。
あれからアレフは随分と学習して、少なくともミキと同等かそれ以上の語学力と学力を身につけた様だった。
全く、どういう仕組みになっているのか。技官がいうにはミキの体内で検出された例の正体不明の微小物体が関与している”らしい”とのことだが、今、1キロ以上は優に離れているアレフと、何の支障もなく会話が出来た。但し、ミキの側は声に出して発音する必要があるので、傍から見ていると完全に統合失調症以外の何ものでもない様子だが。
「アレフ」
<何でしょう、姫>
姫。最近彼が好んで使うミキへの尊称だ。
「未だ何も思い出さない?」
<申し訳ありません。一向に・・・>
彼は深い眠りについていて、体の半分はまだ眠ったままの状態である、らしい。
ミキと最初に巡りあったときは、だから半ば反射的自動的行動で、先日、2度目に出会ってから、本格的覚醒へのシークエンスに移行、したらしい。
何でも、遠い昔、深く絶望して、”フテ寝”してしまった、らしい。
ミキとの出会いで、彼は”心の底から”救われた、そうだ。
ミキにとってはいい迷惑だが。いや命の恩人ではあるが。
そうした彼との会話によって得た事実を、ミキは少しずつ外部へも伝えていたが、何とはなし、全部を伝える気にはなれなかった。
こうしていると、人類、との距離感は開く一方だった。
”人類側”も、今のミキ、アレフという天下無双の相棒を手に入れた彼女の扱いに手をこまねいている感があった。
ミキの側でも、それを理解は出来るが、でも得心はいかなかった。
それこそ、アレフに命じて”牢破り”をすることも出来た。
だが、それも出来なかった。
そして、完全体、であるミキは、鬱病になることすら許されてはいなかった。
本格的にヒマになってから、中途半端にどんよりと日々を送り始め、ヒマ潰しにホントに”破獄”してやろうかとミキが思い詰めていた頃だった。面会人が訪れたのは。
5−6
面会人は直正だった。
「なーんだ」
ミキは目に見える様に落胆してみせる。
「なーんだ、はないだろ」
直正がつられて落胆すると。
「ウソ。冗談よ。会えて嬉しいわ」
「・・・オレも」
本当だった。
本当に気がおけない、ミキにとって直正は一緒にいて安らぐ存在だった。
アレフと会話していても、似た様な安らぎは無いではなかったが、それはどこまでも、ミキからの一方的な、共に人類の局外にある者同士の一体感でしかなかった。
その点、直正と共有する時間は、どこまでも寛げる、穏やかな一時だった。
直正はかなりカチコチのようだったが。麗しい才女の前に出た三枚目そのままだった。
「直正」
ミキは改まった調子で呼び掛けた」
「何でしょう、姫」
ミキは笑って。
「では命ずる・・・私をさらって、逃げなさい」
直正も改まって。
「御意・・・じゃなくてさ」
「何?」
更に真剣な表情で。
「オレと、結婚してくれないか」
「はあぁ??」
直正は真剣な表情を崩していない。
「ホンキぃ?」
「もちろん、本気だ」
ミキは、いやミキも、本気で、困った。
「貴方ももう知ってるでしょ?。私はハイブリッド・エンジェル、人間じゃないのよ?」
自分で言うのも妙なものだ。
「うん、知ってる」
直正の表情は変わらない。決意も変わらない様子。
「私は政府の備品なのよ?!。例えて言えば、今私たちが腰掛けてるこのベンチと変らないの」
言ってペンと一つ叩いてみる。
「貴方、公園のベンチと結婚出来るの?」
「出来る。喜んで。それにキミはベンチじゃない」
あー。純粋真っ直ぐクンにも困ったもんだ。
「貴方の意志は、まあいいわ、尊重するとして。役所も受理・・・」
直正は動き続けるミキの唇を強引に塞ぎ、言葉を断ち切った。
「役所はいい!キミの気持ちはどうなんだ?!」
すっ、と。ミキの眼から涙が流れた。
「ミキ?!。あ、ごめん・・・」
予想外の反応だった。ミキが始めて見せた涙に直正はうろたえきった。
「違うの」
「え?」
「嬉しいの。久しぶりに人間扱いされて・・・」
「ミキ・・・」
「初めてよ」
「え、あ、ご、ごめん」
「違うの」
ミキは言った。
「初めて、人間になりたいと思ったわ。それも、強く」
「あ・・・ご、ごめん」
「ううん、いいわ。・・・嬉しい」
再び、ミキは言った。
「私をここまで愛してくれる。そういう男がかつていた。それを支えに、私、生きていける」
「ミキ・・・それは」
「ハイブリッド・エンジェルは不老不死。余裕で1000年は生きるわ」
「・・・そうなのか。いや、それでも」
ミキは、聞き分けのない生徒を叱る、しかし年が近い女教師の様な態度で。
「だめよ。貴方の人生は貴方のものなの。政府の機材なんかに入れあげちゃ」
今度は直正の方が眼元を滲ませた。
「な、ナノマシン受給者だって・・・」
それこそ生徒を叱る先生の態度で。
「全身を換装してもせいぜい200年、それにスタンピードによる突然死もある」
事実だった。
「・・・ダメなんだね」
泣いていた。
「・・・ホントウに、いいの?」
「え」
「ほんとうに、後悔、しない?」
直正は顔を上げた。
その泣き顔に。
ミキは唇を重ねた。
「あ・・・」
呆けたような直正に向かって。
「今はこれだけ、ね」
「どうして」
「そろそろ、嵐が来るから。ほら」
「嵐・・・?」
「失礼します!」
面会室に誰かが飛び込んできた。
それは蒼ざめた顔のカミングス連絡官だった。
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