田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 5話 イゼルローン強襲


 帝国領と同盟領の間には見えない巨大なカベがある。
 通常空間を慎重に進めば航過可能である、
 という事実と主張はこの場合あまり意味を持たない。
 ”大統一理論”により時間と空間を交換することをその構造の根幹とする、
 通例の超光速航法にとって、
 星の残骸やそれらの間に渦巻く空間乱流、
 短期的かつ不規則に変化する重力場等、の存在は、
 それ自体時空の連続性を保証出来ない、
 実体化先の空間が、量子的揺らぎにより此の世以外の何処か、
 かもしれない可能性を負ってまで、
 そこに足を踏み入れよう、とはするまい。
 一言で言えばそれは”冒険”であり、
 政治も経済も当然、軍事も、関わる領域ではない。

 その壁を貫く穴が二つある。
 一つは通商連合機構「フェザーン」が領有するフェザーン回廊。
 今一つが、イゼルローン回廊だ。

 そして帝国は、同盟という敵対勢力の存在を感知すると同時に逸早く、
 これに物理的対処の手段を講じていた。
 それこそが回廊を中央で閉塞する、
 常勝不落を豪語し、
 帝国領侵攻を企図する同盟の眼前に敢然と立ちはだかり、
 事実同盟にとり過去、その挑戦の悉くを撃砕、撃退されてきた、
 最大にして最凶、宇宙要塞「イゼルローン」という障壁だった。



「叛徒ノ動態顕著ナルモコレヲ判ジ難シ。」


 最初、敵同盟軍艦隊は堂々と出現した。
「敵2000。進路、速度変わらず」
 イゼルローンに向け定針、真っ直ぐに攻め寄せて来る。
 全軍が配置に付き、指向可能な火力の総てが向けられる。
 駐留艦隊も出撃し、
 要塞前面で重厚な布陣で迎撃態勢に付いていた。
 それが。
「敵、旋回します!」
 全員、何が起きたのか一瞬、理解出来なかった。
 交戦圏の一歩手前で艦隊は全軍その場で左右に旋回分離、
 一発も撃つ事なく、敵は引き返して行く……。
 呆然と見送る帝国軍。
 それが初日の光景で、”叛徒の散歩”を眺める日々の始まりだった。

 次の日、先日より少し遅い時間。
「……100?。」
 出たかと思えばもう、引っ込んでいた。
 その日はそれで終わりだった。

 そのまた次の日。
 少し早めに出現した数は600。
「敵は通信妨害を画策しあり。」
 一応、そのまま近づいて来る。
 イゼルローンが出力を高め、敵の電子戦を撃退すると、
 まるでそれにびっくりしたように、
 敵600もあたふたと逃走して行った。


 叛徒め、何を目論んでおるのか。


 イゼルローン要塞司令官。
 銀河帝国軍大将、トーマ・フォン・シュトックハウゼンが、
 何度も首を捻りつつ、統帥本部に書き送ったのが先の電信となった。


 暫くして統帥本部より返信。


「叛徒ニ乗ゼラルル事無ク平常ナル精勤ヲ望マン。」


 つまらん挑発に乗るなと言って来た。

 全くその通りで。
 その後も同盟軍は定期便のように毎日現れては何もせず引き揚げて行く。
 これに毎回総員戦闘配置、全力迎撃態勢では、
 こちらこそ何もしないうちに消耗し尽くしてしまう。
 まず、敵が現れても交戦圏内至近に至るまで、
 総員戦闘配置発令の遅延が決定され、
 結局、毎回相手はその遥か手前で勝手に帰っていくので、
 遂に警報一つ鳴らなくなった。

 そしてその日。同盟軍は久しぶりに大戦力で現れた。

 帝国軍「イゼルローン」駐留艦隊司令、
 ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将。
 彼はいらだっていた。
 焦れ切っていた。
 久しぶりに出現した、叛徒の本格的な戦力を、
 今度こそ、悪ふざけに付き合うことなく、
 全力で捕捉、撃滅すべく、
 要塞火制圏内外周の少し先に、
 ”浅く”布陣して敵を待ち受けていた。

 そして敵は、いつものように”安全圏内”で旋回運動。

「全軍、突撃せよ!!」

 無防備な側面を晒す敵艦列に向け、
 艦隊司令の号令一下、帝国軍全艦は全力加速で急迫する。
 一方まるで同盟軍は、
 それが当然であるかに、抵抗一つ示さず雪崩を打って逃げ崩れる。

「今日は逃がさんぞ叛徒どもが!。追撃せよ、全軍突撃を維持!。」

「駐留艦隊、敵艦隊の撃退に成功。」
「駐留艦隊、追撃を続行する模様。」
 要塞司令室には軽い歓声が上がるが、
 司令官、シュトックハウゼンは僅かに懸念する。

 ゼークトめ。叛徒をどこまで追うつもりなのか。

 追い立てられ必死に逃げ惑う敵が、
 それを猛追する友軍が、相次いで要塞のセンシングエリアから消える。


 叛徒の逃げ足は早くて遅い。
 あれだけ艦列を乱しているのに、速度を維持している。
 だが、あと少しで手が届く。

「射撃準備!。」

 ゼークトは力強く命じる。その目の前で。


 遂に限界を越えたのか。
 一発も撃つ間も無く敵は自壊した。

 四分五裂、ばらばらに砕け散る。
 回廊の全面に無秩序に逃げ散っていく。


 そうでは無かった。


 それは極めて高い練度のみが実現する、精密な艦隊運動だった。

 艦列の”乱れ”はその準備機動だった。
 第二艦隊は整然と散開していく。花弁が開くように鮮やかに。
 直交全力加速のまま維持旋回。
 回廊の外周に張り付くと、直進する帝国艦隊の上下左右、側翼を逆進。
 そのままくるりと後背に回りこみ、
 何事も無かったような顔で再び集結した。

 全艦が突撃姿勢にあった帝国軍は、
 それを呆気にとられ眺めるだけで全く追随出来なかった。

「ばかな、こんなことが……。」

 指揮官の口から発せられたのは戦闘指揮では無く、
 現実逃避の愚痴でしかなった。

 自分たちが罠に、
 それも敵が準備した罠に頭から飛び込んだのは、
 最早だれの目にも明らかだった。
 否、その初回の出現から今に至るまで総てが徹頭徹尾、
 叛徒どもが周到に準備した罠なのであったことを。

 そして前方からは出現した新たな反応が、
 食事にかかる肉食獣の如く悠然と、進んできていた。



 同盟軍第二艦隊旗艦「パトロクロス」。
 パエッタは全艦に向け攻撃を指示。
 短時間で荒熟しに無防備な敵背面を叩かせると、
 すぐにフィッシャーに向け手仕舞いを司令、
 敵指揮官撃破を、
 敵軍の顕著な通信量の増大と比例する布陣の乱れで確信、
 後を支援の第五艦隊、ビュコック中将に預け、
 自軍は再び「イゼルローン」に向け直させ、前進。

 一方、この日の為に用意した電子戦部隊に全力妨害の開始を指令。
 回廊が大出力の通信妨害で満たされる中、
 一本の指令が発せられた。



 何の前触れもなかった。

「爆発?!」
「最外殻で爆発確認!。継続中!?。」

 方位は本国領方面。

「側方を抜かれただと。いやあり得ん!。」
 シュトックハウゼンにはしかし、対する術がない。
 そもそも敵が見えない。

 だが、そこに、本国方面に敵が存在し、攻撃を加えている事は明らかだった。

 敵は、要塞のセンシング・レンジの外から、アウトレンジしている。

 アウトレンジだけなら実は、それほど驚くことではない。
 要塞は運動量ゼロで回廊の中心にある。
 宇宙空間ではそもそも射程は無限遠。
 位置さえ判れば

 要塞は流体金属で被覆されているが、
 間断無い爆撃はそれを貫通し、
 既に一部、構造体にまで損害が拡大している。
 敵の攻撃は全く衰えない。

 このまま攻撃を継続されれば、要塞の半面は崩壊する。

「敵、敵出現。これは……!。」

 オペレータは絶句する。
 これは先に、駐留艦隊に駆逐された敵、第二艦隊ではないのか。


「駐留艦隊は何処にいったのだ。」


 シュトックハウゼンの言葉は、
 期せずして要塞守備に就く将兵全員の問いを代表するものだった。


 攻撃と、防御。
 原則としての火力、鉄量の優越を決する物理的な殲滅戦の一方、
 戦いにはまたもう一つの側面がある。

 それはもちろん、心理戦だ。

 唯の木造モルタルの家屋でも、
 決意を胸に機関銃手が籠れば立派な防御拠点になる。

 逆に、どれだけ重装甲の戦車でも、
 破壊力を持たない小火器による銃撃だけで、
 戦意を挫かれ、投降してしまうこともある。

 戦意は重要な要素だ。
 訓練で鍛えられ実戦で磨かれるそれは軍隊、
 部隊の戦力としての根幹であり、
 戦意を失った部隊は戦力として機能出来ない。
 どれだけ優秀な装備を与えられていようとも、
 それはスクラップ以上の意味を持てなくなる。

 今作戦の策定段階で、ヤンがその構想での中心課題としたのも、
 この、「イゼルローン」の戦意を如何に破壊するか、
 その一点にあった。

 正面からただ叩いても、この要塞は陥ちない。
 何しろ守備側は自身の不落を確信している。
 最後の一兵まで勇戦するだろう。それではダメなのだ。


「投降セヨ。寛大ナル処遇ヲ誓約スル。」
 通信を連打しながら第二艦隊も要塞に砲爆撃を開始。


 敵が仕掛ける大出力の通信妨害の中、
 敵中、完全に孤立した要塞は全周に敵を受け、
 絶え間無く加えられる砲爆撃の衝撃に守備将兵は揺さ振られ続ける。
 戦い慣れた古参にとっても、否、今はそうである程に、
 かつて無い、およそ在り得ない絶望的な状況だった。
 このまま要塞が破壊されること。
 守備に就く自分たちが今のままでは誰も助からないことを、
 司令官を除く全員が意識し始めていた。


 やがて、一角が遂に、崩れた。
 後は早かった。要塞は急激に内部崩壊していく。



「何が判じ難いものか!。痴れ者が!。」

 突然の怒声に参謀長のメックリンガーが振り返る。
 ようやく手元に回って来た要塞の敵軍動態観測報告書。
 それを読んでのラインハルトの反応だった。

 同盟軍が「イゼルローン」に仕掛ける。
 何であれそれは、攻略を期して以外に有り得ないではないか!。

 要塞は完全に手玉に取られていた。
 警戒させ、安心させ、弛緩させる。

 しかし一方、統帥本部は戦力増強を、
 ラインハルトの派遣を決していた。



 同盟軍第二艦隊は既に戦闘を停止していた。
 投降により開かれた、要塞港湾部の一部を陸戦隊が確保、
 そこから続々と侵入、制圧を開始している。
 同盟側からすれば、実に長期に亘る、
 全く気の抜けない作戦行動の日々だった。
 常に薄氷を踏む思いで、帝国将兵から嘲られ、
 道化を演じ続けて今日まで来た。
 あと少しで作戦は成功し、終結する。

「反応感知!。帝国領側より侵入する敵あり、1500!。」

「後詰がいたのか、ここまで来て。」

 パエッタは低く罵る。

「迎撃する。シェーンコップ少将に”急ぐ”よう伝えてくれ。」



「なんだ、これは。」

 ラインハルトの当惑に。

「無人艦、でしょうか。艦型が小さい上に反応も微弱です。
 どうやら今回、同盟軍が用意した”秘密兵器”のようですね。」

 キルヒアイスが的確な注釈を与える。

 数は500ほど。
 実弾演習のように叩き落としながら艦隊は前進。
 そして、敵は出現した。

「反応!。同盟軍艦隊です、1600!。」

 ラインハルトは素早く戦況を観て取った。

「まだだ!。まだイゼルローンは我らが掌に在る!。
 叛徒を回廊から叩き出すのだ。
 ロイエンタール!
 ミッターマイヤー!
 卿らの力を存分に示すがよい!。」



 パエッタもほぼ同時に発令していた。

「フィッシャー、ヒューの両部隊は敵側翼を突破、
 後背に回り込むように。
 アッテンボローは正面を堅持。」


 ほぼ同数、同戦力で両軍は正面衝突。
 だが拮抗は続かず、僅かだが確実に戦勢は推移する。
 そこでは両軍の練度の差が、
 要所に熟練を配し補強されながらも、実質新編に近い帝国艦隊と、
 先の戦勝がまだ鮮烈な記憶にある同盟艦隊とで、
 明瞭な格差として、戦況に表れた。

 同盟軍各艦は、実戦でのみ養えるセンスで、敵を観る。
 整然と並ぶ帝国の艦列には、随所に見えない”隙”がある。
 そこに目がけ、火力を集め、
 突き入れ、
 押し込む、圧迫する。
 その有機的な機動は、熟練部隊のみが為し得る。
 到底、指揮官の能力が及ぶ範囲ではない。

 猛将、ヒューの闘志そのままに、部隊は眼前の敵を撃砕に掛る。
 或いは並みの指揮官であれば、
 そのまま手も無く突破されていたかも知れない。
 ミッターマイヤーは機敏に彼我を察知、
 機動防御。抗うことなく巧みな後退指揮。
 戦列を支えながらもしかしじりじり後退。

 逆に他方、
 ロイエンタールはフィッシャーを辛うじて押していたが、
 その光景は殆ど鏡像反転と同じだった。
 ロイエンタールはそれ以上には攻めあぐね、
 押されているフィッシャーは乱れ無く、
 整然と後退しては、隙あらばすかさず押し戻している。


 要塞の鼻先で完全に抑え込まれてしまった。


 これ以上ないほど不機嫌な顔で情報面を眺めるラインハルトだが、
 正直、致し方ない。
 否、少しの差だが、質量共に上回る敵を相手に、
 これは十分善戦に値する。
 しかし、それが判るほどになお、不愉快なのだ。

「敵は第二艦隊か。」

 呟くような確認の言葉に、隣でキルヒアイスが無言で応える。

 そして両軍が傍らで、正面からの叩き合いを演じる中、
 遂に、要塞から放たれる防御砲火の一つが、
 ラインハルトの艦隊に向けられた。

 戦期は去った。

「陥ちたか、イゼルローンよ。」

 ぽつりとそれを、自身に確かめる。
 今少し早ければ。或いは。

「徹底抗戦も詮なきことだ。
 同盟軍に停戦を申し入れよ!。駐留兵力を収容し、撤収する。」
 認識を新たに、ライハルトは宣した。



 投降勧告を受け入れ反乱を起こし、
 要塞を内部から開いた者たちはそのまま同盟へ亡命していった。

 休戦の席上、「イゼルローン」に入港の上、
 両将は対面する。


「自由惑星同盟宇宙軍所属、ジョセフ・パエッタ大将です。」

「銀河帝国軍、ライハルト・フォン・ローエングラム大将である。」


 おまえが大将、だと。その歳でか。
 パエッタの顔には露骨な悪意が浮かぶ。
 だが、器であるらしい。それは先ほどたっぷりと見た。


 目の前のくすんだ風貌の男が、
 アスターテで己を散々に破り、
 今また勇戦を見せ付けられた、
 その同じ指揮官であるのが、
 ライハルトはどうしても実感出来ない。

 ただこの機会に、どうしても確かめたいことが一つ。


「貴官に一つ、尋ねたいことがある。」

「何でしょう。」

「貴官は、アスターテの戦場でも戦功を立てたと聞く。」

「軍機につき、お答え出来ません。」

 今更。ラインハルトは苦笑を滲ませ、

「まあよい。その噂だ。噂だが、」

 ラインハルトは、パエッタを凝視し、言葉を続ける。

「同盟軍は不用意に軍を分け、当初危機にあったと聞いた。」

 パエッタは顔をしかめ、次に気付き。
 笑った。笑顔で答えた。

「我が軍は正しく民主主義の為に戦っている。」

 晴れやかな顔で宣言した。

「アスターテであろうがそれは変わらない。
 立法、行政、司法は分進合撃し、その合一するところ、
 必ずや勝利し、敵は消滅する。正しく、民主主義は獲得されるのだ!。」


 合一してどーする!、
 それこそ専制の門前、民主主義の自殺ではないか!。


 突っ込む気力も失せるラインハルトだった。

 思い知らされた。
 宗教だ、コイツら宗教なんだ。
 道理は通じない、もちろん兵理も兵則も。

 私を破った、この敵手さえもが。


 一方パエッタはそ知らぬ顔で、腹では舌を出している。


 お気楽帝国の貴族ボンボン提督に、
 おれたちの苦労が判ってたまるかってんだよ、くそ、
 狂信者相手にせいぜい悩んでろ、バカ野郎。



 同盟軍の強襲により、「イゼルローン」は陥落した。


 両軍は一時的な休戦を合意する。



 ラインハルトは絶望的な防御戦闘を継続していた、
 多くの要塞守備兵力を救出、
 要塞の防衛には失敗したものの、
 この功績を高く賞され、
 無任所となった艦隊司令の地位に留め置かれる。



 パエッタ大将の功績は単純な算数では、
 そのまま元帥への昇進を可能ならしめるに十分であったが、
 硬直した同盟の人事は無任所の元帥という存在を許容出来ず、
 同時に相応の役職を必要とし、それは満席だった。
 結果、パエッタは大将に据え置かれ、
 そのまま第二艦隊と共に「イゼルローン」へ駐留、
 自らの手で半壊させた要塞の守備と復旧に全力で取り組むことになる。


『『回廊の戦いは終わりました。
 「イゼルローン」の陥落について、
 それ自体には特筆すべきはありません。
 ヤン准将の作戦構想は独創ではなく正道でした。
 それを国家戦略規模に拡大することで、
 イゼルローン陥落は成就するのですが、
 それはある意味、戦略資源利用の正しい姿勢、
 これこそが戦争本来の姿なのです。
 一方、その戦略的意義については、とても語り尽くせません。
 それこそ論文が何本も書けてしまいます。
 ただ一言、付言するのであれば、
 同盟軍は初めて、戦争の主導権を獲得した。
 それだけはここで言及しておきます。
 長いラリーの末、同盟は初めてサーブを打つ機会を得たのです。』』



 回廊の戦いは終わった。



 が、一つ大問題が残っている。


 要塞の後背、帝国領側に突如出現した同盟軍の別働隊。

 物理的にも心理的にも奇襲を成功させ、
 内部崩壊に向けた決定的一撃を与えたこの部隊は、
 どのような手段で出現し得たのか。


 素直に思えば答えは一つ。

 そう、その物理的な経路は当然にしてもちろん、
 それはフェザーン回廊を通じて、以外には在り得ない。


 ”断言しますが、成否に関わらずフェーザンとの関係は確実に悪化します。”


 あろうことか。


 作戦発動の当初より、
 休眠会社から帝国領内のシンパに犯罪者の特赦まで総動員し、
 同盟軍は帝国領との交易網を構築。物流を確保。

 そして。

 同盟軍は”密輸”によって、フェザーン回廊を通過。
 大型貨物として戦闘艦を帝国領に持ち込んだ。

 具体的手法についてはニュース等参考に各自考えて欲しいが、
 荷の中抜き、例えばこうだ。

 @ 同盟、帝国間に売買逆の、全く同じ取引を一組成約させる。

 A 同盟から出す貨物は例の戦闘艦。

 B 書類の不備は無いのでフェザーン領を無事に通過。

 C 取引はそのまま成立させる。但し、航路上で両者の貨物は入れ替わる。

 D 同盟には空船が、帝国には貨物が届く。


 戦闘艦はぽつりぽつりと帝国領内を独航し、
 イゼルローン回廊に集結した。
 艦隊ならともかく、
 ただでさえ反応を抑えた無人小艦艇、
 そこに居ると思って探してでもそうそう発見出来るものではない。

 或いは、抜き打ち臨検で発覚しないものでもない。
 作戦はいつでも即時、単純な力攻めに切り替わる可能性があった。

 だが、僅か500の異物は、
 日計でも数千、時に万に達する物流の奔騰に呑まれ、
 計画そのままに対岸へと流れ付いた。


 戦いが終結した今、同盟が何をしたのか。
 事実関係は明々白々だった。


 帝国は激怒し膨大な賠償請求と共にフェザーンへ厳重抗議を発し、
 フェザーンは涼しい顔でそれに倍する額を同盟に叩き付けて来た。

 だが、一方の同盟は全く動じなかった。
 賠償に応じる姿勢も見せなかった。


 イゼルローンの攻防から一週ほど経って、それは起きた。


 急報にフェザーン領主は愕然とした。

 同盟と帝国がほぼ同時に、フェザーン回廊を封鎖に掛かっている。
 マイクロ・ブラックホールによる重合構造部材。
 ああそんなことはどうでもよい。

 フェザーンは直ちに両政府に向け、
 厳重抗議、いや交渉。
 とにかく連絡を付けたかったのだが、
 昨日までの鄭重な対応が何かの冗談であったかに、
 両政府はフェザーンとの窓口総てを既に完全に撤廃していた。


 不偏不党。


 フェザーンが拠って立つこの大原則を、
 同盟の謀略に加担することで、
 フェザーンは自ら、空手形でしかないことを実証してしまった。


 現在のフェザーンは、
 その存在は両政府に不利益しか与えていない。

 それでなお、従う主を持たないというなら、仕方ない。
 潰すしかない。

 同じ結論に両政府はほぼ同時に達していた。
 そしてフェザーンは自らを護る力を持ち得なかった。


 どういう関係にあるのか。
 同時期、”地球教”を自称するカルト集団、
 秘密結社が突如存在を暴露し両政府の要所で蜂起したが、
 師団どころか中隊にも届かぬ素人武装集団の抵抗は微弱、
 テロリストの一種としてそれ程の大事にも至らず処置されてしまった。


 危機に際しフェザーン領民の反応は淡白なものだった。
 どうせ商売するなら同盟、と、
 さほどの混乱も見せず8、2ほどの割で同盟領に逃亡していった。
 残りはよほど大事な利権を帝国に有していたのだろう。


 こうしてフェザーンは同盟に使い潰され滅亡した。

 以降、この方面は”フェザーンの壁”、

 或いは単に”壁”と呼び習わされることとなるが、

 戦略的価値が低い関係、言及されること自体が少ない。


『『”非武装中立”。
 フェザーンという存在は、生命の自然発生にも似た、
 人類史上での一つの奇跡です。
 ここでその部分要素を逐一は取り上げませんが、
 安全保障上、経済上、様々な条件が満たされ、この奇跡は為りました。
 しかし同時に端的な表現が許されるならフェザーンとは、
 自ら存在していたのではなく、
 両政府よりその存在を容認されることで創めて、
 実在を可能ならしめていたのです。
 故に、その複雑にして精緻な存在条件が崩れたとき、
 歴史上の幻影として、一夜にして表舞台から姿を消す他無かったのです。』』



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.