田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−
作者:出之
6話 帝国領侵攻作戦
イゼルローン、陥落。
凶報は帝都を、臣民を震撼させた。
”これ以上叛徒に侮られてはならぬ、直ちに奪還軍の発起を!。”
呼号する貴族連を尻目に軍人たちは冷静だった。
”まずは防備を固めるが先決でありましょう。”
撤収の途上、ラインハルトも意を同じくしていた。
「イゼルローンを陥としてそれで終わり、ということはあるまい。」
赤毛の副官を傍らに、独語とも語り聞かせともない交ぜな調子で口にする。
「要塞攻略そのものを作戦目標とする、ということは在り得ない。
それはあくまで侵攻路の啓開確保の手段、
侵攻作戦の先触れでしかない筈だ。
次に同盟はそうだな、俺なら。
いや誰でも、フェザーンを衝くだろう。」
フェザーンは既に、イゼルローン攻略に加担している。
ここでフェザーンの”意志”には意味がない。
チベット、アフガン、クウェート。
探すまでもなく歴史には、
大国の”都合”と小国の怨嗟とがいくらでも転がっている。
そしてそれは、極めて自然なことだ。
フェザーンとて全く例外ではない。
同盟は躊躇無くフェザーンを踏み潰し、
帝国への侵攻を図るだろう。
それは正に、歴史の正道に他ならない。
同盟の作戦行動が、
敵将官に垣間見えた”宗教的”情熱でもなく、
軍事と最も縁遠い、
民意からなる経済的要請に規定されている、
という、歪んだ構図は、
さしものラインハルトを筆頭とする帝国の軍事頭脳には、
想定の埒外にあった。
その企図する処に拠れば、
要塞攻略そのものを手段ではなく目的とした、
今回の同盟の作戦は十分に合目的意図の成就であった、などと。
帝都に帰還すると意想外に機敏な、
フェザーンの出口に艦隊で阻止線を張る、
その代替案としての、
「フェザーン閉塞」措置の報に触れラインハルトは軽く驚いた。
なるほど人物というのは居るものだと思いつつ、
内務にあってこれを強く主導したという、
その佐官に彼は強い興味を覚える。
今まで生きて来た中で最も鮮烈な、そして夢幻の一夜だった。
あの晩、なぜ舞踏会など出向く気になどなったのか。
今となっては自分でも判らないが。
でも、とヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは思う。
ローエングラム候と出会ったのは、
運命、以外の言葉を思い付かない。
何かを探る、探すような。
羊の群れを徘徊する孤高の猟犬にも似た様子のその男は、
私と目線を交わし、
ようやく、探し当てたと、
明らかに顔を、
あの怖いくらいに整った美貌を、輝かせた。
気鋭の将官として、存在はもちろん識っていた。
だが、これほどにまで気高く、麗しい存在は初めて知った。
そしてこれほどに貪婪な、野心的な存在であったとは。
「帝位などまやかしだ。」
あっさりと言い切る。
不敬、をわざわざ言い立てる方が気恥ずかしさを覚える程。
「奇人の戯言に未だ世界が従っている。
人が好いにもほどがあろう、そうは思わないかフロイライン。」
その帝位を。貴方は。
「”がらくた”、なればこそだ。戯れだ。
だから愉しい、夢中になれる。
俺はどうして、これで幼稚な男なんだよ。」
候は私を女王に据えるという。
それこそ戯言にしか聞こえない。
それでも。ヒルダは想う。
候の情熱に自分も中てられたのだと冷静に自覚しながら。
自ら望んで、政争の供物に捧げる意志が、
今の自分にはある。
あれほどにまで求められ。
これはその女としての悦びなのか。
聡明な彼女をして、自らは未だ判らない。
同盟側軍首脳とて、
今回の作戦の不自然さに無自覚であった訳ではない。
だが、侵攻に用いるべき戦力は既に過去、
要塞相手に随分消耗を重ねてしまった。
否、投入可能な戦力は無いではない。
だがその動員、運用は、同盟経済とのトレード・オフだ。
現在の同盟は、その負荷に耐えられない。
自由惑星同盟首都、主星、「ハイネセン」
最大規模の野外スタジアムにて。
自分の為に集い、その名を連呼する群集。
『パエッタ!
パエッタ!!
パエッタ!!!
パエッタ!!!!』
凱旋将軍。
軍人であれば誰でも一度は夢見るこの光景の。
現実の。
何と空しく薄ら寒いことか。
表面上は穏やかな微笑を湛えながら、
内心はどこまでも複雑なパエッタだった。
軍事が政治の僕である、それはよい。
だが政治が要求する座興の立場に堕するというのは如何か。
今回の勝利で民意はかつてない昂進を、
国防への関心を示している。
”勝利を、更なる勝利を!!”
叫ばれている内容はそれだ。
渡されたペーパーを朗読した。
内容は覚えていない。
それでも決議され申し渡された内容に、
同盟軍首脳は頭を抱えた。
それは一面、極めて実際的であったが、
なればこそ実質、驚き呆れるしかなかった。
「作戦の立案に当たっては抜本的、
いや”根本的”な、発想の転換が必要です。」
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