田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 9話 戦略的勝利条件


 この難敵に臨んで策は無かった。

 勝算もない。


 男としての筋を通しに来た、ただそれだけだ。


 ジャパニーズ・ドゲザでその場に平伏し、男は宣した。


「お譲さんを、……戴きに参りました」

 彼女も揃って頭を下げる。


 緊迫した一瞬の後、場の空気はふっ、と緩んだ。


「頭を挙げ給え、准将、いやウェンリー君。

 お前もだフレデリカ。

 全く……私はそれ程の愚将かね。精々柔軟を心掛けているつもりなんだが」

 同盟軍宇宙艦隊総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将は、
 あまり似つかわしくない、ボヤきに似た一言と共に、
 軽く肩を竦めてみせる。

 父の方からあっさり妥結を示された後、
 通例の「御挨拶」は穏やかに進行した。

 入籍は速やかに行うこと。式は内輪で済ませること。

 そして。


「そうか。出馬を決意したか」

「はい。私の代でこの戦争に始末を着けたい。

 それ以外の方策は無い、と思い定めた次第です」


 前線指揮官では論外、例えシトレの座まで登り詰めたにせよ。

 軍人ではダメなのだ。
 先の行き着くところまで進んだ成れの果ての戦場、
 「イゼルローン」防衛戦に際してヤンが達した自明の結論だった。



 同盟が現在採用、実現している政治システムは、
 連邦政府時代に磨き抜かれた、
 ある意味正に究極の民主政体だった。

 まず、議員は総て、無給の奉仕職。

 つまり、その前提条件として、
 ”国民目線”どころか自身、社会的生活能力を全うせねば、
 開始線に付くことすら出来ない、厳しい選定が為されている。

 そして原則、根幹にあるのは直接民主主義だ。

 これは極めて危険な機構ではある。
 何より容易に衆愚に陥る。

 その安全装置として機能しているのが「代議員」、権限付与の制度だ。

 自身の望む政策を、自身に代わって実現を掲げる、
 「代議員」に、自身の議決権を委託し、決議の場に送る。

 選挙区を全国に制定した、議員総てが大統領、というイメージだろうか。

 これが「下院」で、定員に上限は無く、
 新人議員への選挙は毎月開催されている。
 そして通例、議員が掲げる政策が実現されるか、
 或いは「上院」決議で否決されれば、
 「下院」議員の職はそれで満了となる。

 ほぼ100%民意のみを反映して運営されるこの体制で問われるのは、

 政治家の、説明責任と能力に他ならない。


 そして国民にもまた、同等の責務が負わされている。
 究極の自己責任システムとも言える。


 先史、理想を掲げた「ヴァイマル共和国」がその理想故に疲弊し、
 ナチスを産み落とした如く、
 これもまた、銀河帝国設立の母胎となったのだが、

 それでも理想を理想として、同盟政府は再建せずにはいられなかった。



 「停戦実現」は、

 国是である、「帝政打倒」

 に真っ向から対する議題だった。


 しかしヤンは真っ正直に説いた。


 貴方方、我々が望む、究極の勝利は、今の同盟には実現出来ない。

 この先にあるのは希望の間逆、衰退と滅亡、それしか在り得ない。

 貴方方がそれを望まないのであれば、私たちに機会を与えて欲しい。


 ジェシカの組織基盤がこれを全面支援したことは言うまでもない。



 帝国では皇帝崩御を端緒とした急転直下の政変劇、

 各陣営が入念に準備した仕掛け花火が一斉に火を噴いていた。


 ブラウンシュヴァイクら貴族連合は先帝、
 フリードリヒ4世から直系の孫にあたる、エルウィン・ヨーゼフ2世を、
 幼帝として擁立、その摂政として君臨すべく根回しを終えていたが、

 ほぼ同時に、初代の血縁を名乗る伯爵令嬢、

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフなる女性が現れ女王即位を宣言。
 国務尚書のクラウス・フォン・リヒテンラーデを筆頭に、
 現政権幹部がこれを承認。

 但し、幼帝が御生育されるまで暫定的に帝位をお預かりするのであり、
 ヨーゼフ成年の暁には謹んで帝位を奉還するのだと約した。


 こんな空証文が通るのであれば苦労はない。

 迂闊にも、リヒテンラーデの二枚舌にうかうかと乗せられた形になった、
 ブラウンシュヴァイク陣営だったが、

 今、民衆の声望は彼にこそあった。

 先の一戦で見事、貴族の高貴なる義務を示して見せた貴族連合に比して、
 臆して回廊の端にうずくまっている政府、軍への、民の失望は大きかった。

 先帝崩御に対し辞任を申し出たミュッケンベルガーの後任として、
 イゼルローンでの救出、先の撤退後衛の功見事として、
 上級大将の復権並びに元帥への昇進が先帝の内意にあったことを含め、

 宇宙艦隊司令長官に抜擢された、
 ラインハルト・フォン・ローエングラムは現有艦隊戦力を一手に掌握。
 自身、陣頭に立ち、対立姿勢を強める貴族連合に対し、
 情け容赦のない圧力、恫喝を加えていた。

 帝国相撃、一触即発の危機が進行する中での急報だった。


 同盟政府が公式に和議を申し出て来たのは。



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