機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY
Op.Bagration
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作者:出之



 第10話


 見ている間に、また、新たな機影が姿を見せた。
 撤去されたカーゴルーム。機体下部から左方に伸びた砲身。
 ガン・ミデアだ。
 どれだけ航続距離を延伸しようが備砲の携行弾数には限りがある。大地を掘り返しては、腹を空かした猟犬の様に機械達は舞い戻って来る。
 数は2。
 UAV3、ガン・ミデア3が空中火力チームの定数だ。
 交戦により数を減らしたのか。内、後続の機は酷く損壊していた。
 全体的に薄く煤け、機首はささくれ立った破孔に変わり、左主翼はほぼ欠落している。
 だが飛行姿勢は全く安定している。
 機関出力が足りているのだろう。こうした点、無人機は便利だし生残性も高い。
 だが。
 無事着地した先頭の機に続き、滑走路に進入して来たのだが。
 ランディング・アプローチ中に突如火を噴きそのまま爆発。
 残骸は地に叩き付けられながら周辺に破片を撒き散らしつつ滑走路上を文字通り滑走、見事に一本分を使用不能に陥れ、果てる。
 待機していた科学消防車や緊急車両が弾かれた様に出現、わらわらと事故処理に奔走する。
「……あーあ」
 一部始終を目撃していたコウは思わず苦笑。頑張って還って来たのにご苦労さん。
 気配を感じ視線を転じる。
 同じく顛末を眺めていたのか。何時の間に、彼の傍らには女性士官の姿があった。
 コウに視線を交え、柔らかい顔付きで再び顔を戻す。
「大した忠勇無比なる様だな」
 小さく笑い。
「余り仕事熱心にされると私たちの立場も危うくなるぞ」
 機械たちの精勤振りを評してみせる。
「ライラ中尉!」
 素早く片手を掲げたコウに、ライラ・ミラ・ライラ中尉は軽く手を振って応える。
「ああ、堅苦しいのは苦手なんだ、楽にしてくれ
 優美な女豹が佇む様な中尉の横顔に、コウは思わず見入ってしまう。
 失礼ながら正味、取り立てて、美人、と強調する程の美貌では無いのだが、匂い立つような気品と自然にまとう剽悍な空気が、彼女の姿に美醜を越えた輝きを添えていた。
 人生で余り感じて来なかった感覚を刺激され、中尉を眼にするとそれとなく見とれてしまう。
「何か」
 微笑を含んだ表情で質されると思わず顔が赤らむ。
「あ、いえ、すみません」
 コウの様子に不審するでなし、ライラはふと顔を改めると。
「そういえば君は、ギアナで交戦したのだったな。あの“悪夢”と」
 中尉の言葉にコウは思わず背筋を伸ばす。
「あれを、交戦、と呼んでいいか……」
 面を俯けたコウに彼女は、意想外な強さで言う。
「臆さなくていい。私も後で見せて貰った。あの状況で君はよく立ち回った、立派なものだ」
 向き直り。コウの肩に手を置き。
「寧ろ誇りなさい、生還した自分を。貴方にはその資格があるわ、コウ」
 満面の笑顔で言い切る。
「あ、あ、有り難くあります!」
 思わず最敬礼していた。
 うっわ嬉しい。
 が。
 突き刺さる不穏な視線を感じ、たじろぐ。
「こちらでしたかウラキ少尉」
 背中から浴びせられた平板な声に感情は無い。
 それが恐ろしい。
 出来れば後ろを向きたくは無かったが背中越しでは不自然に過ぎる。
 ぎこちなく振り向くと能面のような表情を浮かべたルセットと顔が合う。
 あうあう。
「オデビー技官」
 ライラが声を掛けるとルセットはへこりと頭を傾げ。
「少尉の乗機の調整について2、3確認がありまして。宜しくありますか」
 いや聞いてないし。
「ああ、構わないよ」
 ライラが気さくに頷くと。
「すみません、では」
 問答無用で腕を引かれた。
 近くのカーゴ・コンテナの陰に引き込まれ。
「胸ね」
 え。
「私の胸が小さいっていうんでしょ!」
 言ってない、何も言ってないから。
 コウはぶんぶんと首を振る。
「なーによ、こーんな鼻の下伸ばしてにやけちゃって!」
「み、見てたのか」
「やっぱり!」
 ぐぎぎ。
 いや、違、誤……。
「おねーさんに褒められて嬉しかった?あんな顔、初めて見たわ!」
「こ、声がでか……」
「あにっ!!」
 だめだ、何を言っても今は油にしかならない。
 戦術状況を察したコウは押し黙る。
 普段冷静沈着なだけにこうなると手に負えない。
「あーによあーによ自分の方が一つ上だからってコドモ扱いしてそうですかそうですかメカオタク女への同情ですかホントはコウも年上好きなんだこんなガキの相手……」
 丸聞こえだった。
 ライラはそれを背で聞きつつ苦笑。
「若いっていいわぁ」
 ずんずん突き進んでいたルセの足がぴたりと止まる。
 一人の女性士官がその行く手を塞いでいた。
「すみません。そちらは、ウラキ少尉殿でしょうか」
 見覚えが無い。
 脇からのえぐる様な視線。
 いや、初見だからまじで。
「自分がウラキですが。失礼ですが」
 素で戸惑いながら返すと。
「本日付けでアルビオンに配属となりました、エマ・シーン少尉であります。宜しく御願いします」
 優美に右手を掲げつつ、清楚な顔立ちの女性士官は申告する。
「コウ・ウラキ少尉です、宜しく御願いします」
 ルセもその隣で微笑を浮かべ応じてみせるが唇の端がひきつるのを自覚する。
 ま、また女ライダー増えた。しかもこっちもけっこう美人だし。
 慌てて答礼しているコウの横で、逆上消し飛び、ルセは軽い眩暈。
 なんで、なんでやねん。
 この艦どっかおかしいよ!。むきー。

「全く、嫌われた、いや随分と好かれたもんだな」
 同時刻、艦長室でシナプスも思わず一人、ぼやいていた。
 手元には門外不出の人事ファイルがある。
 ミラ財団の御令嬢に、将官を輩出している名門、シーン家の御息女か。
 表向き、男女平等を唱いつつ、勿論、今も昔も軍が男性上位社会である事に変わりは無い。
 それでも機械化が進捗するにつれ昔の言い訳が通じなくなり、下手な民間企業よりはよほど開明されてはいる。
 今も昔も、問題は、優秀過ぎる女性への処遇。
 ライラ。シーン。
 二人とも、ライダーとしての伎倆については折り紙付きだった。特に、戦後の任官で未だ実戦経験が薄いエマに比べると、ライラの功績は既に大尉に昇進していてもおかしくない程だ。
 だからといって。今、この時点の「アルビオン」に彼女達が配属される積極的な材料は何も無い。経験も無い。シナプス自身、女性ライダーを指揮するのはこれが初になる。
 あくまで原則論だが、母艦にとっての艦載機は消耗品になる。母艦の安全を確保する手段として機を使い潰す、そうした最悪の局面は常に存在する。
 軍人とは、自らの死を以てこれを職務としている。
 彼女ら自身にも、その覚悟はあるだろう。彼女達自身には。
 だが、自分はどうだろう。
 彼は、自身がにわかフェミニストに陥っている事に気付き、悄然とする。
 ええい馬鹿馬鹿しい。
 性別も背景も関係ない、能力に即して適宜任務させるだけだ、当たり前だろう。
 アナベル・ガトー追討を目標とする、作戦「ネアンデルタール」が発動され、「アルビオン」もまた、作戦参加戦力として現地に展開していた。
 アフリカ。地球統合、宇宙殖民、共に最期まで頑迷ともいえる抵抗を示し、今はまたダイクーン残党と結託し連邦に反旗を翻す遺恨の地である。
 しかし、彼立場に立てばこれもやむを得ない経緯がある。当時のアフリカは遂に宿願の大陸統合を成し遂げ、その豊富な地下資源を担保に一躍、先進国との距離を詰め豊饒の果実にあと少しで手が届く、その矢先の地球統合であり、宇宙入植の圧力だった。
 また我々から奪うのか、希望さえも。怨嗟の声を連邦政府は主に軍事力を背景とする強権により圧殺した。
 こうした実情に鑑みれば当地の抵抗も必然とさえ言えよう。
 南アフリカ州、ケープタウン。アフリカ大陸の南端に当たるこの街に今彼らは駐留している。
 作戦参加を命じられジャブローから出航する際、「アルビオン」の艦載機はその格納枠は予備機を含め定数を満たしていたが、異例なことに幾つかシートは空席のままだった。
 ギアナでの損害がこうした末端まで波及しているという事なのだろうがこれは酷い有様だ。シナプスはそのなけなしの政治力でバニングを獲得し、バニングは元部下のアルファ・アロン・ベイトを呼び寄せ、密かにその伎倆を見込んでいた、コウと共に02略取の現場に居合わせ負傷、療養から復帰したチャック・キース、そして当然想定される、02との交戦に備えて現在唯一01の操縦適性を持つコウ・ウラキを引き続き直属の部下として掌握した。因みに「アルビオン」着任にあたり、二人とも少尉に昇進している。
 そして散々待たされた挙げ句、ライラ中尉が昨日、そしてシーン少尉が先ほど、着任した。
 細かいところはバニングに任せるしかないしな。
 シナプスは結果の出ない人事に悩むのを止め、次の課題に移った。



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