自分でも何か出来ないかと思いまして、参考までに今作製作に関しての情報開示をしてみようと思います。
宜しく御願いします。
タイムスタンプは2005/08/26

「ラッキースター ☆ !」

 <未完>



ラッキースター 

−幻視−

 野原、花畑、一面の。
 少女が翔けている。
 その姿は、しかし朧に・・・。

 突然。

 天が裂ける。

 地が、割れる。

 少女が、虚の深淵に呑込まれて・・・。

 私は絶叫する。自身のその雄叫びで覚醒する。

 否、誰かが喚んでいる、私を。

 私は探す。私を喚んでいるものを。

 そして、私はそれを見いだす事に成功したのだ。

 そう、今度こそ。


 章前

 「エンタープライズ」艦内。先ほどまで喧騒のるつぼにあったハンガーは束の間の静寂の中にあった。静寂といって完全なものではなく、主機が発する重低音から逃れられるものは現在この艦に勤務する将兵には居ない。戦時急造の最たる本艦の設計で居住性に割かれた意識は余りにも低い。
 人気が絶えた、訳ではない。
 死んだように横たわり、或いはアンカーを垂らして漂いつつ一時の休息を貪る整備兵の姿がそこかしこに見られる。明らかなオーバーワークであり、懸念されていた通りの光景の実現でもあった。ライダーより先に俺たちが戦死だなこれは、という整備兵の間で交わされる軽口の一つはもはや冗談ではなく事実の一端を示しており、本来あってはならないことだが、整備力までも切り詰めて正面戦力を優先した影響が既に艦隊を内部から蝕みつつあった。
 くどい様だが本来あってはならないことであり、そもそも元来在り得ない事態である。
 外征が維持運用限界を越えた戦力により為される場合、戦力の自壊を招く先例は枚挙に暇がなく、戦訓はこれを厳に戒めており、しかし常ならぬ事態、人類存亡の危難がやはり人々の判断を曇らせ、更に常ならぬ構図で事態を悪化させてしまったようだ。
 貧すれば鈍ず、などと言ってしまっては余りに救いがないが、しかし遠からぬところとも思える。
 連邦宇宙軍外宇宙艦隊所属第一任務群。第一の名を与えられてはいるがこれに続く第二以降の戦力は現在も将来計画も存在していない。
 今回発起された初の攻勢作戦も同様の性質を伴っている。
 勝算を持ってなされた決定ではなく、作戦の発動期日は現有戦力の損耗から逆算され弾かれた、組織的抵抗の活動限界への残時間を指標に行われたのである。
 手持ちの戦力を無為に磨り潰し破局を迎えるか、一縷の希望に持てる全力を託すか。
 これも元来、軍事作戦とは勝利を求めて行われるものではなく、約束された勝利を実現するべく実行される計画、である。
 当然ながら今回の攻勢を疑問視する声は多く、しかし代案もなく、事態改善の兆しが見られない以上止む終えずの決断であった。
 ”敵”。思えばこの存在に関しての情報も実は現在絶望的なまでに少ない。
 当初、今回人類が対峙することとなったこの相手を危機物語などで過去何度も語られて来た無条件殺戮存在、いわゆるバーサーカーなどに擬してしまったのはムリからぬ事情があった。
 相手はこちらからのなんの呼び掛けにも応ぜず、軍民問わず人類が宇宙に構築した総ての構造物を分け隔てなく無条件に襲撃、破壊してきた。
 この未曾有の文字通り”振って沸いた”災厄に連邦、群島連合間で慌しい停戦が成立し、結果群島連合の一部勢力により”ワーストコンタクト”が引き起こされていた事実が明かされるというハプニングもあったが、しかし相手が全く交渉に応じない、一方的通達すらなくただひたすらに破壊活動に終始している現実を前に、人類の知性もまた硬直してしまったのだった。
 相手の目的に”人類の殺戮”そのものは含まれていないという、ある種悲喜劇な情報を得るまでに払った犠牲は既に余りに大きなものだった。
 もはや何度目になるか判らない難民船団への襲撃がなされ、救難信号により連邦、連合合同軍により組織された即応部隊が現場に急行、そして信じられない光景を目の当たりにする。護衛も、船団それ自体も完全に壊滅、しかし真空空間に恐怖を抱く習慣を持たない宇宙生活者たちは船外に一時退避、乗員、乗客のほぼ全員を無事に保護することに成功したのだ。
 これは一体何を意味するのか。
 直ちに生存者に向け徹底的な事情聴取が行われ、死亡したものはあくまで巻き添えであったこと、例外的に一部攻撃されたものたちが動力付き硬式スーツや機動ユニットを着用していたことなどの情報が明らかにされた。
 余りにも衝撃的かつ思わず失笑すら漏れてしまう一つの結論だったがもちろん笑い噺などではありえない。
 今までに流された血は一体なんだったのか。総て無駄死にか。
 ”敵”は少数、多くとも最大5機ほど、人類のあらゆる監視の目を潜り抜け常に忽然と現れる。探査を欺瞞しているのかそれとも特殊な移動形態、いわゆる超空間移動を可能とするのか、依然不明。そして、出現と同時に目に付く人工物総てに対し破壊活動を開始する。そしてこれも不思議なことに、有するであろう高度技術に比して破壊活動そのものは非常に原始的かつ非効率、火器兵装を用いない質量投射型攻撃、要するに殴る、蹴る、等で行われる。破壊活動の規模基準も完全に不明。短い場合は数分、極端には数秒の例も報告されている一方、出現点に占位し続け呼び寄せた人類の戦力の悉くを殲滅してのち悠然と姿を消すこともまた珍しくない。
 ”敵”の攻撃目標が人間そのものでないにせよ実は事態はそれほど変わらないのだ。宇宙居住者とはいえ実際に真空で生活しているものは少数であり、その少数とて生活物資の供給は必要としており、最期の頼みの綱である閉鎖系構造こそ”敵”の主要攻撃目標の一つである。群島の大半は既に組織としての機能を喪失しつつある。地球、月、ともに軌道上に難民が溢れ今なお増大中、宇宙空間の流通経済もはや完全に破綻、破壊され、宇宙から叩き出されつつある人口をかつて棄民同然に送り出した地球にそれを迎え入れる余力は当然存在しない。  
 そしてもう一つの拭いようのない懸念。もし仮に人類が宇宙から撤収したとて、”敵”の攻撃が地上に及ばないという保障がどこにあるというのか。
 ただひたすらに膨れ上がった人口をのみ抱え、正体不明の敵に文明基盤の総てを破壊されて農耕石器時代に退行する人類。
 或いはかろうじて生き永らえたとて、その未来にどんな希望を抱けというのか。
 既に尽きつつある連邦の国力の底をさらうようにして、一部餓死者まで生じる中こうして攻勢は発動された。
 当然連邦市民達には事実は伏せられており、この攻勢は勝利を約束されたものであり、同時にこの数ヶ月の苦闘を人類の勝利により終焉させるべく周到に準備されたものでるあることとしてこれ喧伝に勤められた。
 投入された戦力は便宜上も公にはの冠も持たない完全志願であった。厳正な審査の結果集められた将兵には事実が伝えられ、同時に守秘義務を伴う辞退も認可されたが翻意する者は遂に現れず、これは戦意にのみ欠くることは無しとの証として、今回の作戦実施にあたり皆無といっていい中にある貴重な好材料ともなった。
 攻撃型宇宙空母「エンタープライズ」。近接防御フリゲート12、重巡航艦3、護衛戦艦2、随伴する補助艦艇4、そして本艦の計22隻の航宙艦より編成される第一任務群の旗艦である。
 軸線長12.8km、全副1.75km。主機である3基のリアクター・モータが全力運転時に叩き出す最大加速は2.1G。
 艦載戦力を全耗してなお抗戦を維持すべく艦首に主砲大出力グレーザー砲、副砲として連装3基6門のレールガンを備える、その威容に満ちた雄姿は、公開と同時に忍従の末にこうして遂に自分たちにもたらされることとなった、輝ける勝利を強く約束するその象徴として連邦市民に歓呼と共に迎えらた。
 将兵はしかし、それらの重武装が単なる死荷重にもなり兼ねない、最大限好意的にも「気休め」以上の威力を持たない実に政治的、戦略的意図の産物であることも知っていた。
 そして、もう一つの人類の希望の象徴。
 艦載戦力の中核でもある、今回、一般公募のなかから圧倒的多数の支持を受けて付与されたパーソナルネーム、「スター・セイバー」の名を持つ機動兵器が存在する。
 
 そうして彼女はハンガーをもう一度、なんとなくぐるりと眺めまわした。
 なにしろ一口に「ハンガー」といって下手なショッピングモール、街の一区画以上の規模である。
 別段方向音痴でもない彼女でも、出航より数日間は自機の駐機位置が判らず手近の兵の案内を請うようなこともあったが、流石に今はそのような醜態は無い。
 曰く、人はどんな環境にも慣れることができる。しかし未だ慣れない幾つかもやはりある。
 例えば今自分がいるここ。
 史上、人類が到達し得た最遠点を越えてなお進む艦隊。想定最大進出点は冥王星軌道の更に外、戦争とそれに続く今回の災厄により、その作戦行動が凍結、無期限延期となっていたが深宇宙探査をこそ本来の任務とする外宇宙艦隊の看板に偽りなし、というところだがその一員として今自分がここにいる現実というのはやはりなかなか摺り合わせが難しい事実ではある。
 ましてやその立場が人類希望の星を駆る「救世主」ともなればなおさらだ。
 「私は何もしていない、できない」今日に至るまで誰も信じてはくれなかったが本当のこと。
 そう、ただ”彼”の中に包み込まれ護られているだけ。私はただ恐怖に震え、怯えて、ただそれだけ。
 なぜ私なのか。あの日前触れも無く自分の人生に介入してきた存在。悩み、呪った、運命を、”彼”を。
 今は違う。
 艦内コミュータから降り立ち、”彼”を見上げるとその瞳に淡い光が明滅した。
 <眠れないないのかね。それとも眠らないのか>
 いつものように”彼”が語りかけてくる。かつて試み今は諦めた、直接返答する、という努力は放棄し口にして応える。
 「うん、ちょっと」
 それに対して、眠れるときに眠るのも兵隊の仕事、たしなみってやつだ、などとは”彼”はもちろん答えない。例えばこう。
 「君の睡眠時間は減少傾向にある」その音声は状況に応じて変化する。今はバリトン歌手のような深みと落ち着きを伴った響き。
 「君たちの睡眠という行為は私にとっての整備調整に近似であると私は理解している。睡眠時間の減少に比例して君の性能は劣化することが予想される。また性能劣化のみならず機能障害発生の可能性も予想されこちらはさらに深刻だ。」
 「私には君を調整管理する機能、能力はない。申し訳ない」そう”彼”は結んだ。
 「え??」
 彼女が初めて耳にした”彼”の謝罪の言葉だった。今までも求めたことはないが、それにしてもまさかこんなシーンで出会うとは。
 その感性は確かにどこまでも”人間”のそれではない、ないがしかし、溢れるばかりのこの誠実さはいったい何物なのだろう。
 機械生命、いや生命なのか、それとも。 
 そう、今は違う。
 正体不明、得体の知れない来訪者。
 でも、信頼している、今ならできる。もう恐怖も迷いもない。
 ”彼”の意図は誰にも判らない。例えば今エンタープライズに搭載されている”彼”以外の艦載機群は実は彼により設計及び提供された高度技術により準備されたものだ。
 素材、各種制御技術、反応炉そして兵装。重力、まさか慣性制御?。試作機への搭乗を要請されたそのテスト・パイロットはブラック・ボックスのカタマリである機体を前に手にしたぺらぺらのマニュアルをひらひらと振ってみせ露骨に顔をしかめたが、フライト中は次第に口数が減りランディングアプローチの段階では完全に無言、思わず呼びかけたコントロールにも短くジッパー・コールで応えるのみ、地上に降り立ちようやく発したその内容は「本当にカタログ通りだ。自分の五感が信じられない。あれだけの出力、機動性、なのに何度も死んでいるべき私が五体満足なのはなぜだ、教えてくれ」その顔はフライト前に張り付いていた侮蔑と猜疑がきれいに剥がれ落ち、ただ恐怖にも似た畏敬の念に支配されたものだった。
 この正にオーバーテクノロジーと呼ぶしかない突然の技術及びその成果物により人類は確かに一時息を吹き返したがしかし、それこそ後の祭りというか重症を負い失血死の憂き目にあるものにようやく完全な止血処置を施したようなもので、なぜ今になって、という悲鳴も当然だったがなにしろ無償供与であるのでその極少数の非難と懐疑は感謝と賛嘆の最大多数に押し潰された。経緯はどうあれ人類が初めて入手した”敵”と互角の戦力なのだ。
 結果として今回の、首吊りの足を引くような攻勢発動の引き金のひとつともなっているが、それはどこまでも人類の総意でしかありえない。 
 ”彼”が私たちに何をしようとしているのか。どこへ連れていこうとしているのか。
 その感性、思考が人類のそれと相容れないことは既に思い知らされている。或いは最期の瞬間に待ち受けているのは虚無、絶望なのかもしれない、いやむしろその可能性の方が高いかも。
 それでも、構わない。もとより選択肢などないと逃げもしない、自ら、進んで。
 ”彼”を信じたい、いや信じられる、信じてる。
 もちろんこれは愛などではない。銃後で彼女を待つ特定個人は今は居ないが、まさかこんな正体不明の構造物に愛を感じるほど自分は倒錯しては居ない。
 なるほどそうかもしれないが、しかし思わず自省を要するような特定対象をもつ正の情動をこそ世間では俗に恋愛感情と呼びはしないか。恋は盲目。
 短い会話が終わり、彼女はふいに口を衝いた欠伸をかみ殺ハンガーを後にする。もはや静寂は戻らない。随所で沸き起こる盛大な鼾が虚空に吸い込まれることもなくハンガーを満たしてゆく。


 それまで


 ミキ・カズサは月生まれの島育ち、生粋のスペーシアンだ。
 育ちはともかく生まれに深いイミはない。できちゃった婚で結ばれた両親が新婚旅行に月を選びそこで出産された、という以上の意味は。二人が帰りの便のシャトルで仲良く夭折してしまったとなればなおさらである。
 彼女はその事故の唯一の生還者となった。
 彼女は悲劇の中の奇跡として祭り上げられ当時の心ある連邦市民の同情を一身に集めた、らしいがもちろん生後数日の身の上としてはもちろん記憶にあるワケもなし。
 彼女の身柄は母方の両親に強く望んでひき受けられた。父方の両親と多少の綱引きがあったそうだが彼が3人兄弟の末っ子であったのに対しこちらがたった一人の箱入り娘の幸せの絶頂での喪失、で勝った、そうだ。義理の両親もこうして悲劇の脇役として必要十分に耳目を集めた。
 実は彼女は自分の身の上を不幸に感じたことはない。本物の、両親についての記憶が無いことは確かに非常に残念ではあるが、同時に持たないからこそ哀しむこともなくつまりは幸運でもあったのだと彼女は考える。義理の、いや”私の”両親は、娘が若返って還ってきたとばかりにそれまで以上に私に向け惜しみない愛情を注ぎ込み、少なからずの義援、支援を元に贅沢でこそないが償還負担に喘ぐ他の島民に比べれば随分と経済的な余裕も与えてくれた。
 生後間もなく両親を失った私はもしかしたら不幸なのかもしれない。でもそれに見合う幸運にもまた私は恵まれた。お父さん、お母さん、不孝者にお許しを。でもこんなポジティブシンキング娘を世に送り出したのこそあなたがたですよ?。
 幼少の基礎学習過程で彼女が級友から有難くも賜られたあだ名はずばり”デンパ”。
 どれほど割り引いても十分に愛らしく、愚鈍の対極にもあった彼女が頻繁に示すらしからぬ痴呆的な挙動に、なればこそ周囲は敏感に反応した。
 本来であれば幼年時特有の容赦呵責のない排撃対象として血祭りに挙げられるであろう、事実危機も存在した彼女を救ったのはまたも生い立ちの不幸のバックグランドだった。
 あのね、あのね、ミキちゃんてばキレイだしお絵かきもお歌もうまいのにすっごいヘンなんだよー、だって・・・。
 いけません!、あのコはね・・・。
 今となってはあのときの自分に何が起こっていたのかは朧の彼方、或いは正に不幸そのままに虚空に消えた両親が一度でいい、自分の前に姿を現してくれることを願いその瞬間を逃すまいと目を凝らしていたのか、はたまた唯一自分を救ってくれた守護天使の、自分を永らえさせたその上の励ましの言葉を聴きとらんと一心に耳を澄ませていたのか。
 いや、そんな通り一遍の言葉で自分をごまかすのは不可能だ。自分はあのとき、呼びかける声無き声を確かに察知した。それとする感覚は顕現と同時に掻き消えていたが、そう、もしかしたら、否、心の奥底から望んだもしやあるかもしれない再度の機会、その唯一無二の瞬間に向け幼い私は必死に五感を振り絞っていたのだ、と今は思える。
 彼女のデンパな日々は、しかしそれほど長くは続かなかったはずだ。2年、3年、まさか4年ということはないだろう。事在る毎に虚空に目を凝らし声無き声を捕らえんと耳を澄ませ、そして常に心を磨きその瞬間に備えて待つ。そんなあたかも修験者のような日常を続けるには何もかもが不足していたし、それ以外にも世界は彼女の五感を十分に刺激して止まず、それら目の前の日常、現実の力の魅力に囚われていくことこそむしろ普遍な流れだった。おそらくはやはり幸運にも。
 スペーシアンとスペースワーカとはイコールの関係にはない
 確かに地球に生まれ育つ者よりも間違いなく宇宙は身近というかすぐ隣に存在する空間だが、遠く”選択の余地無く”宇宙そのものに棲むベルターたちならともかく島民にとっての宇宙とは虚空と生活空間を分け隔てる数メートルの隔壁以上に遠い世界だ。島に生まれ育ち、そこから一歩も外へ出ることなく一生を終える者も決して少なくは無く、むしろ多数派にある。
 つまりは宇宙空間、そこで働くことをわざわざ自ら望んで危険領域に就業する物好き、愚行とする価値観こそが支配的なのだ。宇宙に居住すればこそ、そこがいかに高コスト高リスクに満ちた非日常の領域であるかは骨身に染み三つ子の魂百までの教育を受けてもいる。
 宇宙進出の歴史は惨劇の歴史でもある。
 黎明期におけるスペシャリストたちの痛ましい殉職の履歴はともかく、人類と宇宙との距離が縮まるにつれその規模も拡大して行く。最大はやはり4号事件か。
 西暦、のアタマのCをSに置き換え連邦元年、宇宙暦と称して36年、ついに待望の人類初の地球外生活拠点、零号、一般には「フロンティア」として知られるそれが無事に進宙を果たすっていや地上からランチしたんじゃないけどね。なおこの宇宙生活拠点に対する俗称、人工島/アイランドの呼び名もまた計画段階からこの日に至るまでに既に定着していた。
 「フロンティア」は当時の、いや有史以来の空前の巨大構造物であったがそれでも今から見るとずいぶんとささやかなものだ。
 自転構造は取らず内部でシリンダーを回転させるという迂遠なシステムが採用されている。本体そのものの回転制御についてはその安全性について慎重に討議検討の結果見送られたが故の苦渋の選択である。当然密閉型、外殻には大規模な冷却、調温機構を持ちデブリ等空間障害物に備え重装甲、各種備砲まで持つその姿に、一時の熱狂から冷めた目にあれは宇宙要塞ではないのか、と疑問が付されたのもまあ。事実無根でもないし。当時の宇宙空間が緊張状態にあったのもまた一方の事実ではある。連邦成立を巡る闘争は地上でこそ一応の終焉を見せていたが、次の舞台を宇宙に移す兆候も垣間見せていた。
 つまりは第三次世界大戦なのである。
 当時、第二次冷戦、北米と中国の覇権闘争は終盤を迎えていた。
 もちろん勝者は北米連合である。中国は世界最大の単一勢力として全世界を相手に好く奮闘していたが流石にもう限界だった。
 三次に渡る台湾奪還行動は多国籍軍により総て阻止され、ロシアとの国境紛争も決着が付かずにいた。アジア諸国の併合も朝鮮、ベトナムの成功より先には一歩も進まず、一部海洋、海底資源の確保には成功していたがそれも結局実際の経済に結びつける技術を伴わず、屈辱的にも西側の支援を仰ぐという体たらくでは致しかたもない。
 遂には国内経済格差が火を噴き軍閥が各地で挙兵、かつてのソ連崩壊の光景を時を越えて再生するかの如くの様相を呈していた。
 そのとき、一体何があったのか。
 誰にも判らない。被害者も、加害者とされた側も現在ではもちろん既に、当時においても殆ど時を置かずに此の世のものでは無くなってしまった。正に歴史の永遠の謎の一つだ。暗黒神話と呼んでもいい。
 関係はともかく事実として明確なのは、当時の日本の政治重心にして首都であった東京に10kt級の核弾頭が落着、発火した、ということである。
 史書はこの時点をもって第三次世界大戦開始のゼロアワーと定めている。
 東京直上にもくもくとキノコ雲が立ち昇る間もなく直ちに全世界が関与を否定する声明を発表したが唯一受け入れられなかったのがやはり中国で、理由は中国沿岸から東京に伸びる一本の軌跡、日本海でオンステージにあった北米の機動部隊が発見計測追尾し最中に平文で発した緊急信であった。
 データリンクにより一次情報を確認した北米の行動は史上例を見ない迅速かつ果断なものであった。
 大統領命令により東京被爆より26秒後には初弾、北京に向け中性子弾頭のSLBM、水中発射型中距離弾道弾が放たれている。
 被害国である日本が第一撃で政治中枢を破壊され当事者能力を完全に喪失している現時点において、軍事同盟の盟邦として北米が代わってこれに対応する外はない。
 報復は日本国民/東京都民約200万の犠牲に対してではなく、東京に滞在していた北米大使館職員及び関係者、また他の一時滞在者への直接被害並びに東京近郊に駐留する在日米軍が被ると想定される二次被害に対して行われた。
 北京は皮切りに過ぎなかった。
 なにしろ先制核攻撃なのだ。東京に続く攻撃、そして反撃の可能性がある以上その可能性は確実に封じる必要があり、昨今の敵性情報評価により中国暴発のシナリオは既に十分な検討がなされており対応の確立も完了していたのである。
 過ちは繰り返しません、などと世迷言をほざきつつ遂には過ちの末こうして滅亡してしまった某島国などとは大違いである。
 この際のオプションは存在していなかった。全面、完全、徹底報復これあるのみ、である。被害の拡大を防ぐ為の唯一無二の方法手段であるとされた。交渉など論外。事実”関係”の確認も事後で十分、事後があったればこそ、である。
 北京が皮切りに過ぎなかったというのはつまりはそういうことである。第一目標、北京。次に大統領は南京を指示し、画像携帯の軍事問題補佐官に向け次はどこかな、上海か、と尋ねた。補佐官は上海に続けてすらすらと20近くの拠点を挙げてみせ大統領はそれを追認、次いで補佐官はデフコン1の宣言を進言し、大統領は苦笑しつつこれも追認した、とある。北米が有する核/通常を問わず全戦力を中国に向け投射する行動とその準備がこうして発動された。
 北米に続いて俊敏だったのがロシアである。中国との直接衝突を持たなかった日本の東京が被爆したのであれば我がモスクワが無事である保障はどこにもないのだ。オホーツク海から北京に向け北米の第一撃が放たれたのが確認されるとその落着を待たずこれに追従する決断を下した。
 EUもまた無関係ではいられなかった。有人宇宙飛行の実現により中国が地球全土を射程に納めているのは周知の事実であり、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマなど等しくその脅威に晒されていたのだ。彼らもまた自らの安全を求めてなけなしの核戦力を中国に向け振り向けた。
 こうして突如先進国間で始まった”狂気のパイ投げ”を持たざる国々は怯えまたは呆れ、ただ見守るよりほかは無かった。
 開戦、より僅か数分で中国は国としての組織的抵抗力を奪われていた、ようだが既に放たれた戦力は容赦も無く慈悲も無く精確確実にこれを叩き続け、結果開戦より約20分後、放たれた核戦力その第一陣の最後が炸裂した時点で既に人口の99%以上が死滅していた、らしい。
 直ちに第二次攻撃の実施が検討されたがここで漸く理性も目覚め、中国からただの一発の応射も無かったことからも暫しの猶予が提案され可決される。
 開戦から一時間が経過、各国が見守る中やはり中国からの反撃は無く、北米連合はここに対中国戦争への一方的な終結と勝利を宣言、中国との外交チャンネル再開を試みるがもちろんそんなものどこにも残っているはずも無かった。
 こうして中国は人類世界の歴史より劇的な退場を成し遂げたのである。
 そして困ったことに、第三次世界大戦は対中国戦の終結を持って幕とはならなかった。むしろ派手な開幕ベルであったのだ。
 一時、先進国が罹患し支配された狂気と熱狂はそこから離れてのち世界に拡散した。
 理由はともあれ他ならぬ”核戦力の拡散防止”を声高に叫んでいた国々により核戦力の使用が解禁されてしまったのだ。唯では収まらなかったのである。
 お隣が紅蓮の煉獄に灼き尽くされるのを横目にいったい何を考えてのことかまずはインドとパキスタンの間で小規模ながら核戦力の応酬がなされ、中近東でも空を何かが飛び交う。イン/パは痛み分けの内に全面衝突に雪崩れ込みイスラエルは近隣諸国を道連れに滅亡して果てた。通常戦力に対しては頑強精強に抵抗し続けたイスラエルであったが僅かばかりの国土面積という物理条件の前にはやはり核戦力の行使に対しては懸念され続けた通り余りに無力であったのだった、合掌なむなむ。
 イスラエルもただでは死ななかったがしかし如何にイスラエルとはいえ彼一国で敵対アラブ諸国を叩き切るには限度があった。
 残存したアラブ中東勢力は次なる目標を積年の怨敵、北米連合に定めた。
 最悪のタイミングであった。
 北米連合は完全に対中国にシフトした直後であり、アラブは一時的にカバレッジより外れていた。その僅かな隙をアラブは先制により衝くことに成功する。
 対中国戦が緒戦の日本での犠牲を除き無事被害皆無で勝利の内に終結し各国が安堵する中凶弾は北米本土と欧州を直撃、直接被害によりまずそれぞれ数千名の損害を被る。EUは先に上げた各都市に加えスペインや低地諸国、何故かスイスまで。北米はワシントンを筆頭にニューヨーク、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、デトロイト、あれやこれや。
 ある意味EU以前はこれ歴史といえば即ち国境紛争である戦慣れした欧州はともかく、開国以来一度の大規模内戦より後戦場は常に国外にあった北米は、911以来の本土への攻撃、そして911とは比較にならない規模の損害に完全に恐慌状態に陥った。
 アラブが放ったのは通常弾頭では在り得なかった。なけなしの秘匿核戦力はイスラエル制裁に使い切ってしまったがまだまだ戦力は残存していた。正に貧者の核弾頭、生物、化学弾頭である。
 北米連合が備蓄の大量消耗はともかく第三次世界大戦で払った正面戦力の犠牲は戦争全期間を通しても実は微々たるものでしかなかったが、銃後、民間の損害は先の第二次世界大戦を遥かに上回る史上最悪の規模となった。戦争終結まで損害は増え続け欧州は三割減、北米は約総人口の半数を失うに至る。
 如何に仇敵を叩く好機とはいえアラブがどれだけの覚悟をもって戦端を開いたのかはこれも今となっては歴史の彼方である。彼らは本来中国を叩く第二撃として用意されていた戦力を浴びて奇襲成功を喜ぶ間もなく吹き飛ばされてしまった。こうしてまた地球に新たなノーマンズランドが刻まれた。まさか彼らも非核戦力に核戦力で応酬されるとは完全に計算違いだったのかもしれないが、まあ計算通りに進まないのが戦争の常というもの、とでもいうか。
 アラブの戦争というか闘争は本国を殲滅されてからがまたしてもむしろ本番だった。潜伏していた戦力が一斉に蜂起、同時多発無制限攻撃が敢行されたのである。
 あれは危険分子なのではないか、としっかりマーキングされていたものも完全にノーマークだった商社マンも主婦も学生も、本国からの最終司令によりジハードの凶戦士として突如街角に出現し破壊と殺戮を撒き散らした。
 かつてのあのベトコンに本国に浸透突破されたよーなものである。もう正直どうにも。もはや戦争でも何でもなかった。一般のアラブ系市民まで確認のすべなく巻き添えとなり、不幸の連鎖で自衛の為にも本来無関係な人々が戦力脅威として顕在化していった。世界各地に残存していた中国系勢力がこれと共闘を決断するまでの時間もそれほどかからなかった。
 自由、平等、博愛、かつて掲げられた麗しき人類普遍の指標とされたものはかなぐり捨てられ、地に堕ち潰えた。
 人類は互いが互いの安全と生存を掲げて全力を傾けて殺し合いに明け暮れた。かつてあれだけ忌避された民族根絶を積極的かつ強力に推し進めたのである。
 その後約8年もの間断続的に継続された血の饗宴が一応の終息を見たとき、残った側は当然北米連合であり、基本的に資本主義、議会制民主主義を標榜する価値観を同じくする同志のみであった。
 そう、いわば大いなる浄化をもって、地球上から戦禍の種は駆り尽されたのである。第二次世界大戦よりこのかた、極一部の例外を除き西側陣営同士での武力衝突は発生していなかった。
 今、世界はほぼ同一の価値観を共有するもので占められ、互いが合い争う素地は限りなく減少している。
 これを完全に払拭する手段がある。
 正直、今度こそ人類は戦いに倦み疲れ果てていた。本当に本心からもう戦いは御免、再び起こるその可能性を極小化できるならば。
 北米主導、国連が中心となりこうして誕生したのが人類初の単一政体、地球連邦政府である。旧暦にして2074年のことであった。
 日本がどうなったかについても少しだけ。
 先に東京を政治重心と呼んだ。
 東京被爆に至るまでに日本国内では大規模かつドラスティックな各種統廃合が完了していた。過去の因習に従いむやみに小分割されていた地方統治単位はそれぞれ北海道、北陸区、関東区、中部区、関西府、中国区、四国区、そして沖縄を含む九州区の一道一府六区までに統合整理されていた。またこれに並んで過度の首都、東京一極集中構造についても見直しが図られた、といってこちらは別に政府主導のものでもない。ネットワークの発達整備につれ民間では既にロケーションとしての東京にさほどの魅力を感じなくなっており、再編成の結果かなり地力を増した地方に向け緩やかな拡散が発生し結果各種公官庁施設が東京に残りこうして東京は政治に特化した都市として再生した。
 突然の核攻撃とそれに続く政府指導部の消滅は、残された国民に対し驚愕と衝撃を与えたものそれによる混乱は少なかった。日常的に大規模地震の可能性という崩壊の危機にさらせれているという他に例を見ない国土、民族環境の為せるわざであったのだろうか。
 いや、もちろん、この未曾有にして最大の国難に際し何らのイニシアティブも発揮されなかったのであれば、むしろテンション民族である日本人たちは収拾しようのない大混乱のうちに為すすべもなく自滅の坂を転がり堕ちていたことであろう。
 責任の所在と指導権を巡り意見情報交換に終始する残存公官庁を見限りこの危機の際に敢然と立ち上がったのは民間組織であった。商社が音頭を取り各界がそれに続いた。
 東京政府消滅より1時間後には稼動可能な各地方局の全放送メディアを通じてミツイ、ミツビシ、スミトモ等当時の日本を代表する商社、商社というのは説明が難しいが平たくいえば利益を生じるのであればジャンルを問わず活動する多角経営の究極形態のようなものと思われたい、ただ物品を直接扱うのではなくもっぱらその情報と資金をリンクさせ更なる効率を目指す、とか。それらが連名でこの国難に際し日頃のご愛顧に報いるべく我々は全社を挙げて日本国民全員を責任をもって然るべく疎開申し上げます、とブチ挙げた。また関係各社に広く支援を請う、とも。
 それからの日本国内の動きは劇的の一言に尽きる。
 中国を初めに世界が灼き尽くされ狂乱の嵐に沈み行く中、民間主導の日本脱出計画は整然と進行された。 
 まず手が付けられたのは「足」の確保である。日本近隣に存在したあらゆる交通手段が言い値で買い付けられた。何しろ核被爆地である。それこそ逆にその総てが尻に帆を架け逃げ出そうというのを強引にカネで引き戻そうというのだ、当然価格は暴騰したが彼らは躊躇無くそれらを決済していった。
 同時に「口」を塞ぐべく物資の買い付けも進められた。東京被爆と同時に円と日本関連株は総て投売り、全面安の展開であり日本国の資産はこの瞬間にも級数的勢いで目減りし続けていた。もはや紙クズ同然となった円により必死の買いが発せられ続けた。
 ここで奇跡が起きた。日本関連企業のこの迅速な動きを世界各界が認め、日本売りが下げ止まったのだ。円は相変わらずもはや第三世界にも劣る惨状であり手が付けられなかったが、政府は、円はもうダメかもしれないが企業はひょっとしたら買いなのではないかという投機筋が動いたのだ。中国に続きアラブ、続いて北米とEUの一部にも売りが入ったことも好材料となった。
 それらとは別に国内は国内で着々と動き続けていた。東京以外の空港港湾に次々と到着準備された交通、脱出手段にとにかくまず近隣住民から先に送り出される。座席はファーストもエコノミーも果ては荷物室でもあったが流石に人々に不満は無かった。何しろ無料のうえ人頭割りで1万ドルの臨時給付までされたのだ。企業としての後先を考えずに国内店頭公開勢力の総力を挙げれば造作もないことだった。自動車会社は車両を、食品会社は食料を、運送会社と販売会社は流通手段を、通信会社はアンテナを立てて廻り、タクシーとバスがフル稼働で国民を運んで廻り、休憩所を食料を満載した宅配便が巡回し、国民も常より一層従順にこれに従った。ヒトモノカネが切れ目なく動き続けた。
 これら「下々の勝手働き」に公官庁は激怒したがすでにこの流れに介入する機会は失われていた。面白いのは警察、消防、そして軍がこの動きに喜んで従ったことだろう。彼らこそ常日頃より国民の平和と安全に奉職するものとして、一向に具体的動きを見せない公官庁に苛立っていたのだ。また実際に活動するに当たり日常では考えられない横断的な或る意味無頓着な、しかし危急に際し非常に効率的効果的な活動か可能であったことも大きいと思われる。軍が民間とは別に警察消防の仮泊所として野戦テントを建設する、等本来在り得ない柔軟的かつ弾力的運用がそこかしこでなされ流れを助けた。
 こうして昼夜兼行で日本人が国外に吐き出され続けた結果、なんと約一週間で日本国内から総ての日本人が居なくなってしまった。脱出した日本人もその全員がボート・ピープルになるような惨めなことは無かった。商社が掻き集めた資力を背景に旅行会社各社が死力を尽くしてリザーブし尽したのだ。条件はまちまち、中には及ばず一家離散してしまう悲劇も発生したがとにもかくにも日本国民全員が無事国外脱出を果たしたのである。
 日本人は無事だったが、しかし日本国は自然消滅してしまったという結果は皮肉というべきなのだろうか。
 日本人の殆どは現地に好意的に迎えられ、概ね、温厚で良く働きしかもマイノリティとして要求も衝きつけて来ない従順な日本人は、現地人にも現地政府にも手の掛からない優秀な労働力の参入として好意的に受け入れられた。
 戦争終結後も結局日本人は現地に溶け込みそのまま土着してしまい、結果日本は消滅してしまったのである・・・。ウソ、逆。
 国としての日本は滅亡してしまったが日本は柔弱にあらず柔軟、軟弱に見えて実に強靭であった。
 つまりは全く逆に、日本人は各土着先を新たな日本としてしまったのである。現地に溶け込むのではなく現地を日本に溶かし込んでしまったのだ。異物を容易に融合併呑しジャパナイズしてしまう諸外国からは脅威のスキル、日本人にとっては天地開闢以来の息をするより自然に体得した生活の知恵であるあれ、だ。
 結果、その国の宗教文化圏を無視してあちらに鳥居が、こちらにお地蔵さんが、年末ともなればクリスマスイブにはしゃいだ後には除夜の鐘が響き行く年来る年のあとには「アケマシテオメデトウ」、である。
 もちろん、ミキの実家にも神棚があるし彼女のシチゴサンのホロメモリも残っているしヒナマツリのお祝いもしっかりしてもらった。
 つまりはそういうことなワケでまあニッポンについてはこのくらいで。
 ところで大惨事じゃない第三次世界大戦の犠牲者は地球総数で11億8千万と公称されているがこれはずいぶんとアヤシイ数字だ。スーパーの値札じゃあるまいし。
 そもそも中国だけで見ても通説で最大20億最小10億と言われていて間をとっても既に15億、次に北米で1億欧州で5千万、既に上げたようにニッポンで2百万。これに中近東、不安定要素としてことのついでに叩かれてしまったアフリカと中南米、宗主国に従いずいぶんと数を減らした朝鮮とベトナムを加えればまあ最低固いところで20億、正味25〜6億といったところではないかとされている。閑話休題。
 とにもかくにも”滅亡の崖っぷち”といって全く誇大に当たらない一大危機を人類は辛うじて回避することには成功した。
 したが、特にやはり地球環境の疲弊はかなり深刻であった。単なる先送りだったのではないかという思いもちらほら。それが何かは言わぬが花というもの、ちょと違うか。
 連邦政府がその道として宇宙を指し示してみせたのは或る意味必然ではある。
 元手もあった。かつて地球に溢れ君臨し今は方途を見失い呆然と立ち尽くす暴力装置、軍事力である。
 好き勝手に地球を平らげた挙句一方的に樹立された世界政府なる”仲良しクラブ”など金輪際絶対に認めることは出来ないという声も一部根強かったがもはや大勢はそのような声こそ容易に圧殺して躊躇するところが無かった。宥和など愚の骨頂、あらゆる火種は火種の内に摘んでしまえというのは非常に効果的かつ合理的だが同時にどこまでも強権的である。人類の恒久平和を第一義に掲げる以上、慎重かつ果断になるのは止むおえなかった。そうして事在るに即軍事力が行使されるにせよ現在連邦が地上に有する力は余りに過大であり不必要のみならず危険ですらある。こうして必要最小限の緊急展開戦力を残して軍を解体、新たな職場として宇宙開発を斡旋することとなったのである。
 実際、この施策は計画通りほぼ良好な伸展を見せた。
 一部誇りある職業軍人はこれをよしとせず潔く退役の決断を下したが、大多数は困惑あるいは大いなる賛同等各それぞれの反応をみせつつもこの決定に従った。共に生死に係わる高リスク環境として戦場と宇宙空間の親和性も高く、そこでの過酷な労働も軍人にとっては手馴れたものであった。デブリも太陽爆発も十分に警戒していれば回避できる、なんぼかマシ、てなもんである。宇宙空間に軍人が溢れることに対しての懸念や意見もあったが、多分に心情論であったので現実の成果の前にあまり真剣に取り上げられることは無かった。かつては軍事予算も宇宙開発予算も共にムダ金の扱いを受けることが多かったが今や宇宙開発が急務であり、かつそれが教育や福祉を削る事無く大幅な軍事予算の削減により為されるのであれば連邦市民としても大歓迎でもあった。
 こうして宇宙は軍人のものとなり、開発は軍らしい精強と堅実を伴い強力に推進された。決して潤沢な予算ではないにも関わらず、いやそれだからこそなのだろうが常に開発と探査に揺れ動き、結果どうしても腰の定まらない、ムダ、の印象が強かったかつての宇宙開発に比べ、予算はともかく探査調査はひとまずおいて唯ひたすらに宇宙空間目的利用に向けまずは軌道を、次に月を貪欲に目指す現在の姿は実に頼もしいものであり日々確実な成果を積み上げており、この確実な成果にもはや人々の誰一人として連邦が持つ各種資源を宇宙に振り向けることを厭うものは無かった。
 そう、連邦内には。
 全くもう、いつの時代のどこの世界にもあきらめが悪いというか引き際を知らないというかええかげんにせえよ。連邦成立より約10年、いつのまにか連邦はその、”殆どなんちゃって気分は世界政府”に後退してしまっていた。どーしても連邦を認められず離反する勢力が少数、極少数存在したのである。
 はじめが何とバチカンだった。理由はまあ、宇宙は紙じゃない神が約束されてはいないうんぬんかんぬん。本音は世界平和を宗教と無関係に達成されてしまってジェラシーというところか。なんというか要するに連邦政府は「破門」されてしまったのだ。
 非キリスト教圏にすれば何をいまさら世迷言をの一言だが聖書を持ってるけっこう多数にとってはこれは衝撃だった。連邦評議会議長が聖書片手に宣誓するようなーイベントが無かったのは当然だがまあ幸いではあった。公称でさえ12億からの人命を平らげて此の世に生まれた連邦がもはや神の恩寵を期待できず自身悪魔以上に悪魔的である自覚はあったのである。
 神を恐れず悪魔も頼まない連邦としては、キリスト教という悪癖を廃絶する好機としてバチカン討伐も一時真剣に討議されたがさすがにそれはマズかろとの判断は理性によるものか感情に根ざしてのものか。 
 連邦の「然るべく」との返答はバチカンの想像の埒外のものだった。連邦の上層部にもキリスト教者は少なくないどころかじゅうぶん多数派であったが、このときをもって彼らは外にではなく自らの中に神を求めて強く生きることを覚悟した。唐突だが全員が日本人化したともいえる。
 これは連邦市民にとっても絶好の試金石にして踏絵であった。
 そしてその結果もまたバチカンにとってこそ衝撃であった。一部神の怒りを恐れて連邦を離反しバチカンに帰依するものも現れたが、殆ど大多数がバチカンを口先三寸で人類社会を壟断する唾棄すべき存在としてあっさりと切り捨てたのである。手近な改宗先としては当然の如くキリスト教に比べ非常に寛容な仏教や神道が選択された。またしても日本人化現象が発生したのだ。なるほど日本人が西洋の商売敵から悪魔視されたのも当然ではあった、呵呵。
 つまりはけっこうな繁盛ぶりではあったが新興宗教キリスト教、一巻の終わりであった。思えば彼らも殉教者の山を築いて強固になっていった組織で死体比べではどこにも負けない実力の持ち主である。ミンチメーカ連邦としては良く自制しこれに打ち克った、ともいえるか。
 こうしてバチカンとの一騎打ちには快勝した連邦であったがそれでも離反勢力は続いた。多かったのは民族自決の残滓というか、第三次大戦を局外というかアタマ越しのうちに遣り過し漸く落ち着いたと思ったら世界政府、何ソレ、永きの闘争の果てについに勝取った我が独立は一体・・・みたいな。まあキモチは判るがここはきっぱり切り替えて欲しいとこなんだが、まあムリか。
 が、それらとて連邦から離反したとて何をどうできるハズもなし。結局連邦が喰わせてやるほか無かったのだ。
 連邦に不満を持ち連邦と袂を分かたったものたちを連邦が援助するという何とも頭痛がしてくる構図がこうして出現した。かつてであればおよそ考えられない状況だがもはや連邦は磐石にして泰然自若、余裕綽々その気になればいつでも瞬時に叩き潰せたので余り気にしなかったどころかこれを積極的に利用しさえした。中にはアタマを冷やして嬉し恥ずかし出戻るものもあったがこれをゴネ得とみて新規参入するものも現れたが頓着しなかった。
 彼らは「地球連合」を名乗り連邦の強引な宇宙進出を痛烈に批判した。そんな余裕があるのであればまず地球環境の復興にこそ全力で取り組むべきであり弱者救済をこそ優先するべきではないのか。
 あたたたた、実は連邦は人類の恒久平和とそれを保障する全市民の権利の平等を謳いつつ痛切な内部矛盾というか歪みを抱えていた。実は連邦市民には穏然としたしかし抜き難い階級格差が生じてしまっていたのである。
 もうお気づきであろう、そう、元戦勝国国民とそれ以外、そして辛うじて生存を許された敗戦国の人々である。連邦が廻り始めた国家運営に不満分子のガス抜きを必要としたのは当然であった。如何に本性がどこまでも予防平和主義に基づく躊躇なき殺戮者であったとしてもそうそう常日頃刃傷沙汰を起こしているのも疲れるハナシだ。
 共に「地球」の冠を掲げつつその性向は正に正反するものであった。いっそ立場の違いを明確にするべく太陽系、或いはオリオン、いや夢は大きく銀河連邦に改称するのはどうかという意見もあったが流石に次期尚早であろうとこれは見送られた。残念無念。
 まあ自ら被差別最低階級を買って出てくれる勢力が存在するのであればなんとも有難いことこの上なし。多少の捨て金など安いものである。地球連合は生かさず殺さず。
 しかしそんな政府の苦悩の国家運営とは裏腹に、何とも救い難いことに市民の間ではこの3者間での階級格差化は緩やかにしかし確実に進行していた。A、B、C、或いは1級2級、あうあう何ともかくも人間とは度し難いものなのか。
 そして更に絶望的なのがこの流れが勝者の驕りではなく敗者の鬱屈の作用で醸成されているという、もう何といっていいのか判らない。勝者の側には既にもはやその意識はなく、幾多の犠牲の上に遂に実現したこの理想郷にも似た環境を清く正しく後世に送り伝えていこうと、あいやこう無批判に連邦を全肯定できる健全さこそが勝者の余裕というべきなのか。
 事実敗戦国出身者には亡国の民も多く、それを言えば連邦成立時点で参加者全員御破算で願いましてはなワケだが人間がソレぐらい単純明快ならそもそもせんそーなぞ起きんわなあ。敗者の鬱屈と自らの怠惰と無能、それに勝者の高潔をないまぜにしてぐちゃくちゃと掻き雑ぜてイジケ症候群である、はあ。
 それはもちろん、戦勝国先進国、例外もないではないがまあ教育水準も各員の意識も高い。エコ贔屓せずとも機会均等能力重視で競争するともう平等ではない幼少からのアドバンテージから先行逃げ切りである。いや実際はそんなことは無いハズなのだが勉学も勤労も習慣と持たない側と多少なりともそれを嗜みとする側がそもそも同じスタートラインに並ぶはずも無いのである。これはもう差異、といことで正直どうしようもないのだがしかし同じ経済圏に組み込まれると他方が富み他方が貧困に、まあ喘ぎはしない、地球上からほぼ撤廃した軍事力を宇宙開発に振り向け、順調な進展を見せるそこから人々が望むようにほんの少しの余剰を民生に割り戻してそれでもう必要十分である。軍事も宇宙も正に天文学的でありつまりは分子分母というやつだ。シャトル、戦闘機1スコードロンの予算で幼子や高齢者を飢えさせないことは十分可能だった。
 しかしそれはあくまで”飢えさせない”までであり、仕事はキッチリ17:30で片付け夜は家族と楽しく団欒、土日は親しい友人とホームパティ、ロングバカンスにはサマーキャンプにスノースポーツ、まあこれはできすぎだがそれでも決してハイエンドでもないとされるそんなライフスタイルを生活保護や三交代制の工員に通う隣で見るともなしに見てしまったらそりゃまあ海に向かってバカヤローの一つも叫びたくなる。彼が富み吾が貧しい、いや、押し込みに怯えることも娘に客を取らせることもなく十分以上に安全で豊かに、幸せになったハズなのだ、しかし・・・ドコカデナニカガマチガッテイルノデハナイカ。
 それでも大抵は酒か合法ドラッグでイイ気分のまま女房と一合戦済ませ、ああまた来月は一人増えるから政府に援助申請しないとななどと思いつついつの間にやら高いびき、それを尻目に長男と長女は絶対に親父にだけはなるなを合言葉に父と同じ職場に勤務しながら睡眠時間を削りに削って政府職員高官入り人生勝ち組パスポート目指して青春の総てを捧げて猛勉強、と世はことも無しなのだがこれもいつの世も変わらぬ、自身建設的努力をすることはせずただ他者の批判に終始するという困ったちゃんが。
 いわゆるひとつのアジテータか。こういう連中は自身信じていないだろう虚妄を一見実にもっともらしくまくしたてる。さらに狷介なのがそれに数字を絡めて振りかざす遣り口だ。
 例えば連邦の総人口と各級労働人口の構成員の出身先比率のデータを掲げてみせ、これを見ても明らかなように、などと滔々と言葉と数字を並べて煙に巻く。一次、二次産業での割合がこれこれ、三次産業即ち公官庁のうんぬん、然るに、政府の戦勝国出身者優遇、敗戦国出身者迫害の意図は公開情報を仔細に検討するだけで既に明白な事実なのである!!。もちろん先に挙げた賢明にして懸命な兄姉等の人材により政府高級職、彼らのいうところの”戦勝国サロン”でのそのサロン勢力が年々縮小方向にあるという正に確実な定量情報等はきれいさっぱりスルーである。つまりは典型的魔女裁判型であり嫌疑を突き付けられた時点で負けなのである。証明の初歩でもあるが不在証明が想定され得る総ての例外規定を自ら列挙した上で更に全否定してみせねばならないのに対し、存在証明は一つの例外をヒネリ出しこれを肯定すればそれでよし。どんなデータでもバイアスを与えればそこに有意を見て取れるものでもあるし。
 もちろんこんな”嫌がらせ”が手弁当でされているワケがない。末端の細胞はただそうだそうだと何もしらず血圧を上げているだけだが明らかにどこか資金源を持っての反政府活動である。
 相手はどこか、もちろん決まっている、連邦発足以来このかた完全に左前の某産業界、ついに出ました軍産複合体である。
 ぶっちゃけ前世紀我が世の春を謳歌し続けた彼らは今や完全に風前の灯火だった。連邦の軍事関連予算はホントに必要最小限度。かつての大軍縮というか実質での軍隊解散以来もちろん何の必要もないので新兵器開発など全く行われていない。ごくごく最小限のアップデートと補充部品の生産、アップデートで耐用年数も延伸しているので補充生産の発注すら両手に余る数量である。それでもウェポン・キャリア業界はもともと民生の一部門でもあることであるし、あくまで程度問題だがそれでもまだ救いがあった。悲惨なのは完全ウェポン、銃火器弾薬を扱っていた企業である。これはもう完全にどーにも。大軍縮直後にはあっけなく次々と破産宣告を発し民生転用可能な高度技術を一般企業から買い叩かれては消滅していった。
 軍産複合体が現在の状況を座視しているはずが無かった。むしろ今まで何のアクションも起こして来なかったことの方が不気味である。敵は火のないところに火事を起こしては巨利を貪って来た古狸である。今までにいったいどんなネタを仕込んで来たのか。
 答えはすぐに出た。かつて有力軍用機メーカであった数社が共同で新型のシャトルを開発完了、リリースしたのである。
 連邦にとっては完全に寝耳に水であった。もちろんそのような発注はしていない。
 というかこのシャトル、いったいどんな意図で新規開発したというのか。ペイロードは申し訳程度だしメインモータの出力も低い。せいぜいが実験衛星を低軌道に投入するくらいの任務にしか使えない。ロースペックに相応しいローコストだが・・・は?移動発射機によりどこでも簡単に打ち上げ可能だあ?!。
 連邦はこのシャトルのスペックを確認して愕然とした。
 ってをい、つまりはコレは完全テロリスト御用達装備だというのか?!。
 開いた口が塞がらないとは正にこのことだがどうやら本気のようだった。ウォーイズマイラフウォーイズマイウェイ、なるほど確かに軍産複合体であった。
 二つの途があった。この”新型”シャトルに100機ほどの予算も付けてやり懐柔するやり方。確かにこの場は収まるであろうが衰亡しつつある軍産複合体を自ら延命させることになる。
 そして今一つは実に連邦らしい”全面衝突”。躊躇することなく連邦は後者を選択した。
 軍産複合体の完全覆滅なくして戦争の火種は絶えず恒久平和は常に脅かされる、犠牲は覚悟。非常の決断であった。
 内部の反政府勢力を直接叩くことこそはむしろ容易であった。が、現時点での影響/効果を弾き切れずにいた。かつての北米対アラブの再演は断じて許されない、もし万が一連邦を割るような事態を惹起したら・・・ここまでの営為の総てが水泡と帰す。
 テロリスト相手の代理戦争を粛々と進めなんとかこれを凌ぎ相手の体力が尽きるのをじっと待つ。持久戦に持ち込む以上既に勝利は確実だが、問題はどれだけの時間と犠牲を許容できるか、である。が、まあこうなってはもはや退くすべもなしとことんつきあうのみ。
 そして同時に、一つの重大な方向転換の決断を迫られてもいた。
 連邦が宇宙に突き出した腕は衛星軌道を既に完全に抱え込み月をもしっかり掴んでいた。共に恒久型の拠点が幾つも建造され軌道のそれは完全フル稼働、月も順次戦力化しつつある。
 さて、次にどこへ向かうか。
 連邦の意志は既に決まっていた。火星である。
 テラフォーミングの実現と地球脱出。これが連邦が描いていた宇宙開発の一つの到達点であった。
 了後、焦ることなく安全着実に一歩一歩星系外に向け地歩を固め、木星系くらいまで進出したら一気にお隣のバーナードに向け飛躍する。
 それが初手で躓きつつある。
 足踏み状態のテラフォーミング技術、ではない。そんなもの一朝一夕で答えが出るものでないのは百も承知、捨て金覚悟でスキル向上に勤めつつ少しばかりのスピンアウトが民生転用でもできれば万々歳である。
 核融合だ。想定以上に難航していた。
 核分裂で既にお馴染みの”湯沸し核融合”ならとっくに実現実用化されていた。そんなものはどうでもよろしい、問題は熱核プラズマ型融合炉の実現だった。
 これがもーどーにもお手上げ状態だった。
 熱核融合により太陽表面に匹敵する超高温状態のプラズマ流を励起しこれを高圧にて封じ込めコイルをくぐらせるとフレミングの右手だか左手だかの法則に従い莫大な電力を引き出すことが出来る。核融合夢の直接発電、実現すればエネルギー問題はほぼ解消である、実現できれば。
 実用化の目処はカケラも見えて来ない。
 物理的直接封じ込めの途はこれはもう完全無欠に絶望的だった。1基当たり兆の予算を注ぎ込み何をどーやっても活動限界が0.1秒のカベを越えられずにいた。必要熱量と圧力に炉心を機能させられる時間がそれだ。
 力場封じ込めの方はどうか。複合型では唯一の成功を見ていた。湯沸し核融合3基から得た電力により磁界を形成しつつ主基の出力を上げて行き何とか安定稼動状態まで持っていく。理論検証試作1号が5年前より稼動を開始し現在定格出力の1%に達しつつある・・・たぶん成功するだろう、これをもって成功と呼べるならば、だ。
 何らかのブレイクスルーか触媒の開発が必須である事は既に自明の理であったがとにかくそんなカンジ。デッドロックもいいところだ。人事を尽くして天から何かが舞い降りてくるのを待っている状態だ。歴史のパラダイムシフトの局面に必ず現れる幸運か奇跡か或いは天才の出現か。
 まあ飽きず焦らず計画を進めるしかないのはそうなのだが、タイムスケジュールが大きく狂うことは回避できない。現段階で火星を直接目指すには人類が持つ基礎体力の不足は明らかである。
 ではどうするか、とゆーことだ。
 近隣空間の支配を固めつつ機を待つ、これしかない、か。
 これが連邦発足より約10年、フロンティア進宙より約20年前の情景である。
 つまりはフロンティアが宇宙要塞に見えてしまうのは全くしょーがなく軍人が支配する人類宇宙に打ち込まれたさらなる楔がそれでもあった。そもそも人類初の人工島が遭えなく撃沈されるよーな連邦面目丸潰れの事態は万難を排してこれを退けねばならんのだ。
 詳細は略すがフロンティアはその後何度かの危機を無事乗り越え、完全民生、初の自転、開放、大型の1号「パイオニア」の就役により正式に連邦宇宙軍軌道艦隊の拠点としての稼動を開始、現在も記念館として人類の宇宙進出黎明を後世に伝える大切な役割を果たし続けている・・・ってこの視点の現在っていったいいつなのよw。
 で、その後も2号「エクスプローラー」、3号「コンステレーション」と徐々にその規模を拡大させつつつつがなく進宙を果たし4号「アースライト」が遂に歴史に登場することとなる。
 4号は総てが画期的であった。まず連邦の発注による完全民間製である点が一つ・・・今からみればもうこの時点で実は総てが終わっていたのである、ってだから今はいつなんだって。地文って便利やねえ。
 そしてそれに伴う劇的な建造コストの削減。いや気持ちは判るがあの。
 そう、もちろん島は空気で出来ているワケではないので、いや宇宙空間ではその空気ですらさえこそ貴重な資源であるのだが、まあつまりはそういうことだ。
 人工島をもって宇宙空間に居住空間を拓く。さて入居者募集は。心配せずとも希望者はけっこう集まった。
 えーとそのまあもういいや。いわゆるひとつの2級市民達、だ。
 先に挙げたように敗戦国出身者には故郷を消失というか焼失している気の毒な境遇も多かった。心情上からも自らの恩讐を断ち新天地を目指すというのは十分理解できるとこだし前向きな有難いデシジョンであることよ。
 政府にとってもそうであったようで、入居希望者には手篤い援助が与えられた。
 まず島までの引越し費用は無料というか全額政府持ち、入居先での就業も完全政府斡旋、10年間無税償還費差し止め。
 そう、償還費、つまりは”借地代”。
 一種のどころか紛れもない棄民政策なのだがあからさまにはそう見えないように政府は可能な限りの努力をしていた。償還費に関しての設定もその一つで総額はともかく支払い単位については本人の望む限りの低減にこれ努め、世代毎にそれぞれの収入に応じて再設定できるものとした・・・これがのちに予想通りの遺恨となっていくのだが。
 償還費はどのように設定されているか。
 基本は建造費用を減価償却しつつその人頭割り、である。
 つまりは初期費用を低く抑えられれば総てが丸く収まりみんなで幸せになれる道理ではあるのだが、そこに宇宙空間ではコストに応じて安全を確保できるという冷厳な視点が欠落していたことは強く指摘できる。要するに弛緩していたのである。
 軍人たちの宇宙、開発。順調であった。順調であり過ぎた、ともいえる。
 彼らが日頃どれだけ神経を研ぎ澄まし、日常に溺れることなく克己を維持し続けたかその為の努力を惜しまなかったことか。正に常在戦場の心意気で宇宙空間と対峙し日常を過ごしていたのである。テロリストの宇宙参入はむしろその緊張を強調する要素として一部歓迎すらされた。いやもちろん大多数はげろげろだったが、軍人とは最良の平和主義者であるのだから。
 軍人たちが日頃300%ないし400%の安全係数をもって踏み固めてきた宇宙開発。その確保された安全地帯を後からのこのこついていくだっけだった民間企業がはじめて人工島建造という最前線を任されたとき彼らが弾いたのは安全係数150%で十分というヌル過ぎる指標だった。日常の整備点検を入念に怠らなければ現在の宇宙開発はまだまだコストダウンが可能というのが彼等の主張であった。企業戦士たちは与えられた初の晴れ舞台に宇宙の価格破壊を起こすべく情熱的に動いていた。その価値基準に従いそれはそれで十分真摯ではあった、ハタ迷惑にも。
 軍人たちは自身の高コスト体質を否定しなかった。任務/作戦成功の為には投入可能な総ての資源を投入、その成功確立向上の為には各職掌の及ぶ限りにおいてあらゆる努力を惜しまない、失敗が容易に戦友の死に直結するのであればこそ。それが軍人であり、彼ら自身それ以外の方策を持たないことを全く否定しなかった、むしろいくばくかの誇りを込めて。民間には民間の遣り方があるのだろう、まあお手並み拝見、というところだ。
 無事進宙を果たした「アースライト」は世間に絶賛と共に迎えられた。建造には数々の新機軸が盛り込まれそれらがコスト低減に集約された結果、「アースライト」はその規模、収容人口が「コンステレーション」のさらに1.6倍の拡大を実現していたにも関わらず建造原価は逆に「コンステレーション」の40%に抑えられていたのだ。まさに驚嘆の成果であった。「数々の新機軸」に先駆者、今や宇宙のプロフェッショナルと化した軍人たちはもはや語る言葉を持たなかったが、これは既に宇宙開発ではなく宇宙民生利用であるのだろうとなんとか理解に努力した次第。しかし同時に「アースライト」に気をつけろを合言葉に有事に備えることも怠りなかった。それこそが軍人基幹の宇宙開発の精髄であった。
 安かろう悪かろうというあからさまな誹謗、何かどこかに見落としがあるのではないかという懸念をよそに「アースライト」は極めて順調であった。艤装、就役準備中に異例の早さで完売御礼となりキャンセルも発生しなかった。ただ一部の民族だけが「アースライト」の運行に非化学的クレーマ的要求を突き付け頑として譲らなかった以外は。彼らは四番は死番、これを欠番にして5号に改称しないのであれば入居に応じることはできない、というのだった。移民担当官は苦笑と共に丁重にお引取り願うしかなかった。「アースライト」に関しては特に募集に苦労、どころか抽選による割り当てが検討されていたくらい好調だったのだ。
 「アースライト」に関する人智を超えた一部民族による”勘”が不幸にして現実のものとなったのは運行開始より1年半後のことである。
 定期検査によりそれが確認されたのはXdayマイナス4日の時点だった。緊急閉鎖機構の一部に動作不良が発見されたのだ。 
 その後の宇宙関連危機管理マニュアルは須らくこの時点において「アースライト」は運行を停止し万難を排し直ちに全島避難を決断すべきであったと結論するがまあ後知恵ではなんとでも言えるわなあ、故障発覚からでも4日は無事だったワケだしさあ。
 「アースライト」の不幸は改めて検証すればするほど某民族が恐れたようにまさに死番に呪われているとしかいえない。本来34分で動作完了すべき緊急閉鎖機構が一部アクチュエータの規格外の劣化により44分44秒かかることが確認されたのである。
 1分、いや1秒どころかコンマ1秒が生死を分ける宇宙空間で約10分、永遠にも等しい絶望的な時間である。しかしこの感覚は常在戦場として常に真空空間に身を置き死線を潜り抜けてきた者たちが初めて皮膚感覚として体得できるものだ。
 残念ながら地球での行政手腕を高く評価され危機管理や宇宙には疎かった当時の島長さんにはその感覚は薄かった。これが1時間、いやせめて30分の不具合であったなら彼の感覚、判断もまた別のものとなったかもしれないが事実は違った。
 メーカーも運用担当の返答も次回の整備補修での手当てで十分とのことであったのでそう裁可しただけである。
 軍の監視体制で太陽活動の異常の傾向が確認されたのがー44h、例によってコスト無視で探査プローブが詳細確認を目的に近傍空間に向けパワーダイブされたのが−40h、情報集積の結果極めて高い精度で近日中、今この瞬間にも太陽面爆発が起こり得るとの結論が−4h、緊急警報の発令がその4分後。
 「アースライト」でも警報受信後直ちに全島への太陽面爆発警報の発令と緊急閉鎖手順が取られた。そして遂に死番の呪いが、その死の顎が「アースライト」をがっぷりと銜え込んだ。
 緊急閉鎖開始より精確に4分4秒後、機構に原因不明のスクラムが発生し動作停止。4重のフェイル・セーフが機能していなかった。この時の島長の決断は迅速だった。直ちに軍に対して救援を要請し軍も即応する。
 軍は救援要請受諾と共に現在活動中の部隊中、作戦中止により全体の安全に影響を与えないもの及び緊急性を要しないものの全力を「アースライト」救援作戦に投入することを直ちに決断、行動に移った。緊急閉鎖が不可能である以上せめて自転停止を指示するべきかと思われたが予想される残時間から結局見送られた。
 常に重水を満載し即応を維持している突発太陽面爆発災害対策、阻止任務に特化した通称”バリア・フリート”が号令一下先陣を切って全力出撃。任務の性格故まるで宝の持ち腐れだが実は最も強力な装備が就任している。ペイロードを投棄した輸送艦がこれに続く。そして工作艦。
 「アースライト」では既に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開していた。太陽面爆発は既に警告ではなく既定の事実として流布されてしまっていた。結果当然収拾のつかない混乱。本来あってはならないことだがってなんかこのフレーズ頻出してる気がするが気にしない、全島員ぶんの宇宙服すら足らないっておまえはタイタニックかふんとにもう元来なら稼働率等見込んで最低必要量の1.2倍程度は準備しとかにゃならんだろうに。 
 「アースライト」に軍の救難部隊が取り付いた段階で混乱は一時改善されたというか軍はそのまま島内に進行し本来任務に加えて治安回復にも尽力せなばならなかったってまあこっちこそ本業だし。バリア・フリートにはもちろん島全部をカバーできるほどの規模はない、せいぜい展開した一角に安全域を保障するていどだ。島が自転している以上島外にそれを設けるより他ない。
 とまあ、軍上層の非情の決断と現場の抵抗、部下と多くの島民を救いつつ自身は壮絶な殉職の有名過ぎる英雄マクマナス少尉を筆頭にあることないこと詰め込んで4号モノならこの後からが本番でヒートアップしていくとこだがここでは4号そのものはどーでもいいので略、だってキリないし。気になったむきはフィクションでもノンフィクションでもお好きなだけどぞ。つまりは0hで3万がとこ、最終的には後遺障害その他で軍民合わせて44444名の犠牲をもって4号事件は終結する。全島民12万全滅という最低最悪は比率的には民間以上の犠牲を払った、まあそれこそ職責とはいえそれでも十二分に賞賛に値する軍の文字通り捨て身の献身努力義務の遂行により回避されたがそれでも等閑視できる数字ではない。
 4号の教訓は運用に集中しており、つまりは人災であったとするのが現在の評価。責任者に関しての人事、危機管理体制。結果今では島長さんは公選可だが副長には必ず現場経験者が就任する補完制度が遅まきながら制定されてる、てか4号以前は基本的に軍政だったし。この制度にしたって新品少尉をお守りする小隊付軍曹のアレそのものだし。
 同時に4号以降、開発は軍、利用は民、の宇宙の分化が明瞭になっていく。
 それと4号の後日談だが、技術的問題点は特に指摘されなかったにも関わらずやはり”縁起”が悪いということだろうか、事件後離島者が後を絶たず新規入居希望もないままずるずると衰退し5年後には正式に運営中止と廃棄の決定がなされた。それと完全な余談だが、4号以降、宇宙から”4”の数字が出来る範囲で欠番指定、削り取られる傾向が生まれた。”13”に関しては4号以前からの慣習であるのは周知の通り。巨大建造物建立に先立つに当たり、”宙鎮祭”がしめやかに挙行されるようになったのもこの頃からだったりする。
 そうやって、島/アイランドが集まり礁/リーフと呼ばれ、礁が集まり地球や月に対して群島勢力の名が呼ばれ始めるころ、歴史は一人の人物を得る。
 その名はジム・ワイルダー。ついについにニュートン、アインシュタイン、ハインマン等に並ぶ叡智の系譜、人類史に燦然と輝くスーパースターの登場である。
 ワイルダー博士については今度こそ何の説明の必要もないだろう、評伝でも学術書でも納得いくまでご存分に。世紀の大発見、ワイルダー触媒、通称プロト・ワイルダー粒子による初の実用型熱核プラズマ型融合炉、ワイルダー型反応炉実現の功労者にしてワイルダー機関の始祖、科学、産業界の巨人である。
 幸運だとか偶然だとマグレだとかまあ他者を貶める方法手段はいくらでもあるワケで。何がどうあろうと彼が人類社会の発展に貢献した功績に揺るぎなくその影響たるや正に積算不可能に図りしれなず、パラダイムシフトの名がこれほど相応しい事跡はそれこそ産業革命まで遡るかもしれない。第二次産業革命とも呼び得る電子計算機の台頭後の級数的効率向上はしかし結局量的変化に留まり人類の意識体系に多大な影響を与えつつも質的変換をもたらすには今一つ力不足であった。
 ワイルダー反応炉が人類の未来に切り拓いたものは文字通り無限の可能性である。時間の許す限りにおいて人は宇宙の涯まで突き進むことを保障され、同時に以降人類はことエネルギーに関しては原則として何の課題も問題も持たずに発展してゆくことをもまた保障されたのである。そして、人類社会の諸問題とは結局基本的には総て有限のエネルギーをどう配分するかに集約されるのだ。
 ここで、とりあえず人類は総ての問題や遺恨を総て棚上げしてエネルギー生産手段の整備に邁進しました、結果、人類社会には必要十分以上のエネルギーが満ち溢れ、誰も飢えず、誰も傷つかず、みんな仲良く末永く平和に暮らしましたとさ、目出度しメデタシとなればハナシはここまでそれはそれでけっこう極まりないのだがやはり歴史というのはそれほど人類に甘くはないようだ。如何に素晴らしき方法手段方策のように見え、所詮理想普遍の浄土に在るものはその限りにおいて結局ユニークの泥沼に沈む現実の前には無力であるのだろう。
 人が望むと望まないとに関わらず歴史は次の種を蒔く。否、歴史が須らく人の営為である以上さすがにこれは矛盾に過ぎるか、むしろ自業自得の四語こそがおそらく相応しいのだろう。
 あるいはこの世紀の発見がいま少し早く人類社会にもたらされていたならばその後の歴史は大きく軌道変更したであろうに、と妄想逞しくするのはそれこそ自由だが、しかし、歴史とは即ち偶発に翻弄される乱流であるかに見えて必然の深淵を湛えた大河であるのだ。・・・似合わんに肩が凝るのでここらでやめ。
 常に誰も望まずと言われながらも結局は人は安定より騒乱を、友愛寛容より憎悪相克をこそ自ら望んでいるのであろう。そうでなければ・・・ってなかなか抜けんね。
 地球・月と宇宙/群島勢力は既に誰の目からも明らかな衝突コースにあった。困ったコトに理由はもう思いつくまま幾らでも挙げられるだがね。
 連邦の思惑通り、いや別に特にそう明確な目的意識は無かったように思われるが結果として地球上から不満分子を宇宙に向けほぼ一掃することに成功したこと。てことは裏を返せば宇宙は地球に対する不平不満で占められているということやけん。
 ワイルダー・ドライブの発達により意図せずして地球と宇宙の経済格差が更に広がってしまったこともそう。超温超圧下、つまりは核融合炉心内にてこそ初めてその性質を現すワイルダー粒子であったが、ワイルダー家に入り婿したワイルダー博士の義理の息子、ワイルダーJr.の主導によりこれを励起状態を維持したまま外部から安定粒子で結晶化することにより常温での運用を可能とする、最終的には親子の共同研究で完成を見た、ワイルダー&ワイルダー粒子、単にワイルダー粒子と呼ぶ場合はこちらを指す通例でのそれ、を発明。
 これで何が出来るかといえば、微少の電荷により超伝導形質により強力な磁界を形成し本来はプラズマを封じ込める作用力、何もない、例えば宇宙空間ではそれ自体に意味はないが、他に磁界を持つ空間ではどうか。例えばそれ自体巨大な磁石である地球では。
 作用力を調整して揚力にできるのだなこれが。S/Nで反発して宙に浮かぶ磁石そのままに。
 初期のものは揚力発生とは別に推進機関を必要とする出来の悪いVTOLのようなものだったがすぐに揚力、推力共に調整できる改良型が実現、実用化し次々と商用ベースでの運用が始まった。
 平たく話すと地球上の流通が船舶運送のコストで空を飛び交い始めた、ということだ。
 当時、地球と宇宙の人口比は既に約3:7で逆転していたが、経済規模は6:4と未だ地球が優位にあった。
 せんじ詰めればみんな宇宙空間が悪いのよということなのだが。水と空気と平和はタダの地球に対して息をしても水を飲んでも屁をひっても総て有料なのが宇宙である。両者の優位の差は自ずから明らかというもの。加えて治安の問題まである。
 連邦の宇宙開発を標的に当初活動を開始した宇宙でのテロリズムは、それ自体活動の為の活動としてスポンサー以外の総てを敵に廻して宇宙空間をその拠点としていた次期があった。”宇宙海賊”などとの別称は誰も言い出さずテロはどこまでもテロであったのだがその性向が微妙に変化し、一時期失われていた方向性は再び地球に向けての収斂を見せており、支持も高まりつつあった。
 テロリスト達が地球糾弾の槍玉に挙げはじめたのが例の償還費問題である。
 地球と宇宙の人口比が逆転する頃開発の前線は内惑星では太陽近傍での定期観測、外に向けては小惑星帯を越えて木星に手が届こうとしていた。同時に島の建造は既に全面的に解禁されており、群島は自己増殖を開始していた。  
 そして、これだけの時間が流れつつ未だ政府による宇宙初期開発投資費の回収が終わっていなかったのだ。それこそが償還費問題である。
 先にあげたように償還費、連邦政府が用意した宇宙での居住空間に入居し生活するその基本的権利の確保への対価、その支払いはどこまでも自己責任原則を貫き通したものである。この、自己責任に基づく自由の確保というのは一見寛容かつ慈悲深いようだが持たざるものには無限地獄をもたらす可能性を秘めているのは既に前世紀のワイマール体制の崩壊で顕著に示されており、これも先に触れたように如何にも迂闊でありやはり禍根となり今に至ったものである。衆愚が原則的に求めるものが奴隷の幸福にある一般則を無視する初歩的ミスでもあった。
 水は低きに流れる。発奮し自分の一代で前倒し完済する一部豪の者を除き、多くは自らの負担を最小限に抑え、負債を次代に継承する途を選択した。結果一見、利息を支払うばかりで元本が全く減らない、減らそうとしないサラ金利用者が溢れるよーな光景が。いや決して似て非なるものなんだけどね、別に政府暴利貪ってないし。税の二重取りのようにも見えてその実宇宙移住までは課税免除分類の対象者も多かったし。
 さらに外聞が悪かったのは、挙句弁済不能を申し立て再び政府保護のぬるま湯への回帰を望む者の存在もあったこと。事実関係は完全に逆転しているのだが、まるで騙し絵のように政府に搾取された結果の破産のみたいに写るのでフシギ。まあ需要もないではなかったけどね、貴族の生活を支えるのはいつの時代も奴隷の重大な役割だし。
 正直、連邦政府としてもこの問題には手を焼いていた。回収自体は実はどうでもよろしい、うまい口実を付けられるなら一向徳政令の発布によりチャラにして構わないというかむしろ適うことなら切実にそーしてしまいたい。外野が囀るように地球はワイルダー景気でうはうはであり償還費残債など連邦予算総額に比して流石に議長の一存で決済できる額ではないが過半で可決すれば処分できる規模でしかない。が、困ったことに債務者全員が全員不平不満を募らせ意義申し立てをしているワケではなく表面上は従順に皆粛々と連邦市民の義務を遂行している、つまりは外部要因が大きいのだ。事実無根の搾取を言い立て弱者救済を喧伝されるとそうだそうだの掛け声の一つも発したくなるものの、その実現状で十分手篤い保護下にあり、父祖も自身も自ら望んで新天地に身を置く自由人として弱者ですらない事実を見失う程には人は愚かではいられなず、以心伝心で政府も理解していた。であるからこそ手詰まりにあるともいえたが。
 矜持を持つものへの理由のない施しは相手を貶め感謝もされず両者共に不幸になるのは世の理。ましてや為政者と民衆の間柄においておや。救済を目的に政府の資産を減らしておいて民意の低下を招くようではいったいぜんたいハラホロヒレハレである。
 最後に究極的に不幸なのは、主にそれらの一見正論がテロリストを通して発信されていたこと。
 なにせ相手はテロリストなのだ。主義主張お構いなし根絶対象なのである。結果どーなるか。スペーシアンの正当な要求要望を連邦政府が軍事力で封殺している・・・ほら、ペンを指でつまんで軽く振ってごらんよ、ぐにゃぐにゃに見えるよね。
 
 ミキがその進路にスペースワーカの途を選んだのはやはり幼年の現体験の衝撃が原因。
 その日の科学のカリキュラムは「わたしたちが住むこの太陽系」。母なる星、蒼き地球。荒ぶる暴君にして同時に総てに恵みを与える主人、太陽。軍神の名を冠せられた火星がその次に挙げられた。
 今、ミキは火星の地表に降り立っていた。もちろん仮想空間での体験学習だがそんなことはどうでもよかった。驚愕、感動、賛嘆。予備知識が全く無かったのも手伝って生まれて初めての目前の景観にただ圧倒されていた、背筋が震えた。
 オリンポス山頂からの眺望である。
 オリンポス。火星の雄峰にして太陽系内最高峰を誇る。その標高は地球最高のエベレストの約3倍である24000m。
 授業が終わってもなかなか放心虚脱から抜け切れずにいたが周りは”デンパ復活”ということにして軽く流して済ませていた。
 下校時間までにはなんとか地上に戻って来れた。終業もそこそこにライブラリ目掛けて突撃する。分野は異なるが何人かの同士がいるようだった。
 太陽のプロミネンスに魅せられたもの、土星の輪が世の中最高の芸術と主張するもの、やっぱり地球が一番と原則論を展開するもの。
 ざんねんなことに火星派は彼女の単独零細野党であるようだった。一般的な子供心には確かに凄いけどつまらないとする派が優勢であったのだ。木も水も無いトコに赤茶けた退屈な風景が延々続いてるだけじゃん。
 ワタシってばバカやケムリのお仲間なのかしらん、デンパだし。と、聞きカジリと自分の性向を捏ね合わせてミキは暫し悩んだが結局転向は取り止めた。
 二度目に踏んだオリンポスの山頂は既に未踏峰でないことも手伝って少し色褪せて見えた。ここが仮想空間であることの寂寥感もひとしお。
 が、心には新たな変化が起こっていた。
 ホンモノのオリンポスに登ったとき、どうなるんだろう。
 そのとき何を感じるんだろう。
 行きたい。そして知りたい。
 下界を見下ろしながらオニギリを食べたい。
 帰宅した彼女は今日の授業、その感想及び火星への”野心”を余さず両親に伝えた。両親はそれをいつものように真摯に受止め、父は火星への道は物理的にも社会的にも遠く遥かに険しいが有限である以上ミキの努力次第で必ず辿り着けることを教え、娘が望む限りの援助を与える保障をするので自分で出来る範囲においては自分で頑張るようにと励まし、母はそのときには最高のオニギリを必ず用意することを宣誓した。
 それからミキは意識してライブラリから身を遠ざけていた。仮想空間に耽溺することは容易であったが、そうすることで夢と馴れ合い、或いは幻滅して意志を霧散させてしまうことを幼心に恐れたらしい。3度目にして仮想の為せる業とはいえ火星大気以上の希薄さを感じさせる光景を確認したくは無かったのだ。
 結局当然火星熱はその他多くの幼い頃の夢の一つとして数日のマイブームでそのときは終わったのだが、彼女自身予期しない形で再会を果たすこととなった。
 長じて彼女は火星とテラ・フォーミングについての知識をその他多くの雑学の中の一要素として得るがその時点では、あ、そう、ふーん、以上の反応は起こらず殆どスルー。
 エルダーまでの基礎学習過程を終え、さてどっちに行こうかと教室で級友と談笑していたそのときに再会は訪れた。
 一瞬、自分が何を見ているのか理解できなかった。一拍おいて過去の記憶が蘇る。
 ああ、オリンポス。
 都合ミキにとって三度目のオリンポスは何の機器の助けも借りない純然たる白昼の幻視であったが、過去二回の記憶以上の質感を伴い彼女に迫った。山頂を吹きすぎる乾ききった風すら感じられそうなほどに。
 実時間にして1秒も無かったろうがこの体験は実に鮮烈であった。その時ミキは、あ、還ってきた、と感じた。理由は判らない。未来の記憶をふと思い出したような錯覚を覚えた。
 同時に今度こそ人生において重大決断を覚悟完了していた。幼い頃には遠く幽かだったオリンポス山頂へ至るルートを今は明瞭に見渡すことができた。後は確実に最終地点まで前進キャンプを押し上げそこからのアタックを完遂するのみ。
 テラ・フォーミング。個人的動機付けはともかく人類社会の礎として火星行きの選択も悪くない。

 ↓書込み開始 群島勢力動態評価会議の場面から。
 ↓書込み開始 ミキとクラスメイトの遣り取りから。
  
 軍から緊急連絡会議開催の要請があったそのとき、議長は故郷のパリで遊説旅行の最中であった。
 スケジュールは今週一杯まで詰まっており、来週明けには官邸に戻っているのでその後、直近で明けの中ごろでどうかという自身の意識では十分な優遇優先度譲歩を与えたつもりの秘書官の申し出に対する返答は非常識の極みに尽きた。
 既に現地に到着する予定であるので可能な限り、最低今夜中にはお時間を戴きたい。
 言葉は柔らかであったが有無を言わせぬ響きを伴っていた。間に合わない。何が。
 すぐ隣席での綱引き合戦の様子は議長に気付かれないワケにはいかなかった。たまたま短距離移動中で同じ車両に乗り合わせていたのが災いだった。
 「どうしたのかね」
 「いえあの」
 秘書官はオフィシャルな場では決して乱すことのない美貌を困惑と羞恥に歪めつつ議長が必ず次に発するであろう言葉を何とか押し留めんと頭脳を働かせようとしたが、
 「借してくれ、私が出よう」
 いつも通りのノータイムだった。
 ああ、私ってばなんて役たたず。
 ”業界”入り以来才色兼備、ルクッススタイルもちろん何より優秀、実は軍上がりで光素子副脳でも持ってるんじゃと絶賛されてきた秘書官は、議長に仕えるようになってからことある毎に自分は木偶以下だと、いや決してそんなことはないのだが。しかし少々テングになってはいたようで、初めて議長に叩きのめされた、いやもちろん一人相撲でだが、その翌日、トレードマークの一つだった豊かな黒髪をバッサリとクールカットにひっつめタイトスカートをパンツに替えて登庁すると、驚きさざめく有象無象の中やはり彼は頓着しない少数派にありしかも、お、中々似合うねとスタイルチェンジしたレディに対しての儀礼的配慮まで示して見せたのだった。当て付けでも何でもなく純粋に心機一転の心意気にあった秘書官はそれに一礼を返したのみで本日の予定の申告に移り、以後今日まで謙虚な精勤に努め両者の関係は非常に良好。
 議長は一言ふたこと言葉を交えるとすぐに秘書官の個人端末を返してよこし、
 「アリス君」
 と、彼女自身から望み最近ようやく受け入れられた呼び名を発すると、
 「以後の予定は総てキャンセル。直ちに軍の報告を受ける」
 彼の唯一の武器ともいえる豊かな深みのある声でそう宣言した。
 彼女は反射的に抗議の声を上げかけたが議長の目を数瞬直視しその中に正答を見つけ、こんなときにも繊細な心遣いで自分に恥をかかせずにすませた議長の遠慮に感謝しつつ、
 「承知しました」
 一拍おいて短く返答すると直ぐに儀礼的なお詫びの言葉を並べたてつつ職務に邁進することに。
 <軍というのは、あれで存外むしろ組織も構成員も保守的で常識的な存在だ。その連中が非常識な挙動に及ぶというのはつまり非常識な状況があり、彼らは彼らなりに義務を果たさんと職務に忠実なだけ、とは考えられんかね。何も無ければそれに越したことは無いし、風通しの向上が悪しき前例になるとも思えんが、君はどう思う。>
 空疎な遣り取りは口が動くに任せ脳裏では先ほど読み取った、と思った議長の言葉を反芻してみる。
 結果、上に立つものの職責とはつまり決断と引責の二つに過ぎないと彼女には憚らない実に彼らしい、と彼女はまた彼にホレ直した。
 正に有能そのままに何の遺漏もなくむしろ自身の武器をダシにアドバンテージまで獲得しつつ、世間一般の基準に照らせば殆ど瞬時に直近の職務を完遂した秘書官がそれを告げると、議長は僅かに顔を傾げ、
 「すまない、我が儘でいつも苦労を掛ける。」 
 もうその言葉だけでムネキュンですっつ!!などと、いやもちろん声を限りに絶叫したいのはやまやまなのだがそこはグッと奥歯で噛み殺し、だらしなく笑み崩れそうになる顔筋をも全力で統御しながら、恐れ入りますの一言を添えてあくまで表情は微笑に留め軽く答礼。
 この人の前にいると、私はなぜにこうも無力で無防備で、でも素直になれないのだろう。
 秘書官にして彼女は翌日以降に展開されるだろうスケジュールのラッシュダイアグラムの再編成を高速シミュレートする余力で自身の思いを弄んでみる。いつも通り結論の回避を承知で。
 視野角を目いっぱい押し広げ眼球を動かさないようにしながら隣を伺うと議長は軽く俯き目を閉じている。
 こういうとき、彼女は、彼は思わせぶりな沈思黙考などして”いない”ことを自身の口から確認していた。何も考えていないか、本当に仮眠しているかのどっちか、だ。安心してジロジロと眺め回してみる。
 議長、第31代地球連邦評議会議長、アルフレッド・ハルトマン。
 外見は議長というよりは高級官僚のそれで、事実出身は治安省。中肉中、いや少し上背あり。顔付きは整ってはいるが薄い唇と相まって親愛よりは酷薄な印象、かつ喜怒哀楽に乏しい。外見だけみれば何をどうやっても政治家の器ではない。
 どうやら本人にはもともとは政界入りの意向は無かったらしい、というのは彼特有の冗談なのかそれとも真実なのか。ただ当時の初当選時のコメント、「かくなる上は微力を尽くす所存です」を見ると本当なのかも。
 周りから担がれ、じゃ、一回だけねと立候補。選挙運動だけはまあ最初で最後だしと金こそ掛けなかったが真面目に精力的に、今と変わらぬ正論を掲げ正面から押したそうだ。
 激戦区、というより1強皆弱の地区であったのでもとより本人は記念というか義理は果たしたくらいのつもりであったらしいが、その期はなんと選挙期間中に本命候補に女性関係の一大スキャンダルが発覚し大きく票を落としまさかの地滑り当選を果たす。
 それからの彼の活動はまるで議員の、というより大衆が夢見る政治家の理想像を具現化したような凄まじいものとなる。  
 要約するならその行動規範は”モア・ベター”の一言に尽きた。常に国政の現状を吟味し、問題点を発見するとそれを分析、可能であるなら改善の方法手段並びにその結果予測を添えて提示し是非を問う。無論不正は躊躇無く正す。
 議員時代の立案件数は大小併せて3桁に及び、通過した件数も2桁を数える。また彼の告発により弾劾投票に追いやられ職を辞したものも両手に余る。
 議会内での彼の立場は微妙だった。古参からは殆ど総スカン、若手及び一部壮健派からは熱狂的な支持を集めた。市民の人気もなかなか良好、実績に加え全く媚びるところを見せないのがむしろ好感を得ているようだった。
 彼の失脚も当然画策されたが全部スカった。何より材料が殆ど無かった。
 ただ一度、彼の失言が引き出され周囲の誰もがこれでハルトマン議員は終わりだ、と確信したのは、ニュース専用チャンネルでの生放送でのこと。
 いつも通りにこりともせずたんたんと言葉を並べる彼に、ファンサイトが幾つも乱立しているアイドルキャスターは始めこそオフィシャルページトップのイメージそのままに魅惑の表情を浮かべていたが今はそれが引きつりかけていた。
 「えーと、最後にもう一つよろしいでしょうか」
 「どうぞ」
 キャスターの目に刹那悪意が光った。まったくもう、これだけ当たり障りない内容なんだから少しはサービスしなさいよ。思い知るがいいわ。 
 「ハルトマン議員、あなたにとって政治とはなんでしょう」
 打ち合わせにない完全な奇襲、しかも下手な答弁でもしようものなら大きく支持を減らし兼ねない。ふふ、自分で言っちゃあなんだけどこれでもネコを被った虎、で通ってるんだから。ミーハー人気だけのお飾りじゃないのよ、そして私もいずれあなたの業界に。
 「趣味だね」
 「すみません、即答できるような簡単な質問では、ええ??」彼女は勝ち誇って救いの手を差し伸べようとしたがハルトマンは即答、しかもその内容が。 
 彼女もその場のスタッフ全員も、視聴者も凍り付いていた。
 「あの、えと、その、も、もう一度御願いできますか」惑乱しかける脳みそを押さえつけ完全にひきつった顔でキャスター。
 「政治は趣味、そう言ったんだ」
 こ、これにてはるとまんぎいんへのいんたびゅーおおわります、半ベソかきながらそう棒読みするのが精一杯だった。
 瞬間視聴率は80%を突破し、同時に局と彼の事務所のあらゆるアクセスラインはパンクしていた。
 翌週の本会議ではハルトマン議員に対し弾劾投票が動議され規定票をもって可決される。
 そして投票前の査問会議。これも平日午後にも関わらず高視聴率で始まった。
 「政治は趣味とはよくぞ言ったもの。高潔にして神聖なる政務を貶めた罪は重い」
 「高潔でも神聖でもない、政治はただの仕事の一種だ」平然とハルトマン。
 「政治が”ただの”仕事、というのは意識が低過ぎる。常に大局を見据え理想を掲げ人々に道を示す、それこそが政治の役割である」
 「違う、それは思想家に任せればいい。政治とは国民から託された税金を最大効率で運用するべく努力すること、国民の最大幸福実現するべく最適な法律を制定廃止すること、この2点に尽きる。それ以外は総て従要素に過ぎん」
 「それこそ理想論だ」
 「ただの2点に集約した”業務”すら全うできないというならそれこそ職務怠慢というものだ、何が理想論だ」畳みかかるように反論。
 「こちらから質問する、趣味でどこがいけない」
 「趣味などと。そのような不真面目かつ不誠実が許されるわけがなかろう」
 「趣味が不真面目かつ不誠実とは何を根拠のものか。仕事を趣味と称する職業人は少なくない」
 「それは屁理屈だ」
 「もう一つ。熱意と情熱をもって職務を遂行するに比べそれらを欠き惰性で職務を遂行するは不実である、是か否か」
 「そのような仮定の質問には答えられない」
 「一般論でよい」
 「ならば、是であろう」
 「私は」とハルトマン。
 「私事で申し訳ないが情熱とは無縁の人生を送ってきた。今、初めて一身を賭するべき対象として巡りあったのがこの職務だ。そう、臆面もなく情熱、という言葉を使わせてもらうが、それを政治という場に臨んで初めて感じ、日々己の総てをこれに費やすことに遅れなく、むしろ無上の喜びがある。この内なる原動力が失われたならば、私は常にこの席を後進に明け渡す用意がある」
 一瞬議場は静寂に包まれ、ついでぱらぱらと手を鳴らす者が現れ、それが時ならぬ万雷の轟きとなり、視聴率も90%を突破していた。いやまあこうして文章で読まされるとかなり恥ずいのだが書いてる方はその10倍は恥ずいのでお互い様というか平に御容赦。なればしている側は100倍はそうだろうので、そういう言動を正面きってできる人をまあ偉人、と称したりするのであろう。そういう障壁に関しては当然個人差もあり中にはは異人、彼などその言辞を素直に受け取れば典型なのだろうがそこは”御謙遜を”となるのもまあ人情ってか通例、こういうのは特に主観以外の判断基準を持つのは難しいからねえ。
 彼女も当然これはリアルタイムでチェックしていたのだが、”踊るアホウに見るアホウ、優秀にして清廉潔白、な演出だけかと思ったらたいした役者だ”くらいの感想しかなかったのだが。ただ個人の感想と評価とは別で、これはひょっとして、との予感は裏切られなかった。つまりは弾劾転じて次期連邦評議会議長当確の瞬間であったのだ。
 まさかそのアホウに呼び付けられ、いやもちろん出願もしたのだが、珍しく下心皆無で採用され挙句に心酔するようになるとは。
 そう、心酔といって十分、いやそれでも尚足らないくらいに。
 心酔、以上。それは一体。
 「3時間前の映像です」といきなり言われても何がなにやら。そもそも暗すぎて何も、という視聴者の不満を察したかの如く輝度が上がっていき今度は逆にホワイトアウト。よほど慌てたのかそれが2、3度繰り返されなるほどこれは編集資料ではないようだ。暗い、夜、では無くそういう空間、つまり宇宙、のどこか港湾を写している、らしい。
 軍は時間を全くムダにしなかった。会合地点には極力目立たないよう苦心の配慮を感じさせる、どこから見てもどこかの弱小運送会社の貨物ラフトとしか判別できない車両が待っていた。その貨物室内に整備された部屋ですぐに報告が始まる。
 ようやく落ち着いたフレームの中央にそれが飛び込んできた。やや左斜めかつ若干見下ろし気味のショット。
 一見、ただの中型、2〜300Mクラスの貨物船の映像。居住区を先頭に機関部との間をペイロード部で繋ぐ型の典型的な貨物船のよう。
 工事が行われている。船体各所と機関部、か。
 映像がパンし、止まる。先ほどとは逆に右側を向いた貨物船がフレーム中央に納まる。
 別の型の船だが、どうやら使用前、使用後、を伝えたいようだ。本来の軸線上に1基の主機にモータが増設されている。角度から見えないが推力線からしてこちらから見える2基と併せて都合3基、か。出力増大に応じて補強工事も行ったのだろう。
 いや、それだけではなさそうだ。何か他にも。
 その疑問に応えるように再び映像が流れ、止まる。
 議長は小さく唸り、秘書官は掠れた叫びを上げる。
 映し出されたのはペイロード部にランチャーを装備した、疑問の余地の無い武装船。武装商船、専門用語で仮装、或いは特設巡洋艦等と称される。
 以降の映像はそれらの、つまり今着々と進められているのであろう、あー「武装蜂起」の様相がこれでもかとばかりに。艤装を待つ備砲等集積された物資、二桁は確認できなかったものの艤装を終え係留されている艦艇群。あれやこれや。文句無く宇宙史上最大、もはやテロと呼び得る規模ではない。
 映像は10分少しで唐突に終わる。もちろんスタッフロールもFINの字幕もない。
 「今なら現場を押さえられる、ということかね」何の表情も浮かべずにハルトマンが切り出した。
 「全軍が即応体制にあります」初顔の少将が即答する。対象的に額に汗を浮かべ、言葉にも苦渋が滲んでいる。まるで立場が逆転しているようだがでも血を流すのは軍の方なので。
 ハルトマンは暫し虚空を見据え、再び向き直り、発令した。
 「地球連邦評議会議長の権限と責任に於いて命じる。必要な総ての行動を許可する。直ちに彼等を拘束し給え」
 軍、軍、と連呼してきたのでもしかしたら連邦が国力に見合った強大精強無比な一大宇宙艦隊を整備保有している、と誤解の向きもあるかもしれないがもちろんそんなものは当然影もカタチも、無いったらない!。
 ウソだと思うならそこらの将兵を捕まえて訊いてみるがいい。宇宙艦隊、誰が、どうやって、そもそも何の為に。
 例えていえば宇宙開発など札束でもって埋立地を造るよーなモノ。もちろん最前線が木星に届こうという昨今では少なくとも内宇宙では民間への移管も手伝ってひと頃に比べれば大分事情は改善されたが、しかし同時に今度は「補給線の延伸」という物理条件が大きく圧し掛かって来ている。ま、それこそ「兵站の維持」は軍の基本業務であるので問題は結局予算に集約されるワケではあるが。
 つまり、宇宙艦隊、など持ちたくても持てない維持できないそもそも必要ないしついでに持ちたくもない!だ。あふぉか。そんな余分な予算があったら無条件に木星方面をさらに増強する、或いはしぶとく提案され続けている深宇宙探査に廻すわ、ヴぉけ。
 ・・・とまあ大同小異こんな回答が得られるかと。
 地球近傍宙域は別だ。ここには先にも出たように唯一といえる戦力が駐留している。連邦宇宙軍軌道艦隊がそれ。因みに唯一無二なのでナンバリングはなし。
 その「軌道艦隊」にしてから名前の如くせいぜい頑張って月に行けるかいけないかくらいの能力しか与えられていない。いやそりゃ”うちゅう”なんだから逝け!といわれりゃ宇宙の涯までも理論的にはトんでかぁだが、ね、判るっしょ。
 何の対処もせず今日この時に至るまで手をこまねいていたワケではない。群島勢力の動向は初期の頃から観測されておりかなりの部分内偵に成功してもいた。
 4号以降の宇宙における政府/軍による開発と民間/企業による利用の分化については既に触れた。
 初期の宇宙での経済はそれぞれの島内で完結したものだった。島とはそもそもそうして自活生活できるように造られているのだからある意味当然、もういいかげん厭きただろうけど何をするにも「高」がついて回る宇宙、島から一歩踏み出すのはあらゆる意味で困難、出来ることなら避けて通りたいのが人情。
 唯一の例外が島の建設それ自体であったがこればかりはしかたない。
 これも初期の頃は島の建設にあたっては政府からの援助もあったが、島の数が増え一島あたりの建設予算負担が減るにつれ必要が無くなり双方合意の元この”地球外居住空間整備援助”は打ち切られここに宇宙経済は地球圏からの完全離陸を果たす。
 この時宇宙側の交渉の窓口となった、島長連絡会議と宇宙建設協会から人員を出して臨編された「地球外環境整備対策委員会」に、政府で解散された「空間整備局」の人員が一部合流し「島間整備推進会議」が常設機関として発足する。後の「群島連合」の母胎である。蛇足だがそれ以外の「空間整備局」の殆どは「惑星開発機構」に吸収されている。あーめんど。ついでにそれらは建設省の下部組織だな。
 島間経済伸展の契機となったのはそれ自体の成長、つまり島の新規建設にまつわり都度派生する物流がそれを生じた。
 初期において”島内経済”を圧迫する”必要悪”ですらあった新島建設は、島内経済の進捗により遂に内需に転換、その性質ゆえ容易に調整が効くものではなかったが島間経済を強力に牽引した。
 そして実際にその経済/物流を担う航宙手段もまた、技術も資本も無く老朽化した物を軍から譲渡される状態を脱し・・・あーもういいっしょ??ツマンナイだろーしこっちもあんまおもろない。
 なんのかので少しずつ増えてったのよ、「宇宙経済原論」関連でも読んでくれとにかくP点だかS点だかを突破してから拡大発展スパイラルだ以上。
 地球/月対群島での対立の構図を演出し煽ったのが地球に巣食う弱小勢力の「地球連合」だ、というのはいつもながら悪い冗談以上ではないがまあ現実なんて往々にしてそんなもんだ。政府は必死にそれを打ち消そうと努力を重ねたが群島側は臨んでシナリオに乗った。
 誰も何も得しない、愚の骨頂、そんなことは人類発祥より明白なのだ、しかし・・・。抜き難い。旧世代の様々な勢力が産み残した負の遺産、憎悪。
 最初の武器密輸は手口も稚拙、そのわりに大規模なものであったのであっさりと発覚。政府は隠密裏に穏便に事態を収拾しようとしたが素っ破抜いたのは群島寄りのメディアだった。「正当なる防衛力整備の努力を侵害する不法」として!。もちろん実体のない「政府の不当な弾圧」からだ!!。
 ここでハナシがややこしいのは当然群島も一枚岩では無かったというコト。
 シングルらへんはロケーション的にも地球圏に近く、連邦への帰属意識も高い・・・というより、反政府感情は皆無。島内での物理的流動性が向上したのに伴い、自然と棲み分けが進むことになり反政府勢力はますます先鋭化していった。
 これは実は政府にとっても都合が良かった。群島全体がなんとなく嫌地月というムードに染まることはなく群島内部でも対立は深まっていく。煽りこそしないものの座視することで政府もそれに乗る。
 唯一の錯誤はやはり「地球連合」への対応ということになる。
 群島が対連邦の姿勢を露わにしてきた初期の段階で「地球連合」を叩き潰さねばならなかったのは既に明白で、しかもあらゆる意味でそれは可能だった。障害は何も無かった。
 連邦の決断、ただ一つを除いて。
 かつての連邦を知るものにすれば信じられないことだろう。もちろんそんな長寿なヒトはまだ生まれて来ていないが。
 それを、それは、堕落なのか。腐敗なのか。平安を望むことは罪だったのか。
 脅威といってせいぜい年間単位で数えるくらいの軍人の殉職程度。人々がそれを意識して無視していたことは否めない。
 黎明、世界を平らげ、抗うものは無条件に切り伏せその膨大な骸の上に遂に連邦を、血まみれの「恒久平和」を打ち立てた元勲諸侯であれば、まあいわゆる血涙を以て糾弾したことでしょうなあ、「近頃の若いモンは!!」。
 もちろんいつの時代にもいる憂国の志士達による言動も為された。連邦がそれにどう応えたか、身を捨つる覚悟で挑んだ勇士達がどうなったか。
 当たり前のことだが現在というのは過去の蓄積結果で、歴史の局面に於いて当事者に当事者能力が無いことは珍しくない。
 ハルトマンが受け継いだ世界はつまりそういうものだった。要するに「アフターカーニバル」である。
 彼は問題の先送りを選択しなかった。出来なかったともいえるが。
 就任早々とにかくまず山ほどある証拠と罪状を突きつけて「地球連合」に対し賠償と武装解除を要請、拒絶の回答に対し直ちに国交断絶を宣言、総ての往来援助を遮断すると同時に連邦成立より初の予備役動員を発令する。
 「地球連合」は総力を挙げた抵抗を試みるが所詮質量共に本気モードの連邦の敵ではない。両者の衝突より1時間足らずで情報的にも物理的にもC3Iを破壊された後は既に組織的抵抗力を喪失していた。連邦からすると一当たりした直後にはもう残敵掃討というか文字通り武装解除強行に移行ということだが、指揮系統から切り離されても、いやなればこそ頑強に抵抗する戦力も存在しており、正面戦力は容易に排除できても市井に浸透した戦力を捕捉壊滅させるのは困難を極めた。
 そして、それに平行して地球外での対応も怠りなく進めたのだが。或いは。祈るような気持ちで。
 やはり祈りは届かず、改めて連邦は神より見捨てられているらしい。
 「ところで議長」中佐の階級章を付けた随行の一人が声を上げた。「一つだけ。気掛かりな情報が」
 少将が露骨に顔をしかめる。
 「何か。群島が新兵器でも」珍しいハルトマンの軽口を、
 「その通りです」中佐は真顔で受けた。
 「機動兵器、とやらです」寒い冗談を口にするように少将。
 「装脚装腕。何を考えているのか」
 「その情報は前線には」
 「まだです。評価の途中ですので」
 「何故だね」
 「は」
 「新兵器の情報ではないのか。前線の将兵にこそ最も必要だろう」
 「それはその、不確定な情報で混乱を与えては」
 「私には君たちこそが混乱しているように見えるが。違うか」既にハルトマンの言葉には苛立ちを通り越した怒気が籠もっている。
 少将は不機嫌に黙りこみ、中佐は暫し額を押さえ黙考しふいに顔を上げた。
 「まさか」
  まあ御都合主義っちゃあ御都合主義だけどね。このくらい許せ。環境が変わったんで外部刺激で発想も転換したんだと解釈してくれい。
 「議長」先ほどまでの絵に描いたような秀才参謀振りから一転してレイオフされた管理職の如くしょげかえったカンジで中佐。
 「申し訳ありません。作戦は失敗したようです」てか殆ど半泣きだし。
 ワイルダー粒子の軍事利用研究はもちろんその発表直後より着手されていたが目立った成果は得られていなかった。
 センシングも通信も出来ない、つまりWW1か悪くするとそれ以前の状態に逆戻りということである。
 ゼロサムな運用が可能だというならこんな凄い”兵器”はないが、自他ともに、となるとその用途には頭を抱えるしかない。
 結局、軍事/作戦的にはワイルダー粒子の運用は非常に困難、というのが無難な結論だった。
 その中で特例として、という論文が存在した。
 ワイルダー粒子運用に特化した兵器体系を新たに構築することは不可能ではない。奇襲的にそれを敵性勢力に強要する局面が存在すれば、非常に有効である。
 但し、と論は結ぶ。それが許される環境は非常に限られたものとならざるおえない、と。つまりそんなムダな予算を使うなら他にやることは幾らでもあるだろうよといっている。
 長距離戦闘不能の戦場で戦える兵器体系は当然”不要な能力”は放棄しなければならない。つまり通常の戦場では容易にアウトレンジされ無力化されてしまう。そんなダメ兵器作ってどうするよというワケ。
 つまりそれこそ正に・・・まあほらあれだ、ここ、喉まで出かかってるのに!ってよくあるやん。
 群島が投入した機動兵器、装脚装腕型戦闘機、その後の俗称、Fighter−By−Arm−And−Leg、略してFbaal、発音はバール、うわダサ、は計3機。
 連邦の艦隊は一方的に叩かれた。兵装を破壊された作戦参加艦艇は総て拿捕され、将兵は捕虜となった。
 開戦に踏み切った強硬派は高らかに勝利を宣言、そして、周辺各島に忠誠の選択を迫った。
 嫌も応もない。政府の、そして唯一の艦隊は釣り出されて既に無力化している。
 宇宙居住人口の殆どを従えた「群島連合」はここに公式に連邦からの独立を宣言する。
 する・・・が、ここまでだった。
 確かに連邦の「正規艦隊」は壊滅した。が、連邦がその気になれば群島が現在保有する仮装巡洋艦艦隊を軽く凌駕する戦力を余裕を持ってぶつけて来るのは間違いない。
 一方の連邦はそれ以上の苦境にある。
 戦い、勝つ。それは宜しい。てか当然だ。
 問題はその後。
 戦後復興をするのだって結局おれらなんだぜ?!オイ聞いてんのかよ畜生!!。
 戦い、勝つ、但しあくまでソフトに。残存戦力を再編し不可能ではないが取り敢えず手近な島から壊して廻るなど論外である。
 加えて群島は機動兵器まで保有している。馬鹿馬鹿しいが付き合わない訳にもいかない。

 こうして、奇妙な戦争が幕を開けた。
 かつては想像も出来なかった宇宙を舞台にした長期戦が始まったのである。


 ・・・
 ・・・6:00・・・おやすみ・・・ぐう
 ・・・二度寝・・・嗚呼至福の瞬間・・・
 ぬくぬく
 ・・・むう、7:00・・・ううあと5分・・・
 台所方面より生活雑音。旦那がメシ作って喰って出勤した、らしい。
 ダメ嫁?。ほっとけ!。夜は私が作る。家事の分担は幸福への安全保障、契約前に双方合意で取り纏めた各種条件でもハイプライマリな重要事項なのだ。まあ旦那にアサメシ作らせて平然なファーストレディも希有だろうが。
 うう
 朝はヨワイのだマジホント自慢じゃないがそのせいで基礎教育課程ではチコクマでサボリマだった・・・ホントに自慢じゃないただの恥さらしだうう。
 そろそろと体を起こす。こういうトキ撥ね起きるのは不健康なのだそうだとどこかで聞いたことがある。
 取り敢えずシャワーだシャワー。いざ征かんずるずり。
 浴びる浴びる浴びる初めに火傷しそうなのを。十分熱して次に冷水。何度か交互に、最後はまた熱湯。
 ふー覚醒したぞ私は前世でトカゲの類だったに違いないといつも思う。
 チビ達の様子を見に行く。
 ありきたりだが天使の寝顔だ。産んで良かった、それは間違いない。
 でも育児は綺麗事で収まらない、夕べも思わず手を上げるところだった。クレアに寝入り端に叩き起されようやく解放されたのが4:00過ぎ。その間エルンストの方は一度も目覚めず吾関せず、あいつは大物だ。もしかしたら親子で連邦トップを勤めるかもしれない、只の寝太郎かもしらんが。
 チビ達には別の意味でも感謝している。5年契約から約9ヶ月、妊娠を告げると旦那は即座に産めといい同時に生涯契約の切り替えを打診してきた。もちろんどっちも喜んで受け容れた。いい契機を作ってくれた、子はカスガイとはよくいったものカスガイって何か知らないけど。
 あれからもう3年。
 連邦の艦隊が惨敗、政府と群島は事実上の戦争状態に移行、ババを引かされたのがウチの旦那。
 官邸への帰途、旦那は、いやそのトキはまだ旦那じゃ無かったんだけど、宙を見据えたまま黙りこくっていた。気まずいどころの騒ぎじゃないけど私も我慢。
 そして帰りついての第一声が、「アリス君、君を現時点を以て解任する」
 キレた。
 さすがにブッチギレましたともええ元々私は”レンジでチン”なんだ。
 「私はネズミですか。沈没船から逃げ出す」
 そのとき初めてのフレディの表情を見た。困惑。
 「アリス君」
 「私が、私は!それで喜ぶ人間ですか!!私がそんな女に見えますか!!!」
 泣いていた。盛大に。あれだけ泣いたのは。
 一つ年上、ハイクラス、でも私からすると半格下くらいの相手。でも初恋の相手。
 並み居る”王子様候補”を袖にしてあのとき私は彼を選んだ。もちろん大好きだったけど手頃感も良かった・・・昔からイヤなオンナ。
 付き合い始めて少しはアラも見つかったけど、まあ最悪浮気だけはなさそうで、私は彼にも自分の審美眼にも満足していた。
 彼は満足できなかった。
 何となく相手が不満を募らせていくさまは判った。でも何で?。
 そのときの会話、イヌネコかパンライスかそこらのたわいもないヒマ話だったはず。
 「畜生!だまされた!!」突然彼が暴発。
 「騙した?私が?なんで?!」ホントに判らなかった。
 彼はそれを私に突きつけた。
 「お前といてもちっとも安らがねえんだよ!この男オンナ!!」
 衝撃。生まれて初めて受けた言葉。
 啼いて許しを請うべきだったのだろう。オンナとはそういう生き物だと誤解される向きも多い。求める男演じる女双方問題なのだが。
 「上等だインポ野郎!女は男の安楽椅子じゃねんだよ今頃気付いたかこの糞ったれの早漏が!!」
 テキも凍り付いた。実際永らく不能で苦しんだと風の便りに聞いた許せ私も若かった。
 そのまま駆け出し少ししてから涙が追いついてきて道行く無遠慮な視線を浴びても収まらず家まで泣き通しそのまま朝まで泣き明かして当然サボリ。
 「総ての男は女の又から生まれ落ちた。女の前には男などただの子供」
 私はハンサムウーマンを驀進した。必要なら呉れてやった。どいつも勘違いして昇天したホントにチャライ。
 いつのまにか本気で頂点を目指していた。
 それが何たる体たらくだ、公務中に、どんな女に見えるかと泣きじゃくりながら上司に向かって詰問するとはああ。思い返す度に臨死体験モノ。

 背後から抱きしめられた。
 「すまなかった、ほうとうに」
 彼の言葉がうなじのあたりを撫でた。
 背筋がふるえ、貌が火照るのが判った。何か返そうとしたけど、喉につかえて出ない。
 「しかし、やはり君を留任させることはできない。今、決心した」
 え、え、何を。
 「君と出会って直に触れ合うまで、君という人間を誤解していた。有能であるだけでなく、容姿と裏腹に君は誠実で、情愛深く、かつ機知に富む素晴らしい人間だ。そして異性でもある」
 きゃーきゃー・・・何か引っ掛かったぞ。
 「私は、何の取り柄もない人間だが、君を愛してしまった。今も、愛している。只一つ、誰よりも君を愛するよう、努力するように・・・」
 もう十分だった。まだ何かを誓い続けようとするその唇を私の方から塞いだ。
 烈しく。
 ようやくお互い言葉が自由になったので、訊いてみた。
 「容姿と裏腹、って」
 「ああ」
 フレディはその、うっかり鍵を掛け忘れて行為中に御手洗いの出入り口にアクセスされたときの様な顔付きで。
 「ぼくは、もう少し豊満な女性の方が好み・・・だったんだ。なんだあの、世間でいう・・・デブ専?」

 今の私はかつてアベレージとして維持した数値の+5くらいの、適正割り込みスレスレくらいで過ごしている。幸い旦那はそれ以上は望んで来ないが望まれたら自信がない。痩せろといわれるのは苦行だが太れと請われたら際限ない、正に坂道を転がるが如しだ。
 今の私は幸せだろうか。
 もちろん。何のムリもなく。
 彼といると安らぐ。それはそうだ。
 不手際の誹りを受け、あらん限りの糾弾を受けながら、しかし彼の後を引き取ろうとする人物は現れなかった。箸にも棒にも掛からない名欲だけの候補は出たが流石に引き摺り降ろされた。
 戦時内閣を切り回す漢が自ら望んで得た女一人満足させられないワケがない。
 それに、まだここは私の人生の終着点じゃない。もう少し落ち着いたら君の目指すものを追えと旦那も応援してくれている。
 もう少し落ち着いたら。
 あの日、私たちが始めてしまったことを、想う。
 
 
 「ディスコ01よりレッドクラウン、そろそろビンゴだ。戦果なし。」
 「御苦労01、気をつけて。ディスコ02、どうか」
 「こちら02、現在・・・待った」
 パイロットは隣席の異変に気付いた
 「見つけたか」
 「捕捉した。10・・・20・・・42!」
 「レッドクラウン、02、コンタクト!。目標42。」誘導諸元を通達。
 少し”深い”か。
 航空参謀が軽い懸念を示したのみで結論はすぐに下された。
 艦載部隊の慌ただしい出撃準備が整うと艦隊は直ちに襲撃行動に移る。攻撃部隊が会敵するまで約1時間。

 無粋な警告音で微睡みは破られた。
 が、不快感はない。その瞬間を待ち望んでいた身としてはだ。
 「同志、出撃だ。連邦に教訓を与えるのだ」
 それにはいつもの如く短い嗤いで応え、
 「御託はいい。諸元を寄越せ」

 ”クソ、捕まったか?!”
 ”いや、単機だ”
 ”索敵?” 
 ”あ、ロスト”
 ”ロスト?”

 前衛のエスコートの会話が「イヤな予感」を「イヤな事態」へと確定させた。
 アタックチーム本隊を率いるスターダイアモンド・リーダーは、「戦前」に軌道戦闘に遭遇し勝利している本物の軍人だった。
 その経験が、戦場で生死を嗅ぎ分けた勘が告げている。
 「ブレイク!」躊躇うことなく命令。
 「攻撃中止!除装を許可する!各機全力で逃げろ!!」
 エスコートのリーダーが何か喚いた瞬間。
 先頭の機体が爆散。
 ”ブレイクブレイク!!”ジョージ!?”何がいったい?!”近いぞちか”
 単機、至近、W反応なし、更に接近中。
 二番機と接触。
 双方大破。
 訂正。
 ボギー、損傷を認められず。二番機は沈黙。
 エスコート三番機は背中から撃たれ四番機は。
 戦闘とも呼べない一方的な展開は最期の一機、スターダイアモンド・リーダーを残して打ち切られる。
 記録の数秒後、撃破された模様。
 遂に「原型機」が作戦を開始したことが確認された。連邦に衝撃が奔った。

 「原型機」の存在もまた早期より報告はされていた。が、「高性能」という以上の実態を伴わず、単なる欺瞞/情報戦術の一つとして処理されて来た。
 ニセ情報などでは無かった。実在したのだ。
 打撃作戦に投入された第18任務群が被った損害は幻ではなく、もたらされた情報も間違いなく所属機が一命を賭して発信したものであった。デコードの際に照合されている。

 群島との戦争は不測であったが、準備絶無にしてはこの日まで連邦の戦争計画は順調に進捗していたといえる。
 
 「戦争状態」に突入した直後、連邦が必要としたのは失われた正面戦力の再建・・・もまあ当然ながら、何より法体系整備。
 敗走としか表現しようがない状態で地球圏に逃げ戻ってきた宇宙開発前線部隊、小惑星帯駐留部隊。彼等は平時であれば重罪に問われる幾つかの「器物損壊」「航宙安全義務違反」エトセトラetc・・・、を犯していたが、敗走する軍隊がマニュアルを素っ飛ばして可及的速やかに離床するのも、必要と感じるに応じて施設を爆砕処分/遅滞遅延を期待してブービートラップをかます等は、まあ生理作用のよーなものなので、それを厳罰に処しててはせんそーなど出来ませんわなあ。
 もちろん前述の通り、最大の急務は正面戦力の再建拡大整備。

 この戦争に群島側の勝利があったとすれば、正にこの瞬間にしかなかったであろう、とは良く云われる。事実、ここまで事態を紛糾させた急進強硬派は地球軌道への即時侵攻を強く主張していた、らすぃ。戦果の徹底拡大は兵理原則であるし連邦側には・・・。

 そう、「フロンティア」が残されていた。

 準備不足は群島側もまた然りで、こんなトコロで武装解除されてはたまらんと蜂起してみてみたはものの。
 のほほんと進駐してきて臨検がてら説教の一つも垂れよう、というふぬけた相手を闇討ちで切って落とした緒戦とはワケが違う。ガチンコの強襲である。そして、間違いなく彼はプロであり吾はアマ、機動兵器という飛び道具を持ってはいるもののド素人の集団なのだ。退役軍人を何人かリクルートしているくらいで埋められるモノではない。本来であれば十分な艦隊戦力を整備し機動兵器もまた”兵器”ではなく”部隊”として錬成した上でヨユーのよっちゃんで地球圏を蹂躙する、ハズ、だったのだ。

 それが防諜ひとつ満足に出来ずこの体たらくである。


 今更ながら書き直す覚悟出来たので書き上げる覚悟完了

 加えてくどいが群島もまた一枚岩とは程遠い状態にある。
 現在のなけなしの初期戦力をもし「フロンティア」に向け投入、消耗してしまった場合。
 「抑え」の無くなった段階で連邦政府の反攻を待つ迄もなく組織として内部分裂崩壊するその可能性は極めて高い。
 このような諸事情、情勢判断の末の決断により、人類初の宇宙戦争は「奇妙な戦争」としか表現しようのない融和期間を迎える。

 「和平」は不可能であったのか?。

 誰もが望んでいた、努力もした。
 が、遂に最終手段は見つけ得なかった。
 努力が足りなかった、ベストを尽くさなかった、確かにそうだろう、しかし同時にそうではない。
 結局、不幸な「感情」の行き違いが原因であったのだ。それが判るのは今日の視座を得て初めて可能な事である。
 いつの時代も、当事者が当事者として自らを客体視するのは不可能ではないが非常に困難である。
 時間軸を用いたパースペクティヴがそれを解決してゆく。観測対象がぼやけはじめる程の距離を置くと再び急速に精度が下がるが。
 この時代の彼等も、問題を「南北格差」に根ざすものという誤った認識のもと、事態打開の努力を尽くしていた。
 表では事務レベルでの様々な条件交渉が行われ、一方当然陰では着々とお互い正面戦力の整備に動いていた。

 別にのらりくらりと引き延ばし交渉をしていたワケではない。

 群島ではクーデタ紛いの内部闘争まで発生していた。事態をここまで紛糾させた元凶として、急進派が粛正されたのだ、政治的に。身柄は交渉材料として確保されていた。

 そしてまた連邦では、遂になされた人類統合を再び分裂させた大罪人として、現職であった連邦評議会議長、アルフレッド・ハルトマンがあらん限りの罵声罵詈雑言誹謗中傷、とにかくそれこそ個人が与えられ得る人類史上最大最悪世が世ならそのまま断頭台の露と消えんばかりの勢いでその座を逐われ姿を消していた。このクリティカルな時期に、である。
 その後再び戦時内閣首班として、「責任を取る」という名分の基、請われて復職した彼の業績を見るに、彼のこの余りに重い空位こそが和平実現の最大の障害、結局、時代も世界も個人により創られその他大勢はそれに服しているに過ぎないと今更ながらの感慨も刻、既に遅し。

 再戦のゴングは既に鳴っていた。


 そして現在の彼女の事情


 わたしの人生いったいなんなんだうきー!!。

 幼少時に両親を亡くしながら自らは奇跡的に生存し、そのドラマティックなバックグランドにより一時的に刻のヒトとなり、忘れられ今また性懲りもなく宇宙を目指し。
 あっけなく潰えようとしているわたしはいったい。

 戒めだったというのか?。
 
 かつて手酷く拒絶され、辛くも生き延びた宇宙に、のこのこと舞い戻ったことへの当然の報いとでも?!。
 母が勧めたように島に、或いは一度ならず政府から誘われたように地球に籠もり、一生を終えれば良かったとでも?!。
 
 もし、この世に神などが実在するとしたら、よく巷で云われるような相当底意地の悪いクソか、無邪気なガキなのかもしれない。

 悲鳴、破壊音、減圧に伴う嵐のような(経験は無いが)風切り音。

 なんで?なんで?!なんでなの!!。

 悲劇?喜劇?冗談じゃない。

 わたしの、人生だ!。

 だめ、もうあたまが。

 だれでも

 いい

 おねがい
 
 た

 す


 け



 て 

 。
   

 火星航路に向け緩加速状態にあった「マーズランナー02」より発せられたメイ・デイを傍受した第六管区航宙保安局は直ちにこれを緊急事態と認定、オンステージにある警備艦6隻のうち軌道要素の近い「ハインマン」に対し「マーズランナー02」の救難活動を発令・・・出来なかった。
 月方面軍司令、マクシモフ准将


 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
  








  
  
 




 
 「原子配列を制御する」
 「はあ?!?!」
 「君も生化学反応で筋肉を駆動しているだろう。その延長だ」
 「はあ、そうですか」

 「えーとその、あなた何歳なの?」
 「歳、とは。」
 「いえあの、生まれてから何年経過してるの?」
 「年、時間の単位かな。」
 「うん、えと、1年は365日で」
 「地球が主星を1週する周期が基準か、なるほど、計算してみた。約5千万年になる」
 「ご、ごせんねん???」
 「五千万年。誤差はあるが無視できるスケールだ」
 「あ、あ、そ、そう・・・」

 「えーとその・・・あなたいったい・・・」
 「どこでどうやって、かな」
 「そうそうそれ」
 「一度特異点に囚われてみることだ」
 「・・・と、と、とくいてん、特異点って、ぶらっくほーる?!?!?」
 「思索の猶予も十分だし為すべき努力にもこと欠かない。私も多くを学ばせて貰った」
 「・・・」



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