Honour of the sol
0.


「『タラハシー』は未だか」
 基地司令の苛立ちに通信士官は即答する。
「未だです」
 喰われたか……司令の呟きに室内の空気が固まる。交信途絶から既に30分が経過していた。
 ルナ・ツーが苦しい懐からようやく捻り出したエスコートだったが、合流すら叶わなかったな。
 丸ハダカで逃げ込んで来たものを、結局そのまま送り出す事になったか。
 司令は情報表示面を一瞬睨みつけ、発令する。
「積載作業中止。『ホワイトベース』の出港を繰り上げる」

 かつてない緊張にありきたりだが、“心臓が口からせり出そう”だった。
 いつもであれば退屈な時間だったが、今は全力で対空監視を実施していた。昨日までブラゲをしながら交代時間を待ち侘びていたのに、くそ。
「来るなよ、くるなよ」
 唱えながらモニタを凝視しし続ける。
 しかし願いは虚しく光学監視システムは、分解能限界で探知したそれを直ぐ丁寧に知らせて来た。
 デブリでは、無い。
 躊躇無くデータリンク実行。
「bogy 3、同定、bandit、type-06(Zero-six) 3。25000、交戦まで12分」
 報告に司令は苦り切った。MSで強行偵察か。舐め切られたもんだ。
「capを上げろ。迎撃を許可する」
「78を使っていいんですか?!」
 副官の確認に司令は目を剥いて対した。
「無論だ。責任はおれが取る」

 その時ライダー控え室に居たのは彼女一人だけだった。
「出撃、ですか。私が?」
 辺りを見回しながら思わず問い返す。確かに誰も居ない。自分も偶々、私物を整理していただけで本来は出撃待機の配置では無い。いくら実験機が山程置いてあってもそれは未だ唯の機材であり、指揮系統から遠い位置にある。そもそもここは研究所であり独自の戦力は持たず、もちろんMSなど配属されていないのだから。
「type-06 3機が接近中だ。迎撃せよ」
 是非もなし。
「了解です」

 喉が乾く。まさかこんな形で初陣を迎えることになるとは。
「ライラ候補生、聞いているか」
「copy」
「よし、落ち着いていけ。演習通りにな」
 まるでドラマの登場人物になった気分だ。
「Gun's free」
 発令と同時にトリガを弾く。
 命中、した、と思うがこの距離では良く判らない。
 いや、僅かに赤外反応が増している。そして散大。
 加熱された推進剤が、血飛沫の様に拡散する。
「撃破確認。いいぞ」
 管制が励ます。
 あと、2機。
 その2機は弾かれた様に加速開始。左右に展開し挟撃を意図している。
 ライラは冷静にHUDを確認。表示される敵機の運動量を比較し次の目標を選定、エイミングする。
 加速が鈍い方に照準を合わせた。まず弱敵から。
 78のFCSは苦も無く敵機を捕捉する。動きが鈍いだけあって機動も直線的だ。
 示された等加速未来想定座標に向け、撃つ。
 戦場での躊躇は死に繋がる。正にそうだった。
「よし!あと1機!」
 管制の興奮が伝わってきた。78が実戦で所期の能力を発揮している。
 あ。
 逃げる、まあ当然か。
「よしよくやったぞ!ライラ候補生」
 ふう。
 バイザーを上げ、彼女は額の汗を拭う。
 手がまだ震えていた。


「さて、ルナ・ツーまでは遠いな」
 スキッパーズ・シートから漏れた呟きが、近侍するブライトの耳に届いた。
 指揮官の孤独。それを艦内で唯一共有する位置に立つには、自分は未だ未熟に過ぎる。
 敵第一波の撃退には成功したものの、事後の対処に基地は苦慮した。
 最終的には全面放棄が動議され結審、状況から南米もこれを追認するより無かった。
 現在、WBに触接しここまで追随した敵戦力、ムサイ級2。
 これが定数、完全戦力と仮定し、先の交戦でMS3を撃破したので、残存は5機。
 偵察による我が方の戦力算定を図る慎重さ(やや軽率ではある)を持ちながら、残存戦力で強襲を企図はしないだろう。現有戦力の増強を待ち、攻略に掛かるだろう。
 であれば。脱出の機会は今しかない。
 人の口に戸は立てられない。何ふり構わぬ軍の撤収行動に気付いた住民の一部が騒ぎ出し、それでも残留を希望するもの、共に退去を希望する者に別れたが後者は基地施設に殺到し、結果、『ホワイトベース』に付き従うコロンブス級は一部ペイロードを諦めた難民船と成り果てた。
 いや、当艦とて例外では無い。一部キャビンには軍、軍属の親族が乗艦している。

「いやー全く助かったよなー」
 と、砂色の髪をラフにかき分けた青年が繰り返す。
「廊下でザコ寝してるのも居るのに個室付きのVIP待遇だもんな。やっぱ持つべきは親友だぜ、な。アムロ」
 呼び掛けられた少年は、うつむき加減に面を伏せた姿勢のままで口を開く。
「だったら少し静かにしましょうよ、カイさん」
 へへ、とカイは悪びれない。
「そうね。怯えるなら素直に。強がるのは無様だわ」
 少し離れて壁に背を預ける、金髪の、怜悧な顔立ちの青女が口を添える。
「お、怯えて…?」
 血相を変え言い募るカイに、彼女は静かに加えた。
「軟弱者、とは言わないわ。公国の海に泳ぎ出て、でも無理に強がらないで。疲れるわよ?」
「セイラさんには敵わねーなぁー」
 諭され、カイはしょげる。

 アムローねぇアムロー。お腹空いたって。お菓子でもない?
 あるわけないだろう、フラウ……。
 山の様な処理事項のドキュメンテーションに忙殺されてつつ隣室、背後から漏れ聞こえる会話に技術士官、「プロジェクト・V」事業本部長たるテム・レイは頭を抱え、怒鳴り付けたい衝動を必死に堪える。ここは託児所じゃないぞ、くそ。

 一言で、全く、とんでもない事になった、と彼女も思う。
 自分は今、正規にWBに配属され、戦時任官で少尉に昇進し、78に搭乗してこうして直掩に飛んでいて。
「気を抜くなよ、02」
 叱責される。長機が居るのが有難い。彼は開戦当初からのスーパーホンチョ。06を3機食っている猛者だ。
 あ、スコアだけならタイなのか。いや。
 ライラは頭を振る。この機のお陰だから。彼は『魚』で生残した上でのスコアだ。格が違う、勘違いしないように、私。
 
 UC 19−09−0079
 ブライト・ノア候補生の旅は始まる。
 ルナ・ツーまで。もちろんそう信じて疑わなかった。
 疑う余地も無かった。



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