Honour of the sol
2.
見たかねノア君。
常に変わらず。あたかも学者がありきたりな公理を見定めるが如くに絶対的な、寧ろ半ば退屈と無関心すら織り交ぜ半眼で、指揮権発動の成果を情報表示面に眺めつつ艦長、パオロ・カシアスの言葉が流れ出る。
後の先、所謂後手からの一撃(Backhand blow)というやつだ。なにこんなものは古典、初歩の初歩、だからな。胃が捻れる様な読み合いの局面をつまらなそうに捩じ伏せてみせろ。それこそが艦長の仕事だぞ、覚悟はあるかな。
着艦した02は応答しない。
直ちに外部から強制開放されたコクピットの内部でライラは激しく嘔吐し、自身の吐瀉物の中で溺死しかけていた。メディックが取り付き、医務室に緊急搬送される。
手酷くやられたもんだ、ああ、良く持ち帰ったよ。弾痕まみれの2番機を眺めメンテが目顔を交わす。さて一仕事だ。
「公国で赤のパーソナルカラーを持つエースは、ジョニー・ライデンとシャア・アズナブルの二人、だそうだ。ま、何れも伝聞だが」
そうですか。
ハードコピー片手の事務的な小隊長の語りかけにライラは辛うじて答える。
まあよくやった。少し休め。言い置いて小隊長は出て行った。
ライラは素直に身を横たえ目を閉じる。
慣熟訓練から初陣、艦隊直掩、そして対艦戦闘。
敵エースとの交戦、生還。
ここ数日、いや。
目を開き、思わず手元を見る。
まだ、あれから1日経っていない。
改めてどっと疲労感が押し寄せて来た。
これが“戦争”なのだとしたら。全く、地獄の日々に思えたあの新兵訓練など、ささやかなお茶会の様なものだ。なるほど、平常にあらん限りの負荷を掛けて尚、あの程度だったのか。
寝返りを打ち、声を殺し微かな嗚咽を漏らす。
現時点に於ける、宇宙軍のみならず連邦総軍としての最重要課題にして作戦目標は、WBの南米帰還、では無かった。
「難民の保護」。これである。異論の余地は無い。
勿論、WB並びにこれが積載し着々と実戦評価、貴重なサンプルを蓄積しある機材及び人員は貴重な戦争資源ではあるが、連邦市民の生命財産に優るものではない。WBの南米帰還に限れば、そのままのダイレクト・アプローチが最もシンプルにして最上の手段ではあろう。しかして当然、コロンブス級は追随出来ない。南極条約にも難民の保護について明記されて、は、いる。が、敵の良心に期待する、では護民官として、連邦軍の責務に悖る事、著しい。
日に一度、有るや無しや。南米との定時交信以外に全く沙汰止みの感があったルナ・ツーの通信量はWB出港を契機に微増兆候を示していたが突如極大、そして不意にまた沈黙していた。
親父と食事、など何年ぶりの事だろう。
しかもこんな異常事態で。交戦中の、軍艦の士官食堂で。
話がある。
いつもの様にこちらの同意は求められる事なく連れて来られ、食事は、まあ久しぶりにこの境遇下では正に特権とでも評するしかない随分と立派なものを腹に納め十二分以上に満足なものだったが、食後のコーヒーが終わってもまだその“話”は出ない。
「父さん」
いい加減に焦れて口を開いた我が子に向け、ああそうか、という顔つきで父親が語ったその内容は、アムロが思い描いていたあれやこれやの予想を遥かにかけ離れていた。
いつもの様にこちらの意思と無関係に、いきなり分厚いドキュメントやデジペを次々突き付けながらテムは熱心に“説明、解説”する。
そこに親子の会話は無い。
それに失望するにはもう慣れてしまっていたが、一方、興味深い提案ではあった。
「いいよ」
「いやだから、あ」
テムは暫し口を閉ざし、我が子の顔をしげしげと見た。
常に無い、ある種の決意と硬い意志を宿らせた輝きが、その双眸に宿っている。
「いいよ、乗ってみるよ、おれ」
天才技術者の父親が作った“スーパーロボット”。
まるで昔見たジャパニメーションみたいだ。陳腐な思いつきにアムロは内心で苦笑する。
“時宜を得ず、拙速にも過ぎるが、連邦旗に誓いし身は唯これ軍命に従うのみ。”前線指揮官として自ら出撃したワッケインは、後に当時の心境を率直に書き記している。
南米での戦力評価は楽観的に過ぎるのでは無いか、という疑念が拭い切れない。実際に最前線でそれと対峙している自分たちとの、その断絶とすら評し得る温度差には或る種の喜劇的要素すら漂う。
いや、と彼は自身を省みる。
我々は、いや私は、ルウムでの大敗、公国の虚像に未だ怯え、その実相を把握出来ずにいるのやもしれん。
公国の実勢から算定すれば、なるほど。地球に踏み込み、飲み込まれ蕩尽されている事、まず明白な事実では無いか。
聞けば、地上軍の編成も宇宙で実戦経験を積んだ兵力を基幹として、相当量が引きぬかれていると聞く。
ジオンに兵無し。
脳裏を、レビルの呼号が不意に過る。
タラハシーと共に沈んだタナカ、ルウムからルナ・ツーへ潰走する艦隊で殿となり、配下戦力の殆どを喪失し、そして志願により1艦長として赴いた戦隊司令をワッケインは想う。
古のヤポンの海軍は、艦長が艦と運命を共にしたという。
替えが効かない最も重要な“パーツ”を使い潰すなどナンセンスだが、当時のIJNにはおめおめ逃げ帰っても次に乗る艦など存在しなかった、という情実も加味されているのかもしれない。
戦場では優性淘汰が機能する。危地を知り、有能な将官は其処で自らを消耗する事で軍を支えていく。この人材プールが先に尽きた側が、戦いに負ける。
連邦はそれをルウムで過大に損耗した。機材と運用の劣位が戦意と人命により補完され、無為に散逸された。
敗残の、恥を知る者が、そしてまた一人ひっそりと自らを処した。
今、WB救援に派遣出来る、信頼出来る前線指揮官は、自分自身しか残っていない。
ならば、選択の余地は無い。
“ジオンに兵無し、そして連邦に将無し、か。”
誰が言ったやら。スキッパーズシートでワッケインは独り冥い笑いを漏らす。
マゼラン1、サラミス2。3桁を数えた連邦宇宙艦隊の、それが稼働全力での出撃であった。
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