第二章 空戦魔導師の訓練



−翌日、ミッドチルダ北部・第四陸士訓練校−

翌日、ショートカットの茶髪に整った顔立ちの人物、森山美月は第四陸士訓練校の個別指導教室にいた。暖かさと鋭さを兼ね備えた眼光は何かを決意したように燃えている。
美月の服装は舞高の制服ではなく、支給された管理局陸士部隊の制服だ。
美月と向かい合って、各自の制服を着たはやてとなのはが立っている。

「ホンマは、陸士訓練校できーっちりと勉強せなあかんねんけど〜。美月ちゃんはミッド在住やないから普通の生徒と同じようなカリキュラムは組まれへんのや」

美月は現役高校生、ミッドに泊まり込みで訓練校に通うのは難しいだろう。

「やから、特別に美月ちゃん専用のカリキュラムを組んだんよ」
「ありがとうございます」
「特別講師をお迎えしての特別カリキュラムやからなー。しっかり勉強してな?」
「特別講師……ですか?」
「そや」

はやては軽く頷くと、パンパカパーンという効果音が鳴りそうなノリで紹介を始める。

「まずは戦技教導隊の教官で、空のエース・オブ・エース、高町(たかまち)なのは一等空尉や!」
「にゃはは……」

なのはが照れ臭そうにはにかむ。
初めて聞くなのはの通り名に美月は驚いた。
エース・オブ・エース、意訳すればエースの中のエース。教導官をしているのだから教導の腕も中々のものなのだろう。

(エース・オブ・エース……すごい二つ名やなぁ……普段のなのはさんからは想像もできん名前やわ)

「なのはちゃんは戦闘の実力は勿論の事、教導官としての実力もピカイチや。色々と教えてもらってな?」
「は、はい!」
「ほな、あとはよろしゅうなー」
「うん、任せて」

なのはがはやてに声をかける。手を軽く振って部屋を出て行くはやてを見送ると、なのははパネルを操作した。
数回電子音がすると、部屋の中が真っ暗になる。そして、教室前方の大きな画面に『魔法の基礎授業』という文字が映し出された。

「一口に魔法って言っても色々あってね」

なのははそう言いながらパネルを操作する。
次に写し出されたのは2つの図と日本語でかかれた文章だった。

「そのうちミッド文字とベルカ文字も覚えてもらうけど、とりあえずは日本語で説明するね」
「あ、はい」

美月は少し顔を強張らせつつも頷き、手元の『これで貴女もマスター♪ミッド文字とベルカ文字 by 高町なのは』と書かれた冊子を見る。
美月は勉強が苦手ではないが、新たに2つもの語学を覚えるのは骨折りものだ。

「管理局で最もメジャーなのがミッド式の魔法、その次にメジャーなのが近代ベルカ式の魔法。少数派として古代ベルカ式。ミッド式はオールラウンドな魔法形態なのに対して、近代・古代ベルカ式は近接戦闘に焦点を絞った魔法形態なんだよ。ベルカ式はカートリッジシステムを使うのも大きな特徴かな」
「カートリッジシステム?」

初めて聞く言葉が出てきたので、美月は聞き返す。

「魔力を込めたカートリッジをロードすることで爆発的な魔力を得るシステムだよ。このごろはミッド式にも搭載されることもあるんだけどね」
「なるほど」

なのはは再びパネルを操作して次の画面に切り替えた。そして、説明を続ける。

「魔導師が魔法を使う上で重要なものがデバイス。魔法を使いこなすための機械だよ。これにも色々種類があってね、人工知能を装備したインテリジェント型、演算能力に重きを置いたストレージ型、主にベルカ式で使われるアームド型、融合して使用するユニゾン型、他人の補助を主体としたブースト型。大きくはこの5種類があるんだ」
「はい」

そこで、なのはは一旦口をつぐんだ。説明が途切れたのを見計らって、美月は今聞いたことをサラサラとノートに書く。
見ると、なのはは何か考えこんでいるようだ。

「で、美月ちゃんも明日から正式な訓練を始めるんだけど……」

けど……?
何か問題でもあるのだろうか。美月の頭に妙な不安がよぎる。
少し目をつむって考えた後、なのはは口を開いた。

「美月ちゃん、どのデバイスがいい?」
「はい?」

美月はびっくりして、思わず聞き返してしまった。
いきなり聞かれても困りもの。なにしろ、たった今デバイスについて学び始めたところなのだから。

「まぁ、美月ちゃんはミッド式だからアームド型は除外されるね。で、ユニゾン型とブースト型も不向きだから却下。だから、インテリジェント型かストレージ型のどっちかだね」
「はぁ……」

よく分からないが、選択肢は2つに絞られたようだ。
美月は顎に手を当てて考え始める。しかし、2つのデバイスの長所短所が分からない。
決めあぐねていると、どこからか声が聞こえた。

「Master,I think Intelligence is best.」(マスター、私はインテリジェント型が最も良いと思います)

謎の声はなのはの首にかかっていたペンダントから。
見ると、ペンダントに付いている宝石が点滅している。

「レイジングハート、どうして?」

なのはの質問に、レイジングハートと呼ばれた宝石は答えた。

「She is a beginner. So she should to grow with her device.」(彼女は初心者です。ですので、デバイスと一緒に成長するべきかと)
「なるほど。それもそうだね」

地球の常識で言えば、ペンダントが喋るなんてことは絶対にない。
予想外の事でポカンとしている美月になのはは笑いながら言った。

「ゴメンね、いきなりびっくりしたよね。この子は私の愛機(デバイス)のレイジングハート。この子はインテリジェント型なんだ」
「Hello. Nice to meet you.」(こんにちは、どうぞよろしく)
「あ……よ、よろしく」

慌てて美月も挨拶をする。

「で、レイジングハートの意見としてはインテリジェント型が良いって話なんだ」
「はい」
「私もそう思うんだけど、美月ちゃんはどう?」
「う〜ん……」

とは言われても、よく分からない。なので、美月は素直に質問することにした。

「2つの違いって何ですか?」

美月の質問になのはは頷いて答えた。

「インテリジェント型は幅広い応用が可能なんだけど、演算能力ではストレージ型に劣るんだ。ストレージ型は演算能力が高いけど、応用が少し難しいんだ。インテリジェント型は色々とサポートもしてくれるから、初心者の美月ちゃんにはぴったりだと思うんだけど……」
「う〜ん……」

美月の頭の中で様々な情報が踊る。
正直に言うと、演算能力の高い低いはイマイチ分からない。でも、サポートしてくれるのはありがたい。
そうなると、やはりインテリジェント型が良いのかもしれない。

「ほんなら……インテリジェント型でお願いします」

美月の言葉に頷くと、なのははデバイス発注書に書き込んだ。

「それじゃ、デバイスを発注しておくね」
「ありがとうございます」

そこで、美月はいつ自分のデバイスが完成するのかが気になった。
デバイスの生産工程は知らないが、2日やそこらでは完成しないだろう。ポンポン量産されている携帯電話とは訳が違うはずだ。

「あの……いつ頃完成するんですか?」

美月の質問になのはは少し宙を見て答えた。

「うーん……まぁ、1週間前後はかかるかなー。インテリジェント型は1機ごとに精密な調整が必要だから」
「わかりました」

なのははホッと一息つくと、再びパネルを操作する。が、時計を見て何かを考え始めた。
美月がつられて時計を見ると、時計の針は11時20分を指していた。当然ながら、夜の11時20分である。
今日は平日なので学校の授業がある。それが終わってから来ているので、美月の疲労はかなり溜まっていた。

「美月ちゃん、もう11時過ぎだし今日はここまでにしようか?」
「あ、はい」

美月は鞄にノート等をしまうと、席を立つ。
学校の勉強道具に加え、今貰った魔法に関する数冊のテキストも入っているので、鞄はパンパンだ。

「じゃ、また明日。午後4時にここの第一訓練場に来てね?」
「はい、ありがとうございました!」

美月はお礼を言って、部屋を出る。
いよいよ明日から正式な訓練が始まるのだ。美月は大きな期待と小さな不安を抱えながら、家路についた。





−ミッドチルダ北部・第四陸士訓練校−

次の日、美月は第四陸士訓練校の第一訓練場にいた。
美月と向かい合って、教導隊の制服を着たなのはと赤毛の女の子が立っている。見る人に緊張感を与えるキリッとした眼光だ。

「今日から実践訓練が始まるんだけど……私だけじゃ傾向が偏っちゃうから、もう一人来てもらったよ」

なのはは赤毛の女の子を見ながら紹介を続ける。

「戦技教導隊のヴィータ二等空尉だよ」
「おう、よろしくな」
「よ、よろしくお願いしま……す?」

何故にあやふやな文末になったのか?
当然である。見た目が小学校3年生くらいの女の子が教官と紹介されたのだ。
誰もがリアクションに困るだろう。

「さて……まずは、美月ちゃん専用のデバイスのお披露目だね〜」
「え?もうできたんですか?」

昨日、美月のデバイスはインテリジェント型に決まったが、インテリジェント型は1機ごとに精密な調整が必要だということだった。なのはは「1週間前後はかかる」と言っていた筈なのだが……
首をひねる美月になのはが笑いながら話を続ける。

「まぁ、完成してたインテリジェント型を再調整しただけなんだけどね」
「どういうことですか?」

言っている意味が分からないので、美月は聞き返す。
するとヴィータが答えた。美月を見上げながら話しているので、今一つ格好がつかないのは気にしてはいけない。

「別の局員用に作ってたんだけどな。銃型デバイスを頼んでたらしいんだが、連絡ミスで杖型デバイスを発注しちまったんだと」
「は、はぁ」
「それで、手違いで作られた杖型デバイスをお前のとして使うことにしたのさ」
「な、なるほど……」

つまりは残り物が回ってきたということ。オリジナルなのは嬉しいが、ほんの少しモヤモヤ感が残る。
そんな美月の心を読んだのか、なのはが言う。

「でも、再調整したから美月ちゃんにピッタリな筈だよ?」
「ありがとうございます」

そして、なのはは付け加えるように言葉を繋いだ。

「実は、その子には昨日説明したカートリッジシステムはまだ搭載されていないんだ」
「そうなんですか?」
「美月ちゃんがもう少し魔法を使いこなせるようになったら搭載してもらうようにしてあるから……」

なのはの表情が少し曇ったが、すぐに元に戻った。
更に、ヴィータからちょっとした情報がもたらされる。

「そのうち、その銃型デバイスの持ち主に会うこともあるかもな。型は違えど、2機は兄弟機だからなー。会った時は仲良くしてやってくれ」
「あ、はい」

入局早々、不思議な縁ができた。
しみじみとしている美月になのはから1枚のカードが渡された。

「はい、これが美月ちゃんのデバイスだよ。名前はもちろんの事、中身もまっさらだから一緒に成長していってね?」
「はい!」

とは言われたものの、一体何をすれば良いのか全く分からない。
カードを持ったまま困惑している様子は、まるで初めて切符を手にした幼児のようだ。
なのはは話を続ける。

「これからマスター認証を始めるんだけど、その前にデバイスの名前を決めてくれる?」
「デバイスの名前……ですか?」

いきなり決めろとは中々無茶な注文だが、美月は頭をフル回転させる。
すると、美月の脳裏に数週間前の昼休みの光景が蘇った。拓真と友達がカードゲームで盛り上がっていた光景だ。


−数週間前、舞浜高校・2年C組−

「よーし、そんなら……デルタフライとレッドアイズ・ワイバーンとレベル・スティーラーでシンクロして氷結界の龍トリシューラを召喚!」
「あぁ〜……」


(トリシューラ……トリ……トリスは酒や……あ、トリニティ!)

トリニティ、中々良い名前ではなかろうか。
どんなカードかは知らないが、名前が格好良かった。友達のリアクションから推測するに、中々強いカードなのだと思う。
そんな風な魔導師になれたら良いなと密かに思いつつ、なのはに告げる。

「決まりました!」
「オッケー。名前が決まったところで、いよいよマスター認証だね。それじゃ、ヴィータちゃん?」

なのはがヴィータに目配せする。ヴィータは頷くと、美月に説明し始めた。
どんなことをするのだろうか。ワクワク感でいっぱいになる美月。
何度も言うが、身長差のせいで今一つ格好がつかないのは気にしてはいけない。

「マスター認証開始、術式はミッドチルダ式、個体名称何々……何々の部分には今決めたデバイスの名前を言うんだ。で、あとはセットアップするだけさ」
「はい、わかりました」

美月は返事をすると、大きく深呼吸する。
いよいよ空戦魔導師としての第一歩であるマスター認証が始まるのだ。

「マスター認証開始」

そう宣言すると、美月の足元に水色の魔法陣が広がった。灰色のコンクリートの地面に水色の魔法陣がよく映える。
ちょうど良い具合に風が吹き、美月の制服がパタパタとはためく。

「術式ははミッドチルダ式、個体名称はトリニティ」
「Stand by,ready.」

カード状態のトリニティから声が発せられる。
美月はトリニティを人差し指と中指で持ち、声高らかに宣言する。

「トリニティ、セーットアーップ!」

一瞬、美月の体が水色の光に包まれる。
が次の瞬間にはその光は破片となって消えていった。まるで卵の殻が砕け散っていくように消える光。
その中から現れた美月は管理局陸士部隊の制服ではなく、 白を基調としたバリアジャケットに身を包んでいた。
青色のショートスカートに、青いブーツのような靴、上半身を包む白いコートは首元の部分に青いラインが入っている。その姿は某カードゲームアニメの某ブルークラスの制服とよく似ていた。
起動状態となったトリニティは美月のバリアジャケットと同じく、白を基調としている。
形はクロノ提督がかつて使用していたS2Uに似ている。違いはS2Uでは1つだけだった羽根のようなパーツが4つに増えて、黒だった部分が白になり、宝石部分が水色になっていることだ。
あんぐりと口を開けて自分の服装を見る美月に対して、美月のバリアジャケット姿を見たなのはとヴィータは満足そうに頷く。
美月の自己観察が一通り済んだのを見計らって、なのはが口を開いた。

「基本的な魔法は頭で念じることで具現化されるの。少し高度なものになると、トリガーとなる呪文を唱えなくちゃいけないんだけど……ま、とりあえずは基本から始めようか。ヴィータちゃん、よろしくね」

なのはがヴィータに声をかける。
ヴィータは少し目を瞑って考えた後、口を開いた。

「そうだな……自分の身を守れねえようじゃ話になんねえから、防御魔法から始めるか。アイゼン!」
「Jawohl.」

ヴィータの首からぶら下がっていたミニチュアのハンマーから声が発せられる。
すると、ヴィータの体が赤い光に包まれ、服装が赤いゴスロリのようなドレスとうさぎのぬいぐるみがついた帽子のバリアジャケットへと換装された。手にはゲートボールのスティックのようなフォルムのグラーフアイゼンが握られている。
ヴィータはグラーフアイゼンを肩に担ぐと、説明を始めた。

「防御魔法は大きく分けて3種類ある。受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド系、身にまとって自分を守るフィールド系。どれも戦闘において身を守るためには欠かせないもんだ。まずは最も簡単なバリア系からやってみるか」

言い終わると、ヴィータは懐から鉄球を出した。そして、アイゼンを構えて美月に狙いを定める。
ヴィータの行動に目が点になる美月。

「習うより慣れろだ。アタシが撃ち出す弾を防いでみろ」
「え……」

いきなりのことに美月は顔を強張らせて後退りした。
美月は知る由もないが、戦技教導隊は「細かい事で叱ったり怒鳴り付けてる暇があったら、模擬戦で徹底的にきっちり打ちのめしてあげる方が、教えられる側も学ぶことが多い」をモットーとして活動している。
頭で理解するより、体で覚えたほうが良いということなのだが……
やはり、いきなり実践と言うのはキツい。

「ほら、ボケーッとすんな」
「は、はい」

しかし、戸惑う美月などお構い無しにアイゼンを構えた状態で急かすヴィータ。その気迫に押され、美月はおずおずとトリニティを構えた。
美月の準備が終わったのを見たヴィータは美月から50mほど離れた場所に移動する。
美月とヴィータの間を一陣の風が吹き抜けた。

「アイゼン!」
「Schwalbefliegen」

ヴィータがテニスのサービスのようなフォームで鉄球をトスする。そして、アイゼンが鉄球に叩きつけられ、剛速球となった鉄球が美月目掛けて放たれた。
オリンピックの砲丸投げの金メダリストですら出せないようなスピードで美月に迫る鉄球。

「あ……ちょ、ま……」

動体視力の限界を超えるスピードの鉄球に腰が引きまくりの美月。
あわや直撃……という時に、トリニティから声が発せられた。

「Protection」

美月の手を中心に水色の光の半球が現れる。直後、鉄球が半球に直撃した。
耳を劈くような轟音と共に鉄球と半球が砕け散る。

「はにゃ……」

目の前で起こったことが理解できずに呆然とする美月。
その様子を見ていたなのはは満足そうに頷く。

「うん、初めてにしては上出来だと思うよ」
「そうだな。威力を抑えたとはいえ中々のもんだ」

ヴィータも美月の傍に舞い降り、なのはと同じような感想を言う。

「あ、ありがとうございます」

何をもって上出来と評価されたのかが全く分からない。その上、先程の轟音のせいで耳が少し痛い。
褒められたので、とりあえずお礼を言う美月。
色々と細かい指摘があると思い、少し深呼吸(リラックス)する。が、次の2人の言葉に愕然とした。

「じゃ、も一回いっとくか」
「そうだね、復習は早いうちが一番だもんね」
「え」

さすが戦技教導隊。
「細かい事で叱ったり怒鳴り付けてる暇があったら、模擬戦で徹底的にきっちり打ちのめしてあげる方が、教えられる側も学ぶことが多い」をモットーとして活動しているだけはある。
ヴィータがアイゼンを構え直して言った。

「よーし……じゃ、位置につけ」
「うぁ……は、はい……」

訓練場に二度目の轟音が響く。
こうして、美月は空戦魔導師としての第一歩を踏み出したのだった.





−3ヵ月後、ミッドチルダ北部・第四陸士訓練校−

季節は夏真っ盛り、長袖の管理局の制服からバリアジャケットに換装すると、全身をほどよい涼しさが包む。バリアジャケットには着用者の体温を適切な温度に保つ機能があるからだ。
今日も美月は2人の特別講師と共に第四陸士訓練校の第一訓練場にいた。

「さーて、いよいよ今日は特別カリキュラムの最終日。お待ちかねの空戦AAランク試験だよ!」

やけにテンションの高いなのはに対して、いつもよりほんの少しだけ大人しい美月。
試験というものはこれまで何度も受けているが、魔法の試験をうけるのは生まれて初めて。
どんな試験なのかと内心ビクビクしていた。そんな美月の心を読んだのか、なのははニコッと笑う。

「内容はさほど難しくないんだけど……」
「すいませーん。遅れたっス〜」

なのはの声を遮る大きな声が聞こえる。
見ると、ピンク色の髪の少女が手を振りながら走ってきた。動くたびに後ろで纏めた髪が揺れる。

「お待たせっス」
「あいかわらず元気だね、ウェンディは」
「エヘヘヘヘ……」

ウェンディと呼ばれた少女は照れくさそうに頭をなでる。
見知らぬ少女の登場に困惑する美月。
ヴィータは美月にウェンディの紹介を始めた。

「こいつは陸士108部隊のユニット、N2Rのウェンディ・ナカジマだ」
「よろしくっス〜」

ウェンディは指をチャッと振って挨拶をする。人懐こそうな雰囲気に美月は柔らかい表情になった。
美月も自己紹介をする。

「森山美月です。よろしく」

2人の挨拶が終わると、なのはが再び口を開く。
どことなくヴィータがニヤニヤしているのは気のせいだろうか……

「さて、肝心の試験の内容はウィンディとの対人戦闘。制限時間は20分。美月ちゃん、頑張ってね」

なのはが美月に説明している間に、ウェンディは自らのデバイスをセットアップさせる。と、同時に巨大な板が現れた。
ウェンディの服装も制服から紺色のレオタードのようなバリアジャケットへと換装される。
緊張が最高潮になり、返事の声も出せずにコクコクと頷く美月。
そんな状態の美月を安心させようと、ヴィータが美月の背中に軽く手を置く。ヴィータ自身は肩に手を起きたかったのだが、身長160cmの美月に対して身長110cm前後のヴィータでは不可能な話である。

「そんな緊張すんなって。この3ヶ月間、アタシとなのはが教えてきたことをできれば十分にやれるさ」
「あ……はい。」

美月は自分の胸に手を当て、目を閉じて精神統一を始める。緊張で大きくなった心臓の鼓動が手に伝わってきた。これは美月が心を落ち着けるためにやる方法で、彼女が緊張したときはいつもやっている。
この3ヶ月間の厳しい訓練の記憶が美月の頭の中を巡った。

(大丈夫、私ならできる……大丈夫、私ならできる)

何度も何度も自分に言い聞かせ、最後に大きく深呼吸をする。気持ちが落ち着いていき、心臓の鼓動も静かになっていた。
開かれた目には緊張の二文字は存在していない。

「じゃ、フィールドの設定をするね。2人共位置につい」

なのはがパネルを操作すると、軽い機械音と共に地面からビル群が生えてきた。3ヶ月の訓練で美月が何度もお世話になった訓練用空間シュミレータだ。
彼女の指示で2人は道路の真ん中で25mほど離れて対峙した。2人の間を風が吹き抜け、沈黙が場を支配する。
その沈黙はなのはの声によって破られた。

「よーい……始め!」

なのはの声で美月とウェンディが同時に動く。
美月は建物の間を縫うように飛行し始め、ウェンディの出方を伺う。ウェンディはライディングボードに乗って空へ上がり、美月の動きを観察する。
両者共に様子見で攻撃しようとはしない。
先に仕掛けたのは美月だった。

「!……っと、楽勝っス」

建物の間から2つの光球がウェンディ目掛けて飛んできたのだ。
サーフィンのようにライディングボードを操り、難なくかわすウェンディ。

「じゃ、そろそろこっちからも行きますか」

そう呟くと、ウェンディは先程光球が発射された地点へと向かった。そして、移動しながら複数の何かを落としていく。
高速で飛ぶライディングボードを駆り、あっという間に発射地点に到着した。
ライディングボードの風圧で巻き起こった砂嵐に身を潜め、エリアルショットのチャージを開始。砂嵐が晴れると同時に狙いを定めようとしたが、そこには美月の姿はなかった。

「ま、いつまでも同じ場所に居るわけないっスよね〜」

そう呟き、ライディングボードに乗るウェンディ。だが、ライディングボードが上空に上がることはなかった。

「Restrict Lock」
「!」

トリニティの声が響き、地面からバインドが生えてきた。あれよあれよという間にライディングボードがバインドによって地面に固定される。
いきなりの事に慌てるウェンディ。
ライディングボードをの出力を全開にしてバインドを壊そうとするウェンディだが、バインドは中々壊れない。背後に人の気配を感じ、恐る恐る振り返ると……
トリニティを真上に構え、足下に魔法陣を展開させた美月がいた。
狼狽するウェンディなどお構い無しに美月は詠唱を始める。

「古の世界に眠りし竜の息吹、その力をもって眼前の敵を凍てつかせよ……」

詠唱が終わると同時に美月はトリニティを振り下ろす。振り下ろされたトリニティの宝石部分が光り、声が響く。

「Freezel Buster」
「フリーゼル……バスタァァァーー!」

美月の大声が響き、トリニティから砲撃が放たれた。
水色の光が轟音をたてて、ライディングボードとウェンディを襲う。避ける間もなくウェンディは光に飲み込まれた。
そして光が薄れると……

「……」

大きな氷塊に閉じ込められているウェンディがいた。
3ヶ月間の訓練で美月には『氷結』の魔力変換資質があることがわかった。魔力変換資質を持っているのはさほど珍しいことではないらしいが『氷結』の魔力変換資質を持っているのは非常に珍しいらしい。
なので、それを最大限に生かせるような戦法を訓練してきた。今の砲撃はその戦法の第一段階だ。
周囲を見渡し、美月は考えを巡らす。

(道幅は5m。接近戦に持ち込んだとしても、その後の展開が限られてくるな……それやったら……)

「トリニティ!」
「Bullet stand by.」

美月の斜め前に水色の光の弾が現れた。直径はおよそ10p。
美月はトリニティを大きく振りかぶる。

「Target rock on.I can shoot at any time.」(目標ロックオン。いつでも撃てます)

トリニティがウェンディをロックオンしたのを確認すると、トリニティをバットのように弾に叩きつけた。

「スパルアイバレッド、シュート!」

弾はミサイルのように、氷づけのウェンディに向かって放たれる。
スパルアイバレッドは短距離の敵に対応出来るように美月が編み出した魔法だ。連射ができないのが難点だが、美月の戦法では大きな問題ではない。
空気を切り裂く鋭い音を出し、弾がウェンディに命中する。
命中した光球によって氷塊が砕かれ、ようやく自由の身となるウェンディ。氷塊と一緒にバインドも解けたので逃亡にかかるが、美月はそんな猶予すら与えない。

「この手に全てを切り裂く氷の刃を!」
「Dagger Blade」

美月の声と共にトリニティの先から水色の光の刃が現れる。長さはおよそ30p。

「いくで、トリニティ!」

美月はトリニティに声をかけると、逃亡しようとするウェンディへ突撃する。咄嗟にウェンディはライディングボードを縦に使い、刃を防ぐ。
一旦、美月は上空に上がって、ウェンディと距離をとるが……

「!」
「Master,a danger is reaching!」(マスター、危険が迫っています!)

美月の左腕が何かに触れたのとトリニティから警報が発せられた直後に大きな爆発が起きた。
眩い閃光に目がくらむと同時に左腕に激痛が走る。
もうもうと漂う爆煙の中で美月は痛む左腕を押さえた。出血は全くないが、打撲が酷い。
そんな美月をウェンディはしてやったり顔で見ていた。

「さすがにやられっぱなしは癪っスからね〜」

ウェンディが落としていったものは空間設置型反応弾。彼女の能力であるエリアルレイヴの1つ、フローターマインだ。感度が良く、威力もかなりのもの。
彼女は美月が通ると予想されたコースに機雷のように設置していたのだ。攻め手は良かったものの、見事にウェンディの罠に引っ掛かってしまった美月。

「さあ、反撃開始っスよ!」

そう叫び、ウェンディはエリアルキャノンのチャージを始める。
美月はロックオンを避けるべくジグザグに飛ぶ。左腕が痛むが、今は気にしてはいられない。

「Master,how is the condition of your left arm?」(マスター、左腕は大丈夫ですか?)
「大丈夫とは言われへんな……一か八かの作戦があるんやけど、サポートしてくれる?」
「Of course.」(もちろんです)

美月は頷くと、急上昇を始める。
一か八かの作戦、それは有名な空戦戦法だった。
ウェンディは美月の動きに合わせてライディングボードの砲口を移動させていくが、途中で止めてしまった。

「……何を企んでるんスかね?」

ジグザグ飛行から急上昇を始めたのだ。誰だって怪訝に思うだろう。ウェンディは美月の思惑を読めずに首をかしげることしかできない。
しかし、今の美月の飛行コースは直線。狙いを定めるには絶好の的なのだが……

「ディエチのイノーメスカノンならともかく、ライディングボードじゃ無理っスね」

美月が射程距離から大きく離れているのだ。距離を詰めるためにウェンディはライディングボードを最大出力で発進させた。
ウェンディが追ってくるのを見た美月はトリニティに指示を出す。

「この手に全てを切り裂く氷の刃を!」
「Dagger Blade」

トリニティから光の刃が現れたのを確認すると、美月は飛行魔法を解除する。
浮力を失った美月の体は真っ逆さまに落下し始めた。風圧でバリアジャケットがバタバタとはためく。

「な…!?」

ウェンディは予想外の美月の行動に声をあげて驚く。
いきなり急上昇を始めたと思ったら、故意にストール状態になった。ますます思惑を読めずに首をかしげるウェンディ。
みるみるうちに美月とウェンディの距離は縮まっていく。
ダガー・ブレードが見えた途端、ウェンディは慌てて反転を始めた。が、最大出力で動いていたライディングボードは中々反転できない。
そして、ついに美月とウェンディがすれ違う。その瞬間、美月は飛行魔法を復活させた。体勢の安定もそこそこにトリニティを大きく振りかぶってウェンディに叩きつける。

「うおりゃァァァ!」
「うぐっ……」

見事、ダガー・ブレードがウェンディの体にヒットした。打撃の衝撃でライディングボードの動きが鈍る。
美月はそれを見逃さなかった。というより、それを期待していたのだ。
美月は身を捻って、最小限の動きで反転する。そして、最後の一手を指した。

「無数の砲口より放たれし海雀の弾丸、迫りくる驚異を凪ぎ払い、安穏の時をもたらせ!」
「Sparrow Shooter」
「シュートッ!」

美月は自分の周囲に4つの誘導弾が現れるとすぐにそれを発射する。雨霰のように……とまではいかないが、容赦なくウェンディにかまされる攻撃。
美月はウェンディよりライディングボードを重点的に狙った。その結果、ライディングボードも故障こそしていないものの、ボロボロの状態だ。

「はーい、そこまでー」

空中に画面が現れ、なのはの顔が映し出される。戦闘はなのはの声によって中断された。
ウェンディのバリアジャケットは辛うじて形を保っている状態。
美月のバリアジャケットも全体的に傷ついており、決して優勢ではなかったということを物語っている。
体力の消耗が大きいストール状態で攻撃魔法を2つも使用したので、美月は立っているのがやっと。
結果は引き分けと見ていいだろう。多少、美月が押していた感があるが。
美月が使った有名な空戦戦法、それは……

「木の葉落とし……だね」
「なんだよ、その木の葉なんたらって?」

なのはがポツリと漏らした呟きに、それが何の事か分からずヴィータはなのはに尋ねた。
ミリタリーマニアならピンとくるだろう。
第二次大戦中、旧日本海軍の傑作戦闘機である零式艦上戦闘機の十八番といわれた戦法だ。背後につかれた敵機の後ろをとるために故意にストール状態へ陥り、超短時間で後ろに回り込む戦法。
ストール状態の様子から木の葉落としの名がついた。
しかし、ヴィータに零戦が云々と言っても分かるわけがない。なのははヴィータが理解できるように簡単に説明した。

「美月ちゃんが使った動き。あれを木の葉落としって言うの」
「あの動きがねぇ……美月の奴、中々大胆な事しやがるな」
「高速移動魔法が使えたら良かったんだけど、美月ちゃんは使えないしね」

そう、ソニックムーブに代表される高速移動魔法の類いを美月は使えないのだ。
ストール状態は体勢の安定が非常に難しく、基本的には避けるべき状態。しかし、上手く使いこなせば戦法の1つとして使うことができる。
ちなみに、美月の当初の作戦は「相手を氷結させて凍傷を引き起こし、じわじわとダメージを与えていく」という中々イヤラシイ作戦だ。

「2人ともお疲れ様」
「見応えのある戦闘だったぜ」

戻ってきた美月とウェンディになのはとヴィータが労いの声をかける。
さっぱりした顔のウェンディに対して、どこか不安げな顔の美月。あくまでこれは試験、いくら内容が良くても合格しなければ意味が無いのだ。
美月はバリアジャケットを解除すると、その場に直立する。ウェンディもバリアジャケットを解除して、美月の隣に立つ。
なのははヴィータと話していたが、やがて美月の方へ向き直った。

「さて、試験の結果だけど……」

なのはが口を開き、場に静寂が訪れる。
美月はゴクリと喉を鳴らし、なのはの言葉を待つ。
ただ1人、ウェンディは居心地の悪そうな顔をしている。こういう堅苦しい雰囲気は苦手なのだ。

「合格!おめでとう!」

なのはの言葉を聞いた美月の顔がパァっと輝く。ウェンディはニコッと笑い、美月の背中を軽く叩いた。
ヴィータもフッと笑って、その様子を眺める。
何はともあれ、これで美月は晴れて空戦AAランク保有の魔導師となったのだ。美月にとっては大きな大きな一歩である。

「今週中に辞令が出て、正式な局員として配属されると思うよ?それから……」

なのはは一旦口を閉じ、ポンと美月の肩に手を置く。そしてニッコリと微笑むと、再び口を開いた。

「3ヶ月間、よく頑張ったね」
「あ……ありがとうございました!」

満面の笑みで返事をする美月。
いよいよ、美月の局員生活が始まろうとしていた。






〔あとがき〕
どーも、かもかです♪

ようやく第2章を書き終えることができました
1ヶ月間隔の更新を目指したいと思っておりますが…
大学と発掘の仕事の合間に執筆しているので、中々難しそうです(>_<)

拍手・コメントを下さった読者の方、ありがとうございます。
コメントを下さった方の中に引越し前のサイトでの連載を読んで頂いていた方がいらっしゃり、感激しました。
これからもご愛読よろしくお願いします。

設定に関してですが「なんで禁止カードのトリシューラを使ってるんだ!!」という指摘はご勘弁ください。
前のサイトで書き始めたときは、まだ制限だったんです…(2012年2月上旬です)

さて、いよいよ美月も魔導師ランク獲得です!!
どこに配属されるかは、次回をお楽しみに♪



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