愛を込めて花束を(後編)
【この作品は二部構成です。先にシルフェニア十周年記念作品「愛をこめて花束を(前編)」をお読みになることをオススメします】
[あらすじ]
二度寝した美月が目を覚ますと、そこは「艦娘」と呼ばれる少女たちが平和のために戦う世界だった。
そこで美月は自分とそっくりの妹を亡くした艦娘、加賀と出会う。
突然のことに美月も加賀もどうしていいか分からず時間が過ぎていく……
そんなとき、美月のもとに加賀が行方不明になったとの連絡が入る。
この状況を少しでも打破できるきっかけになれば。そう思いながら、美月は空へと上がるのだった。
「さて……」
眼下に広がっているはずの海は見えない
見渡す限りの霧。そんな環境でどうやって加賀を探しだすか……
「トリニティ、金属探知開始。最大範囲で」
「Allright. Metal detection start at full range.」(了解。金属探知開始します。)
美月の目の前にウィンドウが現れては消えていく。
「加賀さん……」
出てくる前に金剛に言われた言葉。その言葉の真意を美月は今になって図りかねていた。
加賀は冷静沈着という言葉がピッタリの雰囲気を纏っている。それに怖気づくことなく話せということだろうか……
「兎にも角にも加賀さんを見つけへんと……」
そう呟きながら眼科の雲海を見渡す美月。
ふと耳をすますと、何か音が聞こえる。それが爆発音だと理解するのとトリニティの金属探知機が何かの反応を示したのはほぼ同時だった。
「……!」
大きく深呼吸すると、身を翻して急降下を開始する。目標は検索ウィンドウに表示された座標。
雲海との距離がみるみる縮まっていく。そのまま躊躇うことなく雲の中へ突っ込む。雲の中に漂う氷の微粒が顔にバシバシと当たるが、そんなものに構っている暇はない。
見ると、加賀の直上に爆弾を抱えた艦載機が群がっていた。
「……っ、加賀さん!トリニティ!」
それを見るやいなや、美月は|愛機〈デバイス〉に向かって叫ぶ。
「Dagger Blade」
トリニティを振りかぶって艦載機群に突っ込む美月。
突っ込んだ直後に薙ぎ払う。間近の数機が真っ二つになる。
遥か彼方の海上にいる四つ足がついた帽子をかぶった深海棲艦―空母ヲ級の顔に僅かな驚愕の色が浮かんだ。
「あなたは……」
「加賀さん、助けに来ました!」
いつも冷静沈着な加賀の顔に驚きの色が浮かぶ。
しかし悠長に言葉を交わしている暇はない。2人の周りに砲弾か次々と着弾し、水柱が立ち昇る。
「ふんっ!」
そう気合を入れるや否や、美月は深海棲艦目掛けて突っ込んでいく。
駆逐艦イ級とすれ違い様にトリニティで一閃。真っ二つになったイ級は断末魔を上げてズブズブと沈んでいった。
美月の登場によって加賀を攻撃していた深海棲艦達は状況の把握が追いつかず少しばかり浮足立つ。
それを助長するように遠くから砲撃音が聞こえた。それと同時に砲弾が空気を切り裂く独特の音も聞こえてくる。
何故ならばその砲撃は深海棲艦側の作戦になかったから。
一方、砲撃音を聞いた加賀はそれが何から発射されたものなのかがすぐに分かった。
「……41cm連装砲!」
砲弾は深海棲艦からわずかに離れた水面に着弾して水柱を立てた。
「初弾夾叉。いい腕ね……!?」
水柱の色を見た加賀の顔が驚きの色に染まった。
敵の援軍でも来たのかと思い、美月もその方向を見るが、特に変わった点はない。水柱の色があからさまな水色をしている以外は。
艦娘の砲弾には着色料が入れられている。弾着観測を容易にするための工夫だ。金剛なら赤色、榛名なら黄色といった具合に。
そして、鎮守府に着任している艦娘の中に水色が与えられた艦娘はいない。
いや、存在するはずがないのだ。なぜなら、水色の染料を持つ砲艦はあの時代にもなかったのだから。
戦艦になるはずだった加賀に設定されていた色が青、そして姉妹艦の土佐に与えられたのが水色だった。
が、衝撃の事実を冷静に受け止める間などない。
「加賀さん!上!」
事情を知る由もない美月の金切り声で加賀は我に返った。
見ると、敵機から加賀めがけて爆弾が切り離されるところだった。
「ッ!」
身体を捻って爆弾を躱す加賀。しかし、その近辺には容赦なく敵の砲弾が降り注ぐ。
「こん……のぉ!」
「Sparrow Shooter」
「サルヴォー!」
美月の怒声とともに光弾が発射され、某DDGの如く砲弾にぶち当たって迎撃していく。
その光弾をかいくぐって敵の艦載機が美月に機銃掃射を仕掛けてくる。
と、敵機の後ろに緑色の逆ガル翼の艦上戦闘機―烈風が駆けつけた。直後、20mm機銃弾の雨が浴びせられ、瞬く間に蜂の巣になる敵機。
美月が加賀を援護し、加賀が美月を援護する。そんな光景が幾度と無く繰り返される中、次第に美月の顔に焦りが浮かび始めた。
加賀は発見時に無傷だったとはいえ、搭載機の半数近くを失っていた。残りの機体もこの乱戦の中で徐々に落とされている。
どこかに空母を含む艦隊がいるはず。それを叩かなければ消耗戦に撃ち負けてしまう。だが、肝心の敵艦隊の位置が分からない。
持てる全能力を戦闘に充てている美月に索敵を行う余力など残されていなかった。少しでも気を抜けば美月も加賀も怪我どころの話では済まなくなる。
「大丈夫よ。心配いらないわ」
「え?」
美月の心を読んだかのように加賀が口を開く。
見ると、加賀は目を静かにつむった状態で、敵の攻撃を巧みに回避していた。数秒後、キッという効果音が聞こえてきそうな動作で目を開く。
「……見つけた」
「?……ちょ、え?え?」
若干怒りが混ざったような加賀の言葉とともに、美月の脳裏に敵艦隊の姿と座標位置のイメージが浮かんだ。浮かんだというよりは流れこんできたという方が正しい。
先ほどの「見つけた」という言葉。まさかと思い加賀を見ると、彼女は黙って頷いた。
「ここは私が引き受けます。あなたは艦隊を叩いて」
「でも……」
現状で加賀の防空能力は手一杯。それも美月の支援がある状況でだ。
そんな状況で加賀一人にすれば……どうなるかは想像に難くない。
「一航戦はこんなところで倒れるほどヤワではありません」
「……」
決定打がなければこのままジリジリと削られていくだけ。それならば無理をしてでも大元を叩いた方が得策かもしれない。
しかし、このままの状態でここを離れるのも無謀というもの。状況を打破するためとはいえ苦渋の選択であることに変わりはない。
中々動けない美月に対して加賀が声を荒らげた。
「行きなさい!」
「ひゃ、ひゃい!……うわっ、ヌメヌメする……」
慌てて助走をつけて飛翔する美月。踏み切りの際にイ級を踏んで足を滑らせかけたが、なんとか飛び立つ。
その光景を見た加賀は一抹の不安にかられたが、すぐに回避行動に集中し始めた。
「確か深海棲艦は人型であればあるほど強くなるはず……」
飛行しながら美月は先ほど見た敵艦隊とパネルに出した艦種識別表を照らし合わせつつ呟いた。
空母ヲ級2体、戦艦ル級1体、重巡リ級1体、駆逐ハ級2体……中々の艦隊である。
加賀の事もあるので、あまり時間をかける訳にはいかない。美月は前に鳳翔から聞いた言葉を思い出す。
「空母機動部隊なら空母を失えば負け、か……トリニティ、空母を仕留めてさっさと終わらせるで」
「OK.」
相棒の返事に頷くと、いつの間にか眼下に現れていた敵艦隊を見据えた。
誘導弾で正確に狙い撃ちするより大型の砲撃魔法で攻撃した方が手っ取り早いと判断した美月はトリニティを掲げて詠唱を始める。
「古の世界に眠りし竜の息吹、その力をもって眼前の敵を凍てつかせよ……」
同時に美月の足元に水色の魔法陣が広がった。トリニティがカートリッジロードするたびに魔法陣は大きく、そして光を強めていく。
カートリッジロードすること1回2回3回。
美月に気づいたル級が砲撃してくるが、美月がいる高度までは届かない。航空機なら攻撃が可能だが、ヲ級の艦載機は全て出払っている。
敵艦隊に刻一刻と迫っていたその時が遂に訪れた。美月はすうっと息を吸い込むとトリニティを勢い良く振り下ろす。
「フリーゼル……バスタァ"ァ"ァ"ーー!」
空気を震わせる轟音とともに発射される水色の光。
深海棲艦達は砲撃をかわそうと回避行動を始めるが間に合わず、光の中へと飲み込まれる。着弾の衝撃で海面には津波のような波紋が生じた。
その衝撃は加賀の元まで届き、加賀と艦載機、深海棲艦までもが動きを止めて美月がいる海域の方向に目を向ける。
当の美月がいる海域では少しずつ光が収まっていき、穏やかな海面が姿を現し始める。光が完全に収まるとそこには深海棲艦の姿はなく、微かな波を立てる海が広がっていた。
空母機動部隊が倒されたことで完全に流れは加賀と美月に傾いた。
散り散りになって撤退し始める深海棲艦達。いつもの加賀となら迷わず追撃をかけるが、今の彼女にその余裕はない。
「やりました」
加賀はそう呟くと額に浮かんだ汗を拭き、空を見上げる。そして甲板が装着されている右腕を目の前にまっすぐ突き出した。すると、加賀の上空を周回していた艦載機達が甲板目指して高度を下げ始める。
しばらくすると美月が舞い戻ってきた。甲板に着艦する艦載機を見守っていた加賀は美月を一瞥すると、そのまま甲板に視線を戻す。
続々と飛行甲板に着艦していく機体。が、妖精が限界を迎えているのかアレスティングワイヤーに引っ掛け損なって海面に落下していく機体が次々と出る。
その様子を加賀は黙って見つめていた。一見すると無表情だが、よく見ると目がかすかに潤んでいる。
それは死力を尽くして戦った妖精達を想ってか、それとも妖精達に過酷な戦いを強いることになった自らの不甲斐なさを嘆いてか……
そんな加賀に美月は何も言うことが出来ずに立ち尽くすばかりだった。
やがて空を飛んでいた機体がいなくなり、加賀が短く溜め息をつく。そして、美月の方を向いて口を開いた。
「待たせたわね。帰投しましょう」
帰投後、美月は加賀と話すことができなかった。損傷箇所多数の加賀はすぐさまドッグに入れられ、報告のために美月は提督に呼ばれたためだ。
美月は夕食後を食べ終えると、 いつものように第一士官室で日課のトリニティの整備をし始める。
初めの二、三日は駆逐艦の子たちがトリニティに興味津々で集まってきたり、「それが終わったら、私と夜戦しよ!」と意味不明の誘いをされたりしていたがこのところは静かだった。
(ちなみに意味不明の誘いをしてきた艦娘は、直後に同じ服を着た2人組の少女に引きづられていった。「や〜せ〜ん〜……」という言葉を残して)
整備と言ってもそこまで難しいものではなく、軽く分解して内部に以上がないか確認する程度。
鼻歌交じりで整備をしていると、トーンの低い冷静さのただよう声で呼ばれた。
「森山さん、少しいいかしら?」
「え?あ、はい?」
見ると、そこにいたのは加賀。真新しい弓道着に身を包みえ、瓶とグラスを持っている。
手に持っている瓶は……酒瓶?
「あの、私……」
「大丈夫よ。心配いらないわ」
加賀は静かに座ると、酒瓶を開ける。
そのまま、トクトクとグラスの中に液体を注いでいく。
「これ……」
「私もお酒は苦手なの」
心なしか恥ずかしそうな表情で加賀が言う。
美月のグラスの中に入っているのはお酒ではなくサイダー(ちなみに瓶のラベルには「長門特製」と書かれている)
自分の分も入れ、一口飲んでホッと息をつくと、加賀はポツポツと話し始めた。
「お母さんと赤城さんから聞いたのでしょう?土佐が亡くなる前の私の事」
「……はい」
気まずいという雰囲気を満々にして美月が答えた。
それを察してかどうかは分からないが、加賀はいつも通りの口調で話を続ける。
「土佐はすごく活発な子でね、いつも明るく楽しそうにしていたの。私は元々人見知りがちで人付き合いも下手だったから、彼女の明るさが羨ましいと思っていたわ」
「……」
「大怪我を負った天城さんの代わりに私が空母になったのだけれど、土佐は廃艦になってしまった」
「……」
「本当に悲しかったわ。空母としての発展の余地はともかく、活発な土佐の方が艦隊の雰囲気を良くしてくれると思ったから。でも、軍の人間は私を選んだ。それを知ったあの子は「大丈夫、お姉ちゃんならできるよ」って言ってくれたの。でも、人付き合いの苦手な私が土佐のように明るい雰囲気を作っていくなんて到底無理な話。だから、私は規律を重んじようと思ったの」
美月は知る由もないが、鎮守府には「加賀はなぜにあそこまで規律に厳しいのか」という疑問に対して様々な噂が飛び交っていた。
「気の緩みが原因で敗北した前世の過ちを繰り返さないために」という説が最も信憑性の高いものとして囁かれていたが、真実は違ったようだ。
「その私もミッドウェーの海戦で沈んでしまった。でも、私は悔しい反面「ああ、これでまた土佐と一緒に居られる」って思ったの。でも、結局土佐に会うことは出来ず、私は艦娘として二度目の生を受けた」
「あ……」
「また私は一人で生き延びてしまった。そう思うと、あの子に申し訳なくてね。だから、土佐にそっくりなあなたを見た時に動揺してしまったの」
「……」
「ごめんなさいね。いきなりこんな話をして」
「い、いえ……」
美月はようやく合点がいった。それと同時に金剛が言った言葉の意味も理解する。
「艦娘も女の子。特別扱いせずに、面と向き合って話してください」というのは「艦娘にも人間と同じようにそれぞれの想いがある。それを大切に会話してほしい」ということではないだろうか。
ならば……ここで遠慮してはいけない。多少失礼でも聞いておかねばならないことがある。
「あ、あの……言いたくないようでしたら別に構わないんですけれど……あの砲撃、何かあったんですか?」
共に戦っている時に加賀の顔が驚きの色に染まった砲撃。今の様子からは想像できない表情をしたからにはそれなりの理由があるはずだ。
ただ、あの時の加賀の様子を考えるにナイーブな問題の気もする。「無理やり聞く気はない」と前置きした上で尋ねた。
「あれは……土佐の砲撃としか考えられなくて……」
「!?」
予想外の言葉に目を丸くする美月に加賀は弾着観測用の染料の話をする。
話が進むにつれて丸かった美月の目が徐々に伏せられていく。
「……ごめんなさい」
「どうしてあなたが謝るの?」
加賀の言うとおりなのだが。
加賀のトラウマを掘り返してしまったこのタイミングで発生した「土佐」の砲撃。自分がこの世界に現れたことで引き金を引いたと考えるのが自然だった。
言いようのない責任を感じてしまい俯いてしまった美月。
「大丈夫よ。心配いらないわ」
加賀の声で美月は顔を上げる。戦闘の最中にも同じ言葉を聞いた気がする。彼女の決まり文句なのだろうか。
暗い表情の美月に対して加賀の表情は穏やかだった。まるで妹に接する姉のよう。
「あなたを見ていると、もう1人妹ができたみたいね」
「ふぇ?」
どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせながら加賀はグラスに口をつける。いつの間にか口の中がカラカラになっていた美月もサイダーに口をつける。
それを加賀は黙って見ていたが、フッと微笑んだ。
「あなたのこと、いろいろと聞いてもいいかしら?」
「え……」
「あなたはこの世界の人間ではないことは何となく分かるわ。当然、いつか自分の世界に帰る時が来るはず。でも、それまでは仲間として過ごしたいの」
「……」
「ダメかしら……?」
美月の顔を真っ直ぐ見つめる加賀の顔は無表情ながらも目には不安の色が漂っている。
「いえ……、大丈夫です」
某金剛型三番艦の様なことを言いつつ、美月は加賀に向き直った。
加賀から黙ってグラスが差し出される。一瞬、その戸惑った美月だったが、すぐに意味を理解して自分のグラスを差し出す。
グラス同士が触れ合う乾いた音がした後、しばし沈黙が続く。が、すぐに会話が始まる。決して賑やかではないが、かと言って暗い雰囲気でもない。そんな会話が。
果たしてどんな内容だったのか、それは二人のみぞ知る。
「……?」
日付が変わる頃、珍しく加賀は目を覚ました。
空母艦娘である上に、規則正しい生活を信条とする加賀は夜更かしなどはせず、必ず22時に就寝する。そして、一度寝付くと朝の総員起こしまで目が覚めることはない。
(やはり彼女のことが気になるのかしらね……)
突然自分の目の前に現れた、かつて沈んだ妹―土佐にそっくりな少女。森山美月について無意識のうちに気になっているようだ。
あれこれ考えていていると、ますます目が冴えてきた。中途半端な寝方をしては明日の任務に差し支える。もう一度布団をかぶろうとしたその時、加賀は違和感に気づいた。
(……赤城さんがいない!?)
いつもなら自分の隣で大きな口を開けて寝ているはずの赤城がいない。それどころか、いつの間にか服装が浴衣からいつもの弓道着に変わっている。
これはどうしたことか。加賀の心に不安が押し寄せ始める。しかし、とある声が不安を打ち消した。
「お姉ちゃん」
「!……土佐?」
懐かしくも、つい最近聞いたことがあるような声。
声の聞こえた方向を見ると、見間違えるはずもない妹−自分と同じ弓道着、正確に言うと水色の袴を着た少女、土佐がいた。
「どうして……」
「う〜ん、まぁ細かいことは気にしないでよ」
加賀の質問をはぐらかす土佐。間違いない、この話し方は土佐だ。
久しぶの再会に距離感がつかめず、微妙な沈黙が2人の間に漂う。が、意を決したように土佐が口を開いた。
「お姉ちゃんに聞きたいことがあるの」
「え?」
「私の気持ち、分かってる?」
ピクリと加賀の体が震える。まるで何か後ろめたいことを指摘されたように。
黙ったままの加賀に対して、土佐は言葉を続ける。
「どうして嫌われ役になったの?」
「っ!」
ピクリと加賀の体が震える。まるで何か後ろめたいことを指摘されたかのように。
加賀が規則重視の性格になった理由、それは美月に話した通りである。ただ、それは土佐が言っていた「お姉ちゃんならできるよ」という言葉に合っているのか自信が持てなかった。
その自信のなさを悟られたくがない故に他の艦娘と進んで交流を持たなかったのだ。
黙って俯く加賀。やがて、土佐がクスクスと笑い始めた。笑われたのが余程不満だったのか、頬を膨らませて土佐を見る加賀。普段の彼女からは想像できない表情である。
「大丈夫。お姉ちゃんはお姉ちゃんにしかできないことをやれてるよ」
「土佐……」
そうだった。自分の妹はこんな性格だったのだ。
やんちゃばかりで振り回されることも多かったけれど、しっかりするところはしっかりしている。
「でもさ、もう前に進んでも良いんじゃない?」
「え?」
「少し心配になって悪戯してみたら、やっぱりだよ?」
ここに至って加賀は全てを悟った。森山美月の出現、それは土佐の仕業だったのだ。
土佐は腰に手を当てて、胸を張りながら話を続ける。
「いつまでも私の残像にしがみついてちゃダメだよ?」
「……そうね」
土佐に言われてはっきりと理解した。自分は知らず知らずのうちに土佐との思い出にしがみついていたのだ。
自分には土佐がいる。そう思うからこそ、他の艦娘と交流を避けてこれた。でも、何をどうやっても土佐が蘇ることはない。
自分との思い出より、今周りにいる仲間との交流の方が大切。土佐はそう言っているのだ。
「ま、不器用なお姉ちゃんのことだから、早々変わるのは無理だろうけど」
「そ、そんなことないわ」
「ふ〜ん?」
売り言葉に買い言葉。慌てて反論する加賀を土佐はニマニマ笑いながら見る。
傍から見ると土佐が姉のようである。
フッと息をつくと、土佐はクルリと背を向けた。
「じゃあね、お姉ちゃん。変な沈み方したら許さないからね?」
加賀が返事をする前に、土佐の姿は光となって消えてしまう。
虚空に手を伸ばしかける加賀だったが、その手をグッと堪える。そして、独り言のように呟く。
「大丈夫よ。心配いらないわ」
−美月ちゃん、ごめんなさい。それから、ありがとう−
「うにゃむ……あれ?」
なにか声が聞こえたような気がして目を覚ました美月は妙な懐かしさというか違和感を感じた。
むくりと起き上がって周りを見渡すと、自分が居るのは鎮守府の部屋ではなく見まごうことなき自室。
昨日布団に入った時に着ていた浴衣は自分のパジャマに変わっている。自分が寝ているのも敷布団ではなく、使い慣れたベッドだ。
「帰ってきた……?」
少し眠気を抱えたままの頭で時計を確認すると、自分があの世界に飛ばされた日と同じ。
自分が寝てから何が起きたのだろうか。トリニティに確認するが、返ってきたのは予想外の答えだった。
「Nothing happened.」(何も起きていませんが?)
まさか。
あの世界の事を覚えているのは自分だけだというのか。
「全部、夢……?」
「What's wrong?」 (何かありましたか?)
「……うん……大丈夫……」
信じがたい現実を前にして呆然とする美月に彼女の愛機が尋ねる。が、彼女は布団にそっと顔をうずめてトリニティに返事をした。
出会いは突然、あまり会話の弾む相手ではなかった。でも……
「もうちょっと……話したかったな……」
何とも言えない感情が美月の胸に広がっていく。
トリニティは主の目に涙が溜まっていることに気付いた。何かあったのは明白だが、それを無理に聞くのも野暮というもの。
何も言わずにそっとしておくことにした。
彼女は学校の近くにある花屋を訪れた。買ったのはピンクのバラの花束。
帰宅してすぐに、美月は花束を持って飛び立った。目指すは北緯30度23分3秒、西経179度12分2秒の地点。
同じクラスの軍事オタク―川嶋拓真に教えてもらった、とある軍艦の沈没地点。
「ありがとう。加賀さん、安らかに眠ってください」
まっすぐ落下していく花束。その軌道は爆弾そっくりだった。
「あれ?加賀さん、艤装に何か付いてますよ?」
そう言って赤城は加賀の艤装についていた何かをとって、加賀に見せる。それはピンクのバラの花びらだった。
「花びら?この辺りでは見ない種類ですね」
「……そうね」
加賀はいつもと同じく、素っ気ない返事をすると歩き始めた。
しかし、その表情は柔らかい。まるで、花びらから何かを感じとったかのように……
<あとがき>
ガチャッ
「あのー、美月さん?どうじて自分はトリニティを突き付けられているのでしょう?」
「自分の胸に聞くことやね。なんで一年も放置してたんかな?」
「あ、いや……それは……あ!あそこに八神司令が!」
「ふぇ?」
(今のうちに!)ステルスステルス〜……プスッ(あ、足に矢が……!)
「……やりました」
さて、三文芝居はこれくらいにして……
ご無沙汰しております、かもかです
ヲイ、本編はどうしたという話ですよね(笑)
そして、10周年記念作品と言いながら1年経っているという大遅刻…
お許し下さいまし…
さて、弾着観測用染料の設定について説明しておきます。
史実での土佐の染料は不明です。そもそも染料があったのかどうか自体が不明ですが…
今回の話では土佐と美月の関係を表すものとして設定しました。
※ちなみに史実での青色の弾着観測用染料を使用していたのは霧島だそうです
くわしくは【ちゃーりーにしなか 2014「艦娘の1日 大砲当てます!」『−艦これ−電撃コミックアンソロジー佐世保鎮守府編4』KADOKAWA】を御覧ください。
ツェッペリン実装で土佐にもワンチャンありそう……
楽しみですね。
さて、シルフェニア11周年、おめでとうございます!
リリなのも第一期放送から10年経ったんですね…
vividの放送も終わりましたし、この先どのように流行っていくかが楽しみです。
シルフェニアは色々な作家さんがいて、色々な話が読める(書ける)とても楽しいサイトだと思います。
シルフェニアの尚一層の発展を祈りながら、今回の番外編を締めさせていただきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m