「改めまして……私がこの学園の理事長、風花 真白です。後ろに居るのは秘書の二三さん」
さ ん に ん
あの後そのまま理事長室に案内された祐一・舞衣・なつきを前に言う真白。
舞衣となつきの二人はついでと言わんばかりに連れてこられたのだ。
「あー……」
どう返事をしたものか、とガシガシと頭を掻く祐一。
「正真正銘、うちの理事長。ちなみに、ここの初等部の六年生よ」
それを見て、祐一が‘真白が理事長だという事実を認められない’と思ったのか、舞衣が小声でそう伝えてくる。
なつきは相変わらずそっぽを向いている。
よほど舞衣と顔を合わせたくないのだろうか。
「ご無沙汰してます。祐一さん(……)」
そんな中、真白によって爆弾発言が投下された。
舞衣、絶句。
ぽかんと口を開けて祐一と真白を見比べている。
なつきなど、シュバッ! という音がしそうな勢いで真白を見た。
首は痛くならないのだろうか?
祐一はバツが悪そうに頭を掻いている。
「は、はい〜〜!?」
一瞬後、舞衣のお約束が響き渡ったのだった。
舞-HiME
―姫を守護する者―
第二章 初陣
何とか落ち着きを取り戻した舞衣となつきに、真白が簡単な説明をした。
曰く―――
「楯さんのおじい様に何かと良くして貰って、その関係で知り合ったんです。昔は遊び相手をして貰った事もあるんですよ?」
―――との事。
実際、風花家と楯家は中々密接な関係にあるのだ。
その縁で真白は祐一の祖父である裕次郎に孫同然の様に可愛がられていた。
楯一族が人里離れた場所に住んでいるとは言え、それぐらいの交流はあるのだ。
真白がもっと小さい頃―――其れこそ幼稚園児の頃には祐一も良く遊んでやったものだった。
当然、真白も祐一の事を兄のように慕っていた。
流石に今では呼ばなくなったが、昔は祐一の事を『お兄ちゃん』と呼んでたものだ。
ちなみに、今でもたまには交流の場をもうけていたりする。
「理事長さんと知り合いだったんだ……」
半ば呆然と舞衣。
「知り合いっても小さい頃に何度か遊び相手してやった位だぞ?」
とは祐一の弁である。
「そんな事はどうでも良い。それより話を進めろ」
幾分か不機嫌そうになつき。
「そうですね」
ちろ、っと舌を出す真白。
「『HiME』とは―――高次物質化能力を操り、学園に仇なすオーファンと戦う女性の総称です」
一転、真剣な顔になりそう切り出す真白。
「私はHiME能力者達を集め、対オーファン部隊を組織しました」
「オーファンが何の目的で学園を狙ってるのかは不明ですが、こちらとしても手をこまねいている訳にはいきません」
特に疑問の声を上げる事無く聞き続ける祐一。
真白は、そんな祐一の姿を見ると満足そうに頷き、話を続ける。
「勿論、鴇羽さんや玖我さんもその一員です」
自分に話題が及んだのに気付いた舞衣は恥ずかしそうに頭を掻く。
対してなつきの方には特に反応は無い。
相変わらずそっぽを向いたままだ。
「エレメントだけでオーファンに対抗するのは大変でしたから、鴇羽さんも玖我さんもチャイルドを呼び出せるようになってなによりです」
そういってニッコリ微笑む真白。
「これからは力を合わせて学園の平和を――――と、いうのはもう良いでしょう」
ぽん、と手を合わせる真白。
それについてけないのはやはりというか、舞衣となつきの二人だ。
「………だな。さっさと本題に入ってくれ」
一方祐一は、そんな真白の様子を気にする事もなく、続きを促す。
唖然としている舞衣となつきの疑問に答えたのは真白だった。
「祐一さんに今更こんな話をしても仕方無いですから♪」
「どういうことだ!?」
それを聞いて黙ってないのがなつきだ。
「んー、そこら辺の事情は承知済みなんだわ。実を言うと、さ」
いやースマン、と両手をあわせる仕草。
絶句。
今日だけで何回驚かされたか。
「祐一さんには対オーファン部隊に所属して貰います」
「………だろうな。元々、その為に呼ばれたようなモンだし」
「ちょっと待って下さい!」
其処に待ったをかけるのは舞衣だ。
「オーファンに対して有効な攻撃力を持たない‘普通の人’に、そんな危険な真似はさせれません!」
元々優しい性格の舞衣だ。
当然の結果だといえる。
対オーファン部隊に所属するという事は、即ちオーファンと戦闘する可能性があるという事だ。
それを鍵だというただそれだけの理由で対オーファン部隊に所属させる、というには舞衣は優しすぎた。
それを‘一般人’に強要させる事などそういった性格の舞衣には出来ないのだ。
「あー、大丈夫だって」
そして其れに対する祐一の態度は、舞衣やなつきにしてみればオーファンをなめてるとしか思えないものだった。
無論、真実は別として、だ。
「失礼します!!」
一瞬にして顔を赤く染めた舞衣はそう言うと理事長室を後にした。
二三は慌て、真白は目を点にした。
「これで話が終わりなら私も失礼させて貰う」
そういって返事も聞かずに退出するなつき。
「あらあら……」
「あれ、ぜってー何か勘違いしてるよ……」
真白と二人して顔を見合わせる祐一だった。
理事長室を後にし、祐一は校舎の中を歩いていた。
祐一は地図を手に自分の教室を探しているが、いかんせんこの校舎は広い。
と、そんな時、自分が周りから見られている事に気がついた。
何やらこそこそと噂話をしているようだ。
時折こちらを見てくる。
「ほら、あの人よ! 鴇羽さんと玖我さんの鍵っていう……」
「行き成り二股かぁ」
「一人の人間が二人のHiMEの鍵になるなんて聞いた事ね〜ぞ」
「きっと絶倫なんだぜ」
「肉欲獣よ!」
(うぉーい……)
思わず心の中で突っ込みを入れる祐一だった。
周りの人間はほぼ同じような事を言っている。
「こぉンのぉ……」
そんな中で祐一に向かう一人の勇者が居た。
「肉欲獣めェ!!」
竹刀を上から振り下ろす。
その勇者の名は―――武田 将士。
余裕を持ってそれを避ける祐一。
日頃鍛錬を積んでいる祐一にとっては簡単な事だ。
そのせいで竹刀の方は真っ二つだが。
「死んでくれ………楯!」
「な、なんでだよ! おい!!」
しかしその将士の様子に思わず後ずさる祐一。
「こ、これ以上なつきさんが汚れるのは見たくないッ!」
将士のその言葉をきっかけにぞろぞろと出て来る生徒達。
「なにぃ!?」
「あの男がお姉様を―――ッ!」
「許せない!!」
誰も彼もの目が血走っている。
「ちょ、ちょっと待て! 俺が何時そんな事を―――ッ!!」
危険を感じた祐一は後ずさりつつ弁解。
「問答無用〜〜〜ッ!!」
無論、暴徒と化した生徒にそんな弁解が通用する筈もなかった。
怒れる暴徒達からほうほうのていで逃げ出した祐一は、今現在保健室に居た。
少量の事では怪我をしない筈の祐一が、何故かあの暴徒の前では無力だったからだ。
逃げ切ったとは言え、無傷とは言い難い状態だった。
「あ〜あ、こんなに腫らしちゃって」
「痛ッ」
そう言って祐一の額に手を当てるのはこの保健室の主である保険医だった。
「ま〜た随分とやられたわねぇ……」
その声には若干からかいが含まれている。
「………やっとまともな人に会えた気がする」
祐一がそう思うのも仕方が無い。
その様子を見て若干顔をほころばす保険医。
よほどそう言った時の祐一の顔が切実だったのだろう。
クスクスと笑いながら、掌に聴診器を具現化した(……)
「それもエレメントですか?」
「えぇ、そうよ」
淡い笑みを浮かべると聴診器型のエレメントを祐一の頬にかざす。
すると顔にあった傷の全てが一瞬の間に治ってしまった。
「すげえ! あっという間に治っちまった……」
此処に来るまでに見たのが攻撃タイプのエレメントばかりだったので、少しばかり過剰に驚いている。
「これは治療専門だからね。私は保険医の鷺沢 陽子。困った事があったら何でも相談してね」
「先生! 巧海がまた発作を起こして………!!」
陽子が自己紹介を済ませた直後、酷く慌てた様子の舞衣が保健室に入って来た。
その隣には舞衣の肩にぐったりとした様子の少年の姿があった。
尋常じゃないその様子に陽子は慌てて席を立つ。
「直ぐ横にして! こっちのベッドに……!!」
慌しく作業が進む中、祐一が同じ部屋に居る事に気がついた舞衣は一瞬体の動きを止めてしまう。
「早く!」
その様子を見た陽子から叱咤の声が上がる。
「あ……はい」
バツが悪そうに視線を外す舞衣。
しかし祐一はそんな舞衣の様子に気付かずただ一点のみを見ていた。
巧海と呼ばれた少年である。
(何だ? この邪気とも妖気とも違うこれは……)
祐一の眼には巧海の体全体に薄黒い靄のような物が纏わりついているのが見えるのだ。
「ごめんね、お姉ちゃん。また迷惑かけて……」
祐一がそうしている間に巧海が薄っすらと目を開け、舞衣に言う。
「何言ってんのよ巧海………」
「今日は気分良かったから、大丈夫だと思ったんだけど…」
「気にしなくて良いから」
舞衣は巧海にそう言うと、そっと頬を撫でた。
祐一はそんな二人の様子をじっと見つめていた。
そうしているうちに舞衣は保健室を後にした。
「鴇羽さんね」
舞衣が部屋を後にし、少し時間が経った後、陽子がそうきりだした。
「早くに両親をなくして姉弟二人きりなの」
祐一はただ静かに聞く。
「巧海君は生まれつき体が弱くて、今日も二ヶ月ぶりに登校してきたの。海外での移植手術が受けられれば良くなるって聞いたわ………」
「彼女、その費用を稼ぐ為にいくつもバイトの掛け持ちしてHiMEとして戦う事で奨学金も受けたわ」
「そしてドナーが見付かった、って時にはすごく喜んでいた。でも結局―――そのドナーとは適合しなかった」
そこまで聞いて祐一が口を開いた。
「ぶしつけな質問で悪いんですけど……彼の悪い所って何処なんですか?」
「心臓よ」
それを聞いた祐一は一旦瞳を閉じて意識を集中させる。
祐一が再び眼を開けた時には、そこに映る全てが一変していた。
―――万物には氣と呼ばれる物が必ず存在する。
それを視認する事が出来れば、氣の流れの良し悪しによってその人物の何処が悪いのかを看破する事が出来るのだ。
祐一の眼にはその流れが見えるのである。
楯一族の中で祐一をあわせても、歴史上四人しか使い手が居なかった瞳―――神眼である。
(これは……!)
神眼を開放し、もう一度巧海の体を見た時、祐一は驚愕した。
氣の流れに異常が無いのである(………)
この場合、異常がない事が異常であった。
何故なら前述した通り氣の流れが正常であるなら、体に疾患など無い筈なのだから。
ドナーが適合しない、というのも頷ける。
そもそも心臓に欠陥が無いのだから当然だろう。
しかし、此処で一つ新たな疑問点が浮上してくる。
巧海のこの発作である。
氣の流れを見る限り何処にも異常は無い。
つまり本来なら巧海は健康体でなければならないのだ。
しかし、実際は発作を起こしている。
これはどういう事か?
祐一は暫し思考の海に沈んだ。
原因の検討はついている。
―――そう、巧海の体に纏わりついて見える、黒い靄だ。
これが何らかの作用を及ぼしているのは間違いなかった。
とはいえ、その靄が発生する原因がわからない以上お手上げだった。
そもそもこの黒い靄に気付いている人間が他に居るかどうか。
それすらも怪しい。
兎も角、祐一は一旦思考を止め、神眼を閉じた。
「……それで、何でこんな話を関係の無い俺に?」
「私、これでも人を見る眼は自信あるんだ♪」
保健室を退室した後、祐一は舞衣の事を探していた。
暫くうろちょろしていると、前に舞衣の姿を見つける。
「鴇羽!」
小走りで舞衣に近づく。
「あー、なんだ。保険医の先生に聞いた。その、弟さんの事」
それを聞いた舞衣の表情が自嘲気味に変わった。
同情されていると思ったのだろう。
それに気付いた祐一は慌てるように続ける。
「同「ストップ! ―――先に言っとくけど、俺は同情が大ッ嫌いなんだ。だから、これから言うのは同情抜きの紛れも無い本心」
瞬時に台詞をさえぎられあっけにとられる舞衣。
「つーか、こう言うのも同情って言うのかもしれないけど、俺にそのつもりは無いって事は知っておいてくれ」
そう前置きして祐一は続けた。
「弟さんの事大変だって事も、お前がそれで頑張ってるって事も聞いた。だから頑張れとは言わない。無責任だしな」
まっすぐに舞衣を見据える。
舞衣の方はキョトンとしている。
「たけど―――泣きたい時はちゃんと泣け。辛い時は辛いって言え。苦しいって時は苦しいって言えばいい」
「お前は一人じゃないだろう? 泣きたい時や辛い時、苦しい時。誰かを頼っても良いんだ」
「何でも一人で抱え込むな。一人で全部をこなそうとするな。少なくとも―――此処に一人、お前を心配する奴が居るって事を、忘れるな」
トントン、と親指で自分の胸を指す。
「まぁ、俺が言いたい事はそれだけ」
「……何でそんなに優しくすんのよ」
暫くの静寂の後、ポツリと舞衣が呟いた。
「ゴメン、ちょっとだけ。ちょっとだけだから……」
そう言うと舞衣は祐一の胸に頭を預け、嗚咽を洩らし始めた。
祐一はだまって頭を撫でた。
「ふーん……アレが彼女達の鍵かぁ」
丁度、そんな二人の様子を見ている者が居た。
「じゃあ新しい演目を用意しないとね……」
―――闇が嗤った。
一方、泣き止んだ舞衣はまともに祐一の顔を見れずに居た。
今まであんなふうに誰かの胸で泣いた事など無かった舞衣は、今になって急に恥ずかしくなったのだ。
そんな時、舞衣の携帯に二三から連絡が入る。
そう、オーファン出現の報告だ。
「オーファンが!? すぐに向かいますッ!」
電話を切り、祐一の方に向き直る。
「貴方は今すぐ避難して!」
祐一の返事は聞かずに飛び出す。
その様子を見た祐一は、やれやれといわんばかりに肩を竦めた。
続
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神
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