「は、はい〜〜〜!?」
舞衣がお約束の声を上げ、ごろにゃん状態の命を見て口をパクパクさせている。
命は舞衣にもなついているが、出会いがしらにこのような事をされた事は無かった。
命がここまで懐いている、というアピールをしたのは始めてみる事だったのだ。
「ん? あー、そうかまだ説明してなかったっけか……」
祐一は若干めんどくさそうに頭を掻いた。
まぁ実際にめんどくさい、と思っていたのだが。
「き、ききききさま! そんな幼い奴になんてことを言わせてるんだ!!」
なつきはなつきで何やら勘違い。
顔を真っ赤に染めて銃を向けている。
「ほぇー」
あかねに至っては未だに別世界に旅立ったままだ。
目が虚ろでちょっとアブナイ人になっている。
「って、ちげぇよ! 俺と命は同じ村の出身なんだ。ガキの頃から俺がめんどー見てたからな。兄上ってのはそのせいだ」
元々楯一族は他人――というよりも外界――との交流が少ない。
自分から進んで交流を持つ時は退魔の仕事の時ぐらいなものだ。
彼等は金銭等の知識を持ってても其れを活用する必要が無い――村全体が自足自給の生活の為――ので、必然的に外との係わりが減るのだ。
閉鎖された空間で外界との接触を絶つと、自然と近所間や村全体で交流を持つようになる。
そのせいか、村の全体が一つの‘家族’のような雰囲気になる。
その結果子供達は皆兄弟のように育っていくのだ。
祐一と命もそんな関係だ。
近所で年齢が最長に近かった祐一が、他の子供達に自然と兄のような感じで接するようになる。
そうすることで祐一より年齢が低い者達は、自分の相手をしてくれたり、色々な事を教えてくれる祐一を『兄』と慕うようになるのだ。
その結果の一つが今の命と云うわけである。
もっとも、命の年齢で未だに彼の事を兄と呼ぶのは少数派なのだが。
「……と、言う訳だ。実際に血の繋がりはねーけど、まぁ俺が兄貴変わりに面倒見る事は多かったな」
「ふ〜ん」
じとー、と言う擬音があいそうなぐらい祐一を半眼で見つめる舞衣。
未だにほえーっとしているあかね。
何を想像しているのか、先程から赤くなってもじもじしたりと忙しいなつき。
そして相変わらずごろにゃん状態の命。
人知れず、祐一は溜息をつくのだった。
舞-HiME
―姫を守護する者―
第四章 トラブルだらけの学園生活
ぽかーん。
表現するならそうか。
「………」
今現在、祐一は男子寮の前に来ていた。
オーファンの騒ぎがあってから既に半日以上が経っている。
授業が終わったので(ちなみに祐一のクラスは真白の陰謀か、舞衣やなつき、あかねと同じクラスだった)、部屋に帰ろうとしたのだ。
しかし寮の前に来て見てあらびっくり。
何故か祐一の部屋の部分だけが綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
いや、正確には祐一の部屋から下が真っ二つ、か。
祐一の部屋の外側半分が、綺麗さっぱり切り落とされていたのだ。
しかも祐一が見る限り、何か鋭利な物でスッパリといった感じだ。
明らかに刃物的な物で斬った感じである。
建物三階分をすっぱりなので、些かスケールがでかすぎるが。
周りが騒いでいる中、祐一は風華に来る直前のやりとりを思い出していた。
―――四日前
「爺様、話しって?」
「うむ。一つ忠告をな」
「忠告?」
怪訝な顔で目の前に居る祖父、裕次郎を見る。
忠告と言うからにはこの爺様の先見が関係する事は容易に知れた。
―――先見。所謂予知能力というやつだ。
楯一族の人間は、えてしてそういった特殊な力に目覚めやすい。
裕次郎の先見しかり祐一の神眼しかり。
先見と言っても従来は可能性ある未来の一つを見る、と云う能力で的中率はさほど高くない。
が、それはこの爺様に限っては別と言えた。
祐一が一族の歴史的に見ても珍しい神眼に目覚めたように、この爺様の先見の的中率は異様に高かったのだ。
その的中率はほぼ100%といえるだろう。
楯一族の本家である楯家の人間には、こういったケースが多いのは余談である。
「まぁアレじゃ。舞には関係ないが、お主には関係あることでな」
「出発の用意がまだ完全じゃないから、出来るだけ手短に」
一応今まで世話になった人なので、形式を重んじて正座で相対する祐一。
普段の祐一は世話になったかなってないかで態度を変える人間なのだ。
正直な話し明日に控えた引越しの準備を進めたかったのだが、自分の祖父の呼び出しを断わる、という選択肢は元から無かった。
生まれや天之尾羽張に‘選ばれた’事など、色々と大変な事はあったが、自分に生き方を教えてくれた人物を無下には出来なかったのである。
祐一にとっては親代わりだ(ちなみに祐一の両親は里を出て既に居ない)
まぁ、天之尾羽張に選ばれた事により背負う事になった使命に関しては、正直な所勘弁願いたい類のものだったが。
それを差し置いても今の楯 祐一を形成するに至って、一番世話になったのはこの祖父なので、大概の願いは聞いてしまうのだが。
「では手短に言おう。―――お主、寮の部屋には大切な荷物を置かんほうが良い。それから、剣に注意じゃ」
明日の天気を話すかのような気軽さでそう言う裕次郎。
「そして最後に、手紙にも注意しろ」
「?」
「それだけじゃ」
それだけ言うとお茶をすする。
もう話は無いようだった。
しきりに首をひねりつつ、祐一はその場を後にすることにした。
―――寮の部屋には大切な荷物を置かない方が良い。剣と手紙に注意しろ。
「こ、こーいう事かあのくそじじぃぃぃぃぃぃいッ!!」
思わずそう吠える祐一だった。
裕次郎の教育を受けた祐一は、この手の簡単な‘暗号’には慣れていた。
ことの真相はこうである。
寮の部屋に大切な荷物を置くな――→部屋が破壊されるから注意しろ。
剣に注意――→命(ミロク)に注意。
手紙に注意――→恐らく命に対するなんらかのメッセージ。
つまり、高等部より授業が早く終わった命(中等部)が、祐一に早く会いたいが為に寮に侵入。
その際、命あて(恐らく祖父か真白から)の手紙を発見、此処にあるのを疑問に思いながらもそのまま拝読。
中に命が怒るような何かが書いてあったのだろう。
怒りに任せて手紙真っ二つ。
ついでに祐一の部屋も真っ二つ。
部屋の破壊に命の存在、そして手紙という言葉において此処まで連想できる祐一も大したものだ。
恐らく裕次郎は先見によってこれを知っていたのだろう。
と、いうことは命の事も気付いていたという事か。
………もっとも、手紙に関しては面白がった祖父が自主的(?)にやった可能性がたぶんにあるが。
◆ ◆ ◆
と、言う訳で現在は理事長室である。
今この部屋には当事者である祐一と命の他に、理事長室の主である真白に二三、そして命のルームメイトの舞衣の姿があった。
中でも注目を集めるのは思いっきり沈んだ命の姿。
「兄上……」
何時もの元気がなりを潜め、しょぼーんとしている。
見ようによっては項垂れた子犬か。
その姿に思わずきゅんとなる舞衣だったが、慌てて首をぶんぶんと横に振った(彼女は母性本能が人一倍強いのだ)
それを尻目に、祐一は命の頭を撫でてやった。
「とりあえず過ぎた事はしょうがないとして……俺はどうすればいい訳?」
どうすれば、とはつまり住む場所である。
今回の一件で破壊された祐一の部屋の修復には暫く時間がかかる。
その為、その間の下宿先を決めなければいけないのだ。
ちなみに、質問の先は真白だ。
「私と一緒に、っていうのも魅力的だったんですが、流石にこれ以上命さんを刺激したくありませんから」
あんたが原因かい。
思わず祐一はそう突っ込みたくなった。
裕次郎が言っていた手紙(ないしメッセージ)を出したのは真白だと言う事になる。
一体どんな手紙を出したのだか………。
「今回の直接の原因は命さんなので、男子寮が直るまでお二人の部屋に祐一さんを泊めて貰おうと思うんです」
そこで、命とそのルームメイトである舞衣が出てくる訳だ。
「うぅぅ」
舞衣としては流石にお断りします! と言いたい所なのだが、命がやけに嬉しそうなので断わるに断われない。
今回の騒動の直接的な原因は命なので、その彼女に責任を問い、同居の同意を得るだけなら実は簡単だ。
なにせ命にとって祐一は兄上なのだから即断でOKが出る。
しかし実際は命にルームメイトが存在する訳で。
「あの……他の場所ってのは使えないんですか?」
一応念の為に、と聞いてみる舞衣。
「実は被害にあったのは祐一さんの部屋だけじゃないんです。その関係で予備の部屋は全部埋まってしまっていますから」
「はぁ……解りました」
真白のその台詞を聞き、そして自分の妹分が喜ぶ姿をみて更には原因がその妹分だと言う事もあり、ついつい許可してしまう舞衣だった。
「それじゃあ同意書にサインをお願いします」
舞衣がサインをし終わると、真白は祐一の方に向き一言。
「えっちな事をしたらいけませんよ?」
赤くなり抗議をする祐一を見て、早まったかな、と後悔する舞衣だった。
所変わって風華学園女子寮。
理事長室で祐一の事を任された舞衣は、すぐに祐一を案内していた。
「―――で!? 何だこれは」
祐一の指す方には赤いビニルテープが張られている。
「此処からそっちがあんたの陣地。こっちが私と命の陣地よ」
真白のえっち発言がいけなかったのか、舞衣はすっかり祐一を警戒していた。
「言いたい事というかやりたい事は解らんでもないが、これはいいのか?」
これとは―――
「〜〜〜♪」
そんな事は知った事かと言わんばかりに祐一にじゃれ付く命の事だ。
「……………まぁ、そこは譲渡しましょう」
舞衣も命には甘いのである。
「ま、そう心配するな。俺も寝込みを襲うような趣味は持ってないから。まして、女に迷惑かけるような事はぜってーしねぇよ」
「そ、そう? それなら良いんだけど……」
そう言い切った祐一にちょっとだけ顔が赤くなる舞衣だった。
そんな舞衣の様子に目ざとく気付いた命は、祐一と舞衣を見比べると、再び祐一にきつく抱きついた。
「いくら舞衣でも兄上は渡さないぞ!」
迷った末に、舞衣のほうに釘をさす事にしたらしい。
ふ た り
その様子に苦笑いするしかない祐一と舞衣だった。
続
後書き
というわけで第四章。
色々と難産な回でした。特に題名が(ぁ
今回で色々と祐一君の事、より正確に言うと楯一族の事にふれましたが、多分わかりにくかったと思います。正直な話。
なので、詳しく知りたい方は(多分この次の話があがってる頃には出来ている)用語集の方をご覧下さい。
一応楯一族の事やこの作品でのオーファンの位置づけ、後は能力(先見や神眼)の事を簡単に書こうと思ってます。
物語の確信に近い所のものが多々ありますので、そこら辺は作品が進むにつれ随時追加していこうと思っています。
まぁ、この時点での用語はそんなに多くないので、用語集というほどの物でもないでしょうが。
ちなみに今回この後書きの下にはオマケがあります。良かったらどうぞ。
では、また次回にお会いしましょう。
オマケ(ことの真相)
祐一が男子寮の前で呆然とする、更に一時間前。
中等部の命は祐一より早く授業が終わった事をいい事に、祐一の住む男子寮へと向かっていた。
この学園に来たのが中等部の一年の時――外部からの編入という事になる――なので、祐一と会うのはかれこれ約三年ぶりだ。
命の両親は早くに仕事で亡くなったので、命の面倒は当時近所に住んでいた祐一が全面的に見ていた。
命はそんな祐一を兄上と慕い、とても懐いていた。
命と同年齢の人間で祐一を兄と呼ぶのは、もはや命位なのだが、彼女が未だにそう呼ぶのはそのせいだ。
そんな事もあってか風華に行くのには随分と駄々をこねた記憶がある。兄上は随分と困っていたな、と命は当時に思いを馳せた。
命は人知れず微笑んだ。それを近くで見た同じ中等部の人間は目を剥き固まっていたが、命は気にしなかった。
兄上にあえた! これで前のようにまた甘える事が出来る。
命の頭にはそれしか無かったのである。
はやる気持ちを抑え男子寮の前に立つ。
流石にそのまま入るような真似はせず、寮長に話を通す。合鍵を受け取るためだ。
最初の頃ならドアを破壊してでも部屋に入っただろう。
命も成長したものだ。
「……楯君かい? それなら三階の一番左奥の部屋になるよ」
寮長は命と祐一の関係を聞くと頷きつつ合鍵を渡した。その顔は微笑ましい物を見るものだった。
どんな話をしようか。三年間会わなかった分、話したい事は沢山あった。
祐一の部屋の前に立ち、合鍵で中に入る。
部屋の中は殺風景だった。どうにも荷物が少ない。
命は首をかしげた。
必要最低限の物はあったが、祐一の趣味のものなど、個人的なものが少なかったからだ。
―――ちなみに、祐一は祖父の助言通り大切な荷物は別の場所に預けておいた。部屋が殺風景なのはそのせいだ。
疑問に思いつつもきょろきょろと部屋を見渡す。
と、机の上に手紙を見つけた。何故かあて先は自分になっている。
『命さんへ』と書かれているそれは見た限りでは真白の字だ。命は知り合いの筆跡は間違えない。
「――――――ッ!!!!」
手紙を読んでいた命が止まった。体がぶるぶると震える。
それは怒りによるものか。
兎も角、兄上との再会を邪魔された命はあっさりと理性を手放した。
「兜卒剣ッ!!」
怒りに我を失った命は思わず抜刀。
ミロクが変形し、巨大な剣に変質する。これぞ命を対オーファン部隊最強せしめるエレメント、ミロクの真の姿。
その力はチャイルドを持つ舞衣やなつきにさえ匹敵する。
その頃外では、行き成り天井を突き破って出て来た刀身に唖然としているのだが、この時の命が知る由も無い。
そのまま手紙を真っ二つに切り裂く。
―――ついでに、祐一の部屋から下が真っ二つ。
命が正気を取り戻した時には、既に祐一の部屋は見るも無残に破壊された後だった、と言う訳である。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
神
威さんへの感
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