デジモンアドベンチャーIF
―月と太陽―

第二楽章  爆誕、グレイモン!



「クズ流?」

「あぁ、九頭竜だ。九つの頭を持つ竜って書いて九頭竜」

 九頭竜。それが太一が老人に教わった拳法の名だった。

 この九頭竜とは深海の大破壊竜の気脈を人間の体で再現する技術の事を指す。

 熟練した使い手は拳銃の弾丸を見切り、水上に立ち、厚い鉄板を抜手で貫くことも出来るという。

 歴史上最後に九頭竜が確認されたのは1944年の満州において関東軍731部隊の一兵士が使用した時である。

 その特性上武術というよりは、仙術に対抗するための仙術(対仙術仙術)であるとされる。

 伝承によれば周の時代、崑崙の太上老君や羌子牙の弾圧に対抗して、蓬莱山の東から現れた巨大な竜が教えた気脈の使い方が起源。

 竜の弟子となった者たちは羌子牙や太上老君を倒し、仙人たちを崑崙に封じた後その奇怪な戦闘術に師である竜の名を冠したという。

 特徴は攻撃と返しの技が右半身と左半身に完全に分かれていることだろう。

 右の攻撃を右竜、左の返しを左竜と称する。また、女性の使う女竜という系統も存在する。

 それが太一の口から伝えられた全てだった。

「にわかには信じがたいが……」

「とはいえ目にした事を否定する訳にもいかないし ね」

 そんな太一の説明を聞いたヤマトと丈は、この非常識な話にどう反応するべきか困っていた。

 行き成り仙術だのなんだのと言われても困ってしまうものだ。

 そんな中で、別の意味で興奮している光子郎とミミを見てるとある意味単純でうらやましくなって来る。

 タケルに関してはまだ幼いが故の反応だろう。

 このぐらいの年の子はヒーローに憧れるものである。

「その九頭竜は太一さん以外にも使い手がいるんですか?」

 そんな光子郎の質問に太一は若干思案し、答えても特に支障はないだろうと判断した。

 別にこの程度の情報を伝えた所で何が変わるという訳でもない。

「俺が知ってるのは、俺に九頭竜を教えてくれた師と兄弟子の鷲士さんぐらいかな。それ以外に使い手が居るかどうかは俺にもわかんねぇや」

「結構数が少ないんですね」

「マイナーっていうより、使い手になれる奴(…)が少ないんだよ」

 そんな太一の答えに話を横で聞いていたミミが口を挟む。

 そうそうに悩む事をやめた空も太一たちの会話に加わる。

「ねぇ太一。それってどういうこと?」

「こいつを扱うのには大前提として自分のファントムを支配下に置く必要があるんだ」

「ふぁんとむ?」

 ミミが首をかしげる。

 太一はそんなミミの様子に微笑を浮かべて続けた。

「よし。三人とも、右手をあげて」

 三人は素直に右手を上げた。

 しかしこれが何を意味するのか、正直理解できない。

 とはいえ何の説明も受けてない状態ではそれも仕方のないことだろう。

「じゃあさ。今自分がどうやって右手をあげたか、説明出来るか?」

「……そういうことですか」

「うーん、良くわからないわ」

「え? え?」

 これだけでわかった光子郎は流石、というしかないだろう。

 この場合は
ミミの反応が普通である。

 そもそも太一とて自分できちんと理解している訳ではない。

 彼が今から説明する事は全て当時太一自身が師から聞いた物をだからだ。

「光子郎はわかるみたいだな」

「こういった分野は僕の得意とする所ですからね」

 太一はその言葉に頷いた。

 事実光子郎はこういった分野や機械に関して非常に豊富な知識を持っている。

 この年齢でそういった分野に精通しているのは、太一が知る限り光子郎ぐらいなものだった。

「大脳が発した信号は小脳に代表される運動中枢を経て神経によって腕へと伝えられる。
 それによって実際に行われるのは筋肉繊維の伸縮って訳だ。その結果はじめて腕が上がるんだ」

 とはいえ、他の面々はこの説明を受けても今一理解できない。

 これを完全に理解できる光子郎の方が凄いのだ。

「続けるぞ? で、筋肉繊維の伸縮なんてものは、実際に意識することはない。
 脳における自我以外の部分、いわば意識下に潜む第二の自分が、その細かい部分を水面下で代行しているんだ」

「それが要するにファントムってこと?」

 空の質問に太一は頷いた。

「このファントムってのは常に自分をサポートしている。
 喋る時も、息をする時も、何かを見る時も。
 これって自分でこうしようと意識してやってる訳じゃないだろ?」

「確かにそうですね」

「これは人間をやっていく以上、必要なものなんだけど……」

「要するにそのファントムが、九頭竜という拳法を使う上では枷になるんですね?」

「ま、そういう事だ」

「それとくずりゅーの使い手が少ないのと、関係があるの?」

 太一はミミのその言葉に頷いた。

「さっきも言ったようにファントムを制御下に置けることが大前提な訳だけど、これがすげぇ難しいんだ。下手をすると生死にかかわる」

 その言葉に、会話に加わってなかった丈とヤマトも息をのむ。

「俺の師匠はファントムを制御下に置く為に、まず最初に相手のファントムの大部分を切り離す」

 そしてその事実に驚愕した。

 それはつまり、情報が溢れる、という事をさす。

 何故ならファントムは
細かい部分を水面下で代行す るからだ。

 つまり、必要な物だけを選別するのだ。

 しかしそれを切り離したとなるとその情報量は膨大なものとなる。

 今までの話を聞けばその程度の事は理解出来た。

「死ぬまでにそれが出来なきゃ、そりゃあっさり死んじまうに決まってる」

 体を動かすのにファントムが指示を送っているのなら、それを切り離せば動けなくなるだろう。

 そうすると下手をすれば物を食べる事も出来ずに餓死する事になる。

 まさに生死にかかわる、という訳だ。

「その状態で動けるようになる、という事はつまりファントムを制御下におけるってことだ」

「理屈で言えば解りますけど。流石にリスクが大きすぎます!」

「あぁ。光子郎の言う通りだな。だから九頭竜は使い手が少ないんだ。強くなりたいだけだったら、他にも方法は沢山あるからな」

「じゃあ太一はなんで九頭竜を?」

 空の質問に、太一は何とも言えない表情をした。


「……変えたかったんだ。弱かった自分。何も出来なかった自分。後悔だけは、もうしたくないから」


 太一はそう言った。

「九頭竜だったのは実の所たまたま。偶然噂を聞いて、今の師匠を見つけて。それで無理を言って頼み込んだんだ」

 無理に頼み込んだ、というのは実に太一らしい。

 空はそう思った。

 太一はどちらかというと直感などで動くタイプだという事を、空は良く理解していた。

「さて、とりあえず話はここまで。そろそろ移動を再開しよう」

「ちょっと待った」

 太一が移動の再開を提案した所で丈からストップがかかった。

「今更元の場所に戻ろうとか、大人を待つべきだとは言わないけど、もう少し休憩していかないか?」

 視線の先には疲れ果てたデジモンたちの姿がある。

「彼らの消耗も激しい。何時襲われるか解らないんだから、万全をきすべきだと思わないかい?」

「そうだな……。ここら辺でどの道を進むかも決めた方が良いし、それに丈の言う事にも一理ある」

 そんな訳でもう暫く休憩をはさむ事になった。

 その間太一と光子郎、そして丈の三人はどう進むかで相談をしていた。

 結果、川沿いに進めば海に出るだろうと推測し、とりあえず川沿いに歩く事に決めた。

 暫く休憩し、万全とはいいがたいがある程度デジモンたちの体力も回復した。

 一行は移動を再開した。



◆ ◇ ◆ ◇




「ん? ……海のにおいがしてきた!」

 ガブモンが鼻をひくつかせていった。

 その言葉に追従するようにゴマモンが声をあげる。

「見えたよ。海だ〜い!」

 視線の先に海が広がっている。


 ジリジリジリーン


「……ん?」

 太一は思わず首をかしげた。

 この場では聞けない筈の音を聞いた気がしたからだ。


 ジリジリジリーン


 が、どうやら聞き間違いではないようだ。

 これを聞いたのが太一一人ではなかったからだ。

「こんな場所で電話の音?」

 空が怪訝な顔をした。


 
ジリジリジリーン


 音はどうやら進行方向――海の方から聞こえているようだった。

 一同は顔を見合わせ、とりあえず進んでみる事にした。


 ジリジリジリーン


 音がはっきりと聞こえてくる。

 いてもたってもいられなくなり、一同はいつの間にか走り出していた。

 視線の先にはいくつかの電話ボックスがある。

 電話ボックスの前に来ると太一は迷わずドアを開けた。


 ジリジリ……


「とまった」

 ドアを開けた瞬間、電話はとまった。

 一同は電話ボックスの前に集まり、この不自然な光景について話し合った。

「こんな所に電話ボックスなんて……」

「あからさま、というより不自然過ぎですね」

「あぁ。でもどう見ても普通の、俺たちが良く見る電話ボックスだよな」

 ヤマトの言葉に一同は頷いた。

 その電話ボックスの形は、彼らが住む日本にあるものと全く同じ形をしていた。

「じゃあやっぱりここは日本なのかな……?」

「日本? 丈、なんだそれ」

 その言葉に丈はゴマモンの方を見た。

「……仮に日本だとしても、ゴマモンたちのことが噂にすらなってないってのはおかしいか」

 そう納得する。

 やはりここは日本ではない、別のどこかだろう。

「下手をすると地球ですらないかもしれませんしね」

「確かに。地球上でこんな生物が存在する、って話はないしな」

 光子郎とヤマトの会話に、一同は再び首をひねった。

 それではここは一体どこなのだろうか。

 ヤマトたちが色々と考察をしている中、太一は電話ボックスの前でごそごそとしていた。

「……? 太一さん、何しているんですか?」

「これ使えないかなー、と思ってさ」

 これ、と電話ボックスを指差す。

「繋がる可能性があるし、念の為家に電話してみようと思ってさ」

「あぁ成る程。それなら僕、テレカ持ってますよ? お貸ししましょうか」

「お。助かるぜ」

 太一は光子郎からテレカを受け取り、電話ボックスの中に入る。

「あ、僕もママに!」

 太一に続いてタケルが電話を試みる。

 そんな二人の様子を見てミミ、光子郎の二人も電話ボックスへと向かった。

 それに続くようにヤマト、空、丈の三人も電話を試みる。

 ところがどの電話も繋がらない。

 天気予報や時報など、押した電話番号とは別の所につながる。

「駄目だ。親父の携帯にかけてみるか」

 ヤマト、タケル、の二人が肩を落とす。

 そんな二人の様子を見て、自分のパートナーである光子郎の方を見るテントモン。

 光子郎も二人と同じく肩を落としていた。

「何なんでしょう。この電話」

 テントモンは隣の電話ボックスに居る空の方に声をかける。

「……そっちはどないなあんばいでっか?」

「何か駄目みたーい」

 答えたのはピヨモンだった。

 他の面々も同じ、どこにもつながらないようだった。

 一同はそのまま電話ボックスを離れた場所に集まった。

「………」

「太一の奴、まだ粘ってるのかな」

 空の視線の先には電話ボックスの中に居る太一の姿がある。

 電話ボックスから一度も離れていない。

 少し離れたところに丈の姿もあるのだが、そちらは目に入ってないらしい。

「ちょっと見てくる」

 そんな太一の様子が気になった空は他のメンバーにそう言うとその場を離れた。

「太一、繋がった?」

「いや。というかまだ一回目なんだけど電子音がずっと続いてるんだ。それがちょっと気になって」

「程々にね?」

「おう」

 空の言葉に頷き、視線を電話機に戻す。


『これぐらいなら私の力で……』


 声が、聞こえた気がした。

 何故かその声を聞いたとき、太一は懐かしい感覚を覚えた。


……けほっ。はい、八神です』

「あ、ヒカリか? 母さんは?」

『お兄ちゃん? 今は私だけ。お母さん、急に用事が出来て出かけちゃったから。私が行って、って言ったんだよ』

「そっか」

『どうしたの?』

「ちょっと様子が気になってさ。ご飯、ちゃんと食べたか?」

『うん。お母さんが作ってくれた』

「薬は飲んだか?」

『うん』


 そこまで聞いて太一はホッとした。

 太一には今の自分の状況を伝えようという気はなかった。

 そんなことをすればヒカリの病状が悪化する可能性があった。

 今は余計な心配をかけたくない。

 しかし今から言う事は同じような負担を強いるかもしれない。

 それでも、彼にはどうしても伝えたい事があった。

 そんな彼の様子を、他のメンバーは黙って見ていた。

 太一の妹が風邪で今回のサマーキャンプに来れなかった事を知っていたからだ。

 光子郎や空、ミミの三人はヒカリと面識もあり、彼女の体が弱い事も知っていた。

「ヒカリ。兄ちゃん、暫く家に帰れないかもしれないんだ。でも、心配するな」


 ―――絶対に帰るから。


 そこにはどれだけの気持ちが込められていただろう。

 必ず帰るという、強い意志が見えた。

『うん。待ってる』


 ツー、ツー、ツー


「……太一?」

「必ず、帰るから」

 その横顔は決意に満ちていた。

 至近距離でそれを見た空は思わず赤面する。

 ここまで真剣な顔を見たのは、以前あったサッカーの決勝戦以来だろうか。

 太一はそんな空に気づかずメンバーの元に行く。

「悪い。繋がったけど俺たちの状況、伝えられなかった」

「しょうがないですよ。出たの、ヒカリさんなんですよね?」

 光子郎の言葉に太一は頷いた。

「病は気から、と言いますし。彼女にこれ以上心配をかける訳にもいけませんしね」

「そう言ってくれると助かるぜ」

 そういってチラリと電話ボックスのほうを見ると、相変わらず丈が粘っているのが見えた。

「丈もまだやってるのか?」

「そうみたいですね」

「また繋がるかもしんねーし、それに腹も減ってきたし。ここらでもう一度休憩するか」

「あぁ。俺もそれに賛成だ」

「とりあえず食料を探そう。誰か、持っている奴いるか?」

 太一の言葉に、一同は自分が持参したものを見せ合う。

「私は携帯用の救急セットだけ」

 空が出したのは包帯や絆創膏など、携帯用の救急セット。

「僕はこのパソコンとデジカメ、携帯電話。でもここに来てからどれも繋がりません」

「バッテリーは?」

 光子郎が見せるパソコンを眺めながら太一が聞く。

「まだ余裕がある筈です」

「電波状況が悪いってことか」

「原因はそれ以外に思いつきませんね。太一さんは?」

「俺?」

 そう言ってポケットを漁る。

 手にとったのは一つの単眼鏡。

「俺はこれと……」

 続いて腰につけていた小さなバッグを漁る。

「後は念の為に持って来た乾パンぐらいかな」

 そこから出て来たのは缶に入った乾パン。

「とりあえず昼食分は確保出来ましたね」

「食べ物は持ってないな」

 太一に続いたのはヤマト。

「僕、持ってるよ。ほら」

 タケルのかばんの中にはいくつかのお菓子が入っていた。

「ミミちゃんは何を持ってるの? そのかばん、大きいけど」

「これ?」

 ミミのかばんから出てきたのは、固形燃料、釣り糸セット、コンパスに懐中電灯。

「結構本格的なサバイバル用品だな……」

 ヤマトが呟く。

「せっかくキャンプに来るんだからって、パパの道具借りて来たの。内緒で」

 その言葉にこれらの道具が無断で持ち出されたものだとしり、あきれる一同。

 とはいえ、現状では何らかの役に立つだろう。

「丈はまだ電話しているのか? あいつの持ち物も確認しておきたいんだけど」

「流石に丈さんでも食べ物は………あ」

 そう言いつつ丈の方を向いた光子郎の目には、丈の持つ非常用のバッグが映った。

「あれ、非常食の入ったバッグですよね!?」

 その声につられて太一たちも丈の方を見る。

「間違いないな。おい丈! 非常食持ってるじゃないか」

「え?」

 受話器から耳をはなし、丈が太一の方を向く。

「何で僕がそんなものを持たなきゃいけないんだよ」

「だってそのバッグ……」

「あ!」

 丈によると、このバッグはミミに届けるものだったらしい。

 非常食当番だったミミがバッグの重さに持てなかったものだったのだ。

「ちゃんと管理しておかないと駄目じゃないか!」

「まぁまぁ、注意も程々にして。これでとりあえず食料の確保は出来たな」

 とりあえず太一は丈を抑える。

 責任問題として注意は必要だろうが、今は先に食事にするべきだと考えたのだ。

 注意も程々に、丈は非常食が入ったバッグの中身を出した。

「非常食は一班につき三日分。僕の班は六人だったから……」

「6×6×3の五十四食ですね」

「そう! それを七人でわけるから……」

「二日半ですね」

 流石は光子郎、といったところか。

「でもデジモンたちの分もあるから実際にはその半分。一日ちょっとよ?」

「あ、そうか……」

 空の言葉に丈が頭を抱える。

「あ、でも太一さんも乾パン持ってましたよね」

「ん? あぁ。ほら」

 とは言っても缶が一つだけ。

 とてもではないがここに居る全員で食べると、非常食をあわせても二日と持たないだろう。

 もう一度頭を抱える丈の様子を見て、ガブモンが顔をあげた。

「俺たちは良いよ。自分で食べる分は自分で探すから」

「うちらは勘定にいれんでいいわ」

 そんなガブモンとテントモンの様子に、一同は驚いた。

「ホントに良いの?」

「うん、大丈夫。今までずっとそうだったんだから」

「そうしてくれるのは正直ありがたいよ。じゃあこの非常食は人間の分、ってことで……」

 丈がそういうと、後ろの方でバリボリと何かを食べる音が聞こえて来た。

 そちらに視線を向けると非常食を食べるアグモンの姿が。

「だからそれは人間用!」

「あぁ、食べ物とれるって言ったって腹減るだろうと思ってさ。俺の所から分けるから気にしないでくれ」

「そう言ったって君の分が減るんだよ?」

「二、三日なら食わなくてもへーき」

 そういってニカッと笑う太一。

 実際二、三日程度なら水だけで生活できる太一であった。

「……ん?」

 そんな中、海面にプカプカと浮かんでいたゴマモンが怪訝な声をあげる。


「ぐるるるるるるる」


 唸り声のようなものが聞こえる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 地鳴りのような音も聞こえて来た。音に気づいたピヨモンが立ち上がる。

 その鋭い視線は海に向けられている。

「どうしたの? ピヨモン」

「来る!」

 ピヨモンがそう言った瞬間、砂浜に水柱がたつ。

 その水柱は立ち並ぶ電話ボックスを次々となぎ倒していく。

 電話ボックスが空中に打ち上げられ、地面に落ちてくる。

 一同がその場を離れ、その様子を見ていると砂浜の一部分が盛り上がった!

「シェルモンや!」

「シェ、シェルモン!?」

「この辺はあいつの縄張りやったんか……!」

 その間にも事態は進行する。

 シェルモンがその巨体を現したのだ。


「ぐるるるるるるる……」


 唸り声。


「シェエルゥゥゥゥゥゥ!」


 おまけといわんばかりに、その頭から水柱が発射される。

 狙いは空やミミ、タケルの居る方向。

 突然の事で三人は反応出来ていない。


「くっ……!」


 太一とヤマトは走り出した。

 他のメンバーは散っていてとても間に合うような状態じゃない。

 ピヨモンたちが迷わず空たちの前に躍り出る。

 時間がない。


「お、」


 このままでは三人諸共、彼女らのパートナーデジモン吹き飛ぶだろう。

 そうなれば命に危険がある。


「雄ォォォォォォォッ!」


 そんなこと。彼に許せる筈もなかった。

 太一は一気にトップスピードに入ると、爆発的な加速力で空たちのもとへと向かう。

 彼女たちに逃げている暇はない。

 ならば、と彼女たちの目前でスピードを殺す。

 砂埃が舞う。

 その間に、彼は三人を射線から押し出す。

 スピードを殺したのはこの為だった。


 ズダァァン!


 砂埃がはれ、一同の目に映ったのは岩壁に打ち付けられ、左腕をおさえる太一の姿だった。

 三人を射線から逃がしたは良いが、思ったよりスピードのある攻撃に太一が避け切れなかったのだ。

 先程の加速にしても間は必要だった。

 更に言うと受身をとる暇すらなかった。

「……三人とも、怪我はないか?」

「わ、私たちは平気。太一は!?」

 空の返事に、太一はおさえていた左腕を確認する。


(痛ッ! こりゃ、左腕はやられてるな)


 幸い傷みには慣れている。

 我慢できる程度の物だ。とはいえ、処置をしなければまずいだろう。

 ここはあえて平気そうな顔を見せるべきか。

 太一がそう思案したところで、空に怪我を看破されてしまった。

 付き合いが長い光子郎も太一の変化に気づいている。

「太一、怪我したんじゃないの!?」

「左腕。多分折れてる」

 その言葉に空とミミは顔を青くする。

 タケルも泣きそうな表情をみせた。

「今はとりあえず、あいつの相手をしよう。治療はそれからだ」

 太一の強い口調に、反対する声はあがらなかった。

 空や光子郎、ミミは彼が頑固なのを知っていたし、ヤマトや丈、タケルにしてもその程度の事はわかっていたからだ。


「シェルゥゥゥゥゥゥ!」


 シェルモンは太一の方をじっと見ている。

 狙いは明白だった。

 一番傷を負っていて殺しやすい相手を狙ったのだろう。

「皆、行くぞ!」

 そうはさせない、とアグモンがデジモンたちに声をかける。

 アグモン、ガブモン、ピヨモンの三匹がシェルモンに突撃する。

 上空からは唯一高速で飛べるテントモンが奇襲をしかける。

「ベビーフレイム!」

 アグモンの攻撃が命中する。


「グオッ! ……シェルルルル」


「プチファイ……あ、あれぇ?」

 追撃しようとしたガブモンがきょとんとなる。

「マジカルファイ……ふぁあ?」

「プチサン……あぁ?」

 ところが追撃を仕掛けようとするデジモンたちが、全員怪訝な声を上げて攻撃をやめてしまう。

「ど、どうしたんです!?」

 それを疑問に思った光子郎が声を上げる。

「わ、技が全然出てない……」

 ヤマトの言葉通りだった。

 デジモンたちは攻撃をやめていたのではない。

 出来なかった(……)のだ。

「うわぁ!」

 その間にシェルモンはピヨモンへと水柱を発射する。

 スピードが落ちている分、先程の様な威力は発揮されないが、力の出ない今のピヨモンを撃墜するのには事足りた。

 そのままアグモン、ガブモンにも水柱を中てる。

 二匹ともその攻撃をまともに受けてしまう。

 遂にはテントモンまで撃墜されてしまう。

「アグモン!」

 唯一、撃墜された中ではアグモンだけが動けた。

 アグモンは再びシェルモンへと向かっていく。

「エアーショッ……うわぁ!」

 パタモンも満足な攻撃が出来ず、シェルモンの頭にあるツタのような部分で吹き飛ばされる。

「ポイズンアイビー! ……あら」

 パルモンも攻撃しようとするも、技が発動しない。

 その隙にシェルモンの頭突きを喰らってしまう。

「ベビーフレイム!」

 唯一ちゃんとした攻撃が出来るアグモンが対抗する。

 しかし若干の力不足は否めないだろう。


「シェ、シェルゥゥゥゥゥ……」


 確実に効いてはいるのだ。

「いいぞ、アグモン!」

 左腕をおさえながら、立ち上がった太一が声援をあげる。

「どうしてアグモンだけが?」

 そんな光景に疑問を持ったのは、やはり光子郎だった。

 デジモンたちの中でアグモンだけがまともに活動できる理由がわからなかったのだ。

「すんまへん。……腹へって」

「え?」

 光子郎の疑問は氷解した。

 要するに、空腹で力が出なかったのだろう。

 アグモンはデジモンの中では唯一非常食を食べていた。

 他のデジモンたちは食事の暇がなかったのだ。

「そうか、アグモンはさっきご飯食べていたから!」

 空たちもその事実に気づいたようだ。

「成る程」

「じゃあ、他のデジモンに戦う力はないってのか!」

 そんな彼らの様子を見た太一はアグモンに指示を出す。

「アグモン、ここは俺たちだけで何とかするぞ!」

「わかったタイチ」

 左腕を負傷している太一は満足に戦闘はできない。

 たとえこのまま戦っても足手まといにしかならない事は理解できるからだ。

 しかし囮ぐらいは務まる。

「こっちだシェルモン!」

 左腕の痛みを無視し、太一は走り出す。

 シェルモンの注意を引いてるの間にアグモンが倒す作戦だ。

「ベビーフレイム!」

 アグモンの攻撃が命中する。

 しかし満足なダメージは与えられていないようだった。

 シェルモンによる攻撃の矛先がアグモンへと向かう。

 その瞬間、太一は足手まといになることを承知で攻撃していた。


―九頭・右竜徹陣―


 左腕は使えないので必然的に右竜中心の攻撃になる。

 欲を言えば左竜雷掌が欲しかったのだが、この際しかたがない。

 だが半身がうまく機能しない状態では右竜の威力も半減してしまう。

 アグモンを助ける事には成功したが、逆に太一がそのツタに捕らえられる。

「グッ!」

「太一!」

 それを見ているしかなかった空から悲鳴が上がった。

 ツタに捕らえられた太一は思った以上に強い力で締め付けられている。

 左腕の痛みは激しくなる、息は苦しくなる。

 自力での脱出は不可能。まさに絶体絶命のピンチだった。

「タイチ!」

 アグモンが太一を救うべく、突撃する。

 しかしシェルモンの足に踏み潰されてしまう。

 その状態のまま、今度は闘う事の出来ない空たちに向かって水柱が発射された。

「糞ッ! このままじゃ皆が……」

 皆の様子に痛みも忘れ、太一が毒づいた。

 何とかならないのか。

 また、自分はあんな思いをするのだろうか。

 太一の脳裏にあの時(……)のヒカリの様子が浮かぶ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 太一はツタをきつく締め上げられ、たまらず叫び声をあげた。

 脳裏に、血塗れたヒカリのビジョンが浮かぶ。

 それに空たちの姿がダブる。

 その一瞬、太一の瞳が赤く染まった。目を閉じていた為にそれに気づいたものは誰一人居なかった。


「タイチ!」

「アグモン……!」

「タイチー!!」


 アグモンの太一を案じる、悲痛な叫び。

 その瞬間、太一が持っていたあの不思議な機械が光を発した。

 同時にシェルモンに踏み潰されていたアグモンの居る場所からも光があふれ出した。

「な、何だ……?」

 太一や、それを見ていた空たちからも驚きの声が上がる。

 そしてその光が新たな力を呼び覚ます!


「アグモン進化ァァァァッ! ―――グレイモン!!」


 勢いあまってシェルモンが太一を放りだす。

「うわああああ!?」

 とはいえ、流石というべきか。

 左腕をしっかり庇って受身を取っている。

 そうしてシェルモンの方に視線を向けると、そこにはシェルモンと同じぐらいの体格を持った恐竜のような生物が居た。

 太一には一番思い出深いその姿。

「……グレイモン」


「シェルゥゥゥゥゥゥ」


 シェルモンがグレイモンに体当たりしようとするが、その巨体はグレイモンにがっちりとつかまれてしまう。

「頑張れ、グレイモン!」

 自分はもう戦えない。後はグレイモンに託すしかない。

 太一はグレイモンに声援を送った。

 シェルモンがその体制から水柱で攻撃するが、グレイモンは体を右にやる事でその攻撃を避ける。

 そしてその口から炎が吐き出される。


「シェ、シェルゥゥゥゥゥゥゥ」


 水柱がどんどん蒸発していく。

 グレイモンはシェルモンを頭上に放り投げると―――


「メガ、フレイムッ!」


 渾身の一撃で攻撃した。

 そうして直撃を受けたシェルモンは海面に叩きつけられた。

 それを確認すると、グレイモンの体が光りだす。

 良く見るとだんだん縮んでいるようだった。

 その様子に走り出す太一。

 太一がグレイモンの元に辿り着く頃には、元のアグモンの姿へと戻っていた。

「アグモン、大丈夫か?」

「タイチィ」

「ん?」

「……腹へったぁ」

 そんなアグモンの様子に、太一は一瞬ぽかんとした表情を見せた。

「は、ははは。良かったぁ」

 駆け寄ってくる空たちの姿を見て、その場に倒れてしまう。

 アグモンの叫び声を聞きながら、太一はそのまま気を失った。























 



後書き

皆さんこんにちは。神威です。
前回の内容で大型のデジモンと太一(人間)では体格差がありすぎるのではないか? と思った方。
そこら辺はSSという事で大目に見てやって下さいorz
正直その事をすぽーんと忘れてました。

気を取り直して。まずは拍手の返信からさせて頂こうと思います。


>待ってました!!

大変長らくお待たせしました。
最近漸く本家の再確認が出来そうになったので、更新を停滞してたこの作品も再び動き出しました。
とは言え、改定前の作品の中で色々と改善すべき点がありましたので、今回のように改定となりました。
今後とも応援、宜しくお願い致します。


>リメイク版が気になります! 頑張って下さい!!

応援ありがとうございます。
今度は改定前よりも話が進むように頑張ります!


>デジモン再開キター 続き楽しみにしてます

楽しみにして頂いたようでありがたい限りです。
とりあえずこの作品と他の作品を平行して執筆していく予定ですので、若干時間がかかるかもしれません。
今後とも宜しくお願い致します。


>タイチ×ヒカリが見たいとかダメですか?

全然構いませんよー。
というか私が小説を書くと基本的に妹がブラコンになってしまうんですよね(汗)
これって自分の現実では叶わない願望なんでしょうかね……。
そんな訳で本作も例に及ばずブラコンになっている可能性大、ですね。
太ヒカ要素も多分に含まれる事と思います。


>面白いクロス作品ですね 今後の展開も楽しみです

ありがとうございます。
デジモンのSSでクロスっていうのも結構少ないですしね。
クロス先がDADDY FACEとなるとこの作品が唯一じゃないでしょうか?
というより
DADDY FACEの小説ってそんなに数が存在しないですからねー。
私も大きなサイトを一つと短編があるサイトを二・三知ってるだけで すからね。
何はともあれ、今後とも宜しくお願い致します。


>おもしろかったです!

ありがとうございます。
その一言が作品を作る上での力になります!


>太一カッコイイ!面白かったです♪更新待ってます(^o^)

そう言って頂けるとこうしたキャラづけをしたかいがあります。
更新の方は以前と変わらず亀並みですが、今後ともご贔屓にして頂けると幸いです。


たくさんの拍手とメッセージ、ありがとうございます。
これを力に、より一層良い作品が作れるよう努力します。

さて。
前回の話でクワガーモンとの戦闘がありましたが、原作とは状況に差異があります。
追い詰められた場所も原作では崖でした。
そもそも原作ではパートナーデジモンたちもさほど消耗してませんでしたし、普通に倒せてました。
まぁ最後に油断から崖に落ちてはしまった訳ですが。
本作で消耗したりしていたのは、単純に早めに太一個人の力が出る状況を作る必要があった為の措置です。

ちなみに。
追い詰められていた場所が違うのは単純に私が記憶していなかったから、だというのはここだけの秘密です。

しかしミミの口調が思ったより難しいorz
これは意外な難点で、本作を書く上でもしかしたら一番気を使う点かもしれません。
前回、太一に対してどことなく敬語っぽくなってましたが原作ではそんな事はないんですよね。
色々と見直してみると、二話の時点では敬語を使う場面はありませんでした。
ぽんぽん口調が変化してたのもそのせいです。

難しい、と言えばデジモンの鳴き声もそうですね。
前回のクワガーモンの鳴き声だって、それっぽい感じを出す為にあんな感じになったわけですし。
原作であんな鳴き声をしている訳ではないのでご注意下さい。
今後ともあんな風な鳴き声をするデジモンが出る可能性もあるので、一応頭の片隅においていただければと。

後の反省点は、今回やたらと……や感嘆符が乱立していた点ですね。
この点は素直に反省しようと思います。

ついでにもう一つ。
前回太一は氣で他人が識別できる、と言いましたが
DADDY FACE内でそのような事が出来る、といった説明はなかった筈です。
また、そもそも氣という存在があるという説明も(多分)なかったと思います。
これらは一応本作特有の設定、ということでご納得頂ければ、と思います。

それではまた次回にお会いしましょう。


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