第十章【信頼と真名でマインクラフト】


袁紹軍の軍備増強は着々と進んでいた。領土内の強化も順調である。
兵糧は全く問題ない。武具も例の鉄を使って量産体制に入っている。

志願兵及び兵の錬度は正直まだ不安が残る。見たところまだ武具に振り回されている感は否めない。
名家で華麗だから――等と言う理由でろくに訓練をしてこなかったツケが今、回ってきたと言える。
だが顔良文醜両将軍が昼夜頑張ってくれているので、いずれ問題は無くなるだろう。

「後は時期ね。どうすれば麗羽様が華麗に朝廷を救い、表舞台に立てるか……」

正直に言えば田豊自身、今すぐにでも進言して朝廷を腐敗させる原因を取り除きたかった。
欲に塗れた十常侍と成り上がりの大将軍何進の指揮する兵など、今の状態でも十分戦えるだろう。

「朝廷を単に救う……では弱いわ。困窮する民を救う……でも駄目ね。ありきたりだわ」

田豊は主が起つための、もっと大きな大義名分が欲しかった。
袁紹が朝廷を救うために決起した時、各勢力が呼応して主の後に続くような強いものが。
――だが懸念がない訳ではない。間者の報告にあった董卓だ。

(董卓は洛陽へ頻繁に訪れている。自ら赴いているのか、帝に呼ばれているのか……)

董卓は西涼の一太守。ハッキリ言ってしまえば田舎領主である。
田舎者――その言葉だけでも洛陽の官吏が毛嫌いしそうなものだ。
だが現実には追い出されず、長期間洛陽に滞在している時もあった。

(一体何を企んでいるのかしら。黄巾の乱の際に見かけたけど、覇気の無い女の子だったわよね)

もしあれが演技だったとしたら末恐ろしい。儚い少女を演じ、朝廷を手玉に取る――最悪である。
どちらにしても董卓の目的が不明な以上、積極的に動くのは危険極まりない。
今は間者の数を増やし、董卓の動向探る方が良いだろう。恐らくどの勢力もそうしているだろうが。

「はあ……カク、気持ちが休まる香とか作れないかしら」







「ハク! 待ってたわよ」

一刀が地下水路を使って再び後宮を訪れた時、待っていた劉宏にすぐ確保された。ロリ巨乳再びである。
柱の穴は布を被せて隠されており、通る時に暖簾を思い出して懐かしい気持ちになったのは内緒だ。

「遅いわ。ずっと前から来てくれると思って、趙忠を下がらせて柱の前で待ってたんだから」

(可愛い。でも前に別れてからそんな日は経ってないんだけど)

ボヤく一刀だったが、可愛い娘に待ってたと言われて嬉しくない男はいない。
見た目が幼い? そんなことは今の一刀には関係無かった。

「待たせたお詫びに、今日は私の言うこと聞いてもらうんだからね」

(あ、はい。まあ無理なお願いじゃなければ……)

「私ね、外の世界を見てみたいの。だからハク、私を外に連れていきなさい!」

一刀を抱いたまま、ウキウキした様子で劉宏はそう言った。

(初っ端から無茶苦茶なお願いキターッ!?)

顔には出せない(そもそも出ない)が、一刀はその要求に狼狽した。
しかし目の前にいる皇帝の少女は期待の目でこちらを見ている。

彼女の気持ちは分かる。憧れの世界からやってきた自分が目の前にいるのだから。
だが今まで外の世界を知らなかった娘を連れ出すとなると、守りきれるか不安だ。

「お願いハク。遠くになんて言わない……。凄く近くても良いから……私を外に連れてって」

劉宏の懇願の視線が一刀に突き刺さる。逸らしたいが逸らせなかった。

(ぬぐぐぐ……)

苦渋の末、一刀が下した決断は――


――――――――――――


(連れてきてしまった……けれど)

劉宏を外に連れ出していた。外と言っても近くの森であり、洛陽の城は目と鼻の先だった。
やってしまったと一刀は今更ながら後悔したが、目を輝かせる彼女の様子を見て思い直した。
動きやすい服装に着替えているせいか、劉宏の見た目は普通の女の子そのものである。

「はわ〜……スゴイ。これが外の世界なのね」

(あんな笑顔されたらなぁ……俺ってホント女の子に弱い)

外の空気を吸い、草や木を触り、花を愛で、夜空に輝く星に感動する。
普通の人間であれば当たり前の行為も、劉宏にとっては全てが新鮮だった。

「ほらハク! そこで座ってないで私に付き合いなさい!」

(おう)

見ていた一刀も次第に彼女に付き合い、気付けば共に森の中で遊んでいた。
暫くして遊び疲れたのか、劉宏は空を見上げながら草の上に寝転がった。

「はぁ〜ホント最高。妹の言ってた通り、外には珍しい物が沢山あるのね」

(まだこんなのは序の口だぞ。外の世界は)

「ハクも凄いわ。こんな簡単に私を外に連れ出してくれるなんてね」

(まあ皇帝直々のお願いなら止むを得ないよなぁ)

一刀の取った方法は極めて単純である。表から出れば確実に見張りの兵にバレてしまう。
ならば裏から出ればいい。扉が無いなら壁をツルハシで壊して裏口を作ればいい。
――そう、一刀は後宮の壁を少し壊して出入り口を作ったのだった。

ちなみのこの時の劉宏の反応は『スゴイ! ハクは見かけによらず力があるのね!』と感心するだけだった。

(いっそのこと扉を付けてあげようか。……いや駄目だ。見張りの兵にバレるし、何よりこの娘が一人で抜け出しそうな気がする)

自分がいない時でも外に繰り出し、見張りにバレて大騒ぎ――簡単に想像が出来る。
戻った時にちゃんと壁の穴を埋めようと決心した一刀だった。

「ふふっ……ねえハク」

微笑む劉宏が不意に一刀を抱き寄せた。

「ありがとう。私に外の世界を見せてくれて……私、貴方と会えてスゴイ嬉しい」

(どう致しまして)

「お礼に私、劉宏の真名を教えてあげる。ありがたく受け取りなさい」

真名は親兄弟以外では、心から信頼した者にしか教えない――ゆっくりと一刀は頷いた。

「空丹。私の真名は空丹よ」

(空丹か……。覚えたよ空丹)

「ちゃんと覚えなさいよ。皇帝命令なんだから」

そう悪戯っぽく笑った後、劉宏は小さな欠伸をした。無理もないことだった。
元々一刀が深夜に訪れていた上、今日はこうして外に出てはしゃぎ、遊んだのだ。
身体が睡眠を欲しがっても不思議ではない。

(今日はもう戻った方が良いな)

一刀が腕を城の方へ示し、抱きしめる劉宏の顔を見上げた。
彼女もそれを理解したのか、再び欠伸をしながら頷いた。眠気には勝てないようである。


――――――――――――


城に戻った一刀は壁の穴を塞ぎ、劉宏が寝台に入ったのを確認する。
これでよし、と袁紹の元へ帰ろうと一刀は柱の穴へ歩き出す。

「今日はありがとうハク。もうちょっと一緒に居たかったわ」

(また来るから)

「また遅いと私から会いに行くかもしれないわよ」

(それは勘弁して下さい)

この娘ならやりかねないと思ってしまうのは今までの好奇心旺盛な姿を見てきたからだろう。
柱の穴も自分が来るまで塞ぐかと本気で考える一刀だった。

――だが、そんな二人の会話に聞き耳を立てる者が一人居た。

「……お姉ちゃん、一体誰と話してるんだもん?」

一刀が気付かぬ内に一騒動が巻き起ころうとしていた。



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