第二十九章【ギャップとマインクラフト】
北郷一刀は、この身体になってから初めての死を体感した。
【死んでしまった!】の文字が目の前に浮かび、周囲が赤く染まる。アイテムも散らばった。
そして気が付いた時には、地下の自室に設置したベッドの上に自分が横たわっていた。
予想はしていたものの、やられるのはあまり気分の良いものではなかった。心の中で一刀は深い溜め息を吐いた。
(やっぱり単独でネザー探索はまだ無茶だったか……。エンチャントも十分じゃないし)
以前のネザー探索で、醸造台――つまりポーションを作るための土台となる素材はいくつか揃った。
だがポーションのバリエーションを広げるためには基礎ポーションの素材がどうしても必要になる。
それがネザー要塞にのみ生えている“ネザーウォート”という植物だ。
この植物は元の世界で自然に生える事はなく、栽培するには特別な土“ソウルサンド”と一緒にネザーから持ち込む必要がある。
(ここでネザーウォートを育てるためにも、何がなんでも持ってこなくちゃ!)
とりあえずネザーで散らばった装備と道具、そして素材の回収をしなくてはならない。
幸運な事に溶岩の近くでやられたわけではないので、すぐにでも向かえば取り戻せそうである。
だが見ての通り今は裸一貫。ガストにでも遭遇しようものならデスルーラ確定である。
(間に合わせの装備でも作るか? でもその分回収した時にインベントリを圧迫するしなぁ)
一刀が悩んでいると、不意に自室の扉が開けられた。
「突然来てゴメンなさい。田豊から普段ここに居るって聞いたから」
(あっ、名前は確か皇甫嵩さん……)
やって来たのは、董卓一行と同じく袁紹軍に参入した皇甫嵩であった。
こちらへ戻る際に一刀は顔を少し見ただけであり、皇甫嵩もこうして面と向かって話すのは初めてだった。
「貴方とはまだ話した事が無かったし、助けてくれたお礼も言えてなかったから、こうして訪ねてきたの」
(わざわざありがとうございます。別にお礼なんて良かったのに)
「あの時はありがとう。それから改めてよろしくね。袁紹軍を影から支えてるカクちゃん」
(どう致しま――えっ? 俺そう言う風に言われてるの?)
「首を捻っているところを見ると、初めて聞いたって感じね。でもこれ等の成果を見れば……」
皇甫嵩が一刀の自室を、そしてすぐ傍にある畑を順番に見ながら言った。
「その言葉も納得なんだけど。貴方はもう少し自分の評価を誇るべきね」
(マイクラでいつもやってた事をやってるだけですからね。誇るものでもないです)
その時ふと、一刀の頭に閃くものがあった。
自分と話している皇甫嵩は、確か呂布や張遼と一緒に虎牢関を守っていた筈だ。
顔良の話でも見た目とは裏腹にかなりの使い手だとも聞いた事がある。
頼れる武官が山賊討伐に出払っている今、彼女が頼りなのではないか――心の中で一人頷く一刀は決意した。
(よし! 皇甫嵩さんに付いて来てもらおう!)
一刀はこちらを見たまま佇む皇甫嵩の足を掴み、外に出るよう引っ張った。
当然すぐに意図が伝わる筈もなく、皇甫嵩は首を傾げた。
「あら何、悪戯かしら? 可愛いわね」
(いやいや、違います。俺に付いて来てほしいんですって!)
こうしている間にも散らばったアイテムの自然消滅時間が迫ってきている。一刀は焦った。
結局こちらの意図が伝わるにの時間が掛かってしまい、急かすようにネザーへと向かった。
◆
「ああ……私は一体何をしているのかしら……」
皇甫嵩は自分が置かれている今の状況に戸惑っていた。
目の前に広がるのはこの世の物とは思えない地獄の光景である。
「カクちゃんと挨拶してすぐ戻る筈だったのに……連れて来られたのはこんな……」
剣を持ちながら二足で歩き、こちらを見ては立ち去っていく豚のような化け物。あちこちで流れているドロドロの溶岩。
ハッキリ言って目を覆いたくなるような光景である。現実逃避しようにも暑さのせいですぐに引き戻されるのも無常だ。
自分をここに連れて来た元凶は足早に何処かへ行ってしまった為、動くに動けない。寧ろ動きたくもない。
「早く戻って来て〜……。置いてけぼりは嫌よ」
(お待たせ皇甫嵩さん。いやぁアイテムが消失してなくて良かったです)
怯える彼女の前にやって来たのは、全ての元凶たる一刀。
妙に煌びやかな鎧に身を包み――表情は分からないが――何処か嬉しそうである。
皇甫嵩は彼を見るや否やすぐさま詰め寄った。
「これは一体どう言う事なのカクちゃん! 事情も聞かずに付いてきた私にも落ち度はあるけど、ここは何ッ!?」
(ネザーです……って言っても分からないよな。つーか俺喋れないから伝わる筈もないし)
「それにいちいちこちらを見てくる豚みたいな奴とか居るし……もう早くここから出ましょうよ!」
(こちらから手を出さない限りゾンビピッグマンは無害なんだけど……でもまあ言う通り出ますか)
見れば皇甫嵩が今にでも泣き出しそうである。女の子を泣かせるのは趣味じゃない一刀は撤退を決めた。
そうして二人がネザーゲートに向けて歩き出した時、耳を覆いたくなるような叫び声が上空から響いた。
「な、何……!」
(ま、まさか……)
瞬間、目の前の地面が爆発し、火柱が出現した。浮遊し、炎を吐いて攻撃してくるガストである。
運の悪い事にガストの攻撃が近くを歩いていた一体のゾンビピッグマンを巻き込み、炎上させた。
すると周囲のゾンビピッグマンが一斉に二人を狙って行動を開始した。
「きゅ、急に何なのよコレーッ!?」
(で、出たーッ! ゾンビピッグマンの理不尽判定だーッ!)
この後、二人はネザーゲートに辿り着くまでガストと大量のゾンビピッグマンとの鬼ごっこを繰り広げたのだった。
◆
「はあはあ……な、何か思っていたのと違うわ。河北に来ても洛陽と変わらない仕事勤めかと思ったのに……」
命からがらネザーから帰還した皇甫嵩は息も絶え絶えにそう呟いた。
逆に一刀は戻って来て早々にソウルサンドを設置、種を植えてネザーウォートの栽培を始めた。
それが終わればすぐ醸造台に行き、ポーションの作成である。その行動力は見習う他ない。
「……何をしているの?」
(不思議な飲み物の作成ですよ)
醸造台に燃料のブレイズパウダー、材料のネザーウォート、水入り瓶を順にセットしていく。
すると黒い煙が上がり、何処ぞの研究所よろしくコポコポと言った音が鳴り響いた。
そしてメーターが限界まで伸びると完成である。水入り瓶は“奇妙なポーション”に変わっていた。
「青い飲み物……? 水ではないわよね?」
(これでも飲めますが、これから発展させていくんですよ)
一刀は続けて完成したポーションをそのままに、材料のスロットへガストの涙をセットした。
すると作成が始まり、終わるとポーションは煌びやかな物に変わっていた。“再生のポーション”である。
出来たそれを一刀は皇甫嵩に差し出した。完成したのは彼女のお陰なので、試飲第一号は勿論彼女だ。
「……もしかして、私にくれるの?」
(どうぞ!)
対する皇甫嵩は微妙な表情を浮かべていた。今まで見た事のない煌びやかな青色の飲み物である。正直避けたい。
だが差し出している一刀の表情に悪意は一切感じられなかった。その事が余計に断り辛くさせている。
(うう……さっきの体験に比べれば何よ! 不味いかもしれないけど、死にはしないわ!)
最早ヤケクソ気味であった。
「ありがとう。頂くわ」
(どんな味なのか教えて下さいね)
受け取ったポーションを皇甫嵩は一気に飲み干した。何故か腰に手を当てている姿はとても似合っている。
(味は水とそんなに変わらな――って、何コレッ!)
飲み干してからすぐに皇甫嵩は自分の身体の変化に気が付いた。
先程まで感じていた肉体的疲労がみるみる無くなっていくのだ。同時に精神的疲労も、である。
一刀を見つめ、瓶を見つめ――皇甫嵩はゆっくりと屈み、一刀の目線に合わせた。
(えっ? えっ? どうしたんですか?)
「カクちゃん……」
(はい?)
「私の真名は楼杏よ」
(うえっ!? 真名をいきなり俺に!?)
動揺する一刀を尻目に皇甫嵩は彼を抱き締めた。
「これは画期的な飲み物よ! 私のような働く女性に絶対売れるわ! 間違いない!」
(く、苦しい……けどおっぱい最高!)
「それで相談なんだけど、美肌になる、もしくは飲んだ人が魅力的に見える物は作れるかしら? 勿論試飲は付き合うわ」
(ええ〜……)
マイクラにそんな要素はありません、と一刀は口に出して言いたかった。
◆
「お嬢様、もうすぐ麗羽様が治める河北ですよ」
「うむ。妾が突然来て姉様も驚くじゃろう」
「そうですね〜。でも今河北は栄えてますし、私達の来訪も快く迎えてくれますよきっと」
「そうじゃな。姉様なら笑って迎えてくれるじゃろ」
河北に今、ちょっとした騒動が巻き起ころうとしていた。
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