親愛なる智音さんへ
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機動戦艦ナデシコ 短編
−IF− 〜イツキとアキト〜
ナデシコは二週間前に月面で起きた爆発の調査に向かうための補給のために横須賀に寄港した。
その際、アキトは数々の命令違反を理由にナデシコを下ろされる事になった。
横須賀に着いた後、アキトがナデシコを下ろされる際にメグミが一緒に来ると言い出し……。
その為の準備をして、メグミと一緒にブリッジに挨拶しに行った、その時……。
新しいパイロットがブリッジで挨拶しているところに出くわしたのだった。
新しく来たパイロット、イツキ・カザマはアキトに握手しながらこう言った。
「貴方の料理、食べてみたかったです」
と……。
アキトはその言葉に対し……
「……じゃあ、今からで良かったら作りましょうか?」
と、答えた。
「いいんですか?」
驚いて聞き返すイツキ。
すでに下船準備を終えて挨拶に来ているだけの人物がそんなことをするなど考えてもいなかったのだろう。
「『食べたい』って言っている人の料理を作れないコックはコック失格ですよ。ホウメイさん、厨房借りていいですか?」
だがアキトは、ユキタニ・サイゾウとリュウ・ホウメイに鍛えられた見習いコックである。
自分の料理を『食べたい』と言っている人間に料理を作らない道理はなかった。
「ああ、いいよ。材料は適当に使いな!」
「ありがとうございます! じゃあ行きましょうか、カザマさん?」
「え、ええ……(ポッ)」
……どうやらアキトのスマイル(0円)にやられたようだ(笑)。
そして食堂に向かう二人。
後ろには何か言いたげなメグミがついてきていた……。
ちなみに下船が決まった人間がうろついていいのか? という事については……ナデシコの人間にそんなことを言う奴などいなかったりする。
食堂に来たアキトは荷物の中からエプロンを取り出した。
それを身に付け、厨房に入りながらイツキに尋ねる。
「それでカザマさん、ご注文は何でしょう?」
「え? 注文できるんですか?」
アキトの言葉に目を丸くするイツキ。
これには逆にアキトのほうが驚いてしまう。
「出来るんですか、って……。勿論出来ますよ。ここは食堂なんですから」
「あ、いえ、すいません。軍艦と言うとメニューは決まっていて、それを出されるだけなものですから……」
軍における『効率第一』。これはメニューなども同じにしておけばたくさん作る手間が省けるためそうなっている。また同じメニューを食べることで連帯感を強めるという目的もある。
「あ〜、なるほど。勘違いしてるんですね。この艦は『戦艦』であって『軍艦』じゃないんです。乗っているほとんどの人間が民間人である以上、その辺のサービスはしっかりしてるんです」
「そ、そうなんですか……? じゃ、じゃあ……、この火星丼というのをお願いします」
戸惑いながら、ショーケースのメニューを見てイツキは注文した。
「あいよっ! 火星丼一丁!」
そう言って慣れた手つきで火星丼を作るアキトを見ながら呟くイツキ。
「でも、火星に『火星丼』なんて無かったですよね?」
「ええ、そうですね。ここのシェフのオリジナル料理ですから。でも火星に行ったことあるんですか?」
行った事が無ければ知る事の無い情報に聞き返すアキト。
「火星の生まれなんですよ、私」
「ええっ!? 俺もそうですよ! ユートピアコロニーの生まれです!」
イツキの言葉に驚くアキトとその事実に驚くイツキ。
「そうなんですか!? 私もなんです!」
自分以外に生き残りがいるとは思っていなかった二人は驚きを隠せない。
「……こんなとこで同郷の人に会えるなんて……」
「すごい偶然もあったもんですねぇ……!」
お互いの出身を知った後は同郷ということもあり、一気に話が進むアキト達。
メグミは勿論、おいてけぼりである(笑)。
そうして、随分話し込んだと思い始めた頃……、艦内に警報が鳴り響いた!
「「「敵襲!?」」」
「状況は!?」
ブリッジに駆け込んできたユリカがルリに尋ねる。
「判りません! 街中に突如、木星蜥蜴のものと思われる機動兵器が現れました! 現在、横須賀の街を破壊しています!」
「遅れました!」
ルリの報告の最中にブリッジクルーの制服を来たメグミが席につく。
「あれ? メグちゃん、アキトと一緒に降りたんじゃあ……」
「……だって……アキトさん、出撃しちゃうんですもん……」
ユリカの言葉に悲しそうに呟くメグミであった……。
『いいのかい、テンカワ君? 下りるんじゃあなかったのかい?』
からかい気味に空戦フレームのアカツキが砲戦フレームのアキトに尋ねる。
「今、この状況で逃げられる訳ないだろ! それに戦力は一人でも多い方がいい!」
熱血モードになっているアキトに苦笑いを浮かべる他のパイロットたち。
『やれやれ……。おい、新入り! そっちはどうだ!?』
『はい! 問題ありません!』
空戦フレームのリョーコの言葉に答える砲戦フレームのイツキ。
『じゃあ行っくよ〜!』
『鶴亀鶴亀……』
こんな時でも変わらないヒカルとイズミが陸戦フレームで向かっていく。
そして現場に真っ先にたどり着いたリョーコとアカツキの言葉は……。
『何だよ、ありゃ……』
『まるでテンカワ君が見ているアニメみたいだね、あれは』
何のことかと映像をまわしてもらうと、そこにはゲキガンガーのような形状とカラーリングの機体が二機いた。
見た瞬間にパイロットもブリッジクルーも凍り付いていた。
「艦長、どう呼称しましょうか……?」
ルリの一言で再起動するブリッジ。
「え〜、と、とりあえずゲキガンタイプと呼称します! 敵はゲキガンタイプ二機です! 急いでやっつけちゃってください!」
『『『『『『「「「了解!」」」』』』』』』
ユリカの言葉に唱和するパイロットとブリッジのメンバーだった。
ゲキガンタイプに迫る陸戦・空戦・砲戦の各フレーム。
『なにコイツ〜! 全然効かない〜!!』
『ディストーションフィールドが強力すぎる……』
陸戦・空戦の射撃がフィールドに弾かれ、全く通用せず、砲戦は相手の動きが速すぎて追いつけない。
『どうしたら……!』
焦るリョーコの目の前に突如現れるゲキガンタイプ。
『うおぉぉっ!?』
かろうじてかわすリョーコ。
『さっきから何なんだよ! ありゃあ!? 出たり消えたり!!」
悔し紛れの罵声を叫ぶリョーコ。
その時、エステのコクピットとブリッジにコミュニケのウィンドウが開く。
『説明しましょう!!』
……説明おばさ……もとい、お姉さんの登場であった。
『あの機動兵器の攻撃は小型のグラビティブラストね。それと移動方法はおそらく……いえ、確実にボソンジャンプね。でも観察している限り、移動できる距離はほんの百メートル程度。しかもパターンがあるようね。ルリちゃん、解析できる?』
「やってみます」
すぐさま解析にかかるルリ。
『というわけで、エステにはパターン採取用の攻撃をして欲しいんだけど』
「そういうことなんでお願いします!」
ユリカがイネスの言葉をそのまま命令にする。
『はいはい、了解っと!』
アカツキが軽口で返すが、表情は真剣である。
『砲戦は後方で待機! 陸戦と空戦でパターン解析用のデータを取るぞ! パターンが取れたら砲戦のカノン砲でぶっ叩け!!』
『『『『『了解!』』』』』
リョーコの言葉にフォーメーションを敷く各機だった。
そうして数分……。
「パターン取れました!」
『よっしゃあ!! すぐに指示をくれ!!』
ルリの言葉に待ってましたと叫ぶリョーコ。
「はい。ヒカルさんの現在位置からの射撃の後、イツキさんの目の前に現れます」
そしてその通りになった。
「喰らいなさい!!」
撃ち出されたイツキの砲戦のカノン砲が、その圧力でフィールドが消滅する。
「これで!」
フィールドが消滅した瞬間にワイヤークローを伸ばし、ゲキガンタイプに取り付くイツキ機。
クローを巻き上げ、0距離まで接近したイツキ機。しかしカノン砲を向けた場所は、充填を終えたグラビティブラストの発射口だった。
「しまっ……!」
ゲキガンタイプに取り付いた直後に胸部のグラビティブラストを撃ち込まれそうになるイツキの砲戦フレーム。
『危ない!!』
その瞬間イツキ機のワイヤークローが破壊され、ゲキガンタイプの砲口から機体がずれ、間一髪で回避できた。
アキトがイツキ機の腕をカノン砲で砕いてゲキガンタイプから引き剥がすことに成功したのだった。
「あ、ありがとうございます、テンカワさん」
『あ、いや、こちらこそ……』
ほのかに漂うラブ臭に敏感に反応するメグミ。
『アキトさん! 戦闘中ですよ!!』
どう考えてもヤキモチであるが、一応正論でもある(笑)。
『どうやらグラビティブラストは正面にしか撃てないようね。背後から攻撃すれば問題なさそうよ』
『了解!』
イネスの言葉に、各エステバリスは常に正面に立たないように戦いを続けるのだった。
パターン解析が済んだゲキガンタイプの一機を撃破し、残りの一機に攻撃を集中するエステたち。
『次はテンカワさんの目の前に! 背中を向けているはずです!』
そのルリの言葉どおりにアキトに背中を向けて現れる。
「うおおおおおおおおっ!!!」
アキトの叫びと共にカノン砲が撃ち出され、フィールドの消滅したゲキガンタイプの背面に取り付くアキトの砲戦フレーム。
そして連射されたカノン砲がゲキガンタイプに大穴を開けていく。
撃ち込まれた120mmカノン砲でリミッターが外れたのか、突如として相転移機関を暴走させるゲキガンタイプ。
暴走するゲキガンタイプを止めようと、さらにカノン砲を連射するアキト。
それが原因なのか? いきなりゲキガンタイプの周囲にジャンプフィールドが展開される。
「やらせるかぁぁぁぁぁっ!!」
自爆の前兆と考えたアキトは叫んでトリガーを引き続ける! そのアキトの顔に光のラインが走った。
そして……。
砲撃を続けるアキトのエステとゲキガンタイプは光を残して何処かへ消えてしまったのだった……。
通夜のように沈むナデシコブリッジ。
そこへアキトからの通信が入った瞬間、ルリを含めた全員がオバケでも見たような顔になったことは言うまでも無い。
月からの通信でアキトが二週間前の月に行っていたことが判明し、全速力で月に向かうナデシコ。
この後、艦内に潜入していた白鳥九十九により木星蜥蜴が人類であることが発覚。ついでにミナトとメグミが拉致?される。
月面でもアキトと月臣の戦闘が発生。
月面フレームで何とか撃退するものの、食堂の女将さんを亡くしてしまい、怒りに燃えるアキトがいた。
月臣のマジンを撃退したアキト。
しかしナデシコに帰って来たアキトは自室で塞ぎこんでいた。
そのアキトに声をかけるイツキ。
「テンカワさん……」
「……結局さ……この戦争って人間同士の戦争だったんだよ……。なんだったんだろうな、俺たちのやってきたことって……」
落ち込むアキトを背中から抱きしめるイツキ。
帰って来たメグミと決別し……、代わりにアキトとイツキの距離は縮まっていった。
ボソンジャンプのことで色々画策してアキトを誘惑するエリナなどアウト・オブ・眼中である(笑)。
一度などほぼ全裸で色仕掛けまでしたのに、である。
エリナの女としての矜持がかなり傷ついた瞬間であった。
真実を知り飲んだくれるキノコを他所に、戦い続けるナデシコクルー。
パイロット同士でありユートピア出身同士でもある二人が、そんな空気の中で寄り添いあったのは自然なことであったのだろう。
お互いに何か『懐かしさ』のようなものを感じていたのだった……。
急速に近づいていく二人の距離。
そして……。
「プロスさんよ! いいのかよ、あれ!」
ウリバタケが指した指の先にはアキトとイツキの姿があった。
アキト・イツキの艦内ラブに猛反発するクルー(主にウリバタケを中心とする整備班)があったが……
「手を繋ぐまでですから、なんとも言えません」
プロスの言う通り、二人は手を繋いでいるだけだった。
ただ、その頻度が異常に多いだけである。
二人でいる時はチャー○ーグ○ーンのCMのように手を繋いでいる二人の空間は、はっきり言って砂糖をはきそうなほどに甘い空間であった。
確かに契約書にある通り、表面上二人の関係は『手を繋ぐまで』であったが、その甘い空間は何者も寄せ付けない……そうA・Iフィールド(アキト・イツキ・フィールド)と化していたのだ(笑)!
男ばかりの整備班の連中が嫉妬するのは無理も無いだろう。
ちなみに二人の間に無理矢理入り込もうとしたユリカは二人に全く気づいてもらえないでいた(大笑)。
お互いをファーストネームで呼び合うようになり、何日かに一度同じ部屋で寝るようになるまでそれほど時間は掛からなかった二人。ちなみに寝るだけなのでプロスも文句を言えなかった。
一緒に遊んだり、一緒にテレビを見たり、ほぼ新婚さんの生活である(笑)。
しかも実害も無く、契約にも引っかからない。五月蝿いのはユリカだけで、やっかみ半分でからかう以外はしないクルーたちだった……。
ただ、なぜかアキトに対するルリの言葉が冷たくなり……『アキトの奴、ルリルリに何かしたのか!?』と誤解を受け、時々格納庫に呼び出されるアキトの姿があった。
そんなある日のこと。
「で、次の任務なんですが」
「いきなりね〜プロスさん」
ユリカと一緒にブリッジに入ってくるなり、いきなり話し出したプロスに突っ込むミナト。
「はい、申し訳ありません。なにせ一刻を争う事態でして。実はここから五十キロほど離れた山中にネルガルの極秘研究施設があるのですが、そこがバッタたちの攻撃に晒されていると言うことで直ちに援護に向かう事になりました」
「そういうわけなのでルリちゃん、ミナトさん、進路を研究施設へ向けて全速力! エステバリス隊を含む戦闘要員は戦闘態勢にて待機してください!」
プロスの言葉を受けてユリカが艦内に指示を出す。
「りょ〜かい!」
「了解です」
「あいよ!」
一瞬でのんびりムードを変えナデシコが目標地点に向かって加速し始めた。
全力加速から僅かに一分。
件の研究施設にたどり着いたナデシコはエステバリス隊を発進させ、バッタを駆逐する。
周囲をエステバリス隊に警護させた状態で破壊された研究施設に入るアカツキ、プロス、ゴート、アキトの四名。
「あっちゃ〜。こりゃ〜酷い」
「これは最悪の事態も考慮しときませんと……」
「でも社長派の研究施設だしね〜。むしろ良かったかも」
「データを盗まれていなければ、ですがね」
小声で話すプロスとアカツキだがアキトは気づかない。
周囲の荒らされ方を見て、火星での怒りを再燃させていたからだ。
「全員止まれ」
ゴートが鋭い声で指示を出す。
「どうしたんだい、ゴート君?」
『資材庫』とかかれた部屋の前で銃を構えなおしたゴートにアカツキが尋ねる。
「この部屋はまだ動力が生きているようだ。誰か生きている可能性が高いが、パニックになっている可能性もある」
「扉を開いたらいきなり蜂の巣、ってこともあるわけね……」
ゴートの物言いに納得し、それぞれ銃を構えるメンバー。
「その通りだ。では開けるぞ」
「ああ」
「了解」
「いつでもどうぞ」
全員の了解を確認し扉を開いて、まずプロスが中に声をかける。
「誰かいませんか〜? 助けに来ましたよ〜。私たちはネルガルの者で〜す」
そう言ってみたが返事が無い。
ゴートが鏡を出して内部を確認するが動いているものは無かった。
「『資材庫』とありましたし……人はいないようですね……」
プロスが中を見渡しながら生きているコンソールに近づいた。
「どうだい?」
「……ふむ……。特にアクセスされたデータは無いようですな……」
アカツキの言葉に答えるプロス。
「みんな! こっちへ!!」
そんな瞬間に響いたアキトの声は全員を緊張させた。
「どうしたテンカワ!?」
銃を構えたゴートの目の前にいるアキトは呆けたような表情で目の前にあるものに指を指した。
「これ……!」
アキトの視線の先には六歳ぐらいの薄桃色の髪をした少女が液体に満たされた巨大な試験管の中で漂っていた。
「まさか『資材』って……」
「……どうやらここは社長派が勝手にマシンチャイルドの実験をしていた施設のようですな。申請には『新兵器開発研究』となっていましたが……」
アカツキの言葉を引き継いで肯定するプロス。
「ちょっと調べてみましょうか?」
そう言って試験管に備え付けられたパネルで確認していくプロス。
「……ふむ……、どうやら眠っているだけのようですな……。助けますか?」
「お願いします、プロスさん!!」
アキトの懇願にアカツキへ視線を向けるプロス。
頷くアカツキにプロスは試験管を解放していった。
抜けていく液体に合わせて下へ降りてくる
全裸
の美少女。
すぐさま自分の上着を脱いでかけてやるアキトだった。
プロスたちがタオルを何処からか探して持ってきた頃、少女は目を覚ました。
さてここで問題です。
ゴツイ顔の大男。
助平そうな顔のロン毛。
何考えているんだか判らない笑顔のちょび髭。
本気で心配している顔のお兄さん。
目を覚ました時のこれらの顔が目の前にあった場合、誰にすがるのが正しいでしょうか?
……結果として、アキトに引っ付いたままになった少女であった。
ま、正しい選択でしょう。
少女を連れてナデシコに帰るアキト達。
少女がアキトの上着を着ていた事に気づいたクルーから何故かリンチを受けるアキトの姿があったが、面倒なので割愛する。
当然、少女を連れ帰ったアキトはブリッジでも女性陣の詰問にあっていたが、事情を話すと納得してもらえた。
そしてブリッジにいる全員で少女の今後を考える。
「普通の施設に入れる……ワケにはいきませんもんねぇ」
「でもネルガルに任せるわけにもいきませんし……」
メグミとルリの発言に苦笑いするアカツキ。
何気に信用されていないネルガルであった。
「とりあえず、ルリルリの妹みたいな存在らしいからナデシコで保護するのが一番いいんじゃない?」
「「「さんせ〜!」」」
ミナトの言葉に賛成するユリカ、メグミ、ヒカル。
ルリも頷いていた。
「賛成……それはワルサーP38を使う泥棒……」
「色々ヤバいこと言ってんじゃねぇ!!」
色々ヤバいことを言っているイズミをどつくリョーコを他所に少女の名前をアキトに尋ねるミナト。
「で、この子の名前は?」
「それが……無いんですよ……。資材ナンバーみたいのはあったんですけど……」
アキトの言葉にいきなり表情が険しくなるミナトやイツキたち。
「……ふざけてるわね……。プロスさん、私たちでつけちゃってもいいかしら?」
「え? ええ、構いませんよ」
ミナトの質問に、一瞬視線を向けたアカツキが頷くのを確認したプロスは了承する。
「じゃあ、この子の名前、どうしましょうか?」
メグミが何かないかと思案する。
「ルリルリの妹みたいな子なんでしょう? だったら……」
「あ、私も一つ思いつきました」
ミナトとイツキの二人が同時に思いついたらしい。
「じゃあ、一緒に言ってみる?」
「いいですよ。せーの……」
「「ラピス・ラズリ!」」
二人の声が重なった。
「やっぱり!」
「これしか思いつきませんよね!」
「あのー、その『ラピス・ラズリ』って……?」
喜ぶ二人に困惑するアキト。
「『瑠璃』の別の読み方よ。だってルリルリの妹なんだもん」
「なるほど……。君もそれでいいかな?」
ミナトの説明に納得したアキトは自分の服のすそを掴んで離さない少女に尋ねる。
「ナマエ……。ワタシノナマエ……『ラピス・ラズリ』……?」
「そう! 番号なんかじゃない、貴女の名前。貴女の幸せの願って付けられる貴女だけの名前」
戸惑うように繰り返す少女━━ラピス━━に頷くミナト。
「ワタシ……『ラピス・ラズリ』……」
かみ締めるように言うラピスにその場にいた全員が最高の笑顔で微笑んで言った。
「「「「「「「「「「よろしくね、ラピスちゃん」」」」」」」」」」
試験管の中で実験されるだけだった実験体が一人の少女になった瞬間だった……。
そして一週間ほどたち……。
「ルリお姉ちゃん♪、ミナトお姉ちゃん♪、イツキお姉ちゃん♪」
自分と同じ目の色であるルリや名付け親であるミナト・イツキになついたラピス。
その他のメンバーにも慣れてきて『お兄ちゃん』とか『お姉ちゃん』とか呼んでいたのだが……。
「あ、ユリカ」
「なんで私だけ呼び捨てなの〜!?」
ユリカだけは呼び捨てだった。
……精神年齢が近いからだろう。
ちなみにウリバタケはラピスにとても可愛らしい笑顔で『おじちゃん♪』と呼ばれて、否定するべきか肯定するべきか悩んで悶えていた(笑)。
またナデシコに来た当初、ラピスは一番懐いていたアキトの部屋で寝泊りしていたが、ユリカの『ラピスちゃんの独占禁止!』との一言で、毎晩違う女性の部屋を渡り歩く事になってしまった。……しかし、渡り歩いていても一緒に寝るのはルリとミナトとイツキだけだったりする。……ユリカの目論みは外れたようだ(笑)。
「なんで〜!?」
そんなこんなで、いくつかの戦闘をこなして……ルリのピースランドへの里帰りが決まった。
この間、とち狂ったキノコが自爆する事件もあったが、概ね問題ないため割愛する。
ちなみにアキトとイツキの仲はかなりのところまで進展していたりする(笑)。
「ルリルリ〜。気をつけてね〜」
「はい、ミナトさん。行ってきます」
見送りに来たミナトに挨拶するルリ。
「ルリお姉ちゃん……」
「大丈夫ですよ、ラピス。ちゃんとお土産を買って帰ってきますから、ミナトさんやイツキさんの言うことをよく聞いていい子にしていてくださいね」
「うん……」
最近ラピスに懐かれて嬉しいルリは、そう言って指切りする。
「ルリルリ〜、アキト君に押し倒されないように気をつけるのよ〜」
「ミナトさん! 誤解されるようなこと言わないでくださいよ!!」
同行者はアキトである。
ミナトのセリフにユリカを除いてみんな笑っていた。
「まったくもう……。じゃ、イツキさん。行ってくるから」
格納庫でイツキに声をかけるアキト。
「アキトさんも気をつけて」
「ああ」
まるで夫婦のような会話である(笑)。
ユリカが後ろでむくれているが誰も気にしていなかった(笑)。ジュンが泣いているだけである(大笑)。
そして、親子・弟との再会?を行い、人類研究所の跡地で自分のルーツを見つけたルリはナデシコに帰ってきた。
帰って来た二人を真っ先に出迎えたのはイツキとラピスだった。
「お帰りなさい、アキトさん、ルリちゃん」
「お帰り、アキトお兄ちゃん、ルリお姉ちゃん」
「ただいま」
「ただいま帰りました」
イツキとラピスの言葉に返事を返す二人。
「疲れたでしょう、二人とも。もうちょっとでクッキーが焼き上がるから待っててね」
「イツキさんって料理出来るんですか?」
「まあね。プロほどじゃないけど」
驚くアキトに笑うイツキ。
「……私も作ります」
「「ルリちゃん?」」
そんな二人を見ていたルリが珍しく決意を込めた目でアキト達を見て言った。
「アキトさん、試食をお願いしますね」
「あ、ああ。構わないけど?」
その後、ルリの料理でのたうつアキトの姿があったことは公然の秘密である(笑)。
相変わらず食い物に関しては不幸な男であった……。
それを見たラピスがアキトにまともな料理を作るためにホウメイに料理を習いに行っていた……。……いい娘である。
時が経ち、相も変わらず賑やかなナデシコ。
後から来たイツキもすっかり馴染んでいた。
何かといえば『一番星』である。
木連の攻撃により得票の集計が途中で止まっていたが、木連のミサイル撃退後、無事終了。
優勝はルリだったが辞退したため、ジャンケンでユリカが繰り上げ優勝となっていた。
『一番星』も終わり、三々五々と散っていくナデシコクルーたちの中に寄り添って歩くアキトとイツキの姿があった。
「面白かったですね〜!」
「結局優勝決定戦はジャンケンになっちゃったけどね」
イツキも参加していたのだった。……マトモな軍人だったあの日はもう帰ってこないのだろうか……。
ま、いいか。ナデシコだし♪
「アキトさん、どうでした? 私の芸は?」
「いや〜、凄かったよ。まさか日本舞踊が出来るなんて思わなかったし。他のみんなは歌とかだったけど一人だけ違ってたから目立ってたよ」
イツキを褒めちぎるアキト。
その二人の周りを衛星のようにジャンケンで優勝したユリカが『アキト誉めて誉めて〜!』とばかりにくるくる回っていたが、全く気づかれていなかった。
いいかげん諦めろよ……、ジュンが哀れだぞ……。
ちなみにそのジュンは整備班を中心としたメンバーに『面白そうだ』という理由から女装して参加させられ、見事二位(ジャンケンで)になっていた(笑)。
木連との戦争も進み、秋山に『快男児』と称されて落ち込むユリカを慰めるジュンの姿を眺めて笑った、そんな一件の後……。
気がつくと何故かパイロットIFSを持っている全員とルリ・イネス・ユリカが巨大な卓を囲み、マージャン……というかドンジャラをやっていた。
「ねぇ、なんでアタシたちここにいるんだろ〜ね〜?」
「オレが知るかよ」
ヒカルの問いにぶっきらぼうに答えるリョーコ。
「あ、ツモりました」
イツキが自分の掴んだ牌をみてそう言った。
「それは誰の過去ですか?」
「え〜と……」
ルリの問いに浮かんできたのは……子供の頃のアキトが『お医者さんごっこ』と称して……ユリカに服を剥かれているシーンだった(笑)。
「わ〜! 懐かしいね〜アキト〜。あの時はアキトが『お医者さんごっこしたい』って言って……」
「全然違うだろ!! 夏休みの宿題やってた俺を無理矢理連れ出して、いきなり服をひん剥いた挙句、『お医者さんごっこしよ〜よ! ユリカ、お医者さんね!』とか言って俺の全身を聴診器に見立てた漆の木の葉でまさぐった上、『注射しま〜す』とか言ってケツの穴に持ってたペットボトルを無理矢理挿入れやがって! おかげで全身痒くてしょうがないは、切れ痔にはなるは散々だったんだぞ!!」
その内容の記憶が流れ込んできた当事者以外の参加者全員の心には『む、惨い……』という思いがあったという……。
そして進む記憶ドンジャラ。
「あら艦長。貴女十歳までおねしょしていたの?」
「あ、それはその……あははは……」
隠しておきたい過去までバラされる恐怖の中、各々が役を上がっていた。
「あ〜! 子供の時のルリルリ可愛い〜!」
「ヒカルさん……なんですかこのマンガ。男同士で恋愛しているようですけど?」」
「あれ? リョーコちゃんの髪の色ってホントはユリカみたいな色だったんだ」
次々明かされる過去。
そして……。
「おりょ? これは子供の頃のアキト君と……イツキちゃん?」
ヒカルが上がった役から記憶が流れ出してくる。
その記憶を確認したアキトとイツキが顔を見合わせた。
「イツキさんって……もしかしてウチの斜向かいのカザマさん家のイツキちゃんなのか?」
「アキトさんこそ……。テンカワさん家のアキト君だったの?」
そう。その記憶はアキトとイツキが幼馴染みだった頃を映していた。
「え? でも私イツキさんに火星で会った事無いよ?」
アキトの幼馴染みであるユリカが不思議がった。
「イツキちゃん……、いや、イツキさんはユリカがウチの隣に引っ越してくる直前に引っ越して行ったからな……。そっか、イツキさんになんか懐かしさを感じてたんだけど……これが原因だったのか……」
「私もなんだかアキトさんに懐かしさを感じてたんですけど……まさかこんな偶然があったなんて……」
顔を見合わせる二人の視線が絡み合い……なにやら熱を持ったものに変化していく……。
それを敏感に感じ取ったユリカとルリが次々に役を上がる。
「上がりです。これは……子供の頃の艦長がテンカワさんをショベルカーで轢いたところですね……」
「こっちも上がり! これはルリちゃんが作った料理でアキトが倒れているところみたいだけど……」
いや、お互いの印象をマイナスにする役を上がってどうする。
そんなこんなで時間は進み……ヒカルがまた上がる。そこに映ったのは見た事のない男性であった。
「あれ? この男の人は?」
「ああ、カイトですね。地球に行ったあと同じマンションに住んでいた私の同級生で、彼も火星出身だったんですぐに仲良くなったんですよ。幼馴染みってやつですね」
「僕とユリカみたいなものか……」
ヒカルの言葉にイツキが答え、それに納得するジュン。
ちなみにジュンの記憶は、ユリカの料理を食べて死にかけたり、ユリカの失敗の尻拭いをしたりするものばかりだった(笑)。
そんな影の薄い人間の言葉には気がつかず、話を進めるイツキ。
「で、二人して軍に入ってパイロットになって火星に配属になったんですけど……」
「え? 火星の軍にいたの?」
「ええ。でも木星蜥蜴がやってきて……襲撃のさなかに離れ離れになっちゃって……。ユートピアコロニーにチューリップが落ちてきて……気がついたら地球にいました」
「……俺もそうだよ……あの日まで火星に……ユートピアにいたのに何故か気がついたら佐世保にいたんだ……」
「ええっ!? アキトさんもですか!?」
「それは興味深いわね……」
アキトとイツキの言葉を聞いてなにやら考えているマッドドクターがそこにいたが、我が身可愛さに助け舟を出す者はいなかった……。
そのころ現実世界のアキト達━━━
サルタヒコに行ってトラブルの原因を排除しなければならないのだが……。
「よぉぉぉぉぉぉっし! 俺に任せろぉぉぉぉっ!」
「でもさ〜、危なくない?」
「怖いよ〜。止めようよ〜!」
「ほえ〜……」
「くっくっく……。銃が……銃が撃てる……」
「ふふふ……。みんな元気ね……」
上から順にアキト、アカツキ、リョーコ、ヒカル、ジュン、イズミのセリフである。
パイロットたちのいつもと違う様子に引き気味のブリッジクルーたち。
そして、普段とは全く違う淫猥な表情を浮かべるイツキもいた。
「だ、大丈夫なのかカザマ?」
心配するゴートの厳つい顔で『ピシャァンッ!』と痛そうな音がした。
「ふっふっふ……。私のことは……
『女王様』とお呼びなさいっ!!」
そこには……、どこからか取り出した鞭を振るうイツキがいた……。
とりあえず無事にヤドカリを倒す事に成功したアキトとイツキ。
しかし記憶マージャンで思い出した過去から、二人の間はさらに親密なものになっていったのだった。
木連からの少女、白鳥ユキナの登場に合わせたように連合宇宙軍に取り囲まれるナデシコ。
アカツキにマスターキーを抜かれ身動きの取れなくなったナデシコは連合宇宙軍に拿捕される。
佐世保のドックに入れられたナデシコ。
そして……。
「みんな、逃げてぇーっ!!」
ユリカの叫びにナデシコを飛び出すクルーたち。
アキトはユキナを連れエステバリスで飛び出す。
併走するイツキのエステバリスはミナトを乗せていた。
「イツキちゃん! ルリちゃんたちは!?」
「ごめんなさい! はぐれちゃって何処にいるか判らなかったの!」
「くそっ! 仕方ない、一旦逃げるぞ!」
加速するアキトのエステに追走するイツキのエステ。
「でも何処へ!? 私の実家は北海道だから佐世保の辺りに知り合いはいないわよ!」
「地球で知り合いって言うと……あの人しかいないよなぁ……。迷惑かけたくないけど……仕方ない! 付いてきてくれ、イツキちゃん!」
「了解!」
二機のエステバリスが夜の闇の中を疾走していき、またその他のクルーたちも姿をくらましたり、ナデシコを下りて元の職場に帰って行ったりした……。
それから約一ヶ月━━━
「俺チャーハン大盛りね!」
「こっちはタンメンとギョーザ!」
「はいは〜い! ただいま〜!」
雪谷食堂で働く四人の姿があった。
アキトは厨房、後の三人は注文取りや出前、家事一般などを担当していた。
その為、彼女たち目当ての男性客が増えているのもまた事実だった。
その他のクルーたちはそれぞれ他の仕事についていたり、元の業界に戻ったり……。監視の目はあるものの、それぞれに自分たちの生活をしていた。
例えばメグミは声優、ウリバタケは改造屋……。プロスのように閑職に回された者やホウメイやイネスのようにナデシコに留まり続ける者、リョーコたちのように隠れてしまうもの。そしてユリカやジュンのように逃げ出せず実家に連れていかれてしまったものなどもいた。
こうしてナデシコは解散し、新しいクルーを入れて再出発する運びとなった。
……表向きは。
そんな生活を続けて一ヶ月ほど経ったある日……時計の役にしか立っていなかったコミュニケが作動する。
ホウメイたちに匿われていたルリとラピスが反旗を翻す準備を終えたのだった。
『ナデシコは私たちの艦です』と……。
それを聞いた全員が頷き……、そして立ち上がった。
ある者は徒歩で。ある者は車やバイクで。ある者は電車などの公共交通機関で。ある者は機動兵器で。ある者は屋台を引いて。
それぞれがそれぞれの手段で動き始めたのだった。
雪谷食堂の前に回されたトレーラーの上に乗ったアキトのエステのコクピットからアキトが顔を出した。
「すいませんサイゾウさん。いきなり押しかけて……、何にもお礼出来ないままいなくなるようなことしちゃって……」
「……気にすんな……。ま、お前がいきなり来て『匿ってくれ』なんて言うのは驚いたがな」
店の前に出ていたサイゾウは苦笑いをしてアキトに返す。
「すんません……」
本気で申し訳無さそうな顔をするアキト。
「ま、もっと驚いたのは可愛いお嬢さんたち三人も連れてきたって事の方だが。最初はこう、痴情のもつれとか、誘拐でもしてきたのかと思ったんだがよ……」
「サイゾウさ〜ん(涙)!」
しかしその表情はサイゾウの言葉で泣き顔に変わる。
「まあ、よくよく考えてみりゃ、お前にそんな甲斐性はないって思ってな」
「判ってもらえてうれしいっス……(涙)」
納得してもらった理由が悲しいと言うか情けなくて滝涙のアキト。
「アキト、そろそろ行きましょう」
そんなアキトに声をかけるイツキ。
「そうだねイツキ。じゃあ、すいませんサイゾウさん。ありがとうございました!」
アキトがエステのコクピットからサイゾウに礼を言う。
……この一ヶ月に随分親しくなった二人はお互いの名前を呼び捨てにしていた。
「おじさん、ありがとね〜!」
「お元気で〜!」
「必ずこのお礼はしますから!」
ユキナ、ミナト、イツキが窓から顔を出してそれぞれサイゾウに礼を言う。
「気にしねぇでさっさと行きな! 仲間が待ってるんだろ!」
「「はい!」」
アキトとイツキが声を合わせて返事する。
その声と共にアキトのエステバリスを乗せたトレーラー(盗難車)が発進する。
ちなみにイツキのエステは逃走中にトレーラーを盗む際に現場にバッテリーを抜いた状態で置いて来た。抜いたバッテリーはアキトのエステの予備バッテリーになっている。
火星の事を隠していたネルガルのことだから『自分トコのエステです〜』なんて発表せずに、極秘裏に回収し、トレーラーのことも上手く後始末していることだろう。ネルガル系列のディーラーだったし。
運転席でそんな事を考えるイツキ。
アキトは万が一に備えてエステのコクピットで待機していた。
「ねえ、ミナトさん。大丈夫かな? ホントに木連に帰れるかな?」
ユキナが心配そうな表情でミナトに問う。
「大丈夫よ。ナデシコのクルーはね、『能力が一流であれば、性格はどうでも良い』が選抜基準だからね〜。それぞれの能力を使えば軍人やシークレットサービスを出し抜くくらいちょろいもんよ♪」
笑いながら言うミナト。
ユキナはその選抜基準を聞いてちょっと引き気味に笑う。
……気持ちは判るが……。
ナデシコを入港させている平塚までの長い道のりを見つからないように、静かに目立たないように走るトレーラー。
しかし、やはり見つかってしまったトレーラーはネルガルの武装ヘリに追われていた。
『止まりなさい! 車体を左に寄せて止まりなさい! 君たちの安全は保障する!』
「嘘つけ〜っ!!」
そう叫ぶユキナ。
その理由は……車体の隣を流れていく曳光弾にあるのだろう。
すでに威嚇射撃が始まっていたのだった。
逃げても逃げても付いてくるヘリに業を煮やしたアキトがエステに火を入れる。
「アキト!?」
「ちょっと行ってくる! そのまま逃げてろ! すぐに追いつく!」
驚くイツキに対し、起動したエステを飛び上がらせたアキトは……ヘリを攻撃していた。
と言ってもテイルローターを傷つけ、まっすぐ飛べないようにしただけだが。
着地と同時に反転、すぐにイツキの運転するトレーラーに追いつく。
「イツキ! このままじゃトレーラーが狙われる! ここからはエステで行こう!」
「判った! いいわね、二人とも?」
「仕方ないでしょ」
「なんとかなるでしょ」
イツキの問いかけにあっさりOKする二人。
そして状況は……アキトにとってかなり危険なものとなった。
何故ならアキトはパイロットシートでそのひざの上にユキナが、シートの右にイツキが、シートの左にミナトがそれぞれ腰掛けていた。
右のIFSコンソールや左の操縦桿に手を伸ばすと二人を抱きかかえるような姿勢になるのである。
万が一ウリバタケなどに見つかった日にはどうなるか、想像するだけで背筋が冷える。
しかし、そんなことを気にしている暇は無かった。
追跡してくるヘリの数が増えているからである。
「くっそ〜!」
必死に銃弾をかわすアキトのエステ。
そのエステのコクピット内に警報が響く。
「えっ? 何なに?」
「バッテリーがあと三十分ってことです。アキト、持ちそう?」
キョロキョロするミナトにイツキが答え、アキトに問う。
「ギリギリ、ってとこだな……。にしても、しつっこい!」
直後、背後のヘリが何処からか攻撃を受けて墜ちていく。
「え?」
『アキトぉーっ! 無事かーっ!?』
通信機から聞こえてきたのはリョーコの声だった。
「リョーコちゃん!? どうして!?」
『スペアのバッテリーを持ってきたぞ! 艦長や副長たちの迎えはヒカルたちに行かせた! もうすぐナデシコは発進できるぞ!』
潜伏していたリョーコたちもルリの通信を聞いて出てきたのだった。
そしてリョーコの護衛もあり、なんとかナデシコにたどり着くアキト。
格納庫ではルリとラピスがアキトを待っていて、降りてきたアキトに抱きついていた。
その時、ヒカルとイズミのエステもナデシコにたどり着いた。
ヒカルのエステから降りたユリカはアキトの元へ一直線に駆け出す。
「アキトぉぉぉぉぉぉぉっ!!
ぐべっ!!」
凄まじく痛そうな音を立てて転ぶユリカ。
その理由は……飛び掛ってきたユリカをアキトが避けたからである。
受身ぐらい取れよ元士官学校生……。
何やかやとあって……、ネルガルのSSの手を逃れた元々の乗組員の約半数の百三名。
「ではナデシコは木星に向けてしゅっぱーつ!!」
ユリカの一声にヒラツカドックから強行発進するのであった……。
順調に加速するナデシコの中でアキトとイツキはイツキの部屋で……ミナトと九十九をどうやってくっつけるか相談していた。
ユキナもミナトを認めたので何とかしたいと思っているのだ。
そのミナトは九十九と合流するため非常に嬉しそうにしていた。
アキト達の思惑など眼中に無いようだ。
ユキナはユキナで「木星まで行けばきっと会えます!」なんて艦長席の隣でポーズを決めていたりする。
そして白鳥九十九と合流したナデシコ。
広まる熱血。
始まるゲキ祭。
その騒ぎが収まった後、九十九はミナトの部屋に行き、声をかけた。
「ミナトさん、ちょっといいですか?」
「何かしら、白鳥さん?」
ミナトは、なにやら赤い顔で話しかけた九十九の表情を見て話づらいことを話そうとしている事に気づき、自分の部屋へ招き入れる。
ちなみにユキナは白鳥兄妹にあてがわれた別の部屋で寝ていた。
翌朝━━━━
ミナトの個室から出てきた九十九は何故か、やつれながらもツヤツヤしていた(笑)。
木連艦隊と合流するナデシコ。
決裂させられた木連との交渉。
月臣に撃たれた九十九。
脱出するヒナギクとアキトのエステ。
群がる無人兵器。
アキト達の援護に入るリョーコたち。
防戦一方のナデシコを援護するグラビティブラスト。
参戦するカキツバタの援護により戦域を離脱するナデシコ。
収容されるヒナギク。
手術するには手遅れだった九十九は痛み止めだけを打たれてユキナに、ミナトに、アキトに、それぞれ最後の言葉を掛けていく……。
「いやぁぁぁぁっ!! 死なないで、九十九さん!!」
「お兄ちゃん! 死んじゃやだよ! もうアニメのこと馬鹿にしないから! ゲキガンガーだってちゃんと見るからぁ!」
『ピー』、という電子音が流れ九十九の生命活動が止まったことを知らせ……、一人の女性と一人の少女の泣き声が医務室に響くのだった……。
「くそっ! くそっ……! くっそぉぉぉぉぉぉっ!!!」
医務室の外へ出て叫ぶアキトをそっと見つめるしかないイツキは……とてもつらそうだった……。
その日の夜、イツキはアキトと身体を重ねた……。
契約違反とかそんなことは関係なく……ただアキトを一人に出来なかったのである。
アキトはまたも親友を失ったのだった。
九十九の話を聞く際にヤマダ・ジロウの事をミナトに聞いていたイツキは、アキトに壊れて欲しくない一心で、『幼馴染み』で『仲間』で『戦友』という関係を自ら壊したのだった……。
壊した関係はもう元の関係には戻れない。
アキトの壊れそうになる心を繋ぎとめるために……イツキは選択したのだった。
カキツバタと合流し併走するナデシコからヒナギクが、カキツバタに向けて飛ぶ。
カキツバタの格納庫にはアキト・イツキ・ユリカ・イネスの火星出身者がいた。
「それじゃ始めましょうか、アキト君、艦長、カザマさん。説明は後でしてあげる。まずは火星の事を考えてくれる?」
カキツバタから射出される大量のC.Cが艦体を覆いジャンプフィールドが形成される。
それを見て驚くナデシコクルーたちを他所に事態は進行していく。
「三人とも考えて……。火星の事を……。思い出して……楽しかったユートピアコロニーの事を……」
「イネスさん!?」
全身に光の文様が走ったイネスに驚くアキト。
次の瞬間にはボソンの光を残して消えてしまう。
「アキトぉ……! 何これ、私まで!?」
ユリカの声にアキトとイツキが振り向くとユリカも同じようになっていた。
そして光を残して消える。
「ユリカ!?」
「艦長!?」
驚くアキトとイツキだが一瞬後には二人とも同じように消えていた。
そしてカキツバタの展望室に現れる四人。
「あ、あれ?」
「展望ドーム……?」
「どうやらここはカキツバタの展望ドームみたいね」
「え?」
「人間やっぱり宇宙でも良〜く見えるところを本能的に選ぶみたいね」
「え?」
「前回私達が火星から月に向けてボソンジャンプした時もやっぱり展望室で倒れてたでしょ?」
「ああ、あの時! 皆酷いよね、散々サボり屋扱いしてさ……。でも何でなんです?」
「それをこれから解明するの。さあ、集中して頭に浮かべて……。火星、ユートピアコロニー……」
「火星、ユートピアコロニー……。火星、火星……」
アキトの脳裏に過去の色々な記憶が流れ出す。
両親のこと、イツキと遊んだこと、イツキとキスしたこと、イツキとの別れ際に結婚の約束をしたこと、ユリカが引っ越してきて散々な目に遭ったこと、ユリカに押し倒されたこと、両親の死、無人兵器の襲来。そしてアイちゃん……。
色々な記憶の中から光があふれ出し、カキツバタがボソンの光に包まれる。
そして……カキツバタは地球の戦艦として始めて明確な意思の元にボソンジャンプした。
その後プロスの進言により火星に向かうナデシコ。
三基の相転移エンジンを全開にして火星に向かうナデシコ。
果たしてナデシコは間に合うのだろうか……?
火星・ユートピアコロニー跡━━━━
大地に突き刺さっていたチューリップが無理矢理稼動するとともに、カキツバタが現れる。
「ジャンプアウトしました! 場所はユートピアコロニーセントラルドック跡!」
「なるほど、思い出の地か……。やっぱエリナ君、二人の仲には割って入るのは無理なんじゃない?」
クルーの報告にエリナをからかうアカツキ。
「ば、馬っ鹿じゃないの!?」
「はっははははははははは!」
「無茶すぎます!! もし失敗していたらカキツバタの乗員が全員死んでたんですよ!!」
「そうです! 貴方みたいな時代遅れのロン毛が死ぬのはいいとして、リョーコさんや他の人が死ぬような可能性のあることをやらないでください!」
抗議するユリカとイツキ。
イツキのほうが何気に酷いのは、身体を重ねた男のことが心配だったからだろう。
「ご心配なく。この艦のクルーはそのくらいの覚悟は出来てるよ」
「でも!」
「そんなことより、まずは皆で乾杯しようじゃないか。この実験は人類にとって大きな一歩だよ〜。お叱りは、ま、その後ゆっくりと」
そう言ってグラスを取ろうとするアカツキ。
「うう〜!」
「……じゃあ、後でゆっくり『たっぷり』とおしおきと言うことで」
かなり危険な目をしたイツキの発言に視線をそらしながらイネスに話しかけるアカツキ。その後頭部にはでっかい汗が流れている。
「で、どうです?」
「そうね。ボソンジャンプの本質は見えたわ」
唸る二人をさておいて、会話を続けるアカツキとイネス。
その二人の思惑は、はたして同じところを向いているのだろうか?
「アキトの故郷だったよな……」
「うん……」
リョーコの言葉に沈んだ声で返すアキト。
「……ユートピアコロニーか……。ちょっと妬けるかな」
「えっ?」
エリナの意外な発言に驚くアキト。
「アキト君とカザマさんに」
「思い出の地か……」
感慨深げなエリナとリョーコに対しやはりまだ沈んだ声のアキト。
「そうだね……。あのころ無邪気に遊んでた場所も何にもなくなっちゃったけど……やっぱり思い出があるからな……」
「「フンッ!」」
どんどん沈んでいくアキトの左右の鳩尾に突き刺さるリョーコとエリナの拳。
一撃で悶絶するアキト。
「アンタいい加減にしなさいよね!」
「相変わらずの馬鹿野郎だな、テンカワ!」
そのまま倒れ伏すアキトを見て笑う二人。
「ホント、馬鹿よね……」
「俺たちもな……」
その爽やかな笑顔の方向性がいささか間違っている気がするのは作者だけであろうか?
「お前らな……」
アキトの怨嗟の声が聞こえるがガン無視だった……。
「ナデシコ、火星大気圏に入ります! 木星蜥蜴も動き出しました!」
「いよいよね」
オペレーターの報告にエリナが頷くと同時にブリッジの扉が開いてアカツキとイツキ・イネス・ユリカが入ってくる。
「さあ、お待たせ諸君!」
「「あれ?」」
ブリッジには行ってきたイツキとユリカは倒れ伏すアキトを見つけた。
「アキト、どうしたの?」
「アキト、大丈夫!?」
首をかしげるユリカと、アキトに駆け寄るイツキ。
この辺りが二人の差だろう。
「い、いや、ちょっとね……」
イツキに助け起こされるアキトが苦笑いする。
「で、会長?」
「予定通り!」
アカツキの後ろでユリカが答える。
「要するに共同戦線で遺跡を確保すればいいんですね?」
「その通り! 人の思い込みや熱血は自己犠牲を生むだけだ! いいじゃないか! 自分のために戦ってみよう! 最後にでかいことをやってやろうじゃないか! 地球や木星の鼻を明かしてやろうよ!」
ユリカの肩を抱いて見つめるアカツキ。
『そうか、アカツキの趣味ってそうだったのか……。ジュンみたいな苦労を背負う事になりそうだな、絶対……』と、思うアキトであった。
「あくまでも作戦は『私らしく』やらせていただく事になりますよ?」
そのユリカの笑顔を横から見ていたイツキは何か腹に含むものを感じていたのだった。
「と言うわけで共同戦線です」
ユリカの宣言に肩を落とすブリッジクルー。
「……ま、いいけど……」
「今更選択肢も無いですしなぁ……」
「ルリちゃん、地球連合軍と木星軍の現在位置と規模を」
「はい」
そうして確認した戦力比は……はっきり言って『どうやっても勝てんだろコレ』と言いたくなるような状態だった。
強いて言うならマクロス一艦でボドルザー艦隊に勝とうとするようなものである。
マクロスなら『歌』があるが、今回はどちらに対してもそんなモノは効きそうに無い。
カキツバタという援軍がいても焼け石に水である。
しかもそれが火星に到着するのは半日後……。
故に……ナデシコはある行動に出る。
撃ちだされる相転移砲。
木連艦隊を攻撃した後、遺跡を攻撃するもキャンセルされてしまう。
発進するナデシコのエステバリス隊と対峙するカキツバタのエステバリス隊。
タイマンで戦闘するアキトとアカツキのエステが遺跡に落ちていく。
遺跡の力でアカツキの前からボソンジャンプして逃げるアキト。
始まる最後の『なぜなにナデシコ』。
遺跡の最深部に現れるアイちゃん。
引き上げるカキツバタのエステ隊。
遺跡に潜っていくアキトとアカツキのエステ。
落ちてくるチューリップとグラビティブラストによって被弾するカキツバタ。
みかんを食べた後、ジャンプしてしまうアイと間に合わなかったアキト。
残されたプレート、記憶のこと、全てを思い出し倒れるイネス。
その間に木連軍にタコ殴りされて撃沈されるカキツバタ。
カキツバタ艦橋と合流したナデシコは遺跡に降下して木連軍が手出しできないようにし、膠着状態になった……。
医務室で眠るイネスと付き添うアキトとイツキと……なぜかいるホウメイガールズ。
「俺のせいだ……」
「アキト、自分を責めないで!」
「そうよ! アキトさん、自分を責めちゃだめよ!」
落ち込むアキトを励ますイツキとサユリ。
「二年前にあった時……アイちゃんはまだ小さな女の子だったんだ……。けど、俺のせいで過去に飛ばされて……苦労して……こんな捻くれ者のおばさんになっちゃったんだ……」
「アキトのせいじゃないわ。そうしなければあの場で死んでいた可能性のほうが高いんでしょう。例え『おばさん』になったとしても生きるほうが大事よ」
「そうですよ! アキトさんそんなに気に病んだら失礼ですよ。イネスさんが説明『おばさん』になったのはアキトさんのせいじゃないです!」
……ちなみに先程からイツキを代表する女性陣がイネスに対し『おばさん』と強調して連呼しているのは、そのセリフを言うたびにイネスの眉がピクリと動き、コメカミに怒りマークが浮いている事に気づいていたからだったりする。
狸寝入りは程々に……。
その狸寝入りのすぐ脇ではアキトに元気を出させるためにホウメイガールズがアキトの口に無理矢理おにぎりをを押し込んでいたが、その輪に加わっていなかったイツキは医務室の入り口から覗き込んでいるユリカの姿を見つけた。
イツキに見つかったユリカは踵を返して出て行く。
それを見送るイツキは何か不吉なものを感じていた……。
月臣から送られてきた降伏勧告。
落ち込むミナトを励まそうとするユキナ。
ユリカはナデシコの全エンジンを暴走させてナデシコごと周囲を完全に相転移することで全てを吹き飛ばそうとする。
しかしその他の全員によって否決され、アキトには『馬鹿!』を連呼される。
そもそも、完全に吹き飛ぶかどうかすら判らない以上、やっても無駄死にである。
『遺跡を吹き飛ばせば過去のボソンジャンプはすべてチャラ』と言う可能性もあるが、いつまでのボソンジャンプがチャラになるのかは不明。
手詰まりになった瞬間に響くウクレレの音。
何処から乗船したのかコバッタに乗ったフクベのジジイinファンキー。捕虜になっている間に一体何があったのか?
ともかく、遺跡をナデシコに収容し、後は全速力で木星艦隊と地球艦隊をぶっちぎって手の出せないところへ捨てる、という無責任極まりない作戦を実行する。
立案者いわく『古代火星人もそのままにするような無責任だったんだから、他所へ捨てても問題ない』そうな。
そんな中、ブリッジに復帰したミナト。ユキナの説得に『がんばんなきゃね』と吹っ切ったらしい。
展望室でボソンジャンプの準備をするアキト達四人。
「本当に俺達で飛ばせるんですか、ナデシコ?」
「理論上はね」
「この遺跡はチューリップクリスタルと同じ組成で出来ていますから」
アキトの質問にイネスとオペレーションをサポートしているルリが答える。
「ルリちゃん、準備はいい?」
「はい」
「エリナさん、始めて」
活性化する遺跡。
輝きだす四人の体。
しかし、ジャンプはキャンセルされる。
「ジャンプフィールド発生しません」
ルリの報告が無常に届く。
考え込むイネス。そして出た結論は……。
「あんたたち、キスしなさい」
唐突に、何の脈絡も無くアキトとユリカを見て言うイネス。
「「「へ?」」」
驚くアキト、イツキユリカの三人。
「最初からフィールドが開いているチューリップと違ってこんなに大きな艦をジャンプさせるには、当然それなりのフィールドが必要ね。その為にはもっと私たちも精神的に深く繋がるか、電気的接触と言うか粘膜同士の接触と言う形で繋がりを深くするしかないんだけど……」
「それで、キス……ですか?」
イネスの説明に引き気味に聞き返すアキト。
「そ。粘膜同士の接触なら別にキスでもセックスでもいいんだけど……ルリちゃんもいるようなところで後者ははできないでしょ?」
「「当たり前です!!」」
イツキとアキトが同時に吠える。
「アキト君とイツキさんは問題無いようだし、私は地球に帰ってから約束通りデートしてもらう予定だから気にして無いけど……。ユリカさん?」
ぴくっ、と反応するユリカ。
「貴女がどうも余計なノイズを入れている気がするのよね……。だからとりあえず直接的な接触でそれを解消しようと思ったんだけど……」
「どうでもいいですけど早くしないとナデシコがピンチです」
無表情のまま……いや、イネスの言葉を理解してしまったためにわずかに頬を朱に染めたルリが報告する。
「嫌! 嫌ったら嫌!! 絶対に嫌!!!」
「そんな事言っている場合じゃないでしょう!」
「そうだよ、仕方ないじゃないか」
「『仕方ない』!? 仕方ないでアキトは私とキスするの!? アキトは私の王子様じゃなかったの!? 馬鹿ぁっ!!」
そう叫んで一人だけボソンジャンプするユリカ。
「ユリカ!?」
「格納庫にボース粒子反応」
「あの馬鹿!」
ルリの言葉に駆け出すアキト。
格納庫にたどり着くもタッチの差で発艦してしまうアキトのエステバリス。
「何で艦長がIFSつけてんだよ……」
ユリカの右手のIFSを見たウリバタケが呟く。
「飛ぶのよアキト君! イメージして! エステバリスのコクピット!」
「くそっ!」
イネスの言葉にイメージしたアキトが光を残して消え、周囲にいた整備班を驚かしたりしたがそれは余談。
ジャンプしてエステのシートとユリカの間に入り込むアキト。
気づいたユリカが拳を背後に繰り出した!
「きゃああああ!! あっち行って! アキトのエッチ! 痴漢! 変態! アキトの馬鹿ぁぁぁぁ!」
「ぐおっ!? ぐはっ! ぐえぇぇぇぇっ!?」
……狭いコクピット内に肉を殴打する音が響いていた。
「……なんだ、あれは……?」
滅茶苦茶な飛行をするエステに戸惑う月臣。
『…通信から痴話喧嘩のようなものが聞こえたが?』
「はぁ!?」
秋山の言葉に驚きと戸惑いと呆れを隠せない月臣。
それは恐らくこの通信を聞いていた全員の思いであったろう。
「いいからどけ!」
と言うセリフと共に平手打ちの音がする。
「ったく、馬鹿なことやってんじゃない!」
やっとIFSのコントロールを取り戻したアキトがそう言った。
「馬鹿じゃないもん!」
そう言ってアキトに詰め寄るユリカ。
「アキトは私が好きなんだよね!? こうして追いかけてきてくれたんだもん!」
「いや、大嫌いだ!」
「うそ! アキトは私の王子様なんでしょ!?」
「それも違う! 俺が愛してるのはイツキだ!」
「うそうそうそ! アキトは……」
「いい加減にしろ!! 自分に都合のいいことばかり言ってんじゃない!! 俺はそんなお前が大嫌いなんだ!! いつも自分に都合よく行くと思っているな! 都合の悪いことからは平気で目をそむけて、自分に都合のいいことだけ考えている奴が人に好きになってもらえると思うな!! 大体、艦長なんていう責任のある立場の人間がそんな勝手ばかりしていて好かれるわけがないだろ!」
自分の王子様だと思っていたアキトに叱られてますます落ち込むユリカ。
そんなユリカを見てため息をつくアキト。
『はぁ……。ジュンのやつも可哀想に……』
『何でジュンくんが可哀想なの?』
きょとん、とした顔で聞き返すユリカ。
『あのなぁ……。ジュンはお前のことが好きなんだよ! なんで士官候補生だった奴がそれを蹴ってナデシコに来たと思うんだ? お前のことが好きだから来たんだよ! お前を助けたい一心で、今の連合軍じゃIFSなんてつけたら出世できなくなることを承知でIFSをつけてビッグバリア突破前にナデシコに帰ってきて……。あの時お前、ジュンになんて言ったか覚えているか? 『ジュン君は最高のお友達ね』だぞ! お前、ジュンの気持ちに気づいてなかったのか!?』
『うん、全然』
通信機から聞こえてくるあっけらかんとした声に涙するジュン。
そのジュンの肩を叩く少女。
「アンタも報われないわね……」
「……ありがとう、ユキナちゃん……」
中学生に慰められてしまうジュンであった……
「哀れな……」
「ああ、全くだ……」
通信が繋がっていた木連の兵士たちにもジュンの不幸っぷりが判ったらしく、攻撃が止んでいた。
「とにかくナデシコに戻るぞ! 話はそれからだ!」
「アキト君、イメージして。エステバリスで格納庫に戻ることを!」
イネスからの通信にイメージするアキト。
「……イメージ……」
光と共に消えるアキトのエステを確認してナデシコのディストーションフィールド内に戻るリョーコたち。
その数分後、ナデシコは火星から消えるのだった……。
地球付近までジャンプしたナデシコは艦橋部を切り離し、ナデシコの本体を太陽に向けて全力で加速させた。ナデシコ本体ごと太陽に遺跡を捨てたのである。現時点の両軍において最速のナデシコに追いつける艦はあるはずが無く、また両軍とも戦力を火星に集中したため追いつける位置に艦艇はいなかった。
あそこなら、その大重力と超高熱故にディストーションフィールドも効かず、誰にも手を出せないと考えたからだ。
そして太陽に突入するコースにナデシコ本体が乗ったことをを確認し、安堵に満ちたブリッジにボース粒子の反応が響いた。
「ボース粒子反応増大! 場所はブリッジ中央です!」
「まさか、ボソン砲!?」
ルリの報告にメグミが焦る。
「み、ミナトさん! 移動を!」
「ダメ! 間に合わない!」
ユリカの指示にミナトが反応するも脱出艇である艦橋のみではたいした加速は出来ない。全員が死を覚悟した瞬間、ブリッジの中央、ブリーフィングエリアの上、三メートルくらいのところに、人間くらいの何かが実体化し……落ちてきた。
ビダァァンッ!
……すさまじくいい音と共にうつぶせに床に叩きつけられる人影。
あまりに痛いのか、ピクピクするだけでうめき声も上げない。
あまりといえばあまりな、その予想外の展開に人影を遠巻きにするクルーたち。
その優人部隊の制服を着た人影を覗き込むナデシコクルーのうち、イツキが何かに気づいたように近づいていく。
「まさか……もしかして……」
そう言って人影をひっくり返すイツキ。
その人間の顔を見たときイツキが驚いていた。
「……やっぱりカイト!! 貴方、なんでこんなところにいるのよ!?」
「……うう……。こ、ここは……?」
意識が朦朧とするカイトの胸倉をイツキが掴み……
「カイト! しっかりしなさい!」
そう言って、往復ビンタをかますイツキ。
「あ、あのイツキ?」
「アキトは黙ってて!! ほら! さっさと起きなさい!!」
逆に気を失うんじゃないか? と見ていた人間が心の中で突っ込むほどにそのビンタは強烈だった……。
イツキの往復ビンタで顔を腫らしたカイト。
彼が説明するには、火星での戦闘中、服が破れて使い物にならなくなったので、近くに落ちていた服を失敬したとのこと。
そしてその中に蒼い大粒の宝石のようなものが入っていたが、ここに落ちてきた時には消えていたと言うことだった。
「……と、言うわけで……。吹っ飛んだ後、ここに来るまでのことはさっぱり……」
「多分無意識にボソンジャンプしてしまったのね。それも未来に……」
とりあえず、イツキの証言のおかげで無実が証明されたカイト。
「そうだ! 俺、もう一度イツキに会えたら、イツキに言いたいことがあったんだ!」
「何?」
詰め寄るカイトに聞き返すイツキ。
「この戦争が終わったら、俺と付き合ってくれ!」
「……どこかに買い物でも行くの?」
ありがちなボケである。
「結婚してくれ、って言ってるの!」
言い直されて始めて気づくイツキ。
「……ああ、そういうこと……。え〜と……ごめんなさい。私もう付き合ってる人いるから」
この後、並んで酒を飲むジュンとカイトの姿があったという……。
そんな騒動から半年━━━━━
ミナトは地球に帰還後、妊娠が発覚。
白鳥九十九との子供であったため、『何が何でも産む!』と言い張り、出産。
シングルマザーとしてユキナを妹として引き取り、家族三人で暮らしていた。
また、ユキナは何かとカイトの事に世話を焼いていた。
ユキナ曰く、『頼りないから』だそうな。
ある日の地球某所の遊園地にて━━━
「ほらカイト君! 次はアレに乗ろう!」
「ま、待ってよユキナちゃん!」
……哀れカイト。すっかり中学生に尻に敷かれているようである。
ちなみにその半年後、ユキナはカイトの子供を妊娠し……カイトは児童福祉法違反で逮捕(笑)される羽目になるが、とりあえず割愛。
日に日に大きくなる九十九との子供の相手をしながら、天国の九十九に安心してもらえるよう願うミナトであった……。
……安心できるのか……? というツッコミも周囲にはあったのだが、それを口に出すような人間は幸いにも一人しかおらず、その人物はそのことを言おうとする度にイネス印の睡眠薬で眠らされるのだった……。
木星のほうは熱血クーデターが起き、地球との和平締結後、草壁を中心とした戦争継続派はクーデター部隊に次々と検挙され、投獄あるいは処刑されていった。
中心人物である草壁や人体実験で多くの人間をもてあそんだ山崎は処刑され、その他の草壁派の人間も日の目を見ることが出来ない場所に送られるのだった……。
また、木連に秘密裏に協力していたクリムゾンは、熱血クーデター後にそのことをルリとラピスに暴露され、糾弾の的となった。
なお、アキトにキッパリとふられたユリカは、ジュンの慰めとプロポーズによって立ち直り、今は花嫁修業の真っ最中である。
……具体的に言うと、洗濯に失敗して服をボロボロにしたり、掃除に失敗して部屋をボロボロにしたり、食事を作ってジュンを病院送りにしたりしたりしていた。
……本当にそれでいいのか、アオイ・ジュン!?
もっと自分を大事にするべきじゃないのか!?
頑張れ! アオイ・ジュン!
……結局、家政婦を雇ったそうである。合掌……。
ルリはユキナと一緒に白鳥家へ行く予定であったがもろもろの事情によりピースランドの実家に帰る事に。
そこで権力を握ってアキトを無理矢理でもゲットするつもりらしい……。
火星は木星からの移住者と地球からの移住者、そしてごく僅かな生き残りと共に復興を開始した。
人手不足は木連の虫型兵器を流用し、人間の器用さと判断が必要なところはエステバリスの土木用フレームによって解消していた。
復興の資金はピースランドを中心として、ルリがハッキングで奪い取ったアカツキの個人資産やクリムゾンの不正口座を凍結・押収した資金などが充てられていた。
そして復興作業の続く火星某所━━━━
「よーし! これで明日の分の仕込みはOKっと」
「今日も大変だったわね」
厨房で作業するアキトをねぎらうイツキ。
「大変な分、確実に復興していってる、って気がするけどね」
「そうね……。じゃ、お風呂に入って寝ましょうか?」
「そうだな……。でも寝れるかどうか判らないぞ(ニヤリ)」
「あら、それは楽しみね♪ でも今のところ、私が全勝中だって事をお忘れなく(にっこり)♪」
「くっ……。その余裕を今日こそ消してやるからな!」
「返り討ちよ♪」
そう言って風呂場に消えていく二人。
数分後、風呂場から聞こえてきたのは嬌声だった……。
「惜しかったわね〜♪」
「くそっ! あと一歩のところで……!」
夫婦の会話は『女性は強し』だったようである……。
その後、火星の『キッチン・テンカワ』は美味い料理と美人の女将と美少女のウェイトレスがいる、火星随一の食堂になっていく事になるが……、いまだにアキトの連敗記録は止まっていないらしい……。
さらに連敗記録が止まらないため、子供も増え続け、すでに十二人の娘たちに囲まれていた。
……一体何人作るつもりだ、テンカワ・アキト?
あとがき
どうも喜竹夏道です。
智音さん、大変申し訳ありません! 予定より大幅に遅れてしまいました!!(土下座)
ここ二ヶ月ほど立て続けに入った仕事や家庭の事情のため、怪我も治ったというのに執筆時間が一日三十分も無い状況だった事に加え、書き始めてふと気がついたら書いた分量が予定の五倍ほどになってしまい、適当なところで止められなかったもので……。
というわけで制作期間が延びたこと、ひらにご容赦願います。
それはさておき……
この作品は以前に『逆行のミナト』のネタ当てで正解した智音さんへのプレゼントSSです。
リクエストが『アキトとイツキのラブ物』と言うことで頑張ってみました。
いきなりラブになるのではなく、徐々にお互いを想いはじめて、最後にかけがえのない存在になるようにしたつもりなのですが、いかがでしたでしょうか?
ちょっとラブが少ないかな……とも思いますが……、甘々のシーンが上手く書けませんでした……。申し訳ありません……。
ちなみに『ユリカが引っ越してきた〜』については、ユリカの生まれはユートピアコロニー以外の火星のコロニーで、父親の異動によってユートピアに来た、という設定にしています。
ゲーム版のカイトもついでに出してみました。
結果、良くある『ジュン×ユキナ』ではなく、『ジュン×ユリカ』・『カイト×ユキナ』にもなりました。
でも出番無いんですよね、この二人……。
今後も『逆行のミナト』や短編、制作中の新シリーズを含めよろしくお願いします。
うあぁぁぁぁ……。『逆行のミナト』も一ヶ月以上放りっぱなしだ……。
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