機動戦艦ナデシコ 逆行のミナト


第一話 『子供らしく』でいこう!


なんにしてもこのままではアキト君やルリちゃん、九十九さんやユキナが不幸になるのは確定なので、何とかしなきゃ!
と言うわけで、やってきましたナデシコへ。


会社を辞める時の会話を思い出す。
「本気なのかい?そんなに社長秘書の仕事って嫌なの?」
「ん〜。てゆうか〜、やっぱ仕事の充実感かな〜?」
確かああで良かったのよね?
あと、契約書の恋愛の条項は塗りつぶさせてもらいました。
ストライキに加わる気はないからね〜。
ルリルリやアキト君の分もチェックしなきゃダメかな?



出港する前の操作慣熟のため、出港二週間前にナデシコに乗り込むことになったのでトラックで送る荷物はトラックにお願いして、身の回りのものを持ってナデ シコへ。


ブリッジにやってくるとやっぱりルリルリはすでに居た。
前回と同じく、オモイカネの教育のために早めに来ていると思ったらやっぱりそうだった。

落ち着いて落ち着いて……。この頃のルリルリは自分の表現の仕方を知らないんだから、急激な接近は禁物ね。

そばに寄って話しかける。
「はじめまして。私は操舵手のハルカ・ミナトよ。よろしくね」
できるだけ柔らかく話しかける私。
「オペレーターのホシノ・ルリ。よろしく」
「ルリちゃんかあ……。ねぇルリちゃん、『ルリルリ』って呼んでもいい?」
きょとん、とした表情でこちらを見るルリルリ。ああっ、抱きしめたい!っていうかぷにぷにしたりスリスリしたりもしたい!(心の血涙)
「別に……。好きにすれば」
そう言ったルリルリの頬は若干赤くなっていた。
平静を装っていた私の顔が赤かったかどうかは定かではない。


とりあえずルリルリと一緒に、午前中は操舵の連携訓練を行う。
「さあてもうお昼か〜。ねぇルリルリ、一緒にご飯食べに行かない?」
「いい」
そっけなく返されるがこのくらいは予想済み。こんなところで引き下がるわけにはいきません。
「そお?ここの料理は美味しいと思うんだけど」
「どうしてそう思うの?」
行ったこともないはずなのになぜそう断言できるのか不思議な顔をして聞き返してくるルリルリ。
「だってプロスさんが言ってたでしょ。『人格はともかく能力は一流』がスタッフ探しのコンセプトだって。だったらコックの腕も一流と思うけど」
得心がいった顔をするルリルリ。しかし…
「そうかも。でもいい。食事は栄養が取れればいい。ジャンクフードとサプリメントで十分」
その言葉を聞いた私はやおら立ち上がり、ルリルリの肩をがしっと掴む。
「ハルカさん?」
えらい真剣なミナトの表情に戸惑うルリルリ。
「ダメよ、ルリルリ!そんなんじゃダメ!いい!?食事って言うものは確かに栄養を取るためもあるけど、美味しいものを食べるっていうのは心を豊かにするた めでもあるんだから!」
「そう?初めて聞いた」
ミナトの力説に戸惑いながら生返事を返すルリ。
「そうなの!いいわ、今日は私が奢ってあげるから一緒に食堂で食べましょ!」
そういうと私はルリルリの否も応も聞かずに食堂まで連れて行っていた。


『ナデシコ食堂』。
そう書いてある扉の向こうは意外と空いていた。
まだそれほど乗り込んでいないのか、あるいはホウメイさんの腕前を知らないのか。
アキト君が乗ってくるとここもかなりにぎやかになってくるんだけどね〜。
「ルリルリは何食べたい?」
食券の券売機の前に立ってルリルリに尋ねる。
「何があるのかよく判らない」
「……そっか。じゃあお姉さんと一緒にしましょ。チキンライスね」
そう言ってチキンライスの食券を二人分買う。
『いらっしゃいませー!』
ホウメイガールズの黄色い声がこだまする食堂に入る私達。
もっとも、今は『ホウメイガールズ』なんて呼ばれていないから気をつけないと……
「ご注文お預かりしまーす!」
「ハイ、これ」
そう言って私は二枚の食券を渡す。
「はい、チキンライス二つですね。ホウメイさーん!チキンライス二丁入りましたー!」
「あいよ!チキンライス二丁ね!」
威勢のいい女性の返事が返ってくる。
「ホウメイさん、っていうのは?」
ウェイトレスの娘に聞いてみる。……ホントは知ってるけどね。
「この『ナデシコ食堂』のボスでシェフの人です。ここの料理は全てホウメイさんが作ってるんですよ。凄腕で憧れの人です」
サユリちゃんの表情が和らぐ。本当に尊敬しているのね。
「へぇー。じゃあ貴女達ウェイトレスはさしずめ『ホウメイガールズ』ってとこかしら?」
「『ホウメイガールズ』か…。いいですね、それもらいです!あ、私ウエムラ・サユリっていいます。よろしく!」
元気に自己紹介してくるサユリちゃん。私はもう全員を知っているから、ボロが出る前にみんなと顔なじみになっておかないと……。
「私は操舵手のハルカ・ミナトよ。こちらこそよろしくね」
「オペレーターのホシノ・ルリ」
私の自己紹介に続いてルリルリも自己紹介。まだ儀礼的なところはあるけどいつか自然にそれができるようになってくれるハズ。
「ミナトさんにルリちゃんですね。じゃあさっそく『ホウメイガールズ』を使わせてもらいます!」
そして少しの雑談。
「チキンライス上がったよー!」
奥からホウメイさんの声が響く。
「はーい!じゃあすぐ持ってきますね!」
「よろしくね〜。ね、ルリルリ。こうして来てみると色々な人に会えるでしょう。こういうのも食事の醍醐味の一つなのよ」
「ふうん」
表情をほとんど変えていないルリルリだけど、その感情はきっと『戸惑い』でしょうね〜。
「ちなみに『醍醐味』の『醍醐』っていうのは日本のチーズみたいなものらしいわよ。もうその製法も失われてしまったそうだけど、日本の古い書物の『古事 記』……だったかな?そのころの書物に『牛の乳から作って、ザルに載せて運んだ』って記述があるそうだから固形物だったことは確定だろうし」
「……それは知らなかった。知る必要も無かったし。でもバターも乳製品だったと思うけど?」
驚いた直後に疑問点をぶつけてくるルリルリ。この回転の速さが彼女の強さの一端ということは今はまだ気づいている人は少ないけど、彼女はこの能力のおかげ で十六歳という若さで少佐という地位にまで登りつめたのを私は知っている。
「バターだとザルで運んだりしていたら溶けちゃうだろうからどちらかと言えばチーズでしょ?」
「……確かに」
一応の納得をしたルリルリだけど、なんでそんな疑問を言ったのか自分でもよく判らず混乱しているようだ。
「こうやって人との何気ない会話で人は色んなことを知ったり、考えたりできるものよ。そういうことを円滑に行えるのも美味しい料理の力なの」
「はぁ」
いまいち納得しきっていないルリルリだけど大丈夫。貴女はここで色々なそして大切なことを学んでいけるから……。
「お待たせしました〜!チキンライスで〜す!ごゆっくりどうぞ、ミナトさん、ルリちゃん」
私たちの前にチキンライスをおいていくサユリちゃんにお礼を言う。
「ありがと〜。さ、いただきましょうルリちゃん」
「うん」
それは確かに美味しかった。


色々話しながら……と言っても私が質問してルリルリが答える、という形で会話をしていく。
すでに本人以上に本人のことを知っているが、それを言ってしまうと不審がられるから出来るだけ早い内に彼女のことを「知った」ことにしないと会話でうっか りミスが出かねない。
慎重に、そして大胆に彼女のことを尋ね、私のことを話す。

そうして二人とも食事が済んだ後、私はルリルリに尋ねる。
「ねぇルリルリ、ちょっと失礼なことを聞くけどいいかしら?」
「内容にもよるけど?」
まだうまく感情を表せないので表情は硬いルリルリに私は質問、と言うか確認をする。
「…ルリルリってマシンチャイルドなんだよね?」
「うん」
ほんの僅かだが表情に不快の色が出る。
今まで研究所にいる間受け続けてきた行為を思い出してしまったのだろう。
人間扱いされなかった頃のことを。
でも私はそんなことのためにこの質問をするんじゃない。
「じゃあさ、食べる量はそんなものでいいの?」
「……どういう意味?」
予想外の質問だったのだろう。
ルリルリはまだ硬い表情で困惑の色を滲ませる。
「…ええとね、私の昔の仕事仲間にオペレータIFSを付けていた娘がいたんだけど、その娘はIFSを付けてからすぐにお腹が空くようになっちゃって。医者 に聞いたら『ナノマシンに栄養を取られているからすぐに空腹になるんだ』って言われたって」
「……それがなにか?」
私の発言の内容が掴めなかったらしく、逆に効き返してきた。
「ほら、ルリルリって十一歳ってことは今が成長期でしょう?っていうことは体格は小さくても多く食べる必要があるわけで。さらにIFS使用者だから普通の 人よりも多く栄養が必要でしょ?しかもルリルリはマシンチャイルドだからIFSの量も桁違いだからナノマシンに持ってかれる栄養も普通のIFS使用者より 多いと考えるのが妥当じゃない?この三つの相乗効果でかなり栄養が必要だと思うんだけど」
「………」
ルリルリ無言。
考えもしなかったらしい。
実験実験また実験の日々で、食事なんてどうでもいい、要は栄養が一般人が摂取する量に足りていればいい、なんて考え方の科学者の中で暮らしてきたルリルリ には考える必要すらなかったことなのかもしれない。
でも彼女は人間だ。だからもっと幸せになってしかるべきなのだ。そのために私はここに来たのだから。
「私の知っている限り、普通の十一歳ってもう少し成長している子が多いのよ。だから心配になっちゃって……」
軽くうつむき、何かを考え込むルリルリ。
「しかもさっきの話のオペレータの女の子、IFSを付けてから痩せ易くなって……ウェストとか二の腕とか足首とかが痩せるだけならいいんだけど、胸まで痩 せてくる様になっちゃって……」
じっと自分の胸と私の胸を見比べるルリルリ。
「だからルリルリの適量ってどのくらいなのかなって思ったんだけど……。もし足りなくて成長期を逃しちゃったら今のままで二十歳とか迎えかねないし……。 二十世紀末ごろに実際あった事件で子供に食事を与えなかった親がいて、その子は身体的・精神的に成長できなくて二十歳ごろでも十歳ぐらいの身長で、しかも 学力は小学校レベルだった、っていうのもあったから……。」
ミナトが本当に自分のことを心配してさっきの質問をしてきたことに気づいたルリは、今までと違う付き合い方をしてくれている大人に困惑しているようだっ た。
ルリルリ……、貴女の未来はもっと明るく出来ることに気づいてちょうだい……。そのための手助けはいくらでもしてあげるからね。
「……考えたことも……ありませんでした。確かに言われてみれば……そうですね。でもそんなに一度には食べられません」
いまさらながら自分の体のことに気づいたルリは解決策を考えている。
そうよ、色々考えて相談してそして一歩一歩前へ進みなさい。
教えられたことを答えるだけではなく、自分で考え始めたルリを見て内心で喜ぶミナト。
そしてルリ自身は気づいていないかもしれないが、彼女の発言にはミナトに対する信頼のようなものが芽生え始めていた。
それ故に無意識の内に慣れない敬語を会話の中に使い始めていた。
「……一日三食じゃなくて四食とか五食とかに増やしてこまめに食べるしかないかしら…。まあ成長期が過ぎればそこまで食べる必要もなくなると思うんだけ ど……」
打開案の一つを彼女に教える私。
問題解決の糸口や方向を教えることは出来ても自分の考えを持たなければ利用されるだけ。考えて考えて考え抜きなさいルリルリ。
「とりあえず私のナノマシンに必要な栄養量を確認して…みます。そうしないとどのくらい食べればいいか…判りませんし」
解決のための情報収集を始めると言うルリ。
「そうね、それがいいかも。で、ルリルリ?」
「はい?」
深刻な話から一転して明るく聞いてくるミナトに返事をするルリ。
「食堂のご飯はどうだった?」
「……美味しかった…です。色々な話も聞けましたし」
「ね、来てよかったでしょ」
「はい。…あの、また一緒に来てもらえますか?」
「もっちろんOKよ、ルリルリ」
ルリに対してウィンクを返すミナト。
この時、ルリの瞳には初めて「信じてもいい大人」が映っていた。



こうしてルリとミナトの仲は急速に良くなっていく。



なお、ルリの今の食事量ではやはり栄養が足りないことが判明。
しかしルリが一度にたくさん食べられないため、ホウメイさんと協議の結果、三食はきちんと食べてもらって、それに加えて十時と三時のおやつをクッキーなど のお菓子やジャンクフードを避け、おにぎりやサンドイッチなどのしっかりしたものにする。どうしても足りない分の栄養をサプリメントにする、という形に落 ち着いた。
……これで十六歳になったルリルリが私の胸を見るたびにため息をつくのは避けられそうね。
未来において余りに薄かった胸を嘆くルリを知っているミナトは、これで一つの問題が解決できるであろう事を予感した。





あとがき

どうも、喜竹夏道です。
第一話をお送りします。
ルリルリの登場が何とか七夕のアップに間に合いました。
ルリが敬語を使っていないという指摘がありそうですが、実はTVでも第四話まで敬語らしい敬語を使っておらず、第三話ビッグバリア突破直前まで報告すら 「です・ます」を使っていませんでした。まぁはっきり言って生意気な餓鬼状態。
よって、ルリファンには反発があるかもしれないと思いましたが、ルリにとってミナトさんが信頼・尊敬できる人物として無意識に自覚できるようになるまでは 敬語を使わないようにしてみました。
ま、「馬鹿ばっか」という台詞から察するに、研究所時代もまともな敬語の使い方を教えてもらえず自分より頭の悪い研究者たちに研究される日々を送っていれ ばこうなるかも、とも思いましたが。
それと胸に関しては賛否両論あると思いますが、女性の視点で進む物語なので勘弁してください。これでルリのコンプレックスを一つ解消させるっていうのも必 要かと考えたんで。
では次回作でお会いしましょう。




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