機動戦艦ナデシコ 逆行のミナト


第三話 早すぎる『こんにちは』!


そんなこんなでさらに一週間。
とうとう木星蜥蜴の奇襲当日。
ヒステリックなムネタケ副提督やお茶ばかり啜っているフクベ提督。
元軍人でかつての未来で一時的に恋人だったゴートに元声優のメグちゃん。
一通り挨拶を終えた私とルリルリは格納庫へ向かっていた。
緊急起動システムを作ってくれたことのお礼と、今後の顔見せも兼ねてだ。
途中でプロスさんを発見。
何でも『ユリカに会わせろ!』と騒ぐ不審者がいるとのこと。
「ねぇ、面白そうだから私達もついていっていいかしら?」
アキト君が到着したことを確認した私はルリルリと一緒にプロスさんについていった。
これで予定より早くルリルリとアキト君を会わせられそうね。


アキト君は手錠をかけられ、警備員が監視する部屋の中央の椅子に座らされていた。

アキト君の尋問が開始されるのを私とルリルリは少し離れたところから見ていた。
アキト君の右手を見たプロスさんは興味深そうにメガネを持ち上げた。
「ほう、パイロットかね?」
その好奇の視線から隠すように右手の甲を隠し、そっぽを向いて
「違うよ!俺はコックだ」
と、言い張った。
私はそれが本当のことだと知っているけれど、他のみんなはそのことを知らない。
「と、先ほどより訳の判らないことを言っておりまして」
警備員の反応もしかなた無いことだろう。地球ではIFSはパイロット以外まず着ける事はない。私の知人が特殊だったのだ。
ここで私は助け舟を出すことにする。
「ねえ、貴方」
「はい?」
「もしかして……サセボシティの食堂で働いていなかった?」
「えっ、知ってるんですか?」
「うん。ナデシコに来るちょっと前に、サセボシティの食堂…ちょっと名前は思い出せないんだけど、食事にしようと思って暖簾をくぐったら、木星蜥蜴と軍と の戦闘が始まって。そしたら店内から悲鳴が聞こえてきて。何かと思ったら震えている男の子がいたのよね。なんか取り込み中っぽかったそのまま店を出てき ちゃったんだけど……。あの時の男の子ってアキト君に似てたような気がして……」
実はナデシコに乗ることが決まったあと、一度だけ雪谷食堂を訪ねたことがある。
アキト君が本当にいるのかどうかを確認するためと、ただの客として出会い『偶然』ここで再会して親密になりやすくするためだった。
もっとも、彼はその時怯えて周りが見えていなかったみたいだから、すぐに店を辞した私のことなど知らないだろう。
「……多分それ間違いないっス」
落ち込みながら肯定する。こんなところであの恥ずかしい姿を知っている人間に出くわすとは思っていなかったようだ。
私達の会話を聞いていたプロスさんが何かを考えるようにあごに手を当てていた。
「ふむ……。はい、ちょっとベロ出して〜」
と、言って懐から取り出したデコーダーの先端をアキト君の舌に押し付ける。
「痛て」
「あなたのお名前探しましょ、っと」
プロスさんがデコーダーを操作すると遺伝子データバンクにつながり、コミュニケのウィンドウがめまぐるしい速さで変化する。
「遺伝子データ?」
「ほら出たー」
空中投影されたコミュニケにアキト君のプロフィールが表示される。
「テンカワ・アキト 十八歳 ユートピアコロニー在住……」
モニターに出てきた結果をルリルリが声に出して読む。
「……全滅したユートピアコロニーからどうやってこの地球へ……?」
プロスさんの驚きの声はもっともだろう。全滅しているはずのコロニーの住民、しかもかつての親友の息子が何故か地球にいるとなれば。
「……よく、覚えていないんだ、あの前後のことは……。気がついたら地球にいた。仕方が無いから火星で見習いやってたコックの仕事を転々としながら働いて いたけど、昨日最後の食堂をクビになって……。次の仕事を探すために自転車で走っていたらユリカの乗った車から落ちてきたトランクの直撃を食らったん だ……」
話を聞いていた私は、クビになる云々はさておきトランク命中まで話さなくても良いのでは……?と思ってしまった。もっとも話さないと『ユリカに会わせろ』 に繋がらないから仕方ないと言えば仕方ないけど……
「……ユリカさんとはお知り合いで?」
「……火星のコロニーで。アイツと、アイツの家族は俺の両親がなぜ死んだのかを知っているはずなんだ……」
うつむいたアキト君の言葉に力は無かった。
「……そうですか……。貴方も大変ですね」
プロスさんが何かを考える。動揺はおくびにも出していないが、かつての親友の息子の力になりたいと考えているのだろう。
「……コックさん、でしたね。よろしい。それでは貴方、今日からこのナデシコのコックさんです。しっかり働いてくださいよ」
「なでしこ?」
「そう、ネルガル重工製新型機動戦艦『ナデシコ』です」
そう言うプロスさんの背後に大きなコミュニケの画面が開き、ナデシコの船体を映し出した。
「現在、ナデシコの食堂には女性はいるのですが男性の従業員の方がいません。シェフのホウメイさんにも探して欲しいと言われてましたし、どうですか?仕事 が無いのならちょうどいいと思いますが……」
何かを考え込むアキト君。
『戦闘怖い病』のIFS持ちじゃ今の地球で仕事を探すのは確かに困難なのだろう。苦悩しているように見える。
だがIFSの差別無く雇ってもらえるなら少々のことを気にしてはいけない、と腹を決めた表情に切り替わる。
「そう……ですね……。ところでこの船って戦艦って言ってましたけど……地球で戦うんですか?それとも月方面?」
「後で発表するので皆さん今は秘密にしておいて欲しいんですが……」
プロスさんの声が少し小さくなる。
「おっけ〜」
「はい」
「判りました」
三者三様に了承する。
「我々の目的地は火星です。火星に取り残された人たちの救助、ならびにネルガルの火星支局に残っているデータや資材を持ってくるのが目的です」
アキト君は驚きで目を見張る。
それはそうだろう。てっきり地球か、せいぜい月当たりまでと思っていたものが生まれ故郷の火星に行けるのならそれは願ったりかなったりだ。
「もう人間なんてみんな死んでるんじゃないですか?」
「ルリルリ!そう思っても身内がそこにいる人の前で言うものじゃありません!」
まだ、そういった人の心の機微に疎いルリルリの発言を叱責する。
ルリルリ自身も失言だったことに気づいたかうつむいてしまう。
でも、幸いアキト君は『火星行き』という言葉を考えていたので聞いていない様だった。
「火星へ……。そうですか……。……判りました。ぜひ乗せて下さい!」
「では契約書にサインを」
と言って契約書を差し出すプロスさん。その契約書は一体何処から?
確か、荷物らしい荷物は持っていなかったような……(汗)。


兎に角これでアキト君の契約無事終了〜♪っと、いけないいけない。これを教えておかなくちゃ。
「ねぇ、アキト君。ここ消しておいた方が良いわよ」
といって契約書の一部に指を指す。
「何処です?」
「ここ。『男女交際』のところ」
それは後で騒ぎの元となる『男女交際』の規約。
「うわ、ちっこい字。なになに……『男女の交際は手を繋ぐまで』って、ここは保育園ですか?」
「消しちゃえばいいのよ。私は消したし。ルリルリの分も再契約ってことで消させたし。好きな娘が出来てもキスも出来ないんじゃ振られちゃうわよ〜」
そう、私は緊急起動システムの発案の対価としてルリルリの契約の男女交際を解消させていた。
「ははは、振られるかどうかはともかく消しておきます。有難うございます、えーと……」
「ミナトよ。ハルカ・ミナト。で、こっちの可愛い子がルリルリ」
「ホシノ・ルリです」
後ろから抱きしめながら紹介すると自分で言い直してしまった。『ルリルリ』の方が可愛いのに〜(涙)
「ミナトさんにルリちゃんですね。有難うございました。口添えして頂いて」
「いいのよ〜。可愛い男の子が増えるのは大歓迎だから」
「か、可愛い男の子、ですか(汗)」
微笑みながら話す私に微妙に腰の引けた回答をするアキト君。だらしないな〜。
「そうそう。あれ?」
わざとらしさが無いように気をつけて、何かに気づいたように話す。
「どうしました?」
アキト君がきょとんとした顔で聞き返す。
「この契約書、なんか私のときより少ないような……」
「なにがでしょう?」
プロスさんも身を乗り出してくる。
「ページが足りないような……。あ、これ」
「どうしました?」
今度はプロスさん。自分の親友の息子の契約だから気になるらしい。
「保険のページが抜けてる。これじゃ何か大きなもの壊したら莫大な借金背負わされるわよ。アキト君コックなんだし、うっかり火災なんてことになったら大変 よ〜」
「ええっ!?」
「ほ、本当ですか!?」
アキト君とプロスさんの二人が慌てて契約書を確認する。
「本当ですね……。いやはやとんでもないミスをするところでした。有難うございますハルカさん」
「有難うございます、ミナトさん。火星に行けるってことで舞い上がってて気づかなかったです」
二人は口々に気づいてくれたことに礼を言う。
「しかし、ミナトさんには色々助けてもらってますなぁ。これは査定を上げなくては」
「いいのよ〜。その歳で莫大な借金なんて背負ったら生きてく気力無くなっちゃうもんね〜。それは勿体無いし」
と笑っているが、これも歴史を知っているからの行動。これで私とルリルリという証人付きでアキト君の契約は終了したことになる。これで万が一があっても借 金でネルガルに飼われなくてもよくなるわね。
「でも何かお礼ぐらいはさせてください!」
「別に良いのに……。でもそうね〜……。じゃあ、私が一人寝が寂しい時に呼び出すからその時は朝までベッドで一緒にいてくれる?」
「ぶっ!」
噴き出すアキト君に笑って返す。
「ふふふ、冗談よ」
「じょ、冗談っすか。ハハハ……」
本気じゃなくて良かった〜、という表情を隠しもせず苦笑いするアキト君に軽くウィンク。
後ろでちょっとむくれてるルリルリを前に出して、
「本当は〜、この娘に気をかけてあげて欲しいの」
「み、ミナトさん!?」
「ルリちゃんを、ですか?」
驚くアキト君とルリルリ。
普通お礼をすると言われて、お礼を向ける先を自分以外の人にしてくれ、と言う人はいないから二人とも驚いている。
「ルリルリはご両親がいなくて……、その上今までいた施設があまり適切でない育て方をしていたから、ちょっと一般常識に欠けるところがあって……」
「ルリちゃんが……」
ミナトと一緒にすごすようになってそのことに多少は気づいてきていたルリは赤い顔でうつむく。
「だから、私も出来るだけ傍にいてあげたいんだけどローテーションとかで絶対一緒って訳にも行かないから、アキト君の方でも出来る限りで良いから気にかけ てあげて欲しいんだ」
「……判りました。俺も両親を子供の頃に亡くしてますから色々大変っていうのは判ります。俺でよければ力になります!」
拳を握って宣言するアキト君に心の底からうれしくなった。
普通だったらもっと捻くれている様な人生を送りながらそれでも優しさを忘れない子でいてくれる彼だからルリルリを託せるのだ。
「ホント!?よかったわぁ〜。ね、ルリルリ。これで相談できる人がまた一人増えたでしょ?」
「……はい……」
ちょっと不満そうなルリ。
この一週間でかなり私に懐いたらしい。
でも、『アキト&ルリルリラヴラヴプロジェクト(笑)』には私だけじゃダメなんだから我慢して。
「ルリルリ、そんな顔しないの。言ったでしょう?何事も経験だって。私以外の人からも意見を聞いて自分で考えないと」
「…………」
まだちょっとむくれているルリ。
「一つの視点からは一つの結果しか見えないけど、二つの視点があれば二つ以上の結果が見えるの。そこから未来を選択しないと本当の幸せには行き着けない わ。ルリルリには幸せになって欲しいの」
そう言って膝立ちでルリを抱きしめるミナト。
のちにテンカワ・アキトがこの時の様子を
「まるで本当に娘の幸せを願っている母親だった」
と、語っている。



あとがき


ども、喜竹夏道です。
ようやくアキト君登場です。
でもまだ出航しません。
ナデシコでたった三話(四話目冒頭はカウントしてません)しか出てくることが無いにもかかわらず、異常なほどの人気?を誇る彼が出てきていないからです。
やはり彼を出さなくて出航はありえませんのでしばしお待ちを。
木星蜥蜴の奇襲の描写はどーしよ……。



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