機動戦艦ナデシコ 逆行のミナト
第十二話 あの『忘れられぬ日々』
今日も今日とて、ナデシコは連合軍と共同戦線を張っている。
基本的にはナデシコ級の強力なグラビティブラストでチューリップを落としてから残った戦艦や無人兵器群を落とすわけだけど……今日はちょっと勝手が違っていた。
いつも通り私はナデシコを操舵し、チューリップを射程内に捕らえる。
そして艦長の号令の下、発射されたグラビティブラストは……チューリップに届く前に霧散した。
「ええ〜!?」
上の席で艦長の悲鳴が上がる。
それもそのはず。なんとチューリップの前にカトンボやヤンマ級が列を成して盾となり、チューリップから増援を呼んでいるのだ。
「どうすんのよ!? さっさと何とかしなさい!!」
キノコがヒステリックに叫ぶ。
「全艦艇のグラビティブラストを収束して撃ちぬきます! 周辺各艦に連絡! ナデシコの照準とリンクさせてください!」
「判りました!」
艦長の指示にメグちゃんが他の艦艇と連絡を取り始める。
「ちょっと!? どんどん増えてくるわよ!?」
さらにヒステリックになるキノコ。
「各艦に照準リンクの件、了解取れました!」
「ナデシコ、グラビティブラストフルチャージまであと六十秒」
それが次の一撃までのカウントダウン。
しかしヒステリックになったキノコがとんでもない暴挙に出た。
「アタシはさっさとしなさいって言ってるのよ!!」
そう叫んだキノコは下の席にいるルリルリめがけて持っていた扇子を投げつけた!
「あうっ!」
それはコンソールにあったルリルリの手に命中した。
それを理解した直後、ブリッジにいるルリルリ以外のクルーが全員でキノコを睨みつける。
「な、なによ!? アタシは提督なのよ!? 偉いのよ!?」
その視線にビビったキノコが後ずさりした直後……いきなりテイザーが作動し、キノコを打ち抜く。
「オモイカネ!? 一体何を!?」
ルリルリが叫んだ瞬間、レーダーのマーカーがナデシコとナデシコ所属のエステバリス以外の全てを敵として認識した。
そして……オモイカネの反乱が始まった……。
「なに!? 何が起きたの!?」
「エステバリス隊、味方も攻撃してますぅ!」
「味方を攻撃!?」
艦長が慌てるのも無理は無いでしょうね〜。
でも……この事を予想はしていたから、こうならないようにオモイカネに教えてきたはずなのに!?
困惑しながらも操舵で出来る限り双方の被害をなくす方向で攻撃していく。
「艦長! とりあえず照準は全部マニュアルで行くしかないみたい!!」
「えええ!? でもそれじゃ……。判りました! ミナトさん照準をお願いします! 使える攻撃手段は!?」
「グラビティブラストだけです」
私の言葉に覚悟を決めた艦長に帰ってきたルリルリの言葉は無情なものだった。
「嘘!?」
「ホントです」
艦長が絶望的な表情で聞き返すが兎に角冷静にあろうとするルリルリの返事に一瞬絶句する。
「あ〜ん! もう仕方ありません! とにかく攻撃を続けてください!」
そうして最も厳しい戦闘が始まったのだった……
誘導系兵器が一切使えないため、ナデシコはグラビティブラストしか使えない上、照準もオートに出来ないので操舵士である私が照準を合わせているが、使えるのがグラビティブラスト以外無いので一発撃ったら全力で回避、と言う事を繰り返すしかない有様だった。
「やっぱり無誘導で発射できる近接火器が欲しかったわね〜っと!」
こまめに操舵しながら思わずぼやく。
結局ナデシコの改修が間に合わなかったのだ。
三番艦カキツバタもまだドックから出てきていないため、ナデシコの改修をする暇が無かったのは痛かった。
「ダメ! 止めてオモイカネ!」
ルリルリが必死で説得するも、ナデシコのミサイルは次々と連合軍を落としていく。
「ルリルリ! 仕方が無いからオモイカネの制御しているミサイル関係の制御を全部こっちに引っ張ってきちゃいなさい!」
「は、はい!」
私の言葉にルリルリは行動を開始するのだった……。
激化する戦闘。
アキト君たちはうまく動かないエステを使って何とか戦っている。
ルリルリはオモイカネからコントロールを奪うのに必死で、それ以外のことに気が回らない。
サブオペレーター席からラピスやライカちゃん達が総がかりでナデシコをコントロールしているが、通常オモイカネがコントロールしているところまでオペレーターがコントロールしているため連携は悪かったのは痛い。
記憶の中で連合軍が撤退したのはもっとも良い方法だったのかも知れない。
なぜならあの時はオペレーターがルリルリ一人しかいなかったのだから。
ルリルリがオモイカネの制御を奪うために全力を出している今回は通常なら艦をコントロールなんて出来ない。
オペレーターを増やしたことが結果的に前回よりも被害を少なくしそうだ、と私は思った。
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「なんの!」
「とりゃぁっ!」
「いいかげんにしないとお姉さん怒るわよ〜!」
「いけ! 超電動ブットバスターブーメラン!」
「食らえ! 超振動シバイタルソード!」
……なんか訳の判らない雄たけび(雌たけび?)を上げながらラピス達もオペレートしてるけど……、一番大変なのはルリルリ。
全力のオモイカネと拮抗してそれを防いでいるのだから。
早く何とかしないと……。
「ああん、もう! 敵が多すぎてどうしようもないじゃない!」
私は思わず叫んでしまった。
「なんとかならないんですか、ミナトさん!? いつかやってたグラビティブレードとかっていうのは!?」」
メグちゃんがその言葉を聞いて、尋ねてくる。
でもそれは艦長に聞くべき事だと思うわ。
「聞く相手が違う上に戦力がどう考えても足りないでしょ! グラビティブレードはオモイカネのサポートなしじゃ出来ないわよ! 援護のエステでも出てくれれば拮抗したこの状態を打破出来るかも知れないけどね!」
エステのパイロットが全て出払っている今、そうも行かない。
「ふっふっふ……」
「副長?」
「ジュン君?」
いきなり笑い出したジュン君を見る私と艦長。
まさかプレッシャーに耐えかねてとうとう壊れた!?
しかし、うつむいていた顔を『ガバッ!』と上げたその表情は……ようやく出番が来た脇役のものだった……。
「僕が行こう!! 僕の出番だ!! 今こそ! 今こそ僕の愛をユリカに見せる時! この力はきっとこの時のための物なんだぁぁぁっ!!」
そう言ってジュン君はブリッジから走っていってしまった。
そういえば忘れてたけど……ジュン君って火星に行く途中での指揮訓練でIFSをつけていたんだっけ?
ちなみに艦長は前方のモニターで縦横無尽に駆けめぐっているヤマダ君のことだけ見ていた。……報われないわね、ジュン君……。
でも、そうやって一人の男を見つめていても指揮を忘れないのは流石というところかしら?
そして……スペアに用意されていたエステにジュン君が乗り込んで起動したのだが……
『ちょっと待てぇ! 副長、そいつは陸戦用だ! ここじゃ使えねぇぞーっ! おい、誰かアイツを止めろぉぉっ!!』
突然現れたウリピーのウィンドウがものすごい勢いでジュン君を止めようとしているけど……。
陸戦用……って言ってなかった、今?
『行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
しかしジュン君は他人の話を聞かず……、マニュアル発進でそのまま飛び出した。
ラピスたちのハッチロックの操作も間に合わなかったみたいね。
そして飛び出した直後……ハッチに飛び込んできたバッタに弾き返されて格納庫に戻ってきたのだった。
直後にハッチは閉鎖されたけど……一応開いているハッチからバッタが艦内に入るのを防げたと言うことかしら?
そして……かつての記憶の通り、敵味方を関係なく落としていくナデシコに恐れをなしたか呆れたか、木連の無人戦艦たちは帰っていき……後には敵味方の残骸が残っていた。……もちろんその殆どがナデシコが落としたものであるのは言うまでも無いわよね……。
この戦闘で最も戦績が良かったのは実はヤマダ君だった。
近接格闘戦主体のヤマダ君はミサイルなどの誘導兵器を使用せずほとんど特攻のような形で敵を屠っていたのだった。
何でも普段からオートロックは使用していなかったらしい。
射撃でもマニュアルで使っていたため、こういう事態に非常に強かったようだ。
オートロックを使わないため、オモイカネに照準を切り替えられずに目標に向かって行くヤマダ機。
結果として最も敵機の撃墜数が良くなったのだった。
おまけでアキト君が発射したミサイルがプラントに落ちそうになったのをライフルで撃ち落すという荒業まで披露したのだった。
出撃後のデブリーフィングでみんながブリッジに集まってきた時……。
「やったわねガイ君」
「だからダイゴウジ……、って今なんて?」
一瞬反論しかけて……今私が彼をなんと呼んだかに気づく。
「最近ようやくみんなに迷惑かけなくなってきたみたいだし、今回はアキト君の大ポカもフォローしてくれたみたいだからね。ご褒美として今日から『ガイ君』って呼んであげる」
「おお!!」
いや、涙を滝の様に流さなくても……。
「でも、また迷惑かけだしたら『ヤマダ君』に逆戻りだからね?」
「お、おう……」
そこはキチンとしておかないとまずいのでガイ君に釘を指しておく私。
「ところでジュン君は?」
「ジュンか? アイツなら医務室に連れてかれたけど……。なんでアイツがエステに乗ってたんだ? よく判らない事を言ってたんだけど……?」
艦長の質問に答えるアキト君。
……また例のブロックサインでの会話だったのかしら……?
そうこうするうちに帰ってきた副長。コルセットが痛々しいわね。
「クビのムチ打ち以外には大した事は無いわ。でもしばらくはロクに喋れないわよ」
付き添ってきたイネスさんが怪我の程度の『説明』をした。
そしてデブリーフィングが始まった。
「死傷者が出なかったからういいようなものの……この戦艦、一隻いくらするとお思いです!?」
プロスさんが指差した戦艦を見てイズミちゃんが一言。
「あ。あれ私が墜とした奴だ」
「あのですね! あのジキタリスはこのナデシコより高価いそうでして……」
イズミちゃんの言葉に反応し、経理らしい発言をするプロスさん。
性能がナデシコより低くて値段が高いのか……。ぼろもうけね。
「アタシも五十機墜とした」
ヒカルちゃんがのへ〜とした調子で戦果を話す。
「ヒカルにしちゃあいい出来ね」
イズミちゃんがヒカルちゃんを誉める。
「ただね〜」
「ただ?」
リョーコちゃんが聞き返す。
「よ〜くみたらみんな地球連合軍のマークつけてて……」
「ただ……では済みません……」
胃に穴が開いたような顔をするプロスさん。眼鏡が変な具合に光って……本当につらそう……。
「僕は墜とした数だけ言おう。七十八機だ! 敵味方合わせてな」
「六十二機が味方です!」
「あ、そう……」
頭を抱えたプロスさんの言葉にバツの悪そうな顔をするアカツキ君。
「アキト、貴方はさっきから黙ってるけどどうだったの?」
引きつった笑顔の艦長がアキト君に話を振る。
「俺? 俺はみんなほど酷くは無いよ。ミサイルを封印してライフルだけでやってたから……。ただ……」
「「「「「「「ただ?」」」」」」」
ヒカルちゃんと同じ言葉に全員が聞き返す。
「オモイカネに乗っ取られたシステムからミサイルを発射されて……それが連合軍の燃料基地に……」
「貴方、あそこの建設費ご存知ですか!?」
真っ赤な顔で怒鳴るプロスさん。……レアな表情よね……。
「……着弾する直前にガイが撃ち落してくれたおかげで大事には至らなかったけどね……」
「……それは、本っ当に幸いです……」
すでに顔色が土気色になっているけど……プロスさん大丈夫?
「今回、味方に被害を出さなかったのはヤマダさんだけですか……」
まるで奇跡のような結果よね〜。いつもならガイ君がみんなに迷惑をかけてるんだし……。
「みんな損害保険に入っているんでしょう?」
「当然です。しかしお見舞金ぐらいは払わなければならないでしょう。とにもかくにも味方に死傷者が出なかったのは奇跡的幸い。この上慰謝料払ったらどうなっていたことか……」
……やっぱりそっちが気になるのかしら……。
「約一名ムチ打ち症がいたけど」
イネスさんの視線の先にはコルセットの着いた副長がいたのは言うまでもないでしょう。というか身内だから損害扱いされていないのかしら?
『で、原因は一体なんだったのかね?』
ウィンドウの向こうには連合軍総司令のしかめっ面が見えるけど……まあ仕方ないわよね……。なんせ被害の八割以上がナデシコの攻撃によるものなんだから……。
『装置の故障かね!?』
『それとも人為的なものなのかね!?』
きいきい喚く連合軍の高官たちの気持ちは解るけど……貴方たちも原因の一環なんだからちょっとは静かにしなさいって。
「いえ、機械・人とも異常は見当たりません」
ルリルリが冷静に返すのをにらみつける総司令。
『では何だと言うんだ?』
「ナデシコのメインコンピュータ『オモイカネ』があなた方連合軍を『敵』と認識しています」
ルリルリの言葉に総司令が驚愕の表情になる。
『何だと!? どういうことだ!?』
「不明です。オモイカネに説明させますか?」
「『説明』だったらこの私が! はうっ!?」
ルリルリの言葉にいきなり『説明』しようとしたイネスさんが突然気を失う。
なぜなら、そのすぐ後ろに居た私が以前艦長に使った『ウリバタケ特製スタンガン』を使ったからだ(笑)。
「ミナトさん……」
「いや、だって、この人に説明させると五分で済むものが五時間になっちゃうじゃない」
「間違っていはいないと思いますけど……。目を覚ましたらどう言い訳するんですか?」
ルリルリはそっちを気にしていたらしいけど……。
「そこのキノコがやった事にすればいいじゃない?」
私が指差した先には、一応人類の近縁種として分類されるキノコがいた。
「……それもそうですね」
「うむ、問題ない」
「そうですな〜。そうした方が話も早いですし」
「ちょっと待ちなさい!? 何を話しているのあんたたちは!?」
ルリルリにゴートやプロスさんも同意するすばらしいアイデアに突っ込んでくるキノコは無視する。
『話の腰を折るんじゃない!』
放置されていた総司令が声を荒げた。
「……そういえばそうでした。じゃ、オモイカネ。説明して」
ルリルリに促され、総司令のウィンドウの前にオモイカネが自分のウィンドウを表示する。反対側にいる私たちにも見える位置に別のウィンドウを表示するのは私の調教……もとい教育の成果かしら?
<……理由その壱:そこのキノコが気に入らない>
『……なぜ気に入らない』
すでに総司令からもムネタケ提督は『キノコ』で認識されているらしい。
<……僕らの役に立ってない。出航直後に乗っ取りを企むし、第三防衛ラインに嘘の命令を出してナデシコを奪おうとした。地球に戻ってからはネルガル所有のナデシコを私物のように扱うし、ブリーフィングをわざわざ就寝時間中に行おうとして無理矢理ルリたちを呼び出そうとするし。いるだけで士気が落ちる>
『……今の話は本当かね? ムネタケ中佐?』
「ほ、ホントのわけないじゃ……」
オモイカネの言葉に総司令が半眼でキノコを睨みつけ、キノコは一生懸命誤魔化そうとしているけど……ナデシコを舐めないでよ?
「全部本当です」
ごまかそうとするキノコの後ろで私が宣言し他の全員がウンウンと頷く。
<証拠の映像もある。送るよ>
オモイカネから送られた映像を確認するようにコミュニケの画面の中で視線をそらす総司令。
その顔が徐々に渋面になっていくのを私たちは見ていた。……キノコだけは青くなっていくようだったが誰も気にはしていない。
『……確認した。……ムネタケ中佐』
「は、はいっ!」
『減俸十二ヶ月、プラス一階級降格だ。この艦は連合軍の協力者であって君の私物ではない!』
「そ、そんな!?」
ナデシコ出航時に大佐だったらしいけど……乗っ取り失敗で降格してさらに降格とは……自業自得ね♪
<理由その弐:連合軍やネルガルが用意したオペレーターが下手すぎる。ルリやラピスなら五秒で終わる作業に五人がかりで二十秒かかる。ストレスが溜まってフリーズしそうになる>
『それについてはこちらではいかんともしがたい。現場の人間に頑張ってもらうしかないな』
オモイカネの言葉に諦念の混じった返事をする総司令。
まあ、実際に今の軍じゃこれ以上の人間は用意できないでしょうね……。
<理由その参:軍は、ルリと仲良くしてくれているアキトの故郷とそこに住む人たちを見捨てて逃げた>
『『アキトの故郷』とは?』
「……火星の事です。この艦のクルーであるテンカワ・アキトさんの故郷、火星はフクベ提督やムネタケ元副提督がその時の火星駐留軍を指揮していました。フクベ提督はその後の運行やナデシコが火星から脱出する際に尽力してくれたのでオモイカネも許しているのですが、ムネタケ元副提督は私たちクルーの神経を逆なですることしかしません。こんな人が『提督』になれる『連合軍』という存在をオモイカネも私たちも信じられないんです」
オモイカネの言葉に質問を返す総司令に出来うる限り冷静に……しかしつらそうな顔をして説明するルリルリ。
「ちょっと! 『副提督』ってどういう意味よ!? 私は『提督』よ!?」
しかしそのルリルリの言葉をさえぎろうとする空気の読めないキノコに対し、黒ルリルリが降臨する。
「『元』副提督である事は事実だと思いますが?」
そう『黒い』ことを言うルリルリの後ろでみんながウンウンと頷いていた。
……やっぱりどう考えてもこの間のホワイトデー以来、ルリルリの『黒さ』が増してるわね……。
私がそんな事を考えている間に話は進んでいた。
<理由その四:このキノコがルリに暴力を振るった>
そのオモイカネの大きなウィンドウによる発言にまたもみんながウンウンと頷いていた。
「児童虐待だよね〜?」
「むしろ婦女暴行です!」
ヒカルちゃんとメグちゃんの辛辣な言葉に引くキノコ。
『……どうやらこの問題のほとんどの原因は君にあるようだねムネタケ少佐?』
肩書きが『中佐』から『少佐』に変わるのは確定らしいわね……。
「ちょ、ちょっと待ってください総司令!?」
『進退の沙汰は追って知らせる。それまでに身辺整理は済ませておくように』
「そんな!?」
絶句するムネタケから視線を変えてナデシコクルーの方を向く総司令。
『それからナデシコの諸君』
「はい」
向けられた言葉に艦長が答える。
『例え、そのような理由があったとしても今回のような攻撃は問題だ。よってこれからそちらのメインコンピュータの調査をさせてもらう』
「それは……」
艦長が言いよどんだが、この状況では反対できない事は理解できている。プロスさんが何も言わないのも同じ理由だろう。
『我々が調査して問題があればナデシコのメインコンピューターのデータをデリートし、連合軍に忠実なプログラムに書き換える!』
「そんな!?」
艦長が悲鳴を上げる。
「そんな事をしたらオモイカネの経験が全て失われてしまいます!」
「困りましたな〜。そうなると我々ネルガルとしては大損なのですが」
ルリルリとプロスさんの言葉にも総司令は耳を貸さない。
『これは決定事項だ! 通達は以上とする!』
そう言って切られた通信に私は出来る限り予防策をとる事にした。
要するに説得である。
そして……。
「わ、私じゃないわよ〜!」
私は慌てて両手を上げて操縦していないことをアピールする。
結局オモイカネの説得には失敗してしまった。目の前で連絡艇が墜ちていき……、そこから脱出艇が出てきた。
脱出艇を映していたウィンドウにいきなりターゲットサークルが重なった。
オモイカネが今度は脱出艇をロックオンしたのだった。
それを見たルリルリが慌ててコンソールに手をやる。
その両手のIFSがフル稼働して説得に当たる。
「ダメ! オモイカネ、それは敵じゃない!」
しかしそれでも止まる様子が無いので、私は最終手段を使う事にした。
「止めなさい、オモイカネ!止めないと……
貴方がルリルリに隠している秘密のファイルの内容
をルリルリに話すわよ?」
ピタリとロックオンを止めるオモイカネ。
そして脱出艇はナデシコに収容されたが、その後のルリルリの無表情のほうが遥かに怖かったのは言うまでも無いでしょう……。
「ミナトさん……、さっきの『秘密のファイル』とは一体どういうことでしょうか……?」
いや、ルリルリの顔ものすごく怖いって、無表情で。ほら、ラピスもゴートの後ろに隠れちゃってるし。
「勘よ、勘。オモイカネの事だからどっかにそんなファイルを隠しているんじゃないかな〜、って」
とっさに誤魔化す私。
しかし『黒い』ルリルリの前に、全てのブリッジの人間は離れていった。……私を生贄の羊にしないでよ〜!!(涙)
そう思った瞬間、目の前にウィンドウが現れた。
<ああっ!? バレた!?><嘘つくなんてズルい!><大人って! 大人って!>
乱舞するウィンドウに微笑む私。
「自分でバラしといて何言ってるの? もっと上手く隠してから言いなさい」
とりあえずそう言って誤魔化す私だった……。
結局、連絡艇撃墜が感情を逆なでしたらしく、データのデリートが即日決定してしまった。
その軍人たちのヒステリーぶりには、かなり公私混同が混じっており、調査団と言うのが名目のみで始めからデリートありきだったことが見て取れたけど……もう少し、大人になりなさいよね。どこかの国の二世・三世議員じゃあるまいし。
「ミナトさん」
自室に居た私の前にルリルリとラピスが立っていた。
ブリッジのオペレーター席はオモイカネのデリート準備で使えないため、その隣の操舵士の仕事もないからだ。
そして二人の表情は真剣そのものだった。
だから私は彼女たちが何を言いたいのか、すぐに解った。
「オモイカネを助けたいのね?」
「……はい。確かにオモイカネのやった事は問題かもしれませんが、デリートなんて……オモイカネを殺すことは間違っていると思います」
「ミナト、オモイカネを助けるのに手を貸して!」
二人にとって『友達』であるオモイカネを助けたいと言うのは良く判る。
だから、彼も呼ぶ事にした。
「じゃ、こういう事が得意そうな人を呼びましょうか?」
そう言って私は立ち上がり……彼を呼び出した。
嬉々として参加すると言ったのは予想通りだが……あの魔窟に入らなきゃダメなのよね……。
ルリルリがアキト君を呼びに行くのに私たちはついていく。ラピスはウリピーのところに先に向かってもらっていた。
今は食堂での勤務時間のはずだから食堂へ向かう。
食堂に入ると浮かない顔でスープの味見をしているアキト君を見つけた。
「アキト君」
その声にアキト君が振り向く。
「あれ、ミナトさん。どうかしたんですか?」
「うん、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいかな?」
「頼みごと?」
「うん。ほらルリルリ」
そう言ってルリルリを前に出す。
「あの……アキトさん。……お願いしたい事があるんです。いいですか?」
「お願いって……」
真剣な目のルリルリにちょっと圧倒されているアキト君の向こうから了承がかかる。
「いいよ、連れてきな」
「ホウメイさん……」
それはナデシコにおける唯一の常識人・ホウメイさんだった。
「何するつもりなのか知らないけど、テンカワが必要なんだろう? そんな辛気臭い顔で料理されるより心配事をすっきりさせるほうが重要さ。持ってきな」
「ホウメイさん……ありがとうございます」
ルリルリと私が深々と頭を下げ……アキト君を連れて外に出たのだった。
そして来たのは『瓜畑秘密研究所ナデシコ支部』。
しかして、その実態は……ただの魔窟よね……。
「くせぇなぁ……」
「じきに慣れる!」
アキト君の感想を一言の元に切り捨てるウリピー。
まったく……掃除したいわ、こんな部屋。プラモとシンナーの匂いに埃と何だか判らない匂いが入り混じってて……。よく病気にならないわね……。
「普通、男の部屋ってもっと綺麗だよ」
「この部屋、嫌です」
ラピスとルリルリの感想ももっともでしょうね……。
「しょうがねえだろう。ブリッジは占拠されちまってるし、制御室も同様だ。こんなやばい仕事、他じゃあ出来ねぇよ、ってそこ! 足元気をつけろ! 作りかけのフィギュアがあるんだ!」
「「「「え?」」」」
そう言われて視線をやった私達が見たモノは……火星脱出前にやっていた『なぜなにナデシコ』で出てきたユリカウサギとお姉さんルリのフィギュア。
そして……最近作り始めたらしいラピスとライカちゃんのナース服モデル……。前回は無かったわよね……? いなかったんだし……。
「こんなところで出来るんですか、そのデバックって?」
アキト君が疑わしそうに言うがそれを平然と跳ね除けるウリピー。
「ふっふっふ……。こう見えてもなぁ、オモイカネには何度もアクセスしてんだ。プログラムが見事なんで見てても飽きねぇし……。よし出た!」
ピピッ!という小さな電子音の後、ウィンドウに表示されたのは……割烹着をつけ、チリトリとハタキを持ったSDエステだった。
「あ、私のぬいぐるみと同じ」
それを見たラピスが嬉しそうな声を上げる。
「エステバリス……」
「のイメージプログラム。オモイカネのプログラム内に入り込んで悪いところを探したり直したり出来るサイバースペースの……ま、必殺掃除人だな」
アキト君の言葉を取って説明するウリピーだが……まあ、明貴美加っぽいデザインの『エステバリスガールズ』なんて出されるよりはマシかしら?
「それにしても……」
「なんだよ? 俺の趣味に文句あるのか?」
「いえ、別に」
ウリピーのにらみに即座に韜晦するアキト君だった。
オモイカネを消去させないためにオモイカネの中に入る二人。
前回は艦長がいたらしいけど、今回は私だ。
そしてサポートにラピスが付いた。
「さぁ〜行こうかぁ〜! テンカワエステ起動!」
「は〜い」
やる気満々のウリピーの号令とさっきのSDエステでやる気が半減したらしいアキト君の返事でオモイカネ救出作戦がスタートする。
『これがコンピューターの中だって……?』
ウィンドウの向こうにはアキト君の首をつけたSDエステの前に広大な……そう、図書館のようなイメージが広がっていた。
さらにそこにはお掃除をしている割烹着エステがそこかしこにいて、本棚を整理したり、あるいはハタキをかけたりしていた。
「それはあくまで俺がビジュアル化したコンピューターの記憶中枢のイメージだ。いや〜思い出すぜ〜。七回受験に失敗したマサチューセッツ工科大学の図書館を……」
『で、何処に行けばいいんすか?』
ミニチュア化したルリルリを肩に乗せたアキト君が悦に入っているウリピーを半眼で睨む。
『私が案内します』
ウィンドウの向こうのルリルリが宣言し……その矢印に沿って移動を始めたのだった。
上書き中の新しい軍のプログラムを素通りしてオモイカネの中枢へ急ぐ二人。
『あれが?』
『オモイカネの自意識の部分。今のナデシコがナデシコである証拠です』
ウィンドウに映ったのは某電気会社のコマーシャルに使われているような大きな木であった。
『アキトさん、これであのてっぺんに伸びた枝を切っちゃってください』
そう言ってルリルリがアキト君に差し出したのは……高枝切りバサミだった……
……前回もこうだったのかしら……? 直に見ていないからなんとも言えないんだけど……。
『オモイカネ……少しだけ忘れて……。そして大人になって……』
アキト君はその言葉を聞きながらオモイカネの木の花を切っていく。
『いいのかなぁ、これって……』
ウィンドウの向こうではため息をつきながら花を切り落としているアキト君がいた。
しかし……。
『うわぁぁぁぁぁっ!!』
ウィンドウの中のアキト君がいきなり何かに突き飛ばされた!
「アキト君!?」
「アキト!?」
私とラピスは叫び、ウリピーはコンソールを操作する。
『何だ!? 何が出たんだ!?』
「コンピュータの異物排除意識! オモイカネの自衛反応だ!」
周囲を見回すアキト君に説明するウリピー。……今回はイネスさんは出てこないようね……。
『は?』
『大事なものを忘れたくないエネルギーです』
何を言われたのか判らないアキト君にルリルリが噛み砕いて説明する。
そこに出て来たのは……ゲキガンガー3だった!!
始まったゲキガンガーとアキト君の戦闘。
しかしそれは変形のためゲキガンガー(オモイカネ)が分離したところでエステで取り付いて各個撃破するというアキト君の作戦勝ちだった。
<ああっ!? 合体中は攻撃しないのがお約束じゃないかぁ!!>
『実戦でそんなお約束が通用するか! 現実はアニメじゃないんだ!!』
……どうやらガイ君と一緒にゲキガンガーを見ていて洗脳されていたらしいわね……。
「ふっふっふ……。オモイカネに変な事を教え込むなんて……ガイ君には後でお仕置きしなくちゃいけないわねぇ……」
その時の私は……それを聞いていたウリピーとラピスが少し引いていたほどの『黒さ』だったらしい……。
オモイカネ(ゲキガンガー)との戦闘を終えたアキトにルリルリが声をかける。
『アキトさん、急いで新プログラムを止めましょう! このままだと間に合わなくなります!』
『判った!』
そう言って身を翻すテンカワエステ。
『しかし、大丈夫かな、連合軍のプログラムを殺っちまって。奴らに気づかれちゃ拙いんだろう?』
「だーいじょうぶ! あちらさんのコンピューターにはさっきからダミーのプログラムを流してる!」
アキト君の疑問に答えるウリピー。それなら大丈夫よね。
「思う存分やっちゃいなさい、アキト君!」
「頑張れアキト!」
『了解!!』
私たちの声援を受けてテンカワエステが加速した。
そして……本来のエステなら開かない場所が開いて全身からミサイルが飛び出し、連合軍のプログラムを撃沈したのだった……。
連合軍のプログラムを排除したあと、オモイカネの記憶を探って秘密のファイルを見つけたルリルリ。
そこには……とてもいい表情をしたルリルリが映っていた。
アキト君に『あ〜ん』しているルリルリ……。
ラピスとアキト君を取り合っているルリルリ……。
お風呂場で私の胸と自分の胸を見比べてため息をついているルリルリ……。
お菓子を美味しそうに食べているルリルリ……。
真剣に仕事をしているルリルリ……。
ドレスを着ているルリルリ。
入浴中のルリルリ。
私の胸の中で眠っているルリルリ……。
アキト君のベッドにこっそり潜り込んで寝ているルリルリ。
ベッドの中で寝ぼけたアキト君に愛撫されてイキそうになっているルリルリ……。(いや、問題だろそれは!By天の声)
一部、ラピスや私の映像もあったけど、ほとんどはルリルリのものばかり。
やっぱり、オモイカネはルリルリの事……
ちなみに……ウリピーにはそのファイルを確認する直前に眠ってもらいました。スタンガンで説得して。
だって下手をするとアキト君が殺されかねないし♪。
これにて一件落着、ね。
ただ……テンカワエステを見たラピスが『自分のエステのぬいぐるみにもアキトの顔が欲しい』と言われ、アキト君の顔が付いたアサルトピットを結局三つ作る事になった事は……あの子達のために少しの間黙っておきましょう……。
アキト君をからかうネタになりそうだし(笑)。
なお、だまされた連合軍が帰ってから一時間後……普段人が来ない通路の隅でボロボロのガイ君が発見されたそうである。
本人に聞いても口を閉ざすばかりで加害者は不明。
オモイカネもこの一件についての艦内情報の提出を拒み、関連情報をこっそりデリートしていたため当事者以外に詳細は判らず、そのまま風化していったのだった♪
同時刻、ネルガル佐世保ドック━━━
「さあて、これでテストの全工程終了。お疲れ様、ハーリー君、キラちゃん」
エリナがブリッジのオペレーターコンソールに手を当てていた二人に声をかける。
「これで完成なんですね」
「ええ、そうよ」
ハーリーの言葉に上機嫌なエリナ。
「これで……アキトお兄ちゃん喜んでくれる……?」
「ええ、そうね。私もお姉様とずっと一緒にいられるわ」
キラに言葉に何か間違った理由で嬉しそうなエリナであった。
「これで……エリナの着せ替えから解放される……」
小さく握りこぶしを作るキラに冷や汗を流しながら尋ねるエリナ。
「……そんなに嫌だった……?」
「うん」
冷や汗混じりのエリナの言葉に即答するキラ。
……一体何着着せ替えたんだ……?
ちなみに今の服装は、ピンクのフリフリワンピースであった。勿論コーディネートはエリナ、財布はアカツキである。
艦から降りてきた三人が見上げた先……。
そこにはナデシコと似て非なるフォルムをした新造戦艦、ナデシコ級三番艦『カキツバタ』と新型のエステバリスの姿があった。
あとがき
カキツバタ登場、キラたち再登場〜!
ってなわけで喜竹です。
遅くなって大変申し訳ありませんでした!! orz
実は今回、かなり長い間『DIE』スランプに陥っておりました……。
思い当たる節が全く無く……ちょっとショックだったというのはセルゲイの親父が死んだことと今年のボーナスがなくなったことでしょうか。
……って、俺、親父萌えかよ!?
好みは基本的にルリとかラピスとかイツキとか夕陽とか霞とかまりもちゃんとか真那さんとかクランとかクローディアとかナナリーとかミレイとかヴィオレッタとかテッサとかフェリとかリーリンとかメイシェンとか琳ちゃんとか春香ちゃんとか美夏ちゃんとか葉月さんとかアリスとかリィルとかエィナとかクッキーとかテセラとかマリニアとかセシルとかアルとかエセルドレーダとかハヅキとかライカとかイリヤとかセラとかセトナとかミナさんとかこころんとかあるとちゃんとかユメちゃんとか椛ちゃんとか綾ちゃんとか千紗ちぃとか南さんとか椎名マコトさんとか青葉とか末莉とか真純さんとか楓とかマリアとか花火とかメルとかカペルテータとかナレアとかカミュとかユズハとかウルトとかなのに!?
……改めて言うと結構あるな……。しかも年齢や巨乳・貧乳や髪や肌の色なんて関係無いし。
つーか、これで作品全部判る人どんだけいるんだか……。
次回十三話でやっとこ折り返し点に到着です。
長かったなぁ……(しみじみ)。
次は出来るだけ早めに書きますのでどうかご勘弁を。
そういえばTV版はこの話で初めてルリルリが『アキトさん』って言ってたんだよなぁ……。