「――――――と、いう訳でテンカワアキトさん、あなたにはコックとして、ルリさんとラピスさんには二人には正副オペレーターとしてナデシコに乗って欲
しいのですが……」
そう言って、相手の男の反応を見るプロスペクター。
彼には目の前の男がこの交渉の鍵を握ることはわかっていた。
調査ではかの少女たちはこの男に心酔しており、かれが反対すれば決して交渉に応じないだろう。
そして、ネルガルにマシンチャイルドがいない今、社運を賭けたナデシコのオペレーターたる人材はこの家に住む二人の少女しかありえない。
プロスは最大限の譲歩をしてでも彼の協力を仰ぐつもりであった。
「この戦艦、ナデシコにはいろいろと新技術を取り入れておりまして今までの戦艦とは比べ物にならないほどの性能をもっています。
ですが、その代わりに特別なオペレーターが必要となるのです。
ですので、ぜひともあなた方にはナデシコに乗ってもらいたいのですが」
饒舌なプロスとは打って変ってアキトは目を瞑ったまま何も喋らない。
断固とした拒否を示しているのか、内容について考えているのか。
それはプロスにも分からない。
今プロスが出来ることはただ、出来る限り相手の気を引くような情報を提示することだけだった。
「いえいえ、めったな事では落ちませんよ、このナデシコは戦艦とはいっても……」
「も、もちろん給料も弾みますよ。
この程度ではいかがでしょう。
他の方と比べてもだいぶ色をつけておりますが」
「ええと、こほん、ここだけの話しですが、ナデシコは火星に向かうんですよ。
テンカワ・アキトさん。あなたの故郷である火星にです。
ぜひとも、いまだ火星に残る人々を救うためにもあなたたちに乗ってもらいたいのですが……」
しかし、アキトはその姿勢をまったく崩さず、何も喋らない。
彼は一切交渉に応じるつもりは無いようだ。
それがわかってなお、プロスは言葉を重ねようとするが・・・・・・
「……何か言ったらどうだ」
今まで、交渉をプロスに任せ、何も喋らなかったゴートが何も言わないアキトの態度に苛立ったのか威圧的にアキトに言う。
プロスはゴートに対して内心怒りを隠せない。
アキトは何も話さないまでも黙ってこちらの言うことを聞いてはくれていたのだ。
そこへこんな態度を見せたらどうなるか。
そして、彼の予想は当たってしまった。
「断ります」
アキトはまったく迷いを見せない目で言う。
交渉の余地はまったくなさそうだ。
「……っ!条件に不満があるなら改善いたしますが?」
プロスが食い下がる。
心の中でゴートにボーナスカットを言い渡しながら。
その必死さにアキトはちょっと困った顔をして口を開いた。
「いや、不満以前の問題に……」
「あっ!」
ガシャン!!
「ラピス!何やってんですか!」
「ごめん、ルリ。コップ落とした」
「ああ、もう!静かにしてくださいとあれほど!」
「おぎゃあ!」「おぎゃあ!」「おぎゃあ!」「おぎゃあ!」
「この前、子供が生まれたばかりなので(照れたように頭をかきながら)」
「…………(唖然)」
「…………(呆然)」
「…………(まだかいている)」
「…おめでとうございます(搾り出すように)」
「……むぅ(?)」
「可愛いんですよ、この前なんか……(親ばか)」
親馬鹿たちの誓い
BY小林
――ブリッジ――
「ルリちゃん!グラビティーブラスト発射準……「うるさいです!!!!」え、え、え?」
「ようやく、寝付いたんですから静かにしてください!!」
「ご、ごめんルリちゃん」
「まったくこれだから、がさつな人は……」
「ルリ、怒ってもしょうがないよ。どうせ治らないんだから。
それよりもこの子達、部屋に寝かせに行こう」
「……それもそうですね、では」
「今は戦闘中だ!後にしろ!」
「ゴートさんも艦長と同じでデリカシーのかけらもない人のようですね」
「なっ」
「だから、女の子にもてない」
「むぐっ」
「心配しなくてももうアキトさんが全部落としてますよ。
私は自分の仕事を放棄するほど無責任な人間じゃないので」
「うごっ」
「あら、本当に終わってるわねぇ」
「それでは」
「じゃあね」
「…………………………………俺が何か……悪いことでも……したのか?」
――食堂――
「ねえ、ルリルリにラピラピ。赤ちゃん、私にも抱かせてくれない?」
「あっ、私もいいですか?」
「ミナトにメグミ……ルリ、どうする?」
「いいんじゃないですか、ラピス。はい、優しく抱いてくださいね、ミナトさん」
「ん…メグミ」
「ありがとう。ん〜、やわらかくて、暖かくて、本当に赤ちゃんって可愛いわよね」
「本当ですねぇ」
「「……ふっ」」
「……えーと、今のは何かしら二人とも?」
「可愛い可愛いって言ってるだけの人たちはいいですよねぇ」
「子育ての大変さを知らない」
「ふ、二人とも目が怖いわよ」
「昨晩だって、四人が順番に夜泣きして……」
「3時間も寝てない」
「お、落ち着いてください、二人とも」
「いえ、もちろんこの子達は可愛いですよ。それこそ自分の命よりも大切です。でも、それでも……」
「ノイローゼになりそう。疲れた」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「……はぁ」」
「大変なんですねぇ」
「そうみたいね」
――廊下――
「あ、ちょうどいいところに、プロスさんちょっといいですか?」
「なにか御用ですか?テンカワさん?」
「ええ、ちょっとお知らせしたいことがありまして」
「ふむふむ」
「端的に言うと……」
「端的に言うと?」
「がんばりすぎました」
「………はっ?」
「三ヶ月でした、二人とも」
「…………」
「それもどちらもまたもや双子」
「…………」
「…………」
「…………」
「産休を二人分、お願いします」
「できますかっ!!」
「――――で、ですね。抱き上げると泣いてたのがうそみたいに泣き止んでくれて、ホントにもう、可愛い過ぎですよ。
それで……プロスさん、プロスさん、聞いてますか?
ここからが、あの子達の可愛さがよく分かるところなんですよ。
ちゃんと聞いてくださいよ」
プロスは浮かれたようなアキトの声をどこか遠くに聞きながら、脳裏に浮かんだ数々の想像に嘆息する。
どれもこれもありえそうだからたちが悪い。
子供が生まれたなんていう重要なことを調べられなかった諜報部にボーナスカットを決意し、隣の男を見てみると……
「ほう、それでどうしたんだ」
とても興味深そうに聞き入ってやがった。
プロスはゴートに対する更なる減給を決意すると、悲痛な覚悟でとりあえず親ばか暴走気味のアキトを止めにかかった。
「あの〜。テンカワさん、ちょっといいですか?」
「―――――ここにそのときの写真が……なんですか? プロスさん」
「いえ、あなたはその、子供がいるから乗ることを拒否するんですよね?」
「無論ですこんな可愛い子供たちを戦艦に乗せるとかそんなことを考える外道ですかあなたは最低ですね」
「最低ですな、ミスター」
「ゴートさんは黙っていてください。
どちらの味方ですかあなたは「それは無論、子供の……」
それはいいですから、とにかく黙ってください。
テンカワさん、子供は当方でお預かりすると言っても?」
にこやかに笑いながら暴言を吐いてくるアキトにも、余計なことを言ってやる気をそいでくるゴートにも負けず、プロスは喋り続ける。
「論外です。
けんか売っているんですかあなたは……」
「加勢するぞ、テンカワ」
物騒に目を光らせるアキトに懐に手を入れるゴート。
プロスも意地になって、もしくは自棄になって喋り続ける。
「どうしても……?」
「どうしてもです」
「あなたは確か無職でしょう。家族のために定期収入を得ようとは思わないのですか?」
「貯金は十年は遊んで暮らせるくらいありますし、いざとなったらネルガルやクリムゾンの裏金でも失敬します。
ああ、当局にでも連絡すれば金一封もらえるかもしれませんね」
「火星にいる子供たち――――」
「人類全体よりも自分の家族のほうが大事―――――」
・
・
・
・
・
・
「はぁ、はぁ、はぁ、そ、それなら、お二人にも話をさせていただけませんか?
一応聞いてみないことには……」
十分後、そこには息切れをしているプロスといまだニコニコと笑っているアキト、親の敵を見るような目でプロスを見続けているゴートがいた。
プロスは埒があかないと思ったのか、胃に穴があきかねないと思ったのか、本命の二人を説得しようと考えたようだ。
その言葉にアキトは少し考え、
「………いいでしょう」
そう言って、奥に引っ込んでいった。
いまだにプロスを睨み続けるゴート。
睨み返すプロス。
目をそらすゴート。
(はぁ、手当てはつかないのでしょうなぁ……)
ため息をつくとプロスはすっかり冷めてしまったお茶を胃薬と共に一息に飲み干した。
「嫌です」「イヤ」
座ったなり、断ってくるルリとラピスの二人に開きかけていたプロスの口が半開きのまま固まった。
残りの二人はというと、子供の話で盛り上がっている。
「ええと、まだ何も話してはいないのですが……」
「それなら大丈夫です。全部聞いていましたから」
「はあ、向こうまで聞こえるような声じゃないと思ってたんですが……?」
「愛の力です。アキトさんのことなら何でも知っていますし、何でも分かりますから」
「………ん、これが『愛の力』」
頬に両手を当て身をくねらせるルリに、いまだ話に夢中になっているアキトの襟元から小型の機械を取り外すラピス。
所詮、盗聴機だ。
気圧される様に身を引きながらもプロスは口を開く。
勿論盗聴機のことは流してだ。
「り、理由を教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「勿論、子供のためです」 「そんなことも分からないほど馬鹿なの?」
「そ、そこを何とか!たいていのことなら、何とかしますから!」
がばっと、立ち上がってテーブルに両手をついて頭を下げるプロス。
「そうはいっても、家族より大切なものなんて何もないですし……」
「それに土下座だったら地面に這い蹲って、ちょび髭眼鏡」
「わ、分かりました!」
プロスはラピスの言葉に地面に額をこすりつける。
彼がこの契約にどれだけのものを捧げているのかが分かるようだ。
それだけの必死さがその姿にはあった。
しかし、ラピスはその姿を見て本当に、本当に愉快そうに、
「頭の油で床が汚れる。やめて」
プロスにとどめを刺した。
ぽたっぽたっ、とプロスの俯かせた顔の下のじゅうたんにしみが出来ていく。
「う……ううう………」
嗚咽も漏れ始める。
彼は年甲斐もなく本気で泣いていた。
自分の娘ほどの年齢のラピスにあそこまで言われて、人として大事なものが折れてしまったようだ。
同情したのか、先ほどまで熱心に親ばかの話を聞いていたゴートが駆け寄って助け起こす。
「うう……ゴートさん………」
人の優しさに触れたおかげか、ようやく顔をあげるプロス。
その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
顔をしかめる四人。
無論ゴートも含まれている。
「なんですか?ミスター」
優しい言葉をかけ、あわよくば給料を上げてもらおうと考えるゴートにプロスは、
「一年間、給料50%カッ「後は任せておいてください、ミスター」」
ゴートはさわやかにプロスに笑いかけると、服についた汚れを払い顔をハンカチで拭い、元の位置に座らせた。
そのハンカチは一週間ポケットに突っ込んだままなのは彼だけの秘密だ。
そして、先ほどまでとは打って変って真面目な顔でテンカワ夫妻に向け話し掛ける。
「さて、ここからは俺がミスターに代わって話そう」
「…………どうぞ」
これまた先ほどとは打って変った真面目な態度で交渉に応じるテンカワ夫婦。
「…………………………」
釈然としないプロス。
ゴートは言葉を続ける。
「俺の言いたいことは一つだけだ、テンカワ―――――――」
誰かののどのなる音が静まり返った部屋に響く。
「子供のために未来を作ってみないか?」
「なにいってるんですか!」
「なるほど――――子供のために世界の一つや二つ手に入れろと
いうことですね?」
「って、テンカワさんも―――!」
「それが真に母親のとるべき道のようですね」
「ルリさんまで!!」
「いいこと言うね、ゴート」
「ラピスさん!!」
「そのとおりだ、協力は惜しまん」
「ゴートさん!!!」
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「ええと、ここにサインすればいいんですね」
「ああ、頼む」
「はい、……ほら、二人も」
「はい」 「ん」
「ではこれから頼む」
「いえ、こちらこそ」
和気あいあいと四人が話をしているその部屋の片隅でプロスは、
「『辞』ってどう書くんでしたっけ?はっはっはっ、こんなことも分からないほど私は無能だったんですね」
必死に『辞職』という漢字を思い出そうとしていた………
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あれ?
今回は子供とアキト、ルリ、ラピスが主役だったはずが、いつのまにかプロスに……
こんなんばっかですか、小林は?
そもそも子供の名前すら決まってませんし、
続くんでしょうか?
小林にも分かりません。
感想
小林さん作品第二段!
ナデシコに行く前に既に二人と付き合っていたら!
いや、まあさすがといいますか今回も凄い設定です♪
ルリ嬢にラピ嬢の二人に双子を生ませて四つ子ですか…
アキト…鬼畜ですなぁ…
多分ルリ嬢とラピ嬢は年齢が違っているのでしょうね。
でないとやば過ぎですし(汗)
別にその年齢でも、私は一向に構い
ませんよ…
愛するアキトさんの子供を身ごもれるなら♪
ラピスは余計ですけどね。
まあ、アレかなアキトには不思議な能力があって、作る子がみんな双子なんだ。きっと
バカな事考えてますね。でも、双子ばかりと言うのも結構いいかもしれませんね。
でも…子育ての苦労は明らかに倍です。
何言ってんの、サッカーチームは遠いよ
うう…確かにそうですね…が…頑張りましょう…
でも…二人一緒だと戸籍とかはどうなっているんだろう?
年齢的に言ってもその辺は合法的に
は難しいですし…
もうひとつの方がきっと問題だと思うけどね。
どっちにしろ、結婚はもう少し先で
しょうね。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
小林さんへの感想は掲示板でお願いします
♪