【注】 ここから先にあるモノは所謂最低系踏み台クロスと呼ばれるジャンルのSSです。
拙作「冥王降臨」の続き物でもあります。
その事をご承知おきのうえ、自己責任にてお進みください。
冥王が狩る
〜前編 試験編〜
作者 くま
「ステーキ定食、弱火でじっくり」
とある都市にある、薄汚い食堂のカウンターのオネーサンに僕はそう告げた。
実の所、僕は別にステーキ定食の注文をしている訳ではなく、
ハンターという資格を取る試験を受けるための合言葉だったりする。
2度の使徒戦を経て再びなのはさんの保護観察下に入った僕が、
何でハンターの試験を受けようとしているのかと言うと、ヴィヴィオ姉さんが原因だったりする。
事の始まりはヴィヴィオ姉さんが、魔法学校の遠足で聖王教会の本部へと行った事から始まる。
聖王の教会の中には、一般向けに公開された美術室がある。
教会が集め保管している、聖王関連の美術品の展示をしている部屋で、
その手の施設には良くある様な、いたって当たり前の部屋でもある。
そこにヴィヴィオ姉さんが入ってしまった事が問題だった。
見た目にも見事な意匠なその美術品は、3世紀ほど前の聖王関連の施設から、
十数年前に発掘されたもので、発掘当時の時空管理局に調査依頼をし、
不明な機構はあるものの、ただのオブジェである、というお墨付きを貰った物だった。
けどそれは一般の人にとってそうであるというものだったらしく、
聖王の血を引くヴィヴィオ姉さんにとっては別の効果をもたらした。
記録に残っている映像に寄ると、そのオブジェに触れたヴィヴィオ姉さんを中心にベルカ式の魔方陣が描かれ、
魔方陣の中央に立っていたヴィヴィオ姉さんだけを何処かへと転移させた。
要するにそのオブジェは聖王家専用の緊急脱出装置だった。
と言うのが聖王教会の分析結果であった。
不幸中の幸いか、ヴィヴィオ姉さんを含む見学者には迷子防止用のマーカーが配られており、
簡易ではあるけれどその転移に対するトレースが可能だった。
そのトレースの結果たどり着いたのがこの世界という訳だ。
で、その転移先の世界での探索隊として、管理局で手を上げたのがなのはさんとフェイトさん。
もちろん二人以外にも沢山の人が手を上げたけれど(ヴィヴィオ姉さんは管理局でも人気者)、
二人のガン見を前にその手を下げてバックアップに回ったらしい。
その後色々あってなのはさんとフェイトさんは、何ら制限を受ける事無くヴィヴィオ姉さんの探索に迎える事になった。
僕から言えることは、クロノさん御疲れ様です、ぐらいなものだった。
その後、僕が二人のブレーキ役として着いて行く事になったのは、
リンディさん辺りのフォローという名の策略だろうと僕は考えている。
そしてこの世界に来た、なのはさんとフェイトさんと僕の3人。
取りあえずの状況把握を終えた後、探索の効率を上げようと言う話になり、二手に別れる事になった。
戦闘技術や精神的なものを勘案し、フェイトさんが一人で、そしてなのはさんと僕のペアで探索を続ける事になった。
それからはなのはさんと二人で、ただひたすらに情報を集めて回った。
現地では何故か話は出来たし、文字はデバイスの補助を受けて解読できた。
そうして様々な情報を集める内に出てきたのが、ハンターという資格 だった。
この世界には、ハンターと呼ばれる資格を持つものにだけ使えるネットワークがあり、
そこでは一般では手に入れられないような多種多様な情報を確認できるというのだ。
そしてそのハンターの資格を取る為の試験が、近々開催されるという話で、
色々と行き詰っていたなのはさんと僕は、そのハンター試験を受ける事にしたのだ。
別ルートで探索を続けるフェイトさんに念話でその事を伝えて、
フェイトさんはそのまま探索を続け、僕らはハンター試験に専念することになった。
その後、色々な人とミッドチルダ式と言うか、なのはさん式のお話し合いをして、ハンター試験の情報を集めた。
その結果、なのはさんと僕は今、この食堂に居ると言う訳だ。
そして僕に先ほどの合言葉を告げられたオネーサンは、厨房の方に一度引っ込むと、
何かしらの準備を終えたのか、立ったままの僕らを店の奥の方にある別室へと促した。
「なのはさん、あっちらしいですよ」
と、僕が呼びかけたなのはさんは、レイジングハートを展開し、その杖先を床へと向けていた。
「ディバインバスター・エクステンション…シュート!」
ゴッ!
轟音と供に放たれる桃色の光の奔流。
そして床には直径3mほどの大穴が開いていた次第で。
「シンジ君、行くよ?」
「はい、行きましょう、なのはさん」
そんな言葉と供にハイライトを失った瞳に見据えられた僕は、首を縦に振りつつそう答えるしかないわけで。
もちろんその大穴の繋がる先が、ハンター試験の会場であろうと、僕は予想していた。
この状態のなのはさんはちょっとアレなので、これまでも色々と性急な事をしがちだった。
けど、少なくとも結果は全てヴィヴィオ姉さんの探索に繋がる事であったので、僕は引き止めるでも無く素直に従ってき たのだ。
空いた大穴に躊躇無く飛び込むなのはさん。
そして僕もそれに続こうとし、一度足を止め、お店のオネーサンにペコリと頭を下げてから、なのはさんを追った。
穴に入った僕は自由落下に任せるのでなく、飛行魔法を使い、先行するなのはさんを追う。
そうして辿りついた先は、それなりに大きな空間だった。
そこには既に百人を超える人達が集まっていて、
そのうちの何割かが、その空間を貫くように空いた穴から出てきた僕へと視線を向けていた。
居心地の悪さを感じつつも、僕は壁にもたれるようにして立っているなのはさんの傍へと足を向けた。
誰も近寄ってこなかった事もあり、しばらくなのはさんと二人で佇んでいると、
空洞にも似た空間の左手の奥の方にエレベーターが到着した。
そこから出てきたのは、上で見かけた店員さんの一人で、この地下空間をぐるりと見渡すと、
僕となのはさんの方へとやや駆け足で近づいてきた。
そして僕となのはさんに向けて差し出されたのは2枚のプレート。
そこに書かれている数字が僕となのはさんの受験番号らしい。
渡されたプレートながめていると、一人の男の人が僕らに声をかけてきた。
僕らが新人であるとか、自分は何十回も試験を受けている…だとか、そんな事をべらべらと喋る男の人。
その男の人が話しかけていたのは、万が一の希望を夢見た結果、
ヴィヴィオ姉さんがこの場に居なかった事に落胆していたのはなのはさんだった。
地面に視線を落としたままのなのはさんは、その人を存在しないかの様に無視し続ける。
それが気に障ったのか男の人の声も徐々に大きくなり初め、そこで僕が割って入ることにした。
「申し訳ありませんが、連れは気分がすぐれないのです。
そっとして置いて、いただけませんか?」
僕より身長の大きなその男の人を、下から無表情を貼り付けて、そんな言葉を吐く。
その人の顔を見上げながら、しかしながら視線は見下したままで。
男の人は僕に一瞬怒気を向け、それを慌て作った笑顔で誤魔化しながら引き下がっていった。
そんな程度とは、大した事のない人だな。
けど、今ので恨まれたかもしれない。
まったく何ともめんどくさい事だ。
去っていく男の人の背を見ながら、僕はそんな事を考えていた。
嫌々ながらもさっきの男の人への対策を考えていると、突如集まった人たちの中から悲鳴が聞こえてきた。
絹を裂くような女の人の…という訳でもなく男の人の聞き苦しいものだった。
どうやら受験生同士のなかで揉め事があったらしく、刃物か何かで腕を切り落とされた男の人が悲鳴を上げていたのだ。
残念な事ながらさっきの人とは別人で、僕はすぐにソレからを意識から外した。
が、ソレに興味を持ったのが、なのはさんだった。
「ねぇ、シンジ君。
今この場所にいる受験生が、私達以外全員居なくなっちゃったら…。
私達二人は、すぐにハンターのライセンスを貰えるかな?」
目の前で起きた惨事とも取れる様子を前にして、さらりとそれ以上の事を告げてくるなのはさん。
そして、レイジングハートはそのプランに賛同を示し、なのはさんを焚き付ける。
流石にそれは拙いということで、杖を構え詠唱に入ろうとしたなのはさんを、僕は慌てて引きとめる。
何とかなのはさんの説得を続け、その杖を収めさせることに僕は成功した。
やれやれとため息を吐く僕。
聞いた話では試験が幾つあるのかも解らないということだ。
始まる前からこれでは随分と先が思いやられる。
試験が無事に終わるといいな。
ありもしない幻想を抱くことだと知りつつも、僕はそれを心底望んでいた。
初めの試験の試験官の人が来て、第一の試験が始まった。
一つ目の試験は体力勝負のマラソンらしく、試験官の人に付いて二つ目の試験の会場まで移動するというものらしい。
皆が駆け出す中、僕となのはさんはその場を動かなかった。
なのはさんのマーカーが試験官の人を追っているので、今はまだ動く必要が無いからだ。
マーカーでの追跡を続けるなのはさんを守るように、僕は得意とする魔法の一つ防御系のものを万が一に備えて展開す る。
とは言え、今は休んでいるようなものでもあり、魔力の消費量はそれほどでもない。
そのランクに見合った魔力保有量のなのはさんと、
ランクはともかく魔力量だけは管理局ナンバーワンの僕からすれば、使っている魔力は微々たるものなのだ。
特に魔力切れの心配も無く、そうして2時間ほど過ごした頃。
なのはさんがレイジングハートをとある一点に向けて構えてみせる。
「シンジ君、フォローをお願い」
その言葉を受けた僕は防御用の魔法を解除し、不得手ではない程度には使える補助系の魔法の準備に入る。
なのはさんのレイジングハートと、僕のデバイスであるイブリーズをリンクする。
処置の終了後にレイジングハートがカウントダウンを始める。
カウントは60。
稀に見る高出力の砲撃魔法に、思わず僕はごくりと生唾を飲み込んだ。
ビリビリと肌に伝わるほどの圧力を持つ魔力が、レイジングハートに集束していく。
そしてレイジングハートのカウントがついにはゼロを数えた。
「ディバインバスターエクステンションV!シュート!!」
掛け声と供に放たれるなのはさんお砲撃魔法。
直径5mはある桃色のレーザーが全てを貫きながら突き進んで行く。1
0秒ほどの照射を終えた時には既にエクセリオンモードは展開済みで、即座にA.C.Sによる高速移動が可能となって いた。
ドン!
という音を残して、なのはさんが自らの射線をなぞるように突撃していく。
そして僕もなのはさんの後を追って、その場から一気に離脱した。
それから、ものの2分飛ばないうちに、無事一次の試験官の人に追いついた。
すでに結構な数の人がそこには辿り着いており、やはりその人達からの視線は厳しいものだった。
どうやら、ここに居る皆は走って試験官の人を追いかけたようで、
飛んできたなのはさんと僕に咎めるような視線を送ってきたのだ。
精神的に少し危険な状態のなのはさんがそんな視線を気にするはずもないし、僕
だって試験官の人に言われたなら少しは考えるけど、そうでない人の事なんて気にするほどに心に余裕が無いのだ。
正直なのはさんのフォローというか、そういうので気を回し過ぎてイッパイイッパイなのだ。
だから、なのはさんと僕は周りから浮いた感を受けつつも、そのまま次の試験を受ける事になった、
次の試験の課題は料理だった。
正直そんなんで良いのだろうか?と僕は思っていた。
そんな僕の胸中はさておき、一人目の試験官からは豚の丸焼きという課題がでた。
試験会場は現在居るこの場所周辺で、そこに生息する豚を狩り丸焼きにして試験官に試食してもらうとの事。
そしてこの試験では魔導師ランクDの僕にも出番が回って来た。
というのも攻撃系の魔法が得意でないというか不得意な僕が、
比較的まともに使えるの補助系の魔法を駆使する事になったからだ。
得意の防御系の魔法は使わないにせよ、補助系に限って言えば、
なのはさんよりも僕の方が多くのバリエーションの魔法を使えるのだ。
こうして活躍の場がめぐってくる事に、僕は少し感動を覚えていた。
駄目だ駄目だと言われ続けながらも、なのはさんの教練を受け続けて3年。
『管理局の白いサンドバッグ』という二つ名を付けられても、頑張ってきた甲斐があったというものだ。
まあ、そんな僕の思い出はさて置いて、課題である豚の捕獲になのはさんと僕は乗り出した。
ターゲットである豚は割りと簡単に発見できた。
まあ、何というか、やたらとでかかったのである。
探すというよりも目に付いたという方が正しいかもしれない。
そしてなのはさんの「シュート!」2発で二匹の豚を昏倒させ、僕のバインドで縛り上げる。
そのまま補助魔法で重力干渉しながら牽引。
わずか15分で会場へと持ち帰り、捕らえた二匹の豚の調理に取り掛かる。
念の為に結界を張り、そのなかで魔法を使って調理を始めた。
逆さに吊るした豚の血抜きから始まり、内蔵の除去、そして焼き上げ。な
のはさんに頼らずに、すべての工程を魔法でこなして行く僕。
血のニオイには少し辟易したけれど、基本的に料理が好きな僕には、大して苦になるものじゃなかった。
そんなこんなで豚の丸焼きを二匹分仕上げ、結界を解除。
他の人たちには降って湧いたように見えたのか、ぎょっとした表情をされたけれど、
試験官の人はまるで動じずに、なのはさんと僕の差し出した豚の丸焼きを受け取り、ぺろりと平らげてしまった。
「合格」
そして大して味わった風でもないのにそう告げて来て、僕等は一人目の試験官の人の試験を通過する事になった。
二次試験の二人目の試験官の人は女の人だった。
背は小さいのに偉そうな態度だなというのが僕の印象。
試験官と受験生と立場の違いからすれば、そうする気持ちも解らなくも無いとは思う。
けど、危険物に不用意な刺激を与えるのはいかがなものだろうか?
一人目の試験官の人が結構時間をかけて合格者を出し続けた所為で、
なのはさんの気が随分と立っているのを僕は感じていたから余計にそう思えた。
「ねぇ、くだらない御託はいいから、早く試験を始めようよ?」
レンチだかミンチだかいう試験官の人に、殺気立ったなのはさんが声をかける。
しかし、試験官の人も大したものだった。
そのなのはさんの殺気をするりと受け流し、平然とした口調で語り始めたからだ。
「へぇ、今年は随分と生きの良いのが居るじゃない。
その態度、気になるところだけれど、まあいいわ。
それじゃ早速、次の課題を発表するわね、次の課題は『スシ』よ。
最低限のものはこちらで用意したから、残りは自分達で調達すること。
あ と私はブラハみたいに甘い判定をするつもりはないわ。
美味しくなければ、当然不合格にするから。
それと、『スシ』は『ニギリ』以外は認めないから、ちゃんと考えることね」
一息でそう告げる試験官の人。
皆の間には戸惑いの気配が感じられた。
用意されたのは桶に入った白米。調味料は一通り揃っているけれど、他の食材は無い。
この状況における回りの人達の反応からすると、スシという料理自体はあまり有名ではないようだ。
といっても、僕の考えているスシとこちらの世界のスシが同一である事が前提で、
本当はこっちの世界のスシが全然違う料理である可能性も捨て切れない。
これまでの経験則からすると、そう大差ない筈では在るんだけれど…。
仮にスシが何であるのかが解ったとしても、なのはさんや僕にスシを握るスキルがある訳でもなく、
美味しいというレベルのものを作り出すのは、もの凄く困難に思える。
「どうしましょうか、なのはさん?」
問いかけた僕に対し、なのはさんはすでに考えを持っていたのか逆に問い返してくる。
「私に考えがあるの。少し手伝ってくれるかな?」
昏い目をしたまま頬笑むなのはさんに、僕は頷いて肯定する以外の選択肢を持たなかった。
なのはさんの指示に従い、僕は数十メートル規模の結界を展開する。
今、結界の中に居るのは、なのはさんと僕と二人目の試験官の人の3人しか居ない。
「えっと、一体何をするつもり…」
驚いた試験官の人の言葉は途中で止まる。
なのはさんの展開するバインドが試験官の人の口を封いだからだ。
同時に身体へも幾つかのバインドを仕掛け、その身体の自由を奪う。
動けなくなった試験官の人を前に、なのはさんがおもむろに口を開いた。
「『スシ』…まさかこの料理の名前を此処で聞くとは思わなかったよ」
「『スシ』について何か知ってるんですか、なのはさん?」
なのはさんに合わせ、言葉を套ねる僕。
やや棒読みがちなのは、当然にしてそれが演技だからだ。
「『スシ』は聖王王家に伝わっている料理で、貴族のみが食す事が許されたと言うシロモノなの。
しかもそのレシピがこの前解読されて判明するまで、その存在すら疑われていたある種の幻の料理だった…。
秘匿され正式に伝わらなかったのには理由が在ったわ。
『スシ』はね、四回死ぬと書いて、四(ス)死(シ)と読むようなとても危険な料理だったの」
「四回死ぬ…。
なんとも恐ろしい名前ですね…」
なのはさんに合わせて更に続ける僕。
何となく楽しくなって来たのは秘密だ。
「でも恐ろしいのは名前だけじゃなかった。
その名前に恥じない調理法こそ、真の恐怖でもあるの。
なにしろこの料理は、食材だけを調理するものではなかったから…」
「…えっと、どういう事ですか?」
「よく、しっかりと運動した後は、食事が何時もよりも美味しいって言うよね?」
「…ええ、まあ」
「『スシ』はね、その究極版なのよ」
「ま、まさか!?」
「そう、多分シンジ君の思っている通りよ。
四回ほど死ぬような目にあった後なら、泥の付いた握り飯でも美味い。
これこそが、最近になって解読できた『スシ』のレシピだったの」
「な、なんて恐ろしい…」
もはやノリノリでなのはさんとの会話を続ける僕。
そしてなのはさんは構えたレイジングハートをゆっくりと試験官の人に向ける。
「だから、そんな『スシ』を食べたいと豪語する、
そう、とても勇気の或る貴女に敬意を払いつつ、全力全開で逝かせてあげますね」
ギュンギュンとうねりを挙げて、レイジングハートに魔力が集束して行く。
そしてなのはさんは、躊いというものを一切持たずに、試験官の人へと向けてゼロ距離の砲撃魔法を放った。
「不合格よ」
試験官の女の人がなのはさんにそう告げた時、僕は自分の耳を疑った。
それは勿論『スシ』を課題として出した試験官としては、正しい対応なのだとは思う。
けれど、痛い思いはしたくないという生物の基本的な生き方としては如何だろうか?
「そっか、初めての料理だったから、ちょっと手加減しすぎたかな?」
そう言ってパチンと指を鳴らしたなのはさんのバインドが、試験官の人の口を再び封いだ。
「じゃあ、今度はさっきよりも強く行くね?」
動けない試験官の人にそう告げたなのはさんは、ごく自然な流れとして砲撃魔法の2週目を始める。
ムチャシヤガッテ。
僕は試験官の女の人を敬礼して見送る事しかできなかった。
結論から言えば、二次試験二人目の試験官であるメンチさんは、全員に不合格を言い渡した。
というのも、3週目の途中でなのはさんの砲撃魔法に結界が耐え切れなくなり破損。
その為に他の受験生達と入り乱れてメンチさんの試験を受ける破目になり、
大挙した受験生達の料理で、メンチさんのお腹が一杯になった時点で試験は終了。
結局、合格者は出なかった。
まあ、他の受験生に混じっても、なのはさんはスシの調理法を変えなかったけど。
そして、『あんた達、全員不合格よ』とメンチさんが改めて告げたのを受け、なのはさんがポンと手を打った。
「うん、じゃあ、二次試験自体が無かった事にしちゃおうか」
そんな事を言い、レイジングハートを改めて構え直すなのはさん。
レイジングハートが見た事も無いよう形に変形し、聞き慣れぬ警告音と供にイレイザーモード起動完了を宣告する。
メンチさん達試験官と受験生に最大の危機が迫った時、救いの神が降りてきた。
なぜか上空から降ってきたのは変なお爺さん…ではなくて、このハンター試験を主催するハンター協会の会長さんだった。
二次試験の合格者がゼロだというのはあんまりだ。
という会長さんの鶴の一声で再試験が行なわれる事になった。
咎めるような会長さんの物言いに、メンチさんは何か言い返していたけれど、
正直、僕にはメンチさんが何を言っているのか、まるで理解できなかった。
とにかく、再試験が行なわれる事になったおかげで、なのはさんが杖を収めてくれた事が一番の幸いだった。
場所を変え、たどり着いたのは良く解らない渓谷だった。
ここで追試験が行なわれるそうだ。
メンチさんが先ず見本を見せるとのことで、トンと軽く渓谷に身を躍らせて。
しばらくして卵を持って帰ってきた。
渓谷にロープを張るようにして巣を作る鳥がいて、どうやらその巣から卵を取ってくるのが追試験の課題の様だ。
再試験開始の合図と供に、ドン!という音を残してなのはさんが飛び出し、慌てて僕もその後を追った。
空を飛べる僕等にとって再試験の内容はあまりに簡単なものであり、
なのはさんがそうまで急ぐ理由が解らず、何かイヤな予感がしたからだ。
20秒ほどでなのはさんに追いついた僕。
なのはさんは僕に自分と僕の分の卵を渡すと、ハイライトが消えた目でこう言った。
「ねぇ、ここにある鳥の巣が全部撃ち落されちゃったら、私達だけが直に合格になるかな?」
アクセルシュートの光の珠を幾つも産みだしつつあるなのはさんを、僕は慌てて止める事になった。
何とか説得を終え、二人してメンチさんの元へと戻り卵を見せると、嫌嫌ながらもメンチさんは合格を言い渡してくれ た。
そして手に入れた卵の調理法(といっても塩味で茹でるというシンプルなもの)を教わり、鍋に沸かした湯へと卵を没め る。
とそこで、一人の男の人が、僕達にからんできた。
空を飛ぶ僕達が卑怯だと言うのだ。
もちろん、なのはさんはそんな男の人を無視し、というか最初から意識の片隅にも捕らえてない様子で、
相変わらずハイライトを失った瞳で、ぐつぐつと煮立つ鍋の水面を見ていた。
そんななのはさんに思うところはあったけれど、下手にお話し合いをしたり、
逆に空を飛ぶ手伝いをされたりするのも問題なのも確かなことで。
仕方が無く僕がその男の人の相手をする事にした。
正直、馬鹿らしかったので、直に男の人と話をするわけではなく、
連れ合いであろうツンツンした髪型をした少年と白髪っぽい少年に問いかけることにした。
「ねえ、君たちはどう思うか聞かせてもらえないかな?
何年も頑張って、ようやく使えるなった自分の力を、こう云う場合に使うのは良くないことなのかな?
試験のルールに反している訳でもないけど、やっぱり他の人が使えないような力は使っちゃいけないのかな?」
そんな僕の問いかけに、ツンツン頭の子は『そんな事はない』と言い、
白髪の子の方は『こいつも疲れが出ててオカシナ事を言ってるだけだから気にするな』と言ってくれた。
連れ合いに否定されショックを受けた様子の男の人。
更にはもう一人の連れ合いの女の人にも、『君の負けだ』と諌められて、肩ををがっくりと落として男の人は去って行っ た。
そうこうしている内に、卵は茹で上がり、鍋から上げた卵を熱々のうちになのはさんと二人で食べる事にした。
単なるゆで卵だろうと侮っていた僕だったけど、その卵の美味しさに正直脱帽せざるを得なかった。
追試験の合格者達は、主催者側の用意した大きな飛行船に乗って次の試験の地へと向かう事になった。
目的地へ向け悠然と進む飛行船の中で、僕となのはさんは暇を持て余し、ぶらぶらと船内を散歩していた。
とそこで発見したのはボール1つを取り合う老人と子供の姿。
良く見たら追試験の時に話したツンツン頭の子と、ハンター協会の会長さんだった。
近くに座り込んでいる白髪の子に話を聞くと、
あの会長さんがキープしているボールを奪えたらハンターのライセンスが貰えるという事なのだそうだ。
何故だか俄然やる気をみなぎらせたなのはさんを意識しつつ、少年にむけて僕は一言ボソッともらす。
「それって、きっと年齢制限があるよね」
途端、なのはさんのやる気は消沈した。
そのまま打ち拉がれた様子で、部屋に戻ると言い残し、とぼとぼと歩き始めるなのはさん。
僕は白髪の子に軽く声をかけ、慌ててなのはさんの後を追った。
年の事は普段から気にしていたのか、なのはさんはそれから暫く落ち込んだままだった。
予想外のなのはさんの落ち込みに、今後はなのはさんの前で年齢の話をしない事を決意した。
明けて翌日。
飛行船はとある塔に接岸し、その最上階へ受験生たちを降ろした。
だだっ広いホールのようなこの場所で何をさせられるんだろう?
そう考えていると、同じく飛行船から降りてきた試験官の人から3次試験の内容発表があった。
この塔を降り、制限時間内に地上へと辿り着く事が今回の試験であるとの事だ。
階段とかは見当たらないけれど、どうやって?
と僕が頭をひねっていると、なのはさんから声がかかる。
「シンジ君、一気にぶち抜くよ」
なんとも力強く、且つ手っ取り早い提案だった。
なのはさんはホールの壁際まで寄ると、レイジングハートを床に向けて構えた。
そして始まるレイジングハートのカウントダウン。
「ディバインバスター、エクステンション!シュート!!」
カウントゼロと供に砲撃魔法が放たれ、塔全体が揺れた。
結構、安普請なのかな?
穿った孔に飛び込むなのはさんを追いかけつつも僕はそんな事を考えた。
2、3回進路を塞いだ隔壁をぶち抜き、最後に塔の一階の壁に大穴を空けて、なのはさんと僕は地上へと出た。
そうして出た所が、塔の入り口の丁度反対側であり、
ぐるりと塔を半周しなければならないというアクシデントはあったものの、
なのはさんと僕は堂々と一番二番で3次試験を通過する事になった。
その後、3次試験の合格者達はその続々と出る事になる。
なにせ、なのはさんの空けた孔を降りられれば、そのまま一階に直行なのだ。
ココまで試験に残った人たちに取っては、そう難しい事ではないのだろう。
早々に試験の通過を決めたなのはさんと僕だったけど、
当初定めた試験の期限が変わる訳でもなく、随分と待たされることになった。
イライラし、何かとレイジングハートを塔に向けて、砲撃をしようとするなのはさんを止めるのに、僕は随分と骨を折る 事になった。
そんな苦労をした甲斐もあり、何とか無事に次の試験へと駒を進めたなのはさんと僕。
再び次の試験会場を目指して移動し、たどり着いた先は孤島だった。
ぱっと見て住人は居そうになく、どうやら無人島に思える。
まあ、試験会場になるぐらいだから、住人が居たら逆に困ると思うけど。
そして発表された試験内容は、この島でサバイバルを行ないつつ、受験生に渡されたプレートを奪い合うというものだっ た。
自分のプレートが3点、個別に指定されたターゲットのプレートも3点、それ以外のプレートが1点。
サバイバル終了の時点で、6点分のプレートを持っていた受験生がこの試験を通過できるというものだった。
そして島に降りるのは、3次試験を通過した順に、数分おきにということだった。
一通りの説明が終わったところで、僕は手を上げて質問する。
「今回の試験は受験生を含めて、何を攻撃しても良いということですか?」
「基本的にそう思ってもらって構わんよ。
例外は…ここに立っている試験官と試験官に棄権を申し出た受験生かの。
両者はこの船に居る事になるから、島の方は基本的に無制限ということになるの」
「わかりました、ありがとうございます」
そう返しながらも、会長自らの言質が取れた事に、僕は人知れず笑みを浮かべていた。
3分というタイムラグを置いて、無人島に上陸する事になる受験生。
一人目はなのはさん、二人目は僕。
そして三人目の受験生からは順に、なのはさんが攻撃魔法を射ち込んだ。
「アクセル、シュート!!」×6
そうしてなのはさんと僕は30分も経たないうちに、計八枚のプレートを手に入れる事に成功する。
攻撃魔法で気絶した受験生達を、上陸ポイント近くの砂浜に放置し、なのはさんと僕は移動を開始する。
とはいえそう遠くまで行くわけでもなく、精々1kmほどの距離を動いただけだった。
「正直、三日間というのは長いですよね…。
何とかして今回の試験を早く終らせる方法は無いですかね?
今回は会長の言質を取ったんで、この島内限って言えば砲撃魔法を使っても失格にはならないんですけど…」
「うん、そうだね…。
じゃあ、この島を消しちゃうのはどうかな?
広域の攻撃魔法はあんまり得意じゃないから、多分200回ぐらいやらないと駄目だろうけど、
それだけ射ち込めば、この島ぐらいは物理的に消せるはずだよ?」
僕からの問いかけにさらっと答えるなのはさん。
それにしても、200とは結構な数字だ。
多分だけれど、数時間はかかると見て良いだろう。
ある意味、無茶苦茶な行動なんだろうけど、今回に限って言えば、僕はなのはさんを止めるつもりなんて毛頭なかった。
「じゃあ、早速始めましょうか。
僕は何時もどおりのフォローで良いんですね?」
「うん、お願いね」
そう会話を交わし、なのはさんと僕は島の上空500mぐらいの高度を取る。
なのはさんがレイジングハートを島に向けた構え、僕は自らの杖であるイブリーズを通し、レイジングハートとリンクし た。
そのレイジングハートによって数えられるカウントは30。
魔方陣がレイジングハートの杖先に展開し、カウントが進むに連れ魔力が集束されていく。
カウントゼロ。
そしてなのはさんが砲撃魔法を発動させる。
「ディバインバスター・バースト!シューート!!」
放たれた桃色の光は島の中央にある山に直撃し、頂上付近を消失させその高さを半減させた。
放たれたのは貫通する属性の多いなのはさんの砲撃魔法の中でも、珍しく広範囲に破壊をもたらす魔法。
着弾点を中心に、その込められた破壊力を撒き散らすタイプの魔法だった。
「この魔法も久しぶりだけど、まあまあかな?」
そんな感想を漏らすなのはさん。
あまり得意でないタイプの魔法を使うのは、やはりなのはさんでも勝手が違うらしい。
「でも、次行くよ」
「はい」
そしてなのはさんは次弾の準備に入り、そして僕はそれに合わせてフォローの魔力供給を開始する。
そして再び、レイジングハートのカウントダウンが始まった。
…それから6時間後。
地上から一つの島が消え、ハンター試験の4次試験は切り上げられる形で終了した。
そんなこんなで、4次試験が終了し、なのはさんと僕を含めた合格者達は次の試験会場へと向かう事になった。
まあ、4次試験の会場だった孤島は消えてしまったから、会場を移すのは当たり前の事なんだけど。
久々に思う存分砲撃魔法を射ちまくったなのはさんは、
多少はうっぷんが晴れたのか、やや表情も明るくなり、そんなに追い詰められた感じではなくなっていた。
なのはさんの精神状態が少し落ち着いたのは良いのだけれど…、
試験の合格者としての僕達の扱いは、あまり賞められたものでは無いと思う。
他の受験生達とは違い、なぜかなのはさんと僕だけが別室へと通されて、
ハンター協会に属すると思われる人達の監視を受ける事になった。
びくびくした感のある見張り役の人たちとは異なり、
僕となのはさんは監視役を除けば豪華すぎるほど設備が整った個室に満足し、結構くつろいでいた。
なのはさん達と付き合い始めておよそ十年、途中の空白期間を除いても3年、
それだけの付き合いのある僕からして見れば、あの程度の島が消えるなんて事は日常茶飯事なものでしかないが、
こっちの人に取ってみれば、やはり勝手が違うのだろう。
まあ、なのはさん達的に日常茶飯事でも、フォローは結局誰かがする破目になるんだけどね。
主にクロノさん、何時もお疲れ様です。
ひさしぶりにゆったりと時間が流れる中、なのはさんが珍しくシャワーを浴びると言い出した。
珍しく、と言うのはこっちの世界に来てからの、特に僕と二人で行動するようになってからの話だ。
最近は何時も浄化魔法を使い、特に入浴する事無く身体を清潔に保っていたからだ。
そして僕はそそくさと部屋を出て行くことにした。
頑として動こうとはしない見張り役の人たちを強引に引き連れて、一緒に部屋を出る。
バインドで縛り上げたうえで、重力制御の魔法を使ったのでそう苦ではなかった。
そうして、縛り上げた人達と供に部屋の前に陣取り、なのはさんが事を終えるのを待つことになった。
シャワー室から放たれた探索魔法の光球が船内を駆け巡り、そうして得た情報は念話でなのはさんから僕へと伝えられ る。
4次試験の通過者は僕ら以外に11人。
けっこう絞れてきたと見るべきか、まだまだ絞りたりないと見るべきか。
試験官というか、恐らくこの試験方法とかを決めているであろう会長さんの考えなど、僕には解るわけが無かった。
長いようで短かった移動の旅も終り、5次試験の会場に到着した。
ここでも音頭を取った会長さんの話によると、この5次試験が最終試験で、
コレを通過すればハンターのライセンスを得ることが出来るとのことだった。
が、流石に最終試験なのか、それともコレも試験の一環なのか会長さんと個別に面接をする事になった。
どことなく落ち着きを取り戻しつつあるなのはさんが、また荒れなければ良いのだけれど…。
そんな僕の心配を他所に、なのはさんと会長さんの面接は無事終了した様子で、
なのはさんの砲撃魔法が面接室を突き破ってくることは無かった。
ほっと安堵していると、次は僕の面接の番らしく、僕らの監視役を務めた人に面接室へと入るように促された。
会長さんとの面接で聞かれた質問は到って普通のものだった。
今回の試験を受けてどう思った?とか、ハンターになる動機は何か?とか、そう云う類のものが多かった。
試験自体は再試験になった2番目のもの以外は割りと簡単だったと答え、
ハンターになる目的はこの世界のどこかに居るヴィヴィオ姉さんを探す為だと素直に答える。
ヴィヴィオ姉さんの事に付いては、ある意味かまかけでもあったのだが、
残念ながら僕自身が未熟な所為もあり、会長さんの態度からは何の情報も読み取ることができなかった。
そして最後の方に聞かれたのは受験生についてだった。
注目してる相手と戦いたくない相手を聞かれた。
もちろん戦いたくない相手はなのはさんしか居ない。
けど、注目してる相手と聞かれて僕は頭をひねってしまう。
正直言えば、なのはさん以外に誰が残っているのかまるで興味が無かったからだ。
固まった僕に眉を寄せる会長さん。
僕は取り繕うように、両方ともなのはさんだと誤魔化しておいた。
そして、ついに始まる最終試験。
どうや面接試験で合否をという事ではなかったらしい。
改めて連れてこられたのは闘技場といって差し支えないような所だった。
再び会長さんが登場し、これから始まる試験の事に付いて説明を始める。
試験の方法は1対1での戦闘を行ない、その結果で勝敗を決めるというものだ。
勝敗の決定は相手に『まいった』と言わせた方が勝ち。
それと対戦は会長さんが決めたトーナメント方式で行い、負け残りで最終的な敗者を決めるというものだった。
禁止事項は対戦相手を殺してしまうこと。
そして一番に重要な事は、この試験でライセンスを受けれないのは1人だけだと言う事だろう。
最終的に負け残ってしまうか、反則をして失格になるか。
そうして失格者の一人を決めるまで、試験は続けられるという事だった。
会長さんからの一通りの説明が終った後に、僕は手を上げて質問する。
「すみません、そのルールは何時から適用されるんですか?」
その僕の質問に会長さんが訝しげな顔をする。
「いや、その皆さん随分と強そうじゃないですか。
試合の始まる前に何かされたらやだなって思ったんで…」
そう続けると、会長さんはうむと頷いて、ルールの適用は今からであると告げた。
「これでいいかの?」
僕へと視線を合わせ、確認するように聞いてくる会長さん。
「ええ、ありがとうございます」
僕はぺこりと頭を下げてそう答え、そして次の瞬間には行動を開始していた。
狙っていたのは、僕の前に居た男の人。
ATフィールド展開。
内心で呟き、水平気味に張ったATフィールドで男の人の首を狩りにいく。
が、男の人もここまで試験に残っていたのは伊達ではなく、
僕の行動の開始と同時に振り向きながら跳躍をし、何かを持った腕を僕にに向けて振った。
その跳躍距離は、僕のATフィールドの有効射程範囲から逃れるには、あまりにも短かった。
そして放たれた飛び道具も、僕のデバイスが自動展開した防御魔法によって防がれ、
正直、意表を突かれたにもかかわらず、僕の身体に髪の毛一本ほどの傷もつけれずじまいだった。
同時に僕の意思で伸ばされたATフィールドは、あっさりと男の人の頭と胴を切り離す。
さらに追撃のATフィールドを飛ばし、その身体を八つ裂きにする。
切断された身体が肉塊となってバラバラと地に落ち、
先に張ったATフィールドの上をゴロゴロと男の人の頭が転がってくる。
その頭を掴み上げて、しげしげとながめて見る。
道化師でも気取っているのか、男の人の顔には何かマークの様なペイントがされていた。
どこか見覚えがある気もしないでもない。
ま、いいかと気を取り直し、再び僕は呟いた。
ATフィールド反転。
その呟きと同時に、僕の手の中にアンチATフィールドが出現し、男の人の頭をLCLへと化した。
パシャ。
男の人だったLCLを、僕は間近で被ることになる。
被ったLCLを取り込んでしまう事でもたらされる苦痛を堪えつつも、僕は笑みを浮かべてなのはさんへと向き直った。
「おめでとうございます、なのはさん。これでライセンス獲得ですね」
そう続ける僕を、何故かなのはさんは哀しげな瞳で見返してくる。
行方不明のヴィヴィオ姉さんへ、また一歩近づいたはずなのに何故?
そんな疑問は頭を過ぎったけれど、今の僕には悩むよりも為すべき事があった。
「これで僕は失格になって、失格者が出たことで他の皆さんは合格。
僕以外の方は、無事にハンターのライセンスを獲得した。
そういうことで良いですよね、会長さん?」
なのはさんに向けたのとは違う笑みを作り、会長さんへと問いかける。
必要ならもう2、3人殺しましょうか?と唇だけで告げるのも忘れない。
「…う、うむそうじゃの、そこの424番は失格。
他の者は合格じゃ。
合格者は別室でライセンス発行の手続きに入ってもらう事になる。
係員の指示に従って移動してもらえるかの?」
会長さんはそう皆に告げ、待機していた係の人に目配せをする。
その係の人に先導されて、皆がぞろぞろと移動を始める。
その内の半分ほどの人達が、僕に敵意を含めた視線を送ってきていたが、
僕はそれに応えるでもなく、ひらひらと手を振ってなのはさんを見送った。
振り返ったなのはさんが、やはり悲しげな表情をしていたのは気掛かりだった。
そしてその場に残されたのは、会長さんと僕だけになる。
会長さんは改めて僕の瞳を見据え、問いかけてくる。
「何故、殺した?」
実にシンプルな問い掛けだった。
けどその問いに返すべき答もシンプルなものだった。
「ヴィヴィオ姉さんを探すためですよ」
その答に会長さんは、目を細めて視線を強めてくる。
「更に言えば、最終試験のルールに照らし合わせて、
僕かなのはさんが一番手っ取り早くライセンスを取得できる方法だったからです。
それと、あの人が丁度僕の目の前にいたから、というのが僕があの人を殺す相手に選んだ理由です」
笑みを絶やさぬままに語る僕に、会長さんは渋面を作ってみせる。
「つまり、お主のその資質を見抜けずに、あのルールを決めたワシが未熟だったという事か…」
目に見えて落ち込む会長さん。
「ま、まあ、そんなに気にしなくても良いんじゃないですか?
大体にして、死人が出るのが当たり前の試験ですし、
それに、こう云う言い方は嫌いですが、
あの人は、所謂死んだ方が良い種類の人間だったみたいですから。
ええっと、流星街とか旅団とかって解ります?
まあつまり、そういう人でしたから、会長さんもそう気を落とさずに…」
取り込んでしまったLCLから得た情報。
その中にあった単語を交えた慰めの言葉が拙かったのか、
さらに、ずーんと落ち込む会長さん。
悪くなった雰囲気に居た堪れなくなった僕は、会長さんに軽く会釈をしてその場を後にし、
闘技場のある建物の外で、なのはさんがライセンスを受け取って来るのを待つことにした。
こうして僕のハンター試験は、最終試験にて失格という形で終了した。
続く