BLUE AND BLUE
第4話
作者 くま
テンカワアキトの手紙に同封されていた一枚の写真。
テンカワアキトと肩を寄せ合い微笑みを浮かべるあの女。
それを見た私が思い浮かべたのはどうして?という疑問だった。
久しぶりに感じた己の内からの衝動に身を任せ、
私は両手をテーブルに叩きつけていた。
何度も、何度も、手の感覚が無くなるほどに。
トゥリアが止めなければ両腕が折れてもそうしていたかも知れない。
トゥリアの静止に気が付きテーブルを叩くことは止めた私だったが、
己の胸の内はちっとも穏やかにならない。
あの人は死んでしまったのに、
どうしてこの女は笑っていられるのだろう?
あの人は死んでしまったのに、
どうしてこの女は生きていられるのだろう?
あの人を殺してしまったのに、
どうしてこの女は笑っていられるのだろう?
あの人を殺してしまったのに、
どうしてこの女は生きていられるのだろう?
どうして?
どうして?
どうして?
疑問は頭をめぐり、それでもその答えは出なかった。
けれども私はただひとつのことを理解した。
そして思い出すトゥリアの言葉。
『死よりも辛い事が世の中にはあるのですよ』
そうだ、もしそれが本当に存在するならば、
私はそれをこの女に与えなければならない。
それが多分、否それは絶対に、私がしなければならないこと。
そのことを理解した瞬間、私の中に漫然と渦巻いていた何かが、
一つの方向へと向かい揃った気がした。
と同時に何をしたいのか迷っていた自分が情けなく思えた。
私はあの人の為にあるのだから、
私が何かをしたいしたくないに関らず、
ます私がそれをするのは当然のことだからだ。
その行為は『復讐』と呼ばれる行為だった。
私はトゥリアにそのことを話す。
あの女に復讐すること。
それが私がしなければならないことだと。
「なるほど、それが貴女の出した結論なのですね。
まあ心配せずとも、私はそれに賛成しますよ。
何より貴女が自分で考えて出した結論だ。
きっと、それは素晴らしいことです、ラピス・ラズリ。
かつてマスターも行っていた、無為で非生産的なその行動は、
まさしく人間しか行わないことでしょう。
私は今ここに断言します。
ラピス・ラズリ、貴女は今、確実に人になりました」
トゥリアは私の決意にそう答えてくれる。
私が人であるといってくれたことは良い事だと思えたし、
何よりも賛同を得られたことが重要だった。
私は、自分が一人では何も出来ない、無知で愚かな存在である事を知っている。
悔しいけれど、私はトゥリアの助けが無ければ、ただ生きてゆくことも難しいのだ。
あの人の言葉を叶えるのに、私ではまだまだ足りない。
「ですが、ラピス・ラズリ、復讐をして、その後はどうするのです?
その先には何もないと、多くの文献が語っていますよ?」
いつもの様に、からかう口調でトゥリアから投げかけられる問いかけ。
口の上手くない私は、そういった言葉に答えることが出来ない事の方が多いのだが、
その言葉を否定する答えは、いつもと違ってこの私の胸の中にあった。
「トゥリア、それは間違いよ。
復讐の先には何も無い、ではないの。
あの人を失ってしまったあの時から既に、
私たちには何もないの。
少なくとも私にとってはそうだわ。
トゥリア、アナタは違うの?」
私から返された問いかけに、トゥリアはすぐに答えては来なかった。
しばらくしてようやく返事を表示するトゥリア。
「……いえ、ラピスの言うとおりです」
返ってきたのは暗い感じの答えだった。
『不覚』とか『ズーン』とかの小ウインドウも表示している。
良く解らないけれど、トゥリアなりに落ち込んでいるのかもしれない。
私はトゥリアのそんな様子を無視し言葉を続ける。
「トゥリア、復讐のためにはあの女のことを知らなければならないと思うの。
でも、どうすれば良い?
あの人の記憶をたどる方法はきっと間違いだと思う。
他の方法としては何があるの?」
復讐=あの女の死、ならば方法は簡単だ。
もうじき修理の終わるユーチャリスで出撃し、
グラビティブラストで周りごとあの女を始末すれば良い。
けれど、私はそんな簡単に済ますつもりはなかった。
トゥリアの言った様な『死ぬよりつらい事』というものを味あわせてやるべきなのだ。
けれど、それをするにはあの女の情報が足りない。
あの人の記憶にあるあの女の情報ではダメなのだ。
私のあの女に対するものと、あの人のホシノルリに対するものはあまりに違っていたからだ。
そして私が相談する相手は、トゥリア以外には居なかった。
「ふむ、そうですね…。
とりあえず人を使って彼女の身辺捜査を始めるとしましょう。
なに、全てを我々が行う必要はないのです。
使えるものは使うべきですよ。
幸運な事に、我々は資金的に不自由しているわけではないですからね」
なるほど、と私は思った。
トゥリアの言うように復讐のだからとはいえ、私が全てをする必要が無いのも道理だ。
そういう仕事があることは知識で知っているし、
そういう仕事を頼むのに必要な資金を十二分にアレは持っている。
アレの溜め込んだモノを多少散財したところで問題はない。
どのみち戦争が始まってしまえば、全て灰燼と化すだけのモノなのだ。
トゥリアの提案に納得した私は、早速あの女の調査をする為の準備を開始した。
あの女への復讐の第一歩を踏み出す為に。
あの女の調査を開始してから1月が経った。
実際、あの女の足取りは以外に簡単に掴むことが出来た。
テンカワアキトの手紙に書いてあったように、あの女もまた火星に居たのだ。
あの女が火星に滞在中に行ったデータの改ざんを、
今現在火星のデータベースを支配するようになっているトゥリアは見つけ出していた。
その改ざんされたデータを元に、アレのつてでもあるその手の組織にあの女の調査を依頼した。
そこは、取り扱う調査範囲も広く、多数のエージェントを抱える調査会社で、
その分費用もかかるのだが、対効果費用としては十分に優秀な会社だった。
暗にではあるが、火星政府の依頼をもこなしているところらしい。
そこの会社が派遣した地球にいるエージェントから、私たちの元に中間報告が届いていた。
内容はおおよそこういった感じだった。
約2ヶ月前、調査対象は現在の住所の家屋を購入し、
テンカワアキトという男と共にそこに居住するようになった。
対象はプログラムやデータ整理を請け負う会社を経営している。
その会社の評判は上々だが、その規模や資金の動きから判断して、
過大な影響力ををもつものでは無いことが伺える。
また、同居人のテンカワアキトは専門学校に通いながら、
週3回ほどのアルバイトをしている。
内容としては調理師補助のアルバイトで、特に問題は無いと推測される。
以降調査中。
添付された資料などの詳細はさておき、報告書の概略はそんなものだった。
正直言って、私には理解できなかった。
あの女は何を考えているのだろうか?
個人経営とはいえ会社を立ち上げたり、
テンカワアキトを地球へと移住させたり、
その行動の初動は素早いものだった。
やるべきことを探して、ここ最近まで漫然と生きてきた私とは、その点で大きく違うと思う。
だが、テンカワアキトを自分の元へと招いて以降の、その動きの鈍さはなんなのだろうか?
何かの目的があって、テンカワアキトをわざわざ地球へと呼び寄せたのには、違いが無いだろう。
だが、その目的はなんだというのか?
私には想像もつかなかった。
そうやって眉を寄せる私に、トゥリアがウインドウに展開する文字で問いかけてくる。
「ふむ、ラピスには解りませんか。
彼女の欲しているモノが?」
その言葉通りに、あの女の考えがまるで理解できてい私は、
ただコクンと頷くことで、トゥリアに答える。
そしてその言葉からすると、トゥリアにはあの女のことが理解できているのだろう。
あの女のことを理解出来る出来ないはどうでも良いが、
人の心の中を推測できるトゥリアのその能力は、正直羨ましいと思った。
「私の推測でしか在りませんが、彼女が望んでいるのは恐らく平穏。
それも多分、彼女が我々のマスターとそしてミスマルユリカと共に暮らしていた頃のもの。
そんな平穏を彼女は望んでいるのではないでしょうか。
とどのつまり、彼女はマスターとあのテンカワアキトを同一視し、
マスターの代わりに、テンカワアキトと共に暮らすことが目的なのでしょう。
彼をわざわざ地球へ連れていったのも、平穏な生活のために戦場から遠ざける為でしょうね。
確かに火星にいるよりは、戦闘に巻き込まれる確率は減りますからね」
トゥリアが語るあの女の心情の憶測。
それを聞いて私の心に何かが渦巻き、私はテーブルに両手を叩きつけていた。
トゥリアがいつも私をからかう時の不快感以上のものが、確かに私の中には存在した。
「ラピス、ここで貴女が怒ったところで、どうにかなる問題ではありませんよ」
怒る?
そうかこの感情もまた怒りなんだ。
いや、違う。
恐らく、先ほどの写真を見た時の、
そして今感じているこれが真の怒りなのだ。
これに比べれば、今まで私が怒りだと感じたものは、
単なる条件反射に過ぎない、とも思えた。
「やれやれ、どうにも世話の焼ける人ですね。
でも、どうやら落ち着いたみたいですし、話を続けましょう」
テーブルを叩くのを止めた私に対するトゥリアの言葉。
でもそれは間違いだ。
私の心中に渦巻くものは相変わらずで、平静とはとても言えない状態だ。
ただ私は、方向性の決まったそれを、表に出すのを止めただけなのだ。
「まあ推測では在りますが、データからは彼女の考えが掴めたと思います。
それが正しいかは今後の報告で検証するとしましょう。
さて、ラピス・ラズリ。
我々はどうすべきだと考えますか?」
恐らく答えなどとうに出ているであろうトゥリアからの問いかけだった。
そして私は考える。
あの女をどうしてやるのがいいのだろうかと。
「平穏な場所など地球上に存在しないぐらいに、
これから起こる戦争に全世界を巻き込む」
私はとりあえずトゥリアにそう答える。
言葉の通りにすれば、あの女の望むテンカワアキトとの平穏など容易く壊れるだろう。
テンカワアキト?
いや、そうだ。
それは間違いなのだ。
あの女を如何こうするのは恐らく違うだろう。
あの女の一番望まないことをするのが、私の一番の望みなのだから。
「いえ、テンカワアキトを戦場に、戦争に引きずり込む」
自分で口にしてみて、私は酷く納得がいった。
あの女の望みは、テンカワアキト無しでは成り立たないもののはず。
だったら、あの男を闘争に、戦争に巻き込んでやれば良い。
あの女自身がそうなるよりも、その方がずっと効果的に私には思えた。
「ふむ、中々に良い回答だと思いますよ、ラピス。
ただ付け加えるならば、
彼女の所為でそうなった、
そう思わせる方がより効果的でしょう。
そしてその為には、我々の存在を認識させるタイミングも、考えなければなりませんね」
ああ、なるほど。
トゥリアの補足は良く解った。
確かにその方が、あの女に与えるダメージが大きそうだ。
けれど、具体的にはどうすれば良いのだろうか?
トゥリアの言うことには頷けるが、実現の可能性という点では素直に頷けない。
「ラピス、前にも言いましたが、彼はこの時代のキーパーソンです。
歴史の修正力が実在するかは認識してませんが、
ある程度のお膳立てをしてやれば、不可能では無いと思いますよ。
ま、所詮推測でしかありませんがね」
私が眉を寄せた事に対してか、トゥリアはそう続けてくる。
やはり疑問は残るが、これから起きうる事態の推測は、トゥリアの方が私よりずっと上手く出来ていた。
「それで、これから具体的にはどうすれば良い?
これまでやってきたよりも、色々とやることが多そうだけれど?」
トゥリアの言葉を否定する気もなかった私は、話を進めるべく先を促した。
「ええそうですね。
貴女にも色々やっていただく事が増えてくるでしょう。
これからは忙しくなりますよ。
ラピス、覚悟は良いですか?」
いつものからかう口調に戻ったトゥリアは、私にそう聞いてくる。
けれども、私の答えは決まっていた。
「覚悟など必要ないわ。
私たちはただ、それをやり遂げるだけだもの。
そうでしょう、トゥリア?」
「御意」
私の本心からの言葉に、トゥリアはただ短くそう答える。
何故かトゥリアは悔しそうだった。
その後、
トゥリアから提案されたプランを、私は実行することにした。
新たに機械工業分野への進出すること。
そして農業プラントの充実を図り、
シェアを拡大により政治的発言力を強化すること。
どちらも、トゥリアの持つこの時代には無い技術を使い、
他の競合相手に打ち勝つというプランだった。
新しく手をつける事にした機械工業分野については、
まずは小規模な工場の買収から初めた。
作るものは重力波関連の装置。
エステバリス等に使われているものをスケールダウンしたものだ。
バッテリーの代用品として売り込みをかけたが、これが思いのほか、評判が良かった。
重力波を飛ばすことによりケーブルレスな上に、
そして従来型のバッテリーのように重量があるわけでもないし、
連続使用時におけるバッテリー交換の手間も無い。
機械本体の軽量化やバッテリー交換の省略は、あらゆる作業効率の上昇に繋がったのだ。
同時に重力波装置のインフラを進めた事も幸いし、
それらの商品は生産が追いつかないほどの大ヒットとなった。
好調な結果を残すことになった機械分野への進出の目的は、
もともとはユーチャリスに必要な物資を調達する為の隠れみのだった。
大した成功は望んではいなかったのだ。
農業プラントの経営者であるアレと私が、
機械的な部品などを大量に購入することは違和感をもたらす。
が、その系統の産業に手を出しているのであらば、なんら違和感は無くなる。
仮に製品よりも過大な部品調達があったところで、
新製品の開発の為と嘘ぶくことで誤魔化しが利くからだ。
そしてその目的は予想外のヒットにより十二分に果たされ、
参入から半年後には、ユーチャリスのドックである第3工場を開設できるほどの好調ぶりだった。
もちろん、ユーチャリスのドックは部外秘のもので、
表向きは人員の要らない完全なオートメーション工場であるという事にした。
もう一方の農業部門は新製品の開発を行った。
多少割り高では在るけれど、美味しい食物を作る事になった。
もちろん、今までだってそういう改良は重ねられていたはずだ。
けれども、今回の私達はそのアプローチ方法を変えたのだ。
貧弱な土壌でも実り多くあれ、とされていた従来の方法を変え、
ナノマシンに良く馴染む作物を作ることにしたのだ。
遺伝子から強化されている私のナノマシン耐性を、
作物にフィードバックさせたモノを作ることにしたのだ。
火星にばら撒かれたナノマシンによる成長の阻害と、
そのナノマシンにより貧弱となったまま豊かに成らない土壌。
作物が上手く育たない2つの要因のうちの一つを、私たちは解消することにした。
ナノマシンに適合した作物は、そのナノマシンを通じて自身の情報を返してくる。
その情報を元に、ぎりぎり必要なだけの栄養をその作物に与える。
そうすることで数は少ないが、とても出来の良いモノがとれるようになるそうだ。
「火星版のナガタ農法ですよ。作物の声が聞こえる分、容易にはなってますがね」
とはトゥリアの弁。
そのやり方で出来た作物を食べてみると、
確かに新しいやり方で作ったものの方が好ましいと思えた。
正直言って味には疎い私にも解るその違いは、
火星の消費者達にも当然解り、
地産の高級食材として新たなシェアを確保することになった。
当然それは他の食料プラントへの圧力となり、
食料プラント業界におけるアレの勢力を拡大へと繋がった。
そうして、トゥリアの立てたプランに基づき、自らの足場を強化して行くうちに時は流れ、
予定通りならば、開戦まであと1年を切っていた。
私たちの悩みは戦力の貧弱さだった。
現状においては、
所謂木連の戦力を真正面から受け止めるのはもちろん出来ないし、
横合いから最高のタイミングで殴りつける事も、
今私たちが拠点としているユートピアコロニーですら守れないだろう。
まあ、自身の身を守るだけならば、
修理の終わったユーチャリスで脱出するだけなのだが、
それは私たちの目的とは乖離した行為だ。
持てる戦力は、この時代ではオーバーテクノロジーであるユーチャリス一隻と、
そして人員としての私とトゥリアだけ。
この程度の戦力で精々できるのは、嫌がらせにテロを起こすことぐらいだ。
もちろんそんな程度では私たちの目的を達することは不可能だ。
『人員の方は時間が解決してくれますよ』
というトゥリアの言葉を信じ、私達は装備の充実に努めてきた。
ユーチャリスのドックを兼ねている第三工場では、月産60台の改良型バッタを作っている。
更に第4工場の建設にも着手し、そこではもう少し大型の兵器を作る予定だ。
が、正直戦力としては全然足りて無いのが実情だ。
そこで私達は、この時代に来ているであろうもう一隻の船に目をつけた。
ナデシコC。
あの女の乗っていたであろう船だ。
まず、その存在から確認する事になるのだが、
あの船に搭載されているハッキングシステムは是非手に入れたいものだ。
アレを上手く使えば戦力差を一気にひっくり返すことも出来るだろう。
ユーチャリスにも同様のシステムが搭載されてはいるが、
残念なことに遠くナデシコCには及ばないものでしかない。
頭打ちな感のある戦力の増強問題を解決すべく、私達はナデシコCを探すことにした。
ますはあの女の最初の足跡が残っている、ニロケラスシティ周辺の探索から開始した。
探索といっても実際に見て回るのではなく、
修理の終わったユーチャリスを動かし、そこから探査機を飛ばして調べていった。
ユーチャリスを出すようにしてから3日目。
私達はその目的であるナデシコCを発見した。
土に埋もれて見つかり難くはなっていたが、
重力波を用いた探査の目を誤魔化すことは出来なかったようだ。
そのナデシコCにユーチャリスを近づけると、一台のエステバリスが土の中から現れた。
厄介な。
ユーチャリスに積んであるバッタと、エステバリスの性能差を思い浮かべそう漏らす私。
けれど、そんな私の考えとは別に、
私達の改良型のバッタは簡単にエステバリスを押さえる事に成功していた。
「あの動きからすると、
どうやら碌な整備もされていないようですね。
正直、同情しますよ」
その光景にそんな解説を入れるのはトゥリア。
あのエステバリスが可哀想だと言うその言葉に私も同意する。
打ち捨てられて朽ち落ち、目的を果たせなくなった道具は、実に哀れなものだと思うからだ。
一応念の為に、護衛のバッタを連れて、私はナデシコCへと向かった。
もちろん、トゥリアもバッタを介して一緒に来ている。
内部からこじ開けられたハッチを潜り抜けナデシコCの内部へ。
随分と砂や土にまみれているが、
内部に何者かかが侵入した形跡は残っておらず、
私達が始めての侵入者なのだと理解した。
予想していた抵抗も無く、ブリッジまで辿り着く私達。
私はIFSの端末に触れ、システムを起動させようとした。
けれども、ナデシコCのメインシステムであるオモイカネは全く起動せず、
サブシステムのみが起動するだけだった。
更にトゥリアを用いて試してみたが、結果は同じだった。
サブシステムに残っていた情報によれば、
船体自体のダメージは酷いが、システム上の異常は無いはずなのだが…。
「ふむ、このロックはIFSを通じて行うDNAチェックですか…。
まさか実用化されていたとはね。
これはまた厄介な」
『なうろーでぃんぐ』と表示し黙っていたトゥリアが復帰と共に告げる言葉。
ISFを用いた固体判別の話は聞いたことがある。
文字通りIFSをつけている人間を識別するもので、
DNAチェックによる識別と違い、
肉体の一部を提供する必要が無いのが特徴だったはず。
「つまり、ナデシコCは起動しないって事?
何とかならないの、トゥリア」
忌々しいあの女め、と心の中で毒づきながらトゥリアに問いかける私。
「いやはや、なんともしようがありませんな。
ここまで初期の段階のロックですと、ハッキング云々以前の問題ですからね」
そしてトゥリアからは、私の眉間の皺がより深くなる答えしか返ってこなかった。
「正直、使えないわね、トゥリア」
半眼でトゥリアの出すウインドウを見つめる私。
「わ、私ですか?!くっ、ラピス、貴女、口が悪くなりましたね」
ウインドウをびくっとさせてそう続けるトゥリア。
「いつも一緒に居る誰かさんのおかげよ、きっと」
あらぬ方へと視線を向けて続ける私。
「………」
トゥリアは沈黙したまま、それ以上の追及はしてこなかった。
と、そこで、私は一つのアイディアを思いついた。
もちろんナデシコCを動かすためのものだ。
「トゥリア、良い事を思いついたわ。
ホシノルリをここに連れて来ましょう」
最近出来るようになってきた、作り笑いを浮かべそう提案する私。
「はあ?!ラピス、貴女正気ですか?
どうやって彼女をここに?
というか、そもそも復讐する相手を連れてきてどうするんですか!」
トゥリアはウインドウに大きな文字でたたみ掛けるように反論してくる。
『バカ』
『たわけ』
『アホ』
『クズ』
とかの小ウインドウも一緒という、素晴らしいサービス振りだった。
「誰があの女を連れてくると言ったのかしら?
私が言っているのはホシノルリであって、テンカワルリじゃない。
確か地球に居るはずよね、この時代のオリジナルのホシノルリが」
私はトゥリアのその罵声を軽く受け流しながら、そう続ける。
「ガーン!!」
そんな文字をストレートに表示してしまうほど、トゥリアはショックを受けた様子だった。
そのまま固まったトゥリアに私は言葉を続ける。
「で、誰がバカでたわけでアホでクズなの?
一度膝をつきあわせて、じっくりと話をした方がいいのかしら?」
半眼で固まったトゥリアのウインドウを睨む私。
「御意」
トゥリアはかなり弱気な文字でそう答えた。
久しぶりにトゥリアをやり込めた私は、少しだけ気分が晴れた気がした。
続く
あとがき
今回の話は、ラピス復讐を決意す、でした。
読んで頂いてる方の、大半の方が予想されていた通りの展開だったかと。
あまりにベタな展開をしている話なのですが、見捨てないでやってください。
今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。
ナデシコDVDBOX購入を迷ってる、くまでした。
ではまた。