BLUE AND BLUE
第7話
作者 くま
ドッグを出たユーチャリスは、ステルスモードを維持したまま、ユート ピアコロニーの上空にあった。
そのユーチャリスのステルスモードの恩恵を受ける形で、隣にあるのは ナデシコC。
突貫工事で修理されたナデシコCは、装備的にはハリボテにも似たもので、
グラビティブラストなどの兵装は、ドッグに残されたままだ。
かろうじて、ディストーションフィールドを展開しているだけの、ただの浮きのようなものだ。
が、その浮きにも、今は使い道があるのだ。
そして、ユーチャリスのセンサーと火星駐留軍からの情報は、
ナデシコCの使い道である目標物を捕らえていた。
それは、前回の通りに火星に落ちるチューリップ。
そして前回と同じに、駐留軍の旗艦によるチューリップへの体当たりが行使され、
チューリップは前回と同じように、ユートピアコロニー直撃のコースをとり、
その進路上にあったナデシコCを巻き込みながら落下した。
結論から言えば、チューリップはユートピアコロニーを直撃せずに、
コロニーの北8キロの地点に落下した。
落下の衝撃が火星の大地を揺らし、ユートピアコロニーへと被害を及ぼ す。
直撃されたのに比べればましなのだろうが、その被害はかなりの規模に及んでいるようだった。
私達の支配下にあるプラントだけの被害を例にしても、
シティの北側に位置していたプラントが全滅、一瞬で全体の三割のプラ ントを失っていた。
だが、私達はまだ積極的に動く気は無かった。
ただ情報だけは、シティ各所に耳と眼をもつトゥリアが集めてきていた。
しばらくすると、落下したチューリップにも動きがあった。
先頭は火星の大地に埋もれたままだったが、
その後部が種が芽吹くように割れ、木星連合の無人兵器を吐き出し始めたのだ。
そこでようやく、私達も動くことにする。
ステルスモードのユーチャリスから、改良型のバッタをばら撒き、
チューリップから吐き出された無人兵器の中に混在させるようにしていく。
むろん、改良バッタは即座に解析した木星連合の友軍コードを発信させ、
敵無人兵器からは攻撃されないようにさせている。
吐き出された無人兵器はその目標をユートピアコロニーに定めたようで、
見事なとは言え無いまでも、それなりの隊列をなし進んでいく。
むろん、ユートピアコロニー側とて、それを見逃すようなことはしない。
コロニーに配備された守備隊がシティ外周に展開し、
迫り来る無人兵器を迎撃せんと銃器を構える。
が、如何せん、装備の違いあり過ぎると言うか、
守備隊に持つことを許された火器はあまりに貧弱で、
木星連合の無人兵器にまるで歯が立たない。
戦線はずるずると後退し、シティ内部へと下がっていった。
ゲリラ戦となり、多少の戦力差は埋めることができたのか、戦線の後退速度は落ちていった。
が、木星連合の無尽蔵とも思える無人兵器の前に、
守備隊は疲弊し、徐々に、そして確実にその抵抗力を削がれていった。
そして私達は、ユーチャリスのブリッジで、ただ時を待っていた。
シティ設置したものや、改良バッタのカメラからは、
ユートピアコロニーの守備隊や市民が無人兵器に殺戮される様を伝えてくる。
トゥリアによって把握されているシティの生存者数の表示もウインドウ にあり、
それはかなりの速度で減少していく。
モニター越しに伝えられる、眼下で起こっているその現実に、
サブシートのルリが、青い顔をして口元を押さえ、ブリッジから飛び出していった。
なるほど。
ルリにはまだ、人の死というものがショックなようだ。
それは、私にとっては少し不可解なものだった。
私自身、人の死に対して、正確にはあの人の死以外には、
今も、そして昔も、何と思わないからだ。
ルリの態度の方が、きっと人間らしい振る舞いなのだろう。
そうして感じ方はちがうのだけれど、その死に対してできる事は同じだ。
ただ、それを受け入れるだけなのだから。
しばらくして、ルリがブリッジに戻ってきた。
相変わらず顔色は悪く、少しふらついている様にも見える。
「ルリ、大丈夫?
無理をしないで、休むといい」
正直、足手まといは要らないので、私はそう声をかける。
今後の計画は、別にルリ出なければ出来ないわけでもなく、
自分の負担を増やせば、それで事足りるものなのだ。
「大丈夫です、お姉様。
私にも手伝わせてください」
白い顔のままルリは答えてくる。
それが何処まで本当かは知らないけれど、本人がやるつもりなら任せようと思う。
もしルリに出来ないのなら、私がやればいいだけだ。
私は黙って頷く事でルリに応え、
幾つも展開しているウインドウに視線を戻し、タイミングを待つことにした。
そしてついに、待ち望んでいた時は来た。
『ボソン反応検知。テンカワアキトを監視下からロスト』
トゥリアがずっとマークしていたテンカワアキトは消えた。
報告の通り、ボソンジャンプによるものだろう。
前回と歴史が同じように流れようとするならば、彼は地球に跳んだはずだ。
今回はその心のよりどころが在るだけに、
実際に跳んだ場所までは前回と同じとは考え難かったけれど。
そして、ユーチャリスはステルスモードを解除し、
元より正面に捕らえていたチューリップをロックオンする。
即座に発射されたグラビティブラストは、
レーザー駆逐艦であるカトンボを吐き出すチューリップを飲み込み、完全に破壊した。
ただ、火星の大地を穿つこととなったグラビティブラストは、
その威力をチューリップのみに発揮することは叶わなかった。
その余波がユートピアコロニーを襲い、チューリップ落下にともなう被害を拡大していく。
幾つかのシェルターがその衝撃で潰れ、
生存者カウンターの数字の減少を勢いづかせることになった。
つまり、今の一撃は数万人単位の市民を殺したということだ。
それは私にとっては元より想定内の事項で、私には何の感慨も抱かせない事実だ。
ただ、そのことはルリにとっては違ったらしい。
相変わらず青白い顔で、何かを耐えるように被害状況を表すウインドウを見ている。
その近くのウインドでは、元より展開していた木星連合の艦隊が、
ユーチャリスへとその矛先を変えたことが表示されていた。
「ルリ」
私はただそう声をかけ、ルリが自ら行うと言ったその行動を促した。
「はい、お姉様」
青白い顔のままルリは頷いて答え、ナデシコCからコピーしたシステムを起動させる。
そして15秒も経たずに、その目的を完遂させていた。
敵艦艇に取り付かせていた改良バッタを通じ、
ユートピアコロニー上空に展開していた艦船を全て掌握したのだ。
正直、私は少し安堵した。
精神的には不安定そうなルリが、私の期待に応えられる結果を出したからだった。
これまで課してきた訓練が、身を結んだ成果とも言えるだろう。
これで敵の艦隊は無力化し、残すはコロニーを襲撃している小型兵器のみとなった。
もっともまた時が経てば、状況は変わるだろう。
が、今現在、コロニーに残っている敵を排除すれば、私達はしばしの時間を得られることは間違いない。
「ありがとう、ルリ。良い子ね、良くやったわ」
私はメインシートから立ち上がり、
サブシートの側まで寄ると、ルリにねぎらいの言葉をかける。
自然と手はルリの頭の上に伸び、そのさらさらとした感触の髪をそっと撫で付けていた。
そしてルリ少し驚きながらも、私にされるがままになっている。
それでも、ルリが先ほどまでの青白い顔を止めたのは良い事なのだろう。
「そろそろ、私は出るわ。フォローをお願い」
ルリの頭から手を放し、ルリに告げる私。
その足はブリッジの外へと向けて歩き出していた。
そしてトゥリアに指示し、ユーチャリスのステルスモードを別のパターンで起動させる。
と同時に、トゥリアの支配下にあるプラントに設置した、同等のシステムをも起動した。
それはアクティブステルスと呼ばれるものだ。
相手のセンサーに囚われなくするポッシブステルスとは違い、
相手の、この場合木連の無人兵器をハッキングし、
そのセンサーが捕らえたデータを改竄し、敵を認識しなかったことにするものだ。
洗練されたハッキングシステムと、優れた演算能力があればこそのシステムでもある。
元々はトゥリア単体での運用を考えていたシステムだ。
訓練されたルリとナデシコCから移植されたオモイカネがあれば、
何の問題もなくそれは維持で出来るだろう。
私は打ち合せ通りに行動することにした。
「あの、お姉様、どうかご無事で」
ブリッジを出て、格納庫に向かおうとする私の背に、ルリが呼びかけてくる。
「…解った、行ってくる」
何と応えたものかと一瞬迷いはしたけれど、私は簡潔にルリに答え、ブ リッジを出る。
振り返り、ちらりと覗き見たルリの表情が、何かに祈る様だったのが印象に残った。
格納庫に着いた私は、エステバリスカスタムに乗り出撃準備を始める。
この機体はナデシコCを確保した時に、
登録されたプログラムに従い私達を迎撃しようとした機体だ。
そのエステバリスを回収し、私専用に改修したものだ。
専用機とはいえ、飛び抜けた性能を持つわけでもなく、
量産型エステバリスよりフィールドが1.5倍に強化されたという程度のもの。
これは戦闘機動に慣れていない私が乗る為に、安全性を高めた結果でもある。
さらに操縦の上手くない私をフォローするために、
数機のセルリアンブルーに塗装した改良バッタを引きつれ、私はユーチャリスから出撃する。
向かう先はシティの各地に点在するシェルターのうち、
プラントに設置されたアクティブステルスの恩恵を受けていないもの。
そして、まだ生き残っているシティ直属の守備隊により、
敵機動兵器に対する抵抗が続いている所だった。
必死の抵抗をするシティ守備隊を横目に、私はエステバリスを駆り、
守備隊が何とか食い止めていた木連の無人兵器を蹂躙し破壊する。
初期型バッタとある意味オーバーテクノロジーのエステバリスカスタム。
素人同然の私が乗っていても、両者の性能差はかなり大きなものだったのだ。
ましてや、このエステバリスカスタムはフィールド強化してあり、
エネルギーが続く限り、バッタやジョロでは決して破壊することは叶わないだろう。
バッタやジョロ駆逐した私は外部スピーカーを通じ、守備隊に呼びかける。
「ココは危険よ。早急に避難なさい」
苦労していた敵を目の前で壊滅させられ、やや呆然としていた守備隊。
スピーカーから流れる私の声を聞き、その銃口をこちらへと向ける事で応えてくる。
とそのタイミングで、守備隊とエステバリスカスタムの前に割り込むのは、
青く染め上げられた改良バッタ。
同時にバッタを操作しているトゥリアは、
いつものウインドウに老執事の姿を表示させる。
それが切っ掛けになったのか、守備隊は躊躇いがちにトリガーを引き絞った。
守備隊から放たれた弾丸は、改良バッタのフィールドに阻まれ、あらぬ方向へと弾かれていく。
「あまり、いただけない行為ですな」
銃弾の嵐の中、平然とした様子で肩をすくめて見せるトゥリアの老執事。
ホログラフだし、弾が当たらないのは当然のことなのだけれど。
攻撃の無為さに気がついたのか、こちらに攻撃の意図が無いことに気がついたのか、
やがて、守備隊からの銃撃は止み、部下を制しながら隊長らしき人物が前に進み出てくる。
「やれやれ、やっと話が出来そうですな」
と再び肩をすくめて見せるトゥリア。
私はエステバリスカスタムを数歩歩ませ、コックピットハッチを開放する。
「もう一度言うわ。ココは危険よ、早急に避難なさい」
ハッチから半分身を乗り出し、慣れない大声で守備隊に告げる私。
そんな私を守備隊の隊員は、先ほどよりも驚いた様子で見返してくる。
嘘だろ?女の子?などの言葉を口々に呟きながらだ。
「まったく、やれやれですな。
お嬢様、顔見せはもう十分でございましょう。
この場は私に任せいただき、先をお急ぎください」
三度肩をすくめて、トゥリアの老執事がウインドウを私に向ける。
「解りました。トゥリア、この場を貴方に任せます」
「御意」
打ち合わせどおりの言葉に、トゥリアは相変わらずの仰々しい芝居がかった態度で答えて来る。
そして私はコックピットの中に戻り、シートに座るのと同時に開いていたハッチを閉鎖する。
一瞬の暗転の後、コックピット内のモニターに外の様子が映し出された時には、
トゥリアが守備隊に向き直り説得を始めているところだった。
このままココに留まれば、再び無人兵器の襲撃を受けるだろう。
そのことは解析された木連無人兵器の思考ルーチンからしても確実だ。
私が今破壊したバッタやジョロの情報は、既に周りの無人兵器に伝達されており、
そして、それを受けて先よりも多数の無人兵器がココを攻めるだろうからだ。
それはつまり、先ほどの数で苦戦していたココの守備隊が、全滅することを意味している。
まあ、正直彼らがどのような選択をするかは私には関係ない。
私はただ計画通りに事を進めるだけなのだ。
もっとも、彼らが選んだ選択の結果、生き延びてくれれば、それに越したことは無いけれど。
そうやって守備隊を説得をするトゥリアを横目に、
私はエステバリスカスタムを反転させ、次のポイントへ向かうことにした。
それから16時間。
私はユートピアコロニーに備えられた全てのシュルターを回り終えていた。
それも、整備した重力波インフラあってのことだ。
様々なダメージにより、7割ほどは機能しなくなってはいたが、
生き残りの3割から供給される重力波が無ければ、全てのシェルターを回ることは出来なかっただろう。
そのシェルターの総数567箇所。
その大半が既に無人兵器に蹂躙された後で、
生存者のいたコロニーは全体の2割に満たなかった。
もちろん、プラントに仕掛けたアクティブステルスの恩恵を受けたものも含んでの数字だ。
そして2割のシェルターに生存者が居たからといって、2割の人間が生き残ったわけではない。
最終的なトゥリアの集計によると約350万人が生き残ったというだけだった。
人口3000万を誇ったユートピアコロニーは一日にして、その人口の9割弱を失ったことになる。
その9割という数字は私達が当初想定していた範囲よりも少ないものだった。
計画当初よりも多くの人々が生き残ったのだ。
事前の情報のリークや市長の努力の結果ともいえるだろう。
計画の修正を考えつつ、私達はアレの屋敷へと戻っていた。
ステルスモードのユーチャリスをトゥリアに任せ、
ルリと共にエステバリスカスタムで屋敷の中庭に降り立つ私。
何の手配もしていなかった屋敷は、木連の機動兵器により焼け落ち破壊されていた。
崩れ落ちた屋敷を壁沿いに、エステバリスカスタムで進む。
瓦礫を避けながら進み、かつては居間であった部屋に辿り着く私とルリ。
そこでエステバリスカスタムを止め、自らの足で、かつて居間だった部屋に降り立った。
そこはアレを置き去りにした場所でもあったのだ。
そして私達は。無人兵器の襲撃に崩れ落ちた柱の下に、
アレの座っていた車椅子の一部を見つける。
その部品の周りには、黒く変色し、既に乾いてしまっている血溜まり。
なるほど、予定通りにアレは死んだようだ。
無論、私はアレが死んだからといって、何かを感じるわけではない。
まあ、アレの地位は随分と役に立ったから、感謝ぐらいはしても良いと思ってはいたが。
ふと、横を見てみると、ルリの様子がおかしかった。
反撃に移る前のユーチャリスのブリッジに居たときの様に、
顔色は血の気を失い、心なしか震えているようにも見える。
ああ、なるほど。
置物同然だったとは言え、自分に近しい人間が死んだのだ。
ルリにとっては、かなりの衝撃だったのだろう。
そういうルリの反応は、やはり人として当然のもので、
似たようなものだとは言え、私とルリはどこか違うのだと改めて認識した。
ルリの落ち込みは別にして、計画かなり順調に進んでいた。
だからこそ、おそらくその時の私に、油断が生じたのだろう。
まず、私の耳に届いたのは、モーターの回転音だった。
「トゥリア!!」
それが聞こえた瞬間。
私はルリをエステバリスの方へと突き飛ばし、そして自らも後ろに飛びつつ叫んだ。
その私の声を掻き消すように響く、機関砲の掃射音。
木連の無人兵器によるそれは、音のみならず当然にして弾丸をもばら撒いていた。
その弾丸は私とルリが居た空間を薙ぎ払った。
そして後ろに跳び退った私は、左腕を引っ張られてバランスを崩し、
着地することもままならず、無様に地面に転がることになった。
そんな私の耳に届くのは、エステバリスのワイヤーフィストが放たれる音と、
放たれた鉄の拳により、金属のひしゃげる音。
トゥリアがやってくれたか。
そう思い、身体を起き上がらせた私は、
目の前に迫る炎と、つんざく様な爆発音を捕らえていた。
そしてその炎の中から、私をめがけて飛んで来る何かを認識し、
それでも避ける間もなく、その何かが自分の頭部を直撃する衝撃を感じた。
そしてそのまま、私は意識を失った。
続く
あとがき
うむ、前回のと合わせりゃよかったかも、な話でした。
これで、ほぼ、ではなく、完全にルリサイドに追いつきました。
一応は、独自な展開ができたかな?
えー、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。
出来れば感想などもいただけると、かなり嬉しかったりします。
ではまた。