BLUE AND BLUE
第14話
作者 くま
市長達との会談の内容は、今後の事についてだった。
とはいえ、市長達からは明確な指針が示される訳でもなく、
現状の再確認をするだけに留まっていた。
そして私は、元からの狙いである取引を、市長達に持ちかける。
私が求めるのは、ユートピアコロニー市民の労働力。
そして提供するのは、食料を中心とした物資。
もし、私の指示に従う労働力の確保が出来るのなら、
生き残った農業プラントで生産される食料等を提供しようという取引だ。
各シェルター間で都合をつけたとしても、
残りの備蓄食料は2ヶ月分しか無く、
かと言って、木星トカゲの侵攻下においては、
新たな食料源を確保することなどままならない。
そしてユートピアコロニー市民350万人が、
死地である火星から脱出できる手段もまた、存在していなかった。
故に、市長達に残されている有効な選択肢は、
取引に応じ、私達のバッタに守られている農業プラントの食料に頼る事のみ。
だが、市長は直ぐに首を縦に振る事をしなかった。
厳しい表情をしたまま、私に問いかけてくる。
「ラピスさん、タナカ家の、いえ、貴女の目的は何なのです?」
じっと私の目を見つめ、プレッシャーをかけてくる市長。
「言えないわ、個人的な事情だもの」
私は正面からそれを受け止め、何時もの笑顔を作って市長に答える。
「ただ、私の事情がどうであれ、
生き残った皆には、そう悪い話ではない筈よ」
笑顔のまま、片方の唇を吊り上げ、更に続ける私。
「……」
市長は、何も答えず沈黙する。
そして、瞳を閉じて眉間に皺を寄せ、
こめかみに手を当てて俯き、その姿勢でしばし考え込んだ。
「―――解りました、取引に応じましょう」
沈黙の後、目をゆっくりと開けながら、そう決断を下す市長。
「な、何故ですか、市長!
こんな非常時に、こんな脅迫まがいの取引などを!?
だいたい彼女だって、市民のはずです。だからこそ我々に」
「黙れ」
取り巻きの一人が声を荒げ、
そして市長は、その言葉を自らの手と言葉で遮った。
他の取り巻きに目配せをし、その一人を任せると、私の方へと改めて向き直る。
「お見苦しいところをお見せしました。
それで、ラピスさんは提供する労働力に、何をさせようと言うのですか?」
とりあえず侘びを入れ、話を急ぐ市長。
先ほどの取り巻きの発言により、私の考えが変わらぬ内に、という事なのだろう。
「そう難しいことを頼むつもりは無いわ。
トゥリア、プランの表示を」
私は笑顔のまま市長に答えながら、トゥリアにも指示を出す。
「御意」
何時もの、老執事の姿を中空に表示させたトゥリアは、
何時ものように、うやうやしく礼をしてみせるのだった。
私からの要求は、用意した2つのプランへの労働力の供給だった。
1つ目のプランは、タナカ家の所有する農業プラントの維持と復旧。
それに必要な労働力の提供を求めた。
半ばオートメーション化された農業プラントではあるが、
全く人の手が要らない訳ではない。
機械が行うよりも、人の手で行った方が効率的な作業は、多々あるのだ。
そして、被害を受けたプラントの復興作業に至っては、
機械の判断に頼れる事の方が少ない。
人の目で診て判断を下し、地道に作業をしていく必要があるだろう。
2つ目のプランは、ユートピアコロニー近郊の大深度地下の開発。
木星トカゲを火星上から追放できるほどの戦力を、
私を含めた火星市民の誰しもが持っていない。
当然、地表での活動には自ずから制限が付くことになる。
そこで目を付けたのが、ユートピアコロニーの大深度地下だった。
ユートピアコロニーの発展は、横方向に広がっていったが、
上や下の方向には、あまり伸びていかなかった。
都市の周辺には未開発の土地が広がっており、
高層施設を建設したり、地下を掘り下げる必要性が薄かったのだ。
故に、平坦に広がる形での発展をユートピアコロニーは遂げてきた。
特に地下に関しては、
ユートピアコロニーが頑強な岩盤の上に建設されていることもあり、
30m以下の地下に関しては、全くと言って良いほど手付かずだ。
その岩盤の頑強さゆえに、ユートピアコロニーが此処に建設されたとは思うが。
そして、その頑強な岩盤をくりぬき、
50m以下の大深度地下に空間を確保し、
そこに市民の住居等、各種施設を建設する。
それは勿論、木星トカゲに察知されない為でもある。
その大深度地下の開発に用いる労働力を、私は要求した。
計画では開発するのは、都市近郊の三方向のエリア。
チューリップが落下した北部を除く、
東、西、南の三ブロックを開発する計画を、市長達に提示した。
南は居住用の住宅などに供されるブロック、
東は工場などの生産活動用のブロック、
そして西は、私達が私用に用いるブロックだ。
流石に市長も、三つのうちの一つを私用に使うことには難色を示し、決断を渋って見せる。
そして当然の様に、何に使うつもりなのかと?と訊ねてくる。
「東と同じに生産用活動をする予定よ。
ただし、市民達の生活には関係の無いものを作る予定だから、
東とは、ブロックを別にする計画にしたわ。
もちろん、西ブロックに着手するのは、南と東の開発がひと段落着いてからでかまわないわ」
元より用意しておいた答えを私は告げて、
市長はしぶしぶながらも、私からの提案を変更なしに呑むことになった。
私は予定通りに交渉が済んだ事に、ほっと胸を撫で下ろした。
無論、市長達には気付かれぬようにだった。
その日のうちに、私と市長との取引は、
市長らの構成するネットワークを通じ、
各シェルターで形成されているコミュ二ティに伝達される。
もちろん、市長らにより、それなりにオブラートに包まれた言葉でだ。
そして、市民の側からの反応は上々で、
生き残った350万の内の、半数以上が労働力として手を挙げた。
ここまで市民の側の反応が良かったのも、
木星トカゲの襲来以降、
じっとシェルター内で居続けなければならなかった、
という事情も相まってのことだろう。
多数の希望者に対し、今現在、即座に必要とされる労働力はそうは多くなかった。
現状でも稼動している農業プラントはともかく、
より労働力を欲する予定の大深度地下の開発は全く動き出しておらず、
現段階では、そう多くの働き手を受け入れる事が出来ないのだ。
当然にして、取りまとめ役である市長の側は人選を行い、
希望者の中から、現場に出る人間を絞ることにした。
効率を考え、優先して選ばれたのは当然のように経験者だった。
農業プラントの方は、タナカ家の農場で働いていた者が優先して割り振られ、
大深度地下の開発の方も、工事関係者が同様に優先されることになった。
互いに共通して徹底させたのが、木星トカゲの再襲来にそなえた避難訓練だった。
木星トカゲがあまり間を置かずにユートピアコロニーを再び襲う可能性 が高いことは、
代表たる市長達には告げてある。
流石に市長も顔色を失ったが、
今在る設備で、これ以上の犠牲を出さない公算があると告げると、ほっと一息を吐いた。
ただ、それを実行するには、市民達の協力が必要不可欠で、
状況によってはシェルターごと見捨てる事態もありうる、と続けると、
ぐっと表情を引き締め、市民への徹底した伝達をすると答えてきた。
そんな訳で、労働力として現場に出る市民達の意識はそれなりに高く、
避難訓練の重要性は、おおむね理解されているようだった。
どちらのプランに参加する市民も、避難訓練を真面目に、そして順当にこなして行った。
そしてその訓練の成果が発揮されてのは、市長らとの会談からわずか三日後のことだった。
ユートピアコロニーから200キロの地点に円を描くように設置されたセンサーは、
上空に迫る木星トカゲの艦隊の影を捕らえ、
レーザー通信で、その情報をユートピアコロニーに設置された私達の施設へと伝えてくる。
幾つもの地点から送られてきたデータを統合すると、
ユートピアコロニーをぐるりと取り囲むように配備された、木星トカゲの艦隊の全体像が浮かび上がってくる。
その数は万に届こうかというぐらいだった。
市長らとは別に西ブロックの開発に着手していた私達は、
その作業を止め、即座 にユーチャリスへと戻る。
市長にホットラインを入れ、敵襲を告げて、市民達への避難勧告を要請する。
表情をこわばらせた市長だったが、やるべきことは解っているようで、即座に行動を開始したようだ。
そして私達はユーチャリスをドッグから発進させ、
ステルスモード全開のまま、ユートピアコロニーから離れて行く。
地表すれすれに高度を保ったまま北上し、木星トカゲの艦隊の下を潜り抜ける。
こちらの射程ギリギリに木星トカゲの艦隊を捕らえた辺りで上昇、同時 に反転し、
ユートピアコロニー北に配備された木星トカゲの艦隊の殆どを、
グラビティブラストの広域射程範囲内に収めていた。
無論、無策に北上したわけではない。
木星トカゲの友軍コードを偽装した改良バッタをばら撒きながら、この地点を確保したのだ。
ばら撒いた改良バッタは友軍コードを発したまま、木星トカゲの艦隊に取り付いていく。
ばら撒いた全ての改良バッタが、木星トカゲの艦隊に取り付くのを待ち、
それが完了すると同時に、ユーチャリスのステルスモードを解除。
そして、木星トカゲがこちらをセンサーに捕らえた、という警告音がブリッジに響く。
が、敵艦隊が反転し砲撃を開始する前に、ユーチャリスのグラビティブラストは発射された。
放たれた重力波の奔流は、反転しようとしていた敵艦隊を背後から飲み込んだ。
こちらの存在を察知した木星トカゲの艦隊は、戦闘モードに入っており、
当然のごとく、ディストーションフィールドを展開していた。
広域モードに設定したグラビティブラストは、展開されたフィールドを 突破できない。
が、数百にも及ぶ敵艦艇が地上へと降下していった。
むろん、ユーチャリスのグラビティブラストが、敵艦のディストーションフィールドを貫いた訳ではない。
先に取り付いた改良バッタが敵艦の中枢を乗っ取り、
こちらの攻撃に合わせて、ダメージを受けて大破した、と信号を発し、
敵艦艇の機関を停止させ、そのまま地上へと降りていったのだ。
そして、ユートピアコロニーの包囲網の北部に、戦力の空白地帯が生まれる事になる。
それらは当然、ユートピアコロニーを包囲網を形成している艦隊に伝達され、
そして木星トカゲの艦隊の目標が、艦隊の一部に壊滅的な打撃を与えた ユーチャリスへ変更される筈だ。
その私達の予想通りに、木星トカゲの艦隊は動き始める。
生じた空白を埋めるためではなく、
更に北上し、後退していくユーチャリスを、木星トカゲの艦隊は追い始めた。
形成した陣形を崩し、ユーチャリスに追いすがる木星トカゲ。
この時代の思考ルーチン通りの木星トカゲの反応に、
私はほくそ笑みつつ、ユーチャリスを更に後退させていく。
逃げるユーチャリス、追う木星トカゲの艦隊。
後退とはいえ、ユーチャリスの足は木星トカゲの艦隊よりも速く、
それを追うために、円を崩したような木星トカゲの陣形は、徐々に楔形になって行く。
そこへ、ユーチャリスからのグラビティブラストの第二射が襲い掛かる。
先ほどと同様に、重力波は敵艦隊を飲み込み、そのうちの何割かの艦隊が地上へと堕ちて行く。
先ほどと同様にディストーションフィールドを打ち抜いた訳ではなく、
敵艦艇のシステムを乗っ取り降下させただけだ。
無論、その程度で木星トカゲの艦隊の侵攻は止まらず、
ユーチャリスを撃破せん、と執拗に追い縋って来る。
だが、私のもくろみは、ほぼ成功していた。
敵艦隊の一割強を無力化し、
侵攻目標であったユートピアコロニーからも、十二分に引き離すことが出来ている。
そろそろ、撤退する頃合と言えた。
火星の地図を確認し、名も無き渓谷にポイントを定めると、
木星トカゲの艦隊と付かず離れずの距離を保つ為の、後退速度を落としていく。
速度の低下により、木星トカゲの一部艦隊がユーチャリスに追い付き、砲撃を開始する。
先行した敵駆逐艦カトンボのレーザーが、ユーチャリスのディストーションフィールドを叩く。
無論、堅固なフィールドは敵艦隊のレーザーを弾き、ダメージが船体に及ぶことはない。
だが、その衝撃は僅かな振動となってブリッジにも伝わって来る。
「ルリ、1番8番発射口にECM弾を装填。
作動間隔1秒でセット、カウント1で発射して。
船体のシールド処理も頼むわ」
ルリにそう指示を飛ばし、私は別のアクションの準備工程に入る。
ルリの手によりユーチャリスのセンサーが閉じられていき、
外部からの全ての情報がカットされていった。
「準備完了です、お姉様」
30秒ほどで、指示した全ての作業を終えたルリが告げてくる頃。
私も、予定した次の行動の準備を終えていた。
「カウントは3から開始」
私自身ですら何時もより堅く感じるその声に、ルリにも緊張が走る。
「3」
ブリッジを除く、ユーチャリスの反重力システムをカット。
当然の結果として、ユーチャリスは地上へ向けて落下し始める。
「2」
Gキャンセラーによって減じられた浮遊感を感じながら、
ディストーションフィールドの少し外側にジャンプフィールドを展開。
「1」
私のカウントに合わせ、ルリがECM弾を2発発射。
敵艦隊に向かうECM弾に合わせ、ディストーションフィールドを0コンマ2秒だけ解除。
「ジャンプ」
展開していたジャンプフィールドのトリガーを引き、
ユーチャリスはその船体をボソン粒子に変換する。
そしてECM弾による突発的な磁気嵐が荒れ狂っているであろう中、
ユーチャリスは名も無き渓谷から消え去った。
ジャンプアウト直後、
シールドしていた全てのセンサーを復帰し、
切っていた反重力システムもオンにする。
姿勢制御を再開させながらも、ステルスモードに移行し、
敵艦艇の攻撃に備える。
復帰したセンサーにより集められた情報を、即座に解析していく。
ユーチャリスは、ユートピアコロニー上空2万メートルの地点に居た。
予定していた高度1万5千メートルとは、5千ほどずれたが、
ゲートを用いず、しかもジャンパーの居ない機械操作のみによるジャンプだ、
5千のズレなら誤差の範囲内になるだろう。
今回のジャンプは、上出来なジャンプだったと言える筈だ。
そして回復したユーチャリスの広域センサーは、
ユートピアコロニーから、随分と北上した木星トカゲの艦隊を捕らえていた。
こちらからの攻撃で1割程度の艦艇を失ったのだが、
それでも数千を下らない数は、やはり私達にとって脅威だった。
が、その艦隊に変化が見られる。
北上していった全ての艦艇が、再編成を始めたのだ。
そして再編成を終え、南下しユートピアコロニーを侵攻するはずの艦隊だったが、
大きく5つの部隊に分かれ、ユートピアコロニーを目指すことなく、散開し始めた。
私は木星トカゲのその動きに、ほっと胸を撫で下ろした。
どうやら、こちらのばら撒いた改良バッタが、敵艦隊の核となる艦艇に取り付き、
その命令の書き換えを無事に終えたようだ。
当初、木星トカゲの艦隊が受けていたであろう命令は、
ユートピアコロニーの調査と制圧だろう。
改良バッタは、それを敵対勢力の殲滅若しくは排除に書き換えた。
そして、木星トカゲの艦隊は敵対勢力であるユーチャリスを渓谷に追い詰め、
先行するカトンボが砲撃し、これを撃破するに至った。
目標を達成した敵艦艇は、部隊を再編成し、元の任務に戻っていった。
要するに私達はユーチャリスを用いて一芝居うち、
改良バッタに中枢を乗っ取られた木星トカゲの艦隊は、
その芝居にまんまと乗せられたという訳だ。
それは、私達の描いたシナリオどおりの展開だった。
おそらく、これでユートピアコロニーにもしばしの平穏が訪れるはずだ。
最初の襲撃時にハッキングした艦からのデータだが、
木星トカゲの、いや木連の本部に対し、派遣された艦艇から送れるデータは極僅かで、
詳細な戦闘データなどは送られず、艦艇の消耗率と作戦の成功の可否程度のものだった。
木星トカゲ側のボソン通信の技術が、まだ不安定な事が原因なのだが、
今回の作戦はそこを付かせて貰った。
当初の作戦が成功した事になっている艦隊は、
新たな何かが無い限り、ユートピアコロニーへその矛先を向けることは無いだろう。
無論、定期的な巡回はあるだろうが、
その程度なら、アクティブステルスで幾らでも誤魔化しが効く。
残念ながら、今の私たちには絶対的な戦力が足りない。
そういった方法で相手の粗を突く事でしか、
ユートピアコロニーの市民は生き残ることが出来ないだろう。
何はともあれ、今は木星トカゲの艦隊の姿はユートピアコロニーの周辺に無く、
今回の襲撃は凌ぎきる事が出来たのは事実だ。
私の目的の達成に一歩近づいた事を、今は素直に喜ぼうと思う。
ルリにねぎらいの言葉をかけながら、私はゆっくりとユーチャリスを降下させていった。
続く
あとがき
今回の話は、ようやくラピスが動き出したと言う話でした。
一応、戦闘シーンもありましたけど、あまりにも一方的な展開に、
正直、どうだろう? と、自分でも首をかしげたり…。
ともあれ、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。
出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。
ではまた