BLUE AND BLUE
第15話
作者 くま
そこは、少しごつごつしていて、奇妙に弾力があって、それでも暖かな場所だった。
何より安心したのは、あの人のニオイと、あの人のコドウが、そこにはアッタからだ。
何故こうなったかを思い出してみると、
その原因は、ユーチャリスのジャンプフィールド発生装置の故障だった。
ユーチャリスの格納庫には予備の部品は積んであるし、
修理のできる小型ロボットも稼動状態だ。
が、その部品の交換には十数時間かかるらしく、
私とあの人は、修理が完了するまでの間、ユーチャリスで過ごすことになった。
オモイカネ参号に修理の指示をだし、何もすることが無くなった私達は、
いざという時に備えて、身体を休めることにした。
とはいえ、比較的私達が身体を休めることが出来そうな場所は、
あの人の愛機がある格納庫か、私がいつもいるコンピュータールーム。
そして、その両者をつなぐように走る中央の通路ぐらいなものだ。
あの人は休息場所として、その中からコンピュータールームを選んだ。
オモイカネ参号の稼動効率と私の居住性をギリギリで摺り合わせたそこは、
IFS操作中の私の体温が高くなることもあり、通路や格納庫よりもやや肌寒かった。
「―――ここへ」
何時もは私の場所であるシートに座ったあの人は、手招きしながら短く 告げる。
私はその言葉に従い、あの人のそばへ。
近寄った私を、あの人はすっと持ち上げて、自分の膝の上に座らせた。
振り返り見上げる私の視線に何も言わず、
あの人は愛用のマントで頭の上からすっぽりと私を包み込み、
その上から、あまり力を入れず、それでもぎゅっと抱きしめてくる。
閉塞感からか、少し息苦しかったけれど、
マントの中は徐々にあの人のニオイとあの人の体温に満ちてきた。
トクントクンと、定期的に聞こえるあの人の鼓動に導かれ、
あまり時をかけずして、私は眠りに落ちた。
私はきっと、あの人のマントだけではなく、
『優しさ』と呼ばれるモノにも包まれていたのだと、
今では、おぼろげに理解できる。
そう、今では。
それが、かつて在った事であり、
同時に、今見ている夢であると、私は理解していく。
夢うつつな世界から、身体に走る痛みよって、私は現実に戻されて行く。
視界に映るのは私の部屋の天井だった。
ベッドの横に設置されたサイドボードの上に、このような夢をみた原因 を見出す。
そこに置かれているのは黒いバイザー。
あの人が使っていたものであり、
顔の左側に巻かれていた包帯が不要になった私が、
醜く爛れた火傷の痕を隠すために使うようにしたもの。
大きさ的にも丁度良いそれを着けていると、
今は居ないあの人と共に居れる気になった。
無論、その感情が感傷であり、未練だとは頭では理解している。
そして、さっきまで見ていた夢もまた、同じ様なものなのだと理性は告げてくる。
なぜなら今夢に見た事がきっかけとなり、
ユーチャリスは長期活動にも耐えうるように改装され、
今のユーチャリスに生まれ変わったのだから。
その時の改装で、AIもオモイカネ参号から今のトゥリアへ変わり、
今まで無かったブリッジや居住区などを新設し、
ジャンプフィールド発生装置等の予備も配備された。
今活用されている色々なデータも、その折に用意された物だったはずだ。
そしてなにより、あの時と違うのは、
この船の何処にも、いや、この世界の何処にも、もう、あの人が居ないことだ。
どんなに私が想っても、私の側にあの人が現れる事は無い。
願いは叶わない。
そしてそれ故に、私はあの女を決して赦さない。
身体を苛む痛みに、その事を改めて認識した。
今私に与えられるこの痛みは、私のベッドに敷かれた薪によるものだ。
大陸に伝わる古事に倣って、自分のベッドに不揃いな直径10センチ程 の薪を敷き、
己の中にあるそれを絶やさぬ様、私は痛みの中に眠ることにしていた。
与えられる痛みは常に、時には流されそうになる私に、現実を伝えてくる。
夢の中では確かに存在したあの人は、この世界の何処にも存在していなくて、
そして、そんな世界に、私は生きているのだと。
何故、そんな世界に、私は生きている?
続く疑問に答えるのは、やはり身体の痛みだ。
そう、私はあの女に苦痛を与えるためだけに、
あの女の望みを絶つために、
あの女の喜びを悲しみに変える為に、
その為に私は生きている。
ガチリ。
私の中で何かが噛み合い、動き出した。
そうして、ようやく私の一日が始まる。
こうでもしなければ一日を生き始める事が出来ないのは、
私の心が弱い所為だと自覚はしている。
が、心の弱い私でも、この心を維持できる先人の知恵も、馬鹿にはでき ないと思う。
その先人が残した套路をという訓練を始めるべく、
私は薪が敷かれたベッドから降り、一日の行動を開始した。
ユートピアコロニーへの木星トカゲの再襲来。
私達はユーチャリス一隻という戦力ながら、何とかそれを凌ぎきった。
これまで生産してきたバッタ等の小型兵器は、そのまま敵艦隊に潜り込 ませたままで、
戦力として今手元に残っているものは、念の為にコロニーへ残しておいた極僅かな数しかない。
数百の改良バッタが失われた計算になるが、
損害がその程度で済んだことは、戦力差から言えば上出来で、
あまりの上手く行き過ぎる現状に、少し恐ろさを感じるくらいだ。
上手く行き過ぎると、碌な事がない。
何処かの文献にあった言葉を私は思い出した。
「この時期の木連など、烏合の衆に過ぎませんよ。
オートメーションに頼りすぎるから、こういう結末になる。
人の意思が介在したほうが、予想はし難くなるものですからね」
とは、トゥリアの弁。
人の意思云々には私も同意した。
テクノロジーではこちらが勝っている。
戦力差は恐ろしいものが在るが、
戦い方さえ間違え無ければ、早々敗れることはない。
計算づくで動かざるを得ない私達が、最も恐ろしいのはイレギュラーだ。
そのイレギュラーも、今回のように、
人の意思がぶつかり合わない戦場では、そうそう起きるものではないだ ろう。
ともあれ、私達は敵の襲撃を凌ぎ切り、
ユートピアコロニー市民達が、生き残る時間をしばらく伸ばすことが出来た。
それは、紛れも無い事実だった。
それからのユートピアコロニーでは、
市民達の手による復興活動が、本格的に開始されることになった。
木星トカゲに発見され易い地上は諦めて、
私達の提案したプランに従い、大深度地下の開発を進めていく。
その開発で思いのほか活躍したのは、私達が生産していたエステバリスもどき。
表向きは存在しないことになっていた、
タナカ家所有の第四工場で開発生産されたものだ。
月産にして数機、トータルで100にも満たない数しか揃えれていないそ の機体は、
パイロットが居ないこともあり、先の木星トカゲの再襲来においては、
無駄に倉庫に陣取って、ホコリを被っているだけのシロモノだった。
だが、大深度地下の開発においては、
土木作業用の重機の代用品として広く使われる事になった。
もちろん、専用の重機を用いる場合の比べれば、その効率は落ちる。
が、人型で且つIFSシステムを用いるということで、
その安易な操作性が幅広く受け入れられたようだ。
土木用の重機もIFS仕様ではあるのだが、それを的確に動かす為に は、
その重機の動きを熟知し、正確にイメージする必要がある。
効率の良さの反面、あくまで精通者用のツールでしかない。
エステバリスもどきの方は、人型で在るが故の効率の悪さはあるが、
その動かし方は至ってイメージしやすく、IFSを付けている者なら誰でも、
安易にそれなりに正確に動かすことが出来た。
それらは当然稼働率にも反映され、昼夜を問わず進められる作業も相まって、
エステバリスもどきの一日二十四時間に占める稼働割合は、90%を超えていた。
無論、そこまで酷使されれば、機体にも色々とガタが来る。
そだが、エステバリスもどきの修理を行える人間も、350万の市民達 の中には少なからず居た。
もちろん彼らとて、最初からエステバリスもどきに精通している訳では ない。
最初は、私たちから提供された図面を睨み、唸りながら修理をしていたと聞く。
が、人間慣れれば何とかなるもので、
二ヶ月も経つ頃には、彼らは皆エステバリスもどきの熟練工となり、
逆にエステバリスもどきの改善案を、こちらに提供するほどになった。
当然、私は現場で実機を触っている彼らからの意見を取り入れ、
より良く稼動するエステバリスもどきを、生産できるようになって行く。
嬉しい誤算とはこの事を言うのだろう。
そして、ユートピアコロニーの市民にとって幸運だったのは、
掘り進んだ地下の岩盤が多くの鉄鉱石を含んでいたことだ。
当初、地上に建てた施設を解体する事で調達する予定だった資材は、
地下を掘り進む事で排出される土砂から精製される分で、十分にまかなえたのだ。
外に反応を漏らさない溶鉱炉の開発には少し手間取ったが、
廃棄される土砂を再利用し、そこから有効な資材を取り出せたのは、
ユートピアコロニー市民にとって、大きくプラスに働いた。
それは物質的なモノのみでなく、心情的な部分も含まれていた。
木星トカゲの襲撃を受けたとは言え、
ユートピアコロニーは、多くの市民にとって生まれ故郷だった。
生き延びるためとは言え、その故郷を自らの手で壊していくのは忍びない。
特に年齢が上がるにつれ、そういった思いをしている者達も少なからず居たようだ。
更には、地上部分をそのままの形で残すことにより、
『いつかユートピアコロニーを復興してみせる』
という目的を持たせ、日々の生きる糧の一つにもなったようだ。
幸運な事は多々あったが、市民達にとって、全てが上手く行っている訳ではなかった。
市民達の生活の中で不足してきたのは、食料と医薬品だ。
各シェルターに用意されていた保存食料の配給を止めて、
人々の口に入るのはタナカ家の農業プラントで生産された食料になっていた。
ただ、プラントから供給される食料は決して多いものではなく、
配給される量は一般的に必要とされるカロリーを獲得できないで居た。
カロリー不足の原因は、タナカ家のプラントがあくまで農業プラントであり、
カロリーを底上げする畜産物の生産が出来ないからだ。
が、被害を受けたプラントが回復して配給の絶対量が増えるか、
畜産プラントの代用として整備中の水産プラントの生産が軌道に乗れば、
その辺はカバーできる見込みはあった。
そういった食糧事情よりも、深刻なのは医薬品の類の不足だった。
食料品に比べ医薬品は、長期間に備えた備蓄は少なく、その絶対量が足 りていなかった。
食料に比べれば高価な医薬品だ。
その備蓄にまわせる予算を組むことは、平時には中々出来ないだろう。
そして、医療関係でユートピアコロニーの中核を成していた中央病院が、
戦火に巻き込まれたのも、医薬品が不足している一つの原因だろう。
当然にして、医薬品の不足はマイナス方向の結果をもたらし、
定期的な投薬を必要としていた者は、その投薬を受けられず死亡するケースが相次いだ。
非常時である今、それは仕方の無いことだと受け止められ、大した問題 にはならなかった。
が、何処にでも大騒ぎする者は居たようで、
そのことにつき、市長らに対し何らかの補償を求める者たちが出始めた。
無論、市長の側はそれを当然にして完全に無視した。
が、その何人ものそういった者が集まってグループを作り、市長らに対して猛烈に抗議し始めた。
全く引く気を見せない彼らも、善意の市民グループに説得されると、
もう二度と市長達に抗議することはなくなった。
ただ、善意の市民グループが彼らを説得した翌日、農業プラント用の肥 料を作る為の分解槽に、
彼らと同じ重さの動物性たんぱく質が投入されたと、データは示していた。
一部の特殊な例を除いたとしても、市民全体に対する医薬品の不足は明らかで、
それを改修するための案を一つ、市長達に提案した。
考えていたよりも、幾分前倒しに提案することになったそれは、
ユートピアコロニー以外の都市への探索隊の派遣だった。
ここに無いのならよそから持って来よう、という訳だ。
もちろん、実際にはそう簡単なことではない。
何しろ木星トカゲの制圧下にある都市を探索しなければならない。
さらには、探索隊に割くだけの戦闘装備がある訳でもなく、まさしく命がけの探索となるはずだ。
それ故に、募集された希望者の中でも、特に体力的に優れている者が選ばれることになった。
結果、探索隊に選ばれたのは、必然的に守備隊などの軍関係者が多数を占めることになる。
五百名ほど集まった彼らを、30のグループに分け、陸路で目的地を目指すことになる。
途中レーザー通信装置を設置しながら進み、
目的地の探索を終えたところで、ユートピアコロニーへ連絡を入れる。
その連絡を受けた後に、私達がユーチャリスで物資と人員の回収に向かう、という算段だ。
無駄が多いようにも見えるが、レーダー機能も備えているレーザー通信 装置を、
断続的に設置することも一つの目的であるため、効率の悪さはあえて問 わなかった。
ナノマシンを多く含む火星の大気は、
地球や宇宙で行う場合と比べ、レーザー通信の有効範囲が狭い。
同じ距離の通信網を配備するに当たり、より多くの中継地点を必要とするのだ。
直線的にならまだしも、周囲をまんべんなくカバーする為に、ユーチャリスを動かすのは効率が悪い。
地道な作業は、数を持って陸路を行く部隊に任せた方が、やはり効率的だ。
レーザー通信装置の配備が順調な派遣隊だったが、
その主目的である物資の探索は、上手く行っているとは言いがたかった。
たどり着いた先の都市が壊滅しており、
使えそうな医療品等の物資が、全て失われている場合の方が多かったのだ。
無論、全ての探索が不成功に終わったわけではなく、
かろうじて焼失を逃れた物資を、回収できる場合もあった。
確率的には二割を切る程度という、惨憺たる結果だったが。
そんな中、住民が生き残っている都市に探索隊は遭遇した。
比較的古い時代からあるその都市は、
人口が数百人の小さな都市であり、かつそのシェルターも深く作られて いた。
それゆえに住民達は、木星トカゲの侵攻を凌ぎ、生き残ることが出来たのだろう。
地上部分など、ユートピアコロニーとは比較にならないほど、破壊され尽くされているのにも関らずだ。
データによれば、ユートピアコロニーと同じく地下水源に恵まれているらしいので、
それも都市の住民が生き残れた要因の一つと、考えて良いだろう。
そして、当初に定めたマニュアルの乗っ取り、探索隊は都市の住民と接触を図る。
住人達は、自分達以外の生き残りが居た事に驚いていたそうだが、
それよりも更に驚いたのは、探索隊から提示された内容だろう。
『備蓄している物資を引き渡し、ユートピアコロニーの傘下に入れ』
要約するとそういった内容のモノを、探索隊は彼らに突きつけたのだ。
勿論それを、都市住民が黙って受け入れることなどなく、
銃声を持って、探索隊はその場を追われることになる。
被害こそ受けなかったが、一時撤退するしかない探索隊。
連絡を受けた私が、ユーチャリスで現場に到着したのは、丁度その時だった。
探索隊からの報告を聞いた私は、改良バッタを一機、彼らのシェルター へと飛ばし、
外部からの回線を、無理やりに繋いでみせる。
彼らの代表と思しき者が通信先に出るのを待ち、
その姿を確認したところで、こちらからの用件を一方的に告げていく。
「基本的な事項は、先発隊が示した通りよ。
ただ、先ほど確認した追加事項があるわ。
積極的に協力をしてもらえるのならば、
あなた方は開発が終わったばかりの居住区へ、優先的に入ることが出来る。
今はまだ集合住宅ではあるけれど、
各人ごとのパーソナルスペースは確保できているモノよ。
もちろん、ユートピアコロニー市民としての権利も得ることになるわ。
そこまでが、私達の側から提示できる全てね。
『カルメアデスの板』という話は知っているでしょう?
それとは違って、私達にはあなた方に選択肢を与えるだけの余裕があるの。
選びなさい、降伏か、死を。
五時間の猶予をあげるわ。
その間に結論を出すことね。
ただ、私の後ろには、350万のユートピアコロニー市民が居るの。
だから、私の手は命を刈り取ることに何の躊躇もしないし、
私の身体が何万ガロンの返り血で染まろうとも関係ない。
それだけは、覚えておいた方が良いわ。
このまま、回線は開けておくわ、では、五時間後に」
こちらから一方的に、パフォーマンスだらけの話をし、相手が何か言う前に通信を切る。
とは言え接続を切るのではなく、私からの通信を終了させただけだ。
今はトゥリアが代わりに通信に出ているはずだ。
おそらく何時ものバカ丁寧で慇懃な対応をして、相手を適当にあしらっているのだと思う。
同時に、彼らの判断材料として、
こちらの戦闘データや開発した居住区のデータも送っているだろう。
正直、私としてはこういった回りくどいことはせずに、即座に武力制圧をするつもりだった。
ユートピアコロニーからは離れているし、周りには木星トカゲの姿も無い。
彼らの戦力も私達に対抗できるほど強力な筈がないからだ。
が、後々の事も考えて説得メインで行くべき、
というトゥリアの提案をとりあえずは採用したのだ。
彼らがこのままこちらの案を受け入れなければ、
結局は行動を起こすことにはなるのだし、
五時間程度の猶予を与えたところで、
大勢に影響が出るほど、事態も逼迫していないのも、理由の一つだ。
どちらにせよ、五時間後には何らかの行動を起こす事になるだろう。
こちらの対応は、あくまで受身ではあるのだが…。
ともあれ、今後の行動に備えて、私はルリを連れブリッジを後にすることにした。
それから三時間後。
猶予を二時間程残し、彼らからの通信があった。
もちろんその内容は、こちらの提案を全てい受け入れるという、条件付降伏だった。
続く
あとがき
出来はともかくとして、アキラピで始まる話でした。
ネタを提供してくれた犬さんには、感謝を。
でも、やっぱり、正直、どうだろう?と思ったり、思わなかったり…
ともあれ、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。
出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。
ではまた