BLUE AND  BLUE

 第17話

作者 くま

 

 

 

 

 

「ふぅ、まるで道化を演じた気分ね・・・」

 

予定されていた全ての映像の配信が終了し、

清掃用の小型ロボットがガラスの破片を片付ける中、

軽いため息と共に私は誰ヘ向けるでもなくそう呟いた。

 

「良いではないですか、ラピス。

 愚者は道化に踊らされるもの。

 そして、我々が求めているのは、賢者ではなく愚者なのですから。

 違いますか?」

 

そうやって私に返してくるのは、老執事の姿のトゥリアだった。

トゥリアから放たれたその言葉は尤もなもので、

私達が今戦力として必要としているのは、正にそういった人材だった。

敵への復讐を誓い、守るべきものなどとうに無く、その身すら省みずに戦える者。

ある意味私と同じと言える存在を、私達は欲していた。

そして、そうした存在は今まで冷遇されてきた、

あまり活動をして来なかった彼らの中にこそ居るはずだ。

自分にとっての全てを失い、それでもただ生きてきた彼らが、

彼らの全てを失わせた相手が人間であり、その相手に復讐する手段があることを知ったのだ。

それがどの様な道で在ろうとも、自らの意思で歩みだし、その内の何割かはその道を踏破するはずだ。

そういったある種、正常でない人材が、私達に必要とされている人材だった。

 

「いえ、その通りねよトゥリア。

 だけれど、道化を演じたところで、

 私の言葉ごときに、そういった人物が本当に集まるのかしら?」

 

それは私にとって当然の疑問だった。

今までそれなりに受け入れられてきたタナカ家代理としての振る舞いを、

今回の映像の中においては、止めてしまっていた。、

どちらかと言えば、あの女に復讐を誓う私の地が出ていた筈だ。

更に言えば、顔の左側に残る醜い火傷の跡を晒してすら居たのだ。

とてもではないが、人心を惹きつける魅力があるとは言いがたい。

復讐への道を歩もうとした彼らが、二の足を踏むことにならないかと、

映像での私の行動を私は不安要素として捉えていたのだ。

 

「人材の中身までは解りかねますが、反応は上々ですよ。

 各端末からの問い合わせも多数来ていますし、

 志願をしている者も、徐々にですが増えていってますよ」

 

中空にデータを映し出しながらのトゥリアの言葉。

表示されている大きな数字は5桁に達し、小さい数字も既に3桁を超えていた。

私の予想に反して数字の上での経過は、確かに上々のようだ。

 

「ほう、これは・・・中々に面白い人材が・・・」

 

そんな言葉と共に、面白いといった人材のデータをトゥリアは表示する。

元連合火星支援部隊ユートピアコロニー基地統合第二科所属の元軍曹。

ゲルト=ヴァーミリヤ。

何ヶ月か前に、市長の元へと放りこんだあの大男。

トゥリアの言うとおりに、確かに面白い人物だ。

今私が人を集め行おうとしている行為と、

彼の属するヴァーミリヤ家の方針は相対するもので、

彼は私達の行動を否定する立場にあるはずなのだ。

 

「どうします、ラピス。

 適当な理由を付けて候補から除外しますか?」

 

それも一つの方法ではある。

どのような心算かわからないあの大男を最初から外すというのも、

陣営の意思統一を図るという意味で、有効ではあるはずだ。

 

「いいえ、第一順位で採用するわ。

 明日には一度会えるように調整をしておいて。

 彼の心つもりは知らないけれど、彼の能力は私達の役に立つわ」

 

私は即座にそう判断を下した。

たとえ、私達が必要とする人材が集まろうと、

恐らくその殆どが普段から銃を握らない素人ばかりだろう。

こちらでも、そういった素人を育成するプログラムは組んでいるが、

それでも、実際に幾人もの兵士を育て上げて来た元軍曹には、到底敵わないだろう。

元軍曹の存在は不安要素では在るのだが、

私は得られるメリットの方が大きいと判断したのだ。

 

「御意」

 

そしてトゥリアもまた、何時もと同じに老執事の姿で、うやうやしく礼をして応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の道化じみた演説が流れた翌日からは、

人的資源を集める為の、本格的な活動が開始された。

まず、最初の一歩となったのは、例の元軍曹を呼び出す事からだった。

私から彼に向けての質問は唯一つ。

 

「ヴァーミリヤ家を捨ててでも私に協力するか否か?」

 

ゲルト=ヴァーミリヤは戸惑いなど一切見せず、私を真摯に見つめて応えてくる。

 

「無論そのつもりで私はここに来ています。

 復讐の為とは言え、正規の軍隊でもないラピスさん達が行おうとしている事は、

 ただのテロ行為と取られてもおかしくない。

 それは重々承知の上で、私は此処に来ているのです。

 ヴァーミリヤ家先代の方々に対し、申し訳なく思うところが確かに在りますが、

 私は初めて私自身の為に生きてみる事にしたのです」

 

先代云々のところで多少眉を顰めはしたものの、

返ってきた元軍曹の言葉の何処にも迷いは無かった。

人の心の奥底が誰にも見る事が出来ないように、

この大男の真意が本当は何処にあるのか、私に見極める事が出来ない。

だが、それでも、私は実直そうなこの大男の言葉を額面どおりに受け取る事にした。

 

「そう、なら良いの。

 これからはよろしく頼むわね“大佐”」

 

そして私は彼に対してそう答え、当然にして大佐こと大男は目を剥いて驚いていた。

 

「私が・・・“大佐”ですか?」

 

やや愕然とした様子で私に問い返してくる大佐。

私は何時もの笑みを作り、彼に向けて言葉を続ける。

 

「所詮、私達はテロリストまがいの武装集団でしかないわ。

 軍隊とは違って、階級など在って無きが如しよ。

 そうね、精々、あだ名程度のものとして捉えて頂戴」

 

大男を大佐と呼んだのには大した理由など無く、

イメージによる単なる思い付きでしかない。

それに大佐が言い、私も追認したように、

私達は軍隊ではなく、ただの復讐者の集まりにしかならないはずだ。

組織として行動する以上、上下関係は必要だろうが、それを徹底するつ もりは私にはない。

私達の陣営には、同じ復讐を志すもの同士が集うのだ。

そこに型にはまるような上下関係は、不要だと私は考えている。

 

「あだ名・・・ですか」

 

私からのそんな感じの答う想定していなかったであろう大佐は、

呆然としたまま言葉を返してくる。

無理もないだろう。

彼のように軍一筋で生きてきた人間にとって、

階級は絶対的なものの一つであるし、

そして恐らく自身が望んで留まっていた軍曹という階級からしてみれば、

大佐という階級を、雲の上のそのまた上ぐらいに感じていても不思議ではない。

それを単なるあだ名と言われたのだから、戸惑いも当然の事だろう。

しかし、この後に大佐が返してきた言葉は、私を少し悩ませることになる。

 

「わかりました、大佐という役目、確かに引き受けさせていただきます。

 それでは、この集団のトップとなるラピスさんの事はどう呼べば良いのですか?

 私の生きてきた世界で言えば、“元帥閣下”あたりになりますが?」

 

大佐にそう聞き返され、今度は私が唖然とする番だった。

元より階級など考えてなかった事だし、

何よりも元帥閣下という呼び名は仰々しすぎて、私には合わないだろう。

何か無いもかとトゥリアに視線を投げかけるが、

トゥリアはあからさまに視線を外し、口笛まで吹く素振りを見せて私の視線をスルーした。

後の折檻を心に決めて、更に視線を廻らすと、

同席していたルリからは、逆に期待に満ちた視線が送られて来ていた。

一体、私に何を期待しているのかは解りかねたが、

とにかく、この場の二人が私の助けにならない事は理解できた。

少し悩んだ末の私の答えは、シンプルなものだった。

 

「・・・・・・・ボス、で良いわ。

 そうね、私の事はボスと呼称して頂戴

 

至って普通の呼び方のはずだ。

ルリがそう呼ぶように、大佐から『お姉様』呼ばわりされるのは御免被るし、

大佐達の世界の言葉である階級で呼ばれる事にも、抵抗があったのだ。

 

「了解しました、ボス」

 

何とか出した私からの答えに、返ってきた反応も三者三様だった。

大佐は前から見せている敬礼で答え、

ルリはそれなりに気に入ったのかコクコクと頷いて答え、

トゥリアは首を振りながらため息を吐き、やれやれと肩をすくめてみせる。

トゥリアの態度にはカチンと来たが、

こうして私の呼称も決まり、元々の計画に在った戦闘集団の形成が始まる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大佐以外にも、復讐者たらんと西エリアに集まって来た者達がいた。

もちろん、実際には移動制限がなされている西エリアに集まった訳ではなく、

端末を通じて、私達の陣営への参加を志願してきた者達のことだ。

その数は1週間も経つと5000を超え、なおもまだ増加傾向にあった。

今のユートピアコロニーの全人口からすれば、

0.2%にも満たない数字ではあるのだが、

その数は私の予想を上回るものだった。

その多すぎる志願者の前に、私達は人選を行う事になる。

まず、選出したのは技術者や研究者達だった。

確かに私達は今の数年先の技術を持っては居る。

が、その進歩は全くといって良いほどに無いのも現状だ。

多少なりとも前に進んだのは、エステバリスもどきの技術だが、

それとて前回の最新鋭機であるエステバリスカスタムには及ばない。

今の私たちに多大な恩恵を与えてくれている、

例の改造屋の手によりチューンされたものが比較対象である以上、

方が無い部分であるとは思うのだけれど。

そして技術者を優先したとは言え、その数は200名ほどでしかなく、

普通ならば、必要な技術の進歩が得られるかは疑わしいところである。

だが私はその技術の進歩を確信していた。

彼らの名簿の中に見知った名前を見つけたからだ。

イネス=フレサンジュ。

前回のトカゲ戦争において、その知性を持ってネルガルに最も貢献した人物だ。

あの説明癖はどうかと思うが、優秀な人材である事には違いない。

そして彼女には、未来において自らが開発した技術を引き継ぎ、

そこから更に前進してもらう事になる。

研究者としての疑問は当然に感じる事になるだろうが、

それでも私達の技術を他者に引き継ぐよりも、ずっと効率的な進歩があるはずだ。

計画にある大ドッグで建造中の戦艦も、彼女の存在の在る無しに依存す る部分があり、

その主武装の完成に掛かる時間が、大きく違ってくると私は推測していた。

そうした技術陣は、イネス=フレサンジュを筆頭に充実して来たと言えるが、

問題は主に戦場に出る事になる兵士の、いや戦士の確保だった。

志願者は5000を超え、数だけは揃っている。

だが、その質はまちまちで、以前に守備隊に居たという軍属の者から、

全くの一般人まで、ピンとキリの身体能力の差はかなりのものがある。

幸運なのは私達がただの武装集団であり軍隊でないことと、

大佐という人材を確保した事だろう。

元より軍隊のような綿密な作戦行動などを、予定しているわけではなく、

それはつまり。戦力の均一化を図る必要が無い事になり、

私達が重視するべきは、戦力の底上げということになる。

ハード的な面での底上げは、西エリアでの生産状況が順調な事もあり、十分に出来ていると言える。

そして人的な底上げは、大佐という人材がこなしてくれるはずだ。

集まった5千という志願者の全てを鍛え上げる事は不可能だろうが、

その1割の五百という人員は、戦闘のできるレベルに仕立て上げたいと私は考えている。

そして私達に許された時間は約半年だとも、私は睨んでいる。

それは、この後に地球で完成するネルガルの戦艦、ナデシコが火星に到着するまでの時間だ。

地球から破竹の勢いで迫るナデシコに、木星連合も本腰を入れて対応に当たるはずだ。

前回の通りならば、それは火星上で戦闘が行われる事を意味する。

今はまだ木星連合の目を誤魔化せてはいるが、

戦闘により、ユートピアコロニーに戦禍が及ばないで済むとは限らない。

ナデシコが前回と同じ行動を取るのならば、

ただでさえユートピアコロニー近郊に迫る可能性が高い。

前回と違い今回は、ナデシコが回収したいであろう技術者や研究者達が、

私の計画に従いユートピアコロニーへ集められている。

なおのこと、ナデシコが此処に来る可能性が高いと言えるだろう。

そしてナデシコは、木星連合の艦艇を呼び込む事になる。

戦闘は必至と言えよう。

それらは確かに制限時間の一因ではあるが、

それ以外にも、私の陣営に属する事になる者達の心情というものもある。

この時代においてナデシコはそれなりに強く、木星連合と互角以上に戦えるはずだ。

そんな戦いを目の前でされて、私の元に集まった復讐者が黙って見ていられる筈が無いだろう。

彼らは皆、敵を倒す為に、私の元に集まるのだから。

だからこそ私は、その時点を私達の戦闘開始のターニングポイントと定め、

戦力の増強計画を、推し進める事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に見える形で進む戦力の増強。

それとは別の懸案が、私にはあった。

地球にいるあの女への対応方法だ。

ただそれも、今のところは上々の成果を出していた。

エージェントを介し、地球の企業を通して、あの女へ依頼した仕事は、

きっちりと、そつ無く仕上がってきており、

私達の生産するエステバリスもどきのシミュレーターとしても、十二分に使えるシロモノだった。

更に言えば、テンカワアキトがそのシミュレーターのテストパイロットになり、

かつ、そのレベルが高水準だったのは朗報と言える。

あと二、三手打つ事により、テンカワアキトから巻き込む形で、

あの女を地球から引っ張り出す事が出来る可能性が高くなったからだ。

前回と同じ歴史の流れにするべきかは迷ったところだが、私は早々に手 を打つ事にした。

これから打つ手が不成功に終わった場合に、次の手を打てる余裕が欲しかったのだ。

ただ、打つべく手に自信が無いもの確かなことだった。

それ故に、トゥリアとルリも交え私はこれから打つべき手を詳細に検討する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球に居るエージェントを介する形になるのだが、討した結果、新たに二つの手段をとる事にした。

時期を見計らい、こちらのエージェントをテンカワアキトに接触させる事。

そしてもう一つは、ナデシコを完成させるネルガルに情報をリークする事だった。

一つ目のテンカワアキトへの接触は、単なるメッセンジャー程度に抑える事にした。

詳しい事など一切伝えず、

いつかの答えを持った私が火星で待っていると言う事と、

ネルガルで作られているナデシコと言う船が火星に行くらしいと言う事。

エージェントにはその2点を伝えさせるつもりだ。

そして、比較的に直情型のテンカワアキトがどういった行動を取るかは、およそだが推測が付くものだ。

もう一点のネルガルへの情報のリークは、3つの経路を計画した。

一つ目はルリが居た研究所。

当初の契約など無視し、一切のデータは送っていないのだが、そこへあ の女の情報を、

あの女が地球の何処に居て、どういった仕事をしているのかと言う情報を漏らすのだ。

ホシノルリを上回る成果をもたらしたあの女の事が、

かの研究所を通じてネルガルにも伝わるのは想像に難くない。

2つ目のルートはエージェントを介し、あの女へ仕事の依頼をした企業を使う方法だ。

こちらから提供したバッタ等の敵小型兵器のデータも合わせ、

協力者としてネルガルに売り込みをかける様に提案をするつもりだ。

そこは大手のゲームメーカーの下請けでしかない企業であるし、

恐らく、そこまでの機転は利いていないと推測される。

企業側は理解していないだろうが、

私から提供したデータには、ネルガルの最新鋭機であるエステバリスを意識したモノもある。

その企業からの売り込みに、ネルガルは食い付いてくるはずだ。

3つ目のルートは、博打的なものだった。

スキャパレリプロジェクトの担当者になるであろう、ネルガル重工の会計監査役、

プロスペクターに対し、直接情報を送るものだ。

差出人不明のメールによる情報提供を、プロスペクターがどう扱うかは全くの未知数だ。

出所がどのようなものであれ、情報は情報として有用に活用される。

そう期待しての、最も不確実なルートだ。

最悪、メールがプロスペクターの目に一切触れず、そのまま廃棄される可能性すらあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでに上げたような手段は、すべて地球のエージェントを通して行 われる事になる。

私は火星でエージェントが行った行為の結果を待つのみだ。

ユーチャリスを使い地球に跳ぶ事は可能だが、その弊害を考えれば実行 する事はできない。

あの女への対応に置いて、今の私にできる事は、良い結果を待つ事だけなのだろう。

だから私は耐えて待つ事にした。

まるで運命の出会いを夢見る少女の様に、あの女の顔が苦痛や絶望に歪 む事を望みながら。











 

続く


あとがき

 

おめでとう。

某避難板の紹介スレに沸いたオタクらのネガティブキャンペーンは見事成功しました。

スレの注意書きすら理解する事の出来ないアレな輩の言葉とは言え、

自分のモチベーションはかなり低下しました。

ヨカッタデスネ。

棘の付いた言葉は口の中も切るそうですが、あなた方のは随分と治癒能力の高い口腔だと感心しました。

この程度のことですら痛みを感じる自分は、ホント、羨ましく思いますよ。

 

そして、この話をきちんと読んでいただいた方には謝ります。

最後に愚痴を読まされ、不快な思いをさせて、ごめんなさい。

正直、凹んだので、何かを吐き出したかったのです。

まあ、落ち込んでても仕方が無いので、気分を切り替えていきますけどね。

ともあれ、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた

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