BLUE AND BLUE
第18話
作者 くま
集った志願者達が、その訓練を始めて1ヶ月が経ち、
5000の内の2000ほどに、遅れが出始めた頃。
軍の教練そのものである大佐のやり方に、不平不満を言う者達が現れ始めた。
遅れが出始めた2000の内ではなく、残りの3000の内からだった、
彼等の多くは元守備隊隊員等、元より体力的に優れている訓練生達。
基礎体力の訓練を徹底して行う大佐の方法に、彼らは口をそろえてこう言うのだ。
「我々は十分に鍛えていて、十分に強い。
だから、このような訓練は不要なのだ」
確かに大佐の教練に十分についていける彼らは、それなりに鍛え上げられていて、
連合や木星連合の一般兵士達にも、引けは取らないだろう。
だが、所詮は一般兵と同程度でしかないのも事実だ。
私自身が最終的な目標としている、あの人の足元にも、遠く及ばない。
それはつまり、木星連合のエリートである優人部隊には敵わないということだ。
井の中の蛙、大海を知らず。
どうやら彼らには現状が理解できていないようだ。
だから私は、その彼等にその身の程を思い知らせることにした。
500人ほどグループに分かれて訓練中である、問題の彼らの元に私は赴いた。
そして大佐を立会人にし、彼らの代表の一人と手合わせをする事にしたのだ。
代表の一人を除いて、残りの皆を休息させつつ見学させ、
私とその相手の男との対決が、始まろうとしていた。
「ボス、本当に宜しいのですか?」
私の相手が大佐の元部下と言う事と、正に大人と子供というその体格差もあって、
大佐は念を押すように、私に確認をしてくる。
3mほど離れて立つ相手を一瞥し、私は大佐に言葉を返す。
「かまわないわ。
それよりも、開始の合図をお願いするわ、大佐」
言いながら、黒いバイザーに手をかける私。
そのままゆっくりとバイザーを外すと、私は素顔を晒す事になる。
私の傷跡を見たであろう相手が、一瞬だがたじろいだようにも見えた。
「それでは・・・」
そして、大佐が口を開きかけたところで、
私は手首のスナップを利かせて、右手のバイザーを相手に投げつけ、
と同時に、全速で相手に向けて踏み込んでいく。
投げつけられたバイザーを、首を捻る事で回避した相手だったが、
全力をもって突進する私に、対応するまでには至らなかった。
突進の全速度を乗せた私の義手は、碌に構えも取っていない相手の腹部 へと打ちつけられる。
文字通りの鉄腕による打撃に、相手は悶絶し、腹部を抑えながら膝を付くように崩れ落ちていく。
その突き出されたアゴ先めがけ、掌低によるアッパーで追撃を入れる。
その衝撃は男の脳天まで突き抜け、相手の男は白目を剥いて、仰向けに倒れていった。
気絶した彼を見下しながら、私は続ける。
「強がってみたところで、所詮はこの程度でしかない。
彼が目を覚ましたら伝えなさい。
基礎訓練からやり直しだと」
この場の誰もが唖然とする中、そんな私の言葉だけが周りの訓練生の間を通り抜けていく。
「卑怯な・・・」
周りに居た訓練生の内の誰かから、そんな声が聞こえてくる。
「卑怯?
なるほど、それは確かに、
負け犬が遠吠えするには、ふさわしい台詞ね」
地面に落ちたバイザーを拾い上げながら、声の下方向を一瞥し続ける私。
私の視線に萎縮したのか、それ以上私を非難する声は上がる事が無かった。
私は再びバイザーをかけ直し、私の相手をした男のそばに立つ。
「そして、卑怯だとかそんな事にこだわるから、
私のような小娘を相手に、こういった無様を晒す事になる」
言いながら、気絶した男の顔面を踏みにじる。
完全に気を失っているのか、男は目を覚ますどころか、うめき声一つ上げなかった。
「・・・・・・」
大佐も含め、そこに居た誰しもが黙り込み、奇妙な沈黙がその場に満ちた。
周りから向けられる、戸惑いと恐怖の入り混じった視線に、私は心の中で舌打ちをした。
この行動もパフォーマンスの一つではあるのだが、やりすぎだったのかもしれない。
何かを誤魔化すように、私は一つ咳払いをし、大佐に向けて話しかける。
「こちらの都合で邪魔をしたわね、大佐。
皆の訓練を続けて頂戴」
「了解しました、ボス」
私の意を汲んだのか、大佐はその言葉に何時もの敬礼で応えた。
そして、予定外の休息をとる事になった回りの者達の方へと向き直る。
一同をじろりと見渡した後に、大きく息を吸い込んだ。
「全員起立!訓練を再開する!」
良く通る大佐の大声が響き渡り、座って見学をしていた者達がそぞろに立ち上がる。
「ランニングから続ける、Dコースを30分で回って来い。
時間に間に合わなかった者と、私に追い抜かれた者は、もう1周だ!」
そう続く大佐の言葉に、その場に居た半数ぐらいの訓練生が顔色を変えたように見えた。
そのDコースというのは、大佐が考案したランニングコースで、
途中に塹壕や土盛などが在る、起伏に富んだ5キロほどのコースだ。
大佐の指定したスピードは、時速にして10キロ。
100mのタイムに直せば、約28秒のペースで走れば間に合う計算だ。
「カウント開始、10、9、8、7・・・」
無骨な腕時計を睨みつつ、カウントダウンを始める大佐。
皆がコースの方へと向きを変え、スタートに備え始める。
「3、2、1、GO!!」
響き渡る大佐の号令。
私の相手をしたが為に気絶した者を除き、残りの者達は一斉に駆け出していく。
流石に、押し合い圧し合いといった風ではないが、
それでも、皆が一斉に駆けていく様は、壮観といえた。
皆がDコースへと消えた後、それを見送った大佐が私に話しかけてくる。
彼のの眉間には皺がよっており、その表情を私は疑問に思った。
「ボス、・・・その、・・・左腕は、大丈夫なのですか?」
大佐に言われ、改めて自分の左腕を見てみる。
全く気が付いていなかったが、どうやら出血しているようだ。
付け根から滲んだ血が、義手を伝ってぽたぽたと地面に落ち、赤黒い染みを作っていた。
「何も問題ないわ。
少し肉が裂けた程度だもの。
直に出血も止まるわ」
左腕をカチカチと鳴らし、無表情の私は大佐にそう答える。
義手をああいう風に使ったときの痛みは感じていたが、出血までは予想外だった。
だが、大佐に答えた様に、血が直に止まるであろう事も経験から確かなことだ。
「・・・・・・そうですか、ならば良いのですが」
多少言いよどみ、そして気絶した男に歩み寄る大佐。
そして、男の側にしゃがみ込むと、男の様子を診はじめた。
「どうして、このような事を?」
気絶した男を診ながら、大佐が背中越しに問いかけてくる。
「私が必要だと思ったからよ。
大佐は、私のやり方が気に食わないかしら?
何なら、市長の元へ戻っても良いのよ?」
男の元にしゃがみ込む大佐の背に向けて、逆に多少の冗談を交じえて問いかける。
「それは御免こうむりますな。
私は今の状況が気に入っておりますし、
流石に、便所掃除は勘弁してもらいたいものですから」
答えながらも大佐は、気絶した男を軽々と持ち上げると右肩に担ぎ上げた。
そして男の体重など無いように立ち上がり、私の方へと向き直る。
「ただ、ボスには、もう少しご自愛いただきたいとは、思いますがね」
「・・・・」
大佐からそんな言葉が返ってくるとは思わなかった私は、
咄嗟に何も言えず、ただ沈黙で返す事しか出来ない。
「さて、私はそろそろ、あいつ等を追わねばなりません。
この辺で失礼させていただきます」
男を担ぎ上げたまま、何時もと同じに機敏な動作で敬礼をする大佐。
戸惑いの表情をバイザーで隠した私は、それに黙って頷く事で応えた。
そして大佐は踵を返し、男を担いだまま駆け出した。
人を一人担いでいるのも関らず、そのスピードは、先に出た彼らよりも早い様に思える。
そんな大佐の底なしの体力に舌を巻きつつ、半分ほどの者達が顔色を変えた理由も解った気がした。
イネス・フレサンジュを筆頭とする研究者たちの多くは、
芯なる部分から、私に賛同している訳ではないようだ。
私の告げた『カルネデアスの板』という言葉で、
研究施設から半ば強引に引き連れられて来た研究者達にとっては、
木星連合に対する復讐よりも、自分達の研究を続ける事の方が重要だったらしい。
そして今の地下に新生したユートピアコロニーでは、
彼らが研究に打ち込める場所などなく、研究再開の可能性に賭けて私の元へと来たというのだ。
まずもって、私の陣営に研究再開の可能性を見出したのは、ネルガルに属した研究者達だった。
木星連合の襲来以前から、ユートピアコロニーに敷かれた重力波インフラは、
ネルガルで重力波を研究していた彼等の興味を、元より惹いていたのだ。
そしてその重力波インフラも、大深度地下の開発に大きく貢献した技術の一つだ。
内燃機関を有していないにも関らず、従来型のバッテリー搭載機種よりも軽量で、
それでいて、理論上はエネルギー側の制限による活動限界がない。
(実際には、重力波アンテナ関連の部品に劣化が生じる為、部品交換の必要性から活動限界はある。
が、大抵はその限界が来る前に、稼動する本体が修理を要する事になるので、
本体の修理と同時に、関連部品も交換してしまう場合が殆どなのだが)
幾つか在る利点の内で、最も重要なの内燃機関を排した事だった。
内燃機関が無いという事は、稼動時に排気が無く、
周りの空気を汚す割合がぐっと少なくて済むという事だ。
地下という限定的で閉鎖された空間の開発において、それは大きな利点だった。
あまり大仰な装備を必要とせずに、大人数を地下の作業へと注ぎ込めることになるからだ。
当然にしてそれは、作業の進行速度が上昇することにも繋がった。
そうした従来には見られなかった重力波インフラの整備を、
まさに図ったようなタイミングで実現したタナカ家に、
いや実際にタナカ家を動かしていた私に、彼らの注目が集まるのも無理はなかった。
そして、私から提供され、大深度地下の開発に大きく貢献したエステバリスもどきは、
ネルガルの開発部においてエステバリスの開発に関った研究者達に、
驚愕を与えるに十二分なものだったようだ。
もちろんそれは、私にとっては特別な事の様には思えない。
万人向けにデチューンされているとは言え、
数年先の技術が、エステバリスもどきには用いられているのだ。
そこに、今の技術者達が思いもよらぬ機構や機能が、
エステバリスもどきに盛り込まれていても、なんら不思議ではない。
更に言えば、エステバリスもどきがディストションフィールドを実装していた事は、
彼等により大きな衝撃を与えたようだ。
むろん作業用にデチューンされたエステバリスもどきのフィールドは、
エネルギー効率の点からも、常に展開されている訳ではない。
作業中に、一定の運動量を超える物体の接近をセンサーが察知した時、
エステバリスもどきの上面をカバーする様に、瞬間的に展開される程度のものだ。
しかしそれは、エステバリスもどきが、ディストーションフィールドを、
瞬時に、そして一定方向のみに、展開できると言う事でも在る。
その技術は、エステバリスの開発者のみならず、
ナデシコの開発にも携わったイネス・フレサンジュの興味を引く結果となった。
さらには私が、現場でエステバリスもどきの整備をしている技術者からの意見を吸い上げて、
生産に反映させているのも、彼らが望みを託す一因のとなったようだ。
こうして研究者の多くは私のもたらした技術に対する興味と、自身の研究が再開される可能性と、
そして幾ばくかの復讐心(主には自分の研究が中断されることになった事に対する恨み)をもってして、
私の元に集まってきたのだ。
そうやって集まった研究者や技術者達は、
彼らの為に建設された工場に集められる事になった。
彼らの元居た研究所から回収してきた機材を用意し、
そこには出来うる限りの状況は整えるようにした。
むろん回収しきれない機材も多数あった為、完璧とは言い難い状況でもあった。
それでも、このような情勢下においても研究を続けられることには違いなく、
彼らの殆どは不満を口にする事は無かった。
そうして系統ごとに区分された彼らの研究室と実験室は、
衝撃緩和の為のディストーションフィールドに拠って保護されていた。
早々、大きな事故がおこるとは考えていないのだが、
万が一を考えてそういった措置をとる事にしていた。
集まった彼らには、私ですら完璧には理解できていない技術情報を提供する事になる。
そしてそれは件の改造屋から提供されたモノなのだ。
むしろ、その程度では甘いのかも知れない、という考えも脳裏を過ぎったくらいだ。
もちろんそれは、私が彼らの様な人材を重要視している為でもあった。
大佐による訓練中の者達と違い、彼等の後補充はきかないからだ。
そんな私の思惑とは別に、技術陣の進歩は着実に進んでいった。
こちらから提供した技術は、1ヶ月もすると彼等自身のものとなり、
そして彼等は、彼等自身の力でそこから進み始めた。
そんな彼等の中にも、大多数の技術者達とは違い、心の底から復讐を誓う者たちもいた。
木星連合の襲撃時に、自身は研究所のシェルターに避難し助かったものの、
都市部に残してきた家族を失ってしまった者達だ。
残念なことに、彼等の専門分野は私の欲する分野ではなく、
実際に私の陣営の戦力的には目立ってプラスになるようなものではなかった。
ただ、私が元居た時間軸以上に、最も大きく技術を前進させたのは彼らだった。
不眠不休という言葉の通りに碌な休みも取らず、
まるで幽鬼のような雰囲気を纏いつつも、ひたすら研究に打ち込む彼等の姿に、
幾ばくかの恐怖と、心からの敬意を、私は抱いたものだ。
そうした一部の例外を除いても、集まった技術者たちは良くやっていたと思う。
目を見張るほどの進歩は無くとも、
こちらから要求した課題については、ほぼ完璧な結果を出してきていた。
更に数度の実験を重ねれば、実用化できる目処が付いている処まで漕ぎ着けていたのだ。
特に新造戦艦の最大武装に関しては、イネス・フレサンジュの手により完成されていた。
ただ、最大威力を誇るだけに、容易に実機による実験が出来ないというジレンマを抱えてはいたが。
そういった、実機での実験が行えないというジレンマを抱えながらも、
幾つかの技術は完成を見せていた。
私の陣営の一定分野の技術に限って言えば、
元居た時間以上の発展を見せているとも言えるだろう。
そんな計画以上完成度に、気を良くする私の元に、更なる朗報が届いた。
トゥリアが提案したという暗号文にはこうあった。
アマノガワニナデシコハサク。
任務達成を伝えるその一文は、こういった状況を意味している。
あの女とテンカワアキトが、ネルガルの戦艦ナデシコに乗る事になった。
こちらの打ったどの手が効いたのかは不明だが、
それはつまり、最も懸念していた事項が片付いたという事だ。
意識もしていないのに、私の頬は自然と釣りあがっていた。
ああ、なるほど、私は今確かに、愉悦を感じているのだ。
しかしそれも、次の瞬間には冷めていた。
良すぎると碌な事が無い。
再びその言葉が、脳裏を過ぎったのだ。
けれど、私は自身の気分が高揚するのを止められないでいた。
だから、幾ばくかの不安を私は感じつつ、
それでも、私は独り、笑壺に入るのだった。
続く
あとがき
まずは、拍手で励ましのお言葉を頂いた方に感謝を。
一部の理解の出来ないものを除き、皆さんの言葉は励みになりました。
更新速度はともかく、今後も続けていけそうな気がします。
今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。
出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。
ではまた