BLUE AND BLUE

 第22話

作者 くま

 

 

 

あれから、数回の悪巧みを経て、私達は無事火星に着く事が出来そうです。

悪巧みの結果、キノコ副提督は理解の末に退艦し、山田さんは死なずに済み、

アオイさんはヘタレの称号を得て、中継コロニーの方達もかなり救出できました。

その分、プロスさんは私に厳しい目を向けてきますが、

今の処は表立って何か言うつもりは無さそうです。

ナデシコにとってプラスの結果を引き出している以上、口を挟むつもりが無いのかも知れません。

色々在りましたが、地球からの航海をほぼ終えた私達の目の前には、確かに火星があったのです。

そして、そんな私達を出迎えてくれたのは、木星トカゲの無人兵器のみでありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回と同じにグラビティブラストで火星衛星軌道の展開して敵艦隊を撃破し、

その後火星の地上にてナデシコの迎撃体勢を整えつつあった敵をも、

衛星軌道上からグラビティブラストのよる砲撃で一掃しました。

あ、前回と違い、重力制御は忘れませんでしたけれど。

そうして周りの敵機を全て劇はしいざ火星へと向かおうとしたナデシコ。

その時に信じられない事が起きたのです。

ナデシコのセンサーが、何も無いはずの背後方向から、

照準用のレーザーが照射されている事を感知したのです。

オモイカネが警告メッセージを発する中、連合軍のコードを用いた通信が入ります。

そして、それに最初に気が付いたのは通信士であるメグミさんでした。

 

「停船し、オープン回線を開放せよ」

 

メグミさんによって読み上げられたその一文に、

皆が判断を下すであろう艦長の方へと視線を向けます。

その視線を受けてでもないのでしょうが、艦長は静かに口を開きます。

 

「ミナトさん、即座にナデシコを停船させてください。

 ただし、何時でも全力加速に移れる様に準備は怠らないでください。

 メグミさん、メインスクリーンにラインを切り替え、カウント5で回線を開いてください。

 私が直に相手と対する事にします。

 プロスさん、フォローをお願いします、あとジュン君、カウントダウ ンをお願い」

 

素早く判断を下した艦長は、皆になすべき事の指示を出し、

そして自らは、今はまだ何も映していないメインスクリーンを、睨むように見つめます。

 

「5、4、3、2、1、0」

 

アオイさんの声が響いていき、ゼロの声と同時に、

オープン回線がメグミさんの手によって、メインスクリーンへと接続されました。

そして映し出された映像の中の人物は、私の見知ったそれでもその当時とは違う一人の少女でした。

 

 


「ようこそ、火星へ。

 そう手放しで歓迎できない状態であることは其方も承知の筈。

 だからこそ、改めて問うわ。

 ネルガル重工所属ND−001、通称機動戦艦ナデシコ。

 貴艦の火星への渡航目的は、何かしら?」

 

モニターに映るサイズの合っていないバイザーをかけた少女は、

愛想などまるで無い声色で、そう問いかけてきます。

 

「あのー、その前に、その大きなサングラス取ったら如何ですか?

 モニター越しとは言えお話をする訳ですし、お互いの顔はきちんと見れた方が良いと思いますよ。

 あ、でも、医学的見地からそれをつけていなければならないなら、無理はしないでくださいね」

 

モニターの向こうの彼女の発した雰囲気に緊迫する空気の中、

艦長はそれをいとも簡単に打ち崩すように、何時もの明るい笑顔で問い返します。

モニターの向こうの彼女も、少しだけ頬を緩めたように見えました。

 

「なるほど、そちらの艦長の言う事も尤もな事ね」

 

彼女は口を開きながら、そっとその黒く大きなバイザーに手をかけ、ゆっくりとそれを外して行きます。

露になったその素顔に、ブリッジの誰もが息を飲みました。

私よりも2、3は幼いであろう彼女の顔は、

左目の辺りを中心に火傷をおった跡なのか酷くケロイド状にただれていて、

その口元に浮かべた笑みと相まってとても年相応には見えなかったのです。

一体、彼女に何があったというのでしょう?

いえ、それ以前に、どうして彼女が此処にいるのでしょうか? 

 

「ミスマル艦長、これで良いかしら?

 外に何も無いのなら、本題の答えを聞かせて貰いたいわね」

 

モニターの向こうの彼女は、表情をピクリとも動かさぬまま艦長に問いかけます。

その問いに私の思考は一つの結論に達しました。

あの時のジャンプで彼女もまたこの時代に流れ着いたのだと。

なぜなら、彼女が名乗ってもいない艦長の事をミスマル艦長と呼んだからです。

ナデシコの艦長がミスマルユリカという女性であることは、

ネルガルを中心とした関係者にとっては周知の事ではあります。

けれど、情報が断絶している火星に置いて、そのことを知る手段は在りはしないからです。

となると、彼女が元よりその情報を手に入れていたという結論に達します。

それは彼女もまた戻ってきた、という事の裏づけにもなるはずです。

その結論に達すると同時に、1つの疑問に突き当たります。

私が元居た時代のアキトさんは、どうしたというのでしょうか?

私はアキトの目、私はアキトの耳、私はアキトの手、私は…。

以前の彼女の言葉を思い出し、思い浮かぶのは認めたくない可能性。

私はそれを必至に打ち消し、モニターへと意識を向けます。

 

「私たちは、火星に取り残された皆さんの救出に来ました。

 火星が木星トカゲの支配下に置かれてから1年が経とうとしています。

 ですが、その中にあっても火星では生き延びている方々が居る。

 私たちはそう信じて火星まで来ました。

 無論、ネルガル本社の思惑は別の処にあるはずですが、

 少なくとも私はそのつもりでここに居るんです」

 

艦長のあまりに素直な物言いに、隣に立つプロスさんは苦笑を見せます。

むろんそれは艦長の言葉の中にあったネルガル本社の思惑という部分に対するもので、

確認をした訳ではありませんが、その思惑とは恐らく極寒にある遺跡の確保なのでしょう。

前回とほぼ同じ戦力しか有していないナデシコでは、その実現も難しいとは思いますが。

 

「なるほど、理解はさせてもらったわ、ミスマル艦長。

 個人的には感謝の感激もしないけれど、

 敵地である此処まで単艦で辿りついた運の良さだけは、認めざるを得ないわね」

 

口元だけの笑みを浮かべた彼女の言葉。

いささか、馬鹿にした風にも取れる言葉でしたが、艦長はそ知らぬ顔でスルーしました。

その艦長の様子を眺めていた彼女はサイドに視線を走らせました。

その仕草が誰かに対する合図だったでしょうか、

ナデシコを捕らえていた照準用のレーザーが解除されたと、オモイカネが伝えてきました。

 

「今現在、生き残った殆どの火星市民は一つのコロニーに集っているわ。

 アナタ方さえ良ければ、そこの代表と繋ぎをつけて、

 そのコロニーまでの航行データも用意させてもらうわ。

 尤も、火星市民の救出に来たと言うその言葉からすれば、返答など決まっているはずでしょうけど?」

 

傷跡の残る表情を殆ど動かさず、淡々と告げてくる彼女。

その無表情にそして唐突に告げられた言葉は、私達にとって有意義な提案でした。

裏を疑いたくなるほどに。

そして私は警戒感を強め、モニターに映る彼女を注視します。

 

「ホントですか?!ありがとうございます!是非にお願いします」

 

その提案を疑う素振りも見せずに受け入れる艦長。

尤も、そう見えるだけで色々と考えているとは思いますが…。

 

「そう、解ったわ。少し時間をもらう事になるけれど、

 アナタ方にユートピアコロニーへの道を開きましょう。

 けれど、コロニーの代表である市長に会ったところで、

 アナタ方の思惑通りに事は決して進まないわ。

 それだけは覚えておいた方が良い。

 では、後ほど」

 

そういい残し、メインスクリーンから彼女の姿が消えました。

思わせぶりな彼女の言葉に、ブリッジには何とも言い難い雰囲気が残ります。

 

「ねえ、ジュン君、あれはどういう意味だと思う?」

 

彼女と会話をしていた艦長が、副長であるアオイさんに訊ねます。

ですが、アオイさんに何か解るはずも無く、ただ首を横に振るだけでした。

 

「要するに、人生とはままならんものだ、という事だ…」

 

艦長と副長の様子を見るに見かねてか、そう発言したのはフクベ提督でした。

そういえば提督もブリッジに居たんでしたっけ。

私はそんな不謹慎な事を考えていました。

私以外にも、ミナトさんとメグミさんもその発言に驚いていましたし、

そう思ったのが私だけでは無い事に少し安心しました。

ただ、その後にブリッジへ戻っていたアキトさんの表情が、幾分硬かった事が気に掛かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受け取ったデータを元にユートピアコロニーへと向かう私達。

やはりアキトさんの表情は暗いまま。

生まれ故郷であるユートピアコロニーへ向かう事に、何かを想っているのでしょうか?

訊ねても曖昧に笑って誤魔化すアキトさんを、それ以上追及することは私には出来ませんでした。

それよりも問題なのは彼女の事です。

彼女がユートピアコロニーの代表と、どうしてつながりを持っているのか?

私には不思議でなりません。

私にも時間があった様に、彼女にも時間があったという事なのでしょうか?

そしてその時間の許すうちに代表者と繋がりを持ったのかもしれません。

でも、正確なところはまるで解らないという現状でしかありません。

ですが彼女の言葉の通りに先方との会談は約され、

私たちはそれに間に合うように、ユートピアコロニーへと進路を取りました。

そもそも、彼女の乗る船がナデシコAのセンサーでは捉える事が出来なかったのが、

余計に不気味に感じられます。

恐らくは、ユーチャリスであると私は推測するのですが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって私が思い悩むうちにも、ナデシコはユートピアコロニーの上空に到着しました。

廃墟と化した街並みが広がり、そこが戦火に見舞われた地域なのだと素人目にも解りました。

その光景が印象に強かった為でしょうか、艦長は私の提案を受け入れ、

コロニー代表者との会談に揚陸艦ひなぎくを使う事を決断しました。

ナデシコを上空に待機させたまま、元市街地の地下にあるというコロニーへと向かいます。

コロニーへ向かったのは艦長と提督、プロスさんに護衛役のゴートさんの4人。

残りのメンバーはアオイさんの指揮の下、ナデシコで待機ということになりました。

アオイさんはここが敵地であるという事を前提に、戦闘レベルの警戒態勢を敷いた待機を命じます。

オールグリーン、バッタの1匹も見当たらないこの状況に、皆からは不満の声が上がっていましたが。

ただ、私はいまあるこの状態に、不可解さを覚えてなりませんでしたが。

そんな中、ナデシコにデータのみの通信が入ります。

この状況下で通信を入れてくる相手は限られています。

もちろん、相手は彼女でした。

指定ポイントにテンカワアキトとテンカワルリが来る事。

一箇所だけマークされた地図と共にその一文が添えられてきました。

先ほどと同じく姿を見せぬまま、照準用のレーザーをナデシコに合わせて。

実質的な脅迫に、私たちは膝を屈するしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトさんのエステバリスに二人で乗り込み、指定されたポイントへ向かいます。

そこはかつて大きな屋敷が在ったであろう場所で、

今は焼け落ちた館と崩れた壁だけが残る廃墟でした。

ただ、アキトさんは想うところがあったのか、その表情を硬くしています。

何も話してくれない以上、私にはできる事が在りませんでした。

指定されたポイントには先にエステバリスに似た機動兵器が立っていました。

その機体に誘導されるがまま、私達のエステバリスもその敷地へ降下していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゃがませたエステバリスから降りる私とアキトさん。

そしてそれに合わせる様に、向こうの機動兵器からも人影が降り立ちます。

先に下りた彼女に支えられながら、地表に降り立つもう一人の姿に私の思考は硬直します。

私と同じ髪の色、私と同じ瞳の色、DNAですら私と同じ存在の彼女。

何処を如何取ってみてもホシノルリにしか見えません。

―――どうして、この時代の私が此処に?

 

「……ルリちゃん。…ルリちゃん!しっかりしないと」

 

思考停止した私の肩を揺するアキトさんに、

私は大きく息を吐き、ある種の恐慌状態から脱け出しました。

 

「さて、テンカワアキトさん、遠路はるばる火星までようこそ。

 私の話を聞きに、この火星くんだりまで来た。そう理解して良いのかしら?」

 

そうアキトさんに呼びかけてきたのは先に下りた彼女、ラピスラズリでした。

先ほどモニター越しに見た彼女とは違い、バイザーの下の顔に喜色が出ているのが読み取れました。

その隣では、親の敵でも見るかのような視線を、私に向けているのがこの時代の私。

正直、私は困惑していました。

どうしてこの時代の私が私に向けてそんな態度を取るのか、まるで理解が出来なかったからです。

そして問いかけられたアキトさんは大きく頷いて、ラピスラズリが促すのにしたがって歩き出します。

 

「ゴメン、ちょっと行って来る。オーナーに話があるんだ」

 

アキトさんは此方を振り返り、軽く微笑みながらそう告げます。

私は伸ばしかけた手を引っ込めて微笑を返す事しか出来ません。

アキトさんがラピズラズリと共にガレキの向こうに去り、

此処に残されたのが、私とこの時代の私だけになりました。

相変わらず私を睨みつけてくる私に、思い切って話しかけてみることにしました。

 

「どうしてそんな風に私を睨むのですか?

 貴女とあったのは初めての筈ですし、貴女が何故そういった態度を取るのか、

 私には理解しかねるのですけれど?」

 

そう続けた言葉にはウソが混じっていました。

彼女の態度の原因に、心当たりが無いわけではありません。

先ほどその原因を私は思いついていました。

私が今居るこの場所は、本来なら彼女が居るべき場所なのです。

居場所を奪い取っている私に、目の前の私が良い感情を抱くはずが在りません。

 

「クスッ、心当たりが無い?

 それはウソ。

 そしてアナタの考えてる理由は間違いでもあるわ」

 

私の言葉を鼻で哂う私。私を睨みつけたまま、言葉を続けてきます。

 

「私はアナタが憎い。

 それは、お姉様の心を占めているのが私でなくてアナタだから。

 出来るのなら今直ぐアナタをこの場で打ち殺したい。

 でも私はそれをしないわ。

 そんなことをすればお姉様に嫌われてしまうのが解っているから」

 

その言葉の通りに射殺さんばかりの視線を私に向ける私。

その言葉の意味は完全に理解できた訳では在りませんが、

ただ私に強烈な殺意を抱いている事実は確認できました。

ふと目の前の私が視線を私から外します。

そしてその視線が向けられた方向は、アキトさんとラピスラズリが話し合いをしているであろう方向でした。

私も其方へ視線を向けると、此方へと向かってくるアキトさんとラピスラズリの姿がありました。

どうやら話し合いとやらは終わったようです。

ただ、アキトさんの表情が何時もよりも随分と厳しかったのが気になりました。

ガレキの向こうで二人が何を話していたかは、私の耳には届いてませんでした。

ただ、とても嫌な予感を私は感じていました。

 

「アキトさん」

 

私の呼びかけにアキトさんが軽い笑みを作って応えてくれます。

その様子に私はほっと胸を撫で下ろしました。

ラピスラズリが何を吹き込んだのかは不明ですが、

アキトさんが変わってしまう様な事態には至っていないようでした。

 

「テンカワアキトさん、ゴメンなさい、先に謝らせてもらうわ。

 先ほどの話、一つだけウソが混じってるの」

 

ラピスラズリはさも楽しそうに笑みを浮かべ私達に告げてきます。

 

「ウソ?」

 

アキトさんが再び硬い表情に戻り彼女を振り返ります。

 

「そう、アナタの両親の事を私が知りえたのは、何も私がタナカ家に入ったからじゃない」


「どういうことだ?」

 

詠うように続けるラピスラズリをアキトさんはいぶかしみます。

 

「その知識は、今の火星に着いた時から私の中に在ったものなの。

 私は、アナタの両親の研究していたポゾンジャンプで、

 未来からこの時代に流れ着いた内の一人なの。

 そして私の時代のアナタとは、寝食を共にするぐらいに近しい間柄だった。

 だから、アナタの事は良く知っているつもりよ」


「――――――」

 

芝居がかった仕草でアキトさんに語りかけるラピスラズリ。

アキトさんは困惑からか何も言葉を発する事はありません。

そして彼女は私へと視線を向け、にやりと口元で哂ってみせました。

私は背筋を走る悪寒に、竦んでしまいました。

 

「ところで、テンカワルリ。

 このテンカワアキトは何時殺すつもりなの?

 あの人を追い詰め、死に追いやった様に、その男も殺すつもりなんでしょう?

 それ故に、自分が未来から来た事も明かさなかったし、

 この男には彼自身の事ですら何も話していないのでしょう?

 ああ、でも今直ぐにそれをするつもりは無いのね。

 あの人の代用品として、この男と恋愛ゴッコをしている最中だものね」

 

ラピスラズリの言葉を、私は即座には理解できませんでした。

いいえ、理解する事を理性が拒んだのです。

それを認めてしまえば、私の中の何かが壊れてしまうから…。

 

「で、出鱈目な事を言うな!

 ルリちゃんが俺を殺すなんて、そんな事ある訳が無いだろう!」

 

響いた怒声はアキトさんのものでした。

再び思考停止に陥っていた私は、その声でようやく我に返ります。

 

「別に出鱈目を言っている訳ではないわ。

 前の世界では、逃げ隠れるようにしていた私とあの人を、

 連合宇宙軍に属していたこの女は、執拗に追い詰めてきた。

 そして、時を超えこの火星にポゾンジャンプさせられる破目になったのも、

 この女の取った無茶苦茶な行動の所為だもの。

 元々身体の弱っていたあの人は、無理やりする事になったジャンプの所為で、

 残り少なかった命を削られ、還らぬ人となったわ。

 私の腕の中で逝ってしまったあの人の事を、私は決して忘れない」

 

そう言って、激しい憎悪に燃えた視線を、私にぶつけてくるラピスラズリ。

狂気すら篭ったその視線に完全の飲まれ、私は息をするさえ苦しく感じるほどでした。

ただ、ラピスラズリの視線よりも私の心を蝕むものがありました。

私の所為でアキトさんが死んだ。

ただの戯言と一笑に付すには、あまりにも現実味のあるラピスラズリの話に、

私は多分それが事実で在ると、自身で認めてしまったのです。

そしてそれを自覚した私は、自分の心の均衡が壊れていくのを自覚していました。

同時にふらりと倒れる私の身体を、アキトさんが何とか支えてくれました。

私を睨むのを止め、クスリと笑みを漏らすラピスラズリが、私を見下した視線で言葉を続けます。

 

「安心なさい、テンカワルリ。

 私とて、あの人を独りで十万億土の彼方へと送り出すつもりは無いわ。

 少し時間は空いてしまったけれど、

 何億という供連れを、あの人と同じ場所に送れる準備は進んでいるの」

 

そうやって嬉しそうに笑うラピスラズリの言葉の意味を、

やはり私は直ぐには理解できませんでした。

ですが、脳裏を過ぎった光景に私は顔色を失います。

私が思い浮かべたのはラピスラズリの操るユーチャリスが、

グラビティブラストで都市を薙ぎ払い、何百万という犠牲者が生まれるという光景でした。

 

「私は今から人を殺すわ。何百、何千、何万、何億と。

 恐らくそれは前回には生まれなかった犠牲者であるし、

 貴女の行動によって結果的に奪われることとなる命の数よ」

 

思い浮かんだ最悪の光景を肯定するようなラピスラズリの言葉。

私は更に思い浮かんだ光景に怯え、彼女に何も言い返せません。

 

「だ、黙れ!

 そんなのお前が勝手やる事だろ!

 ルリちゃんには関係ないじゃないか!」

 

返すべき言葉すら見失った私に代わり、彼女に反発したのはアキトさんでした。

でもラピスラズリは、アキトさんを一瞥し鼻で哂って返します。

 

「何を言っているのかしら、テンカワアキト。

 全てはその女が原因なのよ。

 その女のトチ狂った行動さえなければ。

 あの人と私がこの時代に来る事は無かった。

 私はただ、あの人と一緒に居たかっただけだもの」

 

視線を弱め、悲壮感すら漂わせて語るラピスラズリ。

アキトさんはその彼女の様子に、厳しい追及を続ける事が出来ません。

 

「ただ、それだけの事を許さなかった世界。

 そしてその原因となった行動をとったこの女を、私は許さないことにしたわ。

 だから私は、復讐することにしたの。

 世界のありとあらゆる場所が、殺しと憎しみに塗れたものであるように。

 あの人粗悪な模造品であるアナタと、恋愛ゴッコを楽しんでいたその女に、

 それを見せ付ける事にしたの」

 

再び狂気をその瞳に宿し、ラピスラズリは語りかけてきます。

その一方的な宣告に、私とアキトさんは反論の無意味さを悟りました。

最早、何を言ったとしても彼女が止まる事は無い。

私たちはただその事実を、確認しただけでした。

 

「もし、貴女に私を止める気があるのなら、方法は簡単よ。

 その脇につるした銃で、今直ぐ私を撃ち殺せば良い。

 この火星で死ぬ事になったあの人と同じに、その銃で私を撃ち、

 あの人と同じこの火星の上で私を殺せば良い。

 私は避けも逃げもしないわ。

 さあ、どうするのかしら、テンカワルリ?」

 

嘲笑と狂気を孕んだ瞳を此方に向けるラピスラズリ。

そう、彼女は危険な存在である事に違いが在りません。

私が彼女を此処で殺せば、幾人もの人々がその命を失わずに済むのです。

そした私はアオイさんから渡された銃を、脇につるしたホルスターから抜き放ちます。

ぶるぶると震える銃口をニヤニヤと哂うラピスラズリの方へと向けました。

そんな私の肩越しに私の手を支えるように添えられたのはアキトさんの手でした。

私の手の震えはたったそれだけの事で治まり、

その銃口は真っ直ぐとラピスラズリへとポイントされます。

銃を前に怯んだ様子の欠片も見せぬ彼女に向けて、私たちはトリガーを引き絞りました。

シリンダーに込められた弾丸が尽きるまで何度でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声に続いて響いたのは、放たれた弾丸が兆弾する音でした。

銃撃を終えた私が確認できたのは、

ラピスラズリと私達の間に割って入ったホシノルリの姿と、その前に展開されたディストーションフィールド。

 

「トゥリア、目標に向けて威力行使」

 

私より幾分若い私の声が響き、向こうの背後に控えていた人型兵器が動き出します。

頭部の左側に設置された銃身が真っ直ぐに私達の方を向きます。

アキトさんに引き倒されるように、後ろに倒れこむ私。

と同時に閃くマズルフラッシュとマシンガンの掃射音。

今まで私が立っていた空間を弾丸が切り裂き、思わず手放してしまった銃を撃ち砕きました。

銃弾により舞い上ががった土煙に、私達の視界は閉ざされます。

その土煙が治まり、ようやく視線を上げた私達に向けられるのは銃口でした。

ラピスラズリとホシノルリの背後に立つ起動兵器の手する銃器のもの。

ですが、肝心の二人は私達の事などまるで気にした素振りを見せませんでした。

 

「お姉様、お遊びが過ぎます」


「ああ、すまないね、ルリ。

 あの女の顔があまりにも面白かったので、ついつい、ね。

 でも、ルリは期待に応える働きをしてくれた。ありがとう」

 

拗ねた様なホシノルリの言葉に、ラピスラズリは彼女を抱き寄せながら笑みを見せました。

 

「あのその、当然の事をしたまでです」

 

されるがままになりながらそう答え、幾分頬を染めて見せるホシノルリ。

そして私は先ほどのホシノルリの言葉の意味を、いえ、ホシノルリのおおよその感情を理解したのでした。

 

「トゥリア、アレも無力化しなさい」

 

私でない私の言葉を受け、今度は機動兵器の手にする火器が唸ります。

ただ、その狙いは私達では無くて、その背後にあるエステバリスでした。

パイロットの居ないエステバリスは銃口に反応する事など無く、

ただ放たれた銃弾をその身に受けるだけでした。

15秒ほどの銃撃を受け、エステバリスは地上に倒れます。

得てして狙ったのか、コックピットブロックは無事でしたが、

手足はもげ背中のスラスターなども損壊し、機動性というものを全て失っていました。

 

「残念だったわね、テンカワルリ。

 貴女が私を止める機会はこれで永久に失われたわ。

 あの人だけでなく、私をも殺そうとするその業腹は認めてあげても良いわ」

 

エステバリスを破壊した人型兵器の手の上で、ラピスラズリが瞑い目をして詠います。

そして彼女に寄り添うように立ちながら、私を瞑い目で見下す私でない私。

ぞっとするような眼に見詰められ、まるで氷の矢に射抜かれた様な感覚に囚われた私は、

身体は元より精神まで萎縮し言葉を失います。

動いていないのに汗が噴出し、呼吸が徐々に浅く早くなっていきます。

そんな私の前に壁が出来ました。それはアキトさんの背中でした。

二人の視線から庇うように、私の前にアキトさんが立ち塞がります。

恐らくその視線は私を睨みつける二人の方へと向けられているのでしょう。

その背中に安心するのと同時に、私の身体的な不調も徐々に治まって行きます。

そしてラピスラズリは再び問いかけてきます。

私ではなくアキトさんの方へ。

 

「テンカワアキト、アナタに訊ねたい事があるわ。

 どうして、その女を庇うのかしら?

 その女はアナタと同じ火星市民を見殺しにした張本人よ。

 前回死んでしまったユートピアコロニーの市民達を、

 戦禍の中で私行動し、在る程度の数を生きながらえさせた。

 木星連合の侵略を知っていた私は、その戦渦に抵抗できる力を準備し、

 侵攻に対してあがらい、戦火をなるべく縮小させ、

 多くの犠牲を出しはしたけれど、 それでもユートピアコロニーの市民をある程度助ける事ができた。

 そしてその女は木星連合の侵攻を知りながら、何もせずに安全な地球に逃げた。

 火星市民が敵無人兵器に蹂躙され、虐殺されるのを知りながら、何もせずに逃げた。

 アナタの知り合いや親しい知人が死ぬ事を知りながら、何もせずにその女は地球へと逃げたのよ。

 もう一度聞くわ、テンカワアキト、アナタはどうしてその女を庇うのかしら?」

 

笑みを浮かべ、アキトさんに問いかけるラピスラズリ。

私の目の前に力強くあったアキトさんの背中は見る見る弛緩していきます。

 

「ルリちゃん、その話は本当なの?」

 

アキトさんは振り返り、私に疑問をぶつけます。

まるで知らない人間と話をするように、感情えを欠落させた瞳で。

 

「――――――」

 

そして私は視線を外し、沈黙を返す事しか出来ませんでした。

 

「ルリ…ちゃん…」

 

アキトさんが力なく私の名を呼びます。

ですが私は何も答えず、ただ黙り込むしかありませんでした。

 

「テンカワアキト、良く考えなさい。

 私は確かに人を殺す事にしたわ。

 でもそれは火星の人々の復讐に力を貸すだけの事。

 私が救うことが出来た火星市民はたったの350万人。

 自分達を襲い、 親しい知人を殺し、愛すべき人を奪った木星連合を、

 心底憎む人々がその中には少なからず在ったのよ。

 そして私は私の力を彼らに提供するだけ。

 テンカワアキト、アナタはもう一度考えるべきね。

 アナタが本当に守るべき相手を、

 はたしてそこの女は守るべきに値するのかしらね?

 そして、テンカワルリ、お前はそこで見ているが良い。

 お前の何もしなかった所為で行幾多の人間が死んだ様を。

 そしてお前がこの時代に連れてきた私が、より多くの死を生み出すところを。

 私は断言しよう、テンカワルリ、お前はギルティだ。

 どう言い繕ったところで、お前の為した事、成さなかった事による罪は消えやしない。

 これから惨劇を引き起こす私と同様にね。

 さて、私はもう行かなければならないわ。

 惨劇を演出するのにもそれなりに下準備が必要なものなの。

 そしておそらく、もう二度と会うことは無いでしょう。

 故に再び煉獄でまみえる事を楽しみにしているわ。

 ひとまずさらばと言っておくわ、テンカワルリ」

 

芝居がかった口調で、同時に凄惨な笑みを浮かべながら、ラピスラズリは高らかに詠います。

そして最後に私へ殺気を乗せた視線で睨みつけ、人型機動兵器のコックピットの中へ消えていきました。

ラピスラズリが何をするつもりなのか、私に想像が出来るはずはありませんでした。

ただ、より多くの人が彼女の手により、高確率で死に至るのだと、そう理解をしただけの事でした。

そして目の前から飛び去っていく人型機動兵器。

それを止めるすべを持たぬ私たちは、

ただ黙って上昇していく機動兵器を見上げる事しか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生き残ったエステバリスのコックピットブロックから救難信号を送り、

リョーコさんのエステバリスに助けてもらう事になました。

私達が乗り込んだコックピットブロックを吊り下げ、リョーコさんのエステバリスはナデシコへ帰還します。

二人では狭いはずのコックピットの中、私たちは何の会話を交わすことは在りませんでした。

私は真実を告げずにいた後ろめたさから、アキトさんは恐らく私に対する不信感から、

互いに何も言わず、ずっと黙り込んでいたのです。

それを解消する切っ掛けなど掴めぬまま、私たちはナデシコへと帰還しました。

私達がブリッジ勤務に戻って間も無く、

ユートピアコロニーの地下にあるという都市に向かっていた艦長たちが帰ってきました。

ただ、その表情は明るいものではなく、

都市の代表との話し合いが上手く行かなかったのだと推測できました。

そして悪い事は重なるもので、敵機の来襲を告げる警告音がブリッジに鳴り響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までに出会った敵とは比べ物にならない数で迫る木星トカゲ。

既にナデシコは360度包囲されており、その分厚い布陣は容易な突破がでそうにありません。

艦長は第一種戦闘配備を宣言し、ナデシコは警戒態勢から戦闘態勢へと移行します。

グラビティブラスト用のエネルギーをチャージし、包囲網の薄い箇所を探ります。

ようやく見つけたその方向に反転、最大戦速で比較的薄くなっている木星トカゲの布陣に迫ります。

グラビティブラストの射程まであと500を切った時でした。

ナデシコの直上からのエネルギー反応を感知、

そして木星トカゲの艦隊の反応が一瞬にして2割消失しました。

エネルギー反応を再び感知した後、ナデシコを包囲していた木星トカゲの艦隊は更に消失しました。

私はオモイカネに指示を出し、消えた敵艦隊の分析を始めます。

ナデシコの各方向に設置されたカメラの映像を、光学的に分析していきます。

映像の中の艦隊はその周りの空間ごと揺らいで歪み、その後に爆砕しました。

その見覚えのある攻撃手段に私は言葉を失います。

相転移砲。

前回はそのあまりの威力の大きさにユリカさんによって封印される事となった兵器でした。

映像で確認したにも関らず、私はそれを信じたくはありませんでした。

前回、相転移砲は今から1年近く経った後に、このナデシコに搭載される事になった兵器です。

その開発とて、容易なものではないはずです。

そう、イネスさんを筆頭にネルガルの研究者達の…。

そして私の疑問は解消されました。

イネスさんを初めとしたナデシコ関連の技術者の多くは、元々火星て研究を行っていたはずです。

前回は助からなかった彼らがラピスラズリに助けられ、彼女に協力している。

そして今の攻撃は、技術者達の協力を元に相転移砲を完成させたラピスラズリによるものなのでしょう。

何故、ナデシコを救う様な真似をするのか?

という彼女の真意までは理解できませんでしたが。

そこまで思考したところで、再びナデシコ直上からのエネルギー反応が3連続。

残りの木星トカゲの艦隊は全て消失しました。

オモイカネが先ほどと同じ攻撃であると分析結果を報告してきます。

予想通りのその結果に、私は地上で交わしたラピスラズリとの会話を思い出していました。

彼女は人を殺すと言いました。

そしてそう言った彼女の手に在る兵器は相転移砲なのです。

彼女が本気で相転移砲を人を殺す為だけに用いるとしたら、

良く考えれば出鱈目に思えた数字も現実味を帯びてきてしまいます。

現に前回でさえ、その威力の大きさにユリカさんですら持て余していた部分があったのですから。

そして、ラピスラズリの手にするそれは前回ナデシコに搭載されたものよりも高性能なのです。

エネルギーチャージの間隔は短かったですし、最後には3つ連続して相転移砲を放って来ました。

これは前回からは考えられないほどの高エネルギーの制御に、

彼女の船が成功しているという事に外なりません。

おそらく、火星に着いたナデシコに狙いを定めた船によるもので、

それがユーチャリスであるかどうかまでは確認出来ていません。

完成度の高いユーチャリスにそこまでの改装を加える手間を考えると、

新しい船を作ったと考える方が妥当かも知れませんが。

そして再びブリッジに響く警告音。

周辺の敵機ではなく、エネルギー反応のあったナデシコ上空から、

照準用のレーザーが照射されている事によるものです。

 

「衛星軌道上の時と同じ相手から通信が入りました。

 同様にオープンの開放を要求しています。

 艦長、メインモニタ−に切り替えますか?」

 

あの時と同じ状況なのでしょう、相手からの通信もまた同時に入ってきたようです。

そしてメグミさんの問い掛けに艦長は静かに頷きました。

メグミさんは手元のパネルを操作し、オープン回線をメインモニターへと繋げます。

当然、そこに映ったのは私とアキトさんが地上で別れたラピスラズリの姿でした。

 

「早速だけれど用件に入らせてもらうわ。

 こちらから指示したタイミングとルートで、火星上から退去しなさい。

 これは要請ではなく、命令よ」

 

決定事項だと言わんばかりに、冷めたトーンで告げてくるラピスラズリ。

バイザー越しにさえ感じられる敵意の前に、皆が一瞬言葉を失いました。

それでも、いち早く反応を返したのは艦長でした。

 

「それはどういうことですか?

 私達がアナタに命令される言われは無いはずです」

 

ラピスラズリを睨み返し、言葉を返す艦長。

強い意思を込めた瞳で、真っ向からラピスラズリと向かい合います。

その視線に口元の笑みで答えるラピスラズリ。

そして肩を軽くすくめて口を開きます。

 

「アナタ方は火星市民を危険に晒した、故に早々に火星上から退去しろという事よ。

 ステルス機能も使わずにユートピアコロニーに乗りつけ、

 その直上で木星連合の艦隊と戦闘を繰り広げようとした。

 我々が木星連合の艦隊を始末しなければ、少なからずユートピアコロニーに被害が出ていた。

 何か違ったことが在ったかしら?」

 

そう続けられたラピスラズリの言葉に艦長も何も言い返すことが出来ません。

ユートピアコロニーの人達の事など、あまり考えていなかった。

そういった点では、見通しが甘かった私達に非が在るからです。

 

「それと今命令と言ったのは、その拒否権を認めないという事よ。

 セット…ファイア」

 

彼女の言葉に合わせ、ナデシコのブリッジを衝撃が襲いました。

紛れも無い近接弾の衝撃。

オモイカネの分析によれば、ブリッジ前方10mの地点に何かが突如現れ、爆発したとのことでした。

相転移砲と同じく、今の攻撃方法に私は覚えがありました。

それはボソン砲と呼ばれたもの。

跳躍砲と木星連合では名づけられ、前回、ナデシコを一時的にとは言え窮地に立たせた兵器でした。

 

「警告としては十分でしょう?さて、どうするつもりかしら?」

 

口元だけの笑みを浮かべてラピスラズリが訊ねます。

少しの逡巡の後、艦長は決断を下しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「命令には従えませんが、要請を受け入れることは出来ます」

 

艦長は何とも詭弁じみた答えを返します。

在る意味ギリギリの答えでしたが、ラピスラズリは気にした風でもなくさらりと流し、

ナデシコの取るべきルート等のデータを送りつけ、一方的に通信を終えました。

相手の言うがままになる事に、プロスさんやゴートさんは難色を示しましたが、

艦長は艦長権限でそれを押し切り、ミナトさんにデータどおりの航行を指示しました。

結果的にはそれが功をそうしたのでしょう。

データに従い、あまり高度を取らずに航行するナデシコに、幾度となく木星トカゲの艦隊が迫ります。

が、それらは全てナデシコの遥か上空から放たれる相転移砲により、全て撃破されていきます。

ナデシコの有効射程範囲に一隻たりとも侵入できない徹底振りでした。

そうしてナデシコがたどり着いたのは、極冠にある遺跡上空でした。

そこでの1時間の停船という指示に、私はラピスラズリの狙いをようやく悟りました。

私の想像を肯定するように、上空からは数十機の人型機動兵器が降下してきます。

その起動兵器の半分ほどが、大ぶりのヤリのようなものを手にしていました。

前回においてウリバタケさんによって考案されたフィールドランサーに極似していました。

 

「まさか…」

 

ブリッジのメンバーのうち、驚き表情と共にそう漏らしたのはプロスさんでした。

その後に続くのはおそらく『遺跡を云々…』といった類の言葉なのでしょう。

プロスさんや私が思い浮かべたその推測を裏付けるように、

機動兵器に続き白亜の船が一隻、地上の遺跡へ向けて降下していきます。

レーダーなどには反応せず、光学的にのみ捉える事のできたその船の名を、私は知っていました。

前に幾度と無く私が追い求めた船、ユーチャリスでした。

前のアキトさんとラピスラズリが乗っていた船。

そして今はおそらくラピスラズリだけが乗っている船。

なぜなら前のアキトさんは私が…。

急に血の気が引いて、目の前が暗くなりました。

ゴッ。

暗い視界の中、鈍い音が響きます。

多分それは私の頭がコンソールに叩きつけられた音なのでしょう。

そう認識したのを最後に、私は意識を失いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚まし私の視界に入るのは見覚えのある天井でした。

ナデシコ内において私とアキトさんに与えられた部屋のベッドの上の天井。

 

「大丈夫、ルリちゃん?」

 

心配そうに私を覗き込むのはアキトさん。

その言葉に私は自身の身体の状況を確認してみます。

多少のだるさは残るものの、特に問題は無いように思えます。

ただ、コンソールに打ち付けたであろう額が、まだ鈍い痛みを持っていました。

 

「はい、多分大丈夫です」

 

私はアキトさんにそう答え、ベッドに入ったまま上半身を起こします。

やはり、額に痛みを感じますが、行動の妨げになるほどに、気になるものではありません。

ですが私の行動にアキトさんは慌てて私の身体を支えてきます。

差し出されたその手に身体を預けながら私はアキトさんに問いかけます。

 

「どの位、時間が経ちましたか?」

 

彼女の指示にあったのは一時間の停船でした。

それを超えてなおナデシコが動き出さなければ、上空からは相転移砲が向けられる可能性すらあるのです。

 

「ルリちゃんが倒れてから、大体一時間ぐらい経った頃だよ。

 今は例の指示に従って、火星から脱出する為に加速している最中だと思う。

 ハルカさんの操船とオモイカネのフォローで、とりあえず上手く行ってるみたいだよ。

 木星トカゲの襲撃も無いしね」

 

身体を支えてくれているアキトさんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろします。

ラピスラズリの言葉が信用できるのなら、しばらくの攻撃は無さそうだからです。

そこでふと、今の状況に気がつきました。

慌しかった所為もあり、アキトさんとはろくに話も出来ていません。

そして今は、自分達の部屋に二人きり。

色々と話す機会で在ることに違いはありません。

 

「あの、アキトさん…」

 

思い切って私はアキトさんに呼びかけます。

アキトさんは軽く首を傾げ、私の言葉を促してきます。

 

「その、さっきのラピスラズリの…、いえ、アキトさんからすればオーナーの話なんで…」

 

続けようとする私の言葉を、アキトさんはおもむろにキスをする事で遮りました。

そのまま、戸惑う私をベッドに押し倒してきました。

何時もよりも優しいキスを続けるアキトさん。

徐々に私もその雰囲気に呑まれていきます。

 

「良いんだよ、ルリちゃん。俺、もう解ったんだ」

 

離れた唇からため息を伴ったアキトさんの言葉。

先ほどよりも少し息を荒げた私には、アキトさんの真意が良く解りませんでした。

 

「だって、私は…」

 

私は私の想いを上手く言葉に出来ません。

ただ、前のアキトさんに対する罪悪感が、今の私の胸を占めています。

私にはこうする資格が無いのだと、内なる自分の声が私自身を責め立てて来るのです。

 

「何も言わなくても良い。

 ルリちゃんにも色々事情があって、俺に秘密にしてる事もある。

 でも、それでも良いって、気が付いたんだ」

 

伏目がちな私の頬に手を添えたアキトさんの言葉。

私は伏せていた目を上げて、アキトさんの方を見つめ返します。

アキトさんもまた私と目を合わせ、軽く頷いて優しい笑みを見せてきます。

 

「過去に何があったかなんて、今は関係ない。

 俺は今此処にいて、ルリちゃんが好きだ、愛している」

 

アキトさんの口からこぼれ出たそれは、私が一番聞きたかった言葉なのかもしれません。

私を責めていた私の声は、その言葉で一切聞こえなくなりました。

 

「私も今此処に居て、アキトさんが好きです、愛しています」

 

そして、私の口からは自然とその言葉が出てきました。

アキトさんはゆっくりと頷くと、再び優しい口付けを交わしてきます。

そして、部屋の明かりは何時もの様に落とされて……。

その後、私達は重なり愛し合いました。

その瞬間、いつもにも増して、二人が一つに成れた気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余韻に浸る私達を現実の世界に呼び戻したのは警報でした。

敵襲を告げる警報と共に、第2種警戒態勢の発令がされました。

私たちは慌ててベッドから飛び降り、急いで服を着替えてブリッジへ急ぎます。

ブリッジに向かいながら、オモイカネを呼び出し、ナデシコの置かれた状況の確認をします。

ナデシコが火星の重力圏を脱する前に、

包囲網が完成できるよう広く木星トカゲの艦隊が配置されています。

衛星軌道上にラインを作る様に。

火星に居た艦隊ではなく、火星周辺にいた艦隊をかき集めてきた。そんな印象を受ける包囲陣でした。

ですが、思った以上の木星トカゲの対応の早さに私は唇を噛みしめます。

ナデシコは危険分子として完全にマーキングされた。

考えたくはありませんが、そう判断するべき状況ではあるでしょう。

多少、息を弾ませブリッジに着いた私は、直ぐに自分のシートに着きコンソールを操作し始めます。

アキトさんもまたブリッジ前方のパイロットシートへと向かいました。

自分の席で立ち上げたウインドウに、走りながら得たよりもずっと詳しい情報を表示させます。

ブリッジに入った時に感じた何時にない緊張感を裏付けるように、

今のナデシコが置かれた状況の厳しさを表示された詳細なデータは物語っていました。

 

「ルリちゃん、メインスクリーンに敵の配置を表示してもらえるかな?」

 

艦長の指示に従い目の前に表示していた情報を整理し、メインスクリーンへと映します。

敵艦隊を赤いマークで表示しているわけですが、

ナデシコの前方270度全てが赤く表示され、

猫の子一匹逃げのびれそうに無い状態で在ることが、誰の目にも明らかになります。

 

「流石に、ちょっとヤバイかもね…」

 

真っ赤にそまるメインスクリーンを前に弱気の発言をするミナトさん。

皆の心中の代弁になったのでしょうか、誰もそれを否定する言葉を発しませんでした。

 

「…この布陣、我々を火星から逃したくない何かが在るというのか?」

 

メインモニターに映る状況の分析をしたゴートさんが、誰に言うわけでもなく眉を寄せ呟きます。

しばしの逡巡の後、私はその問いかけに、推測ですがと前置きを付けて答える事にしました。

 

「やはり、あの一時間に停船に、何か意味があったんじゃないでしょうか?

 あの時、地上に降りていった機動兵器と戦艦がきっと何かをしたんだと私は思います。

 あの時の様子からすると、プロスさんには何か心当たりが在るんじゃないですか?」

 

私のその言葉に、皆の注目がプロスさんへと集まります。

集まる視線に対しプロスさんは苦笑を浮かべます。

そのまま黙っている訳にもいかず、苦笑した顔のまま口を開きました。

 

「確かにルリさんの言うとおり、私に心当たりが無いわけではありません。

 我々がこうして此処まで来たのは取り残された人の救出が目的ですが、

 何もネルガルの目的がそれだけではありませんでした。

 ネルガルも営利企業ですから、決して人道だけで動くという訳ではありませんから」


「ミスター!」

 

プロスさんの言葉に叱責する様な言葉を返すのはゴートさん。

同じネルガルからの派遣社員として、プロスの言葉は拙いという判断の元の行動でしょう。

ですが、プロスさんは慌てた様子も無く、ゴートさんをなだめる様に両方の手の平で押さえる仕草をします。

 

「もはや、此処まで来てしまった以上、話さない訳にもいかないでしょうな。

 それに一部のクルーは、既に気が付いているみたいですし」


「ミスターがそう言うのなら…」

 

チラリと私の方へ視線を送り、言葉を続けるプロスさん。

そしてゴートさんもしぶしぶながら引き下がりました。

皆の視線が再びプロスさんに集まる中、一つ咳払いをしてプロスさんは言葉を続けます。

 

「あの一時間の停船をした場所、地上と言うよりも地下部分になるのですが、

 そこには我々の文明によらない建造物があったんです。

 件の場所はネルガルの一部では遺跡もしくは極冠遺跡と呼ばれていた場所でした。

 そこの探査というか調査が、ネルガルにとっての今回の火星行きの目的だったのです。

 まあ、つまり、我々の目的は何一つ果たせなかったことになります。

 火星住民の生き残りの救出はけんもほろろに断られ、

 本社の意向である遺跡の調査も何も手を出せぬまま、あの船に先を越されました。

 正直、本社に何て報告をしたものか、今から頭が痛いぐらいですよ…」

 

最後には自分の言葉で更に落ち込んだブロスさんは、がっくりとそのままうな垂れてしまいます。

確かにプロスさんの言葉の通りに、私たちは何一つ成果は上げられなかったのですが、

それは少なくとも私達の責任では無いですし、プロスさんの責任と言うわけでもないでしょう。

前回を知る私の予想を上回る事態が火星では起きていたのです。

仕方が無い。

安易に言いたくはありませんが、そういう事なのだと私は認識していました。

 

「プロスさんの言いたい事は、解るつもりです。

 ですが、クルーの皆はベストを尽くしてくれました。

 最高責任者として、少なくとも私はそう判断しています。

 それでも目的が果たせなかったのは、ネルガルの見通しの甘さに原因が在るんじゃないですか?」

 

とそこで、プロスさんに引きずられるように沈んだ皆に代わり、当のプロスさんを咎めたのは艦長でした。

泣きっ面に蜂というのが正しい表現でしょうか?

唯でさえ落ちこんでいたプロスさんは、余計に深く沈んでいきます。

 

「それは、その、そうなのかも知れませんが…」

 

確かに私達は成果を残せませんでしたが、

ネルガルの考えていたものと前提条件が違っているのも確かなことです。

生き残っていた350万人の火星住民を、ナデシコ一隻で救助するのは物理的に不可能ですし、

そしてあの場でラピスラズリの行動を止めれるほどの戦力を、私達が揃えれていなかった事も事実です。

クルーの頑張り云々の前に、ネルガルの見通しの甘さが責められてしかるべきとも言えます。

尤も、ラピスラズリという介入者があった以上、

火星の状況を想像し対処方を錬る事はとても困難な事ではありますが。

 

「さて、責任云々は帰ってから考えましょう、今は目の前の状況を切り抜ける事が先決です。

 ナデシコはこれより敵陣を強行突破します。

 一点集中、敵艦隊に穴をこじ開け、そこをすり抜けます。

 総員、第一種戦闘配備。

 はっきり言います、ここが正念場です。

 生きて地球へ帰るために、皆が全力を尽くしてください!」

 

何かと沈みがちなブリッジに、凛とした艦長の声が響きました。

在る意味現実逃避を続けていた皆の思考が、すぐ目の前にある戦闘へと切り替わります。

ただその宣言だけで、ブリッジの皆に気合が入った様子です。

それは多分、私には習得できなかったカリスマのようなものでしょう。

前は艦長まで努めた私ですが、今の艦長の様な統率力は最後まで会得できませんでした。

それには生まれ持った資質というものが必要なのかもしれません。

その艦長に率いられ、活気を取り戻したブリッジでしたが、

結果、皆の気持ちは空回りする事になりました。

記録にあるエネルギーを感知した直後、木星トカゲの艦隊が消滅していったからです。

火星地表で起こったのと同じく、エネルギー感知と同時に幾多の敵艦が消滅して行きます。

僅か数分の後。

ナデシコの前方、270度にわたり展開していた木星トカゲの艦隊は、

全て撃破されナデシコの進路を遮るものは無くなりました。

その圧倒的な攻撃力に、私たちは唖然とするばかりでした。

 

「本艦に向けレーザー通信が入りました。短い…電文ですね」

 

手元のコンソールを操作しながら、メグミさんが向けられた通信の内容を確認します。

 

「電文…ですか?その電文、メインスクリーンに表示してください」

 

一瞬、眉を寄せた艦長ですが、すぐにメグミさんに指示を出しました。

メインスクリーンに表示するのは、情報の共有化を狙ってのことでしょう。

『Go Home!』

表示されたのは7文字のアルファベットと記号でした。

最後に付いているのがエクスクラメーションである事から、命令文でることが覗えます。

 

「ルリちゃん、周囲の索敵 「半径50Km、レーダーに感なし。 光学的な分析は実効中です」

 あ、うん、じゃ、じゃあ結果が出たら報告してね」

 

艦長の声を遮る形で、私は確認できている索敵結果を報告します。

レーダーによる索敵は先ほどから続けていますし、

光学的な情報分析はオモイカネに指示を出したばかりです。

ナデシコの運用と並行処理になる為、即座に結果が出るものではありません。

追加情報による補正を考えれば、15分ぐらいはかかるはずです。

光学的分析はレーダーの届かない広範囲を探査できる点は優れているのですが、

その分時間が掛かるのがデメリットでもあります。

 

「総員、戦闘配備解除、第2種警戒態勢に移行。

 メグミさん、各所に通達を。

 ミナトさん、10時方向へ警戒速度で進んでください。

 分析が終了し、敵機が無い事を確認できたら方向転換、全速で地球へと帰還します」

「はい」 「了〜解」

 

艦長の指示に声を上げて答えるメグミさんとミナトさん。

メグミさんは口元のマイクの位置を調整し、ミナトさんは操舵に手をかけます。

レーダーには相変わらず感なし。

木星トカゲを撃破したはすの彼女の船すら見つかりません。

在る意味それが不気味ではありますが、現況においてそれ以外の危険は皆無でもありました。

10分後、光学的な解析が終り、周囲1000K相当に敵影が無い事を確認しました。

ナデシコは方向転換し、地球へと進路とります。

こうして私たちは何とか火星を脱し、地球へと帰還することになったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、12回の戦闘行為を交えナデシコは地球圏へと戻ってきました。

木星トカゲの攻撃は往路とは段違いに激しいものでした。

それでも火星上で行われた程の戦力の集中が在ったわけでは無く、

私達は各個撃破の上、勝利を重ねる事ができました。

そうして火星からなんとか帰還したナデシコを出迎えたのは、連合宇宙軍の無数の艦艇でした。

宇宙軍の旗艦からナデシコに向け通信が入ります。

 

『武装解除し、停船せよ』

 

幾多の照準と共に向けられた警告でした。

火星へと向かう時と違って地球以外に向かうべき場所など、今の私たちにはもはや在りません。

艦長は珍しく迷った挙句、停船と武装解除を全艦に命じました。

連合軍からの敵意と共に告げられた警告に、私達は膝を屈する事になったのです。

 

 

続く


あとがき

アドバイスを頂きまして、2話同時の投稿となりました。

連続で読んで頂いた方、どうもお疲れ様でした。

書いた方も疲れました…アレ?デジャビュが…。

色々すっ飛ばした速攻な展開でしたが、いかがだったでしょうか?

楽しんでいただけたとしたら何よりです。

一応まだ続きますんで、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた


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