『神様は中学生』
第二話
作者 くま
「今だここを目指して…」
「おーないんしすてむ…」
僕を先導する形で歩くリツコさんとミサトさんがそんな事を話していたけれど、
その後ろを歩いている僕はその話の内容なんてちっとも聞いてなかった。
ネルフの内部へと向かう僕ら一行に、人でない新たな2人が加わったからだ。
1人は白衣を纏った中年の女性。
もう1人は小学校に上がる前であろう女の子。
リツコさんやミサトさんが二人に気が付いてないのは、
二人ともにミサトさんのお父さんと同じに生きていない人、つまり幽霊だったからだ。
この二人、何処と無く見た事があるような気がしていたけれど、
片方からの簡単な自己紹介を聞いて納得した。
おば…いや、妙齢の女性の方は赤木ナオコさんという名前だった人で、
その人の話によるとリツコさんのお母さんなのだそうだ。
そして僕の父さんの浮気?相手だったらしい。
浮気という言葉にに疑問符が付くのは、母さんが居なくなってからそういう関係になったから。
そういうのを浮気と呼ぶべきなのか、僕には良くわからなかった。
そして女の子の方の名前は綾波レイ。
ナオコさんの話と前回に知った綾波の秘密から推測するに、一人目の綾波レイなのだろう。
にこりとも笑わない無表情の子供な訳はそれで合点がいった。
同じ幽霊な二人だけど、良好な関係を築いている訳ではなさそうだった。
赤木ナオコさんは一人目の綾波レイに怖がられていて、
綾波は僕の腰の辺りにぎゅっと抱きついてナオコさんから必死に隠れようとしていた。
ナオコさんの方はそんな綾波の態度を気にもかけず、好き勝手に僕に話しかけてくる。
僕が父さんの息子と知ってか知らずか、その殆どは父さんへの恨み言だった。
色々とあるけど、一応は僕の父親であるわけだし、
そもそも恨み言を聞かされる事自体からして、僕の気分は話を重ねる度に悪くなる一方だった。
父さんがこのネルフやその前の組織で何をやって来たのかとか、
前回に知ることが無かった事を知ることが出来たのはプラスだった。
けど、それ以上に僕の中のイライラは募り、遂にはナオコさんの話に我慢がならなくなった。
とはいえ幽霊は相手だし、何をやっても無駄だろうと思いながらも、
ナオコさんを向こうに押しやるように両手で突いてみた。
こちらの遺志を伝えることが出来れば十分だと考えていたのだけれど、
僕の両手には確かに何かを突き飛ばしたのと同じ感触と供に、
幽霊であって触る事の出来ないはずのナオコさんを突き飛ばしていた。
そのまま通路の壁をすり抜けて行き、僕の視界からはナオコさんが完全に消え去った。
両の手の平に残る円形の感触から考えると、ゆりえ先輩が押したスタンプが何か作用したのかもしれない。
『不合格』『不可』という文字が浮かぶ両の手の平をじっと見つめる僕。
もちろんそうして見つめたところで何かが解る訳じゃなかった。
そうして両手を見ていた視線をずらすと、もう一人の幽霊とばっちり目が合ってしまった。
何時の間にか僕の真正面に回り込んだ綾波レイが、その赤い瞳で僕をじっと見上げてきたのだ。
にこりともせずに僕を見つめる視線に、どうしたものかと悩みつつ、
僕はとりあえず愛想笑いを浮かべてみる事にした。
えへへ、とぎこちない笑みを作る僕をやはり無表情のままに見つめて来る綾波レイ。
しばらくそうして見詰め合っていたけれど、突然、綾波レイが何も言わず僕のお腹の辺りに抱きついてきた。
その彼女の行為で僕に何らの支障が生じるでもなく、僕は彼女のしたいがままにさせる事にした。
特に何かを考えた訳でもないけど、僕は抱きついている綾波レイの頭を撫でてみた。
ナオコさんの時とは違い、彼女が通路を抜けて突き飛ばされる事は無かった。
勢いの差なのかな?
そんな事を考えつつ彼女の頭を撫でている僕に向け、リツコさんの腕の中に居るタマから声がかかる。
(あのさ、シンジ。その辺にしておいた方が良いんじゃない?)
はっとして、顔を上げる僕に、ちょっとアレな人を見るようなリツコさんとミサトさんの視線が突き刺さる。
二人の幽霊が見えてない二人にとってすれば奇行にしか見えない僕を、
そんな風に見るのはある意味当たり前なわけで。
「…あの、何か?」
そう訊ねる僕に、二人は揃って「なんでもない」と答えて首を横に振る。
そんな風に何でもないと言いながら、互いに耳打ちするよう話すのはどうかと思う。
(安心して良いわよ。ちょっとシンジがオカシイって話をしてただけだし)
そう、フォロー(?)を入れてくれたのはリツコさんに抱かれたままのタマだった。
リツコさんとミサトさんの内緒話を聞かせてくれたのはありがたいと思うけど、
内容的には聞きたいくないコトだなあ。
まあ確かに、僕自身ですら、今の僕はオカシイとは感じているけれど。
「どうしたのシンジ君?」
少し考え込んだ僕に気がついたのか、全てを誤魔化すような笑顔でミサトさんが訊ねてくる。
「いえ、なんでもありませんよ」
二人の話の内容を盗み聞きしたに等しい僕は、
首を横にふり先ほどの二人と同じ答えを返して誤魔化した。
ならいいのよ、とミサトさんは全然納得した風に見えない表情で答え、
リツコさんは何も言わずに、ただ僕へその視線を向けてきていた。
「…さあ、行きましょう」
無遠慮な視線に対して、何ですか?と僕が訊ねるよりも先に告げて、
くるりと向きを変えて通路の奥へと歩き出すリツコさん。
慌ててその後を負うミサトさんに続き、先行する二人が向かう方向へと僕も歩き出した。
「お父さんに会う前に見て貰いたいモノがあるの」
案内役のリツコさんの口からそんな言葉が出た後に、
僕ら三人はゴムボートとかを乗り継いで灯りのついていない広い空間に出た。
声の反響具合からその大きさを考えるとかなりの大きさの空間だと思える。
僕が今居るここにに心当たりが無い訳じゃなかった。
前回の経験からするとここは初号機のケージで、
前の時は始めてエヴァを自分の目で見た場所。
あくまで僕の想像でしかなく、多分ではあるけれど。
ガシャン。
音を立ててスイッチが入ると灯りがともり、暗かった空間にも光が満ちてくる。
そして僕の予想通りに、肩まで赤いプールに浸かった紫色の巨人が、
そう、エヴァンゲリオン初号機が確かにそこに居た。
在った、ではなく居たという感覚。
そう考えたのは前には感じなかった何かを初号機から感じ取った所為だった。
それが何であるのか何てことは、初号機を眺めているだけの僕に解る筈も無かったけれど。
「―――――――その初号機よ」
何も知らないはずの僕に、初号機の説明をしてくれたリツコさんの言葉はまるで頭に入らなかった。
無論、既に知っている事だからでもあるのだけれど、原因はそれだけじゃなかった。
僕の頭の中の何かが疼き、そして突如始まったのは忘れていた筈の記憶の氾濫。
それはかつて僕がここに来て、目の前で母さんが居なくなった時の記憶だった。
けれど僕にとってのそれは、昨日の晩に何を食べてのか思い出す程度の事にしか感じられない。
なるほどと納得し、ふうと息を吐いた。
「あら、シンジ君はあまり驚かないのね?」
傍から見れば平然とした様子の僕に不審を見出したのか、
リツコさんが結構きつい口調で僕に問いかけてくる。
何時の間にかタマを床に降ろし、組んだ両腕をそのままにリツコさんは問いかけてきた。
疑惑を孕んだその視線をもってして僕の一足一動を捉えているような、そんな嫌悪感を僕は感じていた。
明らかに疑われている。
それがどのような疑惑かは僕にはまるで見当はつかないけれど、
こうまでされればいくら鈍い僕でもその事を察知することが出来ていた。
正直、頭の回転とかではリツコさんには到底叶わないのは解りきったことなので、
僕は正直に言葉を口にする事にした。
ただし、いうまでも無く全てを話すつもりなんてのは毛頭ない。
「いえ、今、コレを見て唐突に思い出したんです。
僕がコレを見た事があると言う事と、僕の母さんがあの日に何処に行ってしまったのかを。
それを思い出させる為に、僕にアレを見せたんですか?」
繰り返しているだとか幽霊だとかよりは、ずっと信じられそうな事だけを僕は口にした。
問い掛けに対して問い掛けで返した僕の答え。
けれどリツコさんの表情からは観測者としての余裕が無くなり、
何かを言い淀みに上手く言葉を口に出来ないで居るように見えた。
リツコさんとは裏腹に僕には余裕が出来きていた。
この場にミサトさんが居るという事もリツコさんが沈黙した一因かもしれない。
と、そんな事にまで思考が及ぶぐらいに。
「それは「そうではない、シンジ」
リツコさんの言葉を遮る形で割り込んでくる男の人の声。
確かめるわけでもなく、それは父さんのものだ。
バスケットコートが入りそうなケージの左右を見渡し、
何時の間にか移動して僕の足元で座っていたタマを持ち上げてその下みて、
LCLのプールを覗き込もうとしたところで僕はミサトさんに止められた。
「シンジ君、あちらよ」
そうミサトさんに促された先は、ケージを上から見渡せるような構造になっている指令所みたいな所だった。
おそらく強化ガラスで覆われているであろうそこには、背中で腕を組んだ父さんの姿があった。
ガラス越しにとは言えようやく顔を合わせる事になった父さんに向けて、
見上げる形の僕は、どういうことなのか?と問いかける。
「お前にコレを見せたのは、コレに乗ってお前が使徒と戦うからだ」
父さんから返ってきたのはそんな答えだった。
「どうして?どうして僕が、戦わなきゃならないんだよ!」
この後に待ち受けている展開を思い出していた僕だったけれど、あえて強めの口調で父さんに告げる。
「お前でなければ、無理だからだ」
予想通りに返ってきた父さんの言葉に感心しつつも、
久しぶりに会った息子にかけるものとしてはいかがなものだろうか?
とも思える台詞に僕はため息を吐きたくもなった。
まあ、これも父さんらしいといえば、父さんらしいのかも知れないけど。
「その為だけに、僕をココヘ呼んだの?」
結果はある意味解っていたのだけれど、僕は父さんへの問い掛けを重ねる事にした。
「そうだ」
口下手という訳でもないのだろうけど、父さんからはごく短い肯定的な言葉が返ってくる。
「父さんは一緒に暮らす為に、もう一度家族としてやり直す為に、
あの場所から僕を此処へ呼んだんじゃないの?」
そんな風に繰り返すように訊ねる僕。
前回の事も在るし、もちろん父さんにそんな気が無い事なんて解りきっている。
この一連の問い掛けは何かに縋っていると他の人に聞こえたなら幸いで、
リツコさんとかミサトさんとかの同情を買えたのならラッキーかも?とか僕は考えていた。
「くどいぞ、シンジ。
お前が初号機のパイロットとして必要だから呼んだまでだ。
私に他意は無い」
はぁ、やっぱりね。
そんなため息を吐きたくなるほどにきっぱりと父さんは断言する。
万が一にとは思うけど、今の態度って父さんなりのツンデレじゃないよね?
うっ…そんな自分で思いついた思考だったけど、僕は少し気分が悪くなった。
ヒゲ面の中年男性のツンデレなんてのは、少なくとも僕的には無しだと自覚した。
自分自身の新たな発見なんてラッキーだよねとか考える程に、
そして自分自身でも不思議に思うぐらいに僕は落ち着いていた。
ある程度思い出したとは言え父さんからかけられた言葉は結構厳しいもので、
けれど僕は不快感こそ感じたものの、落ち込んだり動揺するほどに心が揺れなかった。
前回とは違うそうした変化に思い当たる原因は一つしかない。
それは僕が神様になったらしいって事だった。
ゆりえ先輩が神様だってのは信じられるけれど、正直、それだけは無いだろうと思っていた。
だけど、こうまで僕自身の違和感を感じさせられれば、
僕は僕が変わってしまった事を納得するしかないように思える。
まあいいか、と軽くため息を吐き、僕は今在る現状に目を向ける事にした。
「解ったよ、父さん。
僕はコレに乗ることにするよ」
こうしないと話が進まないし、とか考えながら僕は父さんに答えていた。
答えてから思い出したけれど、前の時は此処で綾波に会った気がする。
まあ、どのみち顔を合わせる事になるのだし、どうでも良い事だと思う。
「そうか、では、赤木博士から説明を受けろ」
そして父さんからは先ほどと同じ口調で話しかけられた。
ぶっきらぼうと言うか何というか、
ホントはただ単に人と話すのが面倒くさいだけなんじゃないの?
なんてくだらない疑問が思い浮かんでくる。
流石にそれは無いと思うけど。
「じゃあ、付いて来て」
少しだけれど憐憫を含んだ視線を投げかけたリツコさんは、僕にそう告げるとケージの外へと歩き出す。
足元のタマを抱きかかえた僕は、その言葉に大人しく従ってリツコさんの後を付いて行く事にした。
もちろん何か言いたそうな雰囲気のミサトさんと一緒だったけど、
かける言葉が思いつかない僕には何かを口にする事なんて出来なかった。
ヘッドセットを着けた僕は、エントリープラグ内設置されたパイロットシートに座り、プラグの内壁を眺めていた。
ミサトさんやリツコさんが何か言ってる気もしたけれど、その言葉はまるで僕には届かない。
頭のあまり良くない僕が、今の状況とかを一生懸命考えていた所為だった。
その中でもメインに考えていたのは母さんの事。
前とは違って色々と知ってしまった以上、前回と同じにシンクロできないかも知れない。
特に、このエヴァの中に居るはずの母さんがどうやら変わってしまったっぽい僕を認めてくれるのか?
ということは、割と切実な問題だった。
そしてそんな風に考え事をしていた所為で、
プラグ内に満ちてきたLCLに気がつかずに、がぼがぼと随分と咽てしまった。
「大丈夫、シンジ君?」
何とか息を整え終えたところに、リツコさんの声でそんな音声が入る。
とりあえず何の問題も無かったので、はい大丈夫です、と僕は答える。
(人の話を聞かないからじゃないの?)
続いて聞こえてきたのはタマの声。
発令所に用意された猫用のケージの中から話かけてきた。
普通の人には聞こえないタマの声でもマイク越しに聞こえるんだ、と僕は妙なところで感心をしていた。
そんなことも在ったけど、LCLはプラグ内に満ちてエヴァとのシンクロの準備が進む中、
僕はもう一度父さんに問いかける事にした。
「父さんは最高責任者らしいからそこに居るよね?
最後にもう一回だけ確認するけれど…。
父さんは僕と家族としてもう一度やり直す気は無いんだよね?」
僕からのその問い掛けにより、発令所から聞こえていたシンクロの為の経過報告が止まった。
2秒ほどの空白をおいて経過報告は再開されたけれど、父さんからの答えは何も無かった。
「沈黙は肯定ってことでいいのかな?
父さん、解ったよ、中にいる母さんにはそう伝えるね」
僕がその言葉を口にした瞬間、僕を包む周りの世界は一転した。
初号機とのシンクロがスタートしたからだった。
むずむずする様な感覚が治まった時、僕は母さんの中に居るのだと自覚した。
上手く言葉では言い表せないけど、とにかく僕は母さんの中に居て随分と窮屈だと感じていた。
そんな状態で、母さんとの会話はできなかったけれど、意思の疎通は何とか図れた。
僕の話す言葉は母さんに理解されたし、母さんの意思は何となくではあるけれど僕に伝わって来たからだ。
久しぶりだね、母さん。
あらあら、シンジも随分と大きくなって、そっちはどう?
等といった挨拶を2、3交わし、決意を決めた僕は本題に入る事にした。
「今日はね、母さんにちゃんとしたお別れを言いに来たんだ」
僕の言葉に大きな動揺を伝えてくる母さん。
そんな母さんに遠慮するわけでもなく、僕は更に言葉を続ける。
「先ず、ここでない現実世界の話なんだけど、もうそこに母さんの居場所は無いから。
きっと父さんも母さんなんてどうでも良いと思ってる筈だよ。
赤木さんの所とえっと親子丼?っていうので仲良くやってるそうだし、
母さんと父さんの行為の結果である僕とも、もう家族になる気はない、ってついさっき言ってたからね。
でも、母さんに父さんを責める資格なんてないよ。
母さんが居なくなってから、僕がこんなに成長するぐらい長い時間が経ってるんだよ。
ここじゃあ如何だか解らないけど、現実の世界ではそうなんだ。
人の心が変わらないでいるのに、10年はあまりにも長すぎる時間だと僕は思うよ」
母さんは更に大きな動揺を返し、そして信じられないという感情をぶつけてくる。
混乱した母さんはしばらくはそうしていたけれど、やがて違う結論を出した様だった。
父さんがダメでも僕がいる。
そんな内容の意思を母さんが伝えてきて、それに対する返事を僕は口にする。
「僕だって、母さんなんて如何でも良いと思ってる。
ううん、そうじゃないな。
僕はね、この十年間、妻を殺した男の息子として生きてきたんだ。
それが原因で苛められた事も在ったけれど、
僕を先生の所に預けたままの父さんは何もしてくれなかったし、何も言わなかった。
言うなれば、僕の中の母さんはもう死んでるんだ、そう十年前にね。
そしてこれからも僕はそうして、母さんは十年前に死んだものとして、生きていくつもりだよ」
困惑、嘆き、怒り、等様々な感情を織り交ぜて僕にぶつけてくる母さん。
今までと違い言葉には出来ないような乱れた意思だった。
「でもね、こんな形でもこうして母さんにまた会えた事は嬉しく僕は思えるんだ」
そう続けた僕の言葉に混乱の度合いを薄め、何かに期待するような感じを伝えてくる母さん。
でも、それを裏切る言葉を僕は続ける。
「最後に、お礼とお別れが言えるからね。
母さん、生んでくれてありがとう、そしてさようなら」
すこしの硬直の後、絶望を伝えて来る母さん。
それでも僕は自らが発した言葉を取り消す気にはならなかった。
ガシャン。
窓ガラスが砕けるような音が響き、僕を取り囲んでいた母さんの気配が壊れていく。
それはバラバラに砕け、やがて母さんの気配は小さな一片だけになった。
意識をそちらに向けなければ感じられないほどに小さくなった母さんから、
何とか僕が捕らえられるのは後悔と自責の念。
後悔するぐらいなら初めからしなければ良かったのにとは思ったけど、
関係者であるはずの僕は全く同情する気になれなかった。
もっとも、後で悔やむから後悔って言うんだろうけど。
そうして、うじうじと悔やんでいた母さんの様子が突如変化した。
徐々に大きくなりながら伝わってくるのは憎悪の感情。
どうやら母さんは責める対象を己から他人へと変えた様だ。
そんな様子に東方の三賢者と呼ばれた(ナオコさんに聞いた)母さんも、
やっぱり人の子なんだなと僕は少し安心していた。
とは言え、延々と恨み節を聞かされるのは御免こうむりたいのは確かな事で。
ナオコさんと同じにこの場から退散してもらう事にした。
最初と違い小さくなり、今は一つの塊としか感じられない母さんに向けて両手を突き出す。
パリン。
右の手の平にガラスのコップが割れた様な感触を残し、
もう一度強くなりつつあった母さんの存在は砕け散った。
そして母さん個人の気配というものは霧散し、僕にはまるで感じられなくなってしまう。
母さんの気配が無くなったという事は、母さんは死んでしまった?
コレもやっぱり自分の母親を殺した事になるのかな?
ううん、さっきも母さんに話したとおり、僕の母さんは10年前に死んだんだ。
僕が今壊したのは母さんが死んだ時に残した母さんのような何かだ。
多分、それを僕が壊すのは正しくない事で、それでいて悲しい事なんだろう。
けれど僕の心には泣けるほどの波紋は起きなかった。
ほんの少しの、例えるならほとんど車の通らない道路の横断歩道を赤信号で渡った時に起きるような、
ごく僅かな罪悪感が過ぎっただけだった。
ガン!
そんな事を考えていた僕に衝撃が襲いかかる。
それは物理的なものでなく精神的なもので、
母さんなんかよりもずっと大きな何かの気配が僕に対してしているもの。
やがて大きな気配は僕に接触し、ガリガリと僕の何かを削り取っていく。
感じるのは歯医者で歯にドリルを当てられる時のような不快感。
ただ、不思議と痛みを感じる事は無かった。
そんな状態が体感的には3分ほど続き、そして唐突にそれは止まった。
大きな気配は直ぐ側にいたけれど、それが僕に不快感を与える事は無くなっていた。
一体何がどうしたのだろうか?
首を捻る僕に大きな気配から再びコンタクトがあった。
先ほどの不快感を伴うやり方ではなく、母さんと同じにその意思を僕にぶつけてきたのだ。
そして直ぐにその大きな気配の正体が判明する。
何となくは予想していたけれど、大きな気配の正体は、エヴァンゲリオン初号機そのものだった。
続く
あとがき
スタートダッシュだけは軽快に。
という事で、あまり間をおかずに投稿する運びとなりましたくまです。
言い忘れていた気もしますが、この話は所謂スパシンものに該当するかと思います。
この後の話はスパシンっぽく、シンジが活躍したりする予定です。
そういう話が苦手な方は注意された方が良いと思います。
それはさておき、自分の話を読んでいただいた方に感謝を。
そしてよろしければ、次の話も読んでやっていただければ幸いに思います。
あと、感想を頂けると嬉しかったりします。
それではまた。