『神様は中学生』

第7話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

(シンジさん、チョリーっす)


「やあ、初号機も久しぶりだね」

 

相変わらずの軽いノリの初号機に僕もくだけた口調で挨拶を返す。

と言ってもネルフが倒産してからだから、2週間ぶりぐらいだけどね。

 

(いやーなんだか3年ぶりぐらいの気がするっすよ)


「うん、僕もなんだかそんな気もするけど、きっと気のせいだよ」


(シンジさんがそう言うなら、そうしておいた方が良いっすね)

 

そんな会話を交わしながら、僕は初号機の中で、出撃準備体勢に入っていた。

特にやる事は無いんだけどね。

あれから元ネルフ本部の司令部に呼ばれた僕は、

ネルフの後を継ぐ新組織のトップとなっていたリツコさんと再会し、ある程度の事情を聞いていた。

エヴァを含めた旧ネルフの資産を引継ぎ、使徒の迎撃を目的にたちあげっれたその組織は、

ネルフの旧技術部を中心とした人員構成になっているとの話だった。

エヴァに関する特殊技術は、やはり貴重なものだったという事なんだろう。

手に職、足に職。見よ、父の顔を、父の怒りをというヤツだと思う。

実際、母さんと同じく研究畑に居たはずの父さんは、

偉くなってた分だけ手に職は無く、リストラされて今も行方知れずな感じだし。

そんな旧ネルフの事情はともかく、次の使徒が第三東京都市目掛けて侵攻中で、

それに対峙した国連軍の応戦も、全くと言って良いほど効果を上げてないとの事だった。

省エネの為か、光量を押さえた感じの司令部のモニターには、

正8面体?の青い宝石のような物体が映し出される。

前回と同じ形の使徒だった。

UN軍の戦艦の砲撃を、肉眼で確認できるほどに分厚く展開されたATフィ−ルドで防ぐ使徒。

返す刀で放たれた光線は、砲撃していた戦艦を数秒も経たずに海の藻屑と化していく。

ラミエルと名づけられたその使徒。僕はその名前はともかく、前回に痛い思いをした事を改めて思い出した。

前回は大仰な作戦の元で、綾波と僕とで二人掛りで倒した使徒。

今回は僕一人だし、しかも前回のような強権がネルフの後釜の新組織にはないらしい。

とは言え、僕は別に勝てない相手とは思っていない。

というのも前回と違い、初号機が随分と頼もしいからだ。

使徒の初撃さえかわせれば、勝ちは拾えると僕は思っている。

ただ、前回のように初号機が固定されたままで、使徒の目の前に出るのは、

高シンクロで初号機のパワーを上げても拙い様に思える。

使徒とかの力を打ち消す両手と額に浮かぶ文字の効果を、使徒の攻撃が超えれるかは不明だけれど。

そして肝心の作戦は、使徒の反撃で戦艦があっさりと没む映像まである以上、前回と同じという事にはならなかった。

使徒が第三に侵入し、前回と同じ様にボーリングを始めたところで正式な作戦が決定した。

使途の攻撃可能角度よりも深い懐に初号機を出し、

相手から遠く自分からは近い間合いで使徒を殲滅するというものだ。

丁度いいポイントにエヴァの射出口もあったのが決め手となった。

とは言え、ある意味強権を振るっていたネルフは無くなって、

以前のように潤沢な資金が在る訳じゃ無い新組織なわけで。

その作戦の決行に色々と許可を取る必要があるらしく、リツコさんを始めとしたスタッフは忙しそうだった。

発令所のスタッフが忙しい中、僕は僕で久々に初号機に乗り込んで、先ほどの会話をかわしてたという訳。

 

「そう言えば、初号機はどう?ネルフが潰れてから色々と大変だったんじゃないの?」


(そんな事ないっすよ。自分、基本的にケージで固定されてるだけっすからね。

 強いて言えば、何か身体じゅうがむず痒いような、そんな感じっす。

 洗浄作業してもらってねー所為だと思うっすけど)


「僕らで言えば、お風呂に入ってないようなものだもんね、何となく解るよ」

 

とそんな風に司令部の方で出撃準備をしている間、僕は初号機に色々と話を聞いた。

説明するリツコさんを先導に色々な人がネルフ本部に来てたとか。

それとは別の一団がケージまで来て、初号機の額の所に赤い紙をぺたりと貼っていったとか。

僕が公園で弾いていたチェロの音が、此処まで聞こえて来たとか。

最後の話はちょっと信じられなかったけど、初号機はには聞こえていたんだろうって思う。

僕が他の人には見えない人とか見れるのと同じ様に。

そうこうしている内に、発令所側の出撃準備も整ったようで、

エントリープラグ内にウインドが開き、リツコさんのバストアップが映し出される。

 

『シンジ君、準備は良い?』


「はい、僕は大丈夫です。初号機もいけるって言ってます」


『解ったわ、カウント30で出撃、地表まで100mの地点でボルトロック解除、

 地上へ出た後は、使徒の死角を確保しつつ速やかに攻撃に移行。

 近接戦闘も視野に居れつつ、全力で使徒の殲滅をして頂戴』


「はい、解りました。確か、地上の迎撃システムは動いて無いんですよね?」


『稼働率は5%、正直、エヴァの戦闘の邪魔にしかならないレベルね。今回は支援なしと思ってくれていいわ』


「了解です」


『よろしい』

 

その言葉を最後に、リツコさんの映像がエントリープラグ内から消えた。

コレまで背景だったケージと幾つかの数字ががエントリープラグには映し出される中、

発令所からの音声だけが聞こえてくる。

 

『それではコレより使徒殲滅作戦を開始します。カウント開始』

 

サウンドオンリーとの文字がエントリープラグの片隅に表示される中、

リツコさんが口にした作戦開始の合図を皮切りに、

今度はマヤさんのカウントダウンの声だけがプラグ内に響く様になる。

目の前に表示され30から減っていく数字を見ながら、僕はインダクションレバーを握り締めた。

 

『エヴァンゲリオン発進』

 

カウントゼロと同時に、リツコさんからの指示が飛ぶ。

そして僕と初号機は、リニアカタパルトで地上へと向け加速して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、割とあっさりに使徒は倒せた。

残念ながら、作戦が上手く行った訳じゃなくて、予想外のイレギュラーのおかげで。

先ず一つ目の予想外。

地下から発進して地上へと向かった僕達は、地上へあと300mと言うところで止まった。

止まっちゃった、というのが正しいかも。

リツコさんの話によると、リニアカタパルトに不具合が出たらしく、

そこから先には初号機を乗せたままでは、電力が足りないカタパルトを動かせないとの事。

仕方が無いので、ボルトロックの解除をしてもらい、初号機が単体で射出口を昇る事に。

手足を壁に突っ張るようにして昇って行く初号機。

正直僕は初号機のその動きに感心してた。

だって並行する壁に手足を突っ張るんじゃなくて、壁が直角に交わる角に身体を寄せるようにして昇っていたから。

勇者ニケには負けてられないっすよ、とは凄いねーと言う僕に返した初号機の言葉。

ニケって誰?とか思ったけれど、地上が近くなってきた事もあり僕は言葉を飲み込んだ。

そして二つ目の予想外。

空になったカタパルトが地上近くまで上がり、

初号機から伸びるケーブルの長さ的に地上での活動が可能になる。

そして僕は初号機とのシンクロ率を上げ、

使徒の攻撃に対して強力なATフィールドを張れる様に準備をした。

さあ飛び出そう、というその時。突如地上から大きな音が響いてきた。

ゴォン!ドガァア!って感じだ。

交通事故でも起こったかのような音だった。

その音に反応し、初号機がひょいと射出口から地上へ顔を覗かせてしまう。

同時に不意に視界が暗くなり、何が?と思って見上げた上空には、

初号機に影を落としながら降って来る青い正八面体。

なので当然回避も間に合わず、初号機の丁度角の部分というか、

浮かび上がったもっと(×沢山)頑張りましょうの文字に使徒が直撃。

結果、文字に触れた使徒は、コレまでと同じ様に赤い水へと還された。

やはり使徒の格好が、正八面体の末広がりだったのが良かったのかも?

そんなわけは無いんだけどね。

さらに三つ目の予想外。

使徒が元々居た場所に視線を向けると、何か昔の木造船っぽいものが宙に浮いてた。

立派な船体に大きく張られた帆には『寶』の文字。

積荷は珊瑚とか俵とか如何にも財宝ぽいものとか。

どうみても宝船です、ありがとうございました。

で、その甲板で頭を抱えるのは一人の女の人。

多分だけど、あの人が七福神の紅一点、弁天様だと思う。

正直、犬耳に疑問を思わないでもないけれどね。

で、その弁天様がコッチを見て視線が合った瞬間、

初号機はシュバッと穴から飛び出して躇わずに正座した。

うん、気持ちは解るよね。

なんか覗いてるみたいな状況だったしね。

何はともあれ、僕にとって2回目となるラミエル戦はこうして無事に?終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は割りと大変だった。

先ず初号機、シュバッと地上へ出る際にケーブルもパージしてたらしく、今は電源切れで動けない。

最初にとった正座の姿勢のままで固まってる。

まあ、動けないだけで意思の疎通ができない訳じゃ無いけど。

とは言え宝船を降りてきた七福神の神様を前にして、その意識も緊張でもカチコチに固まってるみたい。

で、宝船には七福神でない神様が一人居た。

予想は付くと思うけどゆりえ先輩だ。

「ウチのタマ知りませんか?」

という開口一番の台詞で、ゆりえ先輩が何をしに来たかはばっちり理解できた。

隠し立てする必要性も何も無いので、僕はタマの居るであろう公園の場所をゆりえ先輩に説明する。

丁度今居る場所から見えるところだし、説明はしやすかった。

その僕の説明を聞き終えるや否や、走り出すゆりえ先輩の姿に、タマへの愛情を感じつつ、

残された僕は弁天様達と少し話をする事に。

どうしてこうなった、って言うのを聞きたいのは当然の事だと思う。

話をまとめると、宝船で事故しちゃいました、テヘ、って事らしい。

概略はこう。この世界に出現した宝船が丁度その場にいた使徒に接触、

ボキリとドリルはへし折れ、使徒の本体は一度地面で跳ねたあと、丁度初号機と僕が出てきた穴へ。

チップインする使徒を初号機と僕が偶然撃破した。

バツの悪そうな顔をしていた弁天様(こっちの世界に出てきた時に丁度舵を取っていたらしい)だったけど、

僕はこの世界の状況を説明していく。結

果的には使徒の殲滅に繋がったので感謝こそすれ謝る必要は無いと伝える。

どうせ、普通の人には神様や宝船の姿は見えないらしいから、気にしなくていいと思うしね。

そんなこんなで話をしている内に、プラグスーツの手首に備え付けられた通信端末が音を立てた。

通信相手はリツコさんだった。なんでも、発令所で僕の存在をロストしたらしい。

ちらりと弁天様に視線を向けると背後の宝船を親指で指差した。

宝船の付近に自動ではられる境界の所為でそんな事になってるのだろうとのこと。

そういった存在でないと宝船には近寄れないんだって。

 

「しばらくしたら帰りますから、心配しないでください」

 

と告げて僕はさっくりと通信端末を切る。

後で怒られるかもしれないけど、今は七福神様達との話が優先だろう。

もう1点だけ確認したかったのだ。

七福神様達は貧乏神のヒンさんの力を押さえてくれるのか?という疑問だ。

たぶんだけど、普通にタマとヒンさんを迎えに迎えに来るならゆりえ先輩一人で十分なはず。

わざわざ幸運とか富とかの象徴である七福神の神様達が来たのだ。

そう云った意図があるのでは?と推測するのはあんまり頭の良くない僕でもできる事だった。

 

「えっと、シンジ君だっけかな?概ね、正解よ」


「まあ、やりすぎると反動が怖いんで、普段は使わない手なんだがな」


「ワシらの世界のモンがコッチに迷惑をかけたのも事実じゃしの、緊急対応って事じゃの」


「まあ、本音を言えば、たまには違う世界でライブでもやろうって事なんだけどね」

 

と本音まであっさりと暴露して笑い合う七福神の神様達。

ライブって何?とか思わないでもない。

まあ、ついででも何でも、この貧乏状態を何とかしてくれるのはありがたいと思う。

正直僕は別に良いんだけど、綾波とか初号機とかに不便を強いるのは、ちょっとね?

一通り話をした後、じゃあ、私たちはゆりえちゃんと合流するから、と言い残し、宝船に乗り込む七福神の神様達。

向かうのは多分、ゆりえ先輩が向かった公園だろう。

僕は今はあそこに寝泊りしてるから、きっと後でまた顔を合わせる事になるんじゃないかな。そ

んな事を考えているうちに宝船の効果の範囲から外れたのか、僕の回りにUN軍の人達の姿が見えるようになってきた。

 

「目標確保」

 

と再びUN軍の人に連行される形で、僕は旧ネルフ本部へと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヴァからの精神汚染は無かったはずだけど、相当疲れてるのね。

 良いわ、シンジ君。今日はもう帰って休みなさい。

 なんなら本部内の宿泊施設も用意できるわよ?

 ただ、掃除は自分でしてもらわないといけないけど」

 

色々と事情をかいつまんで説明した僕へのリツコさんの在り難いお言葉に、

僕は素直に寝泊りしている公園へ帰る事にした。

今から泊まる部屋を掃除しないといけないとか、どんな罰ゲームなのさ。

そんな訳で僕は本部には駐まらずにU、N軍の人達に連れられて再び寝泊りしている公園へ。

帰ってみてビックリしたのは神口密度の高さ。

細かく言えば神様じゃないヒトも一杯居るみたいだけどね。

恐らくは普通の人には見えないであろうヒト達が、物凄く沢山集まってきていた。

公園の中央に浮いている宝船とその宝船から広がるステージがその理由だろう。

ステージの前で既に盛り上がり始めてるヒト達に呆然としている僕の袖を、誰かがクイっと引っぱった。

 

「お帰りなさい、碇君」

 

我に返り声のした方に視線を向けると、そこには笑顔?を浮かべた綾波の姿が。

笑顔に?が付くのは、何か企んでそうな顔だったから。

それでも随分と進化した綾波の笑みに、素直に感心した僕は真面目に返す事にする。

ただいま、綾波。

そんな僕の言葉に返す綾波の仕草は、無表情に戻ってコクンと小さく頷くだけだった。

相変わらずのリアクションの薄さだと思う。

まあ、綾波の態度が急に変わっても、僕は逆に怖いと思うだろうけどね。

 

「あ、シンジ君だ」

 

と僕がそんな風に綾波を観察している横合いから声がかかる。

声の主は言わずもがな、ゆりえ先輩だ。

先ほど宝船の近くで会った時とは違い、橙色の狩衣の様なものに着替えていた。

真ん中に神中って刺繍が入っているもので、似合っているなと素直な感想を僕は抱いた。

なんか、こう、神様らしく見えるんだよね。

そんなゆりえ先輩の腕の中にはぐでーとしたタマの姿が。

なんでそんなに疲れてるのかは知らないけど、無事にゆりえ先輩と再会できた様で何よりだ。

 

「シンジ君がタマの面倒見てくれたんだってね。ありがとう」

 

両手で抱えたタマと一緒に、ペコリと頭を下げるゆりえ先輩。

 

「いえいえ、どういたしまして。とは言え、僕はそんなに面倒見てた訳じゃありませんし。

 むしろ、僕の上司のリツコさんの方がタマに熱心に構ってたと思いますよ。

 色々と道具とかも揃えて貰いましたし」

 

随分と格上の神様であるゆりえ先輩に、素直にお礼を言われるのが照れくさくて、

僕は良い訳じみた言葉を並べていた。

けどゆりえ先輩には僕の照れ隠しなど通用しなかった。

 

「そんなに照れなくても良いのに。

 タマからもシンジ君の事は聞いてるし、私はちゃんと解ってるからね。

 あ、でもそのリツコさんにもお礼は言った方が良いよね?」

 

笑みを浮かべて良い事を思いついた、とばかりに目を輝かせるゆりえ先輩だったが、

僕は今のリツコさん達の状況を思い浮かべて、苦笑を浮かべるしかなかった。

何といっても使徒戦の直後なのだ。

初号機に被害が殆ど出ていないとはいえ、新組織に移行して初めての使徒戦な事には違いない。

事後処理に追われるのは当然で、外部からのゲストに構っている余裕は無い様に思える。

 

「ゆりえ先輩の気持ちはありがたいんですが、リツコさんは今とっても仕事が忙しいんですよ。

 予想ですけど、この都市の地下に在る仕事場から1週間ぐらい出て来れないぐらいに。

 ゆりえ先輩が直にお礼を言うのは難しいと思います。

 僕の方から必ずお礼の言葉は伝えますんで、今回リツコさんに直に会うのは諦めてもらえませんか?」


「そっか、お仕事が忙しいなら、私がお礼を言いに行っても邪魔になっちゃうよね。ちょっと残念だな」

 

僕のそんな提案にすこしだけ表情を曇らせるゆりえ先輩。

申し訳ないと思いつつ解ってくれた事に安堵し、僕はゆりえ先輩に聞きたい事があったのを思い出した。

タマというかヒンさんの事と、公園の中央、宝船を中心にに設置されたステージの事だ。

 

「あの、ゆりえ先輩、ヒンさんの貧乏神の力の事なんですけれど……」


「あ、うん。もう、何とかしたから、大丈夫だよ。縁起物には神通力を込めたし、今はヒンちゃんの力を感じないよね?」

 

言いかけた僕の言葉を察してくれたゆりえ先輩だったが、僕はゆりえ先輩の言葉に首を傾げるしかない。

と言うのもヒンさんの力を、僕が以前からも全然感じ取れなかったからだ。

それでもタマの飼い主であるゆりえ先輩が言うんならそうなんだろうと納得し、

今度は宝船の回りのステージについて聞こうとした時だった。

 

「聞いたよ、シンジ君。君、楽器が出来るんだってね。セッションしようぜ」

 

突然後ろから圧し掛かるようにして抱きつき、僕の耳元でそんな言葉を囁く女性が居た。

一応は聞き覚えのあるその声に、女性の正体を脳裏に浮かべる。

七福神が紅一点、弁天様に違いなかった。

なんというか背中に押し当てられる2つの柔らかなふくらみがががが。

 

「おや?顔を赤くしちゃって……。結構ウブなんだね」

 

固まった僕に逆に気を良くしたのか、その姿勢のままで僕の頬をぷにぷにと突付きだす弁天様。

背中がの柔らかさが心地いいやら、頬に刺さる指先の爪がちょっと痛いやら、いろいろとイッパイイッパイだ。

 

「弁天様、シンジ君が困ってるから、いじめちゃダメです」

 

とそこに文字通りの救いの神が現れた。

言うまでもなく、ゆりえ先輩だった。

後輩の僕がいぢられてるのを、見るに見かねたのだろう。

正直に本心を言えば其れ程嫌じゃないのだけれど……。

 

「ハハハ、ゴメンゴメン。ちょっと悪戯が過ぎたかもね。

 それはともかく、セッションの話は本当だからね。

 ゆりえちゃんも今回のライブには出てくれるし、折角だから考えてみてよ」

 

捕まえてた僕を手放し、割と真面目な声色で提案してくる弁天様。

僕が悩むのは僕程度の腕前で邪魔にならないかという事だ。

ここ最近こそチェロで糊口を凌いでいた僕だけど、

正直、人様に聞かせられるような腕ではないと僕自身は思っているからだ。

 

「まあ、そう難しく考える事は無いのよ。腕は二の次、先ずは楽しく演る事が一番よ」

 

ウインクと供に放たれる、こちらを見透かしたかの様な弁天様の言葉。

流石神様、敵わないなーと素直に思わされる。

弁天様といえば結構昔から祀られてる神様だし、亀の甲より年の功とはよく言ったものだよね。

とか考えたら、少しだけ弁天様が怖い顔をした。

僕は慌てて頭をふり、余計な考えを追い出すと、弁天様達とのセッションについて考える。

腕は二の次と言って貰えるなら、一緒に演奏してみたいというのが正直な気持ちだ。

これまで惰性で続けてきた感じがあるチェロだけど、

そのチェロに対する姿勢がここ最近で少しは変わってきているしね。

 

「解りました、良ければ僕も一緒に演奏させてください。

 足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

セッションの誘いに乗る事を決心した僕は、改めて弁天様にお願いしますと頭を下げる。

下げた頭を上げたところで、弁天様は嬉しそうに笑みを見せ、僕の背中をバシバシ叩いてくる。

 

「おっけー、んじゃ、早速、今日の分の楽譜を起こさせるよ。

 後で軽く音合わせして、そのままライブ本番だね。よーし、やるぞー」


「あ、弁天様、まってくださいよー」

 

そう一方的に僕に告げた弁天様は、意気込んで公園中央の宝船の方へと駆けていってしまう。

慌ててその後を追うゆりえ先輩と抱えられたままのタマ。

リハ無しのぶっつけ本番ライブが確定した事に少しだけ後悔しつつ、

それでも僕は弁天様達とのライブが楽しみでもあった。

それにしてもゆりえ先輩がライブか……。

何のパートか想像がつかないけれど、リコーダーとかは似合ってそうだよね。

とそんな事を考えた僕の袖がクイっと引かれた。

あれ、なんてデジャビュ?とか思って視線を向けると、そこには思いっ切り放置してしまった綾波の姿が。

僕は思わず初号機と同じ様に正座して、無表情がなんだか怖い綾波に謝る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなった?と思う事が人生では幾度と無く在るんだと僕は思う。

なんというか、今の僕の状態が正にそう。

弁天様のライブにチェロで参加する事になった僕。

まだチューニングとマイクテストの段階にも関らず盛り上がる会場。

そして中央最前列の客席に座ったままで、相変わらずの無表情のまま僕をガン見する綾波。

その綾波の視線がちょっと怖いです

しかも、すでに興奮で盛り上がる周りから、綾波が完全に浮いてます。

まあ、僕の演奏をわざわざ見てくれるつもりなは、在り難いと思うけどね。

そんな綾波の胸元には、目玉の様なマークが書かれた名札が安全ピンで止めてある。

実はこれ、ゆりえ先輩お手製の見えないものが見える様になるお守りだったりする。

綾波と話をして解ったんだけれど、

綾波にはゆりえ先輩はともかく、他の七福神の神様達や宝船とかが見えてなかった。

境界は越えてる時点で普通の人とは違うんだけど、神様達が見える様な体質ではなかった模様。

そんな綾波に手を差し伸べてくれてのがゆりえ先輩で、

お手製のお守りをちゃちゃっと作ってくれたという次第。

まあ、ともかく綾波がこのライブを楽しんでくれたらと僕は思う。

勿論、僕も楽しむつもりだけどね。

そんな事を考えているうちに、ライブが弁天様の一声から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初から弁天様が飛ばしまくったライブは、あっと言う間に終った。

トータルで3時間弱。

途中でちょっとしたトークとかも挟んだけど、予想外にハードなものだと思う。

七福神の神様達は慣れたものなのか、けろっとした顔をしてたけれど、

ゆりえ先輩と僕はアンコールの最後の曲が終った瞬間に、その場に座り込んでしまったぐらいだ。

明日絶対に筋肉痛だよ、とはのりのりでマラカスを振ってた、パーカッション担当のゆりえ先輩の言葉。

その言葉が嘘で無い事を照明するように、両手の指先がプルプル震えてたし。

その辺の状態は僕も大して変わらないものだった。

ハードな曲調に合わせてチェロを弾いたのは初めてで、ペースに気を配る余裕も無く付いていくのがやっとだった。

しかも、普段弾いてるのとは違う筋肉を使った様な気もするんだよね。

訓練とかで鍛えてきたつもりの両手が、生まれたての小鹿の足みたくプルプルしてるし。

そして当然ながらぶっつけ本番のライブでは、僕は合計5回ほど失敗してしまった。

上手い事回りの神様がフォローしてくれたおかげで、演奏が止まったりはしなかった。

だからこそ、もっとチェロが上手くなりたい、ってこんなに強く思ったのは初めてだったりする。

と同時に誰かと音を合わせる事が、こんなに楽しいのだと知ったのも初めてだった。

そんな心中を語った僕に、そうだよね、すごく楽しかったよね、とゆりえ先輩が頷いてくれたのもまた、僕には嬉しかった。

それとライブを見ていた綾波が、微笑んでいたのも印象的だった。

回りの盛り上がりとは無縁に、やはり座ったままだったけど、確かにその口元に笑みを浮かべていたのだ。

僕と目が合った瞬間に、何か企んでそうな笑みに変わったけどね。

きっと僕に笑みを向けてくれただけだ、と信じたい。

ライブでの最後の曲が終ってから30分もしないうちに、

ライブ会場は宝船から持ち出されたお酒やご馳走で宴会場へと変わっていた。

今からは大人の時間なので子供たちは寝るように。

と七福神の神様達(すでに酔っ払い)に言われるがまま、僕とゆりえ先輩と綾波は会場の喧騒を子守唄に寝る事になった。

とは言え晩ご飯も済んでないような状況なので、

ますは宝船の内部に備えつけてあるシャワーを順番に借りて汗を流す。

それから宴会場から運んでもらった料理を堪能。

酔っ払いの神様達にも一応の分別はあるのかお酒は付かなかった。

食事の後、慣れないライブの疲れもあったのか、すぐに眠気が襲ってきた。

そのまま使って良いといわれた宝船の一室で雑魚寝……という訳にもいかず、

二人に宝船の室内を譲り、僕は何時もどおりに公園の遊具の中へで眠る事に。

何故だかタマがひょっこり顔を出し、これまでしてきた様に一緒に眠る事になった。

 

「ゆりえ先輩と一種に寝なくても良いの?」


(シンジとはコレで最後かもしれないからいいの)

 

欠伸をしながら僕のお腹の上のタマに話しかけると、タマもくわっと欠伸をしながら答えてくる。

そっか、タマも帰っちゃうんだよね。

と改めて認識しつつ、僕とタマはもう一度互いに欠伸をして眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、何時もどおりに目を覚ました僕は、最近の日課になっていた散歩がてらのランニングをする事にした。

まだ目を覚ましていないタマをそのままに、コンクリート製の遊具から出る。

ふと公園を見渡せば、そこには惨たんたる光景が。

屍累々というか、宝船付近の宴会場で酔っ払って雑魚寝してる神様達が凄く沢山いたりした。

中には目を覚まして、迎え酒をしているヒトも居た。

まさか、昨日からずっと呑みっぱなしって事は無いと思う。

無いよね?

そういったヒト達に軽く会釈して挨拶をし、僕はランニングの前のストレッチを始めた。

予想通りに腕がなんだか熱っぽく、伸ばす動作の時にすこし痛みが走る。

午後から本格的な筋肉痛になる前兆なのだろう。

取敢えず軽く流す程度に走る分には、問題はなさそうだった。

一通りのストレッチを終え、全速の5割ぐらいの速度で走り出す僕。

折り返し地点の目標を、昨日から正座しっぱなしの初号機に定め、人気の無い大通りを走り抜けていく。

以前ならともかく、最近の第三東京は賑やかさとは無縁な場所で、半ばゴーストタウンと化していた。

街中が何処と無く暗い雰囲気で、辛気臭い感じだったんだけど……。

けど、今日の朝の街は、昨日とは雰囲気からして違う気がする。

コレまで感じていた陰鬱な雰囲気がない様に僕には思えた。

足りない頭で僕が考えるに、

ゆりえ先輩や七福神の神様達の影響だろう、

という結論に達した処で、正座している初号機の元に辿りついた。

 

「おはよう、初号機」


(シンジさん、チョリーっす)

 

電源もとうの昔に切れてるし、返事は無いだろうと思って挨拶をしたら、何故だか初号機から挨拶が返って来た。

電源が切れても、初号機の意識はそのままあるとは聞いていたけれど、

エントリープラグの外で声が聞こえるとは思っても見なかった。

初号機に確認した所、初号機にとっても意外だったらしく、理由は良く解らないとの事。

二人して頭を傾げたけど、答が解るはずも無く、まいっかで済ませる事にした。

そして初号機との会話が昨日のライブの事へと移り変わる。

随分と遠い席ではあるけれど、昨日のライブの様子は初号機にもばっちり見えていたし聞こえていたとの事。

話を聞いていると初号機はライブでボーカルを務めた弁天様のファンになった様子。

一応は僕の事も持ち上げてくれたけど、

初号機の言葉の端々からするとその興味は弁天様に向いているのは間違い無さそうだった。

僕が頼めば弁天様のサインを貰えるかも?と言って見たところ、初号機のテンションが鰻登りだった。

 

(マジ?マジっすか?!

 ヤッタ!スゲーっすよ、シンジさん!

 今なら自分、シンジさんに掘られてもイイ!!)

 

っとまあ、こんな具合で。

正直、初号機が壊れたとか思わないでも無い。

昨日のライブ前とかの話だと、弁天様達はそういうのに慣れてるらしいし、

苦笑一つぐらいで、サインの方は書いてもらえそうな感じなんだけどね。

ちなみに僕はライブ用に書き起こしてもらったチェロの楽譜に、

七福神の神様達とゆりえ先輩に寄せ書きをしてもらうつもりだ。

折角のライブだったし、何か記念の品を残しておきたいんだよね。

羨ましがられるだろうから、初号機にはそんな事を言わないけど。

 

「目標確保」

 

とそんな風に初号機と会話をしていた僕の耳に入る別の人の声。

お決まりながら、UN軍の人の声だった。

そして僕は予定とは大きく違って、そのまま旧ネルフ本部へと連行される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が拙いかというと、世界で3人しか認定されていないチルドレンのうち2人が同時に行方不明。

更には旧ネルフ本部にエヴァは在るけど、チルドレンが召集不可能。

というのが、ひじょーに拙かったらしい。

そう言えば、昨日から綾波は公園の宝船近辺に居っぱなしだ。

普通の人しか居ない新組織では、僕と綾波の存在を見失っても仕方が無いとは思う。

リツコさんにその辺を噛んで含めるように莫迦丁寧にお説教された僕は、昼頃にようやく解放された。

綾波と一緒に神かくしみたいなものに在っていた。

とは説明したけれど、当然ながらリツコさんには信じては貰えなかった。

 

「まだ疲れてるみたいだからもう帰りなさい。

 それと、レイには一度此処に顔を出すように伝えておいて」

 

と、昨日も言われたような言葉を最後に、旧ネルフ本部から追い帰される僕。

何気に扱いが酷い気もしないでもない。

まあ、使徒戦直後で忙しい中、行方不明になった僕にも一因はあるかもしれないけどね。

とにかく、開放されたのは確かな事で、

特に旧ネルフ本部に用事があるわけでも無い僕は、まっすぐに我が家となっている公園へと帰る事に。

UN軍の人に公園近くまで送って貰い、今朝方の初号機との約束を思い返しつつ入り口の階段を上る。

もう日も高く昇り昼時も近い時間なので、今朝の様な光景は見られなかった。

宴会の跡も綺麗に片付けられており、コレまでと違うのは公園の中央に在る宝船ぐらいだった。

その宝船には梯子がかけられており、梯子が降ろされた近くにはゆりえ先輩達と綾波が居た。

手を振るゆりえ先輩の姿に、僕を待っていてくれてたのかも?という考えに至り、僕はゆりえ先輩の元にダッシュ。

予感は的中、どうやら、もう帰りの支度は済んでおり、僕に一言挨拶をして帰るところだったとの事。

 

「昨日のライブは楽しかったよ。また演ろうね」

 

と言う言葉と供に、皆の寄せ書きをしてくれた昨日の楽譜を渡してくれる弁天様。

サインの事を伝えると苦笑してライブとかで配っているらしい団扇にサインをしてくれた。

ちゃんと『初号機君へ』と入れて貰ったし、きっと初号機も満足してくれるに違いない。

 

「私も楽しかったな。

 それと試験、頑張ってるみたいで安心したよ。

 あ、ライブとは別にまた遊びに来るね」

 

と言いながら、手の平サイズの招き猫を渡してくれるゆりえ先輩。

コレは?と聞くと神通力を込めたお守りなのだそうだ。

どうやら、ヒンさんの影響を心配して、という事らしい。

もちろん僕は、ありがたく招き猫を頂戴する事にした。

そんな風に挨拶を済ませた二人が宝船に乗り込み、いよいよ出発の時間となった。

僕らに遠慮していたのか、姿を見せなかったヒト達も集まり始め、

集まった皆で、ゆりえ先輩達が乗った宝船をお見送りする事に。

公園に残った皆が手を振る中、宝船が音も無く浮き上がり、ゆっくりと加速して行く。

 

「またねー」

 

皆に答えるように両手を振っていたゆりえ先輩のそんな声を最後に、

公園の敷地を界にし虚空に消えるように宝船は行ってしまった。

僕は、宝船の消えたその空をしばらく見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、集まったヒト達も解散していき、僕は綾波と一緒に初号機の所に来ていた。

三人寄れば文殊の知恵。

という事で、初号機にも綾波の笑顔の練習の成果を見てもらう事に。

 

(グ、グウさんスマイルや。く、喰わんといてー)

 

とガタガタ怯えだす初号機。

まあ電源切れてるから実際には微動だにしてないけどね。

グウさんが誰だか解らないけど少し失礼だと思う。

せめて個性的な笑顔です、ってお世辞を言うべきじゃないかな?

まあ、綾波には初号機の声が聞こえてないみたいだから、そこまで気を使わなくていいと思うけど。

どこかで見たような笑顔だって初号機が言ったと伝えると、納得したのかコクンと綾波は頷いた。

正直、今の綾波が何を思っているのか全く僕には解らないけど、怒って無いみたいなので良しとしよう。

綾波の笑顔の感想はともかく、次は先ほど弁天様から貰ったサイン入りの団扇を見せる事に。

始めはきょとんとしていた初号機だったけど、初号機の名前が入っている所を見せた途端、初号機がまた壊れだした。

 

(キ、キター!!コレでカツる!

 まさにヘブン状態!!イーヤッホー!

 ヘイウィゴー!!レッツパーテー!!)

 

まあこんな感じで喜びを露にしていたんだけど……。

突然、初号機がシュバっとバク転で僕らから距離を取って、

両腕を曲げて構え身体を左右に揺らしながら、片足でステップを踏むように踊りだした。

ヤッタ!ヤッタ!と繰り返し嬉しそうな声を上げている。

アレ?電源切れてるんじゃないの?

踊る初号機を呆然と眺めながらも頭に浮かんだ疑問は、

初号機の奇妙な踊りが終るまで解消されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、喜びの踊りを終えた初号機に色々聞いてみた。

 

Q、何で動けるの?電源切れてたんじゃないの?

A、電源は切れてましたが、S2機関が起動したので動けました。

 

Q、今まで起動してなかったS2機関が、何で急に起動したの?

A、恐怖と喜びの感情によって起動しました。南斗六聖拳・最後の将と同じです。

 

Q、そもそも初号機にS2機関って積んであったの?

A、え?シンジさんがくれたっすよ?

 

Q、質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってたか?

A、ロボコン0点、みたいっすね?それいただきです、あざーす。

 

……僕には君のことがわからないよ、初号機。

返って来た答に頭を抱えながら、僕はそんな言葉をつぶやいていた。

 


 

 

 

続く


あとがき

久々ですね、くまです。

スーパーなシンジ君の話のテンプレ通りに、初号機にS2機関が搭載されました。

活動限界も無くなり、スーパーなシンジ君の超活躍が始まる…んでしょうかね?

ぶっちゃけ、その辺は作者にも不明ですw

ホントに続くようなら、次の話も読んでやってください。

あと、感想を頂けると嬉しかったりします。

それではまた。




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